投げっぱなしなSS放置倉庫です。倉庫が2代目だったりします(オイ)

お題系SS 制限時間2時間の投下作品
URL:http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=275137

以下、再編集したものです。

すみません、先に言い訳をしておきます。
急なお題だったし、まず基礎知識足りて無さすぎて「いやいやいや」ってなるヒトも多いと思います…
検死とか状況捜査とかって、どこまでできるかとかほんとに知らないんです。。。←



 法科大学院を卒業し、司法試験に合格した。そうして私は念願の検察官となることができた。
私が検察官となることを両親はこころよく思わなかったらしく、大学院に進む時も家族の中でずいぶんと揉めた。
母は「女性らしい、平和で穏やかな職について欲しいの」と涙を浮かべて説得してきたし、
父は「ヒト様の人生に関わるような職に女がつくんじゃない。女に何が出来るんだ」と頭ごなしに否定した。
それでもここまで来れたのは弟の亮太のおかげだった。

 「姉さんが検察官になりたいっていうのが夢なら、俺は姉さんの夢をかなえてやりたいけどなぁ」

 亮太がそういうと、それまで喧々囂々と私を罵っていた両親は黙り込んだ。亮太はにこにこと微笑み、私に向かって「がんばれよ、姉さん」と冗談めいた敬礼をした。
もう何年も前の話だ。

 私が検察官になることが決まった日は、一番に亮太にそれを報告しにいった。
真新しいスーツを着込んだ私を見てひとしきり笑った後、「馬子にも衣装だね、よく似合っているよ」と褒め言葉にならない言葉で私を怒らせた。

 「まさか本当に検察官になるとは思わなかったよ。姉さん、そんなに賢かったんだね」
 「亮太が応援してくれたからね。これでなれなかったら、かっこわるいじゃない。
それにまたお父さんに、『これだから女は。出来もしないことに威勢よく飛び込んでいって、男のやることをなんでも模倣して……』って怒られる。
もう、何を言われるかくらい想像できちゃうワンパターンな怒り方しかしないもん、あの人」
 「あはは、似てる。姉さんは本当に、父さんによく似てるよね」

 どこが、と不満を漏らして窓に目線をずらす。後ろから忍び笑いが聴こえてくるけれど、それ以上の文句は言わないでおいた。
窓の外に両親の姿を見つけたからだ。このまま鉢合わせて、父に何か小言を言われるのはうんざりだった。
きっとこの先の展開にネガティブな予想を立てて、説教めいたことを延々と語られてしまう。
私が退室を伝えるより先に亮太は何か察したらしく、またね、と手を振った。

 仕事は正直言って難しかった。
何年も勉強してきた事が実際では通用しないなんてこともあって、先輩検察官に「融通の利かない石女」なんて、まったくセクハラじみた侮蔑を言われたこともあった。
そういう時には家に帰って慣れないお酒を飲むこともあったけれど、
気がつくと一日の仕事を振り返って、その時その時に抱えていた案件について考え込んでいるうちに缶ビールがぬるくなってしまい、呑めずに排水口に流すのもお決まりだった。

 あれから数年。私も今では検察官として、少しはサマになってきたらしい。とはいえ、具体的に何か特別な功績などはない。
”女性検察官としては”優秀だということで広告塔扱いされることもあるが、それはあまり嬉しくないので誇れない。
結局は『男性に比べれば劣るはずなのに、よくがんばっているね』と頭を撫でられている気分になるだけだった。
それでも広報の写真を見て「憧れます、僕も早く、先輩みたいにキチっと仕事こなせるようにならなくちゃ」と呟く後輩を見たときは嬉しかった。

 「先輩は、どうして検察官になろうと思ったんですか?」

 まだ年若い後輩は、夢と希望にあふれた視線で私にそう問いかけた。
きっと、正義感に満ちた答えを期待しているんだろうと否応無しに気付かされる。
私は苦笑して、「人に言えるような立派な理由はないよ」とだけ答えておいた。後輩は少し不服そうに私を見た後、これ以上詮索するのはよくないと思ったのだろう。
パっと表情を変えて、自分が検察官に憧れた理由などを声高に語りだした。彼の志望理由は、ヒーローに憧れる少年のそれそのままで、私はもう一度苦笑した。

---

 手元の資料を整理する。
警察の押収した証拠品、状況報告書、調書。検察で捜査した分と照らし合わせて、違和感のある部分は擦り合わせ、一本の筋書きになるように導いていく。
こうした作業はもう何年もかけて続けていたけれど、年々自分の導き出した筋の粗に気付いては一から整理するようにしている。

 「できた……」

 これで、この事件の真相は明らかになる。
誰の目からみても、疑いようのない事実……真実。再審にかけるかどうか、そこまでは考えていない。
最初はもちろんそのつもりで、いつかこれを白日の元に晒すつもりでいたのは確かだ。だけど今、私が導き出したその真実を眺めているととてもそんな気にはなれない。
事件の全体像が見えてきた時から、それだけは悩んでいた。
 迷宮入りすらせず、第三者の推測やあらすじだけを押し付けられて完結してしまった事件。
そんなものを掘り返して何の意味があるのだろう。それでも私はそのためだけに、検察官になった。
両親の反対も、自分との葛藤も無理やりに押し込んで、何年も続けてきたのだ。だから事件の真相を明らかにすることだけは止めようとはしなかった。

そして、今。

 「亮太。ちょっと、いい?」

 私がドアの隙間から声をかけると、亮太は相変わらずどこか気の抜けたような笑顔で微笑んだ。
 弟は昔は活発なサッカー少年だった。
小学生の頃は、学校から戻るとランドセルを放り出す事も忘れ、そのままサッカーボールをもって飛び出していくような子供で、よく近所の人に笑われていた。
 中学になってからは、とにかく家にいない子供だった。亮太を見かけたという学友達の話を利く限りでは、毎日たくさんの友人と遊び歩いたり、彼女と思われる女の子とデートをしたり。
いつだったか、「小学校の校庭で友人と一緒になって、小学生相手に本気のサッカー対決をして泣かせた」と、文句の電話が家にかかってきた。
しばらくの間はさすがに反省はしていたようだが、後日その泣かされた小学生がサッカーの教えを請いにきて、弟はすぐにボールを持って小学生と一緒にグラウンドに走っていったのには呆れたものだった。
 とにかく弟は、誰からも慕われるような活動的で優しい少年だったのだ。

 「何、姉さん? なんだか顔色がよくないね」
 「うん。亮太は今日は、調子が良さそうだね。もう、今日の分のリハビリは終わったの?」

 「もちろん、ホラ見て。」と、笑ってみせる亮太。腕をまくって筋肉を見せてくるが、それが弟流のブラックジョークだというのはわかっているので苦笑せざるをえない。
彼の腕はいまはとてもたくましく、手のひらの皮膚は厚く硬い。昔、サッカー少年だったときにその脚力を自慢してみせた時と同じ口調で、今はその腕を自慢してみせる。
過去に彼が誇っていたはずの脚力は……腰より先は、今の彼にとってはただの肉塊だからだ。

 「事件の真相。ようやく、完全にわかったとおもう。まとめてきたから…読んで欲しいんだけど。いい?」
 「うん。……姉さん、俺の言ったこと、信じてくれた?」
 「うん。ごめんね、信じて上げられなくて……これを見れば、きっとお父さんもお母さんも分かってくれると思うよ」

亮太は嬉しそうに笑って、私の持参した分厚い紙の束を受け取った。


 『平成11年7月20日 都内○×ビルでの男女4名による致死傷害事件に関する報告』。
−−そう題された書類の内容は、簡単にいうならばこういう事だ。

 深夜1時、ビルの内部に不法侵入した弟の亮太と、その彼女の美弥。
二人は付き合っていたが、学生の身分ということもありこうした場所で性交を重ねる事がままあった。事件が起きた晩も、そうして2時間ほどを過ごした後のことだった。
 亮太と美弥は誰もいないことを良いことに、着衣の乱れもそのままに抱き合っていた。
するとそこに男が二人訪れ、2組は鉢合わせた。男達は酒を飲んだ地元の大学生で、着衣の乱れた美弥を見て興奮し、二人に暴力行為を働いた。

 当時の判決と事件の詳細は、酒に酔って喧嘩になり、男達が持ち出したセメントブロックによる殴打で美弥は頭蓋陥没を起こし死亡。
それに逆上した亮太は正当防衛として数発蹴りつけるものの、男に足をつかまれ、ビルの4階窓より外に投げ出され、頚椎損傷による重度障害を負った。
その後男達は騒ぎでかけつけた警察により確保されたが、一人は病院への搬送の途中、脳溢血により死亡。
もう一人は錯乱状態にあり、事件に関するいくつかを叫んだ後に自ら現場から飛び降りて自殺した−−というものであった。

 死亡した男2人が死の直前に「投げ捨てた! やったぜ、畜生!!」などと叫んでいた事柄から、事件はそれで収束したのだ。
だが真相は、恋人を殺され、自身を責めるゆえに興奮状態にあり暴走行為に走ったとされたはずの弟―― 亮太の、言うとおりだった。

 「うん。ほとんど、あってる。俺の……当事者の気付いてないことまで、よく気付いたね。ね、言ったとおりだったでしょ? 彼女を殺したのは俺なんだよ」

 書類に目を通しながら、亮太はそんなことをにこにこと笑いながら言った。

 「何度言っても、誰も信じてくれなくて。美弥を殺したのはあの男達だって。俺は悪くないんだって言うんだから、参ったよね。
なんで俺が殺したのに、それまでアイツラに取られなきゃならないんだ……って。でも、これでようやく美弥の墓前に参れる。ありがとうね、姉さん」

 亮太はとても嬉しそうに笑った。
自分の恋人を自分の手で殺した。その「功績」をようやく評価されたと、心の底から喜んでいるようだった。

 あの晩。男達は亮太を蹴りつけ、美弥に乱暴を始めた。美弥は拒絶し、興奮し、「嫌だ、いっそ殺して」と叫んでいたという。
亮太は蹴られたときの衝撃が大きく、思うように体が動かなかった。そのため美弥を男達の魔手から守る事が出来ないと悟った。
それと同時に手元に転がった石を持ち、這いずって…美弥の頭部に、全力で石を打ち付け、殺した。

 それを見て恐怖に駆られた男達は腰を抜かし、美弥から離れた。
だが興奮状態にあった亮太はそれでは止まらず、彼らを自慢の脚力で蹴り上げ…その後死に至るほどの重大な怪我を、負わせたのだ。
その時に無理に足を動かして蹴ったことで、亮太の頚椎は重度障害を残すほどのダメージを負った。

 「俺、あいつらを蹴ったから 腰下が動かないんだ。よかった、それなら一生分の働きをしたようなものだし、悔いがまたひとつ消えた気分だよ」
喜色満面に笑う弟を、私は黙って見つめる。私の報告書をひとつひとつ検分しながら、具体的な会話や感覚などを滑らかに語りだす亮太。
あの日のことを、まるで今体験しているかのように。
忘れるどころか、いまもその現場にいるかのように…時々、穏やかな表情で美弥のことを語る良太は、本当に幸せそうだった。

その後、亮太は美弥にキスをして、動くほうの男に命令をしたそうだ。「俺を、投げ捨てろ」と。
もう脚の動かなかった亮太は、自ら飛び降りて死ぬ事もできなかった。もしも脚が健在だったのなら、きっと美弥を抱えて飛んだだろう。
自殺とは信じられないほどの加速と飛び込みで、空を飛んだに違いない。でも、それは叶わなかった。
自殺したほうの男は、自分を投げ捨てさせるという、亮太のその奇行っぷりに気をおかしくしたのだろう。
それとも…あまりに楽しそうに、嬉しそうに窓の外に飛んでいったであろう亮太を見て、そこに何かがあるとでも錯覚したのだろうか。

 きっと亮太は、今私の前にいるときと同じ、どこまでも優しげな笑顔で。
彼女を守りたい、彼女をほかの誰にも渡さないというゆがんだ願いだけで… 最愛の人を、微笑んで殺したはずだ。
美弥は… 「殺して」と願った美弥は、この亮太を見て何を思うだろう。
亮太は、ビルから投げ捨てられてなお生き残った自分に何を思うのだろう。

それとも…
あの日、あの時から、亮太は、もう死んでしまったのだろうか。

目の前に居る亮太は。
父や母に不遇の子と思われ、全てを思い通りにできるようになった亮太は、あの日生まれた、亡霊なんじゃないだろうか。
報告書を読み終え、愛おしげにそれを見つめたまま微動だにしない亮太を見ると、そんな風に思ってしまう。

 私は、この事件を取り扱う最後の検察官だ。
責任を持って…正しく、この事件を 正しき結末に導かなくてはならないのだろう。
例えそれが、弟の人生を更に狂わせることになろうとも。

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