誰そ彼/彼そ誰
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creamcaramel39 2014年10月11日(土) 06:30:07履歴
誰そ彼/彼は誰 
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『ねえ。もうすこし、愛想ってものを持ったほうがいいわ』
女性にしては、少し低めのトーン。
胡坐をかいて座っていた伽羅の肩にもたれかかり、耳元で囁かれる。
『愛想、ねぇ』
つまらなげに、吐き出される煙。
しばらく物憂げに宙を見つめてから、首をひねる。
肩にもたれかかったままの、その人の顔を覗き込むように……
『何か、いいことある？ 愛想ってやつを持っていると』
くだらない、と。
ばかげている、と。
その声は、感情を包み隠すことを知らない。
『どうかしら……少なくとも、私が喜ぶわ。
私が喜ぶのは、貴方にとってイイコトじゃないかしら？』
『お前が、俺にとってのイイコトだとでも？』
『私は、貴方にとっての イイコトをあげられるわ』
直情的すぎる悪意に返されたのは、つかみどころの無い、挑発だった。
無言の空間で、視線だけが絡まりあう。
調子に乗るな、という 冷ややかな視線と
本当のことでしょう、という 軽やかな視線。
一触即発。
その様子を誰かが見ていたら、きっと思わず仲裁にはいろうとすることだろう。
平手打ちをするような勢いで、その白い手が伽羅の頬に当てられる。
頭突きをするかのような乱暴さで、その柔らかな唇を奪う。
下敷きにされながらも、しなやかな腕は伸ばされて首に絡まりつく。
このまま首を絞められてもおかしくない、と
おぼろげに考えていた。
どこか空虚な意識。
絡まれ、引き寄せられるがままに。
柔らかな誘惑に身を任せ、その首元に顔を沈め、体重を預けてしまう。
重たくは、ないのだろうか。
どこか満足げに微笑んでいるその顔を見ながら考える。
重たくは、ないのだろうか。
俺は。
俺という、存在は 重たくないだろうか。
首を締め付けていた腕の力が緩む。
そのまま髪を撫で付ける掌の感触、触れた部分にじんわりとした熱を感じる。
同時に、耳元に口付けるような至近距離から漏れ出す、呼気。
『本当に…… 少しくらい、愛想ってものがあれば可愛らしいのに……』
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目を覚ますと、いつもどおりの景色だった。
煤けた天井。強すぎる、煙管の残り香。
「……夢…？」
布団から、身を起こす。
目元に、じんわりとした湿気と熱がある。
慌てて枕元におかれた狐面を取り、被った。
被ろうとした時、自分の後頭部に手が触れた。
そのまま、何かを確認するかのように。誰かの軌跡をなぞるかのように。
じっと、掌を押し付けてみる……
ふと、そんな自分を振り返り、苦笑した。
片膝を立て、そこに頬杖を突く。
横に置かれた煙管箱に手を伸ばし、草も火も入れぬまま、咥えた。
「さてさて。これはいったいどういうことだろうね？」
「全部、嘘にしたはずなんだけど。おかしいな」
「何もかもを真逆に入れ替えたはずなのに」
「……どうして、こんな夢をいまさら見るハメになるんだろうね？」
狐面の、細い目は何も語らない。
その下には、楽しげに、微笑を浮かべた軽口がある。
その朝から、伽羅の苦悩の日々が始まった。
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銀杏「……睡眠薬ですか？」
伽羅「うん…。 もうね。何日もずっと、ロクに寝れないんだよ…どうしよう？」
銀杏「そうですか… しかし寝れないというのにも、いろいろありまして」
伽羅「そうなの？」
銀杏「はい。たとえば単純に、� �何か痛みや苦痛などがあって眠れない場合」
銀杏「あるいは �◆�運動などによって興奮して眠れない場合」
銀杏「あとは、そうですね。��、精神的に気分が沈みこんで眠れない場合… とかが、主でしょうか」
伽羅「……」
銀杏「伽羅さんは、どのような症状なんですか？」
伽羅「……え、えーっとね」
銀杏「？ どうしました。何か言いにくそうですが…医療行為ですので、お気になさらず」
伽羅「いや無理でしょ… 気にしないとか無理だよね…？」
銀杏「ですがそれぞれ、ふさわしい薬が違いますので…処方するにはお聞きしないことにはお渡しできませんよ？」
伽羅「う…。 ええと、ね。 えーーーっと、さ、3番に近い、2番…かなッ！？」
銀杏「？ どういうことですか？」
伽羅「結局聞くのかよ！？」
銀杏「意味が、ちょっとわからなくて」
伽羅「」
伽羅「あーーーー もう。 つまりね、夢をみちゃって、それで興奮して寝れない」
銀杏「夢、ですか」
伽羅「……夢見がね。なんかずっとすごーく悪くて…」
銀杏「夢を見るということは、一応、眠りにはつけているのですね」
伽羅「まあねぇ…でも、ほんっとに速攻で起きちゃう感じなんだよ。まともな睡眠には、ぜんぜんならない」
銀杏「夢見の悪さのあまり、起きてしまう…と？ それほどの悪夢なんですか？」
伽羅「悪夢ってゆーか…」
銀杏「？」
伽羅「いや、寝起きの感覚的には悪夢の部類で間違いないんだけどね……」
銀杏「そんな思いっきり目を逸らさないでください」
伽羅「…あー………」
伽羅「夢の内容としては、相当な淫夢っていうか…」
銀杏「」
伽羅「なんで起きちゃうかって言うと、刺激的過ぎるって言うか……リアルすぎるっていうか……」
銀杏「…………」
伽羅「………な、なんかいって？」
銀杏「……なんかと、言われても…」
銀杏「ああ。最近、狐面村に女性少ないですもんね」ﾆｯｺﾘ
伽羅「よりにもよって、人を欲求不満みたいに言わないでくれるかな！？」
銀杏「え？ 違うんですか？」
伽羅「違うよ！ 欲求不満で寝れないくらいだったら、むしろさっさと“寝て”るよ！！」
銀杏「ですから、相手がいないのかと…」
伽羅「最悪、村を出るよ！！」
銀杏「そこまで？ …では、一体どうしてそんな夢を見るのです？」
伽羅「わかんないけど…毎晩、導入部分とかの差異はあるけれど、ほとんど同じ内容の夢を繰り返してるんだよねぇ…」ﾊｧ
銀杏「同じ夢…ですか」
伽羅「なんかもうさ。起きてるときまで、その夢を見そうなくらい同じ夢を繰り返してて」
伽羅「眠たくてボンヤリする分、余計に意識もってかれちゃって」
銀杏「………ああ…」
伽羅「まあ…そういうことで。もうなんか、おかしくなりそうなんだよねえ、流石に」
銀杏「……何か、きっかけとかありませんか？ そういう夢を見るようになった、きっかけ」
伽羅「っていわれてもねえ… 夢を見るきっかけって、どんなの？」
銀杏「たとえば、夢と似たような状況を実際に体験したとか」
伽羅「体験したいね！ でも残念ながら体験できてないよ！」
銀杏「ああ。淫夢なんでしたね。…あ。ということは相手が居るのですね？」
伽羅「ああ、うん。……まあ。 なんていうか、昔の……知り合い、かな」
銀杏「……たとえば、ですけれど」
伽羅「なに？」
銀杏「印象とか、容貌とか。言動とか。そういうものが、よく似た方を見たとか」
伽羅「似てる人…？」
銀杏「あるいは、夢の中と似た感情や感覚を抱いたとか」
伽羅「……似た感覚…」
銀杏「一応、落ち着くための薬を用意しておきますね。ですが原因があるようなら、それを探ったほうが早いかと思いますよ」
伽羅「………うん」
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香屋に戻るなり、伽羅は店の暖簾を外し、戸も閉めて
奥の自室に閉じこもった。
布団に倒れこむようにして、微動だにしない。
そのまま眠れるようなら眠りたいが、眠れそうな感覚でもなかった。
ただ、身体は休息を求めている。布団の感触は、心地よい。
「似てる人。似た気持ち。似た感覚……ねぇ」
なにか、胸の辺りにひっかかる。
確かに、何か あるような気がしていた。
でもそれが何か、思い出せない。
もやの中に手を伸ばすように。
伸ばした手が、飲み込まれていくように。
そのまま、ぼんやりと思考の深みにはまっていく。
目を閉じると、脳の中にまで、薄くもやが入り込んできたような気さえした。
思考しているのか、
思考している夢を見ているのか
夢を思考しているのか わからなくなって……
『飼うてやろうか』
声が、響く。脳の中に反響する。
楽しげで、挑発的な声。
『望むのならば、首輪をやってもよい。
……なんなら、この手でつけてやろうか？』
細く、白い手が首に伸びてくる。
挑発的なまでの、甘やかな声が耳元を掠めていく。
また、あの時のように、身を委ねたくなる。
想いつづけて、忘れることの出来ない人。
忘れられないから、嘘にしてしまった人。
俺を、まるで真逆の姿に変えてしまったあの人。
その人が、また夢の中に現れる。
『彼は誰そ、と 問うてみたい気も、しないでは ないのう』
その人が…
この人は………
あれ。
この、ヒトは。
このヒトは、あの人じゃ ない。
『捕らわれたいのならば 捕らえてやってもよいぞ…？』
ｺﾛｺﾛと、可笑しそうに笑うその姿。
このヒトは……
俺をここしばらくの間、捕らえていたこのヒトは。
夢の中で、可笑しそうに伽羅の扇を指差してくるそのヒト。
指を指されただけで、パタリと揺れた扇。
それに煽られて、煙が晴れる。
晴れていく夢の中で、はっきりとその姿を捉える。
『おぬしは、彼は誰と思うたままでおっても、構わぬのに。律儀な奴よの』ｸｽ
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意識が戻ると同時。
「月来香！！？」
叫んで、起きた。
起きたと同時に、居ても立ってもいられない感覚。
スックと身を立てたくらいでは収まらず、意味も無く、手で空を切る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
わけがわからなかった。
あの人に印象の似た月来香を見て、あの人を思い出したのか。
月来香をおもうあまり、あの人との思い出を月来香に重ねたのか。
それとも、これら全てが 月来香の悪戯めいた“飼い方”なのか。
「〜〜〜〜〜ああああああああ どれもありえる…っ」
飛び起きて立ち上がったばかりだというのに、膝から崩れ落ちた。
「もう……なんだよ、それー…」
「いやもう、ほんと。 わけ、わかんないよ…？」
「わけわかんないよ… あの人のことも。月来香のことも」
「……俺の、事も」
「俺は一体、誰のコトを想ってんだろね…？」
凄まじい虚脱感だった。
そのままゴロリと、横に倒れる。
眠気も疲労もピークを超えて。
意識が、飛んだ。
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その日、もともと眠りの浅いはずの伽羅は
泥のように眠り続けた。
ほぼほぼ1日半眠って起きると、脳がスッキリしているのに気がついた。
ソレに対して、眠り続けた身体は どこか、“重い”。
もう何年も経験していなかったその感覚。
目覚めてしばらく、その懐かしい感覚を味わってしまい、動くことも忘れていた。
「……うーん、アレだね」
「うん。あの夢のことがなんだったのかは まあ、この際わからないから置いといて」
「とりあえず、言えることはさ」
「今の俺には。 今の俺にとっては…」
「月来香が、俺にとっての イイコトをくれそうってことかな」
ほんの少し、胸が痛んだ。
その痛みが
人間らしさを 伽羅に思い出させてくれた。
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おわり