【R-18】男性同士の催眠術/マインド・コントロールを描いた日本語小説です。成人向け内容です。

おもちゃの兵隊たち

・(1)


 この連休が来るのを慶悟は長い間ずっと心待ちにしていた。受験受験と口うるさい親か
ら離れて思いきり羽が伸ばせるチャンスである上、何といっても大学進学のため家を出た
兄の祥悟に久しぶりに会えるのだ。慶悟は兄が家を離れてからまだ一度も会っておらず、
とても寂しい思いをしていた。

 慶悟は18才、男子校に通う高校3年生である。1つ違いの兄とはお互いなんでもよく話し、
よく一緒に行動する仲の良い兄弟だった。
 二人とも少年と青年のあわいにある男前の顔立ちで、生まれつき焦げ茶がかった髪に、
利発そうな眉と表情に富んだ生き生きした瞳、天井を向いた可愛らしい鼻と意志のこもっ
た口を持ち、そしてTシャツのよく似合う運動選手の体格で、鼻先を親指でチョイと触れ
る仕草まで、二人は、あらゆる点でそっくりだった。特に、十代の前半まではしばしば双
子と間違われ、近所でも評判の兄弟だったが、実際、絆の深さは双子以上で、いつも近く
にいた兄がいないと、まるで自分の一部を失ったようにも感じるのだった。

 半年ぶりにようやく会える。兄のいる街にはるばるやって来た慶悟は、もう1分も堪えら
れないという様子で、祥悟が剣崎陽汰(同じ大学のアメフト部のメンバー)とルームシェ
アしているというアパートの階段を駆け上っていた。

 慶悟は元気よくドアを叩いた。しかし、いくら待っても返事がなく、中に人の気配がし
ない。ずいぶん奇妙だった。駅に着いたときメールで今から行くということを伝えてあっ
たし、兄からはすぐ、待っているという返事が来たのだ。いないはずはないのである。
 慶悟は今度は大声を上げて兄を呼んでみた。
「おーい、祥ちゃん。おれだよ、慶悟だよ。開けてくれ!」
 ドンドンドンとフロアに響くほどの音を立ててノックする。しかし、いくら待ってみて
も全く反応がない。

 途方に暮れ、腕組みをし、慶悟は少し躊躇ったが、ドアのノブに手を伸ばした。ノブを
回すと掛け金の僅かな抵抗がした。しかし、錠の外れる金属質な音がし、驚いたことにド
アは開いてしまった。
 スニーカーが並ぶ玄関の上がりかまちが見える。
 掛け金が緩んでいたのだろうか。不用心だ、あとで忘れずに祥悟にいっておこう。と慶
悟は思った。

 アメフトのヘルメットや防具が廊下に無造作に置かれている。スーパーの袋や扇風機な
ど、適当に生活感のあるものが玄関からリビングに続いてある。リビングの方は間仕切り
の向こうでよく見えないが、大体2LDKほどの広さらしい。部屋の電気は落とされていて、
薄暗い室内は窓からの僅かな光にぼやけている。
 やはり誰もいないのだろうか。慶悟が玄関から中の様子を窺っていると、ふと部屋の奥
に、微かに、何かテレビの光のようなものが、電気的に明滅しているのが見えた。
 もしかしたら、彼女が来ているのかもしれない。ふいにそんな考えが慶悟に浮かんだ。
もしそうであれば、急に余儀なく居留守を使うというのもわかる気がする。自分の訪問が
そっちのけにされたかもしれないと思うと、慶悟は少し心が痛んだ。

 しかし、すぐにそうではないことがわかった。間仕切りの奥、テレビがあると思しき壁
際の前のソファに、兄とその横にもうひとり短い黒髪の男子(おそらく陽汰)がいるのが、
頭だけ見えたのだ。ちょうど、玄関に背を向けるようにソファが置かれていて、ここから
は暗がりに彼らの後ろ姿がちょっと見える程度だった。どうやら二人とも、正面のテレビ
に真っ直ぐ向き合っているらしい。

「なんだよ兄ちゃん、いるならなんで出てくんないんだよ」
 慶悟は不満たっぷりにいった。しかし兄も同居人の男子も、慶悟の声がまるで聞こえて
いないかのように、何も反応を返さない。二人とも、テレビに釘付けになっていた。
 おい……何なんだよ、そんなにそのテレビがおもしろいのかよ。
 慶悟は部屋に上がって、さらに二人に近づいた。やがてソファ越しに、彼らの見ている
テレビの画面が目に入った。

 それは世にも美しい臙脂色の渦巻きであった。
 画面の中で、螺旋はゆっくりと渦を巻きながらドクッドクッと脈打っていた。リラック
スした心臓の鼓動のように、脈打つその魅力的な螺旋を見ていると、妙に心の奥が暖かく
安まり、無限に退行していく螺旋の中心に目が、自動的に引かれてゆくのを慶悟は感じた。
 中心に、中心に、中心に、中心に、中心に、中心に、中心に、中心に、…。

 暗い室内、ただならぬ危機感を覚え、慶悟は努力してやっと目を画面から引き離した。
頭が混乱していた。
 なんだ? どうなってるんだ!?
 どのくらいそれをじっと見つめていたのか。時間の感覚に曖昧なところがあった。気が
ついたら二分以上は経っているようだった。目の前がくらくらする。
 再び画面に目がいってしまいそうになるのを押さえ、素早くソファの前に回ると、慶悟
は兄たちに対面した。そして、慶悟は、目と口を開けたまま凍りついた。

 祥悟と陽汰は並んだ状態で座っていた。グリーンのアメフトジャージィとフッパンを纏っ
た姿が、テレビからの妖しい光に照らされている。二人とも、太く逞しいフッパンの前紐
をほどいて、淫らに濡れた勃起をさらけ出し、互いにそれを機械的に撫で回していた。目
を大きく見開き、射貫くようにスクリーンを見つめた精悍な顔は、全く人形のように感情
が欠落している。何も、彼らの手以外は動いていないのだった。

「おいっ祥悟!何やってんだよ!!」
 慶悟は怒鳴って兄を揺すり、陽汰からその身を引き離した。しかし、祥悟も陽汰も、そ
うされて尚、何も反応を示さなかった。二人はお互いの勃起をもはや握っていなのに、空
の手を緩慢にストロークさせていた。その目はぴったりとあの画面にロックされている。
「くそ!」
 パニックになった慶悟は思わず画面の方を振り返ってしまった。大きな曲線の渦巻きは、
すぐにも彼の注意を引き始める。
「あうぅっ…、やめろっ、ちくしょう!!」
 電源に飛びつき主電源ボタンを押すと、画面が震えて暗くなった。部屋が静寂に包まれ
る。慶悟はその場にへたり込んだ。が、すぐに兄の方に振り返り、祥悟たちの肩を掴んで
ガクガクと揺さぶる。
「兄ちゃん、祥悟っ、しっかりしろ! 剣崎さん!」
 叫びながら、頬をバチバチ叩く。

 やがて祥悟と陽汰の凍った表情が、徐々に溶け始めた。ぼうっとした眼差しで、祥悟は、
正面に立つ引き攣った顔の慶悟を見上げる。そして、キョトンとしていった。
「…おっす、慶悟」
 眉を曇らせながら、まじまじと慶悟の顔を見つめる。
「あれ…お前、いつ来たんだ?」
 彼の朦朧とした視線が、股の間に落ちた瞬間、突然眠りから覚めたように祥悟は飛び上
がった。
「うわっ、俺…何でっ!!?」
あられもない姿であることに気づき、急いでフッパンの前を隠す。祥悟の顔は、燃えるよ
うに真っ赤になった。一拍おいて、横の陽汰も悲鳴を上げた。
「うあぁあああっ!!」
 耳を真っ赤にして、引きずり出した股間をしまおうと慌てる。二人は、お互いの姿を見
て、苦悶の呻きを上げた。

「どういうことだよ…どうしちゃったんだよ、祥ちゃん」
 二人が我に返ったのを認めて、慶悟がいった。
「お、俺にもわかんねえよ!」
 当惑し、祥悟は泣きそうな顔になっていた。
「何で俺こんな格好して…。何にも、憶えてない。お前が、いつ部屋に入ってきたのかも
知らない。気がついたら、お前がいたんだよ!」
 陽汰も同じことをいった。二人とも、嘘をついているようには見えない。
「んなこといわれても…。こっちだって、訳わかんねえよ」
 慶悟がいった。
「…じゃあなに、夢中になって見てた、この薄気味わりぃテレビのことも、知らない、っ
てか」
 祥悟と陽汰は顔を見合わせた。
「気味悪いテレビ?」
 祥悟がいい、陽汰が暗いテレビを見つめながらいった。
「テレビ、点いてないけど…」
 心当たりが全くなさそうな二人を、慶悟は本当に?という表情を浮かべながら見つめた。
途方に暮れて、溜息をつく。
「俺がここに入って来たとき、二人とも、このテレビで気味の悪い映像を見ていたよ。…
なんていうか、映画とかで催眠術のイメージに出てくるみたいな、ぐるぐる回る螺旋で…、
ドクッドクッて脈打ってて…」
 映像を思い出すうち、慶悟はだんだん頭がぼーっとしてきた。あの強烈な螺旋が回る様
が脳裏に焼き付いて、思い浮かべるだけで目眩を感じる。
「…とにかく、二人ともそれを夢中で見ていて、俺が何をいっても、全く反応しなかった。
まるでほんとに催眠術に掛かってるみたいに茫然としちゃってて、何やってもだめだった」

「催眠術って…。そりゃ昨日の話だ」
 祥悟が呟いた。ひどく混乱しているようだった。慶悟が訝しげに眉をひそめる。
「どういうこと?」
「いや…。昨日学祭でさ、催眠術ショーってのがあってさ。俺と陽汰で観に行ったんだ。
陽汰は催眠に掛かってみたいってステージに上がった。俺も誘われたけど、遠慮してただ
見ていた。その催眠術師ってのが、なんだかどうも胡散臭かった。こういったらあれだけ
ど、ストーカーっぽいっていうか、質感がゴムっぽいっていうか。とにかく、妙にアブナ
イ感じのするやつだった。けど…。気がついたら、俺は、そいつに嵌められていた。我に
返ったとき、俺は、パンツ一丁でアメフトダッシュをさせられていた。肩で息をしながら、
ステージで汗だくになって、俺と陽汰は立ちつくしていた。会場中が爆笑していた。そい
つは、笑いながら俺たちの手を取って、握手してきた。ご協力有難うございました。皆さ
ん、もう一度、彼らに大きな拍手を、って…」
 加えて陽汰がいった。
「ショーが終わった後、その催眠術師がDVDをくれたんだ。きっとよく憶えていないだろう
から、後で観て楽しんでくれって。今日のショーの録画だって」
 訥々と語る二人の話を聞きながら、慶悟は頭を高速に回転させて考えていた。
「そのDVD、今、見れる?」
「お、おう。もちろん」
 祥悟が立って、テレビの横にあるDVDプレーヤーのイジェクトボタンを押した。出てきた
ディスクを一瞥し、やっぱりと頷く。
「今朝、俺ら、これ観たんだよな。……あれ?」
 何か考えが発展して、急に祥悟の声が消え入った。
「……なあ。陽汰、俺らがこのDVD見始めた時から、お前、何か憶えてるか?」
 祥悟の声は、微かに震えていた。
「いや……何も」
 陽汰も真っ青になり、恐怖の表情を浮かべている。既にテレビは電源が入れられ、プレー
ヤーは再び飲み入れたDVDを読み始めていた。
 すぐに、あの誘惑的な螺旋が、スクリーンに戻って開花した。

「う…」
 再び、視線が否応なく螺旋の中心に飲み込まれていくのを、慶悟は感じた。意識が漠然
とし、思考が散り散りになって何も考えることができない。
 やめろ…いやだ…やめろ…やめろ…やめろ…やめてくれっ……!!
 慶悟はあえいだ。そして、ねじ切るように、視線を引き離した。
 しかし、祥悟と陽汰はどうしようもなく、さっきまでの爽やかさとはうって変わった虚
ろな顔で、凝然とスクリーンに魅了されていた。
 やがて新たな勃起が、彼らのフッパンの前を膨れ上がらせた。弛緩した動作で前紐を緩
めると、テラテラと濡れる若茎を引きずり出し、お互いのモノを握る。その手が、機械的
に、上下運動を始める…。

 慶悟は儘ならぬ動きで、再び悪魔の螺旋を観ないようにし、何とかテレビの電源を切る
ことに成功した。部屋は、再び静かになった。そして、二人が意識を取り戻すまで、慶悟
は彼らの体を揺すり、頬を叩きつづけた。

「う……」
 やがて、祥悟が我に返った。
「…おす、慶悟。あれ? お前、いつ来た?」
 二人とも、最近の記憶を完全に失っていた。そして、あられもない姿になっている自分
たちに気づき、さっきと同じ、深い恥辱を味わった。
 彼らの行動が、その映像、そして催眠術師に原因があるのは明らかだった。あの螺旋に
は、何か、善からぬ倒錯的・性的なプログラミングが為されているのではないか。

 慶悟の推論を聞き終わる頃には、二人は、すっかり頭に血をのぼらせていた。
「あのビョーキ野郎!!」
 祥悟が激しく罵った。陽汰は、呻くように吐き捨てた。
「あいつ…絶対ぶっ殺してやる!!」

 部屋の隅で、陽汰のケータイが震えているのに気づいたのは、二人の喚く声が一瞬途絶
えたときだった。陽汰は、反射的にケータイを取り上げた。
「はい、剣崎です」
 怒気を含んだ声で、電話口にいう。
「…誰だよ?」
 次の瞬間、急に、非常に穏やかな声になって、陽汰はいった。
「はい…わかりました」
 陽汰は、ゆっくりとした動作で、祥悟にケータイを差し出した。
 陽汰の急激な感情の変化に、慶悟は、何かとてつもない危険を感じた。
「だめだ…兄ちゃん、出ないで」
 しかし、ケータイは既に祥悟の耳にあり、陽汰が穏やかに答えたように、非常に柔らか
い声で(顔も既に無表情で虚ろだった)電話口から聞こえてくる声に、「はい…。はい…」
と答えているのだった。
 漏れてくるのは、やや高めの男の声だった。電気的に拡声された平板で無機的な感じの
声が、
「お前は今すぐこちらへ来なければならない」
 というのを、祥悟の横で慶悟は聞いた。
「はい…俺は、今すぐそちらへ行かなければなりません」
 祥悟は、操り人形のように動いて電話を切り、玄関に向かって進み始めた。すぐ後を、
同じように陽汰が追う。
 慶悟が何をいっても、何をしても、無駄だった。二人は慶悟ごとドアの外に押し出し、
そのまま何処かへ行こうとする。夢見心地で、明らかに何かに魅了された二人は、彼らの
プログラムされた命令だけに集中して、慶悟の存在を完全に無視していた。
 慶悟は、急いで戻ってプレーヤーからDVDを掴み出し、バキバキに割った。そして、粉々
になった破片をゴミ箱に突っ込むと、彼らを追って、すぐに駆けだした。
 邪悪なサイコ催眠術師の手から大切な兄を救い出すべく、走る慶悟は、決死の覚悟を抱
いていた。

・(2)


 こんな状況でなかったら、大学のそばの、歴史ある美しい建物が立ち並ぶ、緑と文教の
街を楽しく散歩できただろう。
 しかし今、慶悟の注意は、彼の兄と陽汰の後を追うのに集中していた。それは、特に難
しいというわけではなかった。なぜなら、着実に何処かへ進む二人は、だがゆっくりした
足取りで、よく維持されたロボットのように、進路以外に全く注意を向けなかったので、
すぐ傍について歩くことができたからだ。二人が、車に轢かれはしないかが心配だった。

 大学近くの閑静な住宅街を通って、およそ2キロほど歩いた後、二人はとある高級マンショ
ンへと入っていった。
 エントランス・パネルの前で、祥悟が部屋番号を押し、カメラが二人の姿を捉えると、
静かに自動のガラス扉が開いた。慶悟は、用心深く、少し遅れて二人の後を追う。
 三階まで登り、二人が、二戸しかないうちの一つのドアの前に立ち、祥悟がゆっくりド
アをノックする様子を、階段の踊り場から慶悟は見ていた。

「祥悟、陽汰、入りなさい」
 ドアが開いた。それは、先ほど電話口から漏れてきたのと同じ、やや高く、平板で無機
質な声だった。二人を招き入れようとドアがさらに開き、声の主であるその男が現れる。
 四十がらみか三十か(あるいはもっと若いのかもしれない)、年齢不詳のその男は、慶悟
がいったように、どこかゴムのような印象で、陰があり、メガネを掛けたその表情からは、
何も読み取れない。
 全体に、体つきはほっそりしていて、特に筋肉質でもなく、慶悟は、これなら勝てそう
な気がした。

 ダッシュで詰め寄り、男が何か反応を起こすより先に、殴って床に叩きつける。慶悟は、
渾身の力を込めて、その催眠術師をねじ伏せた。
 男は、抵抗するどころか、慶悟に組み伏せられても全く竦むことなく、代わりに、落ち
着いた声でいった。
「祥悟、陽汰、二人はこれを取り押さえて、奥の教育部屋に連れて行かなければならない」

 次の瞬間、慶悟の全身に鋭い衝撃が走り、目の前に火花が飛んだ。
 広い玄関口の床に吹き飛ばされ、呻きながら顔を上げると、男を庇うように、アメフト
のタックルの姿勢で兄と陽汰がこちらを睨んでいた。
 敵意剥き出しの表情で、食いしばった歯と、荒い息。いつも優しかった兄の目は、いま
や攻撃性に満ち、赤く、妖しく濁っている。
「に、兄ちゃん……や、やめて」
 後ずさる慶悟に、兄が強烈なタックルを浴びせる。慶悟は玄関からリビングまでボール
のように飛ばされた。体を起こそうとする慶悟に、弾丸のような陽汰の肉体が飛び込んで
くる。痛烈な追い打ちを掛けられ、慶悟は意識を失いそうになった。
 祥悟と陽汰は一年生のアメフトチームの星だった。数秒で、慶悟は、奥の奥にある暗い
部屋の肘掛け椅子にピンフォールされてしまった。
 自由をとり戻した催眠術師が、ヌルリと部屋に入ってきて扉を閉めた。

 打ちっぱなしのコンクリートの壁。窓もなく、薄暗い間接照明に照らされた十畳ほどの
部屋は、書斎とも研究室ともつかない様相を帯びていた。
 灌木や熱帯植物が入れられた幾つかのガラスケージには、毒々しい色彩をした蜘蛛や蛙
がワラワラと蠢いている。放し飼いにされた小さな蛇が、シェルフの上で慶悟を睨み、赤
い舌をチロチロのぞかせる。

「それで。きみは、一体、誰かな?」
 催眠術師がいった。薄く小さな唇の端をつり上げて、ほとんど楽しんでいるような、歌
うような調子だった。慶悟は、男を睨みつけ、返答を拒否した。しかし、
「弟の慶悟です」「祥悟の弟です」
 慶悟の両脇で、番卒のように立つ祥悟と陽汰が、従順に報告した。

「結構――。初めまして、慶悟くん。私の家へようこそ。どうぞ、くつろいでください。
私は催眠術師の灰島と申します。尤も、表向きは保険会社の職員ですが。無礼な救出劇を
働こうとしたところからすると、私のことは、ある程度知っているのでしょう。私はしば
らくの間、きみのお兄さんと彼の友人を支配して、非常に楽しい時間を過ごすつもりです。
きみが好むと好まざるとに関わらずね。私は彼らのような、体育会系のハンサムな青年に
目がないのです。学園祭に忍び込んで催眠術ショーをするのも、彼らを得るための素敵な
機会だからなのです。――祥悟、陽汰、二人は、慶悟くんを押さえ付けたまま、より深く
催眠に入らなければならない」
「「はい、僕たちは、慶悟を押さえ付けたまま、より深く催眠に入らなければなりません」」
 目を閉じ、二人の頭が前に下がった。しかし、彼らの慶悟を拘束する握りは、少しも緩
まなかった。
 灰島は、祥悟の緑のジャージィをまくり腹筋に鼻先を埋めると、舌先を当てて、屈強に
鍛えられた筋肉を、腹筋から胸板へとゆっくり這い上がった。そして、乳首をビチャビチャ
と音を立ててしゃぶった。片手はフッパンに侵入させて、祥悟の硬くなったモノを淫らに
揉みしだく。眠ったような顔の祥悟の口から、詰まった、熱い息が漏れた。

 肘掛け椅子に押さえ付けられて身動きのとれない慶悟は、思わず呻きながら目を背けた。
 視線の先に、壁いっぱいに張り付けられた、大量の写真が見える。どこかの大学の、催
眠術ショーの様子だった。中には、高校や中学、小学校のような写真もある。この部屋で
撮られたと思しき写真には、サッカーやバスケ、野球、ラグビー、剣道、柔道、といった、
様々なユニフォームを着た青年たちが、灰島に催眠を掛けられ、虚ろな表情のアップや、
裸で人形のように整列させられた姿、艶めかしく絡み合う姿などが映されていた。
 無数にあるそれらの写真を見て、慶悟は恐怖に吐き気を催した。

「ああ、ところで」
 灰島がいった。
「きみはどうして、此処にいるんですか?」
 慶悟の凄まじい睨みに、灰島はクスクスと笑った。
「そうですね。きみが私を殴って、この素敵な悪の大学"性"活から、お兄さんと友人を解
放するためというのは、知っています。私のいっているのは、どうして此処がわかったの
かということです。この二人が、助けを必要としていると、何故わかったのでしょう」
 灰島は今度は、フッパンの内側から陽汰の鍛えられた太股をさすりながら、熟睡したよ
うな陽汰の顔を舐め、耳にいやらしく舌を這わせていった。
 慶悟は再び逃げようとした。だが、無駄だった。身を捩ることもできない。何処かに鎖
で繋がれた方が、まだマシだった。 
「二人がお前の変態DVDに操られてるのを見たんだよ!!」
 慶悟は吐き捨てた。
「操られて、ホ…」
 ホモみたいに扱き合うのを、といおうとして、言葉を詰まらせる。

「そうですか。どんなDVDでした?」
 灰島の声は、臆することなく、柔らかくて愛想の良い響きを湛えていた。
「…螺旋が渦巻いてる催眠映像だ。気味悪い渦がぐるぐる回って…、ドクッドクッて脈打っ
て…」
 前にもそうだったように、心にあの螺旋のイメージを思い描くことは、慶悟の思考に破
壊的な影響を及ぼすようであった。
 既に意識は茫漠とし、目の焦点が揺らぎ始めていた。まるで水抜きされるように意識が
後退していく。それでも慶悟は奮闘した。
「二人は瞬きもしないでそれを見つめていた。そして、俺が電源を切るまで、何をしても
無駄だった。我に返った二人の様子を見ていて、お前が何をしてるかわかったんだ、この
変態サイコ野郎!」
「そうでしたか。それで、あなたはそのDVDを見たわけですね」
 灰島は、慶悟の隠しおおせない瞬間的なミスを逃さなかった。灰島の声は、さらに柔ら
かく、より滑らかになった。
「私は、たくさん螺旋の催眠映像を持っているんです。きみが見たのは、どの螺旋の映像
だったんでしょう」
 もちろん灰島には、何の螺旋かわかっていた。もう一度慶悟に螺旋を思い描かせるため
に、誘導尋問に掛けたのだ。
「たくさん持ってるだって!?」
 慶悟は嫌悪と怒りで怒鳴った。
「たくさん、あの螺旋みたいなのを…。赤い…、いや…、臙脂色の…、えんじ…」
 慶悟は、螺旋のイメージに引き込まれているようだった。
「特別な、臙脂色の螺旋」
 と灰島が穏やかに促した。
「それが、回りながら、ゆっくり、ドクン、ドクンと、脈打っている。ドクン、ドクン、
ゆっくりと、回っている。回っている。脈打っている」
 灰島の声は、子守歌のように滑らかで、心安まる響きを持っていた。
「脈…打って…いる」
 慶悟は、重々しく繰り返した。

「そう、脈打っている。回っている。そして、きみの目は螺旋の中心に引き込まれている。
暖かい安全な中心に。回っている、脈打っている。とてもリラックスしている。気持ちよ
く眠っているときのように、心が落ち着いている。そうだ。きみは、お兄さんたちがどう
して螺旋から目を離さなかったのか、もう、理解できたね。回っている、脈打っている、
螺旋はとても気持ちいい。とても、目を逸らすことなんてできない。リラックスしていて、
何も考えられない」

 慶悟は、蛇に睨まれた蛙だった。DVDで見た螺旋は、サブリミナルメッセージを刷り込む
と同時に、催眠状態を強化する働きがあった。その場に立ちつくして見ていた、慶悟が二
分以上だと思った時間は、実際は十分に近いものであった。
 慶悟は兄のように催眠術に掛かった。最初の刷り込みで、螺旋のイメージへの親和性を
強められ、単なる記憶の断片でさえ効力を持つほどにされていた。

「きみも、よおくわかっているように」
 灰島は続けた。その調子は、常にリズミカルで、魅力的に響いた。
「男の子は、この螺旋が、非常に気持ちいい。どんな男の子でも、催眠術なんて、絶対に
掛からないって思っている男の子でも、この螺旋は気持ちがいい。回っている、脈打って
いる。気持ちいい螺旋を見てご覧。私の声を聞いてごらん。とても心が安まる。暖かくな
る。お兄さんのように。きみのお兄さんも、絶対に催眠術になんて掛からないって思って
いた。彼は、ただ見て、聞いていた。きみも、ただ見て、聞いているだけでいい。それだ
けで、気持ちがいい。体がぐったり重くなる。深く深く、沈んでいく」
 慶悟の頭は抑えきれずにだらんと弛緩した。目は殆ど閉じられ、僅かな瞼の隙間からは
白目がのぞいていた。呼吸はゆっくりと減速して、規則的な機械式ポンプのように完全に
均一になった。両脇の二人の握りだけが、かろうじて慶悟が椅子から崩れ落ちないよう支
えていた。

「すぐに目を閉じるんだ、慶悟」
 灰島の声は急に威圧的になった。
「深く、深く、お前は眠っている。私が命じない限り、お前は動くことができない。私が
お前に起きろというまで、お前は目を覚ますことができない。お前は、私の話すこと以外
のものを、少しでも考えたり想像したりすることは不可能だ。お前は、この声の音の他は、
私について全てを忘れている。この声は、お前が常に従わなければならない音だ。わかる
な?」
「わかります。僕は、常に声に従わなければなりません」
 慶悟の眠たげな低い声には、先ほどの怒りは微塵も残っていなかった。
「いい子だ。お前がどれだけ完全に私の支配下にいるかを証明するために、お前はお前の
名前を忘れなければならない。お前は名前を忘れていく。忘れていく。そうだ。今、お前
は名前を完全に忘れてしまった。……さあ、お前の名前は、何だ?」
 心の中に深い闇が広がっていく。その勢いはどんどん加速し、もう止められなくなって
いるのに、慶悟の胸の奥の小さなかけらは、まだ何処かで、強められるその手かせに抵抗
していた。慶悟は名前を忘れるつもりなんて、毛頭なかった。
 俺は、名前を忘れたりなんかしない。忘れたりなんかしない。忘れたりなんか……、考
えるのが、ひどく難しい…。俺の名前は…。名前は…。それは…。
 灰島の声が再び慶悟に割り込んだ。そして、小石が投げ込まれたときの、魚の群れのよ
うな彼の鈍い考えをまき散らした。
「お前の名前は、慶悟だ」

 そうだ。その通りだ…。俺の名前は慶悟。二度と忘れない…!
 理屈ではない安心と幸福の感覚が、慶悟の自由意志の最後のかけらを静かに消し去った。
 いまや慶悟はその声に完全に魅了され、受動的に声の次のコマンドを待っていた。深い
満足と共に、回復したアイデンティティの安心に浸っていた。

「祥悟、陽汰、慶悟は危険ではなくなった。解放しなさい。そして二人は、ソファに座ら
なければいけない」
「「はい、慶悟を解放します。そして僕たちは、ソファに座らなければいけません」」
 慶悟を拘束する手は落ちた。そして、慶悟は自由になった。しかし、慶悟は動かなかっ
た。当然、動かなかった。そのようにいわれなかったからだ。

・(3)


 祥悟と陽汰の救世主を手なずけた灰島は、予定通り午後の楽しみのプランに戻った。そ
の楽しみは、活きのいい男子高生の肉体の追加によって、さらに増したのだった。
「まだ深い催眠に落ちている。慶悟、祥悟、陽汰、お前たちは、自分の呼吸・鼓動と一緒
に、さらに深く催眠に落ちなければならない。だが、目を開いて、頭を起こさなければな
らない」
 慶悟は、それが自分を驚かせたほどすぐに従った。まだ微かに、驚くという心的反応が
できた。辺りを、少し見回すこともできた。しかし、慶悟の目に映ったなにものをも、彼
の曇った認識に多くの意味を持たなかった。
 これは、部屋だ。ソファの上に、人が座っている。目を開いて、動かない二人の若者。
 彼らは素敵な人たちだったと、慶悟は薄暗く思った。
 俺は、彼らのことを知っていただろうか。
 ……まあ、どちらにしても、それが重要なことだったら、声が教えてくれるだろう。
 慶悟は、素晴らしくリラックスした恍惚の海に漂っていた。

 三人の様子に灰島は満足し、さてこれからどうしてやろうかと考えた。最初から4Pで鍛
えられた若い肉体を貪ろうか、それともウォームアップに一人をつまみながら、もう一組
の生セックスを鑑賞しようか。あれこれ考え出すと止まらなかった。
 とりあえず、このガキたちの裸を見てから決めるとしよう。

「みんな聞くんだ。ここは暑くて、とても落ち着かない。脱がなければ堪えられない。パ
ンツ一枚にならなければいけない」
 灰島がいい終わらぬうちに、三人は落ち着かない様子で動き出し、にわかに額に汗すら
滲ませて、身につけているものを脱ぎ始め、みなパンツ一枚になった。
 慶悟が穿いているのはボクサーブリーフ、祥悟と陽汰がフッパンの下に穿いていたのは
密着性の高いビキニパンツで、それぞれ膨らんだ股間を強調していた。

「いい子だ。お前たちは、とても快適になって嬉しい。そうだな?」
「「「はい、僕たちは、とても快適になって嬉しいです」」」
 目を開けながら眠ったような状態で、三人は虚ろな低い声でこたえた。深い深い催眠状
態にあって、従順に灰島の支配下に置かれた三人の男子は、とても恰好良く可愛らしく、
大いに灰島の気に入った。
 慶悟は服を脱ぐ際、もたつく陽汰を手伝いさえした。それは慶悟が三人の中で、いちば
ん被暗示性が高いことを意味していた。灰島は、汚れのない、肌の溌剌として綺麗な慶悟
の肉体を見ているうち、爽やかで純真なこの兄弟を、背徳と快楽に堕とし、近親相姦の虜
にしてやることを思いついた。ついでに何か変態的な要素も加えてやろう。
 方針を決めると、灰島は遊びを開始した。

「祥悟、お前は、筋肉を動かすことができない。人形のように座っているだけだ。何をさ
れても、筋肉を動かせない。そうだな?」
 ぐったりした、ビキニ一枚の祥悟は、何もいわなかった。筋肉を動かせないのだから、
当然だった。
「いい子だ」
 灰島は祥悟の頭を撫でて、慶悟にいった。
「慶悟、お前は、残りの服を、全部脱がなければならない」
 そういわれて慶悟は、一瞬、認識の小さな揺らぎを感じた。
 残りの服を、全部脱がなければならない?
 それは、何か正しくない気がした。しかし、慶悟の鈍い心が、この考えを苦労して思案
する間に、彼の従順な体は既に灰島の命令に従い終わっていた。過ぎてしまえば、胸のモ
ヤモヤは霧消していた。慶悟は心配するのを止めた。
「慶悟、お前の兄の足を見るんだ」
 自動的に慶悟の目が従った。オーケー、そして次は? と慶悟は茫漠と思った。
「お前は、その足から、目を逸らすことができない。慶悟、その足は、お前がこれまで見
た何よりも色っぽいものだ。祥悟の足は、とてもソソる。否応なく、チンポが熱くなり、
興奮する。もっと間近で見なければならない。触れなければいけない。匂いを嗅がなけれ
ばならない」
 灰島は邪悪なクスクス笑いを噛み殺しながら、葛藤の色を浮かべている慶悟の顔を、じっ
くり観察した。
 再度、慶悟はわだかまっていた。
 何かおかしい…! 祥悟の足は、ソソったりしない…!
 そう思う間にも、慶悟の目は、その男らしい、大きくて健康的なピンクの足裏を凝視し、
力強いカーブを描いた輪郭に沿って鼻先を近づけ、右手はそれを撫で回していた。そのう
ち、慶悟は朦朧とした脳の何処かで、言葉にできない何かを感じ始めた。何ともいえず、
心地よかった。そして、慶悟のモノが、硬くなりだした。
 
 灰島は、慶悟のモノが勃起しているのを見て、今すぐ埒を明けたい衝動に駆られた。暗
示が完全に上手くいっていることに、とても興奮したのだ。
「もっと近づかなければならない、慶悟」
 と灰島が命じた。
「お前の兄の、足の匂いのエキスをたっぷり感じろ。深く、いっぱいにそれを吸いこまな
ければならない」
 慶悟は、擦りつけるようにして足裏に顔を埋め、太い指の間などに密着して鼻を鳴らし
た。祥悟の足は、男の汗とスパイクの匂いに溢れていた。むせぶような臭気に思わず顔を
背けたくなるのを、再び灰島の声が支配し許さなかった。
「それは、世界で最も興奮する臭いだ。お前にとって、最も強い性欲促進剤だ。お前はも
う止まることができない、性欲に狂ってどうしようもなく興奮する。その足を舐めなけれ
ばならない。しゃぶり、吸わなければいけない。それを使って、チンポをこすらなけれな
ならない。お前の兄の足の中でイかなければならない。そうしながら、どんどん、深い催
眠に入らなければならない」
 猫がマタタビを与えられたように、慶悟は発狂した。祥悟の足の中で、慶悟は声を上げ
てよがり狂った。慶悟のモノはズキズキと痛むほどおえ返り、先走りにネバネバ濡れた。
床に這いつくばり、無我夢中で祥悟のつま先にの間に鼻を埋め、そして、指の一本一本を
しゃぶっては舐め回る。
 もはや、それだけでは満足できなかった。慶悟は、祥悟のそのぐったりした足の片方を
持ち上げ、頬ずりをし、おもむろに股の間にあてがうと、ズキズキ疼くモノを足裏にこす
りつけ始めた。
 まるで慶悟の全身を貫く、快感の電気ボルトのようだった。物凄い切迫したような慌た
だしさで、慶悟はそれを貪った。
 やがて湧き上がる射精感に唸りを上げた。大量の射精。絶頂の噴出が、兄の大きな足を
真っ白に覆う。
 達しきると、慶悟は背中から床にばったりと崩れ、胸を上下させて激しく呼吸した。弛
緩した、満足げな微笑が、催眠状態に浸された顔に浮かんだ。

「まだお前は終われない、慶悟。お前の性欲全てが、お前の兄さんの足の中にあるという
ことを、よく刻み込まなければならない。そのお前の絶頂で真っ白になった祥悟の足を見
ろ。お前はそれを、自分の顔に付けて塗りたくる。お前は、兄さんの足に顔中をベトベト
にして欲しい」
 灰島の声を聞いた瞬間、すぐに慶悟は、従順に催眠を受け入れるモードになった。射精
後のエンドルフィンからの深い緩和と、命令に従うことで絶えず深められている被暗示性
の中で、彼はもう、いかなる自発的判断もできなかった。反射的な、思慮のない忠実な迎
合性の塊と化していた。
 一分後には、慶悟のハンサムな顔は、自分自身の精液でベトベトに覆われていた。そし
て、兄の足はテラテラと湿って輝いていた。

 灰島はとどめを刺すのに熱中した。
「慶悟、よく聞け。今後、お前の最も興奮する性的な要素は、お前の兄さんとその足だ。
それらのことを考えるか触れること以外では、射精はいうまでもなく、性欲を感じること
もできない。お前は、祥悟の足で、完全にコントロールしてもらえる。お前は、祥悟の足
によって、兄さんの操り人形になることができる。お前は、祥悟の足のために何でもする。
それがわかってとても嬉しい。そうだな?」
「はい。僕は、祥悟とその足に、最も興奮します。祥悟とその足のことを考えるか触れる
以外は、射精も、性欲も感じられません。僕は、祥悟の足で、完全にコントロールされま
す。僕は、祥悟の足によって、兄ちゃんの操り人形になれます。僕は、祥悟の足のためな
ら何でもします。とても嬉しいです」
 どうすることもできない高校生は、ロボットのように彼の運命を繰り返した。
「すぐに眠れ。深く。より深く…」
 慶悟は意識を失って、がっくりと頭を落とした。

 これらが行われている間、祥悟は命令通り、一切動くことなく座っていた。その間にも、
彼の催眠状態はどんどん深まった。灰島のお楽しみの準備は、いよいよ整ったのだった。
「祥悟、お前の弟・慶悟は、いまや完全にお前の足の奴隷になった。慶悟は足を見たり触っ
たり嗅いだりさせてもらえる限り、お前に何でもする。しかし、お前はそのことを想像だ
にすることができない。そうだな? ……ああ、そうだ。お前は、私に返事をするために
は、筋肉を動かせる」
「はい。僕は、慶悟が僕の足のためなら何でもすることを、想像できません」
 祥悟は、動けなくされたオウムだった。
「お前の足は、弟に絶大な影響力を与える。…絶大な影響力。お前は弟の心と体を制御で
きる。お前は、弟を必要としている。弟を見ろ、祥悟」
 祥悟は、弟が素っ裸で、どうしようもなくうっとりとし、ぐっすり床の上に眠っている
のを見た。
「慶悟は、非常に男前でハンサムだ。そうだな?」
「はい…」
 祥悟は、それについて深くは考えなかった。しかし、自分がそうであるように、弟が非
常にモテるということは知っていた。
「そして慶悟は、とても男らしくセクシーだ。慶悟は、お前を魅きつける。そうだな?」
 流暢な声が、祥悟の衰弱した意識をそそのかす。だんだん祥悟は、弟に魅きつけられて
いる自分を発見した。
 男らしい精悍な整った顔立ち、しっかりした幅広い肩、六つに割れた腹筋と引き締まっ
たウエスト、筋肉が刻まれた脚肉……祥悟のモノは、弟の体に対して熱を帯び始めた。
「お前は、慶悟とセックスがしたい。そうだ、お前は慶悟とセックスしたい。そして、今
後は、慶悟だけが、本当の性欲の対象だ。ただ慶悟、ひとりだけ。他には誰もいない」
 弟に魅せられた祥悟の視線が、一層強くなったのを、灰島は見逃さなかった。
「お前はいつでも、どんな場所でも、可能な限り慶悟とセックスがしたい。そして、お前
が足を与えてやる限り、お前は慶悟にセックスを強要できる」
 祥悟はムラムラに体をもぞつかせ、いまや、鼻息を荒くしていたので、灰島はとどめの
一撃を与えてやった。
「祥悟、お前は、パンツを脱いで、すぐに慶悟とセックスしなければならない。……そし
て慶悟、兄の足が奉仕してもらいたがっている。目を開けて、お前の体を支配してもらわ
なければならない」

 それから始まった二人の様子を見て、灰島はもうこれ以上暗示を追加する必要はないと
確信した。
 祥悟は、力なく立つ弟を支えるように抱きかかえ、慶悟の口を卑猥な音を立てて貪り始
めた。慶悟は両腕をだらんとさせて、抵抗しなかった。
 すぐに、慶悟の髪を掴んで太股に顔を押し付けた。途端に慶悟は悦びに震え、さらに足
裏を慶悟の太股にこすりつけてやると、フェラチオを受け入れさせた。喉の奥まで突っ込
んで、十分に出し入れを繰り返し、祥悟のモノがたっぷりと湿り気を帯びると、慶悟の顔
を引き離し、その体をアナルセックスをするための体位にさせた。そして、いまや、自分
の欲望のために慶悟を使役する祥悟は、弟の準備に構うことなく、その勃起を打ち込んだ。
激しく腰を振り始める。
 
 灰島はその場を彼らに任せて、陽汰に向き直った。陽汰はビキニ一枚でまだソファにじっ
と座っていた。そして、ぼんやりと何も見つめていなかった。
「陽汰、お前は、残りのパンツを脱がなければならない」
 バネのように立ち上がった可愛い男子は、躊躇せずに従って、それからまた座った。
「陽汰、お前は、昨日の私のショーを憶えているかい?」
「いいえ」
 と、陽汰が静かにこたえた。
「僕は、催眠術を掛けられてみたかったので、ちょうどステージに上がったことは憶えて
います。それから、気づいたときには、パンツ一丁で、アメフトダッシュをした後でした」
「私がお前の額に触ると、お前はショーのことを思い出す。だが、私が忘れるように命じ
たことは思い出せない」
 灰島は、陽汰の額の柔らかい皮膚全体を、親指でブラシをかけるように擦った。
「さあ、お前は今、ショーのどんなことを憶えている?」
「俺は…、僕は、あなたの指の先を見たのを憶えています。くつろぎながら、あなたの話
を聞くようにいわれました。…それから、僕はもう、自分で考えているようではありませ
んでした。…あなたが、冷たいといったものは冷たく、熱いといったものは熱く感じまし
た。…それから」
 ひどく催眠状態に陥った陽汰は、灰島のステージでの詳細な説明を始めた。
「そして、僕は、六歳に退行しました」
 灰島は、陽汰を止めた。
「そうだ。私がお前を六歳にした。お前は六歳の時のことをよく憶えている。…純粋で、
とても行儀が良くて礼儀正しい、お前を作った私に忠実な、とても素敵な男の子だった。
とても幸せで満足感に溢れていた。…お前は、六歳の自分が大好きだ。そして、いま、ま
さにお前は六歳になっている。とてもとても従順な六歳だ。そうだな?」
「はい、パパ」
 陽汰は突然、非常に幼い声になった。
「いい子だ。お前がそんなにいい子だから、スティックキャンディをあげよう。目を瞑っ
て、アーンしてごらん」
 陽汰はすぐに従った。小さい子特有の熱心さで目をきつく閉じ、口を前に突き出すよう
に開いた。
「私がいいというまで、お前は二度と目を開かない。それから、噛むと痛いということを
知っているから、お前は決してキャンディに歯を立てない。舐めたり吸ったりするだけだ」
 灰島は、陽汰の待機している唇の間に、自分の勃起したモノを滑り込ませた。
「これは、お前の大好きな味だ」

 陽汰は、目を瞑りながら物凄い熱心さで、灰島のモノをしゃぶった。激しく唾と唇の擦
れ合う音が響く。
「可愛いよ、陽汰。本当にこの味が大好きなんだね」
 吸い上げの感覚が、灰島の悦びを大いに増大させていった。灰島は、夢中になってしゃ
ぶる陽汰の首と耳を撫で回しながら、そのペースを穏やかに支配した。このままでは、す
ぐにもイきそうだった。何度となく射精しそうになりながら、灰島は慶悟たちの様子を見
るため、首を傾けた。

 催眠にどっぷり浸かった祥悟の顔がにわかに上気して、ちょうど、モノを弟の尻から引
き抜くところだった。祥悟は、しゃがれ声で慶悟に仰向けになれと命じた。それから、自
分のモノを握って素早く数回ストロークすると、弟の顔中に大量に射精した。
 祥悟は喘ぎながら弟の頭上に立った。そして、おもむろにその大きな足を、慶悟の顔の
上に乗せ、自分の精液を慶悟の鼻や口にベチャベチャと塗りたくった。
 興奮のあまり激しく呻きながら、勃起していた慶悟のモノがさらにおえ返った。湧き上
がる先走りの流れの後、白い噴出が溢れ、それだけで慶悟がイったことがわかった。
 
 それを見て、灰島はもう我慢の限界だった。爆発する寸前に陽汰にいった。
「陽汰、クリームがこぼれる、棒の中心の。いちばん美味しいところだからこぼしてはい
けないっ」
 灰島は、これまでの催眠支配による射精の中で、最高の絶頂を味わった。とめどなく溢
れるそれを、陽汰はまるで命がそれに依存しているかのように吸い続けていた。その感触
の気持ちよさは、心臓が止まるのではないかというほどであった。
 じゅぽお…
 灰島は、それを陽汰の口から引き離した。喘ぎながら、
「キャンディはお終いだ。お前は、非常に満足している」
 といって、フラフラとソファの上に倒れ込んだ。
 陽汰は動かなくなった。彼の眠たげな顔は、満足そうな微笑を浮かべていた。その口の
端から、灰島の小さな滴りが糸を引いて床に落ちた。

・(4)


 息を整えて辺りを見回す。慶悟と祥悟は、さっき見たときの最後の状態で固まっていた。
何も命じられていないので、無表情で身動き一つしない。まるでショーウィンドウのマネ
キンのようであった。
「素晴らしい」
 灰島は考えた。
「慶悟、祥悟、お前たちは、そのままの状態を保たなければならない」
「「はい。僕たちは、このままの状態を保たなければいけません」」
 そして灰島は、陽汰を見た。
 膝だちになり、目を瞑ったまま口を開けて静止している。そのセクシーな口元は、どう
ぞ僕を好きにしてくださいと灰島に呼びかけているように思えた。灰島は感慨深く思った。
 まだコイツをイかせてやっていない。
「陽汰、お前はもはや六歳ではない。お前は再び、元の年齢に戻った。…さあ、お前は何
歳だ、陽汰」
「ん…。19歳です…」
 陽汰は眠そうに、ぶつぶつといった。

「陽汰、お前はいま深い催眠状態に入っている。何事にも抵抗することができない。全て
の命令に背くことができない。私はいまからお前にキスをする。私がキスをすると、お前
は性的に非常に興奮する。気持ちよく激しく興奮して、お前にはどうすることもできない」

 灰島は、陽汰を抱いてその唇に顔を寄せ、口の端についた精液を舐め取ると、陽汰の水
分の多い湿った唇に自らの唇を重ねた。生温かい陽汰の口内を舌で熱く這い回る。
 抱きかかえられた陽汰の肩が、打たれるようにプルプルと震えていた。灰島が陽汰の股
間に手を伸ばして触れると、じんわりと温い液に濡れ、太い棒が硬くおえ返っている。や
がて灰島の扱く手の内で、陽汰は二度、大量の液を迸らせた。唇を密着させたまま、灰島
の腕の中で陽汰の上半身が反り上がった。
 くちゅっ、と音を立ててゆっくり唇を離し、灰島は命じた。
「陽汰、お前は悪い子だ。こんなに股間を濡らしてしまった。きれいに乾くまで、自分の
胸や顔に塗りたくりなさい。私のためにそうしてくれるね?」
 その声の調子から、それが質問ではないことは明らかだった。催眠術を掛けられた体育
会系の男子がそれに従い終わるのに時間は掛からなかった。すぐに、まるでローションを
塗ったように、陽汰の美しい、毛のない胸と甘いマスクは、テラテラに光輝いた。
 
 灰島は体を拭いて身なりを整えると、今後の処理について考えた。始めに、三人は再び
服を着るように命令された。しかし彼らにタオルは渡さなかった。灰島は三人が目覚めた
とき、全身からセックスのにおいがすることを望んだ。
 そして、催眠後の条件付けを始めた。
 最初に、これらの午後の活動については一切思い出せないということを、慎重に刷り込
んでいった。いったん彼らが灰島のマンションを出たらば、それまで此処にいたというこ
とを忘れる。そして自分に関する唯一の記憶は、先日の催眠術ショーだけであるというこ
とを強調した。
 次に、どうやって三人を自分から離れられないように縛り付けるかを思案した。
「慶悟、お前はこの街に住むつもりでいるのか?」
「いいえ。僕は、兄を訪ねたついでに、兄の大学や街を見学して、進路を考えたいと思っ
て来ました」
 まるで他人の記憶にアクセスするように、慶悟は眠そうによろめきながら答えた。
 慶悟と祥悟が一緒にいなければ、彼らはおかしくなってしまうだろう。先ほどの催眠に、
若干の修正の必要があった。
「慶悟、祥悟」
 灰島はいった。
「よく聞きなさい。お前たちが互いに求め合うことができないときには、他のハンサムな
男子をその代用とすることもできる。たとえば、お前たちは、この陽汰を性対象とするこ
とも可能だ」
「「はい。僕たちは、お互い求め合うことができないときには、他のハンサムな男子を代
用することもできます。陽汰もその対象です」」
「そうだ。お前たちは、きょうこの後の帰り道で、早くもお互いに欲情し、陽汰を使って
セックスがしたくなる。そして陽汰、二人がお前のことを求め始めたら、お前はすぐにこ
の催眠状態になる。キーワードは、『おもちゃの兵隊、陽汰』だ。お前は、慶悟と祥悟が
求めることに、なんでも協力しなければならない。それができるできないに関わらず、二
人のどんな命令にでも従い、喜んで操り人形になる。今後、お前は二人の助けのないおも
ちゃだ。二人がお前を必要としないときだけ、お前は自分の意志で行動できる。慶悟と祥
悟がお前を管理している間の記憶は、一切持たない」
「はい。僕は、慶悟と祥悟に『おもちゃの兵隊、陽汰』といわれたら、すぐにこの催眠状
態になって、どんな命令にも従います。僕は、慶悟と祥悟の助けのないおもちゃです。二
人が僕を必要としないときだけ、僕は僕の意志で行動できます。二人が僕を管理している
間の記憶は、一切持ちません」
 それらの暗示の関係は複雑だったので、灰島は誤作動することがないよう、入念に刷り
込みを繰り返した。そして三人に何度もそれを暗唱させた。
 慶悟と祥悟は、陽汰を欲しいときに好きなようにできるということを深く理解し、陽汰
も、自分が二人の完全な性奴隷であるということを、十分に受け入れた。

「ああ、それから」
 灰島は続けた。
「日に必ず一回は、私の催眠DVDを観ること。お前たちはそれを観て深い催眠状態に入り、
再び目覚める前に全てのプログラムをチェックすること。そしてその間、ひとりの場合は
自分で、二人以上いるときはお互い協力し合ってオナニーをしなければならない。そうだ
な?」
 祥悟と陽汰は声を合わせて命令を繰り返し、承諾した。しかし、慶悟はもじもじと逡巡
していた。灰島は何かストレスを感じている彼の兆候を見ていった。
「慶悟、何故お前は、DVDを観ることに同意しない?」
「…僕は、そのDVDを、割ってしまいました」
 と催眠術を掛けられた慶悟は落ち着かない様子でいった。
 灰島は微笑んだ。
「なんだそんなことか。大丈夫、代わりはたくさんある。さあ、お前が割った分と、お前
が実家に持ち帰る分だ」
 と、新しい二枚のコピーを、慶悟に手渡した。慶悟の表情に安堵の色が浮かんだ。その
機会を逃さず、すかさず灰島は付け加えた。
「さあ、お前は問題を解決してもらって、とてもよい気分だ。くつろいで、さらに深い催
眠状態に入った。そうだな?」
「はい。僕は問題を解決していただいて、とてもいい気分です。くつろいで…さらに深い、
催眠状態に…入りまし…た」
「深く、さらに深く。そして私が命令したことの全ては、さらに強くなっていく。より強
く、強迫的に、決して抵抗できない」
 慶悟の顔からは一切の表情が消え、何の意志のかけらもなかった。真っ直ぐに灰島を見
据え、スポンジのように彼の言葉を吸収していた。
「慶悟、これは私の電話番号だ。お前はこれをケータイに登録し、毎月二回か三回は電話
を掛けなければならない。また、掛かってきた場合は、反射的に必ず出なければならない。
お前はこの番号が誰の番号だか憶えていない。電話に出たとき、『おもちゃの兵隊、慶悟』
というのを聞くとすぐに、お前はこの最も深い催眠状態に戻っていって、私の命令に従う
ことができる。それから」
 灰島は付け加えた。
「お前は兄と同じ大学を受け、この街に暮らしたい。他のどこに行くことも考えられない」
 慶悟は深く深くこの催眠を受け入れた。十分に刷り込みが完了したのを確認すると、灰
島がいった。
「慶悟、祥悟、陽汰、今から3つ数えると、お前たちはここから立ち去る。そして、いっ
たん表通りに出たら、ふだんの意識に戻る。ふだんの意識に戻っていても、忘れているだ
けで私の与えた命令は全て心に刻まれている。…1、…2、…3」

 三人は今まで自分がどうしていたかも忘れ、何事もなかったのように歩いていた。祥悟
と陽汰は、自分たちの通う大学や街を慶悟に案内した。
 そのうち、祥悟のモノはフッパンの中で窮屈そうに膨らみ始めた。前を歩く陽汰の引き
締まった尻に、妙にソソられたのだ。横を見ると、慶悟の視線もそこに注がれ、ジーパン
の前に窮屈なテントを張っていた。祥悟は、弟も同じことを考えていると何故か確信した。
慶悟に目でサインを送る。その無言の合図に、慶悟は熱心そうに頷いた。ジーンズの膨ら
みがさらに大きくなった。
「おもちゃの兵隊、陽汰。お家に帰る時間だ」
 歩いていた陽汰はびくっと立ち止まると、「はい、家に帰る時間です」と呟き、くるり
と方向転換して、彼らのアパートへ進み出した。

<完>

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