【R-18】男性同士の催眠術/マインド・コントロールを描いた日本語小説です。成人向け内容です。

デッサンモデル



作:ハチ

デッサンモデル 1


デッサンモデル 1.

クラブ終わりに片付けを龍二に押し付けられて、遅くなってしまった。
ケータイを開くと、やはり蒼太からのメールが来ていた。

『今日行っていいか』

だと。シンプルな文面だが、そこから読み取れることは多々ある。
あいつが絵文字も顔文字も入れないのは、余裕が無い時か、真剣な時。
じゃなきゃ、“誘って”いる時だ。
俺が一人暮らしを始めて暫く経つが、最近では蒼太が遊びに来ても別にエッチするわけでもなく、
まったりとした時間をただ二人で過ごすだけ、というような日も多い。
付き合いもそろそろ3ヶ月が経つし、そういうものだろうとは思う。
が、俺は大いに不満だった。これがマンネリというものか。
だからここ一週間ほどは、急がしいという理由であいつと学校外では会わなかった。
要は、少し焦らしてみるということを試みたのだ。
その効果は覿面だったようで、昨日今日あたりの蒼太はイライラしているのがよくわかった。
そして今来ているこのメール。
「今日はお楽しみの日かなー」
などと馬鹿な独り言しながら、着替え終えてロッカーを勢い良く閉めた。
メールには敢えて返事をしないままだ。きっと遅くに呼び出しても、あいつは飛んでくるんだろう。
そういうところが堪らなく可愛いと思ってしまう。
今夜のことに胸を躍らせつつ、部室を出た。

部室を出て階段を駆け下り、校舎入り口へと向かって走ろうとした時、背中に声をかけられた。
「ちょっと、君」
足を止めて振り返ると、眼鏡をかけたインテリ風の人が立っていた。
大人びているが、同じ制服なので生徒だろう。名札の色からすると三年生――一応、先輩か。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
廊下を走るな、とでも言われるのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「君、吾妻君――だろう?」
「え? あ、はい、吾妻です」
間抜けな応答だと思いつつ、簡単に答えた。
その先輩は何だか嬉しそうな顔をして、こちらに歩いてきた。
「やっぱり。バスケットボール部の有名人だからね。すぐわかったよ」
「いやぁ、照れます」
しかし最近こういう風に声をかけられることが多い。頓に先輩方から声をかけられることが。
男子校だから“そっち”が多い、などというのは迷信だ、などという人も居るが。
実・際・問・題、そーゆー人がこの学校には多い気がする。それが非常に困る。(人のことは言えない身だが)
あからさまに気を引こうとしてくるような人は特に困る。
まさかこの人もそうかと思いつつ、少し緊張しながら言葉を待った。
「僕は道下。美術部の部長をしている」
美術部――なんて、あったのか。あんまり印象が薄いから記憶に無いが、そういえば部活紹介の時にで聞いたような気もする。
「はぁ、どうも」
「時に吾妻君、君、時間は無いかい?」
「ありません。時間ありません。すみません」
きっぱりと言う俺に、道下さんも面食らった様子で苦笑いした。
「そ、そうかい。けれど、少しだけ、どうだい。アルバイトということで」
「バイト?」
一人暮らしを始めて懐が寂しい身、バイトという言葉には心惹かれるものがあった。
「けど、ウチってバイト禁止でしょう」
「アルバイトと言っても校内でのちょっとした手伝いのようなものだよ。顧問にも許可は取ってある。バイト代もその場で支払うよ」
「はぁ」
顧問が赦しているというのなら、まぁ問題は無いのだろう。
腕時計を気にしつつ、まぁ蒼太はもう少し焦らしてやるかと意地悪な気持ちで、話を聞いてみることにした。
「どんなバイトですか」
「簡単さ。突っ立ってるだけでいい」
「はい?」
「デッサンモデルだよ」

モデル、と聞いてちょっと喜んでしまったのは本当だ。
なんというか、モデルに選ばれるというのは、どういう場面であれ光栄な気がする。
「ささ、入ってくれ」
道下さんがガラガラとドアを開け、俺は美術室へと招かれた。
入った途端、大勢の眼が一斉にこちらを振り向いたので、思わず身を引いてしまった。
椅子に座ってキャンバスに向かう部員達(殆どは上級生だ)の眼が、俺を見た。
どうしてだか、窓には全て遮光カーテンが引かれていて、照明も弱めで部屋の中は薄暗かった。
それから、溶剤だろうか、鼻を突くような匂いがふわんと漂っていた。
「ほら、遠慮しないで」
「や、あの――」
尻込みしていた背中を押されて中へ入ると、道下さんがぴしゃりとドアを閉めた。
ガチャリ、と錠の落ちる音がして、えっ、と思って振り返ると、道下さんの笑顔があった。
「あの――」
「皆、今日は彼がモデルに来てくれたよ」
道下さんが言った途端、キャンバスに向かっていた先輩達がおぉっと歓声を上げた。
なんだなんだと戸惑う俺の背中を更にどんどん押して、道下さんは俺を部屋の中心へと導いた。
たくさんのキャンバスが向かうその場所は、一段高くなったステージのようになっていて、一体の石膏像が置かれていた。
(――ん?)
その彫像に異様さを覚えて、俺は道下さんを振り返った。
「あの、これ――」
その彫像は筋骨隆々の男の裸像だった。それも、なんというか――。
「まあまあ気にしないで。ほら、君はもうモデルだよ」
「え、いや、ちょ――」
俺の声など聞く耳持たず、道下さんは俺の持っていた鞄を奪い取り、俺をその場所へ押し上げた。
先輩の一人が、俺と入れ替わりにその石膏像を退けてしまった。
彫像に覚えた違和感とは、つまり、そいつの下半身が――
驚きつつ振り返ると、名前も知らない先輩達の眼が爛々とこちらを見上げてくる。
その視線を受けると、自然と顔が熱くなり、全身が火照るような気がした。
「ポーズを取ってくれよ」
「ぽ、ポーズ、ですか」
「そう。それから、Yシャツを脱いで」
「ええ?」
「その方が描き甲斐があるし。石膏像よりも生身の身体の方が勉強になるしね」
いやしかし、流石にそれは、と躊躇する俺にはお構いなしで、周りの先輩達は期待にも似た視線を送ってくる。
その視線に負けたとでも言おうか、Yシャツくらいはいいかと思って、俺はボタンを外し始めた。
途端、ざわざわと妙なざわめきが周りから起こった。何なのだ、一体。
ボタンを外し切って、Yシャツの袖を抜き、バサッと床に落とした。
下に来ていたプリントTシャツが現れ、俺はそのまま適当にポージングを始めた。
すると今度は、おおお、と静かなどよめきが沸き起こった。
そのどよめきを聞いて、俺の胸は何故だか高鳴り始めた。

しばらく言われた通りのポーズを取ってモデルを務めていたが、道下さんがまたとんでもないことを言い出した。
「せっかくだからそのTシャツも脱いでよ」
「えっ」
何が『せっかく』なのかまったく以ってわからなかったが、俺の手はTシャツを脱ぐために動き始めていた。
腕をクロスさせて裾を掴み、ゆっくりと上へ捲る。
シャツを脱ぎきって捨てた途端、ざわめきがどよめきに変わった。
「綺麗だねぇ・・・吾妻君」
「そ、そうっすか」
綺麗、というのは俺のこの身体のこと、なのだろうか。
蒼太も好きだと言ってくれるこの身体。結構頑張って鍛えている心算だ。
ひそひそと話しながら遠慮無い視線を送ってくる先輩達に、俺は何故か自分の腕に鳥肌が立っていることに気が付いた。

「そろそろ、下も脱いでみようか」
「あ、はい・・・」
暫くTシャツ姿でポージングしていた俺に、道下さんは言った。
今度はあまり抵抗しようという気持ちは湧かなかった。俺は自然とベルトに手をかけていた。
かちゃかちゃと音をさせてベルトを外し、ズボンのホックを外した。ファスナーを下げる。
ゆっくりズボンを下ろし、ボクサーが露になると、ざわついていた先輩達が急におとなしくなった。
静かになった美術室の中に、誰かがゴクリと唾を飲む音が響いた。
俺は特段意識することもなくポージングを再開した。
ポーズは実に適当だ。イメージの中にある「カッコイイポーズ」を適当に変えながら続けた。
その度に先輩たちはどよめいてくれて、俺は調子に乗った。

「じゃ、そのパンツ脱いで」
「はい」
二つ返事で頷いて、俺はボクサーのゴムに手をかけた。
しかしそれを引き下ろす直前、どこかで理性が働いて、一瞬躊躇った。
手を止めたまま、周りを見回した。期待の視線を向けてくる先輩達。道下さんも。
「誘ってんのかぁ、お前」
見回しているその態度が挑発的に映ったのだろうか、先輩の誰かが言った。
「さっさと脱いじまえよ」
「早く見せろよ」
「おら、もう起ってんじゃねぇかよ」
それまでおとなしくしていた先輩達が口汚く野次を飛ばした。
そういえば、パンツが突っ張るような感じがするのは、勃起しているからなのか。
あれ? どうして俺、こんなところで起ててんだろう?
学校で。知らない奴らの目の前で。見られながら――ジロジロと、見られながら――。
ぷつっと頭のどこかの線が切れたような気がして、俺はパンツを一気にずり下げた。
途端、おおおっ、と今度は紛れも無い歓声が周りから上がった。
その野太い声達に、俺は何故か微笑みで返していた。
パンツを脱ぎ捨て、靴下も脱いで、俺は全裸となってポーズを取った。
ポーズを変えるその度に反応して、面白いように声が、声援が聞こえた。
不意に眼が合った道下さんが、他の先輩達とは違って、声も上げないままニヤニヤと笑っていた。
「そろそろ『バイト代』支払わないとね」
「そんなぁ、いいっすよぉ」
もはや金などどうでもよかった。
「まぁそう言わずに。たっぷり、支払わせてくれよ――」

部屋の中、くらくらする俺の頭の中にも始終、甘い溶剤の香りが満ちていた。




大変ご無沙汰しています。ハチでございます。
とんと筆不精しておりました。エロさが枯渇しておりました。
相変わらずあまりエロくない短編となる見込みですが、よろしくお願いいたします。

デッサンモデル 2


2.

「あー、めんどくせ――」
小さくぼやきながら、俺は体育館を出て、ホシの出てくるのを待ち構えていた。


蒼太が泣きついて来たのは今日の昼休みのことだ。なんでも、紅輝の行動がアヤシイ、というのだ。
「怪しいってどういう意味だ」
「なんていうか、よそよそしいっていうか、素っ気無いっていうか」
「そりゃあ、あれだろ」
「あれ?」
「浮気」
俺が言った途端、蒼太はこの世の終わりみたいな顔をした。なんだこれ、面白い。
「そ、そうなのかな――」
「なんだ、心当たりあるのか」
「そうじゃないけど、でも――あいつは元々、ストレートだから」
ああ、なるほど。

蒼太と紅輝が付き合うようになった経緯は、なんとなく聞いている。
簡単には信じられないような話だが、蒼太の持つ『能力』については俺も何度か味わっているので、否定できない。
紅輝にしてみれば、いつの間にか“ソッチ”になってしまっていたわけだから、
何かのきっかけで元に戻ってしまうとか、そういうことがあったとしてもおかしくないのかもしれない。
「もしそうなら、お前は身を引いたりとかする心算なのか」
「そうじゃない――いや、その方がいいのかな」
蒼太の態度に腹が立って、バシンと頭を殴ってやった。
「いっ――てぇな」
「ハッキリしろよ。っつーか、『責任』を取れ」
俺が言うと、蒼太は困った様子で俯いた。少し苛め過ぎたかと反省する。
「ハァ――まぁ、いいよ。それとなく様子見とくくらいなら」
「助かる。よろしく頼む」
いつも生意気なこの蒼太が俺に泣きついた挙句、こうして頭まで下げて見せるのだから、
俺が気が付いていないだけで、それなりに深刻なことになっているのかもしれない。


そして今、部活終わりになって、こうして紅輝のことを待ち構えているわけだ。
ところが紅輝は焦らすようになかなか部室から出てこなかった。片付けでもしているのだろうか。
と思っていると、何やら慌てた様子で紅輝が飛び出してきたので、俺も慌てて柱の影に身を隠した。
紅輝は特に警戒する様子も無く、喜び勇んでというような軽い足取りで、門を出るのかと思いきや、体育館を出ると校舎へ戻っていった。
どこへ向かうのだろうかと後を追う。

紅輝が向かった先は、旧校舎一階端にある美術室だった。
美術を選択していない人間にとっては、卒業するまで縁がない場所だ。
俺も選択は音楽なので、実際この部屋には入ったことが無い。
紅輝のクラスも音楽のはずで、こんな場所に用は無いように思うのだが。
見ていると紅輝はうきうきとした様子のまま、ドアを開けて入っていった。
(――あ?)
ドアを開ける直前に、紅輝は夏服のシャツを脱ぎ始めていたように見えた。
更衣室に入るわけでもあるまいに、そんなことをするはずも無いのだが。
しかしそれが見間違いとも思えず、俺は紅輝の消えたドアへと近づいた。

擦りガラスの向こうに見える室内は薄暗く、中の様子は伺えなかった。カーテンが閉められているのだろう。
ドアの取っ手に手をかけて、開けようとして――一瞬間、躊躇った。
なんとも説明がつかないが、どうにも嫌な予感がしたのだ。
それでも紅輝を放っておくわけにもいかず、俺は薄くドアを開いてみた。
「――よし、いいよ、吾妻君」
室内からそんな声が聞こえた。
どうやらキャンバスがいくつも並んでいるのは確認できたが、
肝心の紅輝が居るらしい部屋の中心は、ドア脇の柱の陰になって確認できなかった。
もう少しよく見ようとドアを更に押し開いた――

「君もモデル希望かな」

「っ!?」
吃驚して振り返ると、眼鏡をかけた秀才風の人が立っていた。
どこかで見たことがあるような――無いような?
「吾妻君の友達かい」
「え、あ、あぁ、はい。チームメイトで――」
「すると君もバスケットボール部だね」
その人は何やら嬉しそうな顔をした。
「そうかいそうかい。吾妻君ほど有名じゃないようだね。申し訳ないが、君の名前は知らないな」
その言い方にはカチンと来たが、しかし事実ではあるので仕方が無いとも思った。
紅輝の実力は俺が一番良く知っているし、認めている。嫉妬などしたところで敵わないこともわかっている。
「僕は三年の道下。美術部部長」
「あの――俺は、雫木と言います。雫木龍二。一年です」
「雫木君か。いいよ。君もいいモデルになってくれそうだ」
「さっきからその、『モデル』ってどういう――」
「いいから、入れよ」
半ば強引に背中を押されて、俺はこれまで入ったことも無い美術室に足を踏み入れた。

甘く鼻を突くような溶剤の香りが漂う。
キャンバスに囲まれた中心がステージのように一段高くなっていて、そこに紅輝が居た。
その紅輝は、シャツを半分脱ぎかけた姿勢のまま、驚いたような顔で入ってきた俺のことを見ている。
シャツの下には、いつも着ているユニフォームが見えた。どうして制服の下にユニフォームなんて――
「りゅ、龍二? なんで――」
「吾妻君、気にしなくていいから。さ、続けてくれ」
俺の後ろに立つ道下の言葉に従うようにして紅輝は頷き、制服をまた脱ぎ始めた。
ズボンも脱いでしまうと、その下にもやはりユニフォームを着ていた。
見慣れた光沢のハーフパンツが現れた。
いつも思うのだが、このユニフォームは誰よりも紅輝によく似合っていると思う。
「紅輝――お前、一体、何して――」
「吾妻君。雫木君にも見てもらおうじゃないか。いいだろう?」
俺の言葉を遮ったその声に、紅輝はまた頷いた。
「さあ、いつもの通りに」
いつも通りというのが何のことかはわからなかったが、紅輝は心得ている風に身体をくねらせ始めた。
キャンバスを挟んで紅輝のことを見ている上級生らしい生徒達から歓声が上がった。
――なんだ、これは?
普段体育館で見せているのとまるっきり同じ姿になった紅輝は、更にユニの裾に手をかけた。
「あぁ、いや、吾妻君。今日はそのままの方がいいかな」
道下の言葉に、三度紅輝は頷き、脱ぎかけていた手を止めた。
その手を徐に下半身へと伸ばしていく。その手がソコへ触れた、途端――
「ハァ・・・」
紅輝の口からこれまで聞いたことの無いような声、否、吐息が漏れた。
その顔は紅くなり、彷徨うような視線を周囲へ向けて――一瞬、眼が合った。
紅輝は恥ずかしそうに目を逸らした――どくん、と俺の胸が鳴った気がした。
「りゅう、じ――見ないでくれ」
ハーフパンツの上から自らを慰める紅輝は、じれったいようで、何というか――かわ、いい――?
その時、後ろから肩に手が置かれた。その感触に、俺はハッと正気に戻った。
「ほら、君も――」
言いかけた道下の声を無視して、手を振り払った。前へ、紅輝の居る部屋の中心へと駆けた。
モノを撫でていた手を掴んで止めさせると、紅輝は顔を上げて俺を見つめた。
熱っぽい目から逃れるように紅輝に背を向けて、道下たちへ向き直った。
「あんたら何考えてんだ。何なんだよ、これは」
「何って、アルバイトしてもらっているだけだよ」
「バイトだぁ? ふざけんのも大概にしろよ。紅輝がこんなこと――」
「吾妻君は自らの意思でやってるんだよ」
「いい加減に――」
言いかけたところで、後ろから誰かに腕を掴まれた。そのまま羽交い絞めにされる。
振り返って、は?と驚く。俺のことを捕まえていたのは紅輝だった。
「おま、何やって――」
「邪魔すんなよ、龍二」
その言葉に愕然とした。
呆けている俺の顔へ、横から誰かの腕が伸びてきた。
「ん、ぐっ――!?」
その手に握られていた布が口と鼻に当てられると、いっそう強い溶剤のような香りがした。
その匂いは鼻から脳天へ突き抜けて、俺の頭を痺れさせるようだった。
「さあ、特等席をあげるよ」
布で顔を覆われたまま、誰かが腕を引いて、俺はドスンと床に座らされた。そのまま上から身体を押さえつけられた。
そこは部屋の中心、“ステージ”の目の前だった。
道下が促して、紅輝は動きを再開した。俺は誰かに後ろから捕まえられたまま。
これが、アルバイト? モデルだって?これはただのショーじゃないか。俺にこうして見せ付けてくる、いやらしい、紅輝の――
――紅輝と眼が合った。まるで俺のことを挑発しているように思えた。
見上げると紅輝の身体の向こう、部屋の奥の壁には、いくつかのスケッチが立てかけられていた。
どれもこれも、男の裸体を描いたものばかりだ。雄雄しい身体つきの者も居れば、細い身体の奴も居る。
ユニフォーム姿であったり、制服姿であったり、中には教師らしきジャージ姿のものもある。
その中に、紅輝の姿を描いたものが一枚。
夏服の前をはだけさせて、筋の浮いた自らの腹を撫でるようなポーズをしている。

ふぅっ、ふぅっ――

やけに荒い息が聞こえると思ったら、自分の喉から出ている音だった。
「そろそろ、“一人”の構図にも飽きてきていたところだ。ちょうどよかったよ」
道下が耳元で言っていたが、俺は気にも留めず、ただ紅輝を見ていた。
だんだん瞼が重くなるような気がした。目の前がかすんでくる。頭がぼぅっとして――
「もういいかな」
布が取り払われると、涎が糸を引いた。いつの間にか拘束は無くなっていた。
俺は這うようにして紅輝のところへ近寄っていき、そのままのしかかるようにして押し倒した。
「りゅ、龍二――」
戸惑うような目を紅輝が見せたのは、ほんの一瞬だけだった。すぐに、紅輝の方から、心得た様子で身体を動かし始めた。
そこからははっきり言って、何が何だかよくわからなくなってしまった。
ただ、紅輝が俺のことを“欲しがる”ように、抱きついてきて、それからたぶん、キスをして――そして――
「あんまり激しく動かれると、構図を決めづらいんだけどなぁ」
道下が笑いながら言ったが、俺も、紅輝ももう聞いちゃいなかった。
閉め切った室内、蒸し暑さの中に、ツンと香るのは溶剤と、紅輝と俺の汗の臭いだ。
暑苦しさなんて感じることもなく、俺は紅輝の肌蹴たユニフォームの肩口に顔を埋めた。


「ありがとう。いい絵が描けたよ」
満足げに微笑む道下が見下ろしてくる。
「はぁっ、はぁっ・・・」
俺達は息を荒げて仰向けに寝転んだまま、何故か二人、手を繋いでいた。
紅輝のユニフォームはもう殆ど脱げていて、俺の制服は汗で身体に張り付いていた。
ただ二人ともソコだけは突っ張って、情けない格好だ。
道下が一枚、スケッチをこちらへ見せてくれた。
その絵の中では、制服を着崩した俺が、ユニフォーム姿の紅輝を後ろから抱いていた。
「吾妻君。“バイト代”は、必要かな」
含みのある言い方で道下が言い、紅輝は荒い息のまま首を振った。
「そうだろう。雫木君にたっぷり貰ったようだからね」
何のことだと紅輝の方を見ると、紅輝は紅くなった顔を逸らした。
ああ、そうだ。俺、紅輝と――紅輝の中に――
その時、チャイムが鳴った。
一体何時を告げるチャイムだろうか。カーテンの隙間から差していた光は既に無い。
「さあ、今日の部活は終了だ」
道下が言うと、部員達は席を立って片付けを始めた。
「それじゃ、また来てくれよ。待っている」
軽い調子で言って、道下も俺達に興味を失くしたように背を向けた。

俺は今日ここで起こったことを、自分がしてしまったことを整理しようと、息を整えようと努力した。
だが、不意に身体を起こした紅輝が俺のことを見下ろしてきて、思考が中断された。
まだ繋いだままだった手が、ぎゅっと握り締められた。
「紅輝、おまえ――」
言葉を遮るように、口を塞がれた。またキスされた。荒い息が俺の口の中に吐き出される。
やっと唇が離された時には、考えていたことを全部忘れてしまっていた。
紅輝はそのキスで俺を、共犯者にしてしまおうとしたのかもしれない。
紅輝の手を、ぎゅっと握り返した。
俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。
それとも、これからしようというのだろうか。

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