クトゥルフ神話TRPGやろうずWiki

日記を開いたのは久しぶりだった。

そこに映し出されているかつての自分を見つめ直す。
何も分かっていなかった私。いや、彼の言葉は図星だった。かつての私は分かろうとしていなかっただけだ。
私を案じてくれる人の気持ちを。
私を想ってくれる人の気持ちを。
私の――大好きだった、お父さんの気持ちを。
今でも後悔や痛みに苛まれる。全てを傷つけて、苦しめた私がここに居ること。
それは……

「ちょっと愛！　ぼけっとしてないで手伝いなさいよっ、私アンタと違って身長無くて上の方掃除できないんだから！」
「え？あ……うん。ごめん」

脚立の上で、まるで物を取ろうとする子供のように必死で背伸びをしている私の友達――華凜。
彼女の言葉で我に返る。そうだ、過去を顧みることに現を抜かしている場合では無い。
今日は記念すべき第一回目の演奏会。急いで彼らを迎える準備をしなくては。

「無理しないで。ここの勝手は私の方が分かっているし、怪我でもしたら元も子も無いわ」
「あ……ありがと。そしたらここは任せてもいいかしら、下で料理作ってるから」
「うん、任せて。お互いに出来ることをやっていこうよ」
「っ……！　アンタほんと変わって……や、何でも無いわ」

少し浮ついた様子で調理場へ向かう彼女を見送る。やはり華凜も今日のことが楽しみで仕方ないのだ。
そんな私もそうだ。彼らに会うのはあの時以来で、緊張や期待が入り交じったような……奇妙な感覚が体の内側に満ちているのが分かる。
これは……やはり私も、浮ついているのだろうか。

ずっと過ごしてきた部屋を、手際よく片付ける。
華凜と二人きりの生活だからって、来客に際して手を抜くわけにはいかない。
私たちの恩人に精一杯のもてなしを。そう言い出したのは他ならない私なのだから。

やがて呼び鈴が鳴る。
華凜は料理が終わっていないだろうから、私が出向かなければ。
ドアを開けた先には誰が居るのだろう。
私を優しく抱きしめてくれた人。
私を力強く舞台に誘ってくれた人。
私に償いの方法を教えてくれた人。
私に全ての思いを伝えてくれた人。
皆の姿をそこに重ねる。

屋敷の状態は万全だ。フルートの準備も出来ている。
自分が笑っていることが分かった。私はそのままドアを開ける。
――演奏会は、賑わいの中じきに始まるだろう。

……今でも後悔や痛みに苛まれる。全てを傷つけて、苦しめた私がここに居ること。
それは、それこそが私に課せられた罪なのだろう。
けれど私は前を向くことを決めた。もう泣かない、皆の為に笑って生きていくと誓った。
だって……私の心はこんなに温かい場所にあるのだから。

演奏会の楽譜、その最初。
そこには「espressivo」と、力強い筆跡が遺されていた。

音楽は奏者の感情を映す鏡のようなものだ。
楽しい気分で演奏すれば聴き手も楽しくなるし、悲しい気分の時に演奏すれば聴き手は悲しくなる。
音楽は人を幸せにすると言い続けていた……でも、悲しみなどの負の感情も伝播してしまうんだ。
トルネンブラの一件で、その現実を改めて突き付けられた。
樹祢愛の感情のない演奏を聴いて、いっそのこと感情がない方がいいんじゃないかと密かに悩んだ。
だけど、僕は「音楽は人を幸せにする」と言葉にし続けた。
それは音楽を通して分かりあえると思ったから。
昔の僕がそうだったように、今回の愛がそうだったように。
音楽で感情を分かち合うことで、困難から立ち直れることを知っていたから。

愛に初めて会った時から彼女がとても気になった。スカウトまでした。
それは彼女の根底にあるものを何となく感じ取っていたからかもしれない。
愛と僕は似ている。
音楽に対して人一倍の愛情を持っていて、それをどうやって演奏するかに悩んでいた。
僕は「奏者と聴き手で感情を分け合うもの」だと「音楽は人を幸せにする」んだと、多くの人の助けがあって気付くことができた。
愛は逆に「感情のない精緻な音楽」という結論に至ってしまった。
少なからずそれを感じていたから、僕は彼女に手を差し伸べたいと強く思ったのだろう。

事件が終わったあとになって、何度も考えさせられる。
正直な話、「感情のない音楽」が間違っていると僕は思わない。
「感情を分かち合う」のが音楽なら「感情がない」ことを分かち合うのも間違っていないのだから。
「感情のない」クリアな音楽が美しいのも事実なのだから。
だからこそ、愛の立場を共感できてしまうからこそ、僕と愛の立場が逆だったかもしれないと考えてしまう。
僕が愛や華凜、みんなと対立していて、命を賭けた戦いをしていたかもしれないと胸を締め付ける。

愛を説得する時の言葉と抱擁。あれは自分を安心させたいという気持ちも少なからず含まれていた。
「音楽は人を幸せにする」という信念を揺るがせないために。それを多くの人に伝えられるように。
愛が抱き着いてきた温もりは未だに覚えている。それが僕の信念を確固たるものにしてくれる。


＊　＊　＊　＊　＊


「どうしたのよ、考え込んじゃって」

ふと華凜が声を掛けてきた。
きょとんとした表情で僕の顔を覗いている。

「いや、何でもない」

僕が澄ました顔で返すと、「えー、気になるじゃない」と彼女はすねた表情をする。

「教えなさいよ！」
「ちょ、やめろって！？」

華凜はじれたくなったのか、くすぐる攻撃に出てくる。
僕はたまらなく身をよじらせる。
そして、すぐ傍にいるもう一人へと助けを求める。

「た、助けてくれ、愛！」

だが、彼女は仲裁に入ってくれない。
申し訳なさそうな表情で残酷な一言を告げるのだ。

「……ごめんなさい。私も気になるので」
「愛まで……」

今、僕は愛と華凜と一緒にグループを組んでいる。
僕たちの音楽が世界へ届くよう、三人で世界各地でコンサートを開いているんだ。
それは僕が愛と初めて会った時のスカウトの結果であり、あの日に再び"みんな"で集まった時に、改めて僕が申し出たからだった。
今のような楽しい日々が続いている。
女性二人に男一人だから、気を遣わなくてはいけないことも多いが、事件の時の苦労に比べたらだいぶマシだ。

「そういえば、そろそろ診察の日よね？」

くすぐることに飽きたのか、華凜が話題を振ってくる。

「ああ、椿の診察が明日だな。やっぱり心配か？」
「べ、別に心配とかそういうんじゃないから！」

顔を真っ赤にさせて否定する彼女だが、かなり心配しているのがバレバレだ。

「……その件は申し訳なく思ってます」

テンパる華凜に対して、しょぼんと顔を俯かせる愛。
僕と華凜は異口同音で答えるのだ。

『愛のせいじゃないんだから、申し訳なさそうにする必要はないぞ(わよ)』

タイミングぴったしで言葉を発した僕たちを見て、愛は瞠目する。そして、コロコロと笑いだす。
それにつられて僕と華凜も笑う。

「診察で思い出した。華凜と愛も、今日の仕事が終わったら診察な」
「うへぇ」
「分かりました」

華凜は肩を落とし、愛は少し嬉しそうに頷く。
愛は例の曲を吹いていた影響で、華凜は前の事件の過程で心を疲弊させていたため、僕がカウンセリングしている。

「弱音吐くなよ、華凜。床ペロの写真が流出して余計に心に傷を負った椿に比べたら早い回復なんだから。本職じゃないのに患者三人は大変なんだぞ？」
「その写真を流出させた一端は龍里でしょうが」
「ソウダッタカナ？」


＊　＊　＊　＊　＊


「話もそこそこに、そろそろ仕事の時間だ」
「そうね。準備は万端よ」
「はい、舞台でお客さんが待っています！」

僕たちは足を揃えてステージへ向かう。
三人の音楽に耳を傾けてくれる観客の待つ舞台へ。


ステージに上がり、僕が中心で愛が右、華凜が左に立つ。
そのまま僕はマイクを持った。
最初に僕が挨拶をするのが、グループのコンサートの恒例だった。
でも、今回は一味違った。

「(観客に協力してもらえるとは思ってなかったけど、有り難い話だ)」

たくさん詰めかけているファンや、その中にいる"仲間"の顔を覗いていく。
僕は言葉を紡いだ。

「今日は演奏の前に一つ。僕は普段素直ではないけれど、今日は "schietto(ありのままの)"の気持ちを伝えたいと思います」

予定外の出だしに、ステージの二人が当惑しているのが分かる。

「"amoroso(愛情を込めて)" 、僕は君たちが……」

少しずつ日常が戻り始めている。
再び困難が立ちはだかるだろう。でも、その先にはきっと楽しいことがある。
僕たちは "a piacere(自由に)" 歩いて行ける。急ぐことはない、自分のペースで。
どうせなら "allegramente(楽しく)" 生きていこう。これまでで一番大切に思える人たちと共に歩めるのなら。


Fine(おしまい)

皆様方、大変お疲れ様でした！　最高のエンディングを迎えられて本当に良かったです。
音楽がテーマということで最初は興味本位でしたが、探索者のキャラ設定を自分にかぶせたこともあってか、とてつもなく感情移入できて楽しかったです。
愛にも、自分とかぶるところがある癖に反対の意見を持っているという点が、とてつもなく自分の感情を揺さぶって、何とかしたい！と思わせてくれました。
そういう点でも、彼女を助けられたのは本当に嬉しかったです。
華凜と愛には幸せになってほしいですねッ

PCの後日談ですが、NPC二人が不定と残りSANが5ということで、勝手ながらカウンセリングしているということにしてしまいました(
そもそも後日談を初めて書くので、書きたいことが溢れ出てきてしまって長文になってしまった始末(これでも削った)
改めてみるとすごく長いなぁ(遠い目

華凜や愛は、龍里にとって音楽的価値観や意志を支える重要な存在になったと思い、こんな流れになりました。
ツンデレ＋ツンデレに囲まれる愛は苦労人になりそうなんて思ったりしますがw

最後、思い切ったエンドにしちゃったので少し不安ですが、結果は本人たちのみぞ知るという感じで((

合言葉は「ツンデレ＋ツンデレの和」


2日目の方もすごく楽しませてもらいました。
弓引いたり、小学生と友達になろうとしたりしかしていない気もしますが、楽しかったです！(おい
雪色風鈴さんに感謝ですー。


と、長くなってしまったので、この辺りで筆を置かせてもらいます。
今回は本当に楽しかったですッ。
また機会がありましたら、ご一緒できればと思います。
ありがとうございました！！