『酩酊の中でのこと』記録:フィオナ・クランシー
この国の紳士淑女達はどうかは知らないが、酔って意識を失くすことは、私にとってはままあることだ。
しかし、そんな私でも幻聴を聞いたのは、あの時が初めてだった。
若い女性の声、懐かしい流暢なアイルランド語。
私はバーの机に身を預けながら、彼女の心地良い声に聞き入っていた。
彼女は一生懸命に何かを言っていたが、もう覚えていない。私が彼女に何を言ったかも曖昧だ。
良いが醒め、気がつくと私は馬車に乗せられていた。どうやら、道端で倒れていたという。
馬車の持ち主である淑女は、私に多くを語らなかった。触らぬ神に祟りなしと、私もまた多くを聞かなかった。
そして私は、いつものように職を探し始めた。
あの日のできごとは、全て酩酊の中でのこと。少なくとも、私にとっては。
人生をバカ正直に生きても仕方がない、永遠でないのだから、楽しんだもんが勝ちだ。
『暗闇への恐怖』記録:エドガー・スミス
あれから、俺は暗闇を避けるようになった。
痛みや死への恐怖には慣れているつもりだった。
俺は両膝を散弾で壊され、親父やお袋を殺されても、銃を手放すことはなかったのだから。
そんな俺を、ああ、俺って案外冷血漢だったんだな、と道端に転がる糞でも眺めるような気分で嫌悪していた。
そんな俺を、どうしてこんな風にしちまったのか。あの洞窟は。
思うに、あそこには痛みや死への恐怖以上の、もっとドロドロとした何かがあった。
俺に齧り付いてきたモンスターも、その親玉みたいな奴も、俺達を殺そうとした靴磨きの男も、その産物でしかない。
それに影響されて、あのエドワードとかいう奇術師も、あれに語りかけていたんだろう。
俺は暗闇への恐怖を打ち払いたくて、拾った銃に刻まれた言葉を調べることにした。
そして後悔した。グレイス、アイホート家、セヴァン谷の怪物。今更だが、何もなかったことにはできないだろうか。
そうこう書いているうちに、また日が暮れだした。クソったれ。
『怪物』記録:コレット・ペイジ
グレイス・アイホート。何度も彼女の声と瞳を夢に見ては、夜中に飛び起きている。
夫と死のうと思って、死ねなかった。その時から私はペイジ家の怪物になっていた。
怪物を指差す者はいない。だから私は、自分の罪と向き合わないように振る舞えていたのかも知れない。
しかしあの夜、私は彼女に出会ってしまった。
彼女もまた、怪物であった。そしてそれを、彼女に告白された。
私は救出され、運良くあの洞窟から生還できた。
しかし、私は未だ彼女の声から、瞳から逃れられてはいない。
お前も怪物なのだと突き付けられた現実から、私は逃げる手段をなくしてしまった。
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