1-732 子ネタ

ピンポーン
待ちに待ったブザーの音がした。車庫のシャッターが開かれたという知らせだ。
愛しの彼を待ち続けて2時間。やっとあの人が帰ってきてくれるらしい。
温度管理パネルから調べるに屋外気温はマイナス38度だという。
いくら車を使うとはいっても車庫から暖房の効いた暖かい我が家までさぞかし冷えたことでしょう。
とりあえず暖めてあげたい。彼のためでもあるけど2時間も待たされたさみしさの埋め合わせでもある。
ガチャン
玄関扉が開錠された音。この家の玄関には防寒のために二つの扉があり靴置き場が密閉できるようになっている。
靴を脱いでいるのだろうか靴と靴がこすれる音がする。
しかしどうしようか。扉ひとつ隔てた場所に彼がいると思うとちょっと緊張してきた。
いまさらそんな間柄でもあるまいに心臓の鼓動が早くなってきたのがわかる。
本当はこの扉をこちらから開けて飛び掛りたいくらいだが靴置き場は寒い。私は寒がりなのでどうにも耐えられそうにない。
彼を抱きしめれば大丈夫だろうが、それでは彼があの寒いところからしばらく出られなくなるだろう。
それは彼のためによくない。だから暖房の効いたここで彼がこの扉を開くのを待つ。
そしてついに二枚目の扉が開かれた。
私は彼の手を見ると力ずくで引っ張り体を抱き寄せる。
ちょっと、強引だったかもしれない。扉が閉じられず冷たい空気がわずかに流れ込むがそんなことはどうでもいい。

ちょっと冷たい毛皮のコートごしに彼の胸に顔をうずめる。
こうしてると心が落ち着くと同時に胸が高鳴る。
彼は私にとって心の清涼剤であり興奮剤であるとたまに思う。ほかにもいろいろあるが結局すべてだ。
ちょっと自分でも意味がわからないけどこれも彼のせいだ。なんだろ、私興奮しすぎかな?
「えっと・・・どうしたの?なにかあった?」
彼はちょっと困ったようにたずねる。
なるほど、帰って早々こんな調子では疑問もいだくだろう。
「2時間も待たされて寂しかった。2時間ぶんみっしりあなたを感じたかったから。」
ちょっと自分でも恥ずかしい。声が少し上擦ってしまった。
でも本心だ。私は心のそこから彼を欲している。体も同様だ。
「あぁ、すまなかった。ちょっとkっ!」
私は言葉をさえぎるように深く口付ける。
彼の言い訳は長い。「だから」とか「しかし」とか逆接の接続詞が延々と続く。
「言い訳はだめ。お詫びにベッドで・・・しよ?」
上目遣いでこう言うと彼が息をのんだのがわかる。たぶんこのまま私を連れて行くだろう。そういう人だ。
予想どおり彼は私を抱きしめたかと思うとそのまま二回のベッドルームへと急いでひっぱて行く。
実はベッドルームはほかの部屋と違って暖房をあまりきかせておらず、すこし肌寒いくらいにしてある。
理由は簡単だ。そのほうが彼が私の温もりを強く求めてくれるから。私を強く感じてくれるから。
今宵は眠れないかもしれない。

おわり
2008年07月20日(日) 12:58:44 Modified by amae_girl




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