2-312 無題

「おかえりんこ」
 美妃が帰ってくるなり、俺は片手を上げてそう挨拶をした。
「………………」
 ……ああ、ジト目が痛い。
「何を言わせたいのかなぁ、この馬鹿アニキはぁ?」
「ちっ、気づいたか」
「気づかないでか!」
 だがこうなる事は計算済み! 俺は妹の口から淫語を吐かせる
為には手段を選ばないっ!
「じゃあ、改めて……おかえりんこ」
「なんで改めるのよっ!?」
 ふふっ、いいツッコミだ……だが、これが布石である事に、美妃は
まだ気づいていないっ!
「……ちゃんと挨拶を返しなさい、美妃」
「なんでわたしがそんな馬鹿な事を……」
「じゃあ、今日添い寝してやんない」
「……!」
 呆れてさっさと自分の部屋に帰ろうとしていた美妃が、ピタリと立ち止まった。
 ……かかったな。
「ちゃんと言ってくれないと、今日の添い寝は無しだ」
「な、なんでよっ、変態アニキっ!?」
 ……ああ、罵声が気持ちいい。
 こいつは、この歳になってもまだ添い寝してもらえないと夜ぐっすり
眠れないという、超甘えん坊体質なのだっ! ……普段は全然そんな
そぶりも見せないくせになぁ、まったく。
「なんでも何も……お前が言えばいいだけだよ……ほら、美妃、おかえりんこ」
「……くっ」
「おかえりんこ」
「……」
「おかえりんこ」
「た……」
「た?」
「ただい……」
 顔を真っ赤にして、目を瞑り……叫ぶようにして、美妃は言った。
「ただい、まんこっ!」
 ……やった……やったぜ俺は……遂に、美妃に淫語をっていてっ!?
「もう馬鹿ぁっ! 馬鹿バカバカバカバカアニキぃ!」
「痛い、こら、叩くなっ、うごがっ!? ……み、みぞおちは反則……」
 俺が痛みにうずくまったのを見て、ようやく気が晴れたらしい。
「ふんっ」
 美妃はうずくまる俺を見下すように、鼻で笑った。
「とにかく、こんな恥ずかしい事させたんだから……今日は、わたしが
 寝るまで……頭、なでなでする事っ!」
「……なでなでって、お前……」
「うっさい馬鹿アニキっ! そうしないと眠れないから、仕方なくさせて
あげてるだけなんだからねっ! ホントは馬鹿アニキになんか、頭なでなでも
頬すりすりも、ぎゅーっとしてもらったりもして欲しくないんだからっ!」
「……美妃」
「なによ」
「いい加減お兄ちゃん離れしないと不味くないか、色々と?」
「……っ! 馬鹿ぁっ!」
「ぐぼぉっ!?」
 叫ぶと同時に鉄拳が飛んできて、俺は吹っ飛んだ。痛い。
 美妃はそのまま自分の部屋へと駆け込んでしまった。
「ってて……」
 ……ま、こんな素直じゃない妹だが、それでも可愛い妹だ。
 今晩はたっぷり可愛がってやるとしよう。


終わり
2008年10月04日(土) 20:38:21 Modified by bureizuraz




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