2-769 迷子の功名

高校2年生の夏休みもあと数日となったある昼下がりのこと。

「おにーーーちゃーーーーん!!!」
バタンッ!
1日の最長睡眠時間自己ベストを叩き出すという俺の目論見は、この一声によってもろくも崩れ去った。
「OK、みお。少し落ち着くんだ。そしてできれば回れ右をして引き返してくれ。」
「むぅ〜。わかったもん」
くるり、ぱたん。

………ふう。二度寝でもす「おにぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁん!!!」
バダンッ!!

またかよ!!
…あぁ、分かってたさ。こいつがこのくらいじゃへこたれないってこと位。
多大な諦念と若干の恨みを籠めて、ドアを突き破らんばかりの勢いで俺の部屋への侵入を果たした
少女を見上げる。
俺は溜息を吐きだしつつ、腕を組み俺を見下ろす少女――高校1年生の義妹、みおに問うた。
   
「で、何の用だ?」
「お祭りに行きます!」
「そうか。いってらっさい。」
「お兄ちゃんも行くんです!」
「聞いてません。拒否します。」
「できません!もう決めました!」

…お前なぁ…

「なんで俺がお前と一緒に祭りなんぞ行かなきゃいけないんだ?
だいたいうちの祭りなんて花火すらないし行ってもしょうがないだろ。
俺よかクラスの友達とかを誘えばいいじゃないか。」
「まあまあ、それには深い事情があってね―――」

みおの語るところによると…
 友人たちの間で祭りの話が出た。
→みお誘う。
→友人たち曰く「彼氏と行く。」
→祭りは行きたい!でも自分だけ独り身なのはくやしー!
→よし、お兄ちゃんと行こう!!

「くっだらな…」
「あーーっ!ひどーい!みおにとっては一大事なんだよ!?それに…」
「それに?」
「それに…みおだって好きな人といっしょにお祭り行きたいもん…」

顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声で呟いたその言葉の破壊力たるや!
「っくっ!分かったよ、行ってやるよ!」
「やたーーー!!それじゃ、着替えてくるね〜♪」
ピョンピョンと音が聞こえそうな勢いで駆けて行く。
ううむ。どうもみおには勝てないんだよな…

「お待たせ〜!」
あぁ、浴衣に着替え、自慢のツインテールをぴょこぴょこさせるみおの破壊力たるや!
重要なので2回言いました。
こんなアホなことを考えるくらいには、俺のテンションも上がってきていた。
夏祭りなんか行くのは2、3年ぶりだ。
久々に感じる独特の空気に、どこか心躍らせているのが自分でも分かった。
それになんたって、
「あっ!お兄ちゃん!りんご飴があるよ!」
隣にこいつがいる。
親父が再婚したのが俺が中3のときだから、こうしてみおと祭りに来るのは初めてだった。
あちこち屋台に目移りしわがままに俺を引っ張っていこうとするのさえ、たまらなく可愛く思えるあたり、
俺がどれだけみおに惹かれているかを実感する。

みおは相変わらず右に左に駆け回っている。
ふと、人にぶつかった。あぁ、酒屋のおっちゃんか。二言三言言葉を交わし振り向くと、
「あれ?みおの奴どこいった?」

そこからはもう、漫画でもかくやといったすれ違い。
焼きそば屋の近くで見たと聞いて行ってみれば、もういない。
射的の近くと聞いて行ってみれば、またいなくなっている。
屋台をいくつも渡り歩いたあと、最終的に、神社の森の入口にたどりついた。
高い杉の木の根元にうずくまる影。いかにも「迷子です」といった、小さな背中。
……ふう。見つけた。

「おにいぢゃんどごいっでだの!?」
お、俺のせいですか?あなたがふらふらふらついてるからでは!?
涙と鼻水絶賛垂れ流し状態のみおにそんなこと言えるはずもない。
俺はひっしとしがみついてくる、細くて、ちっこくて、たまらなく柔らかい体を受け止め、
背中を撫でていた。
「ごめんよ〜。寂しかったな〜。もう大丈夫だからな〜。」
「ひっ…ぐしゅ…もぉ…はだれだいでよ?」
「大丈夫大丈夫。離れないからね〜。一緒にいてあげるよ〜。」
「う゛ぇぇぇぇん…おにいぢゃぁぁん……」
体は大人、性格はこども!と化したみおは、いつもよりべったりひっついてきて、女の子特有の
甘い匂いや、興奮で少し上がり気味の体温がじんわりと伝わってくる。

「う゛〜」
謎のうめき声をあげながら、みおはぐしょぐしょの顔を胸に擦りつけていた。
あ…鼻水染みてきる…
「もっとぉ…ぎゅってしろぉ」
はいはい。これでよろしいかな、お姫様?
「ちゅ、ちゅーしろぉ…」
はいはい…っておい。
「みお、ただ甘えたいだけだろ!」
「あれ、ばれた〜?」
顔を上げたみおの目は真っ赤になっていたが、すでにふにゃふにゃに蕩けた表情に変っていた。
「随分と幸せそうな表情ですねぇみおさんや。」
「あなたが来てくれたからしやわせなんですよ、お兄さんや。」
「…ここで花火でも上がればロマンチックなんだろうけどな。」
「ううん。みおはお兄ちゃんがいればそれだけでしやわせだよ〜。」
そういうと、みおは再び俺の胸に顔を埋めた。
「おにーーーちゃーーーーん!!!」
バタンッ!

祭りの翌日。
今日こそ布団との交友関係を深めんとする俺の企ては、再びこの一声によってもろくも崩れ去った。

「OK、みお。少し落ち着くんだ。そしてできれば回れ右をして引き返してくれ。」
「NO!」
「反抗するようになったか!そしてなぜ英語!?」
「キニシナ〜イ」
「で、その紙切れは何だ?何の用だ?」
「みおは結婚します!」
「そうか。おめでとう。妄想はほどほどにな。」
「お兄ちゃんとするんです!」
「聞いてません。てか俺はまだ17だ。」
「来年役所に行きます!とりあえず書けるところを書いてください!」
「…親の説得はどうするんだ?」
「この届はおとーさんとおかーさんからもらいました」
あいつらグルかよ!!!
「俺の気持ちはどうなる?」
「…お祭りの日…『一緒にいてあげる』って言ってくれたよね…?」
言った!言ったがあれははぐれないように的な意味で…
「お兄ちゃん…みおとずっと一緒にいて…?」
ぐあっ!期待と不安に涙をにじませた上目遣いの破壊力たるや!(3回目)
「…わかった…結婚しよう」
「やたーーー!!お兄ちゃん大好き〜!!!」
そういってまた抱きついてくるみお。
うむ。みおには一生勝てそうにない。


2008年10月04日(土) 21:35:44 Modified by bureizuraz




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