2-845 覚書5〜8

とうとう、昼休みがやってきた。
俺はあたりを確認する。
緋陽はまだやってきていない。ルナはお手洗いに行っている。
逃げるなら今しかない。
「雪斗。お前もいい加減あきらめて教室にいろよ。」
吉岡よ。にやにやしながらそういうことを言うな。
というか、周りのやつも何期待に満ちたまなざしで俺のほうを見る。
「お前は、他人事だからそういうことが言えるんだよ。」
呆れた口調で返す俺。
「くー、もったいない。なんであんな可愛い子たちを邪険にするかねぇ。」
お前は体験してないからわからないんだよ。
あいつらと付き合ってると、俺の平穏な高校生活が台無しになっちまう。
っとこいつとしゃべってる暇はないんだった。
「勝手に言ってろ。」
捨てゼリフを残して、俺は弁当を片手に教室を出た。

屋上のドアを開けるとそこには先客がいた。
肩までのショートカットで、やや切れ長の目に眼鏡を掛けた女子生徒だ。
緋陽やルナと比べるとやや平凡な容姿だが、それでも美人と言って差し支えないだろう。
体付きはあの二人に比べると平均的、
まぁ、出会う女性全てに緋陽レベルのスタイルを求めるのも酷と言うものだ。
ルナの様な幼児体型を望んでいる訳でもないが、
なんだその眼は、だから、俺はロリコンじゃないぞ!
などと考えているうちに目の前の女子生徒に話しかけられた。

「……、こんにちは。西園寺先輩。」
ちょっと待て、なぜバットを取り出す。
紹介するから、ちょっと落ち着け。
こいつは一ノ瀬 星奈(いちのせ せいな)
俺の後輩で、一緒に生徒会の手伝いをしている。
星奈とは、生徒会長に命令されてこいつの不登校を解消させたのが縁で知り合った。
だけど、解決したとき、妙に会長の機嫌が悪かったなぁ。
突然、星奈からぎゅーという音が鳴った。
「…………、僕お腹空きました。」
「あ、わりぃな。じゃあ、弁当食うか」
星奈は頷くと、ランチマットを広げ、俺が腰かけた。その時、
屋上のドアが勢いよく開き、ふくれっつらの緋陽と怒り心頭のルナが立っていた。



846 名前:覚書6[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 17:59:52 ID:JVQJS9Oo
ついにここがバレたか。
ああ、またひとつ平穏な日々が遠のくんだな。
俺はそんな感慨に浸ろうとした。
「やっと見つけたよゆーくん、これでお昼も一緒だね。」
「雪斗、私に苦労をかけさせないでくださる。」
満面の笑みの緋陽、怒りながらもどこか嬉しそうなルナ。
この状況じゃあ浸れないなぁ。
ため息交じりに俺は星奈に聞いてみた。
「星奈。こいつらも加えてやっていいか?」
返事の代わりに顔を真っ赤にしながら小さく頷く星奈。
うん、こいつも小動物みたいでかわいいな。

そして、もう一匹の小動物は、
「雪斗っ!なにデレデレしてますの!」
俺としてはもう少し見ていたかったんだが、
「そんなことより、早く食べようよ。」
ナイスフォローだ、緋陽。
「……そうですわね。このことは後で改めて言わせてもらいますわ。」
しまった。その場しのぎだったか。
「きょ、今日は、私が直々にあなたのお弁当を作ってきたんですのよ。
か、勘違いしないでください。これは仕方なく作ったんですから。」
どうみても、ツンデレです。本当にありがとうございます。
顔赤くなってるなぁ。恥ずかしいならしなきゃいいのに。

ルナの作った弁当のふたを開けてみる。
まず、全体的に焦げたものが多かった。しかも、重箱だからその量が半端ない。
ああ、なんかやばい気がするなぁ。
でもせっかく作ってくれてるしなぁ。
「ゆゆゆ、雪斗。わわわ、私が食べさせてあげますわ。」
「いや、そこまでしなくていいから。」
俺がそう言うと、
みるみるうちにルナがしゅーんとなっていった。
しまった。
「ゆーくん。ルナちゃんをいじめたら、だめだよぅ。
というわけで、罰として、今日はみんなにあ〜んしてご飯を食べること。」
「なにが、というわけだ。ただお前がしてもらいたいだけだろ。」
「じゃあ、多数決します。ゆーくんにご飯を食べさせたい人。」
確かに二票は入るかも知れんが、さすがに星奈は賛成しないだろう。



847 名前:覚書7[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 18:02:09 ID:JVQJS9Oo
と考えた俺が甘かった。
「三対一で、ゆーくんはみんなにあ〜んしてもらうこと。」
「予想外だ。どうしていつもこうなるんだぁ!」
俺の悲痛な叫びを無視して場を仕切る緋陽。
「まず、ルナちゃんからだね。」
「あ、あなたに言われなくてもそのつもりでしたわ。」
「雪斗、あ〜ん。」
だから、顔赤いって、箸を持つ手もプルプルしてるし、
「は、はやく口を開けなさい。」
「へいへい。わかりました。」
俺の口に唐揚げが入る。
うん。食えなくはないがやっぱりまずいな。
でも俺は食う。男の子には意地がある!
なんとか飲み込んだ俺をルナは上目遣いで見ている。
うー、抱きしめたくなるな。
「味はいかがかしら。」
「うん。うまかったよ。」
まあ、味は予想してたし、
「あ、当たり前ですわ。私に欠点などないのですから。」
そんなこというなら、怒りっぽいのをなんとかしてください。
あと、料理の腕も。

さぁ、次は誰だ。
「次は私だよ。ゆーくん。あ〜ん。」
緋陽か。うわぁ、すげぇ嬉しそうだよ。
でも、こいつの弁当なら安心できるな。
俺の口に卵焼きが投入される。相変わらず料理うまいな、こいつ。
だけど、なんか鳥のヒナになったみたいだ。
緋陽は笑顔全開でこっちを見ている。
「おいしかった?」
「あ、ああ。」
不覚にもドキドキしちまった。
「もうひとつ、あ〜んだよ。」
何気ない緋陽のこの行動が他の二人に火を付けた。
「ななな、なにしてますの。私もまだ一つしか食べさせていませんのに!」
「…………、僕なんて、まだあ〜んもしてないです。」
ルナはともかく、星奈、お前普段は自己主張しないのに
なんでこんなときばっかり自己主張するんだよ!
「あっ、ごめんね、星奈ちゃん、ルナちゃん。つい嬉しくて、」
申し訳なさそうに謝る緋陽。
「わかればよろしいのですわ。」
ルナのその発言に同意するように、こくこくと頷く星奈。



848 名前:覚書8[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 18:03:42 ID:JVQJS9Oo
「………、あ〜んしてください。西園寺先輩。」
早速、ほうれん草のおひたしを箸でつかみながら差し出す星奈。
本日、三回目のあ〜んをする俺。なんどやっても慣れないな、これは。
こいつらしかいなくても恥ずかしくてたまらん。
放り込まれるほうれん草のおひたし。
緋陽の濃厚な卵焼きと違い、さっぱりしたうまさがある。
星奈が心配そうにこちらをチラチラと見ている。
「お前のもうまかったぞ。」
俺がそう言うと、星奈はみるみるうちに真っ赤になりうつむいていった。
「………、ありがとうございます。」
実に恥ずかしそうに答えている。
俺だって恥ずかしいのだが、

こうしてあっという間に昼休みは終わった。
屋上のドアのところまで俺たちが近付くと、緋陽がとんでもないことを言い始めた。
「みんな。明日から、毎日ここで食べない?」
「ま、まぁ。あなたがそんなにいうなら仕方ありませんわね。」
「……………、賛成です。」
「えぇ〜、ま、まじで?」
「またまた三対一だったので、この法案は可決で〜す。」

な、なんだってー!
痛っ、誰だ空き缶を投げたやつは。
だ、か、ら、俺だって大変なんだよ!
俺の平穏な日々はどこにあるんだー!


終わり
2008年10月04日(土) 21:45:22 Modified by bureizuraz




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