3-366 いつも、いつまでも(後編)

(あ…れ…?)

何で私の右手が、優太郎くんの左手をつかんでいるんだろう。
私の頭の上に、疑問符が浮かび上がる。

もう一度、確認をする。
私の右手が、優太郎くんの左手をつかんでいる。
私の目が、その光景を捉えた。それは間違いない。

(私の右手が…、優太郎くんの左手をつかんでいるんだ…)

ようやく私がしていることを、頭で認識した。しかし、まだ理解することができない。

これは、夢か。それとも、幻か。
私の頭の中が、現状を把握しようとフル回転している。
それでも、現実を現実として受け入れられない私が、ここにいる。

そこまで考えたとき、ふいに声がかかった。

「えっと、純?」

声の主を探すように、私の視線は上にあがる。
すると、少し顔を赤らめて、明らかに困惑の表情を浮かべている優太郎くんの顔が見える。
何で、優太郎くんはそんな表情をしているんだろう。

私の右手が、優太郎くんの左手をつかんでいるから…?

わたしのみぎてが、ゆうたろうくんのひだりてをつかんでいるから…?

わたしのみぎてが…、ゆうたろうくんの…、ひだりてを…、つかんでいる…?

………。

あ……ぁ……。ああぁ………。

あぁあ…、あああああぁあああああああああああぁああああああああああああああああ!!!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

声にならない声を上げる。
優太郎くんの左手から、高速で右手を離す。
顔が真っ赤になる。体温が急上昇する。汗がどっと吹き出てくる。
それでも収まらない、この混乱。この恥ずかしさ。この焦り。

あぁ…、どうしよう。どうすればいい、私。
優太郎くんを困らせてしまった。焦らせてしまった。
いやいや、それより優太郎くんの手を勝手につかんでしまった。
私は袖をつかんだつもりだったのに、どうして手をつかんでしまったの、私。

もう、自分で何を考えているのかわからない。
困っているのか、恥ずかしいのか、混乱しているのか、焦っているのか…。
もう、自分で何をしているのかわからない。
動いているのか、悶えているのか、暴れているのか、叫んでいるのか…。

体温がさらに高くなる。全身が熱くなる。私の顔がもっと熱く、赤くなっていく。
もう我慢できなくなるくらいに、私の中がめちゃめちゃになっていく。

そのとき…、

ふっと、体の力が抜けていくのがわかった。
あれだけ、混乱していた私の頭が何も考えられなくなる。
目の前が急に白くなっていく。

優太郎くんが何かを叫んでいた。
私に向かって、大声で叫んでいた。
でも、私の耳にはその声が聞こえなかった。

視界がどんどん狭まっていく。
優太郎くんの顔が見えなくなっていく。

(優太郎くん…)

私は、気を失ってしまった。




………。

あの日の昼休み。
机の中に入っていた、彼からの手紙を見て、私は屋上に来た。
そこには、彼がすでに私を待っていた。

おどおどしながら、私は彼に近づいていく。

すると、彼は叫びはじめた。
とても大きな声で叫びはじめた。

私がはじめて聞く、彼の声。
正直、声が大きすぎて何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

でも何故か私の心に、彼の言葉がじわじわと伝わってくる。

彼は、私の事が好きだ、ということ。
彼は、私と付き合いたい、ということ。
それだけがとても大きく、とても強く、私に響いてきた。

彼がすべてを言い終わったとき、私は感動していた。
こんなにも、心の中に伝わってくる言葉があったなんて、と…。

私の顔が赤くなっていくのがわかる。
彼が、私の姿をじっと見ている。
私は恥ずかしくなって、彼に背を向けた。

私は、彼に私の答えを告げた。
答えはすでに、決まっていた。
私もずっと、彼のことが好きだったから…。

「はい…」

恥ずかしくなって、私はその場を逃げ出した。彼に構わず走り続ける。
聞こえてくるのは、私の無規則な呼吸音と鼓動だけ…。
走れば走るほど、どんどんと周りが白くなっていくような気がした…。




目が覚める。白い天井が見える。

(ここは…、どこだろう…?)

私は、私の体を起こそうとする。そのとき、

「純…」

私を呼ぶ声がする。いつも聞いている優しい声が…。
声のする方向に顔を向けると、優太郎くんが私の顔を心配そうに見つめていた。

「優太郎くん…」

自然と、優太郎くんの名前が声になった。
優太郎くんは、なおも心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。

「純、大丈夫か?」

優太郎くんは、私にそう問いかける。
私は、何が大丈夫なのかがわからなかった。
でも、とりあえず私は大丈夫そうだったので、体を起こして優太郎くんに告げる。

「うん…、大丈夫だよ…」

上半身が地面に垂直になって、ようやく気がつく。
ここがベッドの上だということ。ここが保健室の中だということ。
私は、保健室のベッドの上で眠っていたのだ。

(でも…、何で…?)

急に、先程の出来事を思い出す。
私が優太郎くんの手をつかんでしまったこと。
私が恥ずかしさのあまりに、気を失ってしまったこと。

それらを思い出して、また私の体温が上がっていくのがわかった。

私は恥ずかしくなって、また俯いていると…。

ふいに、優太郎くんの姿が見えなくなった。

直後、全身から暖かな感触が伝わってくる。
柔らかい匂いが私の鼻腔をくすぐってくる。

抱擁。

私は、優太郎くんに抱きしめられていた。

「よかった…。本当によかった…」

私の横から優太郎くんの声が聞こえてくる。私に、じわじわと伝わってくる彼の優しい言葉。

「うん…」

その言葉に、私は頷く。

私はようやく、優太郎くんに抱きしめられていることを認識する。
とても強く、けれどもとても優しく…。
何故か私は、恥ずかしくなかった。
手を繋ぐことよりも、よほど恥ずかしいことをしているのに、それでも私は恥ずかしくなかった。

私の心に広がっているのは、とても暖かな感情。とても柔らかい感情。
それらが、私を幸せな気持ちにしていく。

「ありがとう…」

自然と口からこぼれた私の言葉。
優太郎くんは私の言葉に呼応するかのように、私の背中をなでてくれた。

(ありがとう…、優太郎くん…)

もう、何も考えられなくなる。
私は目をつむって、長い時間、完全に優太郎くんに身をゆだねていた。




優太郎くんと私は、保健の先生に一礼をして保健室を出た。
保健の先生は苦笑していた。
優太郎くんと私は、並んで歩きはじめた。

ふと、あることに気がつく。
優太郎くんがここまで私をはこんできてくれたのだろうか。
背負って、それとも抱っこをして優太郎くんは私を保健室まで…。
そう考えていたら、私は申し訳なさと恥ずかしさがこみ上げてきて、また自然と俯いてしまった。

すると急に優太郎くんの足が止まった。私も足を止める。

「えっと、純?」

優太郎くんのその呼びかけに対して、なんだろうと俯いていた顔を少しずつ上げる。

「その、手…、繋ぐ?」

あの日、優太郎くんの言った言葉と同じだった。
私のほうに、少しだけ動かされる優太郎くんの左手。
こちらを見つつも、少しだけ赤らめて恥ずかしい表情をしている優太郎くんの顔。
私はまた、これらを交互に視線を向ける。

でも、今度は悩まなかった。

私は右手を、優太郎くんの左手に近づける。
ゆっくりと、ゆっくりと、でも今度は自分の意志で確実に…。

私は、優太郎くんの左手をつかんだ。そして、そっと握ってみる。
すると、優太郎くんも私の右手をそっと握り返してくれた。
優太郎くんの左手は、さっきつかんだときよりも暖かいような気がした。

「じゃあ、行こうか」

優太郎くんが、顔を赤らめながらそう言った。

私も、顔を赤らめながら「うん…」と頷いた。




優太郎くんと私はゆっくり歩いた。
お互いの手を握りながら歩いた。
二人の繋がりを感じながら歩いた。

二人とも、黙ったまま校門を再び抜ける。もうすでに、日が沈んでいた。

私は優太郎くんの横顔を、ちらっと眺めた。
あの日から変わらない、優太郎くんの優しい横顔…。
優太郎くんの横顔を眺めているだけで、私は幸せな気持ちになった。

ありがとう。
私は心の中でそう思った。

私と手を繋いでくれて、ありがとう。
私を抱きしめてくれて、ありがとう。

私のありがとうは止まらない。

あの日から、私が手を繋ぐのをずっと待っていてくれて、ありがとう。
あの日から、私とずっと一緒に帰ってくれて、ありがとう。
あの日から、いつも私と一緒にいてくれて、ありがとう。

心が熱くなっていく。

私に告白をしてくれて、ありがとう。
私をずっと好きでいてくれて、ありがとう。
私に優太郎くんの優しさをくれて、ありがとう。

私に…、私に…、

私に「大切なもの」をくれて、ありがとう。

私は立ち止まった。優太郎くんも立ち止まる。
偶然にも、そこは私がさっき気を失った場所だった。

私は意を決して、優太郎くんに顔を向け、口を開く。
優太郎くんに、伝えたいことがあるから…。

「優太郎くん…」

私に、幸せをくれた優太郎くんに伝えよう。
告白されたときから、伝えたかった私の気持ちを…。
優太郎くんに一度も言っていなかった私の気持ちを…。

「あのね…」

いつも、いつまでも優太郎くんから優しさをもらいつづけたいから…。
いつも、いつまでも優太郎くんと一緒にいたいから…。
いつも、いつまでも優太郎くんと幸せを感じたいから…。

いつも、いつまでも優太郎くんが私を好きでいてほしいから…。

「大好き…」

いつも、いつまでも優太郎くんのことが大好きだから…。




続き 3-397 あたらしいいつも
2008年12月07日(日) 00:30:37 Modified by ID:9eLw8Qmpsw




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