3-44 会話小ネタ〜伸ばし呼びの威力〜

「甘えとは精神年齢の低下と言い換える事ができるというのが私の持論だが、
 その際名前の一文字目伸ばし呼びというのは、低年齢時に用いられる
 特徴的な呼び方である故に、甘え時の呼び名として似合うと感じられるのだと考えられる」
「ほほぅ」
「というわけで、ここは一つ実践を」
「おう」
「……」
「?」
「……どうしたのだ?」
「どうしたって、何が」
「早く私の事を名前の一文字目伸ばしで呼ぶがいい」
「俺がかよっ!?」
「当然だ。私は甘えられるのは大好きだが、甘えるのは苦手。
 故に甘えるのはお前であって私ではない。これは当然の帰結だ」
「……苦手って……」
「さあ、早く」
「……けどさあ」
「なんだ?」
「苦手だからと言って、それから逃げ出して他人にお願いしてばかりで、
 お前はそれでいいのか?」
「なに?」
「それじゃあ、成長しないぞ! お前の胸みたひでぶっ!?」
「……むぅ。胸の事は余計だが、確かにお前の言う事にも一理ある」
「いてて……。だろ?」
「……しかしながら、苦手の克服の為に必要な条件を、現在満たせていない」
「ほう、条件とは?」
「まずは心の準備だ」
「いくらでも待つさ」
「では三時間程」
「……何か具体的だから逆に長く感じるな。まあ、それくらい待つさ」

 ――三時間後。
「心の準備はできた」
「おお? できたんかい」
「ああ、ばっちりだ」
「では早速」
「だが、まだ条件は満たせていない」
「……あと何があるんだ?」
「甘えるに足る相手だ」
「グサッ。何気にしょーっく……」
「私はお前に対して別にどういった事も無い気持ちしか抱いていないと
 断言して差し支えないくらいの感情しかないとはっきりと言えるが」
「言えるんかい」
「まあ別にこれは私の苦手克服の為の訓練のようなものなのでお前に
 対して特別な感情がなくとも特に問題は無いだろうからお前に思う存分
 甘える事にしてもよろしいだろうか否か」
「……読点が無い事にはあえて突っ込まない俺の優しさ。無論構わないよ、俺は」
「別に実際はお前に対して特別な感情を抱いているとかそういう都合のいい
 展開は特に用意していないので変な期待はしないようにしてもらえると
 嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだが別にその事は意に介する必要は無い」
「あいあい。お前がカタカナ四文字で表現されるような性格の持ち主だって
 事はよくわかったから、他には?」
「…………」
「なんだよ」
「お前の名前を、私は知らない」
「ガーッデム!? まさか有りですかこの展開でそれはっ!?」
「何となく暇な時はここでこうしてお前と会話をして楽しんでいる私だが、
 そもそもお前の事はお前としか読んだ事が無いし、お前の事については
 何一つ知らない事に今になって気づいて軽く衝撃を覚えている。
 というわけで、できればお前の名前を教えて貰えれば嬉しいのだが」

「……ユウキだよ。ミシマユウキ。三つの島に雄々しい樹木」
「ありがとう、雄樹。私は……」
「知ってる。ミサエミサネ。美しく冴えて、未だ砂の子。ややこしい上に
 間違われやすそうな……けど、綺麗な名前だから、よく覚えてる」
「……またも衝撃だ。何故私の名前を知っているのだ、雄樹?
 名乗った覚えは無いが」
「そりゃぁ……お前、有名人だしさ」
「そうか……私は有名人なのか……まあそれは今はさして問題ではない」
「問題じゃないんかい。っていうか有名人の自覚なし?」
「私は極々平々凡々としたいち女子高生だ」
「いや、それは無い」
「それはともかく……これで私の苦手克服に必要な条件は揃った」
「おう、揃ったか」
「ああ、問題は……無い、と思う……多分」
「なんで段々自信なくなるかなぁ。名前の一文字目を伸ばして呼ぶだけだろ。
 俺の場合だと『ゆーくん』?」
「そ、そうなるな……」
「なんか、緊張してる?」
「それは……している、な。何せ、苦手なもので」
「甘えるのが?」
「う、うむ」
「甘えられるのは好きって言ってたよな?」
「うむ。姪っ子が丁度甘えたがりの年頃でな。可愛がっている」
「へえ。お前の姪って事は……可愛いんだろうな」
「……」
「あ、赤くなるなよ……俺も言ってからしまった、とか思ったけどさ」
「……」
「はい深呼吸してー」
「すーはー、すーはー、ふぅ……私は冷静だ。大丈夫だ。クールダウン……」
「はいオッケー」
「……すまない、軽く取り乱した」
「そんなんで大丈夫か?」
「大丈夫だ……とは、言い切れない、な」
「まあ、考えてどうにかなるもんじゃないし、さっさとやっちまえ」
「……う、うむ」
「よし、じゃあ、俺が1、2、3って合図してやるから、それで行け」
「な!? そ、それは……自分のタイミングでやらせて貰えると、その、
 ありがたいというか……」
「いくぞー! 1……」
「え、ちょっと待て!?」
「2」
「待てと言うに!」
「3」
「あー、もうっ!」
「はいっ!」
「ゆ……ゆーくん!」
「………………」
「ゆー、くん」
「………………」
「ゆーくん?」
「……言葉の暴力だ」
「え?」
「凄い威力で打ちのめされて、もう俺ノックアウト寸前……」
「え、え? え、え、え?」
「美冴さんっていうか未沙子さん」
「な、なんだ?」
「俺をKOした責任を取って……俺とお付き合いしてください」
2008年11月14日(金) 02:10:20 Modified by amae_girl




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