3-704 彼女は甘えんぼうのお嬢様 〜朝〜

今日も日が昇り、朝がやって来る。
第六感なのか、はたまた無意識の内なのか、起きなくてはいけない時間が迫ってくるのがわかる。

でも僕は、布団の中でウトウトしながら時間を過ごしていく。
僕は、特にこの季節になると、暖かな布団のぬくもりが大好きだ。
僕は、起きそうで起きないこのまどろみが大好きだ。
だから、今日も時間ギリギリまで寝るつもり…、だった。

「お早うございます。和秀さま」
「うわぉう!!」

優しく起こしてくれたその声に、僕は飛び上がらんばかりに跳ね起きた。
多分、リプレイで自分の姿を見たら、さぞかし滑稽だったことだろう。
少なくとも、下手なドッキリ番組よりはよほど視聴率が取れたに違いない。

しかし、そんな僕の様子も気にすることなく、満面の笑顔で朝の挨拶をもう一度してくれた。

「お早うございます。和秀さま」
「え…、あ、あぁ…、うん、おはよう…?」

僕の布団の横には、一ノ瀬 今日子(いちのせ きょうこ)が、正座でちょこんと座っていた。
そんな彼女の姿を見て、僕は混乱に陥った。

どうして彼女が僕の部屋にいるんだ…?

その答えに達するには、記憶を数日前まで遡らなければならない。

3日前、ひょんなことから僕は彼女を助けるという形の出来事が起こった。
それがきっかけで、僕は彼女と知り合うことになったのだが、話が長くなるので後日機会があればふれるとしよう。

おととい、僕は彼女から告白される。
僕からすれば、彼女は雲の上のような存在だったので、正直言って驚いた。
だが、断る理由が全くなかったので、もちろん即OKだった。

昨日、一人暮らしのアパートで、休日をダラダラと過ごしていると、突然彼女がやってきた。
聞くところによると、「これから俊英さまのお部屋に住まわせていただきます」とのこと。
瞬く間に彼女の荷物が運び込まれ、彼女が僕の部屋に住む環境が整った。
そんな一連の事柄に対して、僕が混乱している内にその日一日が終わった。

そして今朝、つまり現在に至る。


(…って納得できるか!! こんな状況!!)

僕の悶えっぷりを見ていた彼女は、やや「?」な表情ではあったが、それでも笑顔のままだった。

「和秀さま、朝御飯を作りましたので、よろしかったらどうぞ」
「え、あ、うん」

そう言われてテーブルを見ると、出来立ての朝食が心狭しと並べられていた。
見るからに美味しそうだ。

昨日同様、流れに身を任せて「じゃあ」と言ってテーブルに着こうとしたら、彼女が「あ、そういえば」と言って僕に近づいてくる。
「何事?」と思うよりも早くに、僕の視界が彼女の顔で一杯になった。

「ん…っ、ふぅ…」

彼女の吐息を感じたとき、彼女の顔が少し赤くなっているのがわかった。
暖かくて柔らかい感触が、口の周りに残り続けている。

「えっと…、欧米では朝起きたときに口づけをすると聞きましたので、それを真似てみました」

そんなこと言われても、困る。
どう反応すればいいのか、わからない。
僕の体と思考回路は完全に停止した。

自然に出来上がる、沈黙の時間。

「あ、朝御飯が冷めてしまいますので、お早めにどうぞ」

恥ずかしさとこの空気を一掃しようとしたのか、彼女は再び朝食を進めた。
思考が完全に止まっている僕は何も考えず、言われるがままにテーブルに着き、朝食を取り始めた。

彼女の作ってくれた朝食はきっとおいしかったに違いない。
そこらへんの旅館の朝食よりも、上回っていたかもしれない。
だけど、僕は全然料理の味がわからなかった。

ちらっと隣に居る彼女の方に目を向ける。
彼女は「これが食事のお手本です」とばかりに、とても礼儀正しく食べていた。
ただ、ある1点を除いては…。

何故か彼女の体は終始、僕の体にぴったりとくっついていた。



朝食が終わってからも、僕は何も考えずに学校の身支度を済ませていった。
さすがに、着替えのときは彼女に後ろを向いてもらうように言ったが…。(ちなみに起きたときには彼女は既に制服だった)
彼女も僕が身支度を終えるのに合わせるかのように、ぴったりと身支度を済ませていた。

「えっと…、じゃあ行こうか」
「はい。行きましょう」

部屋のドアに鍵を掛け終えた僕は歩を進め始める。
と同時に、僕の腕に彼女の腕が絡まった。
僕は彼女の方を見るが、彼女は何事も無いかのようにニコニコ笑っていた。

今まで平々凡々の生活をしてきた僕からしたら、この状況は異常といえる。
だが僕は、この状況がもはや異常だと思えなくなってきた。
ここ数日間で、湯水のように「ありえない事態」を経験してきたのだ。
だから、彼女と腕を組んで歩くことくらい、全然大したことではないように思えてきたのだ。

人間の適応性ってすごいなぁと思っていると、不意に彼女が声をかけてきた。

「あの、和秀さま?」
「え、何?」
「あの…、今朝の口づけ…、あれが私の生まれて初めての口づけ…でした…ので…」
「………」

(…って、ええええええええ!?)

いやいやいやいや、そんな事を急に言われても…。
というか、今朝の口づけってアレだよな。欧米がうんたらってヤツだよな。
それが…、ファーストキス!? そういうのは、もっと大切にするべきじゃないの!?
何というか、もうちょっとムードがあるときにっていうか…。

ってアレ? もしかして…、俺も…、アレが…、ファーストキス…?

(…って、ええええええええ!?)

どうやら今まで停止していた思考回路が動き始めたようだ。
ただし、今度はフル稼働という感じではあるが…。
自分を客観的に見ることができるようになったのも、人間の適応性なのだろうか。

これから、僕はどうなっていくのだろう。
今日1日の生活が不安で一杯になっていった、鈴木 和秀(すずき かずひで)17歳の朝であった。
2008年12月07日(日) 01:16:25 Modified by amae_girl




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