3-926 無題

初めて出会った時の事は今でもはっきりと覚えてる。お母さんが再婚したいと言い出して、当時10歳だった私はそれに異を唱えなかった。
 その相手の連れ子と言うのが、今の私の義弟君と言うワケだ。
 目付きが怖くて気難しそうで、何とも無愛想な男の子だった。
『あら、美月ったら緊張してるのかしら?』
『いきなり家族が出来たと言われれば、そりゃ戸惑いもしますって。これから少しずつ慣れていけば良いさ。ほら、陽一も挨拶しろな?』
 なんて、お母さんとお義父さんは呑気に笑い合っていたケド、子供心にこれは一種の戦争なんだと思っていたりしたのだ。
 一応、私の方が誕生日が早かったから義姉と言う位置付けになった。だけど、私を睨んでくる義弟君にはそんな油断は命取りになると思っていた。
 だから私は、初めて義弟君と二人きりになった時にこう宣言したのだ。
『今日から私がお姉ちゃん。だから、私の事は名前じゃなくてお姉ちゃんって呼ぶの……!!』
『?……うん』
 よし、先ずは立場の上下を解らせてあげよう。その日から、私は義弟君に対してあらゆる行動に出る事にしたのだ。

『ほら、早く脱ぐ』
『お、お風呂くらい一人で入れるよぉ!!』
『一緒の方が早い。それに、義弟君には私の背中を流して貰うの』
『は、恥ずかしいよぅ!!お、お父さんお義母さん。美月ちゃんが〜』
『あらあら、仲が良いわね〜』
『そんなに恥ずかしがる様な事でもないだろう。さっさと洗い合ってこい』
『そ、そんなぁ!?』
『ほら、我が儘言わない。それに、お義姉ちゃんでしょ?』
 いつもはむっつり顔の義弟君が慌てるのが可笑しくて、私は良くお風呂に引っ張り込んでいた。
 まぁ、年齢的にも好奇心が旺盛な時期だったから、義弟君のを触ったり握ったり剥いたりと(最後のは少し泣かれた)散々玩具にしていた様な気がする。
 今思えば、あの時襲ってしまえば良かったと切に思うけど、生憎とお互いに性欲なんて覚える事が無かったのだ。
 知識も無くて、義弟君のおちんちんが大きくなった時なんかは触り過ぎて腫れたのだと勘違いして、二人で水で冷やしたりしてたのだ。
 他にも、(私の一方的な)おかずの奪い合いやテレビのチャンネル争い。テストの成績なんかも激しく競い合い、そしてその悉くに私は勝利を収めていたのだった。
 そんな事が暫く続いて、私はすっかり義弟君に恐れられる様になっていた。
 どうだ。お姉ちゃんは強くて偉いのだ。そんな風に、私は有頂天になっていた。
 あの時までは……。


『う〜……。ケホッ、ケホッ……。ずび……』
 あれから二年が経った。
 義弟君との力関係は相変わらずで、私は何かと姉貴風をぴゅうぴゅうと吹かせては義弟君を振り回していた。
『はぁ、選りにも選って今日風邪引くなんて……』
 38度。それが今朝の私の体温だった。
 そして、奇しくもその日は三泊四日の修学旅行の朝だったのだ。
『うぅ、修学旅行……』
 人付き合いが苦手な私でも、フラフラと何処かに出掛ける事は嫌いではなかった。修学旅行では男女のペアで見て回る事になっていたけれど、その相手はどうせ義弟君なのだから遠慮は要らない筈だった。
 お母さんもお義父さんも昨日からどうしても外せない用事が入っていて、帰って来るのは明日の夕方。それまで私は家に一人ぼっちと言うワケだった。
『義弟君、お姉ちゃんがピンチだよぅ……』
 熱に魘されながら眠り落ちる前に、何故か瞼に義弟君の姿が浮かんだような気がした。

『アレ……?』
 オデコに感じた冷たさに、私は目が覚めた。
 窓から差し込んでいる陽は高くて、時計を見れば時間はまだその日のお昼時。その儘部屋を見渡して、私は強烈な違和感を覚えた。
 一体、誰が私の看病をしているのだろうか。
『あ、起きたのか?』
『あ、え、う……?』
 ドアを開け、私の部屋に入ってきた義弟君に私は戸惑いを隠せなかった。本当は今頃は新幹線で移動中な筈なのに、どうして義弟君がいるのだろう。
『な、何で此処にいるの?修学旅行はどうしたの?』
『義姉が風邪引いたんで看病しに帰ります、って言って帰らせてもらったんだよ』
 当然とばかりに、義弟君が言い放った。
『それより、雑炊作ったんだが食えるか?』
 呆然とする私に、義弟君が土鍋と食器を載せたトレイをテーブルに置いた。蓋を開けると、美味しそうな匂いが湯気と一緒に立ち昇る。
『そんな、折角の修学旅行なのに……』
『でももう帰って来ちまったし、今更だろ?』
 雑炊を装いながら、義弟君が私に取り皿を差し出した。
『でも……、ううん。そうじゃなくて、どうして私の看病なんか……。だって、義弟君は私の事苦手だよね?』
『まぁ、苦手って言えば苦手かな?』
 骨の髄にまで叩き込まれた所為か、義弟君は私の顔を見るだけで困った雰囲気を出す様になっていたのだ。それでも、今の私の前には義弟君は自らの意思で居ると言うのだ。
『なら、私なんて放っておいて、修学旅行に行ってくれば良かったのに……』
『だったら、そんな寂しそうな顔してるなよ』
 なんだとぅ。お姉ちゃんは寂しくなんかない。そう思って言い返そうとして――、
『……ら?』
 涙が頬を伝って落ちた。
『あれ?何で、急に?お、っかしいなぁ……?やだ、……もう。何?』
 拭っても拭っても、私の涙は壊れたみたいに止まってはくれなかった。そんな私に、義弟君が華麗な一言。
『で?食うの?食わんの?』
 義弟君に、私のお腹が返事をした。
 うぅ、何たる恥辱。私は今後の仕返しプランを練りながら義弟君を見上げた。
『まぁ、修学旅行は行けなかったけど、俺らは俺らで旅行に行くか?貯めたお年玉使えば二人で何処かに行けるって』
『う……』
 義弟君がそんな事を言ってくると、お姉ちゃんはどうしたら良いのか判らなくなってしまうではないか。
『だから、早く風邪治せよ?な?』
 あぁ、畜生。
 私はこの時に義弟君に惚れたのだ。今まで私が築いてきたもの全部が一瞬でぶち壊された。
 一人が辛い時に、助けて欲しい時に現れるなんて何て卑怯なんだろう。こんな義弟君は、きっと他の女の子を沢山不幸にしてしまうに違いない。
 だから、被害が拡大しないように私が人柱になるしかないのだ。うん、それが良い。
 それが私の仕返しで。
 本当の幸せの始まりだったのだ。
2008年12月07日(日) 01:46:23 Modified by amae_girl




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