4-17 ちゅう

「おーい、ちゅう、帰ろうぜ。」

決してさっきの『ちゅう』はキスだとか接吻とかベーゼやら・・・では無い。
俺の名前は中村中、中と書いて『あたる』とよむ。
よくもまぁ教師になれたなと思われても仕方が無い担任に、
「中村・・・ちゅう、中村ちゅう。」と入学式に点呼されてからずっとこの渾名だ。
勿論みんな安直にこの呼び方をしているのかもしれないが。

「いんや、まだ帰らん。従姉待つから。」
「あ〜・・・そう?今日生徒会会議じゃなかったか?」
「そだよ。眠てぇから寝て待つ。」
「フ〜ン。いやはや、愛だねぇ。」
「るせぇよ、はよ帰れ。」
「はいはい。んじゃ、お先ー。」
手で追い払いながら教室から出て行くクラスメートを見送る。
本来ならヤツと一緒に帰るところなんだが、
生徒会長の従姉殿はおいて帰るとたいそうお冠になる。そして、なかなか機嫌が直らない。
本当はほっとけばいいのだが、そうもいかない。
『ちゅう、今日一緒かえろ?』はたいそう可愛かったりするが、それが理由ではない。
従姉でもあるが、俺の彼女だったりもする。
同居人でもあったりして、彼女のお守りは俺の役目だったりする。
故に何の用がなくても、こうして教室に一人居残ったりしないといけない。

「・・・う、起きて。ちゅうちゃん!」
体を腕で拘束され、背中に大質量かつ柔らかな感触―俗に言う『ぎゅー』の状態で目を覚ます。
「お疲れ様です生徒会長。そして体を離してください。」
「もお、そんな余所行き言葉せんでよぉ。いーじゃん、もう下校時刻で誰もおらんし、うち君の彼女だよ?」
「まだ先生が来るかもしらんやろ?」
「先生だってうちらが恋人同士やって知ってるし、大目に見てくれるよ。なんたってうち生徒会長やもん。」
いや、逆にそういうことは慎めよ!というのはもう無駄なので言わない。
「終わったから帰るんでしょ、こうしてたら立てん。」
実際は男性的生理現象で立てなくなるが正しいが。
「ん。あ、そうそう、ちゃんと待ってたんやね。ご褒美に“すりすり”したげる。」
そういって滑らかな頬を俺の頭に擦り付け始める。
いよいよ危なくなってきたので、
「あ〜、もう、自分がしたいだけやろ?!こんなんしてないではよ帰るよ!」
強引に立ち上がり振り払う。
「もう、恥ずかしがらんでええのにぃ。」と唇を尖らせて上目遣いになる。
可愛いなぁ、ちくしょう。

「ねぇ・・・―ちゅう。」
な、何だ、急に改まって、怒らせたか?
「ちゅう。」
「な、なにかな?」
「ちゅう。―はやく。」
「いや、だから、なに?」
「もお、そうやなくて!」
「いや、さっきから何のことやらさっぱり?」
そう言うと、ぷくーっと膨れて涙目になる従姉殿。
ドンッと俺の体を壁に突き飛ばして、頭を両手で拘束する。
「ちゅう―ベーゼ、接吻、キスのこと。」
「いや、なんでそんな、急に?」
「お仕事頑張った。そしたらしてくれるってゆーたもん。」
た、確かに付き合うことになったおり「生徒会辞める!」といって聞かなかったので、
『生徒会のお仕事頑張ったらキスしたげる、そうじゃなかったら二度とキスしない』といったが。
「いや、学校の中やし、帰ったらちゃんとするよ?」
「だめ、我慢できへん、―するね?」
言葉から程なく唇が重なる。
味は―そりゃ、甘かったに決まってるさ!

「えへへぇ、あったかいねぇ。」
寒空の下、手を繋ぎ寄り添って―勿論、従姉殿がそうしたいといって聞かなかった―帰り道を歩く。
ちなみな歩みはかなり遅い、こうする事で従姉殿の機嫌は上向きになる。
「ねぇ、ちゅう―」
はぁ、このお嬢さんは教室の一回だけでは足りないらしい。
されてばっかりというのはいささか男の沽券にかかわるので、
「あ―っ!」
耳を塞いで、ぶちゅーっと音が聞こえんばかりに濃厚なのをする。
幸いな事に周りには誰もいないようだし、まぁ、俺もキスは好きだし・・・。
「ん、んんぅ、はぁぅ、ん、ん―ぷはぁっ。」
キスから解放すると上気した顔でたいそう幸せそうにため息をつく従姉殿。
「えへへぇ、うれしいなぁ。」
「お気に召しましたか?」
「うん、とっても。ちゅうちゃんの方からしてくれたし。」
向き合った状態から、また手を繋いで寄り添って歩き出す。
「ねぇ?あたる?」
「ん?」

「うちが『ちゅう』って言ったらいつでも『ちゅう』してね?」
2009年01月16日(金) 21:54:16 Modified by amae_girl




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