5-513 無題

ちょっと糖化しようと思いますが、鬱展開なので、苦手な方はスルーして下さい。
甘えんぼスレじゃ不相応だろうけど(´・ω・`)
 
「矢島君…どこ?」
「ほら、瑠美。僕はここにいるよ」
瑠美の手がふらふらと宙を彷徨う。僕はその手を両手で握り締めた。
だけど僕とは裏腹に瑠美の方から力が入る事は無かった。
彼女は難病に冒されていて今はベッドの横になっている。
以前は普通に会話もできたし、冗談で叩かれたりもした。
だけど…次第に体の自由が利かなくなり、声も元気に出せなくなっていった。
そして遂に別れの時がきてしまった。
「ごめんね、矢島君…ごめんね」
「なんで瑠美が謝るんだよ。瑠美は悪い事してないじゃないか」
「私がこんなんでごめんね。迷惑ばかりかけちゃって…」
「迷惑だなんて思った事なんか無いよ」
「えへ…矢島君てやっぱり優しいね」
「僕は普通だって」
瑠美は弱々しい口調とは違い、驚く程に爽やかな表情をしている。
きっと自分がもうすぐ旅立つ事を分かっているんだろう。
「今日を乗り越えれば、もう大丈夫だってさ。だから頑張ろうよ」
見え見えの気休めの嘘をつく事が痛かった。だけど瑠美はこんな痛みよりずっと苦しい痛みを感じてきたんだろう。
「嘘をついてまで優しなくてもいいのに」
「嘘なんかじゃないよ。本当だってば」
「分かるよ。だって私…矢島君の彼女だもん」
こちらを見つめる瑠美。元気な頃と変わらない可愛い笑顔だ。
今でも自慢の彼女だと自信を持って言える。
「矢島君、あのね…」
「何?」
「また…遊園地に行きたいな」
遊園地か。僕と瑠美が初めてデートした場所だ。
あの時はお互い緊張しちゃって思い切り楽しめなかったっけ。
「私ね、絶叫マシンやお化け屋敷苦手だから、手を握っててね」
「うん。絶対に離さないよ」
「それでね、二人でね、ソフトクリームの食べさせ合いをするの…」
「うん…」

「それ、でね…。最後に観覧車に、乗って…。夕日をバックに…キス…したい、なぁ…」
「うん、うん…」
瑠美の言葉が段々弱くなってきている。僕もいつの間にか流れ出ている涙のせいでいい言葉が出ない。ただ一言うんとしか言えなかった。
瑠美も泣いていた。涙が湧いては頬を伝い消えて行く。
もう、時間なのか。信じたくなかった。
「矢島く…ん」
「うん…」
「あのね…」
瑠美の瞼がゆっくりと閉じられて行く。
微かに聞こえる瑠美の声を聞き取ろうと、顔を瑠美の顔に近付けた。
………。
……。
…。
そして。
部屋に何の感情も持たない機械音が鳴り響いた。
「瑠美…瑠美ぃ…!」
 
 
「あ、矢島先生。ここにいたんですか」
窓から退院する患者を見ていた僕に新米の職員が声をかけてきた。
「例の資料用意できましたよ。後で確認お願いします」
「うん、ありがとう。助かったよ」
「いえ。あ、今日退院の患者さんですか?」
「ああ。どうやら彼女さんが迎えに来たみたいだよ」
「確かあの患者の病気って、以前は治療は無理とされた病気でしたっけ。矢島先生のお陰でそれが治せる病気になったんですよね」
「僕だけの力じゃないよ。様々な人の努力のお陰さ」
新米職員の言葉に正直照れた。その職員は更に目をきらつかせながらこんな質問をしてきた。
「先生みたいに偉業を達成するには何か秘訣みたいなものがあったんですか?」
何だか新米らしい質問だな。僕は笑顔で答えてあげた。
「僕が甘党だって事かな」
「???」
その職員はよく分からない顔をして、僕に一礼すると仕事に戻って行った。
僕は再び窓の向こう側、退院を喜び合うカップルに目を向けた。
二人の笑顔にこちらまで嬉しい気持ちになっていく。
「瑠美、きみの願い…ちょっとずつ叶えていってるよ」
退院を喜び合うカップル。人目を気にせず抱き合う二人の「大好きだよ」と言う言葉が僕の耳に届いた。
 
 
矢島君 あのね
私達みたいな甘い繋がりが沢山あったらきっと素敵だと思うの
病気なんかに邪魔されない固く甘い絆に包まれた世界
そんな世界 私見てみたかったなぁ
短い間だったけど 私とても幸せだったよ
矢島君 大好きだよ
2009年06月19日(金) 21:13:22 Modified by amae_girl




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