6-384 スポーツ

「おら、しっかり打ち返せよっ」
 そう言って、咲良栄里はサーブを打ち込んでくる。
 きれいなトスを上げ、高い位置でボールを捉えるガット――。
 そんな難しいことを少し齧った程度で出来るのは、運動神経万能な彼女くらいのものだ。
 際どい所に決まり、サービスエース。

「女に負けてどーすんだっ! 張り合いがねーだろ!」
 ネットの向こうから女らしくない言葉で俺を罵倒する。
 だってこんなに太陽の光が燦々と降り注ぐ素晴らしい天気の下、二時間近くテニスしてんですよ?
 普段運動しない俺も頑張ったが、ちょっと汗流しすぎてくらくらする。
「休憩〜」

 俺と彼女はベンチに腰掛け、スポーツタオルで汗を拭う。
「だいたいお前、どこまで本格的にやるんだよ。もっと気楽にやりたいわ」
「やる以上は手を抜かない――どんなスポーツでも至極当然だろ馬鹿」
 酷い言われようだ。当方、真面目に何セットもこなす体力なんて無いっつの。
 落ちゲーとかなら連投OK、何ゲームでも勝てるんだけどなぁ。

 おまけに格好も、どう見ても「遊びに来た」ってレベルじゃない。
 白同士のポロシャツとスコートが清潔感に溢れ、健康的。
 そしてポニーテールで整った頭にはサンバイザー、目にはサングラス。
 形から入るタイプとは言え、お前どこのテニスプレイヤーだと突っ込みたくなる。
 まぁ、二の腕とか太腿とか、目の保養にはなるんだが。

「しかし休日のデートだってのに、冴えないよな〜俺ら」
 ちゅーっとスポーツドリンクを飲みながら、彼女はこちらを見た。
「もっとぱーっと、どっか行きたいもんだ」
「ふぅ……よし、じゃあ次のセットで負けた方が、今度旅行に連れて行く――これでどうだ?」
 何つう俺不利。

「旅行つってもどこ行きたいんだ? 温泉か?」
「んー……そうだなー、七月下旬の皆既日食を見に行ってみたいな」
 トータルイクリプス見たいなんて、これまた意外な。
「変な顔で見んな。まだ一度もお前と遠出したことなんてねーし……ついでだついで」
 こうやってたまに、僅かだが女らしい一面も見せる。

 ええ、試合は勿論完敗でした。さっき以上に張り切られては、手も足も出ないって。
「よーし。じゃ、連れてってくれるよな?」
「……ベストを尽くします」
 彼女はサングラスを取り、笑顔で俺の肩を叩く。そんなに喜ばれると、後にも引けないわ。
 付き合い始めて一ヶ月。少し先だが、そんな予定が決まった。

 だが、最後に少しくらいはやり返したい。
「ただ、行く以上は手を抜かないからな」
 そう言って彼女の腕を掴むと、引き寄せて強引に唇を奪う。
「……覚悟しとけよ」
「――はっ、覚悟するのお前の方だ、ば〜か」
2009年10月28日(水) 20:12:28 Modified by amae_girl




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