6-843 列車ベタ純愛モード

本当におしまいと言いながら、何故か書いてしまった
列車で仲良くなった二人の続きです
尚、私はベタ純愛モードに入りました。回復までしばらくお待ち下さい…


 僕は、体という確かな繋がりを結ぶことで、形のない心が空ろになってしまうことが、怖かった。
 可愛いものを壊したくないと、そう思って一定の距離を置いて接していた。
 彼女は、どうだったのだろうか。例えば何でもないように見えて、誘っていたのかもしれない。
 密かに僕は、自己満足の内に彼女の――言葉のない期待を、裏切っていたりはしていなかっただろうか。
 感情は難しい。時に全てが嘘のように、幻のように見えてくる。

 久々の休みは、夏休みも終わりに近い日のこと。
 インターホンが鳴り、玄関に出ると彼女がいた。何だかいつもと雰囲気が違う。
「私、引っ越すことになったの」
 セミの鳴き声しか聞こえなくなった。視界にいる彼女はワンピースで、顔が…しっかりと分からない。
 僕は絶句していた。多分、その表情があまりにも悲しくて、直視出来なかったんだと思う。

 先日一緒に泳ぎに行ったプールで、ほんのりと焼けた素肌。肩にくっきりと白い跡が見える。
 タンクトップとミニスカートの水着が、ぱっと記憶に蘇る。だけど、いつものように火照らない。
 とりあえず、普段のように部屋に連れて来て、冷房を入れる。飲み物を用意する――と、そう言って一旦出る。
 動悸? 不安で、どきどきする。思わず台所にもたれて、頭を垂れる。何だか、くらくらもする。
 話もきちんと聞かない内からこれだけショックを受けて、大丈夫なのだろうか、僕は。

 部屋に戻り、彼女に冷たい麦茶を出す。ありがとう――という返事は、力がない。
 隣に座ると、僕の腕に絡み付いてくる体。甘えるように、頬までぴたりとくっつけて。
 家庭の事情で三年間、南の島に行くらしい。終わったらここへ戻って来るそうだけど、急な話だった。
 高校生にもなってこんなベタな――と思ったけど、直面してみたら分かった。せっかく仲良くなったのに、何故?
 すっかりお馴染みになった彼女のスキンシップが、何故か貴く感じてしまう。

 まだ面と向かって、好きだなんて言ったこともない。順序が変かもしれないけど、友達として、まるで恋人同士のように仲良くなった。
 キスなんてしたことも、抱き締めたこともない。”くっつき”の延長ならなかったこともないかもしれないけど、好きだからとかそういうのはない。
 それ以上なんて、当然…。何より、怖くて想像すら出来ない。これから徐々に――と、全部漠然と考えているだけだった。
 彼女に合わせてあげたかった。僕の知っている彼女は、それらを知らない天使のような子。馬鹿みたいだけど、僕にとってはそう。
 でも、最近思うようになった。僕は受け身で良いのだろうか、と。

 気持ちが矛盾し始めても、今までは何とか抑え込んでいた。と言うより、裏表のない――或いは見せない彼女に、踏み込む自信がなかった。
 今の関係だけで、満足していた部分もある。可愛い彼女を、ただ守っていられるだけで幸せだと。
 でも僕は今、どうしたら良いか分からなくなった。途轍もなく中途半端なことをしているんじゃないかと、思い始めると限がない。
「……離れたくない」
 なら、僕はある意味で乙女のぬいぐるみのように、捉えられているのかもしれない。それなら気は楽だ。けど…。

「僕は、どうしたら良いのか…よく、分からない」
 不安にさせるようなことを言いたくなかった。けれど、他に適当な言葉が浮かばない。
 正直に全部訊いてしまえば、楽になる。でも彼女が壊れてしまうんじゃないかと思うと、躊躇する。
「……」
 僕は、凄く情けない。これじゃ本当に、ぬいぐるみじゃないか。ただ触れられて、温めてあげるだけの。

 しまい込んできたことを一つだけ、解放しようと思う。
 僕は、腕にくっついたままの彼女に、そっと触れる。びくっと反応して、体が一瞬離れた。
「…っ!」
 向かい合って、抱き締めた。
 変に思われたって、ぬいぐるみでいるより良い。受け身じゃダメだ。

「――」
 彼女は驚いて、まるで壊れた玩具のように静止して、動かない。
 僕の心に、熱いものが灯る。今の今まで燻っていたものが、不定形ではあるけど纏まった。
「――だけど、離れないよ。会える日は少なくなるけど、絶対会いに行くから」
 腕に力がこもる。物理的な意味じゃなくて、気持ちのこと。


 段々と、固まっていた彼女の体から力が抜け、柔らかくなった。泣きそうに息を吸って、そして吐く。
 真っ向から堂々と、抱き合えた。彼女の腕もまた、僕の背中へと回ってきた。
「そして三年間、待ってる。戻って来たら、それからはずっと一緒にいる」
 僕がそうしたいから。例えそこに特別な感情は無くたって、良い。既に僕は特別なんだから。
 号泣する彼女の涙と、震える体が痛々しい。ごめんね――と何度も声をかける。

 落ち着いてきた彼女の答は、安堵の吐息。しばらく僕から、離れようとはしなかった。
 そして固まるもう一つの気持ち。確かに彼女が好きだということ。今まで以上に、ずっと愛しい。
 だけど、これを言えば曖昧な関係ではいられなくなる。恋人のような友達じゃなく、恋人か友達。
「…私、あなたに…言いたいことが、あるの」
 でもダメ。彼女に先に言わせるなんて、そんな格好悪い真似はしない。

『好き』
 同時に口をついて出た言葉。思わぬタイミングに僕は面食らった。
 けれど、すぐに目が覚めた。もう一度の抱擁と共に。
「はぁ――」
 嬉しいと言わんばかりの吐息。今までの彼女は多分もう、そこにはいない。けれど、それが悲しいとは思わなかった。

 恋人であっても、僕はぬいぐるみなのかもしれない。泣き疲れた彼女が横になると、普段のように僕の腕を抱き枕にしてきた。
 変わらない部分に安心し、変わった部分に戸惑う。寝言で僕の名前を呼ぶ彼女。ここまでなら普通だ。でも――。
「好き…だよ」
 友達でも家族でもない、それは確かに恋人の証。まだ、先に進むには時間のかかる関係かもしれないけど。
 そう。それ以上のことは、まだやめておく。遠距離恋愛になるからって、急ぐ必要はない。

「僕のこと、いつから好きだった? もしかして、ずっと気付いてやれなかったりしていたら、ごめんね」
「ううん…さっきようやく、気付いた」
 今までは口から出掛かって言葉にならないような、よく分からない感情だった――ある意味、彼女らしい。
 部屋でしばらく、二人で過ごした。くっついて、色々な話をした。時間はあっという間に過ぎた。
 普段のように、彼女を家まで送って行く。ただ、一緒にいられる機会は、これからしばらくないかもしれない。

 寂しい気持ちを残しながら、家の前まで来た。彼女はやっぱり僕の手を取って、頬にぴたりとくっつけた。
「出発の日は、送りに来てね」
 頷くと、彼女はそのまま帰るものと思った。けど違った。一度手を放すと、今度は僕の肩に手を置いた。
「――っ」
 彼女の唇が、僕のそれと重なっていた。

 長いキス。彼女も女の子であることは理解していたけど、まさか自分から――頭が混乱していた。
 だけど、僕も応える。体にそっと手を回して。ぎこちなくたって、良い。
 やがて離れる唇。意外と、爽やかな気持ちで満たされた。名残惜しくなるかと思ったのに。
「今日のこと、忘れない」
 彼女はそう言って、手を振った。僕も手を振った。触れた感触を、しっかりと焼きつけて。


続き書く予定はないのですが、思わせぶりなことを言うと
最後は会いに行っての初Hということで妄想中
2009年10月28日(水) 21:25:07 Modified by amae_girl




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