6-874 歯医者ネタ

逃げも隠れもできない距離から、聞きなれた甘い声。

「お口を開けてくださーい」

僕は想像を振り切ろうとしながら眼を閉じている。
眼を開けばそこに桃源郷があるのはわかってるんだ、
主に、胸のボリューム的な意味で。
いやイカンイカン、けしからん。
ここは病院で、僕は患者だ。
黙って開いた口の中にブツが突っ込まれた。

ちゅいーーん、きーん。

ガラスをひっかいた音が感覚になって口内で響く。
ぬぉぉぉぉ。

「うぅぅー。くっつきたい、ちゅーしたい、ぺろぺろしたい・・・・」

カミサマ歯医者サマ依子サマ、お願いです今は素に戻らないで下さい。
仕事に集中してください。声に出てますよー。
椅子をタップすると、何もなかったのようにスルーして、
今度はお説教。

「何回も言ってるけど虫歯の出来やすい体質だってこと、
 自覚して注意して欲しいなぁ。」

異議有り! 甘いもの食わせるのは、ほとんど依子さんじゃないか!
それに、普通の歯医者さんならしばらく様子を見ましょう、って診断されそうなものまで
片っ端から発見しては加療されてるフシがあるんだけど気のせいでしょうか。
このペースで見敵必殺されてちゃあ、総入れ歯になる日もそう遠くはなさそうだ。


ドリルと替わって侵入してきたピンセットみたいな奴が、
歯に薬をちょん、詰め物をちょんちょん。

むがむが。
施療中に抗議することができるはずもない。
今の僕はまさに俎上の鯉だ。

「そうだ、今晩から歯磨きトレーニングってどう?」

想像しただけで、身体中がむずむずする。
勘弁してください。

「はい、お口すすいでくださいねー。」

手元の小さなカップから水を含んでぺっと吐き出す。
ようやく話が出来るかな。
今日こそ言ってやらねば…僕の歯と財布のためにも。
デザート巡りを週三回から週一回、できれば隔週にしていただけないか、と。
さぁ、びしっと、依子さんの眼を見て…眼を…眼…うわぁ。

「治療中に我慢した分、ぎゅってして…」

ひしっとだきついて、ぐりぐりと頬を僕の胸板に擦り付けて。
犬ならしっぽふりふり、猫ならごろごろとのどが鳴ってるな。
今、引き剥がして要望を伝えると泣き出されそうな気がする。
ムリ。

これで流されてしまう僕も、結局依子さんに甘いのかなぁ、なんて、ね。
2009年10月28日(水) 21:29:16 Modified by amae_girl




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