これは入不二基義(いりふじ・もとよし)のWikiです



2016年全日本マスターズレスリング選手権大会 (シングレットを着用し試合に臨もうとしているところ)


片足タックルからのテイクダウン!(2016年9月桜花レスリング道場での合宿・練習試合のワンシーン)


桜花レスリング道場合宿での2分スパーリングの動画・二枚刈りの股裂きからの抑え込み


NPO法人スポーツ指導者支援協会作成「ざまあみやがれ シニア・アスリートの新しき挑戦  入不二基義編「レスリング」」


青山学院大学研究者情報のページ


講談社のHPの『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』(講談社)の紹介ページ

研究社のHPの『英語で読む哲学』(研究社)の紹介ページ

春風社のHPの『哲学の挑戦』(西日本哲学会編)の紹介ページ

NHK出版のHPの『Q わたしの思考探究(1)』(NHK「Q」制作班 編)紹介ページ

講談社のHPの『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の紹介ページ

朝日出版社のHPの『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)紹介ページ

筑摩書房のHPのちくま学芸文庫版『相対主義の極北』紹介ページ

筑摩書房のHPの『哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)紹介ページ

勁草書房のHPの『時間と絶対と相対と ―運命論から何を読み取るべきか』(双書エニグマ14)紹介ページ

NHK出版のHPの『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(シリーズ・哲学のエッセンス)紹介ページ

講談社のHPの『時間は実在するか』(講談社現代新書)紹介ページ

告知
(以前に告知したものは、こちら→以前の告知にあります)
◎ NPO法人スポーツ指導者支援協会作成の「ざまあみやがれ シニアアスリートの新しき挑戦 入不二基義編「レスリング」」が完成しました。


スポーツ経験のなかった大学教授が51歳にしてレスラーになった!
 
青山学院大学教授の入不二基義さんは、それまで格闘技の経験がないだけでなく、スポーツ経験もほとんどなかったが、キックボクシングで勝利をおさめた息子さんの姿を見て、レスラーを目指したくなったという。普通なら、50歳を越えて初めてレスリングの世界に飛び込むなどあり得ない話だろう。58歳になった今の目標は68歳まで続けることだというが、世代を超えた仲間との出会い、ライヴァルとの闘いをもっとも楽しんでいるのは、新しい世界に挑戦し続けている彼自身にちがいない。

【2017年4月23日記】

◎ 『51歳でレスリングを始めた哲学者』(仮題、ぷねうま舎)の企画
・ ぷねうま舎の中川和夫さんに担当していただいて、私のレスリング体験記・ルポとレスリングについての考察を織り交ぜた本を書くことになりました。
・ 『読書人の雑誌 本』(講談社)の連載が終了し、註を付け修正加筆して単行本化した後に書き始めますので、まだしばらく先の話ですが。
・ 身辺雑記(メモ)の2013年6月3日・4日のところもご参照下さい。
【2013年6月12日記】

◎ 『新・<思考する>英文読解』の企画
・ 『運命論の運命 ─あるようにあり、なるようになる』(仮題、講談社)を完成できた後に、レスリング考察本(『哲学者、51歳でレスリングをはじめる』(仮題、ぷねうま舎))の執筆を始めます。
・ さらにその完成後になるので、早くても数年後というずっと先の話ですが、『新・<思考する>英文読解』を、研究社の佐藤陽二さんに担当していただいて、執筆する企画(予定)があります。
・ これまで、『<思考する>英文読解』の復刊を望む声が一定数あり、復刊のオファーも複数社からありました。しかし、昔書いたものをただ単に「復刊する」というのが嫌で、断ってきました。
・ そういう経緯がある中で、次の二点を佐藤さんに提案して、快諾を頂いたので、企画としてスタートさせる気になりました。
(1)使用する英文は同じものでも、解説や構成を全面的に変える。つまり、今の私の考え方に従って、全面改訂する。
(2)かつて『高校英語研究』(研究社)に連載した「プレ原書講読」(相対主義について解説した英文の講読演習)を、第10講として追加する。さらに、第11講を新たに追加するかもしれない。
・ まだあくまで企画段階ですので、この先どうなっていくかは分かりませんが、興味を持ってくれる方がいそうなので、告知させてもらいます。
【2014年9月2日記】

公開原稿
編著『英語で読む哲学』(研究社)の「はじめに」の部分

「概念を動かしてみる」東京書籍 ニューサポート 高校国語vo.22 特集「大学への国語」

「映画『Love Letter』の図書室」(青山学院大学図書館報AGULI 86号(2009.11.01)特集「図書館での出会い」):『足の裏に影はあるか?ないか?』に載せたエッセイの補遺みたいなエッセイ  

「 中島敦『山月記』『名人伝』」(青山学院大学図書館報AGULI 75号(2006.11.1)特集「お薦めの本」): 野村萬斎らによる芝居「敦ー山月記・名人伝」を観た直後だったので書いたエッセイ     

「「語りえぬものを語る」ことで語られないこと―相対主義・他者・相貌・自由―」(What is not Spoken of in “Speaking of the Unspeakable”― Relativism, Others, Aspects, and Freedom―)<哲学雑誌『語りえぬもの』(有斐閣)第127巻第799号, 2012年所収予定原稿>

「無についての問い方・語り方―「無ではなくて存在」ではなく―」(The Way of Speaking of Nothingness ― It is NOT that there is something rather than nothing.)Heidegger-Forum Vol.6, 2012.pp.22-37.所収)

田島正樹著 『神学・政治論 政治哲学としての倫理学』(勁草書房)へのコメント(2010年3月28日(日)cogito研究会,学士会館)
なお、ララビアータ(田島正樹の哲学的断想)の2011年06月22日に、上記コメントへの田島さんの応答・再批判があります。

「私の死」と「時間の二原理」」(『時間学研究』第3巻,山口大学時間学研究所,pp.15-28,2009年3月31日発行・10月に公刊)

「「論理」をはみ出していく「現実」」(『心理臨床研究』第9巻巻頭言, 青山学院大学大学院文学研究科付置心理相談室発行, 2009年3月発行) 註:この原稿は、『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収のエッセイ「あるパズル」の続編として書かれている。「あるパズル」の後に読んでいただく方が、いっそう分かりやすいと思われる。

「プロタゴラス説のあるべき姿」(『ギリシャ哲学セミナー論集』Vol. III /2006, pp.15-30.)


身辺雑記(メモ)

◎ 2018年2月18日(日) 「会食」
・ 青山学院大学レスリング部OB会長の佐々木さんに招かれて、奥様・お嬢様二人もいっしょに5人で会食(於:澁谷)。
・ メインテーマの一つは「駿台」。
・ 大学生とこれから大学生になる二人は、どちらも「大島保彦ファン」で、大島さんの授業の面白さについて熱弁していた。
・ 3月1日発売のアエラムック『駿台予備学校』(朝日新聞出版)を持参して、お二人に見せながらの駿台話だった。英語の斎藤さんの写真が出ているページでは、「モトハル、モトハル」と呼びながら、元カレの話をするかのような感じ。
・ もう一つのメイン・テーマは、父がレスラー・長女が柔道家(七帝柔道)ということもあって「格闘技」。
・ 高専柔道とブラジリアン柔術の比較や、絞め技と関節技のどちらが好みか、得意技談義・・・など。二十歳の女の子との会話だよ!
・ 私のところは息子3人なので「娘たちがいる家庭」が羨ましく、その楽しさをかいま見ることができた一時だった。
【2018年2月19日記】

◎ 2018年2月18日(日) 「再掲(5年前の身辺雑記より)」
・  先日(金曜日に)、駿台のパーティに参加したせいもあり、5年前(2013年)のこの画像が目にとまった。
・ その中に、2009年の同会への言及も含まれている。職員の高田さんと知り合ってから、もう5年になるのか・・・。小池君はいまや人気講師として活躍しているし・・・。

以下、再掲。

◎ 2013年2月17日(日) 「飯田満寿男先生を囲む会」
・ 日曜日は夕方5時から、友人の霜栄さん(駿台現代文科講師)が、彼の新著『生きる 現代文読解語』(駿台文庫)に協力したメンバーを集めての宴会。またこの集まりは、2009年6月14日(日)以来の80歳になられた飯田満寿男先生(元・駿台現代文科講師)を囲む会でもある。

・ その2009年6月14日(日)のwikの「身辺雑記(メモ)」には、飯田先生について、私は次のように書いている。

飯田先生のように、引退後も下の世代から敬愛され続ける「重鎮」(あるいはチェック機構)が、駿台現代文科の「背後」に控えていることは、組織のあり方に独特の「奥行き」を与えていると思う。しかし、この善き構図も、飯田先生一代限りの「個人芸」の世界なのかもしれない。

・ この飯田先生を尊敬する者たち(駿台現代文科およびその関係者)たちの集まりの中に、新たに小池君(『英語で読む哲学』(研究社)の著者の一人でもある)が加わる。飯田先生―霜さん―小池君の年齢差が、25歳ずつであり、駿台現代文科の「伝統」の継続を感じさせる。

・ 今回の集まりで一番ビックリしたのは、駿台職員の高田さん(写真一番右)という「体育会系女子」「格闘女子」が、酔った勢いとはいえ、「入不二先生と闘いたい」と言って、私に技(腕取りとかヘッドロックとか)をかけてきたこと!


【2018年2月18日記】

 2018年2月16日(金) 「駿台創立百周年記念祝賀会」
・ 17時から開催されたパレスホテル東京での「駿台創立百周年記念祝賀会」に出席。
・ パーティ会場での「満員電車状態」を経験するのは初めてのことで、その場に立ったまま移動することもできないほどだった。帰る人が出てきて隙間ができるまでは、知り合いを捜すこともできなかった。
・ 招待客の中には、私のような元講師(清泉女子大の佐伯さんとも久しぶりに会えた)のほか、かなりの人数の高校の先生たちが出席していたし、代ゼミや河合塾などの他塾・予備校の関係者や、教育関係の若い起業家たちも含まれていた。
・ 高校の先生の中には、かつて予備校での私の授業を聴いた人たちもいて、挨拶に来てくれた。
・ 教育関係の起業家の一人からは、哲学ってどんなことをやるのか訊ねられた。最初は当たり障りのない一般的な答え方をしていたのだけれど、そういう話では満足していない様子だった(さすが若き起業家か?)。そこで、午前中にその内容を書いている最中だったこともあり、「選択と賭けと祈り」の比較についての話をしたところ、意外に(?)興味を持ってくれた。
・ 大御所の秋山仁先生と関谷浩先生とは久しぶりにお話ができたし、駿台文庫顧問の冨田豊さんともようやく再会することができた。
・ 英語科の現役講師・元講師の知り合いともっと会えるのかなと思っていたが、言葉を交わすことがでたのは、甲斐さん・飯田さん・福沢さんくらいだった。他教科では、日本史科の福井さんや化学科の吉田さんとお話できた。
・ 数学科の小林さん・雲さん(弟)・桑田さん(元講師)の「三タカ(隆章・孝夫・孝泰)」トリオ、そして霜さんと甲斐さんと私の6人で、神保町のお店で二次会。二次会で雲さん(兄)と職員の高田さんも加わり、三次会はカラオケへ。夜中の1時過ぎまで歌い続ける。私は二週続けてのカラオケだった。
・ 3月1日発売のアエラムック『駿台予備学校』(朝日新聞出版)を、お土産としていただいた。 あと、江戸切子のグラス一対とユーハイムのバームクーヘンも。

【2018年2月17日記】

◎ 2018年2月15日(木) 「鈴村智久さんのツイート」
https://twitter.com/irifuji/status/963791678153703...
「現代思想界隈」のことには私は疎いのですが、拙論を読み込んで頂いていることが嬉しいので、鈴村さんの一連のツイートをリツイートさせてもらいました。


鈴村智久Tomohisa SUZUMURA
@afterfinitude01

入不ニ基義「現実性と潜在性」(『現代思想』2017.12)読了。最近読んだ諸論稿の中では最も刺激的で卓越した議論。メイヤスーの事実論性と入不ニ哲学がいかに強い親和性を持っているかは現代思想界隈でもよく言及されてきたが、本論は圧倒的な密度でメイヤスーが語り得なかった様相の問題に切り込む。

マルクス・ガブリエルの領野の複数性の議論(存在論的多元主義)も、入不ニがメガラ派的現実主義を見事に脱構築して打ち出した汎-現実主義=汎-潜在主義(pan-actualism=pan-potentialism)も、共にハーマンと同じく「実在」の概念に潜在的ないし虚構的なものを埋め込んでいると解釈できる。

入不ニの本論以後、おそらく今後の論壇で潜在性を実在に包摂できない議論は全て過去のものになる予感さえする。特にSRとの関連で決定的に重要なのは「潜在性の深度」、「最深潜在性」の概念。「隠れたる神」も「来たるべき民主主義」も共に可能性や潜在性ではなく、実在論的な「現実性」に収斂する。

熱中して読み耽った『あるようになり、なるようにある』も、アリストテレスのエネルゲイア論に接続することがようやく理解できた。入不ニ哲学においてエネルゲイアとは即デュナミスであるから、「八岐の園」的な可能的様相は「現にある今」へと縮約される。斜め上から迫るボルヘス論とも言えるだろう。

入不ニ基義の議論は哲学上の仮説(問題提起)をまず概念に分節化し、その各項(1~3)を個別に分析し更に派生項(1-1~1-3)へと再分節化するようにして議論を論理的構文に沿って緻密に展開する。そこが決定的に私が彼に惹かれる理由であり、隠喩と概念の共犯によって思考にヴェールをかける余地はない。

【2018年2月15日記】

◎ 2018年2月14日(水) 「執筆中」
・ 執筆中の「現実性と様相の潰れと賭け (Actuality, Modal Collapse and Wager)」の目次が、ほぼ確定した。
・ 以下の通り

I.  現実性と様相
1. 否定と最小様相
2. 事実性と現実性
3. 中間としてのラッセル的拒否感

II. 様相の潰れと確率の潰れ
1. 事実性と様相の潰れ
2. 様相の潰れと確率の潰れ

III. 選択と賭けと祈り
1. 選択と賭け
2. 賭けと祈り

・ 日本記号学会編『セミオトポス 13』(2018年)用に書いている原稿です。

【2018年2月14日記】

◎ 2018年2月10日(土)・11日(日) 「大同窓会(解体ショー)と翌日」
・ 10日夕刻・湯田温泉に到着後、「山水園」の日帰り温泉に入ってから、大同窓会の会場(防長苑)に向かう。
・ 一期生から十七期生(今年度卒業生)まで総勢140名の出席者で、予想を上回る大盛況。私は三期生と共に文芸・芸能を去り、青山学院大学へ異動したわけだが、五期生までは私の授業を受けている人がいた。やはり、特に一期生・二期生・三期生は、近しい感じがどんどん蘇ってきて、自分の中からひとりでに湧き出てくる記憶にビックリする程だった。
・ 14年ぶりに再会した大御所のお二人、林先生と増田先生とは、テーブルの隣同士で着席していたこともあって、「文芸・芸能コースの誕生から解体までが20年間であったことは、はたして短いのか長いのか」という論争にもなった。
・ 多くのOB・OGたちから「今でも入不二先生のあの授業のことをよく覚えている」と懐かしそうに繰り返し言われたのは、「現代思想」という名の授業のことだった。ジジェクの『斜めから見る』をテキストにして、映画や絵画などを題材に好き勝手なことを私が喋る授業だった。でも、このタイプの授業は(「文芸・芸能コース」だからこそ)その頃特別にやっただけなので、その後はまったくやっていない。
・ もう一つ、たくさんの人たちから何度もかけられた言葉が、「先生!あのテレビ見ましたよ」だった。もう7年前になる2011年、「Q〜わたしの思考探究〜「哲学的に考えるとは」(NHK教育テレビ、2月12日(土)午後11時45分〜午前0時15分」/再放送:2月19日(土) 午前10時30分〜11時00分)を、伝え聞いて見た人・たまたま見た人がかなりいて、テレビの影響力を再認識した。
・ 企画運営者の一人・むつみさんの司会が楽しくて、とてもカッコよかった。各教員が書いた「文芸・芸能コース観」が彼女によって読み上げられるコーナーもあった。
・ 私のコメントで読み上げられた部分は、「山口大学の中で居場所を見いだせずに私が抱いていた焦燥感と、文芸・芸能コースというアイデンティティの定まらない新組織に集まった多彩な学生たちの「恍惚と不安」が、不思議とシンクロしていたような記憶がある」だった。
・ 会場のホワイトボードには、各教員が担当した卒論タイトルで、印象に残っているものが列挙されていて、私も男女2名の哲学系卒論のタイトルを挙げたのだが、残念ながら彼らは欠席だった。
・ 二次会は、菊屋さん・堀家さん・OB・OGたちと、シダックスへ行って久しぶりのカラオケを12時すぎまで。

・ 翌日11日の11時〜14時半は、一の坂川沿いの「むくの木」で、辻先生と上野さんと3人でお喋りをして過ごす。お二人どうしが顔を合わせるのは、山口大学人文学部に在職していた頃まで遡るので、十何年かぶりである。
・ 哲学的な話から昔話や噂話までが入り乱れ、さらに(辻先生と上野さん間で交わされた)世俗的に有意義な約束まで・・・話は尽きず、3人で会う機会が作れてよかった!
【2018年2月11日l記】

◎ 2018年2月10日(土) 「山口へ」
・ 山口大学在職中の10年間(1993年9月〜2003年度)は、「教養部 →(1年間米国留学)→ 教育学部/国際文化コース → 教育学部/文芸・芸能コース」と所属が変わった。大学院では、(社会科ではなく)国語教育専修で演習の授業を担当していたし。さらに、時間学研究所の立ち上げメンバーであったため、最後の何年かは学部外の活動のほうに軸足があった。
・ その「文芸・芸能コース」は、今年度の四年生の卒業を持って17年の歴史を閉じる。ということで、「文芸・芸能コース解体ショー」と銘打ち、在学生・OB・OG・現教員・かつて教員だった者たちが一堂に会して、大同窓会をやることになった。
・ その会へ参加するために、ただいま山口へ向かう新幹線の中。新山口までは、東京から4時間半ほど。
・ 4時間半というまとまった時間は、このところの自宅での仕事をそのまま継続するのに適切。今回は、飛行機ではなく新幹線にして正解だった。ということで、新幹線の中で、論文「現実性と様相の潰れと賭け」(日本記号学会編『セミオトポス 13』(2018年)に所収予定)を、MacBook Airで(Scrivenerを使って)執筆中。
【2018年2月10日記】

◎ 2018年2月7日(水) 「『英語で読む哲学』重版」
・ 佐藤陽二さんから、入不二基義〔編〕『英語で読む哲学』(研究社)の重版のお知らせをもらいました。
・ 本書の構成は、
はじめに(入不二基義)
第1講 理屈の闘い ――サンデルの『正義』を読む(北野安寿子)
第2講 ギルバート・ライル『心の概念』(小池翔一)
第3講 アラスデア・マッキンタイア「美徳とは何か」(小山悠)
第4講 脱道徳家vs人間らしさ ――バーナード・ウィリアムズ「脱道徳家」(壁谷彰慶)
第5講 エリザベス・アンスコム「一人称」(今村健一郎)です。

【2017年2月7日記】

◎ 2018年1月24日(水) 「欠場報告」
・ 今年のマスターズ大会(1月21日)は、欠場でした。
・ 前日(1月20日)の計量に行ってパスして帰宅した後、翌日のための荷物の準備などすべて終えて早めに寝ようとしていたところで、体調がおかしいこと(頭痛など)に気づき、熱を測ってみたら「38.2°C」あった。
・ これでは戦えないし、相手に感染する危険もあるので、欠場せざるを得ないと判断。青学レスリング部やSKアカデミーの関係者に事情を連絡。
・ 実は、1月11日(木)の練習で、かなり酷い突き指をして、指だけでなく手のひらも腫れ上がり紫色に変色。その状態は、ひびが入っている可能性もある酷さ。
・ 翌日1月12日(金)夜の会食で、箸も持てないこの手の状態を見て、それでも試合に出ようとしている私の蛮行を、筑摩書房の増田健史さんは「理解不能です」とあきれ顔で言ったのだった。
・ それでも、テーピングで固めて出場するつもりだったからこそ、減量を最後まで全うし、前日計量にも向かったのだった。膝の状態(半月板の後遺症)に加えて、二重苦になってしまったと思っていたところに、最後になって発熱。これは「出るな」というお告げだったのだろう。
・  現在、まだ静養中です。

・ 出場していれば、画像のような「還暦表彰」を受けるはずでした。

・ 私の代理で還暦表彰を受け取ってくれたのは、SKアカデミー随一の筋肉マン・須藤さん(まだ30代後半!)だったそうです。ありがとうございます。
【2018年1月24日記】

◎ 2018年1月20日(土) 「計量パス」
・ 前日計量。
・ フレッシュマンズ部門・Division B (46歳以上)・58kg級を、57.4kgでパス。
・ 結局12月あたまに減量を開始して、7kg落としたことになる。
・ 減量だけは順調でした。あとは色々悪条件が重なっているのですが、試合が終わってから書きます、
【2018年1月20日記】

◎ 2018年1月19日(金) 「寄付(思い出)」
・ 「niconicoffee 哲学科に7500万ドル(約82億5千万円)の寄付を約束 投資家ビル・ミラー氏
・ この記事を見て思い出したことがある。かつて伊藤和夫先生が、死期が近づいてきたときに、遺産の使い方を考える過程で相談を受けたことがあって、東大哲学科に数億円を寄付するという案も選択肢の一つとしてあった。実際、私は伊藤先生の依頼を受けて、東大文学部の事務に足を運んで、問い合わせたこともあった。大学院生風情の私が話に行ったせいかもしれないが、あまり真面目に受け取ってはもらえなかった記憶がある。伊藤先生の東大哲学科に対する想いは、複雑なところもあったし、別の選択肢を選ぶ結果となった。
・ この他にも、伊藤和夫先生との会話の中で出て、しかし実現しなかった「遺産の活用方法」もあった。毎年優れた受験参考書を選んで賞を出したり、執筆を援助するような財団等を作って、伊藤英語や予備校文化の研究や継承に資する組織にしていく… 。この件は、当時、大島保彦氏・福崎伍郎氏たちにも話してみたことがあったと記憶している。
【2018年1月19日記】

◎ 2018年1月9日(火)・11日(木)・12日(金) 「一月第二週」
・ 今週は、大学レスリング部の練習に9日(火)と11日(木)の二回参加。学生たちが最後の補強運動をやっている間(10分〜15分)、集中的にいくつもの寝技をかけ続けて抵抗してもらうという「贅沢な時間」を、一年生の土屋君に相手をしてもらって過した。そのおかげで、グラウンド技に関する新しい気づきあり。この気づきに基づいて、実験と検証と修正を続けてみるつもり。
・ 私が担当していた心理学科の学生が、卒論を無事に提出。永井均の独在論と平山朝治の同一不二論の比較を通して、存在論的な孤独について考察したもの。
・ 12日(金)夜、筑摩書房の増田健史さんと会食しながら、『現実は神である(仮)』の執筆について、第一回目の相談。
・ 私がケガを抱えたまま試合に出ようとしていることを、増田さんは自分のことのように心配していて(ビビっていて)、無頓着(?)無謀(?)な私の態度を「理解不能です」と一言。「でも、そういう人だからこういう本(『相対主義の極北』など)を書けるわけで・・・」という追加発言もあり。
【2018年1月13日記】

◎ 2018年1月6日(土) 「skの初練習/グリップ」
・ 夕方17:00〜19:00、skアカデミーの今年最初のレスリング練習に参加。
・ お二人(Tさん・Kさん)との2本ずつやったスパーリングが対照的な展開。
・ Tさんとは、組み手争いやポジショニングでほぼ時間が尽きてしまって、互いにポイントの取れないまま終わる。強いてよい点を捜せば、壁際で体勢を崩させて終了した一本目のシーンと、ローシングルをキャッチしたところで終了した二本目最後のシーン。
・ Kさんとは、タックル切りからのグラウンドの展開では、ほぼ完璧にコントロールすることができて、かけたい寝技も三・四種類試して全てポイントをとることに成功。

・ 座学中に考えていること(こうやったらどうなるかや、こんなことできるか)を、実際の練習の中で試せる機会というのは、なかなか訪れない。また、試せないまま時間が経ってしまうと、課題そのものを忘れてしまうこともある。
・ そのような課題の一つに、「左右の技の切り換えと両手のグリップの組み換え」というのがあって、まだ試せていない。
・ たとえば、ゲーブル・グリップを単純に左右転換するならば、右手手前・左手手前の組み換えになるだろうが、そのやり方とリスト・グリップによる一方の手(のみ)の裏返し・表返しによる組み換えは、どのような効果の違いがどれくらいあるのだろうか。
・ どの技の場面でそれを比べるか(ガッツレンチ(ローリング)かアンダーフックからのヘッドロックか等)によっても違うだろうし、腕(かいな)の返しの効果や押しの力・引きの力の働き方などによっても変わってくるだろう。
・ 手印(密教などで両手の組み合わせで形作るしぐさ)にも似て、組み技系格闘技におけるグリップの組み方には、種々のバリエーションと意味や効果があって、興味が尽きない。
【2018年1月7日記】

◎ 2018年1月6日(土) 「友人」
・ Wikipedia の今野真二君の記述に、私と阿部嘉昭君が出てくる。
・ 「今野 真二(こんの しんじ、1958年 - )は、日本の日本語学者、清泉女子大学教授。神奈川県鎌倉市生まれ。神奈川県立湘南高等学校の同級生に入不二基義や阿部嘉昭がいる・・・」https://ja.wikipedia.org/wiki/ 今野真二
【2018年1月6日記】

◎ 2018年1月4日(木)「二部練?/参拝」
・ 昨晩は、31日から帰省している三男(25歳)と、しばらくぶりに自宅リビングにて部分的なレスリング(アップと組み手争いや寝技のかけ合い)をやって汗びっしょり。午後練と合わせて「二部練」みたいだった。おかげで、翌朝体重はいよいよ58kg台へ。
・ 4日午前中は恒例の世田谷八幡宮へお参りに出かける。まだ参拝客は多く、賑やかな女子高校生軍団と保育園児の団体にも遭遇。
【2017年1月4日記】

◎ 2018年1月3日(水) 「初練習」
・ セントメリーズインターナショナルスクールでのレスリング午後練習へ参加するために、箱根駅伝4連覇をまだ確認できずに、車で出発。
・ skアカデミーの会員も何人も来ていて、カニベックさんとも久しぶりに会えた。misdirectionを利用したタックルの打ち込みや後方へのがぶり返しの技研をカニさんと。スパーは吉川さんと(ダブルがぶりになるシーンがあった)。
・ 掛け声(もちろん英語)や補強器具を使った4種の最後のサーキット(腰に付けたトレーニングチューブに逆らって前進/バトルロープを上下して波立たせる運動/パワーバックを使ったsprawlとshot/ゴムチューブを使ったスクワット)が、とても高校生の部活っぽかった。
【2018年1月3日記】

◎ 2018年1月1日 「文武揺動」
・ 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年は、年男(戌)で還暦を迎えます。
・ レスリングを始めてから8年が経つけれど、昨年はケガの後遺症のために不十分にしか練習ができなかった。にもかかわらず、この1月の全日本マスターズレスリング選手権試合にエントリーしていて、減量進行中。
・ 前回は60.2kgスタートからの−5kg強の減量(55kg級)だったのが、今回は65.5kgスタートからの−7kg強の減量(55kg級消滅/58kg級)。このスタート地点の「後退」は、練習量の少なさと、そのストレスから来る食べ過ぎが原因だった。
・ レスリングが十分にできなかったおかげで(?)、論文「現実性と潜在性」(『現代思想』2017年12月臨時増刊号・総特集=分析哲学、所収)を書くことに集中できたし、さらに新著『現実は神である』(仮題)を書く気にもなった。
・ 文武「両道」は難しく、文武「揺動」「両天秤揺動的な交代」がせいぜいの所。
・ 今年も「揺動」を上手く乗りこなして行きたい。
【2018年1月1日記】

2017年の身辺雑記(メモ)

2016年の身辺雑記(メモ)

2015年の身辺雑記(メモ)

2014年の身辺雑記(メモ)

2013年の身辺雑記(メモ)

2012年の身辺雑記(メモ)

2011年の身辺雑記(メモ)

2010年の身辺雑記(メモ)

2009年の身辺雑記(メモ)

2008年の身辺雑記(メモ)


ここは最初に表示されるページです。

フリーエリア






※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


著書


2017『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(ぷねうま舎)


2017 『現代哲学ラボ 第4号: 永井均の無内包の現実性とは?[Kindle版](哲楽編集部・編)


2016 『現代哲学ラボ 第1号: 入不二基義のあるようにありなるようになるとは? 』[Kindle版](哲楽編集部・編)


(カバー+オビ 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


(カバー+オビ 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(表紙 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


2013『子どもの難問』(野矢茂樹編著、中央公論新社)<私の執筆は二編>


2013『英語で読む哲学』(編著、研究社)


2012『哲学の挑戦』西日本哲学会・編、春風社)


2011『Q〜わたしの思考探究〜 (共著、NHK出版)


2010『<私>の哲学を哲学する』(共著、講談社)


(カバー 帯なし)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)

↑(帯をとると上のようになります)


(カバー+帯)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)



2009 ちくま学芸文庫版『相対主義の極北』(筑摩書房)



2007 『哲学の誤読 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)



2007 『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)



2006 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版, シリーズ・哲学のエッセンス )






2002 『時間は実在するか』(講談社現代新書)




2001  『相対主義の極北』(春秋社)



1993  『<思考する>英文読解』(駿台文庫・絶版)

Wiki内検索

管理人/副管理人のみ編集できます