これは入不二基義(いりふじ・もとよし)のWikiです




2019年全日本マスターズレスリング選手権大会・青のシングレット(左)が入不二


第18回 全日本マスターズレスリング選手権試合 F(61歳〜65歳)58kg 入不二第技邱


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講談社のHPの『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』(講談社)の紹介ページ

研究社のHPの『英語で読む哲学』(研究社)の紹介ページ

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講談社のHPの『<私>の哲学 を哲学する』(講談社)の紹介ページ

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告知
(以前に告知したものは、こちら→以前の告知にあります)

◎ 入不二基義『現実性の問題』(筑摩書房)
2020年8月8日発売

装幀と目次の紹介動画


筑摩書房 『現実性の問題』スペシャルページ




【2020年8月8日記】

◎ NPO法人スポーツ指導者支援協会作成の「ざまあみやがれ シニアアスリートの新しき挑戦 入不二基義編「レスリング」」が完成しました。


スポーツ経験のなかった大学教授が51歳にしてレスラーになった!
 
青山学院大学教授の入不二基義さんは、それまで格闘技の経験がないだけでなく、スポーツ経験もほとんどなかったが、キックボクシングで勝利をおさめた息子さんの姿を見て、レスラーを目指したくなったという。普通なら、50歳を越えて初めてレスリングの世界に飛び込むなどあり得ない話だろう。58歳になった今の目標は68歳まで続けることだというが、世代を超えた仲間との出会い、ライヴァルとの闘いをもっとも楽しんでいるのは、新しい世界に挑戦し続けている彼自身にちがいない。

【2017年4月23日記】


公開原稿
2018年東北大学入試 国語【一】コメントと解答例(©入不二基義)

機チ澗療なコメント
供セ笋硫鯏例と設問へのコメント
掘ヅ賈迷膤悗痢崕仟螳嫂泙塙嵒勝
検ジ軻匹砲弔い討離灰瓮鵐
(東北大の入試で使われた私の文章(「私たち」に外はない)を筆者自身が解説し、設問に答え、予備校が作成した解答例を検討するという「変な文章」です。)
「現実の現実性と時間の動性」 in 『哲学論叢』第44号, 2017(京都大学哲学論叢刊行会), pp.1-15.

編著『英語で読む哲学』(研究社)の「はじめに」の部分

「概念を動かしてみる」東京書籍 ニューサポート 高校国語vo.22 特集「大学への国語」

「映画『Love Letter』の図書室」(青山学院大学図書館報AGULI 86号(2009.11.01)特集「図書館での出会い」):『足の裏に影はあるか?ないか?』に載せたエッセイの補遺みたいなエッセイ  

「 中島敦『山月記』『名人伝』」(青山学院大学図書館報AGULI 75号(2006.11.1)特集「お薦めの本」): 野村萬斎らによる芝居「敦ー山月記・名人伝」を観た直後だったので書いたエッセイ     

「「語りえぬものを語る」ことで語られないこと―相対主義・他者・相貌・自由―」(What is not Spoken of in “Speaking of the Unspeakable”― Relativism, Others, Aspects, and Freedom―)<哲学雑誌『語りえぬもの』(有斐閣)第127巻第799号, 2012年所収予定原稿>

「無についての問い方・語り方―「無ではなくて存在」ではなく―」(The Way of Speaking of Nothingness ― It is NOT that there is something rather than nothing.)Heidegger-Forum Vol.6, 2012.pp.22-37.所収)

田島正樹著 『神学・政治論 政治哲学としての倫理学』(勁草書房)へのコメント(2010年3月28日(日)cogito研究会,学士会館)
なお、ララビアータ(田島正樹の哲学的断想)の2011年06月22日に、上記コメントへの田島さんの応答・再批判があります。

「私の死」と「時間の二原理」」(『時間学研究』第3巻,山口大学時間学研究所,pp.15-28,2009年3月31日発行・10月に公刊)=|AA|

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「「論理」をはみ出していく「現実」」(『心理臨床研究』第9巻巻頭言, 青山学院大学大学院文学研究科付置心理相談室発行, 2009年3月発行) 註:この原稿は、『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想』(朝日出版社)所収のエッセイ「あるパズル」の続編として書かれている。「あるパズル」の後に読んでいただく方が、いっそう分かりやすいと思われる。

「プロタゴラス説のあるべき姿」(『ギリシャ哲学セミナー論集』Vol. III /2006, pp.15-30.)


身辺雑記(メモ)

2022年9月7日(水) 「ほう。/Nisus Writer Pro」

ほう。私にも黒田亘先生からの水脈を感じてくれる人がいるとは、少し嬉しい。


今日はNisus Writer Pro のセクションの使い方がよく分かった。

Solo Writerの頃から使っている。今回Pro 3になって、次のOSでも使えるようになった。

別のセクションをページ内や次ページや偶奇数ページに設定して、段組等のスタイルをそのセクションごとに変えたり、註番号のふり方もセクションごとにリセットすることが、試行錯誤した後できるようになった。


【2022年9月7日記】


2022年8月31日(水) 「UlyssesのコールバックURL」
UlyssesのコールバックURLは、ページリンクとして使える。
でも、iOS版では共有にあるのに、Mac OS版では共有では出てこない。
optionを押しながらのコンテクストメニューで隠れていた選択肢が現れる(隠しメニュー?)。
⌃⌥⌘Cでもコピーできるが。

【2022年8月31日記】

2022年8月28日(日) 「Affinity Publisher 」

カーニング・トラッキング・行間調整を行うときに、パネルで数値をデジタルで確認しつつ、矢印キーの操作でWYSIWYGに連動させて結果を見られるのは、とても快適だと分かった。【Affinity Publisher】

【2022年8月28日記】

2022年8月24日(水) 「Explain Everything Whiteboard 」
私の授業には "iPad Pro + Explain Everything Whiteboard"が欠かせないが、 そのEEがMac上でも正式に使えるようになった。

M1チップのMacになってからは、iOSアプリでも動く(ものがある)ので、EEもそれで動かしてみたが、いまいちだった。正式にMac版が出て、しかもワンアカウントのまま利用できるので、とてもいい。

https://explaineverything.com/blog/news/introducin...

【2022年8月24日記】

2022年8月23日(火) 「自画像」

読者と学生という「鏡」に映った「自画像」と言えるかもしれない。


【2022年8月23日記】



2022年8月22日(月) 「よき読者あり」

【2022年8月22日記】

2022年8月19日(金) 「始まり方」

書き終わった「意識とクオリア」は、こんな始まり方です。


【2022年8月19日記】

2022年8月18日(木) 「執筆終了」

「意識とクオリア」の執筆終了。23000字越えの原稿になった。
註(20)では、平井靖史さんの名著『世界は時間でできている ベルクソン時間哲学入門』(青土社)に3500字のコメントを加えた。




【2022年8月18日記】




2022年8月8日(月) 「タイトルは元に戻した」
『〈私〉の哲学 を哲学する』(春秋社から復刊予定)の12年後のバージョンアップとして、『〈私〉の哲学 を更新する(仮)』(春秋社)の企画が進行中。そのアフターソート原稿を執筆中。タイトルはシンプルな「意識とクオリア」に戻した。


【2022年8月8時前記】

2022年8月7日(日) 「暗号を提示するかのように」
新たに身につけた指差し方(指の交差)に、こだわる孫。暗号を提示するかのように繰り返す、2022年8月6日(土)の夜。

【2022年8月7日日記】

2022年8月6日(土) 「構成更新」

入不二基義「意識とクオリア」

機セ峺性不全と再帰的な意識
-1 「何か」と受肉 -2 「何か」の不定性と志向性不全 -3 矛盾的二面性への問いと応答 -4 緩衝材としての再帰的な意識

供ゥ泪ぅ淵稿睚颪箸靴討離オリア
-1 意識からクオリアへ -2 クオリアの深化(潜行) -3 潜在性に特有の時間 -4 A変容にB変容を加える

【2022年8月6日記】

2022年8月2日(火) 「夢・読書・執筆」

就寝中に夢を見ること、小説を耽読すること、執筆に夢中になること、この三つは私によく似た気分をもたらす。「違う世界に入り込んで、その中で生きて動き回る」という感じ。なのに、終わる(醒める)とその世界の細部は忘れてしまう。それでも、その感じ自体とその世界特有の余韻が残り続ける。

いま『〈私〉の哲学 を更新する(仮)』(春秋社)用のアフターソート原稿「意識とクオリア(これも仮)」を執筆中なので、 ↑の夢見状態に入っている。

ワークショップの内容を書籍化する企画が進行中で、4人(永井均・入不二基義・青山拓央・谷口一平)が、さらにアフターソートの論考を書き加えます。
この本は、12年前の『〈私〉の哲学 を哲学する』の復刊(も春秋社)とペアです。

【2022年8月2日記】

2022年7月26日(火) 「現代思想 8月号 哲学のつくり方」
ようやく落手。
拙稿「たとえ哲学ではないとしても」の一頁目です。



【2022年7月27日日記】

2022年7月14日(木) 「目次一覧と表紙画像」

目次一覧とカバー画像が出ました。『現代思想』2022年8月号 特集=哲学のつくり方 -もう一つの哲学入門-
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3709


【2022年7月14日記】

◎ 2022年6月30日(木) 「駿台予備学校」
予備校講師としての私は、こんな授業をしていた(ようだ)。



【2022年6月30日記】

◎ 2022年6月29日(水)  「ベトナムの寺院」

ベトナムの寺院。ここにも「入不二」あり。


Chùa Phước Long
ベトナムの寺院・礼拝所

【2022年6月29日記】

◎  2022年6月19日(日)  「観戦と孫」

6月19日(日)は、息子たち3人も集まって、PPVでThe Matchを全試合観戦。
天心×武尊戦がこの日のリビングルームの「中心」に位置するわけだが、それに優るとも劣らず「中心」であり続けたのが、つかまり立ち歩きで移動し続ける9ヶ月の孫(長男の息子)の旺盛な移動欲。

【2022年6月21日記】

2022年6月17日(金) 「鈴木くん」

ふだん教員同士は「〇〇先生」と呼び合うことが多く、そうでない場合でも「〇〇さん」となる。しかし、相模原キャンパスの(非常勤)講師室でだけ、「入不二くん」「鈴木くん」と呼び合う関係が出現する(他の先生は「?」と思うかも)。鈴木くんは湘南高校時代の同学年で、鎌倉の近所に住んでいて、通学のバスも一緒だった仲なので、こうなる。彼は経済畑の最前線で活躍していて、青学の大学院にも教えに来ている。

【2022年6月17日記】

2022年6月11日(土) 「たとえ哲学ではないとしても」
某雑誌8月号(7月末刊行)の原稿を提出しました。タイトルは「たとえ哲学ではないとしても」です。
短めのエッセイ(9000字程度)ですが、自伝的とも自著解説的とも言えるような文章になりました。

「たとえ哲学ではないとしても」
1,幼年期のこと
2.身体と力
3.数や美味しいもの
4.情動の過剰
5.哲学と非哲学と哲学

【2022年6月11日記】

『現代思想』2022年8月号 特集=哲学のつくり方(仮)

哲学の本質とは何か?

「哲学する」とは、現代においてどのような形をとりうるのか、そしてどのような方向へ育ててゆくべきなのか。独創的な哲学者の思索、歴史上の多様な試み、アカデミズムに限らない場所づくりなど、知の営みを再活性化するために「哲学」を「哲学をつくる」という原初的な姿において捉え直す。

目次予定*【討議】千葉雅也+山口尚【寄稿】青山拓央/飯盛元章/岩内章太郎/入不二基義/黒田昭信/グレアム・ハーマン/河野哲也/小林卓也/胡屋武志/鈴木祐丞/永井玲衣/納富信留/原田まりる/堀越耀介/松井哲也/松川絵里/三木那由他/村松正隆/森岡正博/山内志朗/横田祐美子
【特別寄稿】M・ラリュエル「「ポスト2・24」のロシアはファシストか?」(訳=浜由樹子

http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3709

【2022年6月13日追記】

2022年6月11日(土) 「「老いと死の哲学的考察」を読んで 〜irifujingの考察〜」

読者による拙稿への感想文ですが、感想を超えて論文になっている大作です。

「「老いと死の哲学的考察」を読んで 〜irifujingの考察〜」
http://dialogue.135.jp/2022/06/11/irifujing/

【2022年6月11日記】

2022年6月10日(金) 「傍若無人」
伊藤和夫先生と古賀秀男先生の寛容さや若手育成の優しい視線のもとで隠れていても、私自身の「傍若無人」は当時も透かし見えていたのだろうか。
昨日、学生から「先生は傍若無人で、近寄りがたいですよね」と言われたので。

この場合の「傍若無人」は文字通りにとるのがよくて、「傍(かたわら)に人無きが若(ごと)し」です。かつこの場合、反実在論的な風味も加わって「気にしていないことは存在していないこと」になります。




◎ 2022年6月5日(日)  「補遺(続)」
まだ編集者と連絡が取れていないので、補遺として掲載できるかどうか未定ですが、補遺の文章をegwordの縦・二段組に流し込むとこうなります。

【2022年6月5日記】

◎ 2022年6月4日(土) 「補遺」
晶文社 note の拙論「老いと死の哲学的考察」に、次の画像のような「補遺」を加えようと思うのですが、どうでしょう。

【2022年6月4日記】

◎ 2022年6月4日(土)  「入不二基義「老いと死の哲学的考察」」

「老い」を潜在的な能力として位置づけ、「死」に対するエピクロス的な態度を高階化します。
https://note.com/shobunsha/n/n25f15f8de381


【2022年6月4日記】


2022年6月2日(木) 「的確な読み」


的確に読んで頂いている通り、純化された「魂」を「私・今を通じた〈これ〉性」と考えている点などは、『現実性の問題』と接続します。また、中間領域は潜在性の問題と繋がりますし、「離別と死別の問題」を「二人称・三人称の死」と繋げている点も、『現実性の問題』関連ですね。

【2022年6月2日記】

2022年6月1日(水) 「本日公開」

晶文社note に、拙論「老いと死の哲学的考察」が公開されました。
https://note.com/shobunsha/n/n25f15f8de381

【2022年6月1日記】

2022年5月31日(火) 「明日公開」

明日(6/1)の午前中に、晶文社 note(https://note.com/shobunsha/)で拙稿「老いと死の哲学的考察」が公開されます。
中央公論6月号掲載のインタビュー「老いと死の哲学的文法」を補完し拡張する原稿版(12000字程度)です。

目次
0. はじめに
1. 加齢と老いと老け
2. 年齢と能力と成果
3. 老いの文法から死の文法へ
4. エピクロス説の存在論化 (1)
5. エピクロス説の存在論化 (2)
6. 変形エピクロス説の「中間」
7. 中間と両極

【2022年5月31日記】

2022年5月25日日(水) 「山口大学にいた入不二」
入不二に係る「山口大学にいた」は、制限用法的にも非制限用法的にも読めますね。前者ならば他大学へ異動した入不二は好きではなくなり、後者ならば「山口大学にいた」は、その好きさには影響しない(偶然的な修飾要素)。そのどっちでもない読みも可能なのだろうか?

たとえば、「山口大学にいた入不二」は本質的に一体化した表現であって分離できず、制限的でも非制限的でもないような読み方。「山口大学にいた」ではない(それ以外の)状態がそもそも念頭になければ、制限的にはならないだろうし、本質的に一体化しているのだとすれば、偶然的な修飾語でもない。



こんな感じ。


更に話を進めると、
「制限/非制限」と「どちらでもない」のあいだにも、(『現実性の問題』の始発点問題、現実と論理の関係と同様の)先後循環的な関係がある。
「制限/非制限」から否定を経由して「どちらでもない」へ至る順序と、
「どちらでもない」という始源から、「制限/非制限」が分化して立ち上がるという順序。

【2022年5月25日記】

 2022年5月19日(木)  「電子書籍も出ています」

「加齢」と「老け」の間に文法的位置を持つ「老い」は、「年齢」と「成果」の間に文法的位置を持つ「能力」と重なります。
「老いは能力である。」
また、「死」についてのエピクロス説を変形する可能性を探ります。


https://twitter.com/chuko_denshi/status/1527104458...
【2022年5月19日記】

◎ 2022年5月17日(火)  「中央公論編集部のツイートより」

中央公論編集部のツイートより

『現実性の問題』(筑摩書房)などの著者・入不二基義さんのインタビューを6月号に掲載。「加齢」「老い」「老け」という3つの水準からアンチエイジングを考えることにはじまり……。ぜひご一読ください。聞き手は斎藤哲也さん。また、同インタビューの関連論考が6月には晶文社のnoteに掲載予定です。


https://twitter.com/chuokoron/status/1526375625274...


【2022年5月17日記】

◎ 2022年5月16日(月)  「 「老いと死の哲学的考察」の原稿提出」
論考「老いと死の哲学的考察」を本日提出しました。6月に晶文社 note で公開される予定です。

目次
0. はじめに
1. 加齢と老いと老け
2. 年齢と能力と成果
3. 老いの文法から死の文法へ
4. エピクロス説の存在論化 (1)
5. エピクロス説の存在論化 (2)
6.エピクロス説の「中間」
7. 中間と両極

【2022年5月16日記】

 2022年5月14日(土)  「老いと死の哲学的文法」
発売中の『中央公論』6月号に「老いと死の哲学的文法」というインタビュー記事(聞き手:斎藤哲也さん)が掲載されています。
「老い」に対して「加齢」「老け」とは異なる文法的位置を与え、「死」についてのエピクロス説を変形する道を探ります。
また、この記事を補完・展開する論考「老いと死の哲学的考察」(12000字程度)を晶文社 note に掲載予定です。




【2022年5月14日記】

 2022年5月10日(火) 「中央公論2022年6月号」
本日発売の『中央公論』6月号に、インタビュー記事「老いと死の哲学的文法」が掲載されています。



聞き手の斎藤哲也さんのツイートより。

本日発売の「中央公論」6月号で、入不二基義先生にインタビューしました。タイトルは「老いと死の哲学的文法」。

〈最も深い層にある「加齢」と最も浅い層にある「老け」との間で働き、諦めとあがきを行き来するのが「老い」の文法的な位置づけと言えるでしょう。〉

https://twitter.com/saitoshokai/status/15238825265...


大島保彦さん(駿台予備学校・英語科)が「老いと死の哲学的文法」を読んでくれた。

【2022年5月10日記】

2022年5月7日(土) 「告知」
【告知】インタビュー記事「老いと死の哲学的文法」(聞き手:斎藤哲也)が2022年5月10日(火)に出ます。
『中央公論』6月号 特集「老いと喪失、死と向き合う思想」です。



【2022年5月7日記】

◎ 2022年5月2日(月) 「渋谷 Bunkamura」

「ボテロ展」のあと、濱口竜介監督「偶然と想像」。
ボテロは体型よりも目つき(顔つき)がポイント。
「ドライブ・マイ・カー」もよかったが、私は「偶然と想像」のほうが更に好き。
そのタイトルのつけ方は絶妙であり、三話とも女優さんの魅力が十分に引き出されていた。
夕食はドゥマゴ パリ 。

【2022年5月2日記】

2022年5月2日(月) 「劇作家・演出家」
劇作家・演出家の方が拙著『あるようにあり、なるようになる』を読むと、こういう感想を持つようです。


【2022年5月2日記】

2022年4月30日(土) 「昨晩の会食」

【2022年4月30日記】


◎ 2022年4月28日(木)  「明日は通常授業」

明日はお休みではなく通常どおり授業。
でも夜は珍しい組み合わせでの会食が待っていて、楽しみ。

【2022年4月28日記】

◎ 2022年4月24日(日) 「アジア選手権」

青山学院大学レスリング部OBの成國大志君が、アジア選手権で優勝。
成國君、おめでとう!
彼は次のオリンピック出場を目指しています。

https://www.japan-wrestling.jp/2022/04/24/186903/


【2022年4月24日記】

2022年4月21日(木) 「校了」

インタビュー記事「老いと死の哲学的文法」のゲラチェックが終了して校了。
5月10日発売の『中央公論』6月号の特集記事の一つとして掲載されます。

【2022年4月22日記】


2022年4月17日(日) 「それでいいのだ」

https://twitter.com/irifuji/status/151569882328872...


【2022年4月17日記】

2022年4月16日(土) 「声の違い」

授業を復習用に録画しているから比べてみて分かったこと。オンラインと対面では、声の生き生き度が変わる。人を前にして喋るときの方が、声に気が入っているように聞こえる。こんなに違うのか!という感じ。

【2022年4月16日記】


◎ 2022年4月14日(木)  「授業形態」

霜栄氏の話では、彼の今年度の授業形態は、すべて対面かつカメラ収録有りのため、黒板の使える範囲が狭くなるそうだ。この2年間で予備校も大学も、それぞれ授業形態の変容が求められてきたわけだが、そのやり方が予備校と大学では、とても大きく違った。なぜなのだろうか?

大学はzoom等のオンライン会議システムを使い、リアル空間での授業を全面的に停止して、完全オンライン空間内に移動して授業をやった。しかし、予備校(とはいっても私の知る範囲内での駿台)はそうしなかった。予備校の場合には、真の意味でのオンライン化ではなくて、生の授業を核にして、教室からリアルタイムで、あるいは収録して配信した。オンライン・システム(Atama +とか?)を利用するとしても、それは付加価値的な要素であって、授業自体はそれとは独立的であるように見えた。

この大きな違いは、どうして生じたのだろうか?あるいは、どういう意味を持つのだろうか?このような疑問は、すでにコロナ禍が始まった2年前から感じていた。それはそれとして、私自身は「オンライン内包型対面授業」と呼んだ形態で今年度をスタートしている。

【2022年4月14日記】

◎ 2022年4月12日(火)  「対面授業でもZoomが生きる」

対面授業の中でも 、zoomを組み込んで共有画面等を使うといいことが分かった。プロジェクター・スクリーンが遠くて見にくい場合には手元で鮮明なものを見てもらえるし、スクリーンショットも取れる。また、録画で残しておけば復習用に提供できる。

対面授業に戻ったからといって、この2年で身につけた技術をぜんぶチャラにする必要はないのだ。「遠くに行って戻ってきて、ちょっと違う地点に戻る」。これって、「ドライブ・マイ・カー」のモチーフの一つでもあるよな。

いわゆる「ハイブリッド」とも違う。対面受講 or オンライン受講のどちらか(どちらでも)選べるという型ではなくて、対面受講かつオンライン受講というか、対面受講の内にオンライン受講が内包されているという型ですね。

とりあえず、「オンライン内包型対面授業」と呼んでおこう。

【2022年4月12日記】

◎ 2022年4月11日(月) 「重版」
『哲学の誤読 ─ 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)は、重版されます(第5刷)。
7月には、この本の第二章をテキストにしたレクチャーを、「新青天白雲塾(https://www.fushikian.jp/program/seiten/ )」で行う予定があります。



【2022年4月11日記】

◎ 2022年4月10日(日) 「発表予定」

拙稿「老いと死についての哲学的文法」は、最終的に10000字を超えました。晶文社さんのページで、6月に公開予定です。その前に来月10日前後には、この原稿の内容と関連する老いと死についてをテーマにしたインタビュー記事が、『中央公論』6月号(5月刊)に載る予定です。

「老いと死についての哲学的文法」は以下のような節構成になりました。

1. 加齢と老いと老け
2. 年齢と能力と成果
3. 老いの文法から死の文法へ
4. エピクロス説の存在論化(1)
5. エピクロス説の存在論化(2)
6. 変形エピクロス説の「中間」
7. 中間と両極

元々インタビューの依頼が先にあって、その準備のために考えを巡らしていたら、一気に書きたくなって原稿ができてしまいました。

【2022年4月10日記】

◎ 2022年4月9日(土) 「こんな日もありました」
こんな日もありました。
2001年12月9日、藤井淑禎・茂木健一郎・永井均の三氏を招いての山口大学時間学研究所主催講演会(司会:入不二基義)


【2022年4月9日記】

◎ 2022年4月7日{木} 「掲載先決定」

原稿「老いと死についての哲学的文法」(9000字程度)を掲載できる媒体を探しています、とツイートしたら、すぐに晶文社の編集者からレスがあって、掲載先が決定。


【2022年4月7日記】

◎  2022年4月6日  「まとめサイトとお知らせ(復刊と書籍化)」
Notionでまとめサイト作成中。

https://record.jp/irifuji

哲学ワークショップ(私・今・現実)は、春秋社から書籍化される方向で話が進行しています。
その刊行より前に、『〈私〉の哲学 を哲学する』も同じく春秋社から復刊される方向で話が進行しています。

https://twitter.com/irifuji/status/151169863588863...

二冊は繋がりを持たせたい、という意図が著者たちにあります。

【2022年4月6日記】

◎ 2022年4月5日(火) 「5年前」
5年前は、前期開始前にこんな小旅行をしていたのに、昨年も今年もどこにも出かけていない。
写真は、箱根の福住楼(左上)と富士屋ホテルカフェ(左下)、三嶋の源兵衛川(右)。


2022年3月31日(木) 「原稿: 老いと死についての哲学的文法」

原稿のほうは、タイトルは「老いと死についての哲学的文法」にして、9000字程度に増えた。哲学エッセイ的な文章になった。

1. 加齢と老いと老け
2. 年齢と能力と成果
3. 老いから死へ
4. エピクロス説の存在論化(1)
5. エピクロス説の存在論化(2)
6. 変形エピクロス説の「中間」
7. 中間と両極

【2022年3月31日記】


◎ 2022年3月30日(水) 「インタビュー終了」

中央公論誌のインタビュー終了。予め書いていた原稿とはいくぶん構成を変えて、読みやすくなるように喋った。
私的タイトルでは「老いと死の哲学的文法」と言う話。5月に出る予定です。

原稿(8000字程度)のほうは、インタビューとは別に、発表の機会が得られたら別途公刊します。

・ 加齢と老いと老け
・ 年齢と能力と成果
・ 死に関する時間と人称
・ エピクロス説の特徴と更なる問い

という話をしました。

【2022年3月30日記】

◎ 2022年3月27日(日)  「比較すると」

離別と死別の話が、他者(二人称と三人称)の死に関わるのに対して、今回書いた「老いの文法、死の非在」はエピクロス説的な私(一人称)の死を扱っている。

https://twitter.com/irifuji/status/150793974556062...


【2022年3月27日記】

2022年3月26日日(土) 「老いの文法、死の非在」


某総合誌でのインタビューなのですが、この内容を軸にインタビューしてもらえそうです。
原稿(6000字程度)はすでに完成済みなので、インタビュー記事が出たあとになりますが、機会があれば発表します。

【2022年3月26日記】

◎ 2022年3月23日(水)  「考案中」
老いと死をテーマにしたインタビューを受ける予定なので、「老いの文法、死の非在」という話をしようと考え中。

【2022年3月23日記】

◎ 2022年3月18日 「永井均先生古希記念ワークショップ: 私・今・現実」
本日の永井ワークショップでの私の発表動画です。
「〈 〉についての減算的解釈 ──永井の独在性から入不二の現実性へ」



【2022年3月18日記】

2022年3月14日(月) 「お二人の原稿」

金曜日のイベントで登壇する青山拓央さんと谷口一平さんの発表原稿を読ませてもらった。どちらもとても興味深い論考で、言いたいことがいくつも湧いてきた。私を入れた三人の論の「組み合わせ」が絶妙だとも感じた。参加視聴する方は、期待していて下さい。

【2022年3月14日記】

◎ 2022年3月13日(日) 「YouTube Liveもあるかも」
第17回哲学ワークショップ「永井均先生古希記念ワークショップ:私・今・現実」(3月18日金曜日・13:30〜17:00)
ですが、zoom参加(定員300名)はすでに締め切っているようです。そのため、YouTube Live でも配信することが検討されています。申し込んでいない方も、視聴できるかもしれません。
YouTube Liveは検討されていますが、アーカイブとしては残さないという申し合わせになっています。しかし、私自身の発表動画(だけ)は、イベント終了後に自分のチャンネルで公開しようと思っています。ぜひ、そちらからご視聴下さい。


イベント終了後に、こちら↓で私の発表動画
「〈 〉についての減算的解釈 ─永井の独在性から入不二の現実性へ」
を公開します。

https://www.youtube.com/channel/UClfgg1TO328_w_jC2...

ちなみに、こちらのチャンネルでは、2021年10月30日(土)哲学会ワークショップでの私の発表動画「「離別と死別」の伏線は『現実性の問題』においてどう回収されたのか」も公開しています。

https://youtu.be/bkva4hSYZqg

【2022年3月13日記】

2022年3月10日(木) 「東大合格発表の日」

・ 今日は東大の合格発表の日なので、12年前の2010年3月10日(水)のメモより再録。
・ たかが大学受験の合格だったとはいえ、あのリスタートが成功したからこそ、今の私がある。されど大学受験である。


2010年3月10日(水)
・ 今日は、東大(前期)の合格発表の日。30年ほど前の合格発表の日、私も午後1時すぎに東大本郷の掲示板の前に立っていた。

・ 高校卒業後、大学へ行かず(行けず)同棲生活をしていた私は、彼女だけを働かせて、自分は一日中まったく何もせず公園のベンチなどで寝ころんで過ごすような、自堕落な生活へと陥っていった。

・ この状態から抜け出すため、まずは大学へ行こうと思い直し、一年後の受験を目指して予備校(駿台)に通った。このとき出会った年下の二人の友人に牽引されて、久しぶりに勉強に打ち込んだ。ブランクがあるためしばらくはきつかったが、10月には全国で二桁の順位を出せるところまで回復した。二人の友人をはじめ周囲の19歳にとって、女と同棲中の風変わりな年上の受験生は、興味を引く存在のようだった。

・ 東大合格発表の日、私は同棲中の彼女といっしょに出かけた。合格している自信があったからいっしょに出かけたのだが、使い慣れているはずの新宿駅でホームを間違えそうになるくらいに、緊張していて心ここにあらずという状態だった。

・ 当時は受験番号だけでなく、名前もいっしょに張り出されていた。二人の友人のうちの一人は、同じ文三を受験していて、名前が同じく「い」で始まるので、自分と私の名前を私よりも早く見つけて、歓喜のあまり抱きついてきた。もう一人の友人は、文一を受験していたが、知らないあいだに去っていて不合格だったことが分かった。今では、前者の友人は某国立大学の言語学の教授に、後者の友人はその後法学から医学に転身して、某私立大学の環境医学・疫学の教授になって、それぞれ活躍している。

・ あの合格があったからこそ、その後、私と彼女の同棲生活も、新しい段階へと進むことができた。


まともな生活に戻ることを期して通った駿台で、今度は(大学院生のときに)教える側に回ることになった。今度は彼女と役割を交代して、私のほうが稼いだ。しかも、かなりの額を!そのおかげで、大学院生なのに息子三人を養うこともできた。

【2022年3月10日記】

2022年3月4日(金) 「なるほど」
なるほど。


【2022年3月4日記】

◎ 2022年3月3日(木) 「なかなか勘のいいツイートです」

【2022年3月3日記】

2022年2月17日(木) 「第17回哲学ワークショップ「永井均先生古希記念ワークショップ:私・今・現実」」

第17回哲学ワークショップ「永井均先生古希記念ワークショップ:私・今・現実」

参加申込みフォーム

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSe882YB-S...

プログラム
http://dep.chs.nihon-u.ac.jp/philosophy/20220318.p...

主旨説明(13:30-13:40)
入不二基義「〈 〉についての減算的解釈 ──永井の独在性から入不二の現実性へ」(13:40-14:20)
青山拓央「他者と独在論」(14:20-15:00)
谷口一平「ゾンビに語りうることと、A変容」(15:00-15:40)
休憩(10分)
リプライと議論(15:50-16:20)
全体討論(16:20-17:00)


【2022年2月17日記】

2022年2月4日(金) 「告知 永井均先生古希記念ワークショップ:私・今・現実」

【告知】
2022年3月18日(金)13:30〜17:00に、以下のワークショップが予定されています。オンライン(Zoom)開催で、事前申し込み制になります。

日本大学文理学部人文科学研究所第17回哲学ワークショップ
「永井均先生古希記念ワークショップ:私・今・現実」

発表者・発表タイトル等は、以下の通り。

主旨説明(13:30-13:40)
入不二基義「〈 〉についての減算的解釈 ──永井の独在性から入不二の現実性へ」(13:40-14:20)
青山拓央「他者と独在論」(14:20-15:00)
谷口一平「ゾンビに語りうることと、A変容」(15:00-15:40)
休憩(10分)
リプライと議論(15:50-16:20)
全体討論(16:20-17:00)

【2022年2月4日記】

2022年2月4日(金) 「『現代思想』大森荘蔵特集のアマゾンレビュー」

『現代思想』大森荘蔵特集のアマゾンレビュー。
永井均・入不二・中島義道に言及しているが、最後の中島義道パートが秀逸で、中島義道格好いい。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3S9H...

【2022年2月4日記】

2022年1月19日(水) 「告知前」
もう少ししたら告知できると思いますが、

「〈 〉についての減算的解釈 ──永井の独在性から入不二の現実性へ」

という発表をする予定があります。

要旨:
永井均『世界の独在論的存在構造 哲学探究2』(春秋社)の第5章「フィヒテの根源的洞察から「一方向性」へ」内の二つの節の読解と考察を通じて、現実性の問題をめぐる永井と入不二の考え方の異同と連関を取り出してみたい。採り上げる二つの節は、第5章内の「〈私〉と〈今〉を〈現実〉から峻別する」と「〈経験的・超越論的〉二重体の真実── 一方向性へ 」である。前者の節に対しては、減算的な段階としての現実性についての考察を加え、後者の節に対しては、「一方向性」に対する減算的な考察を加える。

【2022年1月19日記】

2022年1月13日(木) 「ブログ」

「懐疑論・検証主義・独我論から独現論へ」について書かれたブログを見つけた。
よく読み込んでくれている。
https://note.com/ro_do_sha/n/nfaddbf4e6b9e


↓ここ。著書の意図を見抜いている。

「ただ、入不二の本テキストは通常の論文として書かれており、脚注の中で大森の哲学に触れているにとどまっている。大森とは直接関係なく、入不二の哲学が開陳されていると言ってもよい。ただ、実は大森らしさを最もよく表しているのかもしれない。大森は常に、他人の哲学ではなく、自分の哲学をしていたと伝えられる。そして、入不二もまた、この特集号で同じことをしてみせたのかもしれない。」

【2022年1月13日記】

◎ 2022年1月8日(土)  「銀座」
昨晩は湘南高校時代の友人3人で集まり、検事を退官した友人を労う。
(私には珍しく)銀座のバーを二軒はしご。

一件目:ペントハウスガーデン(https://bar-navi.suntory.co.jp/shop/0355680655/
二件目: 会員制バー おかえりなさい さつま二(http://okaerinasai-satsuma2.com


【2022年1月8日記】

◎ 2022年1月4日(火)  「じんぶん堂の記事」
2022.01.04
人文書売り場における「プロレス」的エッセイたち 紀伊國屋書店員さんおすすめの本



私関連は、この箇所。


まだまだ他にも……「プロレス」的な人文書

 ここでは書ききれなかったが、他にも人文書売場にある「プロレス」の関連本としては、

・入不二基義氏の『足の裏に影はあるか?ないか?』(付論に「『ほんとうの本物』の問題としてのプロレス」を収録)
・千葉雅也氏の『意味がない無意味』(最終章に「力の放課後──プロレス試論」を収録)

がある。

 また、プロレスではないが入不二基義氏は自身でレスリングをされており、その体験をまとめた本が『51歳でレスリングを始めた哲学者が10年間で考えたこと』としてぷねうま舎から出版される予定である。偶然、ぷねうま舎に電話をかける機会があったのでいつ出版されるのか聞いてみたところ、2022年中には出版される予定とのことだ。こちらも是非楽しみにしておいてほしい。

【2022年1月4日記】

◎ 2022年1月2日(日) 「元日の爺と孫」

謹 賀 新 年
 新年を迎え皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます

コロナ禍二年目となる2021年最大の慶事は、
長男夫妻に第一子(男)が誕生したことです。
私たち夫婦にとっては初孫となります。
昨年の主な仕事としては、十月末に東大・哲学会で発表(ワークショップ)を行い、十一月末に論文「懐疑論・検証主義・独我論から独現論へ」が『現代思想』十二月号に掲載されました。 
また、「概念の脈動性を活写する」と題した哲楽インタビューを受けました。
https://philosophy-zoo.com/archives/6762
でお読み(ご視聴)いだだけます。
2022年 元旦



【2022年1月2日記】

2021年の身辺雑記(メモ)

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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


著書


(別丁扉)
2020『現実性の問題』(筑摩書房)


表紙(正面+背)
2020『現実性の問題』(筑摩書房)


(カバー 平面)
2020『現実性の問題』(筑摩書房)



(カバー 立体)
2020『現実性の問題』(筑摩書房)


2019『運命論を哲学する』(森岡正博との共著、明石書店)


2017『香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』(ぷねうま舎)


2017 『現代哲学ラボ 第4号: 永井均の無内包の現実性とは?[Kindle版](哲楽編集部・編)


2016 『現代哲学ラボ 第1号: 入不二基義のあるようにありなるようになるとは? 』[Kindle版](哲楽編集部・編)


(カバー+オビ 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 立体)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


(カバー+オビ 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(カバー 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)

(表紙 平面)
2015『あるようにあり、なるようになる ─運命論の運命』(講談社)


2013『子どもの難問』(野矢茂樹編著、中央公論新社)<私の執筆は二編>


2013『英語で読む哲学』(編著、研究社)


2012『哲学の挑戦』西日本哲学会・編、春風社)


2011『Q〜わたしの思考探究〜 (共著、NHK出版)


2010『<私>の哲学を哲学する』(共著、講談社)


(カバー 帯なし)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)

↑(帯をとると上のようになります)


(カバー+帯)
2009 『足の裏に影はあるか?ないか? 哲学随想 』(朝日出版社)



2009 ちくま学芸文庫版『相対主義の極北』(筑摩書房)



2007 『哲学の誤読 入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)



2007 『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)



2006 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版, シリーズ・哲学のエッセンス )






2002 『時間は実在するか』(講談社現代新書)




2001  『相対主義の極北』(春秋社)



1993  『<思考する>英文読解』(駿台文庫・絶版)

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