切り札を、手に入れた――
これで勝てる。
これさえあれば――

彼女は、そう確信した。


「おっはよーでやーんすっ、ピアニィ様〜!」
上機嫌でピアニィの客間の扉を開け、ベネットは挨拶した。
「おはようございます、ベネットちゃん♪ 朝早くにどうしたんですか?」
ブラウス姿のピアニィもにっこりと応じる。傍らでは、ヤンヤンがいつものローブを咥えて浮いている。
「いや〜ハハハ、ピアニィ様のお支度をお手伝いしようと思ったんでやんすよ〜」
太鼓もちの如く揉み手をしながら、ベネットは鋭い目でピアニィの様子を窺う。――切り札を、効果的に使うために。
そしてその目が、ピアニィに起きたひとつの変化を探り当てた。
――間違いない…コレでイケるでやんす!
確信したベネットは、ピアニィの背後に慎重に歩みより…

むにっ。
「ややっ、ピアニィ様! なにやら胸がでっかくなったんじゃないでやんすか?」
もにもに。もみもみ。

「――――っっ、ちょ、ちょっとベネットちゃんっ!?」
背後から胸を揉まれ、ピアニィが狼狽した叫びを上げる。身をよじり逃れようとするが、ベネットの身のこなしがそれを許さない。
「く、くすぐったいからやめて…っ、大きくなんてなってないから…っ!」
「イヤイヤイヤ、この揉み心地は間違いなくCカップ…! メルトランドに来る前よりワンサイズは増えてるでやんす!」もにもにもに。
この世界にカップサイズの概念はないだろう、という心のツッコミを他所に、ベネットはピアニィの胸を揉み続ける。
「さーぁ姫さん、白状するでやんす! 一体誰とどんなことをして胸が大きくなったでやんす〜!?」むにむに。
「そ、そんなの知りません! もぅ、ベネットちゃんやめて…っ」
――むぅ、なかなか強情でやんすな…
なかなか口を割らないピアニィに、焦れたベネットは切り札をちらつかせる。
「しらばっくれてもムダでやんすよ〜? 昨日の中庭の事、ネタは上がってるでやーんすっ!」もみもみもみ。
「―――っ!! ベ、ベネットちゃん、見てたの…っ!?」
《ブルズアイ》――まさにど真ん中を打ち抜かれ顔色を変えるピアニィに、ベネットはにやりと笑う。
「ふっふっふ、あっしはなんでもお見通しでやんす。お望みなら昨日見たものを事細か〜に再現するでやんすよ?」
「―――……………っ」
その言葉に、ピアニィはがくりと項垂れる。
――…勝った! あっしの勝利でやんす!
内心で快哉を叫びながら、ベネットはうつむいたピアニィの正面に回る。
「ささっ姫様♪ あっしと閲覧者の皆様の好奇心の為に、昨夜の出来事を洗いざらい白状するでやんす♪」
なにやらメタな事を言いながら、ベネットはウキウキとメモ帳を構える。
うつむいたままのピアニィが、震える唇をわずかに動かした。
「――……ア……」
「あ?」
にこにことベネットが聞き返したその瞬間。





「――――――《アヴェンジ》」






ピアニィのスキル使用宣言と同時に、ベネットの周囲を凄まじい雪嵐が吹き荒れた。
哀れ三下犬娘は、あっという間に一個の凍れる彫像と化した。

※    ※    ※

――まったくもう、ベネットちゃんったら…!
ぷんぷん怒りながら、ピアニィは氷漬けのベネットを残し部屋を出た。
早足で廊下を曲がると、目の前にはアルがいた。
「――っ、お、おはようございます、アル…」
「お、おう。おはよう姫さん…」
ほとんど反射的に挨拶を交わしたふたりに、この上なくぎこちない空気が流れる。
アルの顔を見た瞬間に昨晩のあれやこれやが甦ってきて、ピアニィは思わず顔を伏せた。
「…そうだ姫さん、ベネットの奴見なかったか?」
「――べ、ベネットちゃんですか? …えーと…」
さすがにたった今雪だるまにして来ましたとも言えず、ピアニィが視線をさまよわせると、アルは小さく溜息をついた。
「……やっぱりそっちにちょっかいかけてたか。…ベネット、不憫な奴…」
「ぅ。ふ、不憫って何が…」
「大方、中庭で見てたとか言って揺さぶりかけてきたんだろ? んで姫さんの《アヴェンジ》あたりで返り討ち。違うか?」
「…………」
まるで見てきたようなアルの言葉に、ピアニィは絶句する。
「まあ、こそこそ嗅ぎ回ってた奴にはちょうどいい薬だろ。それより姫さん――」
「あ、はいっ。わかってます、普通に――ですよね?」
ふつうふつう、と小さく言いながらピアニィは顔を上げる。――まだ誰にも、二人の関係は秘密にしなければならない。
「ああ。昼間は別行動だけど、油断はするなよ? 俺は先に出るから――」
そういって、立ち去ろうとしたアルの服の裾を。
ピアニィがきゅっと、両手で捕まえていた。
「――………ひ、姫さん…今、油断するなよって言ったばかりだろ…」
「―――――…普通にしますから……頑張りますから」
泣きそうな顔で囁いて、ピアニィは静かに顔を上げ、そっと瞼を閉じる。
「………………今だけ、だぞ?」
溜息混じりに囁きながら。
だけど、口元には優しい笑みを浮かべて。
アルはそっと、ピアニィの唇にキスをした――。


ちなみに。
その後、ピアニィ女王の客間で見つかったベネットは、
「寒い怖い寒い怖い寒い怖い」
と繰り返しており、昨夕からの記憶の一切を失った(本人申告)とのことである。
―――――合掌。



〜後記〜
きずあと、おまけです(笑)
ベネットちゃんの名前を使ったからにはちゃんと出しておきませんとね!!
つか、コキュートスで氷漬けは基本だと言い切っておく。

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