※はっぴーさまー☆フェスティバルの裏側です※



フェリタニア王都ノルウィッチで行われる、夏の祭り。
その知らせを聞いたアンソンが、気落ちする様子の多いナーシアを連れ出そうと考えたのも無理からぬことだろう。
だが、祭りに来てみれば―――

「あ、ホラ、ナーシア! あっちに輪投げの店があるよ!!」
「………見えてるから。そんなにはしゃがないで」
人ごみの中でうきうきと声を上げるアンソンを、ナーシアは呆れた様子でたしなめた。
他国からも人の集まる祭りゆえに、武装解除を求められ、『祭りのユニフォーム』として渡された異国の衣服に着替える。そこまでは良い。
入ってみれば、気落ちするナーシアを慰めるどころか、アンソン本人の方がよっぽどはしゃいで騒ぎ回っている。
それもまた、自分に落ち込むヒマを与えないための策略――とも思えないアンソンの浮かれように、ナーシアは大きく溜息をついた。
見下ろせば、紫の濃淡の地に咲き誇る牡丹の模様。
恐らくは、祭りの中で忙しくしているはずの女王を思い起こさせる薄紅の花は、ナーシアが人目で気に入った模様だった。
「ナーシア! こっち来てご覧よ、綺麗な魚がいるよ!!」
少し先の出店の前で手を振るアンソンも、淡い灰色の縞模様の浴衣を着ている。黙って立っていれば恐らく、美男子の部類に入るはずなのだが、浮かれきった雰囲気がそれをぶち壊しにしていた。
「………はいはい、わかったから」
7つも年上のはずの聖騎士に、まるで母親のような返事をしながら、ナーシアは人波をすり抜けた。
…確かに、その出店には美しい魚がいた。
広くもないスペースに所狭しと小さなガラスの器が並び、その一つ一つに赤や藍、紫紺色の長いひれを持つ魚が泳いでいる。
きらきらと、祭りの灯りを反射する光景は幻想的で、ナーシアもしばらく目を奪われた。
「ね、綺麗だろ? コレなんか、ナーシアにそっくりだよ!」
何故か得意げなアンソンが、器のひとつ――特に深い紫紺色の魚を指さす。狭いガラスと水の世界で、ひれを大きく広げる魚は、確かにナーシアの瞳や普段の服を思わせる色だった。
「お客さん、目の付け所がいいねぇ。こいつは今日一番の出物さ。お安くしとくよ?」
中年のがっしりした店主が、愛想よく声をかけてくる。そうなのか、と喜んで財布を探りながら、アンソンはふと疑問を口にした。
「……でもさ、ご主人。こんなに綺麗なんだから、大きな水槽に入れてみんなで泳がせたほうが客寄せになるんじゃないかい?」
確かに、ひらひらと泳ぐ魚達は壮観だろうとナーシアも思う。だが、店主はとんでもないと首を横に振った。
「馬鹿言っちゃいけねぇや、旦那。こいつは綺麗だが、闘魚って言ってね。縄張りに同じ魚が入ると、死ぬまで喧嘩するっておっかない魚なんでさぁ」
「…え? そ、そうなの…?」
財布を探る手を止め、アンソンがこちらをちらりと見る。――ナーシアの目が、紫紺色の魚に釘付けになった。
「えぇ、こうやってひれを広げてんのも、隣の魚への威嚇なんで。自分の子供でも一緒に暮らせねえって、難儀なやつでさぁ」

――――同属殺しの、孤独な魚。

――――ガラスの中で、誰とも暮らせない、ひとりきりの。

「―――――………あなたの言う通りね、アンソン。私にそっくりだわ、この魚」
静かな声で。そう言ったナーシアに、アンソンは狼狽した声を返す。
「うぇ、いや、あの、ナーシアっ、そんなつもりじゃ……」
「いいわよ、別に。わかってるから」
素っ気無く返すのは、内心の動揺を悟らせない為だ。かすかに逸らした視界の中で、店主が申し訳なさそうな顔をしているのが見えた。
「………いや、ホントに…っ、そ、そうだご主人! この魚同属とはダメって言ったよね? 他の魚だったらいいのかな!?」
困り果て、慌てた様子で。アンソンは突然、店主に向かって話を振る。
「え、あぁ、そう! 他の魚と入れるとねえ、自分が護るんだってな調子で、外敵を遠ざけようとするんですよ! たいした魚でねぇ!!」 
慌てた様子で、いくらかは取り繕うように。店主は闘魚と呼ばれた魚を褒める。その言葉に、アンソンの表情が見る見る明るくなった。
「ね、ホラ、ナーシア! 一人ぼっちの魚じゃないよ、違う種類の仲間がいると強いんだって! そういうところが似てるよ、ね!!」 
ほっとした様子が、あまりにもあからさまで、思わず意地悪をしたくなるのはどうしてだろう。視線を逸らしたまま、ナーシアは言葉を返した。
「………それって、私はあなたとは違う種別の人間だって言いたいの? 自慢かなにかかしら…」
「――――ち、違うよっ!? そ、そういう意味じゃなくて、あのっ…!!」
とっさに言い訳を思いつかず、目を白黒とさせる様子に―――堪らずナーシアは噴き出した。
「…………わかってるわよ。最初だって、ただの偶然だったわけだし」
アンソンが、この魚をナーシアに似ているといったのは姿の話で、習性まで知る由もなかったのだから。
だが――それでも大きく動揺したことに変わりはない。孤独を嫌う気持ちが、自分の中でこれほど大きいとは思わなくて、ナーシアは小さく溜息をついた。
「……………迷惑掛けてごめんなさい、ご店主。その魚、いただいていきます」
財布を取り出したナーシアに、店主は大きく首を横に振る。
「いやいや、こっちこそ余計なこと言っちまってんだから、御代をいただくわけにはいかねぇよ。お嬢さん、もってってくんな」
「……だけど、あんなに騒いで―――」
店の前で言い争うという迷惑千万な行為のおかげで、来たはずの客が遠のいたかもしれないのだ。ナーシアは迷惑料代わりに、魚に倍の値段を支払うつもりでいた。
けれど、まるでそれを見越したかのように――店主は歯をむき出してにやりと笑う。ナーシアはそのとき、店主が牙爪族(ケイネス)と呼ばれるドゥアンの一派である事に初めて気づいた。
「なぁに、こういう祭りの場では目立ったもんが勝ちでね。あんた方みたいな美男美女が店の前にいてくれたんだから、こっちから宣伝料払いたいくらいなんでさ。
代わりといっちゃなんですが、良かったら可愛がってやってくだせぇ」
そういうと、飼い方を記したメモと一緒に、あの紫紺色の魚の入った器を差し出す。それが恐らく、この店主の本音だと知って――ナーシアは小さく笑みを浮かべた。
「―――ありがとう。大事にするわ。行くわよ、アンソン」
「………ぇ、あ。う、うんわかった。えっとご主人、お邪魔しました…」
間の抜けた声を上げるアンソンを従えて、ナーシアは再び人波の中を歩き出す。
手の中には、水と魚の入った器。当然、両手で抱えなくては危ないから、他に荷物を持つことなどできない。
ということで当然、それまでナーシアの持っていた荷物は、一切アンソンが持ち歩くことになった。
「アンソン、遅い」
「うぅ…ちょ、ちょっと待ってよ…」
軽く叱責すると、両手に荷物を抱えたアンソンが隣に並んで歩く。――ちらちらと、こちらの手に向けてくる視線は、あえてスルーしておく。
「――――えっと、ナーシア……よく、似合うよ…浴衣」
まごつきながらも告げられた言葉が、口元を笑みの形に変えるのを自覚しながら、ナーシアは視線をアンソンへ向けた。
「………あなたも、よく似合うわよ―――荷物持ちが」
「ちょ、ちょっとおおお、それは酷くない? 酷いよねナーシアっ、ねえちょっと………!!」 
くすくすと笑いながら、ナーシアはいくらか足を速めてアンソンを置き去りにする。



その言葉だけで嬉しくなっているなんて………気づかせないように。

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