※文中に、くっつけ隊隊員オリジナルキャラクターが多数出ています※



十二月も半ばを過ぎて、年の終わりも見え始めたある昼下がり。

「……隊長っ! マリエスさんは中にいらっしゃいまして!?」

ものすごい大荷物を、両手と背中にひとつずつくくりつけたカーシャちゃんが、バーランド宮の庭先に立っていた。
ちょうど庭掃除を終えたところだった私―――ジニー・パウエルは、その光景の突拍子のなさに呆気にとられて、思わず普通に受け答えしていた。
「…え、えーと、今の時間は厨房にいるはずですよ」
「了解いたしましたわっ!!」
ぽかんとしたままの私にそれだけ言い置いて、カーシャちゃんは肩をいからせて宮殿の勝手口へと歩いて行く。
その背中の荷物があまりに揺れるので支えようと手を出した瞬間――私はようやく思い出した。
「………って、カーシャちゃん、陛下たちにご同行してグラスウェルズ行ってたんじゃ…っ!? いや、お戻りになるとは聞いてますけど、じゃあ陛下はっ!?」
「陛下は、明日にはアル様とお戻りになりますわっ! それまでに、仕上げてしまわなくては…っ!」
荷物を支えてるんだか、しがみついてるんだか分からない私に、振り向くこともせず早足のまま、カーシャちゃんは言葉を返した。
「―――仕上げて…って?」
思わず呟いた私の声は耳に入らないらしく、カーシャちゃんはずんずんと進んでいく(ヒールなのに足音がしないのは、さすが密偵)。
ふと見れば、カーシャちゃんの両手の荷物も私が掴んでいるの背中のも、大きいけれどそれほど重くない。手触りは軽くて柔らかで――どうも、布のような。
荷物の中身、そして発言の意味について聞こうとする前に、私たちは厨房にたどり着いた。

マリエスさんの動きは、迅速だった。

現われた私たち(特に、ただならぬ様子のカーシャちゃん)を見ると、何があったかとは聞かず即座に厨房仕事を他のメイドさんに引き継ぎ、私たちを連れ出す。
繕い物や書き物をするための作業室を開けると私たちを放りこみ、まだ興奮状態のカーシャちゃんを着席させて紅茶を目の前においてから――
「………で、一体何があったんですの?」
「そうですわ、聞いてくださいませっ! ちぃ姫様、いいえ陛下ったら、あの格好のままエストネルに行くっておっしゃるんですのよっ!?」
簡潔に聞いたマリエスさんに、カーシャちゃんは眉をキリキリと上げて―――カップを掴み、中の紅茶を一息に飲み干した。
「………エストネルって、アレですよね、えらい人がたくさん集まる大変な会議…」
私のざっくりとした説明に、マリエスさんの顔がかすかに曇る。
「―――まあ、間違ってはおりませんわね。このたびの戦に関して、レイウォールとグラスウェルズのお歴々が集う中で陛下がご発言なされる大切な会議ですわ」
「ついでに申しますと、メルトランドとの連合王国とかについても話し合われる、フェリタニアにとって超絶に重要な会議でございまして……それだのに…っ!?」
マリエスさんの補足説明をしてくれたカーシャちゃんの手に、再びギリギリと力がこもる。慌てて宥めながら、私は頭の中で状況を整理した。
……一応、私も詳しい事情は承知している。陛下がエストネルに向かわれる理由も、その前にグラスウェルズに行くことになった訳も。
あまりにもなんというか、陛下らしいお話で、私としては拍手したい気分ではあったんだけども…今回の場合はさすがにそうも行かない。
エストネルに行くということは、それこそ私が陛下に召し出されるのとほぼ同義(と思う)。となれば、半端な格好をしていくことはできない――なのに。
「アル様ときたらっ、『ヘンに着飾って行って、向こうに警戒されたら話もできない』なんてもっともらしいことをおほざきになって……!! ああぁもおぅっ!!」
拳を握り天井を見上げて、カーシャちゃんが吠える。マリエスさんまでも、落胆した様子を隠さず盛大な溜息をついた。
「―――アル様にしてみれば、陛下の御正装即ち御自身の礼装ですものね…第一騎士なのですから、そろそろ諦めて頂きたいものですわ」
「陛下は、どーなんですか? ドレス着たくないとか…」
私が水を向けると、カーシャちゃんの目にちょっと冷静な光が戻った。
「いえ、陛下は――今からドレスを仕立てられないだろうから、今回はこのままで、とのことですの。ですから私だけ戻って――」
そういうと、抱えてきた荷物をはらりと広げる。中から出てきたのは、仮縫い状態のドレスと、綺麗な布がたくさん。
「…陛下のお戻りになる前に仕上げて、これをお召しになってくださいと差し出す、と――力技ですわねぇ…」
「力技でもなんでも、この際構っていられませんわっ。マリエスさん、協力してくださいませ!!」
小さく溜息をこぼすマリエスさんに、カーシャちゃんはぐっと拳を握って詰め寄る。――と、マリエスさんが小さく苦笑いを浮かべた。
「――もちろんですわ。冬用となると、手の多い方が作業が進みますものね」
「じゃ、せっかくですから、私もお手伝いしますよー。役に立つかわかりませんけども」
ぴっと手を上げた私に、カーシャちゃんは感動したような声を出した。
「そんな、隊長がいてくだされば心強いですわっ!! では、このまま一気に不眠不休で朝までに―――」
気合を入れなおしたカーシャちゃんの言葉に、マリエスさんの目がぎらりと光る。…ああ、しまった、この地雷教えとくの忘れてた…!
「――――不眠不休、ですって? そういえばカーシャさん、御逗留先からここまで来て、休息は取られたんですの?」
「いいえ、そんな! 一分一秒だって惜しいですわ!」
やや低いマリエスさんの声に、カーシャちゃんは元気一杯拳を握って答える。…ああぁ、コレは怖いかも…
――だけど。マリエスさんは深く深く溜息をついただけで、冷静な表情と声を取り戻して私に振り向いた。
「…ジニーさん。作業室に今日のスープと甘く作ったココアを届けるよう、厨房にお伝えくださいな。わたくしからと言い添えて」
「―――え、あ、はい。わかりましたっ」
慌てて立ち上がる私に、カーシャちゃんが抗議の声を上げる。
「そんな、大丈夫ですわっ。今は食事を――」
「どのような作業であれ、どれほど重要であれども、栄養の補給に勝る用事はございませんわ。きちんと体を管理しておりませんと、手元が狂うこともありましてよ?」
ぴしゃりと言い切って、マリエスさんは裁縫用具を取り上げる。なおも不満げなカーシャちゃんに――
「…本来なら、栄養の重要性について三時間はお話するところですけれど、今は時間がございませんものね。ジニーさん、先程の件をよろしくお願い致します」
「了解でっす!」
一声叫んで、駆け出そうとする――直前に、私はある事に気づいて足を止めた。
「…陛下がドレスって事は、アル様の正装も出してこなきゃですよね。それに、ベネット様には何を――?」
私の言葉に、カーシャちゃんとマリエスさんが同時に大きく瞬きをした。
「…………そういえばすっかり忘れてましたわ、どういたしましょう?」
「――ベネット様は、園遊会の時のお衣装が万一にもなびかないよう冬物を使っていますから、それでよろしいかと思いますわ。
アル様の礼装はメンテナンス済みですので、どちらも出していただけるよう、執事様にご連絡を。お願いできまして?」
テキパキと、手を止めずにマリエスさんが指示を出す。流石の段取りに、私は思わず敬礼を返した。
「わっかりました! 走らないように、行ってきます!!」
そう言って。走り出す直前の速度で、私は作業室を飛び出した。

※    ※    ※

厨房にマリエスさんからの伝言を伝え、今度は執事さんを捜しに宮殿内の廊下を移動する。
「…といっても、執事さんはいっつも忙しそうにしてるしなぁ…何処にいるやら」
独り言を呟きながら早足で、きょろきょろと歩く私は相当な不審者だと思う。が――
「何処にいても、御用事を果たすのが執事の務めですよ」
「うぉほうぅっ!? …って、執事さん、脅かさないで下さいよ…」
突然背後からした声に、私は思わず叫んで振り向く。そこには、いつもの穏やかな表情で執事さん――エイシスさんが立っていた。
「これは失礼。それで、わたくしにご用件とは一体?」
「えっと、実は――」
私はざっとかいつまんで、カーシャちゃんが帰ってきた事と陛下のドレスを作っている事、マリエスさんの伝言を告げる。
多分、相当言葉足らずな説明だったと思うけど、執事さんはゆっくりと頷いて微笑んだ。
「―――わかりました。それでは、アル様とベネット様の御服をお持ちしましょう。運ぶのを手伝っていただけますか?」
「はいっ、それはもういくらでもっ」
ゆったりと歩き出した執事さんの後につき、普段は入らない居室エリアに向かう。穏やかな冬の陽射しが、せかせかした気分を鎮めてくれた。
「…でも執事さん。自分で言うのもなんですけど、よく今の説明でわかりましたね?」
自慢にならないけど、もし私が何も知らなかったら、今の自分の説明で事情が理解できるとは思えない。だけど、執事さんはにっこり笑って振り向いた。
「先に、軍師様より説明を受けていましたので。今回の事のあらましは、カーシャさんが竜爪環で伝えていたようですよ」
「ははあ、なるほど…って、今回の件、ナヴァール様に筒抜けってことですかっ!?」
―――自分で言ってから、そもそも密偵用の連絡装備である竜爪環を使って良かったんだろうか、という疑問も出たけど、まあともかく。
あわあわする私に、衣装室の扉を開けながら――執事さんは意外なほど真面目な顔で振り向いた。
「無論です、今回の事はただの御衣装替えに留まりませんから。一手間違えば、大陸全土を敵に回した外交問題ともなりかねないのですよ」
「そ、そんな大袈裟な―――」
「では、質問です。陛下が普段お召しになっているローブと杖の正式名称は?」
いくつも並んだハンガーから、朽葉色の上下を取り出し、点検しながら―――突然投げかけられた質問に、私は思考が停止しそうになる。
「え、えっと、ミスティックガーブとミスティックロッド…」
「はい、正解ですね。では、それはどういった時に力を発揮する品でしょう?」
「……戦闘のとき―――って、あ」
そこまで誘導されれば、お馬鹿な私にもすぐわかる。つまり陛下の普段着は実戦装備で、戦闘なんかに関わりのない偉い人たちからしてみたら、いつもの格好の陛下は――
「――――抜き身の剣を突きつけられているようなものでございましょうね。まして、御傍に剣を携えたアル様がおられては…」
ハンガーごと朽葉色の上下をこちらに寄越し、私の思考を読み取ったように、執事さんが言葉を繋ぐ。
「……そりゃ、確かに外交問題ですよねえ。だけど、そんなにおおごとだったら、ナヴァール様ご自分で出て来ちゃいそうな気がしますけども――」
「残念ながら。ご不在の間に溜まった、軍師様にお目を通して頂かなければいけない書類と、陛下にご署名を戴かねばならない書類とが沢山あるのです」
今度はアル様の正装を確認しながら、執事さんはやれやれと首を振る。…多分、そうでなかったら、ホントにナヴァール様来てただろうな。結構あの方、お祭り好きだし。
「…でも、そうすると――アル様の剣とかも持ち込めないんじゃないですか? そこらへんにほっとく訳にも行かないし――」
騎士正装とマントなど、細かい小物を抱えて歩き出した執事さんについて歩きながら、私の上げた疑問に――これまたあっさりと答えが返ってくる。
「まあ、兵士用の礼装を騎士見習いの皆さんに着せて、小姓として付けるという案もないではありませんね。それともジニーさん、同行なさいますか」
「――――――へ!? わ、私が、ですか!?」
素っ頓狂な声が口から飛び出して、驚きのあまりベネット様の服を落としかけてしまった。い、いや、私だってただの庭師で…っ!!
ぱくぱくと、口を開け閉めする私をチラッと振り返って――執事さんは穏やかに微笑んでくれた。
「確か、冬用のメイド服を新調なさったそうですね? 着る物はそれで。皆様のお世話を任せられて、なおかつ《カバーリング》の可能な人材というのは得難いのですよ」
いやあの私、まだ何にも言ってない、というかバーランドから出た事もほとんどないのに良いんですか本当に。いやだめだろやっぱり無理、とぐるぐる思考をめぐらせて。

……だけど、もし。私でも陛下のお近くで役に立つ事ができるなら、この機会を逃しちゃいけないんじゃないか――何より、陛下とアル様の御正装を近くで見たいっ!!

「――――行きます! 私、陛下のお手伝いしますっ!!」
ぐっと拳を握って宣言した私に、執事さんは鷹揚に頷いて――いつの間にか止まっていた歩みを再開した。
「では、参りましょうか。今日は城内にお泊りになるなら、御家族にお知らせになるのを忘れませんように」
「あ、はいっ、わっかりました!!」
敬礼とともに服を抱えて、私は走る寸前の足取りで執事さんの後に続いた。…さぁ、忙しくなるぞ。

※    ※    ※

……作業室に戻ると、いつの間にかヒトが増えていた。
厨房やらなにやらから回ってきたメイドさんたちが忙しく立ち働き、陛下のドレスを作る作業に入っている。
もちろん、中心では凄まじい速さで手を動かすカーシャちゃんとマリエスさんの姿があった。
「お帰りなさいませ、ジニーさん。どこからか、皆さん聞きつけてこられたようですわ」
「…はあ、なるほど」
とりあえず空いた台にベネット様の服を置いて、私も手伝いに入ろうと隙間を捜す。…手元を、誰かが引っ張った。
「ジニー、ちょっとここ持って」
「はいはい……って、ニナちゃんまで。それに、この色は…」
年若い文官見習いのニナちゃんが私に布の端を持たせて、藤色の布を裁断する。それに、深い藍色の布も。
カーシャちゃん達が扱ってる陛下用ドレスの布(いつもの紅黒白)とは、明らかに色合いが違っていた。
「こっちはね、スリス様用のドレスの布なんだって。それで、子供の服だと手が小さい方が縫いやすいからって、呼び出されたの」
なるほど。考えてみればフェリタニアとメルトランドとで、新しい国を作っちゃおうって言うんだもの。スリス様も行かなきゃいけないんだよなあ。
「それでは、わたくしは職務に戻るとしましょう。皆さん、本来の仕事には差し障りの無いように」
アル様の服を壁にかけた執事さんが、そう言い渡して作業室を出て行く。後には、見事に女の子ばっかりが残った。
「…そういえば、リアちゃんは来てないんですね? お手伝いいただけると心強かったんですが」
成り行きのまま、スリス様のドレスを手伝いながら――私の呟きに答えてくれたのは、ニナちゃんだった。
「リアなら、ナヴァール様の書類の手伝いをしてる。凄い量だったから、日のあるうちは執務室から出れないかもって」
「…なるほど。そりゃ大変だ…」
ナヴァール様が一日がかりの書類、というからにはきっと相当な量なんだろう。本来の職務が文官のリアちゃんは、そちらにかかりきりになるのも仕方の無い話で。
「大姫様―――ステラ様を亡命させて連れて来てますもの、その分の書類やら工作やらも増えてしまってるんですわ。本来ならご挨拶に伺うべきですけれど…」
物凄い速度でフリルにギャザーを寄せながら、カーシャちゃんは悔しそうに歯噛みする。――そういえば元々、カーシャちゃんはステラ様付きのメイドだったんだっけ。
…ところで今、工作とか不穏な単語が聞こえた気がするんだけど、気のせいということにしておこう。うん。
「陛下がアル様とお戻りになるのは、恐らく明日の昼前です。それまでにドレスを完成させて、陛下とアル様に御正装いただくことを納得させなくては…」
「けれど、型まではできていますもの。あとはともかく手を動かすことですわ。しっかり頑張りましょう――ということで」
気合を入れつつフリルを縫い付けるカーシャちゃんに、マリエスさんが励ましの言葉をかけ…突如笑顔でこっちを振り向いた。
「―――え、と。ということでなんでしょう、マリエスさん…?」
「何って、号令をお願いいたしますわ。この場を引き締めるにはジニーさんの一声が相応しいですもの」
「そうですわねっ、お願いいたします隊長!!」
「…え、ええぇえええ…!?」
慌てて周りを見回すと、なにやら期待に満ちた視線が私に一点集中している。…い、いやいや、えーと…。
―――しばらくおたおたしても、誰からも助け舟はなく。そうこうしているうちに、妙に肝が据わってしまい――私は拳を握り締めた。

「……とりあえず皆、この晩が勝負ということで!! 気合入れ直して、頑張りましょうっ!!」
『おぉ――――っ!!』

思い切り拳を突き上げると、室内の皆が力強く唱和してくれる。――うん、頑張ろう、やるしかない!
「―――ですけど皆様、休憩と食事はきちんと交替でお摂りになってくださいませね。わたくしの目の黒いうちは、徹夜と食事抜きは許しませんことよ」
ちょっとだけ冗談めかして、だけど視線は真剣にマリエスさんが注釈を入れる。皆の返事が、今度は軽やかに作業室に満ちた。
…さあ、頑張りどころ。

※    ※    ※

「……っと。ちょっと、こんな所で寝てていいの?」
「――――ん、ふば。…ぁあ、おはようございますリゼットさん…」
背後からかけられた声に私は目を覚まし、ほとんど反射で挨拶を返す。
こんな所って――そもそもここはどこだっけ? 慌てて見回した私の目に、室内に置かれた複数のベッドが映る。――メイドさんたちの仮眠室だ。
私の前のベッドでは、ニナちゃんがすやすやと眠っている。…そうだ。深夜に及ぶ作業でおねむになっちゃったニナちゃんを運んできたんだっけ。
「…ねえ、ちょっと。また寝てないでしょうね?」
背後からかけられた声に、私はようやく振り向いて相手を確認する。――そこにいたのは、女性としては長身の、黒衣に黒髪の美人。
文官見習いのリアちゃん――の、もうひとつの人格である密偵のリゼットさんが、予想通りにそこにいた。
「リアから聞いたけど、陛下のドレスを作ってるんでしょう? 居眠りなんかしていて良いの? 責任者でしょ」
ちょっと呆れたように私を見下ろしているけど、それでも声の調子から気にかけてくれてるんだとわかる。寝ぼけ眼を擦って、私は大きく頷いた。
「現場監督者の意向で、休憩は交替で惜しみなく取るように、って言われてるんです…だけど、起こしてくれてありがとうございまふ…」
ふわわ、と欠伸をする私に、リゼットさんは大きな溜息をついた。
「―――まったく、暢気なものね。これでドレスが完成しなかったら、外交問題にまで発展するんでしょう? 気が知れないわ」
「うう、これでも緊張はしてるんですけども…ともかく、作業室に戻んないとっ」
自分の両頬を張って眠気を覚まし、気合を入れなおす。時間は多分、ちょうど真夜中くらい。――あと、数時間だ。
「…そう言えば、リゼットさんはノルドグラムまで行ってたんですよね。何か面白い話ありました?」
立ち上がり、伸びをしながら聞くと――我が意を得たり、とばかりにリゼットさんは笑顔を見せてくれた。
「そうね、あなたたちが聞きたがりそうな話はあったわよ。アルの姉、って人が現れたから」
「あね――っ」
思わず大きな声をあげそうになり、私は慌てて自分の口を塞ぐ。リゼットさんが、くすっと笑った。
「目が覚めたみたいね? そこから先は、いいお茶と引き換えじゃないと話さないから」
「――今度、高級茶葉用意してお待ちしてます…ちなみに、ドレスの方も見ていかれます?」
手伝っていただけるとありがたいですけど――と言うと、リゼットさんは肩を竦めてお手上げのポーズをとった。
「リアが完成見るの楽しみにしてたから、見ないでおくわ――そういうのは得意じゃないし」
「あや、意外。手先器用ですよね――?」
いわゆる密偵、即ちシーフ系だからそちらの方は強そうなんだけど。
「あのね、器用なだけで裁縫ができるなら、この城で一番の裁縫上手はベネットかアルになるのよ?」
「アル様、そういう事意外に得意っぽいですけどね」
「それだって経験の賜物でしょ。――ともかく、手伝いもお邪魔もしないけど、せいぜい頑張りなさいね」
ひらひらっと手を振って、リゼットさんは仮眠室を出て行く。何となく頭を下げて見送ってから、私は気合を入れ直して作業室に向かった。

※    ※    ※

…結論から言うと、それから数時間の追い込み作業中、私は居眠りこいてばかりでほとんど役には立たなかった。
もう良いから寝なさい、とみんなに言われて仮眠室に引っ込み、普段目を覚ますのと同じ早朝に起き出す――
「………ぅわあぁぁ……っ!」
作業室を覗いた私の口から、大きく賞賛の溜息が飛び出した。――机を端に片付けて、部屋の中央に置かれたトルソーに完成したドレスがかけられていた。
…なんというか、いつもの陛下のお洋服を、そのまま裾を長くしてドレスに仕立てたデザイン。
陛下の御服の紅いところを白く、白いところを黒く、黒いところを紅に変えてある、と言うと近い感じになる―――かも。
その隣には、小さなトルソーに、配色を白と藍色と藤色に変えたスリス様用のドレスもある。
「すっごおおぉぉい……!!」
「―――お目覚めですのね、ジニーさん。お褒めいただいて光栄ですわ」
興奮のあまり大声を出す私の横手から、マリエスさんが微笑みながら現われた。
「ほんとに凄いです!! 素敵ですよ!! …ていうか、私何のお役にも立ってませんけども」
「いいえ、ジニーさんの励ましなくては出来ませんでしたわ。…それに、この後にもまだお仕事はございますし」
緩やかに首を横に振りながら、マリエスさんはにこやかに宣言する。頭を掻いていた手が、思わず止まった。
「え、と、それって…あ、ところでカーシャちゃんはどうしたんですか?」
深く聞くのがちょっと怖かったので話をそらす。作業室には、今のところ私とマリエスさんしかいなかった。
「ふらふらしながら作業をしておられましたので、先ほど仮眠室へ強制退場を言い渡したところですわ。ジニーさんとはすれ違いになられたようですね」
「はあ、なるほど。…ちなみに、マリエスさんは休息はとってるんですよね?」
「無論ですわ。この後もお仕事はございますし――さすがに、明日は休暇を取らせていただきますけれど」
…つまり、今日一日はきっちり仕事をするつもりなんだなあ。さすがのメイド長さんだ。
そして、ふと。奥の壁に視線を移して、私は首をひねった。――昨日見たのと、少し変わっているものがある。
「………マリエスさん、あそこにかかってるアル様の服。なんかちょっと変わってるような気がするんですけども」
すると、マリエスさんは珍しく――にっこりと、満面の笑みを浮かべた。
「それは当然ですわ。わたくしの夫が、飾りの手直しを致しましたので」
「――――へ? ………って、ええぇっ!? い、いつの間にっ…」
昨日の午後に私と執事さんが取って来てから、あの服はずっとあそこにあったはずだ。…マリエスさんは、仕掛けた悪戯が上手くいった子供のように笑って見せる。
「昨晩、夜食を渡した折に、ほんの少し。驚いていただいて光栄です」
ほ、ほんの少しって…ふち飾りとかブレードとか、ほぼ総とっかえになってますけども!? さすがの早業だなあ、仕立て屋さん…。
「―――さて。ジニーさんには、先ほども申しましたけれどまだ重大なお仕事が残っておりますわ。よろしいですかしら?」
「よ、よろしいですかって…どんなお仕事なんだかわからないとよろしくも何も…」
思わず引き気味になった私に、マリエスさんはニコニコと油断のならない笑顔を浮かべる。
「あらあら、そう難しいことではございませんわ。ただ、陛下とアル様にこのお召し物を着ていただくようお願いするだけですから」
「……………って、それ、いっちばん大変な仕事じゃないですかぁっ!?」
思わず情けない悲鳴をあげる私に、今度は真剣な顔で――マリエスさんが半歩詰め寄ってきた。
「そうですわ、一番大変な、重責のある仕事です。だからこそ、隊長たるジニーさんでないとお任せできないのです」
「いやそのだって―――っても、私、ドレス作るお役には立ってないですしねぇ…」
慌てて否定しかけて、私はごにょごにょと言いよどむ。…みんながあんなに頑張ってくれたのに、それを無駄にするわけには行かない、よね。
――覚悟を決めて。大きく頷き、両手を拳にして気合を入れる。
「―――――わかりました。不肖ジニー・パウエル、誠心誠意陛下とアル様にお願いして、必ずこのドレスと礼装、着ていただきますっ!」
……正直、どうなるかわかんないけども。それでも誰かが頼まなきゃいけないし、誰かと言うなら私しかいない。だって私、隊長なんだし。
胸を張った私に、マリエスさんはゆっくりとうなずく。
「…では、まずは朝食を。そのあとで、こちらのトルソーを移動いたしましょう…どちらに致します?」
「ん〜…一旦大広間において、陛下達がお戻りになる頃に正面ホールに移動しましょうか。逃げ場は絶たないといけませんからね!」
私が笑うと、ちょうど休んでいた他のメイドさんたちが作業室に入ってきた。…さあ、朝のお仕事だ。

※    ※    ※

「…へぇ、そんなことになっていたんですか」
朝食のできるまでに、と慌てて日課の庭掃除をしに飛び出した私の話す事情に、レティル君は目を見張った。
「そーなんです。というわけで、陛下たちが戻ってこられたら教えてくださいね、レティル君。…あと、エストネルに行くことになりましたんで、その間のお庭も」
「――――はい?」
思い出したことを付け加えたら、レティル君今度は素っ頓狂な声を出して固まってしまった。…えーと、説明の仕方間違えたか。
「…えーと、ですから、陛下達のエストネル行きにお世話係兼護衛として同行させていただくことに決まったので、私のいない間のお庭の掃除をお願いします」
「…あぁ、はい、わかりました。――気をつけて行ってきてくださいね」
「はいっ、もちろんです! 私は怪我しても、陛下には傷ひとつつけませんよ!!」
胸を張って、拳握って宣言した私に、レティル君は今度は困ったような顔になった。
「………えぇと、そうじゃなくて、怪我とかをしないように気をつけてください、と…」
「え? だって、護衛で行くんですから、怪我の一つや二つは当たり前ですよ?」
「―――本当に、ジニーさんは面白い方ですことね…」
苦笑混じり――というか、完全に苦笑してます、という声で言いながら、マリエスさんがやって来る。…私、そんなに面白い事言ったかな。
「…おはようございます、マリエスさん」
「おはようございます、レティルさん。――ジニーさん、朝食が出来ていますわ。厨房へどうぞ」
「あ。はいっ、いってきます! じゃ、レティル君、よろしくお願いしますね!!」
箒を担いだまま手を振り、私は勝手口に向かって駆け出す。
――背後でマリエスさんが、レティル君に『貴方も大変ですわね』と言っているのがかすかに聞こえた。………なにが?

「…おはようございます。あ、ドレス出来たのね! 凄い、素敵…!!」
朝食の後、トルソーをもうひとつ出してアル様の服を着せ掛け、大広間の隅に陛下のドレス・スリス様のドレスと飾り付ける――その作業中に、リアちゃんが声をかけてくれた。
「ですよねっ♪ 私はほとんど何にもしてないんですけどね、皆さんがいてくれたから――ね、ニナちゃん」
リアちゃんの後ろにいたニナちゃんに声をかけると、びしっとサムズアップを返してくれる。ドレスを眺めていたリアちゃんが、一瞬考え込むように頬に指を当てた。
「う――ん…でも、こうして出来上がったドレスを見る機会ってないから、嬉しいわ。ジニーさん、ありがとう」
その微笑で、なんだか心があったかくなる。―――確かに、このドレスだって本来は皆の目には触れないんだもんなあ。
「…せっかくだから、皆さんにも声かけてもらえますか? 陛下にお召しいただくドレスが見れるよーって」
「うん、わかった。人に会ったら伝えるようにするね」
「私も、みんなに伝える」
リアちゃんもニナちゃんも、快く頷いてくれた。さてさて、どれくらい人がくるのか――。


…正直なんて言うか、甘く見ていた。想像力が足りなかった、といってもいいかもしれない。
最初は、リアちゃんから話を聞いた文官さんたち、出勤してきたメイドさんたち、そこから話が広まって兵士の皆さんや各地から来た勇者さんたち。
そして。どこから回ったのか街のみんなまで――入れ替わり立ち代りやってきては、ドレスを眺めていく。
あっという間に大広間の一角には人だかりが出来て、私はその中心から動けなくなってしまった。…中には、ドレスに触ろうとする人なんかもいて、目が離せないんだ。
その大騒ぎたるや、途中覗きに来た執事さんが苦笑して『ジニーさんの今日の仕事は、ドレスの番という事にしましょう』と言うくらい。
…ちなみに、ナイジェル様とネルソン隊長も来て、私がドレスの製作にはほとんど関わってないことを知って安心していた。
そして今も、私はドレスとともに変わらぬ人だかりに囲まれている。ほぼ正面にあたる位置に文官見習いのシェリアちゃんが立って、うっとりとドレスを眺めていた。
「………本当に、すてき、ですね……お話の中の、衣装、そのまま…!」
普段はおとなしいシェリアちゃんが、瞳を輝かせるとは正にこの事、という位に嬉しそうな表情で。
最初はじっこの方でこっそり見ていたのを、ラゼド君とふたりがかりで無理矢理正面に連れて来た甲斐があったというものだ。
「……だけど、あんなカッコで剣なんか振れんのか? スッゲェ動きにくそうだな…」
そのラゼド君は、シェリアちゃんの隣で(でないと、あっという間にシェリアちゃんがはぐれるから)首をかしげながらロマンのない感想をこぼしている。
―――そこはまあ、大丈夫なはず。何しろ仕立て屋さんが直々に手を入れてるんだもの。万一、エストネルで戦闘になったって全く支障はないと思う。そのはず。
「ほんとに素敵っ、ドレスもだけど、アル兄様の騎士装束…! あぁぁっ、早くみたいよぅ、早くアル兄様帰ってこないかなぁ…!!」
ウキウキと飛び跳ねるようにして、飽きることなく騎士装束を眺めてるのは、アル様の妹君のアキナ様だ。動くたんびに、鮮やかな朱色のポニーテイルもぴょこぴょこ揺れる。
「……アキナ、少し落ち着かないか。周りに迷惑だろう」
その隣でアキナ様を諌めてる大きな帽子の人は、確かマルセル様。元はレイウォールの軍師だそうだ。…というか、あの帽子も後ろに迷惑じゃないのかな。
「――――それにしてもホントに、こんなに人がくるなんて思ってませんでしたよ。もうすぐ昼だってのに――」
こっそり愚痴をこぼしかけた私の耳に、落ち着いた穏やかな声が聞こえてきた。

「おや、これはずいぶんと賑やかなことになっているようだな?」

その声に――ほんの今まで騒がしかった人だかりが停止し、一斉に声のしたほうを振り向く。周りより確実にひとつ分高い位置から、ナヴァール様の静かな微笑がこちらを見ていた。
「……ナヴァール様―――」
私の呟きに呼応するように、人だかりが左右に割れてドレスの前まで通路を作る。軽く会釈しながら悠然と歩いてくるナヴァール様の背後に、もうひとりいることに私は気づいた。
「ジニー、皆とともによく働いてくれたそうだな。感謝している」
「私は、縫う方はほとんど触ってないんですが――ありがとうございます、ナヴァール様。…ステラ様も」
身に余る謝辞に、畏まりながら答えると、ナヴァール様の後ろにいたステラ様も頷き返してくれる。……睨み付けるような気配がいくつも、ステラ様に向けられた。
旧アヴェルシアの民の中には、レイウォールの王女だったステラ様に決して良い感情を抱いてない人もいる。一度は攻めて来た事もあるわけだし、当然といえば当然だけども。
亡命されたとは言えそのお立場は微妙で、『陛下の姉上だから』というだけで、全て帳消しにしてる私みたいのは極めて少数派だと理解はしてる。
…だけど、そう言った空気を気にしてるのかどうか。ふっと優しく笑いながら、ステラ様はドレスに暖かい視線を向けた。
「美しいドレスだ。ピィは――ピアニィ陛下は、これほどに民に愛されているのだな」
安心したようなその言葉に、私は思いっきり胸を張った。
「もちろんですとも! みんな、陛下が大好きで――」
――――――――そのとき。大広間の扉から、騎士見習いのセラシュ君が飛び込んできた。

「―――も、申し上げますっ! ピアニィ陛下とアル様、バーランド市街に入られました!! もうすぐこちらに来られるそうですっ!!」

一瞬にして人々が沸き立ち、表情が明るくなる。みんなが城の外に出て陛下とアル様をお迎えしようと動く、その真ん中で――ナヴァール様は私を見て、くすりと笑った。
「さて、大仕事が待っているぞ。準備はいいかね?」
…うぁぁ、やっぱり話が行ってたんですね…だけど、かえってその一言で腹が決まった。
「…はい。ラゼド君、セラシュ君、トルソーを運ぶから手伝ってください。それと、どなたかスリス様をお呼びしてくれますか」
妙に静かな声が出て、自分でもびっくりした。―――さあ、正念場だ。


※    ※    ※


「……ただいまっ、みんな…! ピアニィ、帰りました…!!」
「――ったく、仰々しい迎えは要らねえっつってんだろうが…」

正面入口から入ってきた陛下とアル様は、全く正反対の表情でみんなの出迎えを受けた。
久しぶりに見る陛下の笑顔は輝くばかりで、私は思わず見惚れてしまいそうになった。…いかんいかん。気をしっかり持たなきゃ。
隣のアル様はもう、これ以上ないって位の仏頂面で。一際大きな声でアル様を呼ぶアキナ様に、さらに渋い表情を見せた。
「…陛下、お帰りなさいませ。アルもご苦労だったな」
「ピアニィ様、アル、お帰りでや――――んす!!」
人だかりの中心で、ナヴァール様とベネット様が挨拶を贈る。歩み寄ってこられた陛下の表情が、穏やかな労うような微笑に変わった。
「ただいま戻りました、ナヴァール。ベネットちゃんも、お疲れ様…!」
「こっちもまぁ、大変だったけど――そっちも偉いことになってたみたいだな。…無事でよかった」
――そして、陛下はナヴァール様の隣に控えていたステラ様に正面から視線を合わせた。
「ステラ姉様……よくきてくださいました。フェリタニアは、姉様を歓迎いたします…!」
「ありがたき幸せにございます――――ピアニィ陛下」
感動したご様子の陛下に対し、ステラ様はあくまで臣下としての礼を崩さない。きっと、周りにみんなが見ているせいだと思うけど。
一瞬、ナヴァール様がこちらを見て―――いや、瞼は閉じてるんだけども、小さく笑った。

「……陛下、御覧下さいませ。城内の皆より、敬愛するピアニィ女王陛下と筆頭騎士アル・イーズデイル殿への贈り物にございます――――」

そう言って、すいと身体を逸らし視界を開く。ナヴァール様だけじゃない、ベネット様も、執事さんやマリエスさんも一歩下がって。
…急に開いた空間の中心に、二体のトルソーと私が立っている。真っ直ぐこちらを見た陛下の顔に驚きと、嬉しそうな色が広がり――アル様はさらに顔をしかめた。
「…っ、え、これって………ドレス…!? え、作ってくれたんですか…!?」
「――――――………わざわざ、手間のかかることを…」
「…え、っと、陛下とアル様のために、みんなからの精一杯の贈り物でございます! ぜひとも、エストネルにてお召しくださいませっ!!」
びきびきと音がしそうに背筋を伸ばし、からからの喉を絞り上げながら。私は何とか声を張り上げた。
………ゆっくりと。トルソーの前まで歩いてこられた陛下が、白と黒と紅のドレスに手を伸ばし触れる。
「……これを――あたしの、ために…? だって、そんな、日にちもなかったはずなのに―――」
どこか呆然と言葉を紡ぐ陛下に、カーシャちゃんが胸を張り、執事さんとマリエスさんが軽く頭を下げた。
「お先にお迎えの準備を、と頂戴致しました時間で、目いっぱいやらせて頂きましたわっ!」
「無論、通常の業務への影響はございません。みなで、手分けして作業いたしましたので」
「それに、身体に無理をして手伝ったものもおりませんわ。誰もが陛下を思う一心で参加してございます」
ドレスと、アル様の礼装とを交互に眺めていた陛下が、ふっと私にも視線を向けてくださった。
「みんなで、って――ジニーちゃんも作ってくれたんですか?」
「あ、いえ、私はその…あんまりお裁縫得意じゃないもので、その、見えない端っことか後は切ったり片付けしたりとか、応援が主で」
しどろもどろになる私に、陛下の表情が和らぐ。…と、そこへ。

「―――ぴあにぃ陛下、アル様、お帰りお待ちいたしておりました」

舌足らずだけど威厳のある幼い声が響く。振り向くと、人だかりに緊張したのかぎこちない足取りのリアちゃんを従えて、スリス様が立っていた。
もちろん、陛下のとお揃いの白と藍色と藤色のドレス。ちっちゃいながらも優雅に貴婦人の礼をする姿は、誰もが微笑を誘われるようだった。
「みなよりの心づくし、あたしも先ほどうけとりました。どうぞ、ぴあにぃ陛下もおおさめになってくださいませ」
「――ご着用いただいた上でなければ、直せぬところもございますので。よろしければ一度、お召し戴いて…」
「ささ、陛下! どうぞこちらでお着替えを、ですわ!!」
音もなく陛下の背後に立って、マリエスさんが丁寧にお辞儀をする。カーシャちゃんは素早く奥の支度室の扉を開いて、陛下をお招きした。
「―――――は、はいっ…皆さん、本当にありがとうございます!!」
ぴょこんとお辞儀をして、陛下はスリス様の手を引いて支度室に走っていく。後から、ドレスのトルソーを運ぶメイドさんたちが続いた。…手伝えなくてすみません。
―――ぱたりと扉が閉まる、その音が最終ラウンド開始の合図。私は大きく息を吸い、戦闘開始に備えた。
「………ったく。姫さんはともかく、何で俺までこんな仰々しい衣装を出されなきゃなんねえんだよ。こんなもんもう、二度と着ねえって――」
「お言葉でございますがアル様、筆頭騎士たる御身を差し置いて、一体どなたが礼装をお召しになるというのです?」
「全くその通りだな。陛下のおそばに立つ騎士となれば、礼装のひとつも着なければつりあうまい?」
「俺は逃げたりしない―、何て言ってたでやんすよねえ。女王の騎士ともあろうものが、たった一着の服から逃げ出すでやんすか?」
ぼやきめいた小さな呟きに、即座に反応して。執事さんとナヴァール様と、ベネット様が(意外だった)連続で言葉を放つ。
たじろいだアル様に、畳み掛けるべく――私はもう一度、息を吸った。
「……アル様。誰もみんな、困らせてやろうとか、嫌がらせとかでこの服を用意したわけではございません」
「―――っつってもな、勝手にこんなもん用意することのどのへんが嫌がらせじゃねえんだよ」
「全部です。…私達はみんな、陛下が、アル様が――フェリタニアが大好きなんです」
きっぱり言い切った私に、アル様が仏頂面から真面目な表情になる。胸に拳を置き、ひとつ息を大きく吐いてから、私は続けた。
「陛下が、皆さんがエストネルで大きな会議にお出になるって聞いて、それでみんなで頑張ったんです。ちょっとでも素敵な陛下を、アル様を皆さんに見て頂こうって」
「そんなもん―――見た目取り繕ってるだけじゃねえか」
むすっとした顔になるアル様に、ちょっとだけ苦笑する。
「そんな事ありません。見た目って、結構大事です。―――私は庭師だから、お庭の話になっちゃいますけど。

たとえばここに、とても珍しくて、綺麗な花を咲かせる樹があったとします。
それは、そのままでもいつか誰かに見つかるかもしれないけども、草木が伸び放題の庭に置いていたら、ただの荒れ果てた庭の花でしかないんです。
どんなに珍しくても、美しくても――ちゃんとわかってもらわないと、わかるようにしてやらないと、誰にも何も伝わらないんです」

…一気に長く喋ったせいで、息が上がる。大きく息継ぎをする私に、まだまだ苦い顔でアル様が反論した。
「…そりゃ、花の話だろ。俺は人間で――」
「はい、花だったら簡単です。咲いたところを見れば、いいものだってわかってもらえるんですから。だけど人は、人の中身は見ただけじゃわかんないんです」
帰ってきた答えは、予想してたもののひとつで―――私は勢いよく言葉を返した。
「陛下が素敵な方なのも、アル様が強い剣士で凄くいい人なのも、私達はもちろん知ってます。だけど会議で会う人には、眼で見て実際に話しただけの事しかわかんないです。
目で見て、そのときにあちらの基準でちゃんとしてない格好だからって、陛下やアル様が悪く思われたりするのは――私は凄く、いやです」
…多分、私が凄く真面目な顔になったんだろう。戸惑ったようにアル様は眉を寄せた。
「………けど、それは―――」
「…見た目だけかもしれません。だけど見た目程度の事で、陛下の、アル様のいいところがわかってもらえるなら、整えるべきじゃないんでしょうか。
見た目程度の事にいちいち文句をつける人、どーでもいいって私も思います。けど、それがたくさんいたら、たくさんの人に影響を与える人だったら、意見が通っちゃうんです。
そんな、どーでもいい事で陛下やアル様が悪く言われたら、陛下をアル様を好きなフェリタニアのみんなの気持ちまで悪いものになっちゃうんです」
自分でも子供っぽい理屈だと思う。だけどこれが、私に言える精一杯で。
「お願いです、アル様。私達の気持ち、無駄にしないで下さい。エストネルで、陛下のおそばにいる間だけでも――この御衣装着て、立派な騎士になってください」
床に着きそうなくらい頭を下げる私の前で、アル様はただ動かずにいた。
「わかるようにしてやらねば…か。なかなか良いたとえ話だったぞ、ジニー」
ナヴァール様の、笑いを含んだ穏やかな声が降って来る。
「さらに申し上げるなれば、第一の騎士たるアル様への悪評は、即ち騎士に叙任なされた陛下への悪評―――と言うことも、ご理解下さいませ」
穏やかだけと、とげっぽいのは執事さんの声。
「ついでにいうと、あっしも一応ちゃんとした服を着るでやんすよ? ――この辺で諦めるがいいでやんす」
ベネット様が、ちょっといやかなり呆れた声で言い添える。――だけど。
「―――――……………」
アル様は無言のままで。私も、下げた頭を上げる機会がないままでいる。………そのとき。
「―――さあ、皆様。陛下のお召し替えが御済みですわ」
「とくと御覧あれ、ですわ! ささ、陛下――」
支度室の扉が開き、マリエスさんとカーシャちゃんが宣言する。あまりの声の弾みように、私は思わず頭を上げた。その背後からはもちろん―――
「………っ」
「―――ぅわああああああああっ……陛下、スッゴイ綺麗です…!!」
…おそろいのドレス姿のスリス様の手を引いて、あのドレスに着替えた陛下は――ほんとにほんとに綺麗だった。
襟と身頃の黒が華奢さを強調し、ふわりと広がる白い上着はまるで翼のよう。裾の長い紅のスカートが、歩くたびに綺麗な光沢を見せていた。
周り中から、歓声と溜息とが響く。その中心で、ナヴァール様が深々とお辞儀をした。
「良くお似合いにございます、陛下。――みなも本当に、よくやってくれたな。これほど素晴らしいものが出来ようとは思わなかったぞ」
その言葉に、執事さんとマリエスさんはじめ、城で働くみんなが頭を下げる。
「いやー、さっすがピアニィ様、やっぱりドレスが似合うでやんすね〜!」
「ありがとうベネットちゃん、ナヴァールも…皆さんも、本当にありがとう」
微笑みながら歩いてこられた陛下が、私――とアル様の前で止まる。
「………………」
「陛下、ホントにお綺麗です!! うわああぁぁぁ、可愛い……!!」
礼儀とかすっ飛んで本音が溢れまくってる私と反対に、アル様は赤い顔で無言のまま立ち尽くしている。
興奮する私が面白かったのか、陛下は今度は少し声を上げて笑ってくださった。
「ふふ、ありがとうございます、ジニーちゃん。……えっと、アル…どう、ですか…?」
それまでの、堂々とした淑女ぶりが嘘みたいに。陛下は一転不安げな声で、おどおどとした上目遣いでアル様を見上げる。…陛下の背後で、カーシャちゃんの眉がキリキリと上がるのが見えた。
もちろんこれで、黙ってたり誤魔化したり言いよどんだりしたら、私だって黙っちゃいない。――だけど。

「―――――――…………良く、似合ってる」

真っ赤な顔を逸らし気味に、物凄くぶっきらぼうでシンプルな、褒め言葉ともいえないような言葉で。たった一言そう告げたアル様に、陛下は――
「……嬉しい…ありがとう、アル―――良かったぁ…」
本当に嬉しそうな、幸せな笑顔でそう言って、白い小さな手を合わせられた。……なんかもうほんと、こっちもものが言えなくなるくらいに幸せな気分になる。ああぁもう、うらやましい…!
なんともいえない気分のまま突っ立っている私に、陛下の視線が向けられる。
「それから、ジニーちゃん―――ありがとうございます」
「…え、いえ、あの、何が………」
「さっきのお話、聞こえてました――フェリタニアを、あたしをそんなに誇りに思ってくれて、ありがとう。嬉しかったです」
わけもわからずうろたえる私の前で、陛下はぺこりと頭をお下げになった。い、いやそんな、もったいない…!!
「皆さんも、本当にありがとう。皆さんの思いを込めたドレスを着て、皆さんの思いを背負って――ピアニィはフェリタニア女王として、立派に勤めを果たしてまいります…!」
正面入口の向こう――前庭にも、たくさん集まった街の皆に向かって、陛下は堂々と宣言する。ただの歓声、大騒ぎだった声が、陛下のお声に導かれるように形を変えた。

『ピアニィ様、万歳―――』
『フェリタニア、万歳――!』

―――沸き返る街の人たちに、陛下が大きく手を振る。いつの間にかその背後に、やけに笑顔のナヴァール様とベネット様がお控えになっていて。
「ご立派なお言葉です、陛下。――このお気持ちに、国民の期待には、第一の騎士として答えねばなるまいな?」
「ま、そろそろいーかげん覚悟の決め時でやんすよ? なにも、ず〜っとそのカッコでいろとは言ってないでやんすから」
にっかりと笑うベネット様の言葉に、後ろのほうでこそっと執事さんとマリエスさんが溜息をついた。
「…本来は、常にその御衣装でいて頂かねばならないところですが」
「街中や御忍びの機会も多うございますけれど、公式行事くらいは…えぇ」
私はもう、言いたい事は言い尽くしてしまったから、黙ってアル様を見る。…いつの間にか、広間中の視線がアル様に集まっていた。
それに気づいたのだろう、たじろぐアル様に、陛下から上目遣いの視線つきでトドメの一言が投げかけられた。

「―――――…………アル……お願い、します」

…………これに頷けない奴は、心がリンメルの鎧で覆われてるに違いない。そしてもちろん、アル様は―――

「―――…………………………ったく…わかったよ、乗せられてやる。…ただし、その会議の間だけだぞ」

赤銅色の髪をガシガシとかき回して。不機嫌に、不満げに――だけど、確かに承諾を口にした。
その言葉に、まるで蕾が花開いたように、陛下の不安げなお顔が綺麗な笑顔に変わった。
「アル…良かった………!」
「アル様、本当ですね!?」
「―――あぁ、二言はねえよ」
一応確かめた私に、アル様はしぶしぶと頷く。小さく拳を握りガッツポーズをした私の背後から――更なる勝利を狙った声がした。
「では、お直しの有無を確かめる為に、ご試着を。幸い、本日は仕立て屋のロドニーも城内におりますので」
にこやかに進み出た執事さんが、丁寧に――だけど、有無を言わさぬ調子で礼をして、支度室へとアル様を連れて行こうとする。
確かに、支度室の前には長身で眼鏡の仕立て屋さんが待機していた。――幸いでもなんでもなく、マリエスさんが呼んだんだろうなあ。 
「…って、ちょっと待てっ!? い、今、会議の間だけだって―――」
「それは、ジニーさんとのお約束でございましょう。わたくしは、執事として皆様のため万難を排するのが仕事でございますので」
「今この場で着せ替えさせられる事が、どう繋がんだよっ!? だいたい、夏の時に着てんだから直すとこなんか――」

「世の中には、『万が一』ということがございます。
『万が一』どこかサイズの変わられたところに気づかず、
『万が一』エストネルでアル様が陛下をお守りせねばならぬ事態が起きた際に、
『万が一』御衣装のお直しをしていなかったために、相手に一歩及ばなかった、などということになれば―――」

……『万が一』という言葉に思いっきり力を込めて、執事さんはニコニコとアル様を追い詰める。何しろ、エストネルだ。そんなことなんか起きるはずないとは思うけど…。
私以上に、アル様には強い危機感があったらしい。抵抗するのを止めて、真剣に考え込む様子を見せた。
「…確かに、それは――――」
「御納得いただけたようで幸いです。それではこちらへ」
「って、待て待て待てっ!? い、今この場でなくってもいいだろーがっ、引きずってくんじゃねぇっ!?」
再度抵抗するのはアレか、皆の前なのが恥ずかしいんだろうか。再び喚きだしたアル様の声にかぶさるように、明るく高い声が響いた。
「じゃ、じゃあ、アル兄様の騎士装束が見れるの!? うわぁ―――いっ、やったぁ―――――!!」
アキナ様が飛び跳ね、全身で喜びを表す。そうか、夏の園遊会のときはいなかったから、初めて見るんだっけ。
「善は急げと言うからな。なに、ロドニーは優秀な仕立て屋だから時間はかかるまい」
「せっかくだからふたり揃って着替えるでやんす。さあさあ!」
「アル、あたしもアルの騎士しょうぞく見たいの」
ナヴァール様、ベネット様、スリス様が口々に奨めると、アル様の顔が青ざめていく。
「……ま、どうせ掻く恥なら早めに掻いておくのも悪くはあるまい」
「アキナさん、あんなに喜んで…よかったナリなぁ」
「どーせならアキナ、支度室まで背中押してってやれよ」
人垣の最前列から、アキナ様の仲間――『エンジェルファイヤー』の皆さんがヤジを飛ばす。片目に眼帯をしたシーフ――ギィ様の無責任な言葉に、アキナ様は思いっきり頷いた。
「あ、そーだねっ! アル兄様、アキナお手伝いしますっ!」
「ちょっ、と待て…っ! ―――ひ、姫さん…っ!!」
最後に、救いを求めるようにアル様が視線を向ける――陛下と、隣にいた私に。
「あ、あたしも見たい――です。行ってらっしゃい、アル♪」
「んじゃ、トルソーは私がお持ちしますね!!」
期待に満ちた笑顔で手を振る陛下にあわせ、私は力強くトルソーを持ち上げる。…かくりと、アル様の頭が落ちた。

支度室で待つ執事さんと仕立て屋さんの元に、トルソーと気力の尽きたアル様を放り込んで、待つことしばし。
(着替えまで手伝おうとしたアキナ様は、失礼ながらその場にいた隊員全員がかりで引きずり出させていただいた)
「…………………着替えたぞ」
不機嫌な声とともに支度室の扉が開き、仏頂面の極みみたいなアル様が現れる。――騎士装束で。
「―――――………っ」
私の隣で、陛下が強く息を呑む音が聞こえる。それをかき消すように、甲高い声が響いた。
「…きゃ―――――――あっ、アル兄様っ、素敵っ、カッコ良いっ、可愛い――っっ!!」
興奮状態のアキナ様を、エンジェルファイヤーの皆さんが押さえつけてるのが見える。…アル様の眉間の皺が一段増えた気がするのは、気のせいじゃなさそうだ。
だけどまあ、そこまでではなくとも――騎士装束のアル様が格好良いのは間違いない。黒に近いくらいに深い緑の上着が、赤銅の髪とよく合ってるんだ。
それに、縁飾りの色も――全とっかえする前は確か、かなり暗めの金モールだったはずだ。今は、暗い冬の室内でもよく映えるような、明るい金色になっている。――さすがだ、仕立て屋さん。
まわりの歓声を拒否するような、むすっとした顔で――アル様はこっちへ歩いてこられる。
「そ〜んなにむくれた顔することないでやんすよっ、スマイルスマイル!」
「うむ、よく似合っておるぞ。これなら誰に後ろ指を差されることもあるまい」
ベネット様とナヴァール様が囃し立て、にまにまと笑顔を浮かべる。そして私は、この時ようやく―――陛下が、ひとことも発してらっしゃらないのに気づいた。
「…………陛下?」
何となくこっそり声をかけると、陛下は―――
「……おい、姫さん?」
ちょうど、歩いてこられたアル様も、陛下の顔を覗き込む。
「―――――――………ぇ…あ、っ…」
紅く頬を染めて。呆然と立ち尽くしていた陛下の顔に、生気が戻る。…その途端、恥ずかしそうにうつむいてしまったけど。
「………あのな、なんか一言ねえのかよ。似合わねえのはわかってる―――」
どの口が言うのか、とツッコミ入れかけた瞬間、うつむいたまま陛下がぶんぶんと首を横に振った。

「ち、違います、あの……っ、あんまり、その……素敵、で………」

消え入りそうな声でそう言って、陛下は両手で顔を覆ってしまう。……………か、可愛い……!!
「………………っ」
言われた側のアル様の顔も真っ赤になり、横を向いて歯を食いしばっている。…多分、いや間違い無く、口元が緩みそうなのを我慢しているんだろう。
「………あ〜〜〜〜〜、なんと言うかこう…夏にもおんなじ気分になった事があるでやんすが…」
「いい加減に慣れるようにな、ベネット」
耳と尻尾をげんなりとたらすベネット様に、ナヴァール様が即ツッコミを入れた。私はといえば、こんなおふたりの姿を間近で見られて幸せで倒れそうな気分だったりする。
「あぁっ、陛下…! 本当に、素晴らしゅうございますわ……!!」
「本当ですわね。おふたり並ぶと、まるで一幅の絵画のよう」
身悶えして喜ぶカーシャちゃんの声に、マリエスさんも微笑んで頷く。
確かにアル様が陛下のおそばに並ぶと、騎士装束の緑色がドレスに使われた三つの色をさらに引き立てて、お一人ずつ見るよりずっと綺麗だった。
しかも、騎士装束に飾られた金モールに反射した光が、ドレスの上着の白に反射して、例えじゃなく本当に光り輝いて見える。…本当に凄いな、仕立て屋さん。
感心する私をよそに――マリエスさんは小さく溜息をついた。
「………けれど、残念ですわ。これほどお美しいお二人を、記憶の中にしかとどめられないなんて」
「まあ、今から肖像画家を呼んでいるヒマはありませんものねえ…逃げられてしまう可能性もありますし」
………そうだろうなあ。できれば本当に、肖像画にでもして飾っておきたいけど、アル様猛反対しそうだし…。
そんな私たちの思考を読み取ったかのように――人垣の中から、ひとつの影が歩み出た。

「オーウッ! ワタシノ事ヲ、オ呼ビデスネエェェッ!?」
「誰だお前っ!?」

この場の誰もが思っていたことを、アル様が即座に的確にシンプルにツッコミを入れる。現れた珍妙な人物(そうとしか言いようがない)を見て、なぜかベネット様が申し訳なさそうな顔をした。
「……あ〜、このお人は、あっしの故郷エリンディルから来た芸術家のシャルル先生でやんす。…ていうかあんた、まだこっちにいたでやんすか」
「HAHAHA、ナニシロコチラニハ兄ガイマセンノデ」
裸にブーメランパンツ一丁、くるんと外巻きの髪にベレー帽を乗せて、怪しさ倍増しなピンと立てたヒゲ――どう見ても『自称・芸術家』って感じだけど。私は思わずじと目で呟いた。
「……芸術、って…肖像画描いてくれるんですか?」
うさんくさそうな視線が集まったことに気づいたのか、シャルル先生とやらはすちゃっと大仰なポーズを決めた。…余計うさんくさい。
「…ソウッ、芸術! ART!! あるでぃおんニ来テ出会ッタワタシノあーと、ソレハふぉとぐらふ! …トイウ訳デ、肖像画デハナク肖像写真撮リニキマシィタ」
「…………あんた、こないだは絵画っつってたのに…ぶっちゃけたでやんすな」
ベネット様が弱々しくつっこむが、シャルル先生はびくともしなかった。カメラを手に、きらりと輝く笑顔を見せる。
「細カイ事ハ気ニスルナデェス。瞬間ノ残像ヲ残スノガ、ワタシノ芸術トイウ事デ」
――写真の仕組みまでは知らないけど、そういうものがあるのは知っている。私は庶民なもので、全く縁は無いんだけど。…だけど、それなら。
「…では、シャルル殿。われらが陛下と騎士殿の肖像写真をお願いできますかな?」
ナヴァール様がにっこり笑って言うのと、アル様が逃げ出そうとするのは同時だった。―――すかさず先回りした執事さんとベネット様に抑えられてたけど。
「モチロンデェス。ワタシハソノタメニ出テ来タノデスカラ。撮ルノハ一瞬デスノデ、準備ガアレバドウゾ」
「では、陛下の御髪を直してまいりますわ!」
カーシャちゃんがすかさず飛び出し、陛下の髪やドレスを整える。…ふっと振り返ると、マリエスさんとリアちゃんの後ろにスリス様が隠れている。
怪しい人物に怯えたのか、急な展開についていけないのか。どこか所在無さげなスリス様に、私は思いつきで声をかけた。
「…なら、スリス様も一緒に写してもらったらいいんじゃないですか? 陛下とおそろいのドレスなんですし」
「…………え?」
スリス様が大きな青い瞳をきょとん、と見開き――まわりの人が動きを止める。……まずい事言ったかな、と訂正しようとした時。
「良いことを言ってくれたな、ジニー。スリス様、こちらへ来て頂けますかな?」
「隊長――それは、ナイスアイディアですわ!!」
ナヴァール様がにやりと笑い、カーシャちゃんがサムズアップをしてくれる。…そして、誰よりも。

「――スリスちゃん、一緒に写ろう…!」
「うんっ! ぴあにぃと一緒!!」

陛下とスリス様が、本当に嬉しそうなお顔で笑い、寄り添う。―――天国みたいな光景だ…。
その隣に、ベネット様と執事さんに引きずられたアル様が、若干仏頂面のままで並ぶ。―――瞬間、光が走った。
「…………フゥ。本物ノせれぶヲ撮ルノハ緊張シマァス」
「今何か聞き捨てならない言葉を聞いたでや――んすっ!?」
ベネット様が喚くのを無視し、ナヴァール様が笑顔でシャルル先生に歩み寄る。
「現像する際だが、できる限り大きなものでお願いできますかな?」
「モチロンデェス。デハ、現像デキ次第マタ来マァス」
颯爽とした足取りで、ヘンな芸術家は去っていく。それを確認してから、不機嫌の塊みたいなアル様が声を出した。
「……………おい。もう脱ぐからな? 着替えて来るからな、俺は!?」
…宣言してから行くあたりが、律儀だと思う。ともかく、それを聞いたナヴァール様がしれっと天井を見上げた。
「ふむ、せっかくのその格好だ。ピアニィ陛下御帰還の凱旋パレードでバーランドの街を歩くというのはいかがかな」
「冗談じゃねえぇぇぇっ!?」
一声絶叫して、バタンとアル様が支度室の扉を閉める。―――広間に、笑いが満ちた。

…おまけとして。
シャルル先生はその日の翌日、大きな額縁に入った写真を持って来てくれた。
アル様は大反対したらしいけど、その写真はしっかり城の大広間に飾ってあって、私は毎日休憩のたびにその写真を見に行っている。
私は後日ナヴァール様にえらく褒められた。何でもあの写真は、政治的にも重要な意味を持つとかで…よく覚えてないんだけども。
そして。準備の為の大忙しのあと、エストネルへの迎えの使者がくることになった――。


…いってきます。エストネルへ。




〜後記〜

…やったらと長い上になんかこうキャラが多くてすみません皆さん(汗)
隊員さんのキャラをお借りしての作品は緊張しましたが、めっちゃ楽しかったです!
さて、ドレスのイラストも早めに上げねばッ(下絵はできてる)

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