※世にも珍しい?ヤンヤン一人称です(笑)※



私の名はヤンヤン、ルミナスドラゴンの幼生体である。
我が誇らしき主の名はピアニィ・ルティナベール、元レイウォール第二王女にして現フェリタニア初代女王という、いと高き生粋のプリンセスだ。
私は、我が主の使い魔にして友である事を、この上なく誇りに思う。…例え主にMPタンクと言われても。むしろそれこそが、使い魔の本分である。多分。

私が初めて主に会ったのは、レイウォールの王宮でのこと。ピアニィの母君、我が先代の主でもあるティナ王妃が、幼い娘に私を引き合わせた。
いとけない表情に確かな知性と深い慈愛を滲ませた少女に、私は予感した――この方こそは、我が次代の主に相応しいと。
その予感どおり、ほどなくして才能を開花させたピアニィと私は使い魔の契約を結び、幼き姫君は我が主となった。
ピアニィは良く学び、己の魔力を研鑚することを惜しまず、また王女としても人々の意見を良く聞く柔軟な心を持ち合わせていた。
それでいて、自身の信念は迷わず貫き通す強さもあり――私はこの新しい主を、この上なく誇りに思うようになった。
いずれはこの幼き主も成長し、母君のように相応しい伴侶を得るだろう――嫁いでゆくのか、婿殿を迎えるのかは定かでないが。
その時まで、そしてそれより先も、私は共にいて主に仕えるだろうと、そう思っていた。―――あの日までは。

それはいつもと変わらぬ一日だった。
主はいつものように、執事が起床を促しに来る直前に目覚め、世話係のメイドの数に恐縮し(国の外で学生生活を送って以来、仰々しいのは苦手と公言してはばからない)…
朝食の後には、母君譲りの歌声で獣たちと戯れ、家族と話をして、病に伏せる父王を励ます。母君の形見というペンダントを喜び、私にもそれを掲げて見せた。
そして、日課の勉学に励む。竜の身たる私には学ぶこととてないが、主のためにそばに仕えテーブルの上で寝ながら話を聞いていた。
―――そのとき、不穏な足音に私は耳をそばだてた。
複数の、武装した人間が近づく気配。気付いた時にはそれは、扉の前に迫っており――扉を開けて雪崩れ込むと、それらは信じがたい言葉を吐いた。
―――謀反。ピアニィによる、父王暗殺の嫌疑。
そのときほど、私に人と交わす言葉があればと望んだことはない。
我が主ピアニィは、確かに戦意高く敵と戦うことに容赦はないが、家族――それも弱りきった父君に殺意を向けるような真似はしない。
だがあいにく私の言葉は兵士どもには通じず――我が怒りは光のブレスとなって、主に手を触れようとした無礼者どもをなぎ払った。
それを主の抵抗と取った兵士達はいきり立ち、ピアニィは私を宥め抱きしめる。―――ちなみに、口に出しての命令はないが、無意識下の圧迫はあったことだけは名誉の為に付け加えておく。
その後に現われた近衛騎士の頭頂部の毛皮に直線の焦げを作ったことは、まあお茶目と思っていただきたい。
ともかく――主と私は執事の働きにより、敵に囲まれた状況を脱出し、姉君の指示で城から抜け出すべく隠し通路へ入り込んだ。

―――そして主は、地下牢で最初の運命の転機を迎える。

出会い頭に看守を光のブレスで倒して乗り込んだ(ちなみにこの際にも、無意識下の圧迫が――以下略)地下の牢獄の中で、主と私は一人の若き剣士と出会った。
鎖につながれ囚われながらも、瞳の光を失わないその少年は、主を見て柄の悪そうな笑みを浮かべた。
「俺をここから出してくれないか? そうしたら、あんたが安全になるまで護衛するぜ?」
主は魔術師、私は竜といえど幼生体の身。護ってくれる者がいるのはありがたいと――私は無意識下にて主に伝え、その要求をのむ事を促す。
……何故か、提案をあっさり受け入れられた少年の方がうろたえていたのは、なかなかの見物ではあった。
そしてこれもまた不思議なことに、この少年は私の事を恐れていた。
小さな、毛皮のある生き物が苦手というが、そうなるまでにこの少年に一体何があったのか――興味は沸いたが、詮索することは避ける。
かくして我が主ピアニィは、少年――アル・イーズデイルとの出会いを果たした。
これが双方にとって運命の転機となることを、思いもせぬままに。

我が主ピアニィは逃亡の旅路のさなかに、さらに二人の仲間を得る。
犬というなら私よりよほど犬らしい、狼娘ベネット。そして我が眷属たる竜人の軍師、ナヴァール。
追いすがってきた近衛騎士たちを蹴散らし、ついに母君の生国アヴェルシアはバーランドの地に辿り付き――
そこで出会ったアヴェルシアの旧臣、ナイジェルと生き延びた執事に促され、ピアニィはこの地に一つの王国を興し、その女王となった。
―――古き王国に倣い、フェリタニアという名の国を。

だがしかし。我が主には王国設立の前に、竜炎騎士団よりもよほど手強い難敵が控えていたのだった。

ピアニィが竜輝石を得たとの報を受け、主を連れ戻しにきた姉君ステラの軍勢――その数一万。
街が、民が無用な戦いを避けられるなら――と自らの身を差し出そうとする主の決断に、少年が難色を示し、軍師ナヴァールは奇策をもってそれに答える。
即ち―――わずか四人同志での決闘。
ステラならばこの案をのむと見たナヴァールは、主に戦いに赴くものを選定するように告げた。一人は自身として、ピアニィが選んだのは当然、共に旅をした仲間達――しかし。
「ヤ、ヤンヤン、どうしたらいい……っ」
少年――アル・イーズデイルは、ピアニィが安全を得るまでの約束、と称して頑なに協力を拒んだ。
拒絶されることを全く想定していなかった(無理からぬことだ、と私も思う)ピアニィはパニックに陥り、大きな目に涙さえ浮かべて私に助けを求めた。
『―――ははは、私に言われても困るな』
「ヤンヤンっ、笑ってる場合じゃないからっ!?」
ほとんどべそをかきながら、ピアニィは大きな声で私を咎める。使い魔たる私との会話は、言葉を口にせずとも成立することをすっかり忘れてしまうほどに混乱しているのだ。
突如大きな声を出したピアニィを驚いた様子で見る周囲のもの(あの少年を含めて)をちらりと伺いながら、私は前足肉球をピアニィの掌に載せた。
――使い魔には、主との精神的なつながりがある。それは言葉に寄らず意思を伝え合うためのものであるが、時には主の心に秘めた、主でさえ気付いていない感情をも使い魔に伝える。
ピアニィの中にある、未だ明確な形を取らない――しかし無視できないほどに大きな『その感情』は、恐らく彼女にとっても馴染みの薄いものであるだろう。
だから私は――いつか彼女が、『その感情』と向き合うその日のために。私から彼女の為に、この愛しくも誇らしい我が主のためにできる最良のアドヴァイスを贈った。
『…が、これだけは言える。心に思ったままのことを言葉にするのだ』
「思ったままのこと……っ、ですか……」
私の言葉を受け取った主は、もごもごといくつも言葉を紡いでは飲み込み――繰り返すうちに、その顔は晩秋の木の葉の如く紅く染まってゆく。
そのかんばせの中、初夏の瑞々しい若葉の如き瞳に涙さえ滲ませた主の様子に、少年は戸惑ったように声を上げた。
「お、おい、姫さん? ちょっと落ち着……」
「い、いいから聞きなさいっ。アルさんっ、ええと……あ、あなたは今日から――」
両の手でこぶしを作り、主は私に背を向けて少年に向き直る。今までに聞いたことがないほどに、切羽詰った声で――ピアニィは望みを口にした。

「……今日から、あたしの騎士になりなさいっ!!」

―――予感は、していた。今まで通りには、我が主の傍に居続ける事はできまいと。
だがそれを、妬んだり恨んだりすることはない。なぜなら私は、主の使い魔なのだから。
我が主の喜び――それこそが、我が喜びなのだから。

主が興国して2ヶ月の後――突然の侵略に見舞われたメルトランドの窮状を救わんと、主は仲間と共に戦火の王国に乗り込んだ。
グラスウェルズの騎士より、少年――主の第一の騎士を庇ったピアニィの行動には肝が冷えた。恐らく、かの少年もまた同じ気持ちであったろう。
幼きスリス女王を救い出した後はノルウィッチに逗留し、グラスウェルズの侵攻を退けるための準備に移る。
すでに軍師はレイウォールの助力を得んと出立しており、主たちは領内の兵力を集めんとしていた。
そんな折の夕暮れ。ノルウィッチ城の中庭で主と散策していた私は、視界の端にうろうろと動くものを見つけた。
少年――今や主の第一の騎士となった、アル・イーズデイル。彼は、遠巻きにこちらを眺めながら――主の様子をうかがうように視線を送っている。
恐らくは、私の存在を苦手にしているのだろう。困ったような表情に免じて、私は主の注意を彼に向けてやることにした。
『――ピアニィ、あの少年が何かしゃべりたそうだが?』
私の呼びかけに振り向いたピアニィが――少年の姿を確認して、わずかに身構える。しかし、それが不快ゆえでない事は表情と、かすかに夕日のせいでなく紅くなった頬から知れた。
「……アル? どうしたんですか――」
こちらもやや頬を赤くして、困ったように目をそらす少年の姿を見ながら、私は庭の隅に――少年がこちらを気にしない距離に控えた。
………そこから先の会話等についてはまあ、紳士協定という事で黙秘させていただきたい。

かくして私は、我が定位置であった主の隣を明け渡す決意をした。
離れたとて、私は使い魔である。心は繋がっているし、主の求める時には常に傍に在る。
だから――私は少しだけ、離れて見守ることにした。我が主――ピアニィと、彼女の大切な騎士を。

※    ※    ※

「…………おや」
執務室の隣、自分の私室に入ったナヴァールは、窓辺にうずくまる白い毛皮を見て小さく声を上げた。
本日のピアニィの執務は休憩時間に入っている。その間に、次なる職務に関する資料をまとめておこうと部屋に戻ったのだが…。
「―――ヤンヤン。ご主人は外か?」
窓に近寄りながら、ナヴァールは子竜――ヤンヤンに声をかける。丸くなって眠るヤンヤンが尻尾をぱたりと振って答え、その背中越しに見る窓から、中庭の様子が見て取れた。
そこにいるのは、この新しき国の小さな女王。先ほどまで執務室で必死にサインをしていた少女が、今は朗らかに笑っている。
その傍らに立つのは、女王に剣を捧げた第一の騎士。女王の他愛ないおしゃべりに琥珀色の目を細めているのが、ここからでも良くわかる。
「……すっかり定位置だな。まあ、私は構わんが」
小さく苦笑しながら、ナヴァールは小さな竜の背中に指を滑らせる。白い毛皮が、一回だけ大きく息を吸って膨れ上がった。
ノルウィッチから帰還して以来、執務の休憩を宣言すると、ピアニィは『外の空気を吸いに』とヤンヤンを置いて部屋を飛び出していく。
それまでの休憩時間といえば、ぐったりと執務机でヤンヤンをなでているばかりだったから、ずいぶんな変わりようではある。
残されたヤンヤンは、単独でナヴァールの部屋に潜り込むようになった。一番日当たりのいい、中庭を見下ろす窓辺に―――まるで、ふたりを見守るように。

………物言わぬ無機物や動物を『一番の親友』として連れ歩くことは、小さな子供には良くあることだ。幼い子供はそこに自己を投影し、対話をすることで社会性を身につけ学んでゆく。
だが、『一番の親友』はいつまでも一番ではいられない。子供は成長し、投影された他者ではなく本当の他者と話すことに喜びを覚えるようになる。
そしていつしか、子供の頃の『一番の親友』は忘れ去られていく。それは薄情ゆえでなく、正常な成長の証であり、必要な過程でもある。
―――ただ、ピアニィの場合はそれが、実際に話のできる使い魔であっただけで。

「―――置いてゆかれる身というのは、辛いものだな。ここでよければ、いくらでも休んでゆくといい」
ふわふわした毛皮に指を埋め、しみじみとした口調でナヴァールは呟く。子竜の耳が、ぴくりと立ち上がって――ゆっくりと伏せられた。


※    ※    ※

………やれやれ、と私は内心で小さく溜息をついた。同じ竜の眷属同士、軍師の考えていることは大体伝わったが――わかっていないと言わざるをえない。
私は主の使い魔であり、その心とは常に繋がっている。離れていたとて、寂しさを感じることはない。
そして――私はけして、置いていかれたわけではない。
私は、待っているのだ。かつて母君が、幼きピアニィを私に引き合わせたように―――我が主が、幼き我が子を私に託さんと引き合わせてくれる日を。
幼生体といえど、この身は竜である。人の一生など、わが身にはわずかな時にすぎぬ。待つことに、何の苦痛があろうか。
だから――私は置いていかれるのではない。今はただ、その時を待っているのだ。

…私の名はヤンヤン。誇らしき我が主、ピアニィ・ルティナベールの使い魔である。

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