※「真夜中遊戯」および「真夜中遊戯・その後」を読んでいると、より楽しめるかもしれません。




「アル殿――――っ!! 責任とるでやんす――っ!?」
「………………お前にそう言われるような筋合いは、ひとっかけらもねぇよ…」
ノルウィッチ城につくなり、不穏なことを言って駆けて来たベネットに、アルはうんざりした顔でうめく。
「責任大ありでやんすよっ?! いいからピアニィ様を何とかするでやんすっ!!」
アルの目の前に立ち、狼娘は必死の形相で喚きたてる。その内容に、剣士は軽く眉をしかめた。
「…姫さんが? 一体どういうことだ?」
半泣きになりながらベネットが訴えるにいわく。
避けられそうにない戦争に向けて、ナヴァールが文官たちに命じて作らせた模擬戦闘用の盤上遊戯――――
アルも製作に手を貸し、ベネットが斥候して来た情報をデータに組み込んだそれを、ピアニィは熱心に読み込んだ。
いかに被害を少なくするか、いかに効率的に短く戦闘を終わらせるか―――全てを検討するために、幾度も幾度も模擬戦闘を繰り返す。
職務に差し障らぬように深夜に行われた模擬戦闘に、当然ながら激務のナヴァールやナイジェルといった文官たちを付き合わせるわけにも行かず。
時間があるのは、現在弟の療養のためにノルウィッチに逗留するナーシアと、その護衛(という名の監視役)のベネットだったが―――ナーシアはいち早く逃げ出し、ベネットが生贄になっている、という。
「………模擬戦闘だけで夜中に6時間とか10時間とか、正気の沙汰じゃないでやんすっ!? あんなのに付き合えるのは、同じゲーマーのアル殿ぐらいでやんすよっ…!!」
おいおいと泣く狼娘の言葉に眉をしかめるが、言っていることに間違いは無いので渋々スルーする。
当座、この城において――ゲームへの情熱と戦闘への意欲においてピアニィに張れる人間がいるとすれば、アルくらいなのだ。
「………言いたい事はわかった。で、後は俺が代わりに行けばいいって事だな?」
「話が早くて助かるでやんす!! んでは、あっしは夢の世界に旅立つでやんすよっ!!」
どこに抱えていたのか大きな枕を持って、ベネットは自分の寝室へとあっという間に駆け去ってしまう。思わず呆然と見送ってしまってから――アルの口から溜息がこぼれた。
「俺も出先から帰ったばっかりなんだがなあ…ま、しょうがねえか」
ピアニィが夢中になっているくだんの盤上遊戯について、一番熱心に作りこんだのが自分である事は自覚している。そして、そこまで夢中にさせてしまった原因が自分である事も。
出来上がった盤上遊戯を前にはしゃぐピアニィを、アルはテストプレイと称して完膚なきまでに叩きのめしてしまったのである。
ゲーマーの常として人一倍の負けず嫌いである女王は、それ以来国内の平定という任務で出かけてしまった第一の騎士に勝つために、研鑽を詰んでいるというわけだ。
図らずも、ベネットが言った通りに『責任を取る為』に――アル・イーズデイルは彼を負かそうと気勢を上げているはずの女王のもとへ向かった。



軽いノックに、返事はない。もう一度叩いても返事がないのを確認してから、アルは頑丈な扉を静かに開けた。
「―――もうっ、遅いですよベネットちゃん! 今度はそっちの行動………って、アルっ!?」
文句を言いながら顔を上げた寝間着姿のピアニィが、予想と違う人物の登場に驚いて目を見開く。
「ああ、俺だ。悪いな、驚かせて」
小さな子供か、小動物めいた驚きの表情に口元を緩ませながら言うと、頬を染めたピアニィが慌てて首を横に振った。
「い、いえっ! あの、いつ帰ってきたんですか!? 予定では確か――」
「今帰ってきて、すぐにベネットのやつに捕まってな。姫さんのゲームの相手をしてやれってそれだけ言って、引っ込んじまった」
悪口のたぐいを言われたことは伏せておく。が、アルの言葉にピアニィは心外そうに眉を寄せた。
「げ、ゲームって…遊んでるんじゃないんですよ? これはちゃんと、皆にできるだけ被害を出さないようにという、練習を――」
必死に並べられる理由(建前とも言う)を聞き流しながら、アルはちらりとテーブルの上に視線を走らせる。
複雑に書き付けられたいくつもの紙片とダイス、多数のコマが並べられた盤面を見て――――
「………それにしちゃ、五十万対五十万とかいう超大規模戦闘になってんのはどういうことだ?」
「え、あ、あぅう……あの、その、あらゆる可能性を追求していった結果で、その……っ」
冷静な指摘に、ピアニィは必死に目を逸らしながら言い訳を重ねる。
しばらく真面目な顔で見つめていると、薄紅色の頭がしゅんと項垂れた。
「……………ご、ごめんなさい…遊んでました…」
素直に謝るさまが可笑しくて、アルは思わず噴き出してしまう。涙に濡れた視線が、非難の色を帯びてアルを見つめた。
「――――いや、悪い。まあ、色々やりたくなる気分はわかるからな。俺だってそれでこの間姫さんを叩きのめしちまったわけだし…」
「そ、そうですよっ! だからあたし…っ! アル、勝ち逃げしちゃ駄目ですからねっ!?」
「勝ち逃げって……ま、いいか。で、ベネットの使ってたのはこっちだな?」
軽く肩をすくめて、アルは少女の差し向かいの席に座る。データを書き付けた紙を一通り眺め、コマの状態を確認して――不敵な笑みが口元に浮かんだ。
「さて。―――――手加減はしねえぞ?」
ダイスを握るアルの姿に、ピアニィの表情が明るくなり――翡翠の瞳に、らんらんとした光が灯る。
「……はいっ! 勝負ですよっ!!」
――――かくしてここに、戦いの火蓋は切って落とされた。

そして、一時間後。
「…では、前線に向かって《フロストプリズム》!!」
「ん、それは通し。こいつだけ残るから《一騎当千》が発動して――《ディフレクション》。よし、成功」
「ちょ、ええええええっ!?」

さらに、一時間後。
「こっちの行動だな。前線の――――眼鏡に攻撃」
「ああっ、戦力が減っちゃう…《プロテクション》っ!! あ、ダイス目いい♪」
「………………ギルドスキル《再行動》発動、ついでに《エンカレッジ》で攻撃。目標は全部眼鏡」
「えぅっ!? な、なんか集中攻撃ですよぉ!?」

さらにさらに一時間が経過した頃。
「……よし、こっちは行動終了だ。姫さん―――――……姫さん?」
声をかけても返事のないことに気づいて、アルは書き付けから視線を上げて対戦相手の様子をうかがった。
遊戯盤の置かれたテーブルの反対側に華奢な体が突っ伏して、絹糸にも似た薄紅の髪がさらさらと渦を巻いている。
覗き込めば、ピアニィは片手にダイス、片手にコマを握り締めたまま―――しっかり眠り込んでいた。
「…………やれやれ。どんだけ睡眠削って遊んでたんだか…」
苦笑と共に立ち上がり、テーブルを回り込む。背後に立つと、身じろぎしたピアニィが小さな声で呟いた。
「―――――……ん…つぎの……こうどうで…倒さないと…」
…なんともピアニィらしい寝言である。声を上げて笑いそうになるのを何とか噛み殺して(握り締めていた品物はどうにか外して)、アルはたおやかな体躯を抱き上げた。
すやすやと健康的な寝息を立てる少女を、壊れ物を扱うように寝台にそっと横たえる。
問題は、散らかり放題になったテーブルだ。片付けて、ノーゲームとしてしまうには惜しい展開の一戦――次のピアニィの一手で、大きく戦況が変わっただろう。
どうするかと迷いながらもいったん身を離した瞬間、閉じていた瞼が震え―――
「………………ぅん………あ、る? あれ……? ――――――あっ!!」
ぼんやりと眠たげだった表情が急激に覚醒する。跳ね起きようとしたピアニィの肩を、アルは慌てて押しとどめた。
「んな、急いで起きなくていいって。寝不足なんだろ、姫さん。今日はもう寝とけ。――あとはアレをどうするか…」
宥めるようにいいながら、遊戯盤と紙で埋め尽くされたテーブルに視線を送ると、ピアニィはますます起きようともがいた。 
「か、片付けちゃダメですっ、続き………っ!」
慌てる姿を、勝負を無効にしたくないがための焦りと解釈して―――アルは同意を示して頷いた。
「ああ、俺もきっちり勝負つけたいしな。じゃあこれはこのままにしといて、明日の晩にでも続きを――」
「あ、明日って……ダメですよっ、ちゃんと今最後までやらないと…!」
アルの言葉に、再びピアニィがもがき始める。もだもだと動くほっそりとした体は、特に力を入れなくとも押さえ込むことができた。
「別に今じゃなくってもいだろうが。姫さんがゲームの最中に寝るなんて、よっぽどの寝不足だろ? いい子だから寝ちまえ」
「やぁ…っ、も、もう少しなのに…っ! アル、離して…っ! し、勝負、つけないと…!」
意地になっているのか、それでもピアニィはぱたぱたと暴れる。寝間着の裾が大きく翻って、ほっそりとした白い足が露になった。
「………そんなに勝負がしたいんなら、ここで続き―――するか?」
くすりと笑って。琥珀の瞳を軽く眇めて、アルは少女の肩を抑える手に軽く力を込める。寝台の上に、たおやかな背中が倒れた。
「…ここで…って、え? ―――――――っ、えっ、ちょっ…!!」
きょとんと翡翠の瞳を見開いたピアニィが――僅かな沈黙のあとに顔を真っ赤に染める。逃れようともがく体をしっかり抱えて、アルはゆっくりと覆い被さる。
「勝負、したいんだろ? 受けて立ってやるよ―――喜んで」
「や、あのっ、待って、アルっ……! そ、そんな勝負あたし、絶対勝ち目な――――――っ…」
慌てる声が、楽しげな微笑の口元に消えて。
――ほどなく、柔らかな衣擦れの音と息遣いだけが寝室に満ちた。



ちなみに勝負の行方については――――ご想像のとおり。

メンバーのみ編集できます

メンバー募集!