２．女王騎士様は癒される
聞いたことはないはずだけれど、不思議と懐かしい感じのする唄だ。
――――囁くような唄声を聴きながら、夢現の中でアル・イーズデイルは思った。
懐かしいといえば、今この頭の下にある枕の感触も不思議と懐かしい。
滑らかな手触り。それでいて柔らかいけれど、弾力があって、何故か暖かい。
その暖かさが嬉しくて、そっとでも強く触れてみたら、本当に懐かしいけど何処か違う不思議な感触だった。
その優しく暖かい懐かしさ中で、奏でられる唄にまるで包まれるように、そして柔らかく抱きとめられるように心地良い微睡に沈み続ける。
―――どれほど沈み続けたのか････
何時の間にか瞼の裏にオレンジ色の幾分眩しい光が飛び込んできた時は、思わず意識が心地よさから浮かび上がり、それを厭うように光を遮る為に手を伸ばす。････････と、まるでその眩しさから自分の守るようにフワリと薄紅色の紗のようなカーテンが伸ばした手の先に下りてきて眩しさを和らげると、再び微睡の中に促される。
伸ばした指先に触れたその最上級の絹糸を束ねたような手触りがまた心地よく、薄紅色な紗を手に取り愛しむように指に絡めてみると、どこかでクスリと微笑む気配がして、それが何故か嬉しかった。
･････微睡の中を揺蕩い続ける思考の何処かで「このまま微睡んだ中でずっといたい」と願う声と、「このままではいけない････」と訴える声が沸きあがってくる。
この離れ難い心地良い状態から相反する声に意識が追い立てられそうになり、まるで此処にしがみ付くように触れていた温かい枕を抱きしめる。
すると、唄声と同じ「大丈夫ですよ」という透明で優しい囁きが耳元に降ってきて、頭を緩やかに撫でられた。
その髪に触れる暖かな手がまた懐かしくて、囁きに途切れてしまった唄を続けて欲しくて、触れてきた手を握り締めながら「もっと････」と呟く。
すると、本当に微かな呟きだったハズなのに、それを聞き取ってくれたその優しく透き通った声の主は、まるでそれが答えだというように握り締めた細く華奢な手はそのままに、もう一方の手でふわりふわりと優しく髪を撫で続けて、再び意識に染みとおるような妙なる唄声を再び紡ぎ出してくれる。
･･････優しい優しい唄声。･････触れてきて、この手に掴み取れる柔らかくて暖かい感触。
何時からかずっと体の何処かに降り積もり続けていた澱の様な何かが、微睡の中に唄声に導かれるように融けて散っていく。
――――ふと、アルは思う。こんなふうに安らいだのは、どれほどぶりなのだろう？
少なくとも、テオと出会って実家を飛び出した以降の10年間はついぞ思いつかないのは間違いない。
いや、実家にいた頃だって、こんな風な暖かで優しい感触や唄声に包まれていたことなんて、あったのだろうか？
かまわれた（というか、いぢられた）記憶には困らないのは置いておいて、記憶に存在しない父の代わりに店の切り盛りに忙しかった母に、賭けてもいいがそんな暇はまず無かったはずだし。その母の代わりに面倒をみてくれた長姉だって自分とそれほど歳が違わない以上、自分よりさらに小さく手の掛かった妹で手一杯だったような気がする。―――というか、母も姉達もこんな思わず聞き入らずにいられないようなほど唄は上手くなったはずだ。
だからなのだろうか、これほど安らぎを齎してくれるこの微睡の中に漂い続けたいと思ってやまないのは。そしてこの手に、この髪に触れている暖かさから離れがたいのは････。
･････そうして、秋風のそよぐ中に、優しい唄は途切れず彼の為に紡がれつづける。
握り締めた手の中の温もりもそのままに･････
なら、とアルは思う。許される限りこの心地よさに留まり続けていてもいいのではないのか。
大丈夫だという言葉の通り、この優しい手の主に拒まれるまで、この唄声が途切れるまでなら･････。
そう思いながら、一方で拒まれるのを恐れるように、暖かい柔らかさを抱きしめた腕に、握り締めた華奢な手を掴む己の手に我知らず力を込める。
そうすれば、きっとまた「大丈夫」という優しい言葉が囁かれると信じて･････
････････が、次の瞬間にもたらされたのは、彼が期待した優しい囁きと感触ではなかった。
――もそり、と何処か既視感と不穏さを覚える何かが足の上に乗り、つんつんと足先を突っつかれる。
同時に感じる、アルの背中に悪寒と戦慄が走りまくるフサリとした毛皮の感触と、先程から感じる心地よい暖かさとは断固違ったあきらかに小型の生物としか思えない温度と重さを持ったモノの気配。
そりゃもう嬉しくない既視感なんぞありまくる気配が――――
その考えるの放棄したい気配と感触、そして何かに苛立つように執拗に繰り返される足先を突っつかれる感覚に、彼の意識は沈み続けていた微睡の中から一気に引きずりあげられる。
思わず、先程とは違った意味で「目を開けたくねー！！」と縋りつくように温もりを手にした腕に力を込めたが、残念ながら聞き入っていた優しい唄は途切れ、覚醒しかけた意識にまるでトドメを刺すように些か焦り気味な唄声の主の言葉が降ってきた。
「だめ、ヤンヤン！！。アルが起きちゃう」
ああぁぁぁぁ、やっぱりかよ！！。
薄々わかってはいても、実際にその名前だけは聞きたくなかった･････（ｶﾞｯｸﾘ）
落胆と悪寒と冷汗を一気に味わいながら、それでも未練がましく先程までの微睡の時間にしがみつこうとするアル。
一方そのアルの眠りを健気にも守ろうと、先程の可憐な唄声の主は彼の頭を撫でる手は止めぬまま、おのれの使い魔の挙動を必死に制止しようとしていた。
「････まだもうちょっとは大丈夫だから、ギリギリまでこのままで･･･うん、あたしは平気だからね。･････うん･････・あの、まだ･････ん、ね、御願いだから、もうちょっと･････」
未だ完全には目覚めぬ彼を気遣うように、本当に微かに囁くような懇願の声が聞こえる。
「･････うん、あたしばっかり嬉しくて･････わかってるから････それ････」
すると、主の懇願を聞き入れたのか、その言葉に従うように足先への刺激が止まり、足の上から厭うべき気配と感触が離れていく。
ああ、良かった･････居なくなったか･････。
この場合、ブレスを吐かれなくて良かったんだろうなあ･････。
と、目覚めもしないが意識の一部だけは覚醒させてホッと安堵の息を吐くというなかなか器用なことをしつつ、アルはハタっ☆と今更ながらに現在の状況を顧みてみた。
ちょっと待て？！。さっきのがヤンヤンってことは････この声と手って、姫さんかよ？！！
いや、多分姫さんなんだろう。つーか、姫さん以外だったら駄目だろ！！（←？！）
ん？、じゃ、俺はいったい何処で寝てるんだ？？！！！
そもそも、何で寝てるんだ。おい？！！
顧みて初めて自分の置かれた状況を考えてみる、まだ寝ボケが抜けないフェリタニア王国第一にして筆頭騎士なアル・イーズデイル、20歳。
ついでに、寝ぼけている所為か微妙に普段意識しない本音が混じってる健全青少年である。
――――あー、確か、あの【忌々しい厄介な場所】からやっと城に帰ってきたんだよな、ちゃんと【薬】の効果が切れてから。んで･････、姫さんの処に行く気になれなくて、しょうがないから一応ナヴァールの旦那の所に挨拶に顔を出したら―――
「おや、今回はまた随分と疲れた様子だな」
「･････ほっといてくれ」
今回もの間違いだろ。《あそこ》に《あんな格好》で何度も通えば、そりゃ疲れもするだろうよ。
と、仏頂面標準装備の上にヤサグレ風味追加で言葉を返すアル。
一方、あいも変わらず泰然とした姿でアルを自室に迎え入れた王国軍師ナヴァールは、その疲れ果てたというより窶れ果てた姿を前にしても、平然と微笑んでいた。
その浮かべた微笑がどれほど曲者なのかを知っている人間は、まだそれ程多くはない。
ちなみに、アルは短い付き合いだが、とんでもない曲者の上にとんだ喰わせ者だということを嫌というほど知ってしまっている一人である。
「一応労いの言葉をかけた同僚に、その素っ気無さはいかがなものかと思うが････」
「それだけ疲れてるんと思ってくれよ。《あそこ》の面子のロクデモ無さは、前に報告してあったと思ったんだがな･････」
しかも、今回は前にも増して酷かった。
帰り際に「実地訓練で、指導の成果を見て下さい♪」などと一同総出てのたもうて、有無を言わせずギルドスキル【限界突破】＋【紋章：水】＋【結束】使用で、【ウォータースピア】の一斉射撃喰らったんだぞ！。
達成値+2+2+25Dを連発なんぞというとんでもない攻撃喰らって、どーしろっていうんだ！！
（言うまでもないが《ギルドスキル使用の戦術》を教えたのは、そもそもアルだったりする）
まあ、ダメージは1レベルの上に、何故か他の人間が【プロテクション】飛ばしてきて無いも同然だったんだが･････。
で、全身ずぶ濡れ状態に追い込まれて、ワクワク笑顔の《姫さんモドキ集団》に暴挙の理由を問いただしたら「アルティアお姉様と一緒にお風呂に入りたかったんですぅ♪」ときたもんだ。
しかも、「ついでに、風邪でもひいていただけたら、そのまま此方に長期滞在していただけるかなって。お姉様ったら、いつもさっさと帰ってしまわれるんですもの。みんな寂しかったからホンのお茶目なんですよぉ」だったからな（怒）
と、その素敵にヤンデレなコメントを吐きつつ満面笑顔でタオル片手に迫ってくる《劣化殺意プリンセスモドキ軍団》を前に、一瞬意識が遠のきかけたのを辛うじて堪え、着替えと荷物を引っつかんでずぶ濡れのまま脱兎で逃走図る以外に他は無かった、当時・武装シスター女騎士：アルティア・ベルイーズ、現在、王国第一にして女王騎士：アル・イーズデイルさんだった（笑）
で、逃走しながら思った事が、『悪い、姫さん。前にあんな連中とちょっとでも一緒くたにしちまって。アレに比べたら姫さんの方が何百万倍もマシだった！！。というか、比べる方が間違ってた！！』だったことは、女王陛下には死んでも言えないことだったりするんだろう。
「それはまた･････そこまで慕われて、男して羨ましいと言うべきか、気の毒と言うべきか････」
「･････口元が歪んでるぞ、旦那」
笑いたいんなら素直に笑えばいいだろ！！。
言っちゃあなんだか、男として慕われてるんじゃないところが最大の問題なんだ。
つーか、元はと言えばナヴァールの旦那の所為な気がするんだが････。
「諸悪の根源の旦那に、羨ましがられる筋合いも気の毒がられる筋合いもねえな」
「おや、それは心外な言葉だな。元はといえば、アルの昔馴染みのお茶目の所為ではなかったのかね」
「たしかに直接的にはアイツのロクデモない提案の所為だが･････選りにも選ってそいつを助っ人に呼ぶ手配したの、旦那だろうが！！」
弱みを握られたらこれ以上無いくらい厄介な相手の他国の密偵に、さんざんもて遊ばれた挙句どんだけ恥を晒すことになったと思ってるんだ！！
ついでに言うと、もっと根源的な【例の秘薬】を持ち出してきたのも旦那だったよな！！
「だが、他に方法はなかったのだから仕方が無い。アルが行かなければ、それこそ陛下ご本人がお出かけになるのを御止めできなっただろう。結果を想像できるかね？」
「････うっ（汗）。た、たしかにな････」
あの連中の中に姫さんを飛び込ませるなんて、考えるだに恐ろしい。というか、ナーシアと姫さんが遭遇とかありえないから！！
思わず声を荒らげて詰め寄るアル相手に、それこそ特上の喰えない微笑を浮かべてあっさり言葉を返すナヴァール。
そして、帰ってきた台詞に怖い考えを幻視して、戦慄と悪寒に怯えるアル（笑）
「ついでに、隠密行動が本業ではない我が国の筆頭騎士殿に、それを得意とする助っ人を用意するのは、依頼主たる軍師の当然の務めだと思うが････」
「････人選に問題ありまくりだろ！」
「問題も何も、そもそも我が国に適当な人材がいなかったので、本来、女王陛下の傍に控えてもらう第一にして女王の守護騎士たるアルに無体な依頼をするハメになっているのだ。領土も猫の額。人材も不足。予算は皆無の『無い無い尽くしな零細新興国家』なのだよ、現在の我が国は。私の個人的な伝手で他国、しかもレイウォール以外の国からとなったら、自然ああいう人選になってしまったというだけだ。あちら（ゴーダ伯）の派遣してきた人間とアルの個人的な関わりについては、もう不幸な偶然という他は無いな」
「･････よくまあ、スラスラと（ﾎﾞｿｯ）。わかったよ、俺の星の巡りが悪いだけなんだろ」
「うむ。納得してくると有り難い」
「言っとくけど、納得と諦めは違うからな」
つーか、グラスウェルズの悪人面軍師が個人的な伝手って、どんな人脈なんだか？
今さら言っても仕方が無いが、何かあっちとロクデモ無い取引とかしてないだろうな、この旦那。
ズラズラと立て板に水のごとく言葉で丸め込みにかかるナヴァールに、ジトリと胡乱な視線を向けながら、やっぱり口では勝てねえなあと、諦観というか、しぶしぶと矛を収めるアル。
ちなみに、深慮鬼謀で他国に知られ始めた腹黒軍師ナヴァールが、女王陛下にも秘匿して個人的に大陸中で諜報活動を展開させている密偵集団【竜の爪】の存在をアルがもし知ったら、納得も諦めもこんなもんじゃすまなったハズである。なんせ、あそこ（竜の爪）にはちゃんと女性の凄腕密偵が複数在籍しているんだから（笑）
フェリタニア王国軍師：ナヴァール。その深慮遠謀は凡人の窺い知るところではないのだが･････つくづくイロイロと謎な男であった。
「まあ、依頼した厄介な任務が、さらにグレードアップして面倒になったのは申し訳ないと思うから、こうして労っているのだよ」
「まあ･････口で『御苦労様』を言うだけならタダだからな」
「･････確かに言葉だけというの誠意に欠けるな。では、お茶でも一杯いかがかね」
諦めたわりにはヤサグレ続行中のアルに、意味ありげに微笑みながらあくまで泰然とした態度を崩さないナヴァールは、手元に用意されていたティーカップを差し出し、手近な椅子を勧める。
「･････別にモノを催促したわけじゃないんだが････」
アルの方も差し出されたカップを受け取り、勧められた椅子に素直に腰を下ろした。
ちなみに、勧められた椅子とカップの用意されていたサイドテーブル以外の部屋の中は、机、テーブルはいうに及ばず、台と言う台とさらに長椅子の上に書類の山が築かれているのは言うまでも無いだろう。ついでに、此処までの会話の中で、ナヴァールの書類を処理しつづける手は殆ど遅滞無く動き続けている。
そのあまりに淀みない書類の処理速度に『ほんとに中身確認してんのか？』と思いながら、手にしたお茶を飲み下して、思わずアルは一言いわずにいられなかった。
「無い無い尽くしという割には、良い物飲んでんな、旦那。いいのかよ、こんな一口で極上品と解るブレンドハーブティーなんて。確か、この間姫さんにところで出されたの、白湯だったぞ」
ま、これが年代モノとかの酒じゃないだけ、やっぱり貧乏なのかもしれねえが････。
と、身も蓋も無いコメントを述べる。
「いや、これは王城内の庭園を利用した自家菜園の産物を、城内のメイドが自作したモノなのでな。これについては元手が掛かっていないのだよ」
「･････なるほどな（脱力）。結局タダなわけだな」
「手間と誠意と真心は、これ以上ないほど籠められているぞ」
･････ついでに、アルが今手にしている中にはそれ以上のナニかも籠められてているだろうがな。
という、アルが聞いたら即刻カップを投げ返されそうな言葉を内心のみで呟いて、ナヴァールは話題を換えることにする。
なんせ、この後の予定も詰まっているのだ、彼とその他の人々には････
「で、労わりが必要な任務から帰って早々ですまないが、アルに頼みたいことがあってだな････」
「（ﾊｧ）････タダより高いものはないとは、よく言ったもんだな。それで？」
全然すまなさそうに聞こえない軍師様のことばに、中身を飲み干したカップを返却しようとした手を止め、溜息をつきながらアルは先を促す。
「うむ。納得してくれているのは、ありがたい」
「だから、納得じゃなくて諦めだって。さっさと用件言ってくれ！。とっとと片付けて、今日は部屋で寝るぞ、俺は。･････それとも、旦那が言いよどむような、厄介事なのかよ？！」
流石に、胡乱な会話の流れにヤサグレどころか目が据わって声にドスが効いてくる。
「いや、たいしたことではない。というよりも、女王陛下の騎士たるアルの平常業務だな」
「はあ？！」
そんなアルにも、当然のように態度を欠片もかえずにあくまで淡々と言葉を続けるナヴァール。
「･････単に、ピアニィ女王陛下が本日未明から所在不明でな。よって、その行方を至急探索の上身柄を確保。そのまま護衛を頼みたいというだけだ」
ふーん、姫さんの探索と護衛なら確かに･････って、おい？！
「待て待て待てーい！！！。それの何処が大したことないんだ、こらぁ！！！」
瞬間、顔色を変えて王国軍師に詰め寄る、忠実なる女王陛下の騎士。
その焦りっぷりは、手の中のティーカップをミシミシと音をたてて軋ませているので丸解りである。
「言っておくが、そのカップはタダどころか城の備品の中では高い部類に入るのだが････」
「そんなことはどうでもいい！！。所在不明だとぉ？！！･････、それって、この城内で行方不明。つーか、失踪中ってことか？！！」
何でそんなことになってるんだ？！。
「姫さんなら、女王の業務山積み状態で執務室に毎日缶詰１８時間労働じゃなかったのかよ！！」
当然、業務補助のナヴァールの旦那やナイジェル他、とにかく誰かと必ず一緒のハズだ。
ついでに、ほわほわ過保護な激甘育ちの姫さんだが、あれで国や民への義務感とか責任感は売るほど持ってる、こっちが心配しちまう程とてつもなく真面目で真っ正直で一生懸命な、経験不足を熱意で補う模範的に勤勉で仁義に溢れた女王なのだ。
やり過ぎてぶっ倒れることはあったとしても、仕事嫌さだの怠けたいだので城の皆に無断失踪するような、いい加減なことは絶対にしないと言い切れる。
「うむ。陛下が一生懸命過ぎてこちらが心配してしまうレベルというのは、言うまでもないな。で、ここ数日根を詰めすぎている上に、何か気がかりがあるようだったので、本日一日くらいはと、城の者皆でピアニィ様に休養をお薦めしたのだ。一日くらいならナイジェル殿や私でフォローできなくないからな」
倒れられからでは元も子もないし･････その方がフォローが大変だ、とアッサリという軍師様。
「なるほど。で？」
「本日は自室でゆっくりとお休みになられているか、《例のご趣味》にでも興じておられるのかと思っていたのだが、午後になってからお部屋にもおいでになられないし、朝食以降誰もお姿を見かけていないと報告がきてな」
「それまで誰も気がつかなかったのか？」
剣呑な雰囲気が増してきた女王騎士様の手の中では、あいかわらずミシミシと軋む音が続いている。割れずに踏ん張っている、健気なティーカップ（笑）
「仕方が無い。何度も言うようだが、この城は現在進行中で人手不足なのだ」
「人手が足りないので発覚が遅れたのはわかった。･････だが、俺が帰ってくるのを悠長に待ってただけとか言うなよ。とっとと誰かに捜させているんだろうな？（ｷﾞﾛﾘ）」
ちなみに、女王騎士アル・イーズデイル殿が帰城して此処に顔を出したのは、昼を一時間程回った時間である。
「いや、悠長に待っていた（ｼﾚｯ）」
「おいぃぃ？！！！（怒）」
「此処で私やナイジェル殿が迂闊に騒ぎ立てたら、それこそ大事だ。言ってはなんだが、現時点では陛下の御身に何かあったら、この国は即刻滅亡なのだ。君主たるピアニィ女王陛下は、まだ独身（ひとりみ）で、後継者もいないのだからな。単に陛下の所在不明なだけで、城内の者たちの余計な不安を煽るわけにはいかん。ついでに、城の衛兵総出の探索作戦など実行した後に陛下が簡単に見つかったら･････たとえば屋根裏で寝てましたなど言われてみたまえ、陛下や私達だけでなく、衛兵達の面目まで丸潰れになるぞ」
「う、それは確かなんだが･････」
またしても立て板に水でズラズラと状況説明台詞を述べる、切れ者軍師様。それに対して、口では勝てないを実行しつつ手の中のカップを軋ませつづける女王騎士様。
ちなみに、軍師様が『女王陛下が独身』と『後継者がいない』の台詞の処で大層意味ありげに女王騎士様を見つめたものだったが、女王の騎士様の方はそれを完璧にスルーした。というか、女王陛下の行方と安否に関心が行き過ぎて軍師様の視線など全くのアウトオブ眼中だったり（笑）
「････でだ、衛兵を導入せずにアルの帰還を待っていたのには他にも理由がある。これはナイジェル殿には言ってはいないのだがな････」
「他････？」
いつに無く声に真剣さを滲ませた軍師に、思わず身構える女王陛下の騎士。
「いや無論あってはならないことだが、もし陛下の御身に何かが起こっていた場合、陛下の実力を鑑みれば、城の衛兵達ではたとえ100人導入しようともどうにもならないということだ。むしろ、兵士達の方に多大な二次災害をあたえることになる。アルなら覚えているだろう。陛下を狙ってくる相手は、あの【深紅の魔族】をこのアルディオンに召喚できるのだ。そして陛下の身柄の確保という目的の為なら街一つ壊滅させても躊躇がない。･････ということは、このバーランドの城だけではなく街ごと、いや場合によってはこの国ごとでも同じだということだ。その場合･････」
「ああ、そうだな･････」
そのナヴァールの最悪の予想の言葉にアルの頭をよぎったのは、師から奪われた石を嵌め込んだ剣を携えて自分を嘲笑った紫の髪の妖女。それに召喚されたという、ナヴァールの策をもって三人がかりでようやく追い詰め、弱点をつき神剣の力を用いて漸く滅することのできたあの【深紅の魔族】。
そして、その魔族にかけられた【呪い】に苦しめられながらもアルを死なせない為にと《約束》を無かったことにしてくれと言った、儚げな王女の微笑み。
たしかに、あんな奴等が相手だったら、この城の兵士なんぞ100人どころか1000人導入しても障害にもならない、一瞬で消されて終わりな、人的資源の無駄使いの極地である。
ついでに、それを理解できないピアニィ女王ではないので、あのレベルの敵が出てきたら、賭けてもいいが自分一人で対処しようとするハズである。アル達以外の城の人間に助けを求めるなんぞというまねは、断固しないだろう。どころか･････
「姫さんの場合、この城の人間、いや城下の人間一人でも人質に取られたら、あっさりと自分の身柄を相手に引き渡しかねないな。それも、こっちに無断でだ」
「うむ。そういうことだ」
なんせ、ピアニイ女王陛下には一回どころではなく前科がある。
魔族相手に自分の身柄を取引材料にして売っぱらうわ、バーランドのレジスタンスの安全の為に城下を包囲した姉（ステラ）王女とレイウォール軍に自分の身柄を引き渡そうとするわで、『姫さんを守る』という約束をしたアルにとっては、心臓に悪いことこの上ない所業を何度もやって下さっているのだ、彼の目の前で。
一応、【騎士叙勲】を引き受けるのと引き換えに『自分の命と身の安全を何より優先させる』とは約束させたが････いざとなったら必殺『約束は無かったことにして下さい』を繰り出して、【無策じゃないだけ始末が悪い無理無茶無謀の三無行動】をやらかさない保障は何処にも無い。･････というか、多分やるだろう、きっと。
「･････んなこと、金輪際させるかよ（ﾎﾞｿｯ）」
と、一気に据わった眼の女王陛下の騎士の手の中で、ピシッ☆と音がする。
「（溜息）･････さらばだ、カップ。君の健闘を称えよう（ﾎﾞｿｯ）。････というわけで、迂闊な人員導入は、人質候補と言う名の足手纏いを量産しかねないのだ。･････あくまで最悪の場合だが」
罪悪感からか、結構気に入っていたティーセットのカップの断末魔の悲鳴から耳を逸らしつつ、淡々と言葉を繋げる、ナヴァール。
「と、斯様な状況を理解してもらったのなら、陛下の所在確認はアルにしか頼めないということで、迅速且つ穏便にお願いしたい。今のタイミングなら『帰城の挨拶の為に陛下の捜している』という言い訳も立つだろう。城の皆に不安を与えるようなことにはならないハズだ････か････ら･････おや？」
と言ったところで、ナヴァールの台詞が最後まで語られる事はなかった。
「迅速且つ穏便に」の時点で、すでに王国第一にして筆頭な女王陛下の騎士の姿は、軍師様の執務室から消えていたのだ。
あとに残されていたのは、乱暴に開け放たれたままの部屋の扉と、精魂尽き果てて縦横無尽にヒビの入ったカップの遺骸と、正しく【神速】の速度で此処から飛び出していった女王陛下の騎士の勢いに吹き散らされてしまい崩壊し散乱してしまった書類の山の残骸な紙吹雪。
「･････だから、あくまで最悪の事態を想定しただけなのだがな。･････ふむ。少々煽りがきつかったようだ。先に陛下の方に行ってくれていれば簡単だったのだが････」
素直なんだか素直じゃないんだか･････と、溜息つきつつ椅子から立ち上がり、哀れなティーカップに手を伸ばすナヴァール。
その後に続く言葉を、もし此処から立ち去ったばかりで城内を全力疾走中のアルが聞いたら、カップ運命はもっと悲惨なことになっていたかもしれなかった。というか、戻って来て粉末になるまで踏み躙られかねないかもしれない･････。
「遅効性とはいえ、あれだけの《睡眠導入剤》を飲み干しても全力疾走できるのは流石にたいしたものだ。･････では、後は皆と陛下のお手並み拝見といこう」
どうやら、高価なティーカップの健闘の甲斐はあったようだ。本当にタダでは済まないナニかが入っていた軍師様のお茶である。（ちなみに、某メイド特製なのは言うまで無い）
「これからが私からの本当の《労わり》だ。精々満喫してくれたまえ、アル」
やっぱり喰えない上に喰わせモノな微笑みを浮かべたフェリタニア王国軍師・ナヴァール様であった。
―――と、まあ（ある意味軍師様に嵌められ）焦りまくって軍師様の元から飛び出したアルだったが、意外と簡単に身柄確保目標の女王陛下の消息を掴む事はできた。
廊下を全力疾走しつつまず女王の私室の方に向かおうとしたら、新任だが既に有能だと評判の執事に「王宮の廊下を走らないでいただきたい！」と足を引っ掛けられてスッ転ばされた挙句に、「女王陛下なら只今宮殿内にはいらっしゃいません！（ｷｯﾊﾟﾘ）。そんなに全身全霊で陛下に御逢いしたいのなら庭園の方でどうぞお好きなだけ疾走なさって下さい（ﾆｺｯ）」と反論する間もなくあっという間に勝手に庭に誘導され。
庭園に出た（というか出された）ら、最近よく見る本業庭師だというメイドが嬉々として駆け寄ってきて、「あ、お帰りなさいませ、アル様。陛下に帰還のご挨拶ですか？。なら、庭の裏手の方に向かわれるとイイですよ。ハーブ園から森の方に抜ければ、私が陛下にお薦めした癒し系隠れ処スポットがありますんで、きっとそちらです♪」と不安なんぞサラサラありませんという満面笑顔で捲くし立てられ、「ささズイっとお進み下さい」と、ご丁寧に手書きの簡易王宮庭園マップまで手渡されたのだ。
アルが思わず「これの何処が所在不明の失踪中なんだ？」と独り言ちたら、アッサリと「陛下に『内緒にして下さいね』と言われたら、たとえ軍師様相手であろうとも、命に賭けて行き先を隠蔽いたします！」と開き直られた（ここで『俺なら良いのか』と突っ込む気力も縋れる開き直りっぷりで）
･････････････何かこう、焦り捲った自分が馬鹿みたいだと脱力し、緊張の糸が切れたのか一瞬目の前がクラッときたが、その後に続く「でも、森から誰が来るか解りませんから、いつまでもお一人でというのも危ないですし、きっとお寂しいと思いますので、挨拶がてらアル様お迎えに行って差し上げていただけませんか？」と言う言葉に促されて、気を取り直し足早に森に向かうことにしたのだった。
で、まあそのままマップの誘導通りに庭園の中を森の方に進んでいったら、本当にフェリタニア王国初代女王・ピアニィ・ルティナベール陛下が一人でいた処に遭遇できたわけで。
――――香り高い青紫の花が咲き誇る中に腰を降ろし小鳥達に囲まれながら妙なる歌声をつむぎ出している、正しく花の妖精の化身のような薄紅色の髪の女王の姿に、何度目かわからないが目を奪われてしまって声をかけるのも忘れて魅入ってしまったのは、きっと彼、アル・イーズデイルを知るこの城の誰もが『何を今更』と言いながら納得するのだろう―――
しかもなんというか、さらに彼の意表をついて視線を釘付けにしてくれたのは、その女王陛下の姿が彼が知る普段と全く違った装いだったもので・・・・。
いつもは両側にわけて二つにくくられている長い薄紅色の髪は、片側に纏めて結い上げられ肩に流れており、大きな白い花とそれにあわせた白いリボンで飾られている。
その華奢な体を包んでいたのは、いつもの深紅に染めれた襟元までしっかり覆う魔導師のローブではなく、真珠のような光沢の白から裾にむかって淡い赤紫へとグラデーションになっている丈と袖の短いワンピース。
その襟ぐりは大きく広くだが浅く開かれ、襟元を飾る大きな薄紅色のレースのフリルが白く透き通るような肌と華奢で細い首筋と胸元への緩やかな曲線を強調しており、それを飾っている（というか、引き立てている）のは金の鎖に赤い大きな石の嵌め込まれたペンダントのみ。
正しく折れそうな細い腰の部分はそれ強調するように体型にそった形に仕立てられ、飾り帯の大きなリボンから下はまるで花弁のようなヒラヒラと幾重にも重なった形の薄布による短い丈のスカートで。
しかも、ご丁寧にそこから伸びたスラリとしたこれまたその真っ白さが眩しい足は、やっぱりいつもの絶対領域なニーソックスもブーツも存在せず、太ももと膝がむき出しな生足で、足首のところに紐を巻きつけただけな部屋履きのみという徹底さだった。
どこぞの忌々しい《劣化殺意プリンセスモドキ軍団》の類似型（というか、こちらが元祖である）を予想していたアルにとっては、その視覚からのインパクトだけで充分惚けさせられたといっても過言ではない。
で、そのまま声をかけるどころか、瞬きすら忘れて惚けたまま立ち尽くしている女王陛下の騎士は、鳥たちの囀りからか、その惚けて佇んだままの己の騎士に気付いた花の妖精ような女王陛下に、極上の微笑みを浮かべて振り返えられ
「あ、アル。おかりなさい。こんな処までどうしたんですか？」
と声をかけられて、漸く我に返り
「お、おう。････いや、その挨拶に････、つーか、姫さんを探しにきたんだ」
と応えて、数歩そちらに向かって近づいたところで――――
バサバサ、フワフワ、ガバッッ☆
「ちょ、ヤンヤン？！！！」
ピアニィ女王の悲鳴のような声と共に、白いふわふわした毛皮のアルにとって怖くはないが大層恐ろしい物体に顔面に飛びかかられたところで、ブツリと記憶が途切れて―――
というような状態で現在に至っていたりする････
･････････（汗）
あ――、つまりヤンヤンに飛び付かれて気を失った挙句、そのまま姫さんの護衛もおっぽらかして寝っこけてたってことか、俺？！！
うわっ、信じられねえぇぇ（叫）。どんだけ隙だらけなんだよ！。本気で鈍ってないか？。駄目だろ、それ？！！
状況を思い出し、思わず自分に突っ込みというか駄目出しの絶叫を内心であげるアル。
尤も彼は全く気付いていないが、大量の【睡眠導入剤】と若干の【沈静剤】も盛られたお茶を一気飲みした挙句に全力疾走。その後、ヤンヤンの翼に仕込まれた粉末状の強力な【麻酔薬】を浴びせ掛けられたのだから、どんな屈強な人間でも昏倒間違い無しの状況に追い込まれているので、経緯を知るものなら誰も女王陛下の筆頭騎士を鈍っただの惰弱だなどと責めることないはずである。
ま、彼が只今抱え込んで寝ている《枕》を考えると、同情もしないだろうが････（苦笑）
ううう、さっきとはさらに違った意味で、目を覚ましたくねえ････（ﾍｺﾐ）。
だけど、このままグダグダ寝たまんまだったら、もっと駄目だ。姫さんの傍でこれ以上醜態を晒すのは、俺の矜持が許さん！
というわけで、状況を認識したことで微睡の中から意識は浮上したが、今度は自己嫌悪のドツボに沈みかけそうになるアル。
が、己の剣士としてのプライドに賭けてそれ以上の惰眠を貪ることを許さず、腕の中の温もりに力を籠めて気力を奮い起こし、中途半端な状態の意識だけではく体も一気に覚醒させようとする。
――― そして････
「ひ、姫さん？」
「･･･アル？」
抱え込んだ枕から頭を起こし瞼を上げた彼の琥珀の瞳に飛び込んできたのは、吐息さえも届きそうな間近で己を気遣うように覗き込んでいる、黄昏の光を受けて煌めく翡翠の瞳。
そして、首を傾けて覗き込んでいる所為か、結い上げられていた髪が――――茜色の夕日を受けて今は薔薇色にも見える本来は薄紅色の絹糸のようにサラサラと流れるそれが、秋風に煽られアルの肩にフワリと落ち掛かってきて頬を優しく撫でる。
あまりと言えばあんまりにも至近距離で見詰め合ってしまい、意識が覚醒どころか全身硬直、一気に頭と顔面に血が上り自身の顔の色が激変するのがわかる。
そして、夕日より赤く染まったであろう色を見られたく無い為に思わず目を逸らそうとしたら、その視線の先に飛び込んでくるのは、かのニアリームの街の温泉でアルが視線で追った挙句に思わず逸らさずにいられなかった眩しいほどの白さの肌と華奢で舐めましいうなじから首筋そして緩やかな曲線を描き浅く慎ましげに開かれた胸元へのライン。それも、あの時とは比べ物にならないこれまた至近距離である。
結果、さらに顔面の朱を濃くするはめになり、上も駄目横も駄目と俯くように下に、今まで縋るように抱え込んでいた自分の腕の中に視線を移せば、トドメの様に飛び込んでくるのは白く滑らかな手触りの太ももとスラリと伸びた脹脛と膝頭であったりしたりするわけで････
･･････・（汗）。えーと、つまり俺が今まで抱え込んでた枕って、姫さんの太もも？、しかも素足！？
そりゃ、柔らかくってあったかいはずだよな････って、つまり姫さんの《膝枕》を後生大事に抱え込んだ挙句、グズグズと未練たらしくしがみ付いて寝ッこけてたっていうことかぁぁ？！！。
おい？、た、確か、俺、思いっ切り撫でまわしてたよな、姫さんの足（滝汗）
おまけに、さっきの手触りの良いカーテンだと思って弄くりまくってたの、姫さんの髪か？！！
さらに････なんつーか、俺、さっき姫さんの手握り締めて『もっと』とか強請り倒してなかったか、頭撫でと唄？！
ついでに言うと、硬直した所為で今現在もしっかり抱えたままの【膝枕】は《生足in膝上25�僖潺縫好�ートby17歳高貴な美少女の女王陛下》という大陸中でも類を見ないの希少価値物件でもって、さらには、つい先ほどまではレイウォール王国垂涎の唄声による【子守唄】を耳元でエンドレスリピートというオプション付。
もしこれがアルディオン大陸きっての大国の某王家の末妹溺愛なご兄妹方に知られたら、まず間違いなく寸刻みどころかミンチになるまでボコられた上で【炎海】の藻屑にさせられそうな、贅沢極まりない境遇だったわけで･･･
「あの････アル、目、覚めちゃいましたか？」
「･･････」
「えっと。その････」
「･･････」
目が覚めたとたんに怒涛のごとく襲い掛かかってきた現実というか、己の置かれた《地獄と天国を反復横跳び》な境遇というか、晒しまくった言語道断な醜態をつきつけられ、硬直通り越してアルは顔面茹蛸のまま石化状態。ピアニィ女王が心配そうに問いかけてくる声に答えることもできない。
ちなみに、問いかけている女王陛下の方も慣れない（というか経験皆無な）若い男性との超至近遭遇の所為で、実はアルに劣らず顔を赤面させていたりするのだが、二人を照らす茜色の夕焼けの光に紛れてお互いの頬の上気しまくった紅潮っぷりに全く気づくことはできていなかった。
その場を流れる雰囲気が、またぞろニアリームの温泉を彷彿させる何ともいえないものになる。
大きな違いは、お互いに見つめ合った視線が逸らそうにも逸らせない至近距離だということか････。
そして、･･･････あの時と同じく先に動いたのもまたピアニィの方だった。
「あの････やっぱり、アルはこういうの迷惑でしたか？」
「え！？」
おずおずと、アルの頬に掛かった自分の髪を邪魔にならぬようかきあげながら囁きかける。
その時僅かに頬を掠めた真白い女王の女王の指に、石化しているはずの心臓がまた跳ね上がるのだったが、それを全力で表情に出さないように堪える、赤毛の剣士。
「アルが倒れちゃったんで、あたし一人じゃ宮殿まで運べないし、放っておくわけにもいかなくて･･･。それに、あの程度で倒れて起きられないくらい疲れてるみたいだから、少しでも楽になればと思ったんですけど････」
倒れて爆睡中のアルの体の負担にならないよう精一杯考えた結果が《膝枕》というわけだと訴える。
「いや、迷惑ってわけじゃ･･･」
思わず語尾が曖昧な返答になる、ちょっとヘタレ気味な女王陛下の騎士。
実際のところ、迷惑どころか世の殆どの男にとっては垂涎の的の癒し方であったりするんだが･･･。
勿論、ご多分に漏れずアルが癒されまくったのも事実である。
「それに、疲れた時にあたしの唄を聴くと楽になるって、お父様やお姉様がおしゃってましたから･･･、その･･･他に思いつかなくって･････」
「いや、だから、こっちがその･･･」
そりゃもう近来稀に見る快適な爆睡を提供していただきましたとも、と内心応えるアル。思わず目覚めるのを永遠に拒否したいくらいの心地良さでしたとは･･････面と向かって言えない（笑）
「頭とか撫でられるの、やっぱり嫌でしたか？」
「････い、嫌なわけじゃ･･･な･･･」
嫌などころか、さっき思いっきり『もっと』とか強請ってたよ、寝ぼけてたけど･･･。
というか、なんであんなに頭を撫でられる手が嬉しかったのか、アル自身でもよくわからなかった。
少なくとも、懐かしさだけではないようなのは理解していたが････。
イマイチ歯切れの悪い返答しかできないアルに、それを行為の否定と取ったのか、俯いて瞳が憂いを帯びて潤んでくるピアニィ。
「やっぱり、あたし、アルを困らせてばっかりです。『騎士になりなさい！』って駄々をこねちゃいましたし。今回も強引な御願いしちゃって、アルが倒れるくらい疲れさせちゃったのは、それの所為ですよね。････本当に、ごめんなさい」
「ちょっ？！、違うぞ、それ！」
癒され捲った挙句に潤んだ瞳で謝られるという予想外の事態に、アルは焦って石化を解除。そのまま鍛えた上半身のバネだけで膝枕から上体を起こすと、女王のを手をとり真っ直ぐにその憂いた瞳を見つめて今度はキッパリと答える。
「前にも言ったけど、俺は自分が納得した事しかやらない」
「ふえ？！」
「つまり、とっかかりがどうあれ、それは俺が自分で決めたことの結果なんだから、姫さんの所為じゃない」
というか、アル的には、今回のアレやコレやについて文句を言うなら断固として腐れ縁の某密偵少女の方なのは間違いない。
「あの、でもぉ･･･」
「ついでに、今回ぶっ倒れたのだって、俺の自己管理がなってなかっただけだから、姫さんに謝られる筋合いじゃ絶対にないからな」
むしろ、気分的には醜態さらしまくったのに癒されて謝られてと、穴があったら今から飛び込みたいくらいのドツボに嵌まってるというか、気恥ずかしくてどうしてくれような状態なのだ。
「あー･･･。むしろ、こっちが世話になったって礼を言わなきゃいけないくらいんだから」
「そう･･･ですか？」
あたし、本当に役に立ってましたか？。アルのこと、ちゃんと労われましたか？
そう言って、まだ不安げな視線を向けてくるピアニィに、多少はぎこちなくとはいえ精一杯の笑顔でアルは答えた。
「ああ、ありがとな、姫さん」
「はい、こちらこそです」
その言葉に返って来たピアニィ女王の笑顔は正しく花が咲いたようで、アルはまたぞろ心臓がはねあがって表情が変わるのを阻止するのに、結構な意志力を導引するハメになった（笑）
ついでに、その可憐で健気な全開笑顔に『あああああ、どうしてあんたはそう、可愛いんだよ！、くそぉぉっ！！』と意味の無い突っ込みを内心で入れまくっていたのは、やっぱり内緒である。
････････で、ここで終わればメデタシメデタシ。
女王陛下による【女王騎士様を労わろう大作戦】は大成功のうちに幕をおろすことになったのだが
まだ続きがあったりして―――
「じゃ、そろそろ戻るか。だいぶ日も暮れちまったし」
ナヴァールの旦那には、今度は二人揃って消息不明とか思われてるとマズイ気がするしな。
と、ひょい☆っと立ち上がると、座ったままの己の女王を見下ろして言うアル。
「そ、そうですね･･･」
と、何故か戸惑った視線で女王の騎士を見上げたまま答えるピアニィ女王。
「ん！？、姫さん、まだ此処に居たいのか？」
いくらなんでも、日が暮れたら危ないぞ。この森は市街地から道が通じてるんだからな。
と、アルを膝枕していた姿勢で動こうとしないのピアニィに手を差し伸べようとして腰を落とすアル。
「いえ、あの･･･その、アルは先に戻ってて下さい。あたしは後から戻りますから････」
と、何故か視線をそらし曖昧な微笑みを浮かべて、差し伸べられた手を取ろうとしないピアニィ。
差し伸べられた手を拒否されたからなのか、女王の騎士の目が据わる。
「夜道の一人は怖いんじゃなかったのか････････（ｼﾞﾄ）」
「あはは････（汗）」
再び、先程とはまた違った意味のなんとも言えない雰囲気が二人の間に走る。
「･････姫さん、正直に言えよ。もしかして････」
「ううう〜。ごめんなさい。････動けないみたいです」
足が痺れちゃったみたいで、感覚がありません。
またも囁くような声で答えて、華奢な体の肩をさらに縮こまらせて俯いてしまう、女王陛下。
ま、考えるまでも無く当然の事なのだ。
はっきり言って、人間の頭と言うのはそれなりに重い。それに加えて、アルは一応帰城したばかりの剣士としてのフル装備のままなのである。さらに重量が増しているのは間違いない。
その重さを、足（というか太もも）に乗せたまま、昼過ぎから夕暮れまでの三時間以上を、乗せた頭の人間の安眠を守るように一切姿勢を崩さずを維持し続けたのだ。―――しかも、非力で特に鍛えたわけでもない細い足で。
そりゃ、足の感覚も無くなろうというものである。
「だから、あ、あの、アルは先に戻ってて下さいってば。ちょっと待てば治ると思いますから」
「あのな････」
「まだ完全に日も落ちてませんし、一人でも大丈夫です････多分？」
「多分？とか言ってる時点で駄目だろ！」
「ううう、でもぉ･･･（上目遣い）」
おずおず見上げてくる可憐な女王に、つい声が苛立ち気味になる女王陛下の騎士。
だがその苛立ちは、自分でも誰に向けられたものなのかイマイチよくわからなかった。
ただ、確実なことは一つ。
よく考えなくても、ピアニィ女王の足を痺れさせ身動きできなくしたのは、こんな人気のない場所でうっかりぶっ倒れた挙句前後不覚な状態で長時間寝っこけ倒したアルに大半の責任があるということだろうか･･･････勿論、それが誰かの意図したことだとかは関係なく（笑）
「････仕方ねえな」
「ふえ？」
何かに観念したように溜息を一つつき、一旦ピアニィの傍にしゃがみ込み、アルはそのまま身動きできないところをヒョイっとばかりに抱きかかえて持ち上げる。
「ひゃうっ？！」
「････ちょっと大人しくしててくれよ」
端的に言うと、只今の女王陛下とその騎士様の状態は、抱き上げた側が抱え上げた相手の背面から腕を回して胴を掴むと共に、膝の下に差し入れた腕で足を支えるという、俗に言う【お姫様抱っこ】とか【花嫁抱き】とか言われる体勢である。
ま、実際のところ正しく【お姫抱っこ】というか、若しくは正確に【女王様抱っこ】というべきなのか･････。
――――閑話休題。
「あ、あのでもアル･･･これ･･･」
「ま、その････異論は認めないからな。こんな誰もいない王宮の庭のどんづまりに姫さん一人でほっぽって帰ったら、誰にナニを言われるかわからんだろ」
ついでに、俺もそんなことは認められないからな！
と、アワアワと手足をパタパタさせて焦る腕の中のピアニィに、そっぽを向きつつ宣言するアル。
内心、腕の中の華奢な体の抱え上げた軽さと柔らかさに驚き、より密着したことでふわりと鼻に感じた甘い香りに、再度跳ね上がった心臓を相手に気取られぬよう落ち着かせるのに大層苦労しているのは内緒だったりする、姫抱っこ中の女王の騎士。
「でも、あたし、重いです･･･此処から宮殿までなんて･･･」
疲れて寝ちゃったアルなのに、大丈夫ですか？
と、これまた慣れない体勢とさっき以上の至近距離に頬を紅潮させて尋ねるピアニィ。
「あのな、この程度で根を上げるほど柔な鍛え方してねえよ。ついでに、はっきり言って姫さんは軽過ぎだ。この剣2本より軽いって問題有りだろ。ちゃんと食べてんのかよ？」
「食べてますよぉ。････一汁三菜ですけど･･･（苦笑）」
「おい････」
仮にも一国の女王が問題有り過ぎだろ、それ！
と突っ込みをいれつつ宮殿に向かって歩き出す、女王陛下の騎士。勿論、女王は抱えたままである。
「ま、その････重さを気にするっていうんなら、首か肩にでも手を置いてくれるとこっちが楽だな」
「あ、はい？！」
抱え上げた己の騎士の言葉に従って、おずおずとアルの首と肩に抱きつくようにして手を回す女王。
「･････････････」
「･･････」
し、しまった！。これ、密着度が上がるじゃねーか！？。つーか、胸、胸があたる。今日は何でそんなに薄着なんだよ、姫さん！！（ｱｾｱｾ）
墓穴を掘った自分の発言に後悔しつつ、イキナリ足の進む速度を速めざる負えなくなるアルと、
や？！。さっきより近い？！。ど、ドキドキが止まらないよお。アルに聞こえちゃったら、どうしようヤンヤン？（動揺）
と、傍にいない使い魔に助けを求めつつ、その早まった移動速度に思わず腕に力を込めてしまって、さらに上がる密着度に顔面湯で上げトマトな状態で動揺しまくるピアニィ。
「と、とにかく、早く宮殿にもどるぞ」
「ううぅ〜、御願いします」
暮れなずむバーランドの王宮に差す夕日の中、どこか甘酸っぱい空気が流れる、女王陛下とその女王の騎士にとっては何とも言えない思い出が増えた、―――そんな黄昏時の出来事だった。
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ちなみに、その、ある一部の人物達にとって眼福の極地な【女王の騎士による、女王陛下の姫抱っこで王宮爆進】（そんだけ周りを顧みることを忘れた焦りっぷりだったんだろう。顔の赤面も取れなったらしいしな）は、多数の家臣・メイドなギャラリーに目撃され、後日『ピアニィ女王陛下を午後いっぱい酷使して足腰立たなくした第一にして筆頭騎士なアル・イーズデイルが、責任とってお姫様抱っこで王宮内をねり歩いた』という、事実なんだけどかなりの問題有な表現の噂がバーランドの街どころか、フェリタニア国内全域にまで蔓延し、それを耳に入れた問題の二人をまたぞろ赤面させた挙句に、噂の的な女王騎士様の王宮からの再度の長期不在を招く事になったのは、ホンの余談である。
ついでに、尾ヒレがつきまくった噂は一部隣国メルトランドまで飛び火し、女王騎士様の実家からの大枚の手紙を招くのを早める事になるのだが･････
――――それはまた後日に繋がる話ということで、一旦話は終わることになる。
Fin。
････長い、本気で長い道程でございました。2の部分だけで、1の1.5倍あります（汗）
原因は、かの軍師様に説明台詞を振るという暴挙をやってしまったことでしょうか？
何度「止まれーぇぇ！！」と叫んだ事か（苦笑）
ちなみに、今回起用いたしました「膝枕→足が動かない→責任とって姫抱っこ」は、結構前から使おうと狙っていたコンボ技シュチュで、本人はいたく気に入っております（笑）
ついでに、「野郎にイイ目を見せる前には突き落とせ！」、「天国と地獄の反復横跳びは面白いよ」が私のモットーでもあります。
あ、隊長と執事様には、ゲスト出演ご承諾の御礼申し上げます。
オマケの後日談（web版）は、また近日中に入れますんで････
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