※エストネル行異聞よりつながります。ジニー・パウエル一人称注意。
また、ちょこっとオリジナル?なキャラも居ます。(設定作成・咲さま)



帝紀八一三年一月一日。
エストネル王国での会議より帰還したフェリタニア女王ピアニィは、都をバーランドからノルウィッチへ移すと宣言した。
――――後の世に言う、『ピアニィの北遷』である。


…もちろん、私――ジニー・パウエルも、お供するつもりでいる。
故郷を離れるのは初めてで、色々と不安はあるけども、陛下のおそばに御仕えする幸せは何ものにも替えがたい。
もちろん、おふたりがきっちりくっつくまで見届けませんとね!
………で、まずは陛下のお役に立つべく、今日もお引越しの手伝いをしている、私である。

すっかり歩き慣れたバーランド城の廊下を、荷物を抱えて走らない程度の早足で進む。
書庫の前を通りかかったとき――ふと、私はその中を覗いてみた。何のことはない、運べるものがないかと捜しただけなんだけど。
しっかり梱包された本の山と、独特の紙の匂い。そして――――ナヴァール様?
書庫の奥の方、ひとつの本棚の前に背の高い長い白髪の男性。あれは間違い無くナヴァール様なんだけど、何となく声が掛けづらい雰囲気で。
自分でも珍しい事ながら、まごまごとただ立ち尽くす私の耳に――声が届く。
「………では、どうしても、というのだな?」
…書庫の中にはナヴァール様お一人だ。本棚の前に立っておられるけども、どう見たって誰か人の入る隙間はない。
だけど確かにナヴァール様は、誰かに向かって語りかけている。それも、真剣な調子で。
「……そうか。しかし―――うむ、それは知っているが…」
しかも、誰かと会話しているように。見えない誰か――そうか。
よくよく目を凝らすと、ナヴァール様の前の書棚に何か、きらきらしたものがある。確かあれは、主さんの残す足跡。
主さん――と私が呼んでいるのは、このバーランド城に住む長生きなブラウニーさんの事。本当は名前はアリスさんというんだけど、何となく。
陛下やナヴァール様はごく親しく主さんと会っておられるのだけど――大声なためか大雑把なせいか、私の前に現れてくれたことはあまり多くなかったりする。残念だ。
「――では、アリス殿…」
ナヴァール様が、書棚に向かって呼びかける。やっぱり。―――ずっと立ち聞きするわけにも行かないし、何より荷物が重いので…私はその場を静かに立ち去った。


荷物を運んでは荷車に載せ、また運び――そんなことを繰り返しているうちに昼になり、休憩を言い渡された私は広間に足を向けていた。
もちろん、広間の壁に掛けられた大きな写真―――陛下とアル様と、スリス様が着飾って写ってるお写真を眺める為だ。
「…何度見ても、いい写真だなぁ…」
「――全くだな。まして自分の功と思えば、ひとしおではないかね?」
後ろから足音がして、ナヴァール様の穏やかな声が降って来る――身長差があるもんで。
ナヴァール様に手放しで褒められるという、大変ありがたい状況にありながら、私は…正直、未だにピンと来なくて、ぼんやりと頬を掻いた。
「…あの、ナヴァール様、大変申し訳ないんですが…」
「どうかしたかね?」
「実はその、私…どうしてそんなにナヴァール様がお褒め下さるのか、まだ良くわかってないんですけども」
私の言葉に、ナヴァール様は一瞬沈黙し―――穏やかな微笑みを浮かべた。
「…なるほど。では、わかりやすく説明するとしようか」
「うぅ…すみません、お馬鹿なもので…」
「なに、わからぬことをわからぬと言えるのは良い事だ。向学心のある証拠だからな。さて…」
がっくりうなだれた私に励ましの言葉を下さってから、ナヴァール様はすっと写真を掌で示した。
「―――では、ジニー。ここに写っておられるのは、どなたかな?」
「ピアニィ陛下とアル様と、スリス様ですっ」
ほぼ反射、という勢いで答えた私に、笑顔のナヴァール様が深く頷く。
「その通り。フェリタニア女王ピアニィ陛下と、メルトランド女王スリス陛下…フェリタニア=メルトランド連合王国の、両女王がお揃いになっているわけだな。
連合王国成立と相前後して、両王国の首長たるお二人が写っている肖像が飾れようとは、これほどの吉兆はあるまい。…それに、額も一枚で済むのだからな」
「……なんか、切実ですね…」
最後の方に漏れた世知辛い事情が、ちょっと悲しい。思わずしんみりと呟いた私に、ナヴァール様は苦笑を返して下さった。
「一枚で済んで良い事は、予算面ばかりではないぞ? 揉め事のもとを潰す意味もある」
…その言葉に。昔、じいちゃんがぼやいていた事を思い出す。
「…ひょっとして、どちらの肖像画の位置が高いかとか、そういう揉め事ですか?」
「…その通りだが…良くわかったな?」
驚いた様子のナヴァール様が、ちょっとだけ誇らしい。
「バーランド宮のお庭でも、そういう事があったんです。樹や花を寄贈した貴族の方々が、やれ誰某のより高くしろ、誰某のより低くしてくれるなって。祖父が困ってました」
…まあ、じいちゃんも短気な人だから、困ってるだけじゃなかったけど、それはともかく。何度も深く頷いたナヴァール様が、どこか楽しそうに口を開く。
「聡いな、そなたは。良くわかっているではないか」
「いや、その、たまたま具体例が近くにあっただけで…」
頭を掻いた私に、ナヴァール様はくつくつと笑う。なんかこう、くすぐったい…。
照れくさい気分のままで視線を動かすと、写真の中のアル様と目が合った。今の私と同じに照れくさそうな顔はしているけど、嫌がってる顔じゃない…多分。
「…って、陛下とスリス陛下だけじゃなく。アル様はどうなるんですか?」
「無論、無関係ではないさ。むしろ、連合王国にとっては最重要人物とも言える」
話を変えようと私の切り出した話題に、ナヴァール様がのってくれる。だけど、最重要人物って…。
「…さて。では、それは何故かな?」
いきなり振られた問題に、私は慌てふためいた。
「へっ!? えと、アル様がフェリタニア第一の騎士で、メルトランドの――ブルックス商会のエルゼリエ様の息子さんだから、ですか?」
しどろもどろな私の答えに、ナヴァール様が再び深く笑って頷く。
「やはり聡いな、そなたは。その通り、アル殿の存在は即ち、フェリタニア=メルトランド連合王国の象徴とも言うべきものだ。
そのアルが、騎士の正装をまとって両女王陛下と共に映っている…やはりこの写真は、大変貴重なものなのだよ。よくやってくれたな」
お褒めの言葉が、本当に面映い。頭をカリカリとかきむしって、ひたすら私は恐縮していた。
「いや、その、ホントにもったいないお言葉で……私はたまたま、スリス様見たら寂しそうだったのと、お揃いなんだから一緒ならいいのになって思っただけでっ」
「それを思っても、そのまま口に出せるものはそう多くあるまいよ。それが偶然の産物だとするならば、よほど運が良いのだな、そなたは」
「はぁ、良く言われます…後先考えないともいわれますけども」
パッと思いついたことや言ってみた事が、偶然上手く言ったりする事が私は多い。
だから、余計に後先とか分別とかを気をつけろとは言われるんだけど、どうにも上手くいっていなかったりする。
たははーと笑う私に、ナヴァール様は笑顔を見せ…そしておもむろに、シリアスな顔で聞いてきた。
「………ところでジニーよ。そろそろ休憩の時間が終わるのではないかね?」
話し込んでしまったな――と、申し訳なさそうに呟く姿に、私はまた慌てふためいた。
「あ、いえいえその、昼食はここに来る前に済ませてますからお気遣いなくっ!! じゃあ、私もそろそろ作業に…」
思う存分写真を堪能できるように、早めに食べたのが幸いした。ぱたぱた手を振る私に、ナヴァール様もひとつ頷いてくれる。
「―――では、このまま作業を頼んでしまってよいかね? 書庫の本が、どうにも多くてな」
「はい、了解しました―――って、書庫?」
歩き出そうとした足が止まる。私の頭の中に、書庫で見た光景が広がった。
―――書棚にうっすらと見えた、金色の髪。真剣な表情の…
「………ナヴァール様。今日の午前中、書庫におられましたか?」
「確かにいたが―――それがどうかしたのかね?」
「いえ、たまたま通りかかったんですけども―――主さんと話しておられたので」
名前を出しちゃっていいのかどうか。一瞬迷って言葉を濁した私に、ナヴァール様は静かに頷いてくださった。
「アリス殿の事か。さよう、ノルウィッチに共に来ては貰えまいかと思ってな」
「え、でも――――主さ、アリスさんは確か、ブラウニーで…」
ブラウニー…おうちの妖精さんは、たしか住む家を離れられないはずだ。ブラウニーの出て行った家は不幸が訪れるとか―――
多分、私は眉をしかめていたんだろう。どこか苦い笑顔を浮かべて、ナヴァール様は優しい声で言った。
「そう、不安がらずとも良い。不幸、というのも俗説であるし――何より、断られてしまったからな」
陛下からも、たっての願いだったのだがな――と、小さく溜息をつく。…まあ、そうかも。
「でも、それだったら…また帰ってくれば良いんじゃないですか?」
――――また、思いつきで私の口にした言葉に、ナヴァール様が、驚いたように足を止めた。
「帰る…とは?」
「え、いや、あの。遠いかもしれないけど、一生来れない距離でもないですよね? だから夏の間とかに、帰って来たらいいんじゃないかなぁ、と………」
物凄く真剣に尋ねられて、私は思いっきりしどろもどろに答える。…こ、怖いです、ナヴァール様。
「――――そうか。また来ればよい、か…………」
「は、はい。すいません生意気言って。私にとっては故郷なんで、いつか帰ってくればいいって、そう思って…」
「………そうだな。元より、バーランド宮は夏の離宮であるからな――陛下にお話して、検討するとしよう。この夏にはみなで、戻って来られるようにと」
ふと笑って。ナヴァール様は、私を促してまた歩き始めた。
「そなたも、夏には実家に帰れるようにな。―――本当に、思うことを口に出せるというのは大したものだ」
「…………それって、考えなしに喋ってるだけっていうのを、精一杯良く言ってるだけですよね…?」
さすがに落ち込む私の背中に、ナヴァール様の忍び笑いが降りてくる。――――そして。


――――ありがと。また、帰ってきた時にね――――


小さな、優しい声が――私の耳元に降りてきた。
慌てて振り返ると、視界の端にキラキラと光る足跡と、長い金髪が翻る。
「………ジニー? どうかしたかね?」
足を止めてしまった私に、ナヴァール様が尋ねてくる。
「――――あ、いえ、今行きますっ!!」
慌てて私は見を翻す。――――小さな主さんに、心の中で御礼を言いながら。

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