「―――どうして、アルはいつもっ…!」
「――だから、言ってるだろうっ!?」

バーランド宮、フェリタニア首脳陣会議。
会議室の中心で、女王たるピアニィと女王騎士アル・イーズデイルが大きな声で言い争っていた。
周囲には、諌めようと機会を伺うもの、いつもの事と収まるのを待つものなどが人の壁を作っている。
「………なんだかんだで、結構姫様とアルは言い合いすることが多いでやんすなあ。仲が悪いわけでは全然ないのに、不思議でやんす」
その壁の中で、激論を交わすふたりを議卓に肘をついて――完全なる傍観者モードで眺めながら、ベネットはぼんやりと呟いた。
「―――考えることは同じながら、至る結論が楽観的か悲観的かの違いといえるだろうな。最もアルの場合は、単に反抗的なだけとも言うが」
隣席のナヴァールが、泰然と腕を組み解説する。穏やかに微笑む姿からは、主君とその騎士を止めようという意志は一切見られない。
「確かに、実戦ではものっそい息ピッタリでやんすからなあ…」
実際の戦闘における、女王と騎士の鬼神の如き判断の速さと正確さを思い出し、ベネットがぶるりと尻尾を震わせる。
当の本人達はといえば、既に椅子からも立ち上がり、交わることのない平行線と化した主張を叫びつづけている。
「―――で、そろそろアレは止めないで良いんでやんすか?」
ひょい、と指を指したベネットに、ナヴァールはかすかな苦笑で答えた。
「まだまだ問題あるまい。陛下は、こういった討論の経験が乏しくておられるからな。これから他国の首脳とも議論で戦っていく上で、良い模擬戦となるだろう」
「………議論っていうか、ただの言い合いでやんすが」
「正に、言い合いの経験がおありではないのだよ、陛下は。対等な立場で口を聞くものなど、誰も居られなかったのだからな」
いくらかうんざりした様子のベネットと違い、ナヴァールの表情はいつの間にか真剣なものに変わっている。
「対等な立場って――いないもんでやんすか?確かにピアニィ様は姫様でやんすけども」
首をかしげたベネットに、真剣な表情を崩さぬままのナヴァールが問い掛ける。
「では、想像してみるとよい――大国レイウォールの末の姫君に、傅く幾人ものメイドと教育係。年老いた父と年の離れた兄姉からは、末っ子として大切に可愛がられている――」
「………えーと。何ちゅーか楽園のようでやんすな」
ほんわりと幸せそうな顔のベネットに、思わず苦笑してから――竜人の軍師は言葉を続けた。
「だが、メイド達からは主人として。教育係からは教師と生徒として扱われ―――けして対等な意見はもらえまいな」
「じゃ、じゃあ家族とか………あ、ナヴァールの兄妹弟子って言うステラって人とかは!?」
ベネットの指摘に――ナヴァールの眉根に悲しげな皺が寄った。
「―――確かに、ステラは聡明で公正な人物ではあるが……困ったことに、ピアニィ様については果てしなく甘やかし、過保護になれる人物でもある」
「…………ど、どんだけ………」
げんなりした表情のベネットの額に、なんともいえない汗が流れる。
「……元より、レイウォール王宮でのピアニィ様は――『常に笑顔をたたえた優しい姫君』である事を常に求められた方でもある。ああして、ご自身の感情を素のままにぶつけられる相手がいることは良いことではあろうな」
頬を紅潮させ、アルに向かって懸命に言葉をぶつけるピアニィの姿を、ナヴァールは小さく笑って見つめた。
「……まあ、女王にタメ口聞いた上、正面切って言い争う騎士ってのも聞いたことが無い話でやんすが――」
感心したような、呆れたようなベネットの言葉が終わらぬうちに。
「―――ナヴァールっ、何とか言ってくださいっ!」
「………おい旦那。この世間知らずに、何とか言ってやってくれ」
全く同時に振り向いて呼びかけるふたりに、軍師は苦笑しながら立ち上がる。
「お呼びとあれば。それでは、ふたりの意見を簡潔にまとめるとしましょうか――」
たった今までこちらで話をしていたはずなのに、二人の激論をあっさり取りまとめるナヴァールにべネットは驚くよりも完全に呆れた表情になった。
「ふはあ…頭が良いんだか、耳が良いんだか、どっちでやんすかねえ。それにしても――」
ベネットは頬杖をついて、遠巻きに眺める人々の中心で、ふたり並んでナヴァールの言葉に耳を傾けるピアニィとアルに視線を向ける。
「毎度の事ながら、あっしにはどう見ても――じゃれあいか、痴話げんかにしか見えないでやんす」
ごく小さく、口の中だけで呟いた言葉に――耳聡くアルが振り向いた。
「………おいこらベネット。今なんか、余計なこと言わなかったか」
「へっ!? い、いや、あっしはなんも言ってないでやんすよ!? どー見たって痴話げんかだなんて一言も考えたこともないでやんすっっ!?」
「言ってるじゃねえかっ!?」
狼狽して思考がだだ漏れになったベネットへの、アルのツッコミに――会議室には、やや苦笑混じりの明るい笑い声が響く。


…今日も、フェリタニアは平和である。今のところ。

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