「姫さん、ちょっと手を貸してくれ」

そう王国第一の騎士殿が、多忙を極めるはずの女王陛下の執務室に(なぜか)コソコソやってきて、歯切れの悪そうに言い出したのは、帝紀813年夏なある日の会話の、さらに数日後のことである。

「ふえ?、いいですけど…。ちょっと待ってくださいね、アル」

一方、声をかけられた可憐な女王陛下の方は、一瞬きょとんっとした顔を見せるが、次の瞬間にはほんわりした笑顔で応じると、執務の手を止めて席を立ち、部屋の入り口で立ち尽くしたままの己の騎士にトテトテと歩み寄ってきた。
ちなみに、何故トテトテかというと、連合王国内遊説ツアー中に貯まりまくった未処理の書類の山脈を避けながらの移動だからである。
「で、あたしは何をすればいいんですか?」
突っ立ったままのアルに、今度は至近距離での満面笑顔を炸裂させ下から覗き込むように問いかけるピアニィ陛下に
「あ、いや…、その…手伝ってもらうとかじゃなく…姫さんの手を…」
接近純真可憐笑顔攻撃の直撃をバッチリと受け、思わず視線を逸らしながらも歯切れの悪さ続行中で珍しくモゴモゴ言うアル。
「はい?…手…ですか?」
と、言われるままに右手を今度は差し出すと
「なんで利き手の方出すんだよ!」
なぜか出した手にダメ出しが出た
「だって、普通は手って言われたらこっちを出しますよ」
「そりゃそうだが…」
女王陛下とその騎士の、傍から見たらいささかマヌケだが生暖かいやりとり
勿論、そんな意識などつゆと無く当人達は大真面目である
「いや、もう…いいから、こっちの手をだせばいいんだ!!」
「えっ?!…あの…」
いきなりやってきて貸せと言ったり出せと言ったりダメ出ししたりと、立派に挙動不振な騎士様は、そのまま強引に女王陛下の左手を取ってしまう。
「ついでに、ちょっと目をつぶってろ!」
「は、はい!」
言われた通りに、手を取られたまま目を閉じるピアニィ女王。

暫くの間手の辺りにゴソゴソする気配を感じるが、あんまりにも真剣なアルの口調と気配にそのままジッと目を閉じたまま待つ事しばし…

「もういいぞ」
と、何故か恐る恐るといった雰囲気の己の騎士の言葉に、そおっと目を開けるとそこに…

「…えっ?!、これ…」
「…ま、その…こないだの…お礼だ」

己の騎士に取られたままの華奢な女王陛下の白い手に嵌まっていたのは、白い花で編まれた腕輪だった。

「これ、お礼…ですか…?」
「こないだのアキナの件は、結局半日も付き合ってもらったからな…あの後もデザインだの包装だのイロイロな相談に時間とらせちまったし…」
後々のスケジュールが大変なことになったしなあ…と、ちょっと申し訳なさげに言葉を返すアル。
確かに、あの後たいそうニヤニヤと満足げなエルザに捕まって、三人で結構な時間話しこむハメになったのだ。
ちなみに、デザインと包装の相談をしていたのは主にエルザとピアニィで、アルは基本的に「じゃあそれで」と事後承諾に終始していたのは言うまでも無い。
「よく考えたら、今までもなんだかんだあったけど、礼の一つも返してなかったと思ってな。その辺をまとめて返しとこうと思ったんだ」
「いえ…どっちかっていうと、出会ってから今までいろんなことでアルに面倒をかけているのは、あたしの方のような気が…」
「いいだろ。実際この間のについては、本当に俺の都合…つーか、うちの都合だったわけだし」
姫さんの時間をだいぶ取らせたのは間違いないと、今までの経緯を思い出し、ちょっと申し訳なさげに言葉を返すピアニィ女王に、さらりと真顔で言葉を返すアル。

「で…これ…ですか?」
「その…こないだ言ってたろ。道端の花で作った輪っかでも贈って貰えたら嬉しいって」
確かに、その腕輪を形作っている花は、本当にどこにでもある白い花だった。
春から夏にかけて比較的長くかつ場所を選ばず咲いているために、花輪にするにごくありふれた花。

「そりゃ元手はタダのシロモノだし。いくら『贈られて嬉しいもの』だとは言え、こないだの『贈るのには真心とオリジナリティ』ってのにも、真心はともかくオリジナリティには欠けてるのは、自覚はあるんだけどな…」
でも、俺が作り方覚えているのこれくらいだったし…と、そっぽ向きつつ照れ隠しなのか言い訳じみた言葉をつむぐアル
その言葉に、思わず小さなアルが姉妹達に付き合わされて嫌々ながらに花輪を作っている姿を想像して(想像ではなく多分過去の事実だろうが…)、その微笑ましさと湧き上がる仄かな愛しさに思わず笑い出しそうになり、それを必死に堪えるあまり口元が歪んでしまうピアニィ女王だった。

と、その微妙な表情を変な方向に誤解したのか、アルは掴んだままだった手を離すと
「まあ、姫さんならもっと上等な花とかで花飾りとか、豪勢な腕輪やら指輪やらも貰ってるだろうから、実際に貰ってみたら貧相すぎて気に食わないって言われても仕方が無いし、さっさと捨ててもらってもかまわないようなシロモノだから…」
と、捨て台詞じみた言葉でさっさと部屋から逃走を図ろうとした。
ちなみに、アル的に指輪ではなく腕輪にしたのは、ささやかな見栄だったりする。
(指輪だと本当に輪っかするしかないのだ、この花は…)
そんなアルに、ピアニィは慌てて逆に彼の腕を掴んで引き止めた。
「絶対に捨てたりしません!!」
既に真っ赤に染まった顔で、アルに訴える。
「いや、そんな…どうせ、二・三日もしたら枯れちまうんだし…」
「それでも捨てません。大事にします。絶対に、絶対です!!」
本当に嬉しいんです。だから、逃げないであたしにちゃんとお礼を言わせて下さい!
と、そりゃもう必死に、その翡翠の瞳を泣きそうなくらい潤ませて訴えた。
当然、その女王陛下の必殺☆瞳うるうる上目遣い攻撃が、女王陛下の騎士を直撃しないわけがない。
その場に脚を縫いとめられて、振り払うのは簡単なはずの華奢な手に腕を掴まれたまま硬直することになるアルであった。
「逃げるなんて、人聞き悪い…つか、枯れたら捨ててくれ…」
枯れた花輪つけっぱなしにされた方が、いたたまれないだろ、俺が
と、困り果ててた言葉を返せば
「じゃあ、どっか行っちゃわないで、あたしのお礼を聞いて下さい。枯れちゃうのがわかってても、貰ったあたしが今すごーく嬉しいんですから、ちゃんとお礼を言って大事にするのは当たり前なんです!」
だから、贈ったアルが捨てろなんて言わないで下さい。ドライフラワーでも冷凍フラワーでもなんでもして大事にするんです!
と、これまた今すぐ己の腕ごと花輪を凍らせそうな勢いの半べそ状態で訴えるんである。

とてもじゃないが、連合王国の女王陛下と、その側近中の側近の王国第一の騎士が執務室でする会話ではない。
ついでに、普通の男女にしても、プレゼントを贈った相手と贈られた相手としての会話にしては、甘酸っぱいというにはだいぶ混乱の様相を呈していた。

「はあ…(溜息)…わかった。それを無理に捨てろとは言わないから、腕ごと凍らせるのは止めといてくれ」
「ふえっ…でも…」
「それはそれで腕に嵌めたままにしとかなきゃ、姫さんが自分で大事にとって置くのには何も言わないから」
折角作ったもんが大事にされるのは、こっちも嬉しくないわけじゃないし…。
とイマイチ素直じゃない言葉を続けながら、ピアニィの頭をそっと撫でるアルに
「じゃあ、大事に取っておきます。貰ったら捨てちゃうようなモノを、貰って嬉しいだなんて、あたし言いませんよ」
…だって、アルの手作りなんて勿体無くて捨てられません
と、未だに頬を染めたままでも、それそれは嬉しそうにで答えるピアニィだった。
「今度は、ちゃんと枯れないようなもんにするか…ディスペルリングとかな(苦笑)」
「…だから、あれは聞かなかったことにって言ったのに…(シュン)」
そういいながら、二人は思わず微笑みあう。

「じゃあ、これはオマケがわりの約束手形だな」
「えっ?」
そういって、アルは再度ピアニィの手をとると、ポケットから花輪作成時の余りらしい白い花を2本取り出し、するすると指輪のように輪を作って巻きつけた

――――花輪の嵌っている左手の指、それも薬指にである

「あの、…アル?」
「花の輪っかでも嬉しいんだろ」
「はい、そうですけど…これだけでも充分嬉しいですけど…」
「だから、今度は何かあったら、ちゃんとしたのを贈るって約束の…だ…」
わかっているのかいないのか、二人とも頬はほんのりと赤いままだった。


そうして、次の瞬間脱兎で女王陛下の執務室を後にした女王の騎士の後ろ姿を見送りつつ女王陛下は思う

アルはきっとわかってないだろうなあ、と

左の薬指に手作りの指輪を贈る意味とか、次はちゃんとしたのを贈る約束とか―――
そして、それらを贈られた女の子がどんなに嬉しいかも…
金額とか元手とか関係ないのだ……オリジナリティなんて問題にならない。むしろオーソドックスでいいのだと

さらに、ふと自分の指と腕に贈られた白い小さな花を見つめて微笑みながら思う

この白い花ほど、彼が誰かに贈るにふさわしい花はないんだということも、きっと知らないと…


白い何処にでも咲いている小さな花―――シロツメクサの花言葉は「約束





―――蛇足的事柄

ちなみに、その後に上機嫌で執務に励む女王陛下に、目聡くその指を飾る花を発見したいつものメイドの言葉は、さらに女王陛下を赤面させた上で舞いあがらせることになる

「まあ、あの第一の騎士様にしては上出来というか、駄々漏れコレ極まれりですわねえ」
「えう…あの…でもきっと知らないですよ、アルが花言葉なんて…って、駄々漏れ?」
「あら、陛下はこれの花言葉はご存じないんですか?…駄々漏れ以外の何モノでもありませんわよ」
「《約束》がなんで駄々漏れに…」
「だから、花言葉は一つではありませんわ…もう一つありますのよ」
「ふえっ…《駄々漏れ》なんて花言葉があるんですか?」
「そんな花言葉はありません(苦笑)…無意識なら本当にたいしたものですわね(無自覚駄々漏れが…)」
「だから…もう一つって…?」
「うふふ…アル様に教えて差し上げたいですわ……これのもう一つの意味は…」
「……えうっ(真っ赤)」




―――シロツメクサの花言葉・もう一つ―――「私のものになって





オマケ部分の方が長いってどういうこと?!!
ちなみに、少女漫画風味目指して見ましたが、どんなもんでしょう

つか、最初に「アルさんが勝手に甲斐性なしにしてゴメンよ。せめてもの挽回編」のハズなのに、なぜ少女漫画風味にしようと思ったのかは自分でも謎です
そもそも、甲斐性なしは返上できてないしな…(朴念仁も怪しい)
どうでもいいことだが、アルさんならベル兄がチェインメイル手編みするより綺麗にシロツメクサの花輪を編めると信じてる

ちなみに、シロツメクサの花言葉は、さらに別に怖いものもあって、「私のものになって」転じて→「独占欲」だとか、「約束」→逆転的に「復讐」とかがあるそうな
どっちにしても、わりとアルさん向きの花ですな(笑)

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