――― 1. Queen

交差した三本の剣と二人の武人。
そして、次の瞬間、血飛沫をあげて同時に倒れ伏す二人の人影に向かって、あたしは必死に林の中を駆け寄っていった。
「アル―――っ!!」
いつのまにか上がっていた悲鳴のような呼びかけの声にも、倒れた彼からの応えは無い
「アルくーん!」
「ベルフト殿下!?」
置き去りにした仲間からの、そしてすり抜けた先程まで対峙し襲い来たていた人影からの声にも、ピクリとも動かない倒れた二人に、不安と焦燥がつのりさらに足を早める。
「魔術師に大事なのは速さ」
そう教えて、あたしを鍛えてくれたお母様やコネリーに感謝するのは何度目だろう。
未だに周囲には戦の喧騒が溢れている。彼らの回り以外の戦いは終わっていない。
だから、あそこに、彼等の、いいや彼のところに誰よりも早く辿りつかなくてはと、さらに速度をあげて木々の間をすり抜ける。
辿り着いて、確かめて、そして、今度はあたしが護る。
『いつものように護ってやるからよ』
そう言って、本当に護りとおしてくれて倒れた彼を、未だ終わらぬ戦いの余波から。
確かめる―――彼がもう一つの約束を守ってくれているかどうか。
必要とする間は側にいる―――無事でいてくれていないと守れない約束だから。

大丈夫、きっと大丈夫。アルは約束は必ず守る。・・・今までもこれからも。

そう一瞬潤む視界に弱気な自分を叱咤しつつ、段差を飛び越えようやく倒れた二人の所に辿り着く。
立ち込める濃い血の匂いと、その身の間近に投げ出された三本の血塗られた剣。流された二人分の血で赤黒く染まった大地。
そんなものも気にせず、あたしは倒れ伏すアルの傍に座り込みその体に縋り付く。そして、手に触れて確かめた鼓動と暖かさに安堵する。
――――ほら、大丈夫だった。
だって、アルだから・・・あたしのたった一人の騎士だから。
今度は安堵と嬉しさから胸と瞳の奥が熱くなる。
そうして、込み上げてくるものを堪えつつ、意識を失ったままで重い体を少しでも楽にさせようと頭を膝の上に抱え上げ、その顔や髪にこびり付いた血を拭う。
何度も倒れては踏ん張って立ち上がったその体は、見る影も無く傷つき、血に染まっていないところの方を探すのが難しいくらいだ。
その痛々しさから感じた悲しみと罪悪感に、安堵・歓喜と複雑な感情が絡み合い、とうとう込み上げて来るものが抑えられずに、瞳から涙が溢れ出してきた。
それでも、目覚めた彼ならそう望むのではないかと思い、かって一年以上も前に同じように頭を膝に乗せた時に『もっと』と言われたように優しくその頭を撫でながら、精一杯の笑顔を浮かべてみせる。
そして、唄声を奏でる代わりに彼の耳元にそっと囁く。
「頑張りましたね、アル」
――――そして、ありがとう


いつのまにか、隣に倒れている兄が多くの兵士に取り囲まれているのも、遅れて駆け寄ってくる仲間たちが呼びかけてくるのも気付かずに、あたしはそのまま彼の頭を撫で続けていた。
彼が目覚めて、溢れる涙を止めてくれるまで・・・・。


・・・・ 一人で涙を止めることのできないあたしには、貴方が必要なの。だから、約束どおりずっと傍にいて・・・。



――― 2. knight


意識が完全に途切れるのと、自分の体が地面に倒れ伏すのが、どちらが先立ったのかわからない。
だが、自分の剣が相手を確実に捕らえ、相手も倒れたのは辛うじてわかっていた。

―――大陸最強と言われた相手。
そうだ、今度は負けなかった。勝ててもいない。今自分は倒れた。でも、相手も倒すことはできた。
かって、もう一人の『大陸最強の騎士』と言われた相手を退かせた時とは違う。
何よりあの時とは違うのは、こうして倒れたのは自分で、今度はちゃんと彼女を護りきることができたと言う事だ。
『いつものように護ってやるからよ』・・・・その言葉通り護りきった。
あの時のように、自分が護られたりしなかった。

振り下ろされる白刃の前に飛び込んで翻った鮮やかな赤い衣、自分が受けるはずだった刃をその身に受けて飛び散った血潮。
この手に受け止めた、あまりにも軽かったが、同時にとてつもなく重く感じた華奢な体。

あの時の衝撃と心の痛みを思えば、幾度刃を受けようと踏み止まることなど、どれほど楽かしれない。
あれを繰り返されるくらいなら、何度打ちのめされても、立ち上がってみせよう。
だが、戦いが終わった今は、彼女が、そして姉や仲間たちが無事でいるのがわかっている。
だから、自分が倒れても安堵できた。ここで倒れる事を、己に許す事ができる。

そうして、沈み続ける意識の中に、ふと姉の言葉がリフレインする。
今でも、姉の言ったように、自分が誰かを、いや、彼女を支えることできるかなんてわからない。そんな自信なんてまだ持てない。
でも、護る事はできる・・・できた。
だから、今はそれだけでいいと自分を納得させて、体に感じるどこか懐かしい柔らかく暖かい感触に促されるように意識をさらに沈ませる。
そして、沈むさなかに思う。
何より、彼女は自分一人の存在に左右されるほど、そんなに弱くは無いと。
「一緒に戦えば間違えたりしないから大丈夫。だから約束しましょう」
そう言って微笑んだ彼女は、とても眩しくて、真っ直ぐに見つめてそう言ってくれた言葉がとても嬉しくて・・・だから自分は彼女が望んでくれる限りは傍にいたいと思ったのだから・・・。

・・・・・・・・・ぽたり

と、沈み続ける意識を、ふと頬に感じた感触が浮上させる。
雨?

ぽたり、ぽたり・・・・

いや、雨ではない。でも降り注ぐように続く、何か暖かいもの。
血?
いや、そんなはずはない。もう戦いは終わったはずなのに?
そう思い、一瞬感じた不安のままに沈み続けていた意識を無理矢理引き戻し、安らぎを望んで閉じられいた瞼をこじ開ける。
すると、目の前、至近距離にあったのは、かって何処かで見たような自分を真摯に見つめている夕日に煌く翡翠の瞳と、その華のような顔に浮かんだ微笑。
でも、あの時には無かった、その瞳から零れ落ちる茜色に輝くの真珠のような涙。
「姫さん・・・」
思わずその光景に目を奪われるが、気付いてしまったその何かを押し殺したような無理のある笑顔と、浮かべた笑顔に反して止まることなく溢れ続ける涙に、どこか心が軋んだ。
だから、思うように動かない己の腕を叱咤し、血と泥で汚れたこともかわまずその手を、可憐な白い顔へ精一杯伸ばし、涙を拭う。
「なに泣いてんだよ。駄目だろ・・・」
戦いは終わってないのに・・・と、こちらの乾いた喉から掠れた声をかける
折角護れたのに、そんな顔をされたら、居た堪れない。
涙目はともかく、あんなに涙で頬を濡らされたら、オチオチ寝てもいられない。
「勝手に寝ちゃって、駄目なのはそっちですよ・・・・アル」
すると、そう言って彼女は頭を撫で続ける手をそのままに、もう一方の手で伸ばした彼の手をぎゅっと握り締めて、まだ潤んだままの瞳で輝くように本当に微笑んだ。


その笑顔に心をざわめかせ、思う。
こうして自分が彼女に心からの微笑みを浮かべさせることができるなら、少しは自信を持ってもいいのかもしれない、と。
敵と戦う事と、それで護る事と、涙を止める事くらいしか出来ない自分が傍にいること。


・・・・・結局のところ、何処に居ようとも自分帰る場所は、彼女の傍しか思いつかないのだから・・・・。


――― 3. Sisters


「無自覚っていうか、自覚が無さ過ぎるのが大問題だわ」

目の前で繰り広げられる光景というか、二人の世界に思わず呟かずにいられなかった。
本当にわかっているのだろうか?
未だ、この戦闘の終結宣言はされていない。
まだあちこちで状況を知らぬまま、剣戟を交えている両軍の兵士たちがいる。
その戦場のど真ん中で、敵味方総勢約2万人のギャラリーを前に、討ち取って捕らえられようとしている敵軍の総大将(それも大陸最強伝説の持ち主で、ついでに彼女の実の兄だ)を傍らにしながら、自軍の総大将の女王が泣きながら敵将を討ち取った騎士を膝枕だの、それで騎士が安眠満喫だの、女王と騎士が涙を拭って微笑みあうだのを、やらかしてくれているのだ。
当事者たちは他のことなど眼中に無いからいいだろうが、傍から見ている方は居た堪れないことこの上ない。
ましてや、自分にとって、一方は教え子で、一方は実の弟という二重苦の関係まで上乗せ。
これで居心地が悪くならなかったらおかしい、と思わずには居られない。

ふと、その当事者の一人である、ついこの間、今の状況になった時から言いたいと思っていたことを、じっくり言い聞かせた弟のことを考える。
自分の知る限り、ほんの一年ちょっとで、弟は本当に強くなった―――大陸最強と名高い相手と互角に打合って見せるほどに。
それはきっと弟一人の力ではない、多くの人に支えられてのことだ。
なかんずく、自分は知っている。
何より代え難い護るべきものあることが、決して失うことのできない存在ができることが、どれほど人を強くするのかを。
それなのに、実際会って話した弟の、自分のことだけではなくあらゆることへの自覚の無さっぷりは、思わず正座させた上で懇々と言い聞かせたくらいでは足りずに、ガクガク揺すぶり続けて一晩中呪文のように唱えつつ頭に叩き込んでやりたいレベルの足りなさだった。
本当に、この期に及んで成り行き任せだの、自信がないだの、自分を知らないにも程がある。
一応、状況が状況なので、あの程度に留めて置いたが、どうやらまだまだ甘かったようだ。
ここ暫く一緒に行動していて、ちょっとは進歩したのか、言い聞かせたことが無駄ではなかったのかと安心していたのだが・・・・。

「まだまだ足りなかったみたいね、自覚」
どうやら、あれだけ言っても、まだ本当の自覚を持つには至ってないらしい。
自分の気持ちも自身の持つ価値も、相手の、彼女のことも――――
「まったくだ・・・・」
と自分の独り言に追従する声にそちらを向くと、いつの間にか傍にたっていたのは、もう一方の当事者の姉―――ステラ王女だった。
やっぱり居た堪れない風情のその顔には、苦笑を浮かべられている。
「すいません、無自覚すぎる弟で・・・」
無自覚で言動ははっきりしないのに、行動は駄々漏れ一直線なんて、ある意味周囲の人間にとってのじれったい上に居た堪れない以外の何者でもない。
「いや、うちの陛下も多少自覚が足りないのは今に始まったことではないから・・・」
ああ、確かに学園時代の彼女の無自覚というか、天然過ぎるところは心当たりがありまくりですけど・・・・。
本当に、あの二人が市勢の一男女というなら、このままその微笑ましくもじれったい関係を楽しみつつ傍観するのもありだと思う。
自分的にも・・・多少ちょっかいをかけるのも楽しいだろう、かっての仲間の中の弟分のように。
でも・・・・
「だが、陛下もアル殿も、既にそれでは済まされない立場だからな」
「ええ本当に・・・」
この戦いに勝利したこと・・・・それもアルくんがベルフト王子を討ち取ったこと(相打ちだけど)が、さらに状況を加速させるのは間違いない。
彼女の立場が特別なのは今更だが(というか更に厄介になった)、アルくんの方だって、もうただの一介の剣士ですでは済まされないのだ。
始まりは『成り行き』でも、このまま成り行き任せで無自覚なままフラフラされたら、周囲に与える影響が怖すぎる。
それくらい大きな存在になってしまったのだ、二人が二人ともに。

そう―――平和は勝ち取られた、だがそれで全てが終わったわけではない。
言うまでもなく、個人的には、二人とも幸せになった欲しいと思う。――――臣下として、教師として、姉として。
そのためには、姉たる自分がまだまだ一肌も二肌も脱がなくてはならないようだ。
「とりあえず、一段落ついたら、この間イマイチ足りなかったみたいのお説教の続きをガッツリしますよ♪」
だから、そちらもヨロシクお願いしますね!と微笑んで言ってみる。
相手の逃げ道を徹底的に絶って後顧の憂いを無くしておくのも、商売の基本だ。
この辺はきっと軍略でもかわらないのではないかと思う
「お願いする。こちらもまたじっくり陛下と話をしておきたいしな」
あちらも姉的に依存はないらしい。
うん、それって良いことよね、どっちにとっても。

・・・ちょっと離れた後ろの方で、満足そうな軍師さんと薄ら寒そうにブツブツ言ってるベネットさんのことは気にしないでおこう、うん。

とっても頑張ったのはわかってるよ、アルくん。
姉として誇りに思うから、今はそのままでいいから。
でも・・・・・
「次は容赦しないんだから、覚悟しておくように」

――――どこかでカーンいう鐘のなる音がした。






――― ex.Others


「おや、どうしたのかね、ベネット」
「いやいや、あそこで釘を刺しておいてよかったと、あっし自身をを褒めているでやんす。
でないと、後でどんな災いが降りかかってきたのやら・・・(ガクブル)」
「なるほど、確かにあそこの判断は実に的確だった」
「へ?!。何で知ってるでやんす?。ナヴァールはあそこにいな・・・」
「私に知らないことがあるとでも・・・(ニヤリ)」
「あー・・・愚問でやんしたな」
「ところでベネット・・・」
「なんでやんす?」
「ペアグッズの用意をするとなお喜ばしいと思うが・・・」
「・・・大丈夫でやんす。ちゃんと予備も調達判定してあるでやんすよ」
「うむ、さすがといっておこう。・・・・ところでゲームが違うが・・・」
「ノリでやんす。細かいことは気にしない気にしない♪」





挑戦状には受けて立ったつもりですが・・・・・・・・相変わらず糖度低いよ、私
それにしても、書いているうちにアルさんや陛下が思いもかけない台詞を言い出すのも仕様になりつつあるな・・・(トオイメ)

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