公務員の一日（午後）
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nano69_264 2010年08月23日(月) 22:18:27履歴
477 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:29:15 ID:62zw/u7g [3/12]
478 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:30:09 ID:62zw/u7g [4/12]
479 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:30:44 ID:62zw/u7g [5/12]
480 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:31:22 ID:62zw/u7g [6/12]
481 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:31:58 ID:62zw/u7g [7/12]
482 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:32:29 ID:62zw/u7g [8/12]
483 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:33:16 ID:62zw/u7g [9/12]
484 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:34:02 ID:62zw/u7g [10/12]
485 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:34:44 ID:62zw/u7g [11/12]
・・・嵐のような午前が過ぎて。
でも、まだ午後は始まったばかり。
私の名前はダルカ・ルーイン。１４歳、女性。
つまりは、まだギリギリの範囲で、いわゆる少女。
今、私は行政局にある自分の机に座って、目の前に何枚も開いたディスプレイとにらめっこしているところ。
顔も体もあちこちに、ぐるぐるに包帯と絆創膏。
ガジェットの熱線で毛先が縮れてしまった、少し赤色がかった黒髪は、ざっくりと切りそろえてショートヘアに。
埃と汗まみれの制服も着替えて、午前のごたごたからは心機一転。
小柄で痩せぎすな私に合うサイズは無かったから、借りた制服の袖と裾を、何重にも折り返して着てるんだけどね。
机の傍らには、サンドイッチとジュースとコーヒーと栄養ドリンクの抜け殻。
行政局の機材を引っ張り出して進めているのは、午前中に遭遇した「あのとき」の膨大なデータの分析。
子鴉のような不思議少女、「王様」が大空に飛び立った後は、怒涛のような時間の流れで午前中は終わってしまった。
つまり。
王様が飛び去って盗聴の可能性も無いことを確認してから、管理局の該当部署に「アンノウン出現」の一報を入れて。
そのあと、現場に到着した管理局の武装警察隊に一通りの説明をして。
そのまま病院に運ばれてケガの治療をしながら、警察隊の事情聴取に応じて。
ついでに、院内の看護師さんに、大雑把な散髪もしてもらって。
それが終わって、行政局に帰る許可をもらったついでに転送許可も取り付けて、転送魔法でここに急いで帰ってきて。
行政局の上司への状況説明もしつつ、一連の事態で提出が必要になった報告書を何種類も書き上げて。
その合間に、今朝の予定では外で食べる予定だったお昼ご飯も、売店にあるもので簡単に済ませて。
昼休みまでつぶしての突貫作業で、やっと少し時間が取れるようになったところで。
本命の、「王様」の調査に取り掛かったところなんだ。
内容を具体的に言えば、まず、、王様の『本』型デバイスに記されていた「目的地」らしき座標の解析。
あとは、あの子が文字通り「現れた」ときにサーチャーが観測した、あの子の個人データにつながる情報のの整理と分析かな。
どっかのデータベースに似た記録があれば、王様個人か、もしくは関連する組織なんかを掴む材料になるかもしれないし。
関連組織は十中八九、「ＪＳ事件」がらみだろうけどねー。
本当のことを言えば、この件に関しては、データを添えた報告書を提出した時点で、一介の行政局員である私が関わる問題じゃあない。
何かあったとしても、それに対応するのは行政局じゃなくて、管理局の管轄だからね。
でもやっぱり、どうしても放っておけないんだ。
王様と最後に交わした会話の内容。
王様と、お世話になった人との間には、明確な関連があるから。
・・・ただ、少しばっかりかっこいい事を言ってみたところで。
実は、肝心の作業のほうは、あんまり芳しくない。
「目的地」のほうは、座標の割り出しは済んで、今は関連事項を洗い上げているところ。
こっちは私の本業だから、わりと進んでいる。
王様のデバイスから読み取った座標の示す位置は、大まかに２ヶ所。
ひとつは、ミッドチルダ中央区。
首都クラナガンからはかなり外れた僻地にある、山間の工業区画。
座標はその中の、企業の所有する広大な敷地の中の一点を指している。
行政局のデータベースに照らし合わせてみると、企業名は「アレクトロ社」、登録されてる用途は「実験施設」。
資料によれば、ここはエネルギー技術開発の会社。
これ系の企業の中ではけっこうな大手で、魔力駆動炉の開発とか運営を手掛けてるみたい。
ただ、この座標の施設自体は、３０年くらい前に破棄されていることになってるけどね。
理由は、当時の管理主任者の私的利用による、違法な魔力炉運用テスト中に、周囲一帯を巻き込んだ暴走事故があったから。
で、それ以降は施設自体が封印されて、使われていないみたい。
だからこの場所、書類上は「実験施設の跡地」。
誰もいないはずの廃墟ってところかな。
あとのもうひとつは、意外に近く・・・というか、午前中に行って王様と会った廃棄都市区画の、目と鼻の先。
ミッドチルダ北部の、「臨海第８空港」跡地。
５年前の火災が原因で閉鎖された空港だね。
座標はこの敷地の内部、しかも地表ではなくて地下。
地図と重ねると、地表は滑走路部分でなんにもない平地だけど、地下には整備系のエリアや格納施設があるところ。
立ち入り禁止の空港「跡地」だから、やっぱり人は居るはずが無い場所。
で、この２ヶ所が王様の目的地として。
そもそも、どうしてこの場所が王様の目的地なのか。
あと、地図も土地勘も無い王様が、どっちの場所に向かおうとしているのか。
それはさっぱりわかんないんだよね。
今のところ、この２ヶ所に関連性は見つけられないし。
普通に考えれば、最初の目的地は、すぐ近くの空港跡地なんだけど。
けど、私が会った王様が最後に廃棄市街地から飛び立ったのは、空港からはあさっての方向だったんだよねー。
目的地がすぐそばにあるとは、気付いてないっぽい動きなんだ。
だから、空港跡地にまっすぐたどり着けるとは、あんまり考えられないわけだし。
あと、読み取れてない、あるいはメモ自体に書かれていないだけで、この２ヶ所以外にも目的地がある可能性もあるからね。
この時点で、王様の行き先の追跡は、今のところ手詰まりかな。
そして、王様自体の情報分析は、残念なことにもっと進んでいない。
私が持ち出せる程度の機材じゃあ、王様自体の情報量が膨大すぎて捌ききれないし。
そもそも行政局支部に置いてあるレベルの備品だから、魔法生命体系の情報分析に向いた機材なんか無いんだよね。
専門の設備があるような場所じゃないと、こっちの解析は全然無理。
少しだけ解析できた魔力パターンや数値なんかのデータを行政局のデータベースで検索してみたけど、さっぱりとヒット無し。
多少のツテをたどって管理局や司法局のデータベースも検索してみたけど、やっぱり空振り。
まあ、情報量が少なすぎるのもあるけど。
王様に似た魔法生命体の情報自体が、一般の行政局員がアクセスできるレベル以上の機密事項である可能性のほうが高いかな。
あ、でも、予想外の収穫として。
ガジェット�祁燭涼罎貌�ってて、王様のデータが保存されてた「青い石」自体も、来歴だけは突き止められたんだ。
実はあの石、「ジュエルシード」っていう、１２年くらい前に１２個一緒に回収された、よりにもよってロストロギア。
こっちは、無限書庫の司書長さんの研究論文がデータベースに上がってたから、わりとすぐ特定できたんだ。
ロストロギアのデータは、本来、危険だからあんまり公開されないんだけどね。
これは保管施設から出せないような危険物じゃないから、掲載ＯＫだったみたい。
使われている技術や考古学的な意味合いなんかを多方面から検証・考察した、すごく充実した論文だったっけ。
けど、それだけの資料があっても。
なんでそのロストロギアが、ガジェットに格納されていたかは、やっぱり不明。
設計図的には、動力炉ぽい使われ方なんだけど。
動力炉自体は、他のほとんどのガジェット�祁燭砲眄僂泙譴討襦▲献絅┘襯掘璽匹鮖箸錣覆ご�存技術での完成品があるわけだし。
そこまでしても、得られる出力とかは普通・・・というか、余剰出力があっても、それが必要になるような機能自体が積まれていない。
だから、わざわざジュエルシードを動力炉として使う意味は無いんだ。
あとこれは同時に、王様の情報を記録していたメモリでもあるんだけど、やっぱり、ロストロギアを使わなきゃいけない意味は見つからない。
王様は、大容量かつ極めて精密なデータなんだけど、技術的にはもっと単純な、既存の記録媒体でいけるはずだから。
むしろ。
本来は別用途のロストロギアを、動力炉兼記録媒体として使うなんて、そっちのがとんでもなくピーキーでニッチな人外の技術なんだけどね。
単純に解ける問題を、わざわざ時間も技術もコストもかかる方法で、遠まわしに解いている感じ。
だから、繰り返すけど、ジュエルシードの用途は分かるんだけど、その意図が全く分からない状態。
ジュエルシードにプログラムが封入されていて、母体である�祁燭稜鵬�がトリガーになって、王様が実体化する仕掛け。
それに、何の意味があるのか。
「ガジェットを破壊したら、中からまた敵が出てきました！」的なブービートラップ？
・・・びっくり箱みたいなサプライズではあるんだけど、それはあまりにも技術の無駄遣いなだけで意味が無いし。
そんな技術があるなら、もっと有効で効率的な手段はいくらでも取れるはずだからね。
でも。
ＪＳ事件の首謀者は、能力はともかく性格的にかなりアレだったから、その辺は考えていても仕方ないかなー。
ジュエル・スカリエッティに関しては、ＪＳ事件の「後片付け」を前の職場でやってたせいで、気性はなんとなくわかる。
私が、隠蔽された書類探しとか、消去されたデータ修復とか、盗撮なんかが得意なのも、そのときの実地での経験からなんだ。
つい半年前までは、スカリエッティに裏から資金協力とかしてた企業に令状持って突貫して、ひたすら証拠品を探してたっけ。
・・・なんて、思考が完全にあさっての方向に脱線するくらいに、いろいろ行き詰ってしまった頃合を見計らったように。
投影していたディスプレイのひとつに、私宛の局内メールが届いたことを告げる明滅が現れた。
内容は・・・あれ？
かなり意外なところからの、私を名指しての呼び出し。
まあ、茹で上がっちゃった脳でいくら考えても効率は上がらないし。
とりあえず、今まで得られた情報を追加の報告書として上に提出してから、私は呼び出し先に出向くことにした。
あらためて言うけど、私が所属するのは、ミッドチルダ行政局の、北部支部。
今までデスクワークしてたのも、その建物の中ね。
で、ミッドチルダ北部という場所を部外者に分かりやすく説明するなら、１年前のＪＳ事件で、ガジェットと管理局との主戦場になった場所。
そして、聖王教を背景とする、ベルカ自治領がある地域。
さっきの呼び出しは、このベルカ領内でのお役所的な仕事の場である、「ベルカ自治領事務局」から。
正確に言えば、「そっから呼ばれてるんで、行ってきなさい」っていう、行政局から私への通達。
私が午前中に調査に行ったブラックな土建会社（契約違反確定なんで、本社へ調査に行く必要なくなったからね）がらみの確認みたい。
このへん、めんどくさい話なんだけど。
例えば。
ベルカ自治領の住人であっても、ミッドチルダで法を犯せば、ミッドチルダの法律で裁かれる。
今回の土建会社はミッドで悪い事したから、当然、調査するのはミッドの管理局で、裁くのはミッドの司法局ね。
で、私も今のメールで初めて知った事なんだけど。
今回の会社の経営者、調べてみるとミッドだけじゃなくて、ベルカ領にも会社を持ってたみたい。
つまり、ミッドで違法に得た資金が、ベルカ領の会社にも流れていた可能性がある、って状況かな。
問題は、ミッドとベルカを跨いでるって事。
この会社の資金の流れを把握して犯罪行為を立証するためには、ベルカ領内での調査もしなくちゃいけない。
でも、ミッドの管理局にも司法局にも、ベルカ領内での捜査権限は無い。
その名前通り、ベルカは自治領だからね。
ベルカ領内での資金の流れの調査は、ベルカ側にまかせるのか、ミッド側がベルカに入って調べるのか。
ミッド側がベルカに入るのなら、その権限はどこまで許されるのか。
そんな話がでてくるんだ。
もちろん、そんなときのために、相互での犯罪者引渡しとか、領内で相手の捜査を認める協定があるんだけど。
これはケース・バイ・ケースなんで、そのつど「どこまで相手の捜査の権限を認めるか」をいちいち決めないといけない。
あ、この件、行政局とは無関係ね。捜査もベルカとの交渉も、管理局や司法局の、担当部署のお仕事。
さっきのメールは、迅速に状況を知りたいからちょっと当事者が来てくれっていう内容の、ベルカ側の事件担当者からの、私個人への依頼。
今回は、犯罪立証の資料を最初に提供したのが、たまたま私だったから。
包帯と絆創膏だらけだし、髪は切りそろえただけでザクザクして全然整ってないし、明らかにサイズの合わない借り物の制服しか無いし。
社会人の礼儀として、他所にお邪魔する格好じゃないんだけど。
先方にメールで確認したら、急ぐからなるべく今日中にお願いってことなんで、身だしなみは不問にしてくれるそうだ。
そんなわけで、やってきましたベルカ領。
いや、そんなに大層な行程でもないけど。検問とかあるわけでもないしね。
列車に乗って隣町まで、って程度の感覚。かかる時間も、そんなものだし。
特に今回は「急ぎで」っていう先方の希望もあるから、行政局から転送許可もらって、施設の間をひとっとびだったから。
一見、古式豊かな教会風の建物だけど、実際は教会じゃなくて役所なのが、ここベルカ自治領事務局。
ミッドとつながる列車の駅の目の前にあるんで、よく観光客が教会と間違えて入ってしまう、意図しない新参トラップでもある。
昔はここも普通に教会で、役場の仕事と並行して、礼拝とか説法もやってたらしいんだけどね。
自治領の人口が増えて片手間じゃあ事務手続きが追いつかなくなったんで、専門のお役所として独立した場所なんだ。
だから、やってることはそのまんまミッドの行政局とおんなじ。呼び方が違うだけね。
私がこの仕事に就いて半年、何度も来たことのある場所。
勝手知ったるといった感じて、すでに顔見知りの外来担当の窓口の職員さんに、用件を告げる。
向こうにも話は通っていたみたいで、すんなりと私は、建物の中に通された。
「あ、どーも。話は聞いてますから、こっからは私がご案内させていただきますよ！」
で。
部屋までの案内人として職員さんに紹介されたのが、このちょっとテンションの高い半袖シスターさん。
そう、シスター。
なんで、聖王教会のシスターさんがここにいるんだろ。
外から見るとわりとある誤解だけど、ベルカ領の全部が、聖王教会の影響下ってワケじゃない。
影響力が強いのは事実だし、教会の格式が文化として取り込まれてるから、ベルカ領全体で教会の「色」が濃いのはその通りなんだけどね。
ここの事務局も元は教会だけど、今は教会としての役割は担ってない単なる役場だから、働いているのは教会とは無縁の公務員さんたち。
だから、いきなりここで本職のシスターさんがお出迎えってのは、ちょっと変な話なんだ。
病院に行ったら看護師さんでなくて、シスターさんが出てきた感じ。
私がここにきたのは、教会がらみのことではないわけだし。
「ん〜？ どうかしましたか？」
「あ、いえ。案内をよろしくお願いします」
ただ、そんなことを言ってても、仕方がないのも確か。
あえて正すような問題でもないしね。
奥へと歩き出した半袖シスターさんに従って、私も歩き始めた。
違和感といえば、案内役のこの人も、明らかにシスターっぽくない女性・・・というか、言動がガチでそのへんにいる女の子。
両手を頭の後ろで組んで、鼻歌とか歌いながら歩いてるし。
まだ衣替えには早いはずなのに、なぜか半袖の修道服。
雰囲気がえらく俗っぽくて、教会の関係者という感じがしない。
それに、さっきから。
「あれ、ここだっけ？・・・いや、違ったかな。失礼でした〜」
案内してくれるって前を歩き出したんだけど、まだ部屋に着かないんだよね。
部屋も間違えて、中の人に謝ってるし。
途中で顔を合わせたここの職員の人たちも、この人には身内扱いというよりは他人行儀。
つまりこの人、建物の間取りを知らなくて、職員さんとも面識の薄い、普段はここに居ないような部外者っぽい感じなんだ。
ほかの職員の態度から、ここに居る事自体は問題ないみたいだから、この場の関係者ではあるって事だけど。
新しく配属された人なのかな？
まあ、すごく愛想よくて嫌味な感じの無い人だから、そういうのもあんまり気にならないけれど。
いや、気になるといえばもうひとつ。
今日が初対面のはずなんだけど、この人は過去に見た覚えがあるような気がして仕方がない。
名前が思い出せないし（そういえば名乗ってもらってない）、向こうも私を知らないぽいから、何かで顔だけ見かけたとか、その程度かな？
例えば、犯罪者のポスターとか。
・・・犯罪者じゃ、ないよね？
「お、見つけた。この部屋ですよ、お待たせしました！」
そんな私の思いとは裏腹に、やっぱり能天気な感じで目的地への到着を告げる半袖シスターさん。
見つけたとか言ってるし。
「では、担当の人を呼んできますので部屋の中でお待ちください。失礼しまっす！」
お礼を言う間も、名前を聞く時間も無く。
嵐のように最後までマイペースな半袖シスターさんは、去っていった。
何回もこの建物には入っているけど、一番奥にあるこの部屋には、初めて通される。
表に表札が無かったから、何のための部屋なのか、外からじゃわからなかったけど。
とりあえず手近な長机に腰掛けて、鞄の中から櫛と手鏡を取り出して。
切り方が雑だったからあちこち外側に跳ねてきちゃっている髪の毛を揃えながら、部屋の中を見回してみる。
持ち運べる長机と椅子がたくさん並んでいるから、物置を兼ねて、会議室とか休憩室みたいに使われている部屋かな。
置いてある机や椅子は頑丈なつくりだけど、腰掛けると軋む、けっこうな年代モノ。
このへんの予算が後回しにされるのは、どこも同じね。
部屋の中は、ベルカの建物らしく、隅々まで掃除は行き届いている。
でも、少し俗っぽいというか、職員の休憩や雑務をする場所という「舞台裏」的な匂いが染み付いている、そんな部屋だ。
なんて、観察してしていると。
通されてさほどの時間も待たされずに、外から扉がノックされた。
服装不問って話なんだけど、やっぱりそういうものにこだわる文化を持つベルカの人に、だらしない服装で会うのは気後れする。
絆創膏と包帯はどうしようもないとしても、襟元を正して、折り曲げている袖もできるだけぴっちりとそろえて。
おざなりに髪を梳いていた櫛と手鏡を、鞄の中に押し込んで。
ノックの後に扉を開けて部屋に入ってきた人物に向かって、聖王教会式の、深々とした一礼。
「あ」
そのあとに初めて、入ってきたひとの顔を見たんだけど。
あまりに予想外の事態に、思わず声が出た。
部屋に入ってきたのは、シスターが一人だけ。多少の顔見知り。いや、向こうは私のことを覚えてるか分からないんだけど。
このひとには前の職場の戦闘訓練で何回もフルボッコされた経験があったから、私にとっては、忘れようのない人物。
「お久しぶりですね、ダリカ・ルーイン。今回は仕事ということで改めまして。聖王教会の修道女、シャッハ・ヌエラでございます」
と、聖王教会随一の武闘派シスターは、これが見本とばかりに、年季の入った完璧な聖王教会式の一礼を返してきた。
「お、おひさしぶりです、シスター・シャッハ。以前はいろいろとお世話になりました」
私のことを覚えていた？
それとも、私が来ることは分かっていたから、事前に私の経歴とか洗ってて思い出したのかな。
当たり障りのない挨拶を返しながら、私はこの状況の意味を読み取るために、弛緩していた頭をフル回転させる。
違和感がある。
さっきの半袖シスターさんと、同じ理由での。
この状況は、絶対におかしい。
私がここに呼ばれたのは、午前中に立ち寄ったブラック企業の件で、ベルカ側の担当者に状況の説明を求められたから。
で、案内通りにベルカに出向いた私を迎えたのが、今、目の前に居るシスター・シャッハ。
そうなると、このひとが事件の担当者？
いや、それは半袖シスターさんと同じ理由でありえない。
このひとの所属は聖王教会。
事件処理の担当は、ベルカ自治領事務局。
両者は全く違う組織だから、門外の事に関わるなんてありえない。
それに、このひとの役職。
このひとが「仕事で」ここに居るということは、例えそれがどのような雑事であっても。
それは。
「ダリカ・ルーイン」
思考に没頭しかけたところに名前を呼ばれ、びくっ、と体がすくむ。
改めて正面を見ると、いつの間にか私の立っている机の向かいにまで、シスター・シャッハは歩みを進めていた。
以前見たときとは、雰囲気が全然違う。
戦闘訓練で会った時は、やっぱり怖かったけど、戦うこと自体を楽しみ、はつらつとしていて明るく、話しやすいひとだった。
でも今は、表面上は変わらずに穏やかだけど、そのときとは完全にスイッチが切り替わっているのがわかる。
「敵」を観察する目。
そうとしか、形容できない。
たぶん仕事中は、いつもこんなふうに張り詰めているんだろう。
仕えるひとに、絶対に危害が及ばないように。
「私たちは知人の関係ではありますが、今はお仕事中ですよ。公私の別をつけて。とりあえず、お座り下さい」
あくまでも慇懃に。嫌味のない穏やかな笑顔と、柔らかな口調で。
その実、確固たる強制力を秘めた視線と、鋭い挙動で。
シスター・シャッハは、私をその場に釘付けにする。
何もされていないのに、体中をあぶら汗が流れる。
だめだ。
まとめようとしていた思考が、シスターからのプレッシャーで散らされる。
午前中に戦ったガジェットや王様なんか比じゃないくらいの、強烈な威圧感に押される。
それに屈するように、私は言われるまま自分で椅子を引いて、テーブルについた。
一言、声をはさまれた。
それだけのことなのに、思わず身がすくんで、息が詰まる。
武術の達人が、相手の行動を先読みして、軽い力だけでやんわりと相手を組み伏せるのと同じように。
このひとは、こっちの心理状態や呼吸を呼んで絶妙のタイミングで言葉を「挿し」て、軽々と私の挙動を制しているんだ。
格が違う。
教養があるだけでなく、交渉や論議の席で、他人を封じて自分の意見を通す教育を、本格的に受けたひとだ。
腕っぷしとかの問題じゃなくて、単純に話し合うことすら、私はこのひとに敵わないことを実感する。
そして、私が腰掛けたことを見届けたシスター・シャッハは、畳み掛けるように、淀みなく言葉を続ける。
「さて。これから貴人があなたにお会いになります。格式ばったものは必要ではありませんが、かといって粗相の無いように」
あれば容赦しません。無論、腕力的な意味で。
言外に、釘を刺すどころか、パイルバンカーを打ち込むようなものを滲ませる。
これ以上プレッシャーかかると、話しかけられてるだけでリアルに失禁しますから、マジ勘弁してください。
そんな私の内心をよそに。
シスター・シャッハは滑らかな動作で机の前から扉まで移動して、「貴人」を部屋に招くために、扉を開けた。
そこにいたのは、まぎれもなく予想通りだけれど、やっぱり予想外にすぎる人物。
皮肉でも冗談でもなく、明らかに私たち庶民や、シスター・シャッハたち聖職者とも違う、「貴族」の風格をもつ金髪の女性。
ミッドチルダ管理局の理事官。あるいは、聖王教会の教会騎士。まあ、言ってしまえば、完全に雲の上のひと。
カリム・グラシア。
そう。
シスター・シャッハの役職を考えれば、例えそれがどのような雑事であっても。
すべてはこの人の意図で、動いているはずなんだ。
まあ、話は全然見えないんだけどね。
とりあえず、午前中の件をダシにして、ベルカの権力者にハメられた事だけは理解した。
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著者：くしき
478 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:30:09 ID:62zw/u7g [4/12]
479 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:30:44 ID:62zw/u7g [5/12]
480 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:31:22 ID:62zw/u7g [6/12]
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485 名前：公務員の一日（午後） [sage] 投稿日：2010/06/23(水) 16:34:44 ID:62zw/u7g [11/12]
・・・嵐のような午前が過ぎて。
でも、まだ午後は始まったばかり。
私の名前はダルカ・ルーイン。１４歳、女性。
つまりは、まだギリギリの範囲で、いわゆる少女。
今、私は行政局にある自分の机に座って、目の前に何枚も開いたディスプレイとにらめっこしているところ。
顔も体もあちこちに、ぐるぐるに包帯と絆創膏。
ガジェットの熱線で毛先が縮れてしまった、少し赤色がかった黒髪は、ざっくりと切りそろえてショートヘアに。
埃と汗まみれの制服も着替えて、午前のごたごたからは心機一転。
小柄で痩せぎすな私に合うサイズは無かったから、借りた制服の袖と裾を、何重にも折り返して着てるんだけどね。
机の傍らには、サンドイッチとジュースとコーヒーと栄養ドリンクの抜け殻。
行政局の機材を引っ張り出して進めているのは、午前中に遭遇した「あのとき」の膨大なデータの分析。
子鴉のような不思議少女、「王様」が大空に飛び立った後は、怒涛のような時間の流れで午前中は終わってしまった。
つまり。
王様が飛び去って盗聴の可能性も無いことを確認してから、管理局の該当部署に「アンノウン出現」の一報を入れて。
そのあと、現場に到着した管理局の武装警察隊に一通りの説明をして。
そのまま病院に運ばれてケガの治療をしながら、警察隊の事情聴取に応じて。
ついでに、院内の看護師さんに、大雑把な散髪もしてもらって。
それが終わって、行政局に帰る許可をもらったついでに転送許可も取り付けて、転送魔法でここに急いで帰ってきて。
行政局の上司への状況説明もしつつ、一連の事態で提出が必要になった報告書を何種類も書き上げて。
その合間に、今朝の予定では外で食べる予定だったお昼ご飯も、売店にあるもので簡単に済ませて。
昼休みまでつぶしての突貫作業で、やっと少し時間が取れるようになったところで。
本命の、「王様」の調査に取り掛かったところなんだ。
内容を具体的に言えば、まず、、王様の『本』型デバイスに記されていた「目的地」らしき座標の解析。
あとは、あの子が文字通り「現れた」ときにサーチャーが観測した、あの子の個人データにつながる情報のの整理と分析かな。
どっかのデータベースに似た記録があれば、王様個人か、もしくは関連する組織なんかを掴む材料になるかもしれないし。
関連組織は十中八九、「ＪＳ事件」がらみだろうけどねー。
本当のことを言えば、この件に関しては、データを添えた報告書を提出した時点で、一介の行政局員である私が関わる問題じゃあない。
何かあったとしても、それに対応するのは行政局じゃなくて、管理局の管轄だからね。
でもやっぱり、どうしても放っておけないんだ。
王様と最後に交わした会話の内容。
王様と、お世話になった人との間には、明確な関連があるから。
・・・ただ、少しばっかりかっこいい事を言ってみたところで。
実は、肝心の作業のほうは、あんまり芳しくない。
「目的地」のほうは、座標の割り出しは済んで、今は関連事項を洗い上げているところ。
こっちは私の本業だから、わりと進んでいる。
王様のデバイスから読み取った座標の示す位置は、大まかに２ヶ所。
ひとつは、ミッドチルダ中央区。
首都クラナガンからはかなり外れた僻地にある、山間の工業区画。
座標はその中の、企業の所有する広大な敷地の中の一点を指している。
行政局のデータベースに照らし合わせてみると、企業名は「アレクトロ社」、登録されてる用途は「実験施設」。
資料によれば、ここはエネルギー技術開発の会社。
これ系の企業の中ではけっこうな大手で、魔力駆動炉の開発とか運営を手掛けてるみたい。
ただ、この座標の施設自体は、３０年くらい前に破棄されていることになってるけどね。
理由は、当時の管理主任者の私的利用による、違法な魔力炉運用テスト中に、周囲一帯を巻き込んだ暴走事故があったから。
で、それ以降は施設自体が封印されて、使われていないみたい。
だからこの場所、書類上は「実験施設の跡地」。
誰もいないはずの廃墟ってところかな。
あとのもうひとつは、意外に近く・・・というか、午前中に行って王様と会った廃棄都市区画の、目と鼻の先。
ミッドチルダ北部の、「臨海第８空港」跡地。
５年前の火災が原因で閉鎖された空港だね。
座標はこの敷地の内部、しかも地表ではなくて地下。
地図と重ねると、地表は滑走路部分でなんにもない平地だけど、地下には整備系のエリアや格納施設があるところ。
立ち入り禁止の空港「跡地」だから、やっぱり人は居るはずが無い場所。
で、この２ヶ所が王様の目的地として。
そもそも、どうしてこの場所が王様の目的地なのか。
あと、地図も土地勘も無い王様が、どっちの場所に向かおうとしているのか。
それはさっぱりわかんないんだよね。
今のところ、この２ヶ所に関連性は見つけられないし。
普通に考えれば、最初の目的地は、すぐ近くの空港跡地なんだけど。
けど、私が会った王様が最後に廃棄市街地から飛び立ったのは、空港からはあさっての方向だったんだよねー。
目的地がすぐそばにあるとは、気付いてないっぽい動きなんだ。
だから、空港跡地にまっすぐたどり着けるとは、あんまり考えられないわけだし。
あと、読み取れてない、あるいはメモ自体に書かれていないだけで、この２ヶ所以外にも目的地がある可能性もあるからね。
この時点で、王様の行き先の追跡は、今のところ手詰まりかな。
そして、王様自体の情報分析は、残念なことにもっと進んでいない。
私が持ち出せる程度の機材じゃあ、王様自体の情報量が膨大すぎて捌ききれないし。
そもそも行政局支部に置いてあるレベルの備品だから、魔法生命体系の情報分析に向いた機材なんか無いんだよね。
専門の設備があるような場所じゃないと、こっちの解析は全然無理。
少しだけ解析できた魔力パターンや数値なんかのデータを行政局のデータベースで検索してみたけど、さっぱりとヒット無し。
多少のツテをたどって管理局や司法局のデータベースも検索してみたけど、やっぱり空振り。
まあ、情報量が少なすぎるのもあるけど。
王様に似た魔法生命体の情報自体が、一般の行政局員がアクセスできるレベル以上の機密事項である可能性のほうが高いかな。
あ、でも、予想外の収穫として。
ガジェット�祁燭涼罎貌�ってて、王様のデータが保存されてた「青い石」自体も、来歴だけは突き止められたんだ。
実はあの石、「ジュエルシード」っていう、１２年くらい前に１２個一緒に回収された、よりにもよってロストロギア。
こっちは、無限書庫の司書長さんの研究論文がデータベースに上がってたから、わりとすぐ特定できたんだ。
ロストロギアのデータは、本来、危険だからあんまり公開されないんだけどね。
これは保管施設から出せないような危険物じゃないから、掲載ＯＫだったみたい。
使われている技術や考古学的な意味合いなんかを多方面から検証・考察した、すごく充実した論文だったっけ。
けど、それだけの資料があっても。
なんでそのロストロギアが、ガジェットに格納されていたかは、やっぱり不明。
設計図的には、動力炉ぽい使われ方なんだけど。
動力炉自体は、他のほとんどのガジェット�祁燭砲眄僂泙譴討襦▲献絅┘襯掘璽匹鮖箸錣覆ご�存技術での完成品があるわけだし。
そこまでしても、得られる出力とかは普通・・・というか、余剰出力があっても、それが必要になるような機能自体が積まれていない。
だから、わざわざジュエルシードを動力炉として使う意味は無いんだ。
あとこれは同時に、王様の情報を記録していたメモリでもあるんだけど、やっぱり、ロストロギアを使わなきゃいけない意味は見つからない。
王様は、大容量かつ極めて精密なデータなんだけど、技術的にはもっと単純な、既存の記録媒体でいけるはずだから。
むしろ。
本来は別用途のロストロギアを、動力炉兼記録媒体として使うなんて、そっちのがとんでもなくピーキーでニッチな人外の技術なんだけどね。
単純に解ける問題を、わざわざ時間も技術もコストもかかる方法で、遠まわしに解いている感じ。
だから、繰り返すけど、ジュエルシードの用途は分かるんだけど、その意図が全く分からない状態。
ジュエルシードにプログラムが封入されていて、母体である�祁燭稜鵬�がトリガーになって、王様が実体化する仕掛け。
それに、何の意味があるのか。
「ガジェットを破壊したら、中からまた敵が出てきました！」的なブービートラップ？
・・・びっくり箱みたいなサプライズではあるんだけど、それはあまりにも技術の無駄遣いなだけで意味が無いし。
そんな技術があるなら、もっと有効で効率的な手段はいくらでも取れるはずだからね。
でも。
ＪＳ事件の首謀者は、能力はともかく性格的にかなりアレだったから、その辺は考えていても仕方ないかなー。
ジュエル・スカリエッティに関しては、ＪＳ事件の「後片付け」を前の職場でやってたせいで、気性はなんとなくわかる。
私が、隠蔽された書類探しとか、消去されたデータ修復とか、盗撮なんかが得意なのも、そのときの実地での経験からなんだ。
つい半年前までは、スカリエッティに裏から資金協力とかしてた企業に令状持って突貫して、ひたすら証拠品を探してたっけ。
・・・なんて、思考が完全にあさっての方向に脱線するくらいに、いろいろ行き詰ってしまった頃合を見計らったように。
投影していたディスプレイのひとつに、私宛の局内メールが届いたことを告げる明滅が現れた。
内容は・・・あれ？
かなり意外なところからの、私を名指しての呼び出し。
まあ、茹で上がっちゃった脳でいくら考えても効率は上がらないし。
とりあえず、今まで得られた情報を追加の報告書として上に提出してから、私は呼び出し先に出向くことにした。
あらためて言うけど、私が所属するのは、ミッドチルダ行政局の、北部支部。
今までデスクワークしてたのも、その建物の中ね。
で、ミッドチルダ北部という場所を部外者に分かりやすく説明するなら、１年前のＪＳ事件で、ガジェットと管理局との主戦場になった場所。
そして、聖王教を背景とする、ベルカ自治領がある地域。
さっきの呼び出しは、このベルカ領内でのお役所的な仕事の場である、「ベルカ自治領事務局」から。
正確に言えば、「そっから呼ばれてるんで、行ってきなさい」っていう、行政局から私への通達。
私が午前中に調査に行ったブラックな土建会社（契約違反確定なんで、本社へ調査に行く必要なくなったからね）がらみの確認みたい。
このへん、めんどくさい話なんだけど。
例えば。
ベルカ自治領の住人であっても、ミッドチルダで法を犯せば、ミッドチルダの法律で裁かれる。
今回の土建会社はミッドで悪い事したから、当然、調査するのはミッドの管理局で、裁くのはミッドの司法局ね。
で、私も今のメールで初めて知った事なんだけど。
今回の会社の経営者、調べてみるとミッドだけじゃなくて、ベルカ領にも会社を持ってたみたい。
つまり、ミッドで違法に得た資金が、ベルカ領の会社にも流れていた可能性がある、って状況かな。
問題は、ミッドとベルカを跨いでるって事。
この会社の資金の流れを把握して犯罪行為を立証するためには、ベルカ領内での調査もしなくちゃいけない。
でも、ミッドの管理局にも司法局にも、ベルカ領内での捜査権限は無い。
その名前通り、ベルカは自治領だからね。
ベルカ領内での資金の流れの調査は、ベルカ側にまかせるのか、ミッド側がベルカに入って調べるのか。
ミッド側がベルカに入るのなら、その権限はどこまで許されるのか。
そんな話がでてくるんだ。
もちろん、そんなときのために、相互での犯罪者引渡しとか、領内で相手の捜査を認める協定があるんだけど。
これはケース・バイ・ケースなんで、そのつど「どこまで相手の捜査の権限を認めるか」をいちいち決めないといけない。
あ、この件、行政局とは無関係ね。捜査もベルカとの交渉も、管理局や司法局の、担当部署のお仕事。
さっきのメールは、迅速に状況を知りたいからちょっと当事者が来てくれっていう内容の、ベルカ側の事件担当者からの、私個人への依頼。
今回は、犯罪立証の資料を最初に提供したのが、たまたま私だったから。
包帯と絆創膏だらけだし、髪は切りそろえただけでザクザクして全然整ってないし、明らかにサイズの合わない借り物の制服しか無いし。
社会人の礼儀として、他所にお邪魔する格好じゃないんだけど。
先方にメールで確認したら、急ぐからなるべく今日中にお願いってことなんで、身だしなみは不問にしてくれるそうだ。
そんなわけで、やってきましたベルカ領。
いや、そんなに大層な行程でもないけど。検問とかあるわけでもないしね。
列車に乗って隣町まで、って程度の感覚。かかる時間も、そんなものだし。
特に今回は「急ぎで」っていう先方の希望もあるから、行政局から転送許可もらって、施設の間をひとっとびだったから。
一見、古式豊かな教会風の建物だけど、実際は教会じゃなくて役所なのが、ここベルカ自治領事務局。
ミッドとつながる列車の駅の目の前にあるんで、よく観光客が教会と間違えて入ってしまう、意図しない新参トラップでもある。
昔はここも普通に教会で、役場の仕事と並行して、礼拝とか説法もやってたらしいんだけどね。
自治領の人口が増えて片手間じゃあ事務手続きが追いつかなくなったんで、専門のお役所として独立した場所なんだ。
だから、やってることはそのまんまミッドの行政局とおんなじ。呼び方が違うだけね。
私がこの仕事に就いて半年、何度も来たことのある場所。
勝手知ったるといった感じて、すでに顔見知りの外来担当の窓口の職員さんに、用件を告げる。
向こうにも話は通っていたみたいで、すんなりと私は、建物の中に通された。
「あ、どーも。話は聞いてますから、こっからは私がご案内させていただきますよ！」
で。
部屋までの案内人として職員さんに紹介されたのが、このちょっとテンションの高い半袖シスターさん。
そう、シスター。
なんで、聖王教会のシスターさんがここにいるんだろ。
外から見るとわりとある誤解だけど、ベルカ領の全部が、聖王教会の影響下ってワケじゃない。
影響力が強いのは事実だし、教会の格式が文化として取り込まれてるから、ベルカ領全体で教会の「色」が濃いのはその通りなんだけどね。
ここの事務局も元は教会だけど、今は教会としての役割は担ってない単なる役場だから、働いているのは教会とは無縁の公務員さんたち。
だから、いきなりここで本職のシスターさんがお出迎えってのは、ちょっと変な話なんだ。
病院に行ったら看護師さんでなくて、シスターさんが出てきた感じ。
私がここにきたのは、教会がらみのことではないわけだし。
「ん〜？ どうかしましたか？」
「あ、いえ。案内をよろしくお願いします」
ただ、そんなことを言ってても、仕方がないのも確か。
あえて正すような問題でもないしね。
奥へと歩き出した半袖シスターさんに従って、私も歩き始めた。
違和感といえば、案内役のこの人も、明らかにシスターっぽくない女性・・・というか、言動がガチでそのへんにいる女の子。
両手を頭の後ろで組んで、鼻歌とか歌いながら歩いてるし。
まだ衣替えには早いはずなのに、なぜか半袖の修道服。
雰囲気がえらく俗っぽくて、教会の関係者という感じがしない。
それに、さっきから。
「あれ、ここだっけ？・・・いや、違ったかな。失礼でした〜」
案内してくれるって前を歩き出したんだけど、まだ部屋に着かないんだよね。
部屋も間違えて、中の人に謝ってるし。
途中で顔を合わせたここの職員の人たちも、この人には身内扱いというよりは他人行儀。
つまりこの人、建物の間取りを知らなくて、職員さんとも面識の薄い、普段はここに居ないような部外者っぽい感じなんだ。
ほかの職員の態度から、ここに居る事自体は問題ないみたいだから、この場の関係者ではあるって事だけど。
新しく配属された人なのかな？
まあ、すごく愛想よくて嫌味な感じの無い人だから、そういうのもあんまり気にならないけれど。
いや、気になるといえばもうひとつ。
今日が初対面のはずなんだけど、この人は過去に見た覚えがあるような気がして仕方がない。
名前が思い出せないし（そういえば名乗ってもらってない）、向こうも私を知らないぽいから、何かで顔だけ見かけたとか、その程度かな？
例えば、犯罪者のポスターとか。
・・・犯罪者じゃ、ないよね？
「お、見つけた。この部屋ですよ、お待たせしました！」
そんな私の思いとは裏腹に、やっぱり能天気な感じで目的地への到着を告げる半袖シスターさん。
見つけたとか言ってるし。
「では、担当の人を呼んできますので部屋の中でお待ちください。失礼しまっす！」
お礼を言う間も、名前を聞く時間も無く。
嵐のように最後までマイペースな半袖シスターさんは、去っていった。
何回もこの建物には入っているけど、一番奥にあるこの部屋には、初めて通される。
表に表札が無かったから、何のための部屋なのか、外からじゃわからなかったけど。
とりあえず手近な長机に腰掛けて、鞄の中から櫛と手鏡を取り出して。
切り方が雑だったからあちこち外側に跳ねてきちゃっている髪の毛を揃えながら、部屋の中を見回してみる。
持ち運べる長机と椅子がたくさん並んでいるから、物置を兼ねて、会議室とか休憩室みたいに使われている部屋かな。
置いてある机や椅子は頑丈なつくりだけど、腰掛けると軋む、けっこうな年代モノ。
このへんの予算が後回しにされるのは、どこも同じね。
部屋の中は、ベルカの建物らしく、隅々まで掃除は行き届いている。
でも、少し俗っぽいというか、職員の休憩や雑務をする場所という「舞台裏」的な匂いが染み付いている、そんな部屋だ。
なんて、観察してしていると。
通されてさほどの時間も待たされずに、外から扉がノックされた。
服装不問って話なんだけど、やっぱりそういうものにこだわる文化を持つベルカの人に、だらしない服装で会うのは気後れする。
絆創膏と包帯はどうしようもないとしても、襟元を正して、折り曲げている袖もできるだけぴっちりとそろえて。
おざなりに髪を梳いていた櫛と手鏡を、鞄の中に押し込んで。
ノックの後に扉を開けて部屋に入ってきた人物に向かって、聖王教会式の、深々とした一礼。
「あ」
そのあとに初めて、入ってきたひとの顔を見たんだけど。
あまりに予想外の事態に、思わず声が出た。
部屋に入ってきたのは、シスターが一人だけ。多少の顔見知り。いや、向こうは私のことを覚えてるか分からないんだけど。
このひとには前の職場の戦闘訓練で何回もフルボッコされた経験があったから、私にとっては、忘れようのない人物。
「お久しぶりですね、ダリカ・ルーイン。今回は仕事ということで改めまして。聖王教会の修道女、シャッハ・ヌエラでございます」
と、聖王教会随一の武闘派シスターは、これが見本とばかりに、年季の入った完璧な聖王教会式の一礼を返してきた。
「お、おひさしぶりです、シスター・シャッハ。以前はいろいろとお世話になりました」
私のことを覚えていた？
それとも、私が来ることは分かっていたから、事前に私の経歴とか洗ってて思い出したのかな。
当たり障りのない挨拶を返しながら、私はこの状況の意味を読み取るために、弛緩していた頭をフル回転させる。
違和感がある。
さっきの半袖シスターさんと、同じ理由での。
この状況は、絶対におかしい。
私がここに呼ばれたのは、午前中に立ち寄ったブラック企業の件で、ベルカ側の担当者に状況の説明を求められたから。
で、案内通りにベルカに出向いた私を迎えたのが、今、目の前に居るシスター・シャッハ。
そうなると、このひとが事件の担当者？
いや、それは半袖シスターさんと同じ理由でありえない。
このひとの所属は聖王教会。
事件処理の担当は、ベルカ自治領事務局。
両者は全く違う組織だから、門外の事に関わるなんてありえない。
それに、このひとの役職。
このひとが「仕事で」ここに居るということは、例えそれがどのような雑事であっても。
それは。
「ダリカ・ルーイン」
思考に没頭しかけたところに名前を呼ばれ、びくっ、と体がすくむ。
改めて正面を見ると、いつの間にか私の立っている机の向かいにまで、シスター・シャッハは歩みを進めていた。
以前見たときとは、雰囲気が全然違う。
戦闘訓練で会った時は、やっぱり怖かったけど、戦うこと自体を楽しみ、はつらつとしていて明るく、話しやすいひとだった。
でも今は、表面上は変わらずに穏やかだけど、そのときとは完全にスイッチが切り替わっているのがわかる。
「敵」を観察する目。
そうとしか、形容できない。
たぶん仕事中は、いつもこんなふうに張り詰めているんだろう。
仕えるひとに、絶対に危害が及ばないように。
「私たちは知人の関係ではありますが、今はお仕事中ですよ。公私の別をつけて。とりあえず、お座り下さい」
あくまでも慇懃に。嫌味のない穏やかな笑顔と、柔らかな口調で。
その実、確固たる強制力を秘めた視線と、鋭い挙動で。
シスター・シャッハは、私をその場に釘付けにする。
何もされていないのに、体中をあぶら汗が流れる。
だめだ。
まとめようとしていた思考が、シスターからのプレッシャーで散らされる。
午前中に戦ったガジェットや王様なんか比じゃないくらいの、強烈な威圧感に押される。
それに屈するように、私は言われるまま自分で椅子を引いて、テーブルについた。
一言、声をはさまれた。
それだけのことなのに、思わず身がすくんで、息が詰まる。
武術の達人が、相手の行動を先読みして、軽い力だけでやんわりと相手を組み伏せるのと同じように。
このひとは、こっちの心理状態や呼吸を呼んで絶妙のタイミングで言葉を「挿し」て、軽々と私の挙動を制しているんだ。
格が違う。
教養があるだけでなく、交渉や論議の席で、他人を封じて自分の意見を通す教育を、本格的に受けたひとだ。
腕っぷしとかの問題じゃなくて、単純に話し合うことすら、私はこのひとに敵わないことを実感する。
そして、私が腰掛けたことを見届けたシスター・シャッハは、畳み掛けるように、淀みなく言葉を続ける。
「さて。これから貴人があなたにお会いになります。格式ばったものは必要ではありませんが、かといって粗相の無いように」
あれば容赦しません。無論、腕力的な意味で。
言外に、釘を刺すどころか、パイルバンカーを打ち込むようなものを滲ませる。
これ以上プレッシャーかかると、話しかけられてるだけでリアルに失禁しますから、マジ勘弁してください。
そんな私の内心をよそに。
シスター・シャッハは滑らかな動作で机の前から扉まで移動して、「貴人」を部屋に招くために、扉を開けた。
そこにいたのは、まぎれもなく予想通りだけれど、やっぱり予想外にすぎる人物。
皮肉でも冗談でもなく、明らかに私たち庶民や、シスター・シャッハたち聖職者とも違う、「貴族」の風格をもつ金髪の女性。
ミッドチルダ管理局の理事官。あるいは、聖王教会の教会騎士。まあ、言ってしまえば、完全に雲の上のひと。
カリム・グラシア。
そう。
シスター・シャッハの役職を考えれば、例えそれがどのような雑事であっても。
すべてはこの人の意図で、動いているはずなんだ。
まあ、話は全然見えないんだけどね。
とりあえず、午前中の件をダシにして、ベルカの権力者にハメられた事だけは理解した。
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著者：くしき
- カテゴリ：
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