帝国の竜神様閑話05
最近極東の島国の首都で見る光景。
下品なナチスのフレンチメイド。
それを啓蒙する為にわが国が派遣したヴィクトリアンメイド。
この二者の争いを仲裁する、「巫女」と呼ばれる島国の神の召使。
メイド達の争いは主人の格を著しく傷つける。
大国の主人たるもの、メイドはしっかりと御するべきなのだ。
――タイムズ 1942年三月より抜粋――
「ようこそおいで頂きました。
駐日独逸大使。冬季反攻阻止おめでとうございます」
松岡外相の手を握った大使はにこやかな笑みの下松岡外相の祝辞を受け取った。
「我が第三帝国はコミュニスト達の冬将軍すら排除し、モスクワ陥落の為の準備を整えました。
これも、貴国が極東で睨みをきかせて、コミュニストどもを極東に縛り付けたおかげです」
先月、ソ連の冬季反攻がついに挫折し東部戦線が安定した。
このいくつか理由がある。
第一に、極東軍を回せなかったソ連の兵力不足。
第二に、英国・米国レンドリースの途絶。
この状況下でのソ連の冬季反撃はモスクワ近辺からドイツ軍を追い払うのみで息切れし、北方から逆撃をかけたソ連北西方面軍はスモンスク近郊で逆に突出部を独軍に包囲され大打撃を受ける始末。
そして、12月以降異常な大寒波が到来。
ソ連軍すら戦う事のできぬ大寒波に双方休戦状態となり、特にアイスランド沖に腰をすえた大寒波は北大西洋を大荒れにし、英国からの援助ルートすら途絶。
英国の生命線である北大西洋航路すら船が出せぬ荒天状況でイギリスも青色吐息となり、ハワイのドラゴンによる米国レンドリースの途絶と共にソ連軍にボディブローのように打撃を与え続けた。
独軍もこの寒波で大打撃を受けたが、補給線の破綻状態から回復する為の時間が稼げ、戦線整理と共に予備兵力の抽出に成功していた。
既に重包囲下で援軍の可能性もないレニングラードは「餓死か凍死か」の二択を迫られる羽目になり、ラドガ湖の脱出路上で凍死する市民が相次ぎ、モクスワからかろうじて独軍は追い払ったはいいがもはや予備兵力が枯渇しかけていた。
「コミュニストどもも最早風前の灯です。
貴国の英雄達もコミュニストを滅ぼす戦争に参加してくださるとわが国としてはとても助かるのですが」
大使の言葉には棘があった。
帝国は第二次世界大戦において、まだ何の行動も起こしていない。
「とは言え、わが国も10年に及ぶ大陸での戦争をやっと終わらせたばかり。
兵の再配置すらまだ終わっておりません」
松岡外相の声が固くなる。
その言葉に偽りはない。
「では、仏領インドシナからの撤退については?」
大使の言葉に怯む外相。
「あの地の占拠していたのも大陸の国民党援助ルート遮断の為。
大陸の戦争も終わり、ヴィシー政府の植民地ですから撤退したまでの事。
あと、派遣兵力を撤収させて満州に再配備してソ連に対する圧力としてです。
満州に100万の兵力が睨んでいるからこそ、ソ連は極東から兵を動かせないのは大使も先ほど言ったとおりかと」
「それについては感謝しております。
だからこそ、同盟国の信義においてお願いしているのです。
まもなく、コミュニストの立て篭もるモスクワを開放する戦いがまもなく始まるでしょう。
その時、貴国がシベリアから攻めていただけると我が独逸第三帝国は貴国の信義と友情に末永く感謝するでしょう」
大使の外交用語の形容詞を除くと「さっさとソ連攻めやがれ!」となる。
もちろん、帝国にそんな気は毛頭ない。
というか、この時期帝国の外交方針はまったくと言っていいほど存在していなかった。
竜のハワイ襲撃という日米関係の棚上げにより、その間に大陸から足抜けしたまでは良かった。
そこから日本は見事なまでに外交的に停滞した。
海軍が油を気にして対英交渉を突っ走り英国と手打ちをすれば、これ幸いと陸軍は宿敵ソ連妥当の為に兵を満州に集める。
これらは大本営が調整した訳ではなく、全て事後承諾で暴走した物だった。
それが黙認されたのは、英国とソ連同時に戦うだけの国力が在るわけないという冷酷な現実であり、どちらか戦うならばソ連だろうというだけでしかなかった。
更に、陸軍が即座に動かなかったのは冬という季節的な問題であり、春になればシベリアに攻め込む予定ではあった。
それが北満州油田の発見で激変した。
こんどこそ、はっきりと皆が思ったのだ。
「もしかして、俺達戦争しなくてもなんとか生けていけね?」と。
こうなると、この国は動かない。
伊達に三百年引きこもりをしていた訳ではないのだ。
対米交渉は続けながらものらりくらりと言い逃れ、タイやスペインやトルコに作った法人を使って英国植民地やドイツへの輸出を再開し、戦時動員の解除を決定する始末。
ドイツが激怒して大使に皮肉をいわせるのも無理が無い。
そして、救いが無いのがこうして大使が外相を問い詰めても帝国意思決定において何も影響力がないという現実だったりする。
「では、良い返事をお待ちしております」
大使が大臣室から退出する。
それに合わせた様に、外務省の各部屋から数人のメイドが出てきて大使の周りを取り囲んだ。
メイドらしくカチューシャをつけたショートボブの金髪、皆大きな胸を揺らし、顔を上気させ、乱れたメイド服を調え、汗を拭きながらその短いミニスカートを揺らす。
「もう少しなんとかならんのか?アンナ大尉」
「何がですか?大使?」
金髪を揺らしながら大使の前を警戒して歩いていたアンナと呼ばれたメイドが冷静な声を返す。
SSきっての諜報員アンナ・シェーンベルク。その筋では有名な女スパイである。
「貴様らの活動の事だ。
SSはそんな事すらさせているのか?」
「当然です。大使。
第三帝国親衛隊は国家のためならこの体すら差し出します。
大使もこの場で我々の体を味見してみますか?」
「結構だ」
即答で拒否する大使。
そういう事をいいながら大使館ではしっかりアンナの体を貪っているのは公然の秘密である。
フランス戦以降、占領地が急拡大したドイツはその占領地の治安維持に四苦八苦しており、特にレジスタンスの抵抗や占領地政府高官に対する連合国の諜報活動に対抗する女性中心の武装SS、通称メイドSSが結成されたのだった。
なお、その短いフレンチスカートから見えるタイツの所にモーゼルのホルスターがあるのについては外交官特権となっているらしい。
そのメイドSSがこの極東の果ての島国にまで出張ってきたのは、束の間の平和ボケを満喫している大日本帝国を色と金で釣る為だったりする。
総統命令はただ一つ。「春までに日本を対ソ戦に引きずり込め」。
親英派主体だった帝国中枢をその色と金で親独派に寝返らせたその手管を期待して、中立国の船でメイドSS小隊が大使館付として先頃派遣されてきたばかりだった。
もちろん、母体が武装SSなので兵士でもあるのは言うまでも無い。
「で、だ。
お前達の首尾はどうだ?」
「外務省の職員は皆我々に情報を吐いています。
陸海軍主導で、何か計画を立てています」
「対ソ戦でも対英戦でも無く?」
「はい。
内務省も一枚噛んでいます。
具体的な計画は残念ながら分かりません。
計画関係者が内務省によって隔離されており、関係者の名簿は分かるのですが……」
珍しく困惑の顔を浮かべる彼女。
今までの帝国政府関係者との関係で初めての事だった。
その消えた関係者は外務省でも閑職にいて今までノーチェックだった為ここまで発覚が遅れたのだ。
基本的に日本という国は防諜という概念があまりない。
今回のケースは偶然なのか、日本政府が防諜に乗り出したのかいまいち判別がつかない所ではあった。
「その関係者の行く先は分かるか?」
「残念ながら……」
大使が車に乗り、メイド達はその車を見送る。
「早急に調べろ」
「かしこまりました」
大使を乗せた車が外務省を出てゆく。
「さてと、じゃあ、次に行くわよ。
海軍省に三人、陸軍省に二人、後で交代組に内務省を当たって……」
歩いて外務省の正門を出ようとしたアンナ達の足が止まった。
その視線の先に、やはりメイドがいた。
「その下品なフレンチメイドはナチの牝豚さん達ではございませんか?
ごきげんよう。アンナ」
とても上品な日本語を奏で、外務省正門で対峙したのがロングスカートなびかせて箒とモップを持つ正装ヴィクトリアンメイド数人。
もちろん、ナチのメイドSSの存在を知って急遽作られ派遣された英国情報部のエージェント達である。
先頭でアンナに優雅な罵倒を言ってのけたのがナタリー・スチュワート。
カチューシャの下に美しい赤髪を三つ編みにしてアンナに軽蔑の視線を投げつける彼女こそ英国情報部のエースの一人である。
ちなみに仕込み杖らしく銃なのか剣なのかがあの鉄製箒とモップにあるだろうと言われているのだが、やはりこれも外交官特権らしい。
「これはこれは、ごきげんよう。
伝統しか残っていない、トミーの娼婦様ではございませんか。
体毛剃り忘れたからその長いスカートで隠していらっしゃるのかしら?ナタリー」
負けじと、上品に微笑みながら優雅に一礼するのだが動作と日本語が伴っていない。
「あらあら、牝豚達の腰振って喘ぐしか能の無いご奉仕の無礼を慰めに行く所なので。
日本の皆様も大変でしょう。
同盟国とはいえ、牝豚で自慰するなんて」
「まぁ、皮肉しか出ないばばあの喘ぎ声を聞くのならば、日本人が同盟を破棄するのも当然の事かと」
もの凄く空気が歪む外務省正門前。
当然のように正門についている衛視も遠巻きでおろおろするのみ。
大体、この国に外人がいる事事態が珍しいのにしかもメイド姿。
片やフレンチ、片やヴィクトリアン。
たちまち物見に集まる霞ヶ関の関係者。
「大変ですわねぇ。
悪魔以下のコミュニストと手を組んですら、冬将軍すら生かしきれない無能同盟国をお持ちのお方は。
その汚い体で、哀れみでも貰いに来たのかしら?」
「あらあら、役に立たないといえば勝手に宣戦布告して豪快に負けまくって援軍を頼んだ挙句、勝手に撤退して総統閣下を呆れさせた貴方達の同盟国には叶いませんわ。
豚は豚らしくソーセージにでもおなりになったら?
まだ食べられるだけ、そのあたりの野良犬なら食べていただけると思いますわよ」
外人の美人メイドさんがとても流暢な日本語で相手を下劣に罵倒している場面はそう見られる物ではない。
かと言って、下手に手をだしたら愛人と本妻の板ばさみに似た苦痛を味わうのは想像に難くない。
(これ、外交問題だよな)
(いや、この二国戦争しているし)
(だよな。俺達関係ないもん)
(お前、両方とも食べていたじゃないか)
(お前だって)
ひそひそ遠まきに情けない会話を交わす日本の男性達。
そんなのを尻目ににらみ合う英独メイド達に仲裁の声をかけたのはやっぱり女性だった。
「あのぉ」
実にわざとらしいはかなげな小声でメイド達がその方向に視線を向けると巫女さん達がいた。
「内務省神祇院長耳局の者なのですが、そろそろこの場を収めてもらえたらと」
とても白々しい声と反比例して白衣からはみ出るばかりの褐色の胸を持つ黒長耳族の娘達に男達の視線が集まる。
ただ、声とは裏腹にしなやかに鍛えられた体と、さり気なく彼女達の懐に隠し持っているのだろうクナイと小太刀に気づいた男は誰もいなかった。
内務省神祇院長耳局のオイフェ。
上海などでギャング達を血祭りにあげたメイヴの腹心である。
「あら、これはこれははじめましてと申すべきかしら?
たしか、オイフェさんでしたっけ?
夜のお仕事の貴方達のご活躍はこちらにも届いておりますわ」
と、フレンチメイドのアンナが嫌味を言えば、
「まぁ、まるで植民地人が舞踏会の正装を着ている様でとても似合っておいでですわ。オイフェさん。
今後ともよしなに」
とヴィクトリアンメイドも慇懃無礼に皮肉をぶちまけるが、この巫女娘はにこにこ笑ってこう言ってのけた。
「いえね、殴り合いでも殺し合いでもお好きなだけするのは構わないとは思いますの。
けど、まだ中立を維持している政府の首都で政府高官を面前に罵り合いをするのは、せっかくの美貌とメイドとしての誇りに傷がつくと思いますがいかがでしょうか?」
この一言で、女達は悟った。このアマ、ヤル気だと。
「ここは、同盟国のありがたい忠告に従いますわ。
では、これにて失礼いたします。
トミーの娼婦様、帰る時は魚雷にまで腰を振ってお沈みにならぬように」
巫女娘の横を抜けてゆくアンナとフレンチメイド達にヴィクトリアンメイドのナタリーが返事を投げ捨てた。
「貴方達も、インド洋が誰の物か考えてから物をおっしゃったら?
北の赤い熊のものでもしゃぶってシベリア鉄道でお帰りなさいなせ。
神祇院長耳局の皆様。ご無礼をいたしました」
優雅にロングスカートを摘んで一礼して見せて、この場を去ってゆくヴィクトリアンメイド達。
後は、ぽかんとした霞ヶ関の男達と神祇院の巫女娘のみ。
「申し訳ございませんが、今見た事と聞いた事は他言無用にお願いします」
こくこくこくと人形のように首を振る男達を尻目に黒長耳巫女娘達も内務省に戻っていった。
「けど、ここまでこの国が防諜を気にしない国だとは……」
オイフェはあきれ果てる。
いや、他省庁間内での防諜などはえらく固かったりするのだ。
問題は外国人に対して口が軽かったり、自分の管轄でない情報は簡単に聞きだせるという所にある。
撫子とメイヴの異世界派遣については、内務省神祇院が初めて手がけた防諜作戦だった。
それでも、陸海軍から内務省から外務省までからむ計画ゆえに、初動段階で次々と情報が流出。
異世界に行くという核心部分だけは関係者が少なかった事もあり防ぐ事ができたが、何かをやっている事が英独にばれる事そのものが防諜としては大失敗だったりする。
「特高に連絡して。霞ヶ関で彼女たちの奉仕を受けた者に個別聞き込みをかけてもらわないと」
聞き込みという「説教」で治るとはオイフェも思ってはいない。
だが、始めない事にはこの国は情報戦において後手後手に回される。
それに、彼女達にたぶらかされて黒長耳族が切り捨てられる事が無いようにしないと。
女の敵は女。
彼女達に負けられるはずがなかった。
帝都の夜の下、喘ぐ女達がいる。
一人は男を色で釣る為。
一人は女の邪魔をする為。
一人は居場所をくれた男への感謝のため。
同じように体を開き、闇の中で快楽を紡ぐ。
こうして帝都で色事諜報の華が夜艶やかに開く。
帝国の竜神様 閑話05
下品なナチスのフレンチメイド。
それを啓蒙する為にわが国が派遣したヴィクトリアンメイド。
この二者の争いを仲裁する、「巫女」と呼ばれる島国の神の召使。
メイド達の争いは主人の格を著しく傷つける。
大国の主人たるもの、メイドはしっかりと御するべきなのだ。
――タイムズ 1942年三月より抜粋――
「ようこそおいで頂きました。
駐日独逸大使。冬季反攻阻止おめでとうございます」
松岡外相の手を握った大使はにこやかな笑みの下松岡外相の祝辞を受け取った。
「我が第三帝国はコミュニスト達の冬将軍すら排除し、モスクワ陥落の為の準備を整えました。
これも、貴国が極東で睨みをきかせて、コミュニストどもを極東に縛り付けたおかげです」
先月、ソ連の冬季反攻がついに挫折し東部戦線が安定した。
このいくつか理由がある。
第一に、極東軍を回せなかったソ連の兵力不足。
第二に、英国・米国レンドリースの途絶。
この状況下でのソ連の冬季反撃はモスクワ近辺からドイツ軍を追い払うのみで息切れし、北方から逆撃をかけたソ連北西方面軍はスモンスク近郊で逆に突出部を独軍に包囲され大打撃を受ける始末。
そして、12月以降異常な大寒波が到来。
ソ連軍すら戦う事のできぬ大寒波に双方休戦状態となり、特にアイスランド沖に腰をすえた大寒波は北大西洋を大荒れにし、英国からの援助ルートすら途絶。
英国の生命線である北大西洋航路すら船が出せぬ荒天状況でイギリスも青色吐息となり、ハワイのドラゴンによる米国レンドリースの途絶と共にソ連軍にボディブローのように打撃を与え続けた。
独軍もこの寒波で大打撃を受けたが、補給線の破綻状態から回復する為の時間が稼げ、戦線整理と共に予備兵力の抽出に成功していた。
既に重包囲下で援軍の可能性もないレニングラードは「餓死か凍死か」の二択を迫られる羽目になり、ラドガ湖の脱出路上で凍死する市民が相次ぎ、モクスワからかろうじて独軍は追い払ったはいいがもはや予備兵力が枯渇しかけていた。
「コミュニストどもも最早風前の灯です。
貴国の英雄達もコミュニストを滅ぼす戦争に参加してくださるとわが国としてはとても助かるのですが」
大使の言葉には棘があった。
帝国は第二次世界大戦において、まだ何の行動も起こしていない。
「とは言え、わが国も10年に及ぶ大陸での戦争をやっと終わらせたばかり。
兵の再配置すらまだ終わっておりません」
松岡外相の声が固くなる。
その言葉に偽りはない。
「では、仏領インドシナからの撤退については?」
大使の言葉に怯む外相。
「あの地の占拠していたのも大陸の国民党援助ルート遮断の為。
大陸の戦争も終わり、ヴィシー政府の植民地ですから撤退したまでの事。
あと、派遣兵力を撤収させて満州に再配備してソ連に対する圧力としてです。
満州に100万の兵力が睨んでいるからこそ、ソ連は極東から兵を動かせないのは大使も先ほど言ったとおりかと」
「それについては感謝しております。
だからこそ、同盟国の信義においてお願いしているのです。
まもなく、コミュニストの立て篭もるモスクワを開放する戦いがまもなく始まるでしょう。
その時、貴国がシベリアから攻めていただけると我が独逸第三帝国は貴国の信義と友情に末永く感謝するでしょう」
大使の外交用語の形容詞を除くと「さっさとソ連攻めやがれ!」となる。
もちろん、帝国にそんな気は毛頭ない。
というか、この時期帝国の外交方針はまったくと言っていいほど存在していなかった。
竜のハワイ襲撃という日米関係の棚上げにより、その間に大陸から足抜けしたまでは良かった。
そこから日本は見事なまでに外交的に停滞した。
海軍が油を気にして対英交渉を突っ走り英国と手打ちをすれば、これ幸いと陸軍は宿敵ソ連妥当の為に兵を満州に集める。
これらは大本営が調整した訳ではなく、全て事後承諾で暴走した物だった。
それが黙認されたのは、英国とソ連同時に戦うだけの国力が在るわけないという冷酷な現実であり、どちらか戦うならばソ連だろうというだけでしかなかった。
更に、陸軍が即座に動かなかったのは冬という季節的な問題であり、春になればシベリアに攻め込む予定ではあった。
それが北満州油田の発見で激変した。
こんどこそ、はっきりと皆が思ったのだ。
「もしかして、俺達戦争しなくてもなんとか生けていけね?」と。
こうなると、この国は動かない。
伊達に三百年引きこもりをしていた訳ではないのだ。
対米交渉は続けながらものらりくらりと言い逃れ、タイやスペインやトルコに作った法人を使って英国植民地やドイツへの輸出を再開し、戦時動員の解除を決定する始末。
ドイツが激怒して大使に皮肉をいわせるのも無理が無い。
そして、救いが無いのがこうして大使が外相を問い詰めても帝国意思決定において何も影響力がないという現実だったりする。
「では、良い返事をお待ちしております」
大使が大臣室から退出する。
それに合わせた様に、外務省の各部屋から数人のメイドが出てきて大使の周りを取り囲んだ。
メイドらしくカチューシャをつけたショートボブの金髪、皆大きな胸を揺らし、顔を上気させ、乱れたメイド服を調え、汗を拭きながらその短いミニスカートを揺らす。
「もう少しなんとかならんのか?アンナ大尉」
「何がですか?大使?」
金髪を揺らしながら大使の前を警戒して歩いていたアンナと呼ばれたメイドが冷静な声を返す。
SSきっての諜報員アンナ・シェーンベルク。その筋では有名な女スパイである。
「貴様らの活動の事だ。
SSはそんな事すらさせているのか?」
「当然です。大使。
第三帝国親衛隊は国家のためならこの体すら差し出します。
大使もこの場で我々の体を味見してみますか?」
「結構だ」
即答で拒否する大使。
そういう事をいいながら大使館ではしっかりアンナの体を貪っているのは公然の秘密である。
フランス戦以降、占領地が急拡大したドイツはその占領地の治安維持に四苦八苦しており、特にレジスタンスの抵抗や占領地政府高官に対する連合国の諜報活動に対抗する女性中心の武装SS、通称メイドSSが結成されたのだった。
なお、その短いフレンチスカートから見えるタイツの所にモーゼルのホルスターがあるのについては外交官特権となっているらしい。
そのメイドSSがこの極東の果ての島国にまで出張ってきたのは、束の間の平和ボケを満喫している大日本帝国を色と金で釣る為だったりする。
総統命令はただ一つ。「春までに日本を対ソ戦に引きずり込め」。
親英派主体だった帝国中枢をその色と金で親独派に寝返らせたその手管を期待して、中立国の船でメイドSS小隊が大使館付として先頃派遣されてきたばかりだった。
もちろん、母体が武装SSなので兵士でもあるのは言うまでも無い。
「で、だ。
お前達の首尾はどうだ?」
「外務省の職員は皆我々に情報を吐いています。
陸海軍主導で、何か計画を立てています」
「対ソ戦でも対英戦でも無く?」
「はい。
内務省も一枚噛んでいます。
具体的な計画は残念ながら分かりません。
計画関係者が内務省によって隔離されており、関係者の名簿は分かるのですが……」
珍しく困惑の顔を浮かべる彼女。
今までの帝国政府関係者との関係で初めての事だった。
その消えた関係者は外務省でも閑職にいて今までノーチェックだった為ここまで発覚が遅れたのだ。
基本的に日本という国は防諜という概念があまりない。
今回のケースは偶然なのか、日本政府が防諜に乗り出したのかいまいち判別がつかない所ではあった。
「その関係者の行く先は分かるか?」
「残念ながら……」
大使が車に乗り、メイド達はその車を見送る。
「早急に調べろ」
「かしこまりました」
大使を乗せた車が外務省を出てゆく。
「さてと、じゃあ、次に行くわよ。
海軍省に三人、陸軍省に二人、後で交代組に内務省を当たって……」
歩いて外務省の正門を出ようとしたアンナ達の足が止まった。
その視線の先に、やはりメイドがいた。
「その下品なフレンチメイドはナチの牝豚さん達ではございませんか?
ごきげんよう。アンナ」
とても上品な日本語を奏で、外務省正門で対峙したのがロングスカートなびかせて箒とモップを持つ正装ヴィクトリアンメイド数人。
もちろん、ナチのメイドSSの存在を知って急遽作られ派遣された英国情報部のエージェント達である。
先頭でアンナに優雅な罵倒を言ってのけたのがナタリー・スチュワート。
カチューシャの下に美しい赤髪を三つ編みにしてアンナに軽蔑の視線を投げつける彼女こそ英国情報部のエースの一人である。
ちなみに仕込み杖らしく銃なのか剣なのかがあの鉄製箒とモップにあるだろうと言われているのだが、やはりこれも外交官特権らしい。
「これはこれは、ごきげんよう。
伝統しか残っていない、トミーの娼婦様ではございませんか。
体毛剃り忘れたからその長いスカートで隠していらっしゃるのかしら?ナタリー」
負けじと、上品に微笑みながら優雅に一礼するのだが動作と日本語が伴っていない。
「あらあら、牝豚達の腰振って喘ぐしか能の無いご奉仕の無礼を慰めに行く所なので。
日本の皆様も大変でしょう。
同盟国とはいえ、牝豚で自慰するなんて」
「まぁ、皮肉しか出ないばばあの喘ぎ声を聞くのならば、日本人が同盟を破棄するのも当然の事かと」
もの凄く空気が歪む外務省正門前。
当然のように正門についている衛視も遠巻きでおろおろするのみ。
大体、この国に外人がいる事事態が珍しいのにしかもメイド姿。
片やフレンチ、片やヴィクトリアン。
たちまち物見に集まる霞ヶ関の関係者。
「大変ですわねぇ。
悪魔以下のコミュニストと手を組んですら、冬将軍すら生かしきれない無能同盟国をお持ちのお方は。
その汚い体で、哀れみでも貰いに来たのかしら?」
「あらあら、役に立たないといえば勝手に宣戦布告して豪快に負けまくって援軍を頼んだ挙句、勝手に撤退して総統閣下を呆れさせた貴方達の同盟国には叶いませんわ。
豚は豚らしくソーセージにでもおなりになったら?
まだ食べられるだけ、そのあたりの野良犬なら食べていただけると思いますわよ」
外人の美人メイドさんがとても流暢な日本語で相手を下劣に罵倒している場面はそう見られる物ではない。
かと言って、下手に手をだしたら愛人と本妻の板ばさみに似た苦痛を味わうのは想像に難くない。
(これ、外交問題だよな)
(いや、この二国戦争しているし)
(だよな。俺達関係ないもん)
(お前、両方とも食べていたじゃないか)
(お前だって)
ひそひそ遠まきに情けない会話を交わす日本の男性達。
そんなのを尻目ににらみ合う英独メイド達に仲裁の声をかけたのはやっぱり女性だった。
「あのぉ」
実にわざとらしいはかなげな小声でメイド達がその方向に視線を向けると巫女さん達がいた。
「内務省神祇院長耳局の者なのですが、そろそろこの場を収めてもらえたらと」
とても白々しい声と反比例して白衣からはみ出るばかりの褐色の胸を持つ黒長耳族の娘達に男達の視線が集まる。
ただ、声とは裏腹にしなやかに鍛えられた体と、さり気なく彼女達の懐に隠し持っているのだろうクナイと小太刀に気づいた男は誰もいなかった。
内務省神祇院長耳局のオイフェ。
上海などでギャング達を血祭りにあげたメイヴの腹心である。
「あら、これはこれははじめましてと申すべきかしら?
たしか、オイフェさんでしたっけ?
夜のお仕事の貴方達のご活躍はこちらにも届いておりますわ」
と、フレンチメイドのアンナが嫌味を言えば、
「まぁ、まるで植民地人が舞踏会の正装を着ている様でとても似合っておいでですわ。オイフェさん。
今後ともよしなに」
とヴィクトリアンメイドも慇懃無礼に皮肉をぶちまけるが、この巫女娘はにこにこ笑ってこう言ってのけた。
「いえね、殴り合いでも殺し合いでもお好きなだけするのは構わないとは思いますの。
けど、まだ中立を維持している政府の首都で政府高官を面前に罵り合いをするのは、せっかくの美貌とメイドとしての誇りに傷がつくと思いますがいかがでしょうか?」
この一言で、女達は悟った。このアマ、ヤル気だと。
「ここは、同盟国のありがたい忠告に従いますわ。
では、これにて失礼いたします。
トミーの娼婦様、帰る時は魚雷にまで腰を振ってお沈みにならぬように」
巫女娘の横を抜けてゆくアンナとフレンチメイド達にヴィクトリアンメイドのナタリーが返事を投げ捨てた。
「貴方達も、インド洋が誰の物か考えてから物をおっしゃったら?
北の赤い熊のものでもしゃぶってシベリア鉄道でお帰りなさいなせ。
神祇院長耳局の皆様。ご無礼をいたしました」
優雅にロングスカートを摘んで一礼して見せて、この場を去ってゆくヴィクトリアンメイド達。
後は、ぽかんとした霞ヶ関の男達と神祇院の巫女娘のみ。
「申し訳ございませんが、今見た事と聞いた事は他言無用にお願いします」
こくこくこくと人形のように首を振る男達を尻目に黒長耳巫女娘達も内務省に戻っていった。
「けど、ここまでこの国が防諜を気にしない国だとは……」
オイフェはあきれ果てる。
いや、他省庁間内での防諜などはえらく固かったりするのだ。
問題は外国人に対して口が軽かったり、自分の管轄でない情報は簡単に聞きだせるという所にある。
撫子とメイヴの異世界派遣については、内務省神祇院が初めて手がけた防諜作戦だった。
それでも、陸海軍から内務省から外務省までからむ計画ゆえに、初動段階で次々と情報が流出。
異世界に行くという核心部分だけは関係者が少なかった事もあり防ぐ事ができたが、何かをやっている事が英独にばれる事そのものが防諜としては大失敗だったりする。
「特高に連絡して。霞ヶ関で彼女たちの奉仕を受けた者に個別聞き込みをかけてもらわないと」
聞き込みという「説教」で治るとはオイフェも思ってはいない。
だが、始めない事にはこの国は情報戦において後手後手に回される。
それに、彼女達にたぶらかされて黒長耳族が切り捨てられる事が無いようにしないと。
女の敵は女。
彼女達に負けられるはずがなかった。
帝都の夜の下、喘ぐ女達がいる。
一人は男を色で釣る為。
一人は女の邪魔をする為。
一人は居場所をくれた男への感謝のため。
同じように体を開き、闇の中で快楽を紡ぐ。
こうして帝都で色事諜報の華が夜艶やかに開く。
帝国の竜神様 閑話05
2007年03月04日(日) 17:49:24 Modified by nadesikononakanohito