帝国の竜神様63

 まず、自由という言葉を胸に冒険者がやってくる
 次に、金という言葉を呟き商人がやってくる
 最後に、国家という言葉を旗に掲げて兵士達がやってくる
 そして、我らは何もかもを奪われるだろう
                         ――ある獣耳族に伝わる人間の襲来について――


 撫子三角州に渇国派遣艦隊が現れる二週間ほど前


 港町アミアータはカッパドキア共和国最北端の街と言われている。
 街の人口はおよそ三千人。周囲に開拓村を抱え、北は虚無の平原が広がっている。
 強固な岩盤の絶壁に海と繋がっている洞窟の入り江があり、人々はその洞窟を港に更に掘り進めて住居に使っている。
 これは虚無の平原の巨大化した魔道兵器群から身を守る手段であり、街の歴史の初期にはこの洞窟内で魔獣達と戦ったという。
 開拓が進み今ではほとんど魔獣に脅かされる事はないとはいえ、この港に集められる物資はこのあたりの人間の生活の生命線であり、魔獣と戦い古代魔術文明の遺産を狙う冒険者の町でもあった。
 その港町は時ならぬ冒険者達のフィーバーに酔っていたのである。
 彼ら冒険者の狙う財宝の名前は『大日本帝国』という。

「考えてみれば当然よね〜
 あれだけのものを作れる国なんて名が知れている世界にはないわよ」
 冒険者の酒場、『エリーゼの宿』はここ数ヶ月は常に満員である。
 その女将であるエリーゼと話すのが最高級の部屋に泊まる二組の冒険者達だった。
 さて、ここで世界という言葉について少し注意を入れたい。
 彼らの語る世界というのは人間世界における文明圏の事であり、中央世界・東方世界・西方世界の事を指している。
 虚無の平原から北の大地も入る北方蛮境や南方蛮境は世界の中に入っていない。
 つまり、エリーゼの先の言葉は『大日本帝国という国家は人類文明圏に属していない蛮族が立てた国家』という事を意味している。
 この世界とて人が往来し交易が行われている以上、そこそこ世界の事は知られている。
 にもかかわらず、巨船でイッソスに乗り付けて数々の素晴らしい交易品を大量に持ち込み、奴隷市場から黒長耳族と獣耳族だけを全て買いあさるこの国が話題にならぬ方がおかしかったのだ。
 かくして、大日本帝国を目指す冒険者達の熱狂は始まった。
 目指すは北方蛮境か南方蛮境のどちらかと当たりをつけ、北方蛮境で虚無の平原の先にあるグウィネヴィアの森に当たりがつけられたのがつい先ごろ。
「で、歩いていった連中は誰も帰ってきていない訳か…おい!俺の肉を取るな!」
 豪華なテーブルと整えられた調度品に比べて二組の冒険者達の騒々しい事は女将であるエリーゼは気にしない。
 かつて自らも冒険者として名を馳せたエリーゼはその大日本帝国からもたらされたという清酒をグラスに注いで口を開いた。  
「逃げ帰ってきた連中はいるけどね。
 グウィネヴィアの森まで着いた連中はまだいないわよ。
 虚無の平原を横断するなんて正気じゃないわ……と、あんたら冒険者に言うだけ無駄か」
 冒険者とは傭兵であると言ったのは彼らが財宝扱いしている大日本帝国政府の官僚なのだが、その実態は少し違う。
 戦争というか人殺しまで仕事の中に入る何でも屋という言い方の方が正しい。
 幸いというか不幸というか、人間世界には仕事が満ちている。
 種植えから収穫時の人手、街に収穫物を運ぶ人手にその収穫物を守る護衛、戦争時の人手に、遺跡発掘の人手、辺境の開発などなど。
 問題は、その職が世界において偏在している所だ。
 大日本帝国のある世界では、既に人は国境という見えない柵によってその動きを制限されているが、城壁が国境である街の外は世界の全てと繋がっている。
 それを人の欲と言い切るのは傲慢だろう。
 かくして、冒険者はこの世界に旅立った。
 ある者は生きる為に。
 ある者は栄誉を手にする為に。
 ある者は金の為に。
 ある者は束縛から逃れる為に。
 その形態もまちまちだった。
 家族を残して旅立つ者。
 家族をつれて旅立つ者。
 家族どころか一族をつれて旅立つ者。
 家族を見つける為に旅立つ者。
 世界は冒険者で満ちている。
 そう。国家というのが、街を囲む城壁の中の概念でしか影響力を持てないこの世界では、人類社会において圧倒的少数者である冒険者こそが王であり国民なのだった。
 そして、彼ら冒険者が争うのは竜を頂点とする魔獣達であり、古代魔法文明の英知であり、人と進化の道を分かれた異種族達であり、まだ人の手の入らない未踏の大地であり、それを狙う同じ人間達である。
 彼らも食わねば生きていられぬ。
 冒険者は一握りの勇者達と有象無象の貧乏人によって成り立っている実力本位の超格差社会でもある。
 頂点の冒険者、かの竜を服従しうる者達は勇者と呼ばれ、人類世界の守護者として王にまでなる者がいる。
 一人の勇者は万の軍勢に匹敵する。
 古の戦では、勇者が一人で万の軍勢を切り捨てたというし、現実に勇者一人で城を落とし攻め込む兵士達を全て潰す事ができるのだ。
 よって、人間世界における戦争とは勇者同士の決戦でもある。
 そこに普通の人類の入り込む余地は無い。
 勇者を持つ国こそ人類世界の列強の代名詞でもある。
 エリーゼの前にいる二組の冒険者達はそんな勇者候補生でもあった。  
 なお、この二組のパーティはその経歴も後ろのスポンサーまで違っているゆえにもの凄く仲が悪い。
 魔法剣士の男をリーダーとする残り女ばかりのパーティはそれゆえ他の冒険者連中から「ハーレムパーティ」と影口を叩かれるが、中央世界の紛争の調停に一役買ったり魔術師学園の依頼で多くの遺跡に潜ったりと経歴はぴか一である。
 逆に、男女混合のパーティはその豊富な資金力を背景に中央世界の国家権力に食い込み、「成金パーティ」と陰口を叩かれるが逃亡ダークエルフ討伐などで城と爵位を持つ実力は無視できないものを持っている。   
 なお、依頼主も当然この二つは違ってくる。
 「ハーレムパーティ」の方は魔術師学園直々の依頼で、大日本帝国の調査と同時に大日本帝国の人類文明圏への帰属を目的としていた。
 それに対して、「成金パーティ」の方は大日本帝国への航路調査と開国、カッパドキア共和国が独占していた交易の開放を目的としている。
 とはいえ、冒険が場合によっては命の終わりであるこの職業は仲が悪くても冒険者同士のつながりというのは無視する事は死に繋がりかねない。
 かくして、女将のエリーゼ主催の晩餐会という筋書きでの情報交換がここで行われている訳だ。
「うちで雇った連中はどうなっている?」
 そう言ったのは、成金パーティの細身の精霊使いで耳が少し三角になっている。エルフに男性がいない事実が無ければ、きっと彼も狩られていたかもしれない。
「あんたらが目をつけた連中はがんばっているわよ。
 わざわざ、ここで使えそうな連中をまとめて雇って虚無の平原ど真ん中に送り込んで、グウィネヴィアの森に届かないようにするというその発想が何処から出てくるのか私は知りたいけどね」
 エリーゼの皮肉に成金パーティのリーダーらしい成金貴族っぽい剣士の男が口を挟む。
「失礼な事を言わないでくれたまえ。
 彼らは使えるとおもって我々はあいつらを雇っているんだ。
 開拓村から先に化け物から身を守る為に砦を築いて更にその先へ砦を築き、更に先へ。
 その砦の建設資金まで我々は出しているのだ。
 彼らに簡単に無駄死にしてもらったら困るのだよ」
(その結果、亀のごとく虚無の平原を進む彼らを囮にして、あんたらは海路で一気にグウィネヴィアの森を目指すのだから性格悪いわよ)
 ハーレムパーティの実家が中央世界有数の商会の娘は一人心の中で皮肉を言うが、彼女達とてその海路を使うからどっちもどっちだなと思って口には出さずにいた。
 開拓村から更に先の虚無の平原はもはや魔獣のテリトリーである。
 巨大蜘蛛や巨大蟻、巨大油虫や巨大蟷螂などに代表される古代魔術文明の生物兵器群は現在の人類文明では完全に駆除しきれるものではなかった。
「彼らがしっかりと働いてくれるおかげで、我々は虫どもの手薄になっている海を使えるわけだ」
 エルフ狩りの連中がエルフを狩る手段として海路でグウィネヴィアの森に出張るという方法がかつてあった。
 だが、航海術が発達しておらずに難破が続出。各地で牧場によるダークエルフ繁殖が軌道に乗るといまやその航路は忘れ去られたものとなっていた。
 そのかつての海路を引っ張り出して船まで手配したこの二組の冒険者は間違いなく最優秀の冒険者達である。
「だが、相手が門戸を閉じた場合はどうするんだ?」
 テーブル右側の魔法剣士の男が肉をかじりながら呟くと、反対側の太った男がため息をついて挑発する。
「門戸を開くだけの餌を用意すればいいんですよ。そんな事も分からないのですか?」
 瞬間的にテーブルの両方で膨れる殺気にエリーゼはため息をつく。
「よさないか。
 非礼は詫びる。
 成金貴族剣士の口から実に誠意の無い口調で詫びの言葉が出て、その先を口にする。 
「本題に入ろう。
 一緒に行かないか?」
 成金貴族剣士の口から出た共闘の申し出に一瞬固まるハーレムパーティの面々。
 邪魔してくるかと身構えていただけに、共闘の申し出に対しての対応がまったくなかった事に気付く。
「なんだ、邪魔してほしかったのか?」
「そんなわけないでしょうが!」
 成金貴族剣士の意外そうな口調に、反対側の女盗賊がテーブルを叩きながら怒鳴る。
「なら、問題ないな」
 さらりと女盗賊の揚げ足をとるような感じで、三角耳の男が同意を確認する。
 ハーレムパーティの女達の視線を一斉に浴びながら魔法剣士はただ一言、「わかった」とだけ呟いたのだった。

「何であんな申し出を受けたのよ!」
 部屋に戻った女盗賊が魔法剣士に詰め寄るが、魔法剣士の決意は変わらなかった。
「俺達の目的はあいつらの足を引っ張る事か?違うだろ」
「そりゃ、そうだけどさぁ……」
 女盗賊は首を左右に振って自分の味方を探すが、女戦士も女僧侶も賛同する気はないらしい。
「あいつらが何かしても、この剣が邪な策謀などうち砕いてくれるだろう」      
「リーダーは勇者となられる方です。
 この程度の障害に負けるはすがありません」
「……あーそうですか。
 あんたらに期待した私が馬鹿でしたっと」
 ため息をつきながら、投げやり気味に女盗賊が愚痴をこぼすのでリーダーの魔法剣士が頭をなでてやる。
「嫌がらせはするかもしれないが、それは同じ冒険者のする事だ。心配はしていないさ。
 問題は、目的地の『大日本帝国』の方だ」
 魔法剣士の言葉を女僧侶が引き継いだ。
「ええ。竜の消失とその帰還という人類世界の危機に対処しなければなりません。
 かの蛮族国家に正しき人類の道を導き、竜とその眷属から開放しなければならないのです」

「で、だ
 あいつらにあった感想は?」
「あいつらと組んでなくて良かったと心から思っているよ。
 あの正義感にあふれた顔をみていると、自分にもあんなころがあったと恥ずかしくなる」
 成金剣士の傲慢不遜な物言いに残りの面子全員が「あんたにそんな過去あったっけ?」と首をひねるのだが、成金剣士は気にしない。
「幸いというか、あいつらはまだ勇者にはなっていない。
 おそらく、今回の依頼が魔術師学園の勇者認定の試練じゃないかと俺は勘ぐっている」
 勇者というのは称号であると同時に種族でもある。
 元々は竜を頂点とする人類種以外の生物に対抗する為の魔法による改造を受けて人を捨てた者達を指したのだが、その勇者の力が同じ人に向けられて久しい。
 ハーレムパーティのリーダーたる魔法剣士は中央世界の列強の一つである王国の王子である事を彼らはその豊富なコネで既に掴んでいた。
 その国は現王も一代で国を築いた勇者として名高く、その男の血を受け継ぐ彼も勇者となるだろうとは冒険者達の公然の秘密でもあった。
「問題は、あいつらが誰からどういう依頼で、大日本帝国と接触しようとしているかという事だ」
 なお、100万人に一人とまで言われる勇者になれる条件はもの凄く厳しく、ハーレムパーティの魔法剣士が種族の勇者を狙うならば、その依頼主は中央世界で実質的に君臨する魔術師学園に他ならない。
 魔法による人類世界を構築した三大勢力の一つ魔術師学園が依頼主であるならばそれは人類世界の危機に他ならない。
「俺達みたいに金儲け……じゃないよな」
 成金剣士の呟きに三角耳の精霊使いは淡々と自らの現状を諭したのだった。
「違うだろうな。
 あいつらと違って、大日本帝国という蛮族国家を開国させてかの国とつるむエルフ・ダークエルフを掃討しないと、敵である我々に明日は無い」
 帝国はアミアータから撫子三角洲に向かってきている、二隻の船をかなり早い段階で補足していた。
 かりにも未知の土地であり、戦地であり、化け物の襲撃で多大な犠牲者を出しているだけに航空機による偵察は長耳、黒長耳族の情報の元、海上にも偵察機を飛ばしていたのだった。
 そしてこの二隻の船と遭遇した時、撫子三角洲での対応は割れた。
 かつてのエルフ狩りの船団が使っていた航路を使って撫子三角洲に近づく謎の二隻の船。
 沈めるのは簡単だが、政府組織の何だかの密使の可能性も捨てきれないのも事実だった。
 イッソス湾内でのマンティコアを沈めた駆逐艦四隻の砲撃はあっという間に西方世界全域に広がり、その軍事力を見込んだ現在戦争中のロムルス国家連合とカルタヘナ王国の両国からの使節がイッソスの日本商館で面談を求めていた。
 その判断は竜州軍石原参謀長の手に委ねられ、渇国派遣艦隊が来る事を知っていた石原は彼らに匙を投げる事にしたのだった。
 一方、冒険者達も定期的に飛んでくる飛行機械については把握していたが、それがはるか上空で手出しできない所を飛んでいる以上どうしようもできなかった。
 とはいえ、手出しをしてこない事から少なくとも大日本帝国が話を聞く相手であると判断し、グウィネヴィアの森へ更に急ぐ事になる。

   
「何…この鉄の船の群れ……」
「何だ……この城塞都市は……」


 かくして、冒険者達は大日本帝国に接触した。

 
 帝国の竜神様 63

帝国の竜神様64
2010年10月07日(木) 19:09:23 Modified by nadesikononakanohito




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