帝国の竜神様65

 竜州 撫子三角州 愛国丸船内

 後方参謀という新設された参謀職がある。
 別名「雑用係」とはそれに任じられた俺命名だったりするのだが。
 戦地におけるありとあらゆる雑用が俺のところにやってきて、その解決もしくは別の担当者を作って押し付ける事がおもな仕事となる。
 その後方参謀の仕事第一号が冒険者の面会という仕事だった。
「は?」
 朝日がまぶしく、淫臭漂う撫子三角州に設けられた俺と撫子の部屋で、俺は間抜けな声を立てた。
 なお、その元凶は現在産卵後の湯浴み中。
 このあと、二人して朝食&睡眠を取って昼過ぎに起きて昼食を取って仕事という爛れきった日常生活とは少し違う変化を持って来たのは、現在湯浴み中の撫子の従者たるメイヴだった。
「ここに冒険者がやってきて、上の人間と話がしたいと」
 めずらしく憮然とした顔のメイヴが、淡々と用件を告げるのに違和感を覚える。
「冒険者ってもしかして、あの二隻の木造船か?」
 俺の質問に首を縦に振ったメイヴが、表情を殺して口を開く。
「はい。一隻はエルフ狩りの連中です。
 我々の同族を殺し、奪っていった敵の一つです」 
 その抑揚の無い声にかえって溜まった怨念が透けて見え、俺は言葉を失う。
「……よく殺さなかったな」
「帝国に、博之様に受けた恩は忘れるつもりはありませんから。
 仇を討ちたいのは山々ですが、かれらは帝国と話がしたいとここに来ました。
 そんな彼らを殺す事で、彼らと同じ場所に落ちるつもりはありません」
 メイヴの押さえる感情が、黒長耳族及び長耳族の意見を代表しているのだろう。それを押さえたメイヴの力量に感心する。
「で、どうする?
 追い返すぐらいなら、俺でも出来るが」
 エルフ狩りと名乗っているのも好都合、彼女達との友好関係を説明してお取引願う。
 以降、再度来るならば今度は拘束まで含めた措置を検討という案を考えていた俺は、ふと引っかかった事があってメイヴに尋ねる。
「一隻って言ったな。
 もう一隻は?」
 そちらの話題を振られたメイヴは、感情を表してため息をつく。そちらもろくな事になっていないらしい。
「話になりませんね。
 この国の国王か宰相にじかに話さないといけないと」
 何しに来たんだそいつらと怪訝そうな顔でメイヴを見ていたら察したらしい。
「どうしましょう?」
 さぁ、問題だ。
 大日本帝国における王って陛下だよな。この場合。
 一介の冒険者に「世界の危機だから会って欲しい」と東京の皇居につれてゆけるのか?
 うん。無理。
 話を聞いてお引取りねがいたいのだが、下手に追い返してトラブルの種になってもらう訳にもいかないし。
 近衛公に会わせるか?
 それも避けたい。
 近衛公はカッパドキア全権大使として来ているのであって、そこに行く前に冒険者ごときに会わせると鼎の軽重を問われる。
「わらわが会うのじゃ!」
 風呂場から裸で出てくるんじゃない。馬鹿竜。
「失礼なのしゃ!
 わらわはこれでも神様として、冒険者や人々に恐れられているのだぞ」
 邪神じゃねーか!彼らから見ると。
「私も無理なんですよねぇ。
 奴隷種ゆえ、こちらの地位を示しても彼らは侮るでしょうから」
 メイヴがため息をつく。
 人に化けてもその人が持つオーラまでは変えられないから、魔術師が見ればメイヴが人でないのが分かってしまうそうだ。
「昨日、案内をしてくれたい…………
 い、いし……なんじゃったかのぉ……」
 ごしごしごしとブラシの音を響かせ、開け放たれた風呂場から撫子が声をかける。   
 生んだ魔竜玉についた撫子の粘液を洗い落として窓の側に置いて乾かすのだが、それに幸せを感じるのはある種わが子を愛する行為に繋がるからだろうか。
「だから、二つの事を同時にするなと前々から言ってるだろうが。
 石原中将の事か?」
「そうじゃ!
 石原じゃ。
 彼に任せればよいではないか」
 あの人陸軍だろうが。
 という心の突っ込みをテレパスで感じたのだろう。
「陸軍だと何か都合が悪いのか?
 仲が悪いと言っても、同じ帝国の者だろうが」
 いや、おっしゃるとおりでございます。撫子様。
 けど、それ使えないんだよなぁ。組織的問題のおかげで。
「別れる前の恋人でもあるまいて……」
 と、俺の沈黙が全てを物語っていたらしい。
「なんじゃ?そんなにひどい仲なのか?
 何でさっさと別れてしまわぬのじゃ?
 その方が互いにとって幸せだろうに」
 撫子のしごくまともな突っ込みに、俺は力なく笑って答えることしか出来なかった。
  
 で、竜州艦隊司令部にて冒険者の代表と面会する予定になっている。
 あくまで上に合わせるかどうかの判断をするという立場で、この面会を作ったのだ。
 冒険者が船でやってきたから我々海軍の管轄になっただけで、これで竜州の荒野を突っ切ってやってくる馬鹿が出たらそれは陸軍の管轄になるだろう。
 竜州の荒野に逃れてこの地を目指す黒長耳族や獣耳族の保護は陸軍の仕事なのだから。
「おや、奇遇ですな。真田少佐に撫子様」
「奇遇ですな。瀬島少佐。こんな所で出会うとは。
 どうしました?」
 私服姿で散歩でもしているようなそぶりで、瀬島少佐は竜州艦隊司令部の前で俺達に手を振る。
「いやぁ、非番であてもなく歩いていたまでの事。そちらは何かお仕事で?」
「まぁ、そんな所です。
 どうです?立ち話もなんですから、コーヒーでもご馳走しますよ」
「すいませんねぇ。
 じゃあ、ご馳走になります。
 うちの司令部にも今度遊びに来てください。
 何かご馳走しますので」
「ありがとうございます」
 実はこれは俺が仕組んだ芝居だったりする。
 こんな辺境の地で陸だ海だと争っていたらろくな事にならないので、円滑な組織交流の為にメイヴを竜州軍司令部に走らせてこの芝居を組んだ次第。
 かくして、「非番でたまたま出会った知り合いに職場でコーヒーを奢る」という筋書きの元、陸軍に情報を渡すことに成功する。
 白々しく続く俺達二人の乾いた芝居を、胡散くさそうに眺めていた撫子がぽつりと一言。
「本当におぬしら仲が悪いのじゃな……」
 その言葉に何も返すことができなかった。
 瀬島少佐をロビーで待たせて司令部の部屋の一つに入る。
 そこに居たのは、成金趣味の剣士と耳が三角みたいな精霊使いという二人。
「お主、エルフか?」
 当然のようについてきた撫子が三角耳の男に尋ねるが男は言われ続けたのだろう。首を横にふった。 
「残念ですが、一応人間でございます。
 この耳のおかげで迫害を受け、その為に貴方の眷属を討つ事で私は人間世界に住む事を許されたのです」
 どうやってか知らないが、撫子が竜というのをあっさり見抜いてやがる。
「かまわぬ。
 この世は弱肉強食じゃ。
 我が眷属とてその自然の掟には逆らえぬ。
 力がなかったという事じゃ」
 達観というか表情をめずらしく能面のように消して撫子はそれを許した。
「失礼します。
 コーヒーをお持ちしました」
 入ってきたメイドのナタリーがテーブルの上に香ばしい黒色の液体を置く。
 今頃、アンナが瀬島少佐にも同じものを差し出しているだろう。
 なお、撫子用は砂糖とミルクつきである。
「どうぞ。
 我々の飲み物の一つでコーヒーというものです」
 二人の冒険者はカップを取り、香りを嗅いで一口。
「苦いな……くせになりそうだ」
「たしかに。
 なるほど。苦味が嫌いな場合、そのミルクと砂糖で味を変えるわけですね。
 しかし、その上質な砂糖は高そうですな」
「高いのか?博之?」
「知るか。そんなの」
 ナタリーが一礼して立ち去ると皆、コーヒーを味わいながら自然と話が止まる。
 吐いた息と共に撫子がぽつりと呟く。
「くやしいが、人は強い。
 わらわと我が眷属は人に全力で抗ったが、それでも勝てなんだ。
 今は、わらわはこの博之の物で撫子と呼ばれ、博之が属する大日本帝国に協力しておる」
 その淡々とした撫子の声に皆何も言わない。
 そんな中、ことりとテーブルに置かれるカップの音で、成金剣士に皆の視線が集まる。
 成金剣士は頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「それでも撫子様には謝らねば私達の気がすみません。
 生きる為とはいえ、撫子様の眷属を狩り、迫害してきた私達は撫子様とその眷属に謝罪し、新たなる関係を築きたいのです」
 傲慢かつ紳士な物言いというのはこういう言い方なのだろう。
 成金剣士の言葉に俺は口を挟む。
「それは、撫子に対しての関係か?
 我が国に対しての関係か?」
 その問いかけに三角耳の男が恭しく頭を下げて、その関係の中身を口にした。
「我々はダークエルフを狩る事で今の地位を得ました。
 ダークエルフを狩る事は金になるのです。
 だからこそ、我々は逆の動きを取り持つ事ができます」
「逆の動き?」
 撫子の言葉に俺が三角耳の男が言わなかった事を口にする。
「ダークエルフの売り手を我が国に変えると言う訳か」
 そして、また沈黙が場を支配する。
 話が大きすぎる相手の切り札だった。
 現在帝国には圧倒的に黒長耳・獣耳族が足りない。
 「かき集められるだけかき集めろ」という上層部の命を受けている以上、彼らからの黒長耳族供給というのはもの凄く魅力的なのは間違いが無い。
 だが、それは彼らが他の場所で長耳族や黒長耳族を狩るのを黙認するという事にも繋がりかねない。
 更にいやな事だが、彼らがカッパドキアよろしく長耳族繁殖牧場などを作って安定供給するような事態になれば、本質的な問題である黒長耳・獣耳族の保護がまったく解決していないという事実に直面せざるをえない。
 少しの間の沈黙は三角耳の精霊使いによって破られた。 
「貴方方がダークエルフをはじめとする異種族を買い漁っているのは、この世界でも有名です。
 イッソスの市場で独占的に買い進めている為に、相場そのものは供給不足に陥る可能性が高い。
 ですから、我々がその供給を手助けしたいと」
 いけしゃあしゃあと言ってのけるあたりに殺意が湧かない訳でもないが、帝国財政救済の為には何としても黒長耳・獣耳族が必要なのは事実だった。
「我々も今すぐ回答を欲しがるような無粋なまねをするつもりはありません。
 また次の会合時に上の方の判断を仰ぎたいと思う次第です」
 これで今回の会談はお開きとなった。
 空になったコーヒーカップをふと視線に留めて、成金剣士がさもつまらない事を言うがごとく呟く。
「ああ、そうだ。
 今、我々は陸路でもこの場所にたどり着ける様に、カッパドキア共和国側から道を作ろうとしています。
 この道を使えば、現在虚無の平原に逃れてきている撫子様の同胞を多く保護できるかと。
 では。
 次の会談を楽しみにしています」
 
 冒険者二人の帰還後、ロビーに顔を出すと瀬島少佐はメイヴ相手に雑談をしていた。
 メイヴの後ろでアンナが控えてお茶の世話をしており、俺達の姿を見て静かに俺達の分のカップにコーヒーを注ぎだす。
「どうでしたかな?冒険者との会談は?」
「正直、私の一存ではなんとも……」
 瀬島少佐に苦笑しつつ冒険者との一部始終を話す。
 これは、石原中将か大河内中将に出張ってもらう話だった。
「撫子はどう思う」
 話を撫子に振ると、撫子は天井を見上げて口を開く。
「謝罪をした以上、それ以後の恨みを持ちたくも無い。
 だからこその謝罪なのだろう。
 わらわの中にある怒りなど、助けられる眷属の為なら我慢ぐらいはできる。
 わらわはその提案を断る事ができぬのだ」
 多くの眷属が救えるという安堵と、彼らが結局他の場所にする眷族迫害を続けるという裏返しの決意に対する怒りからか、その声は淡々としすぎていた。
「しかし、いい度胸ですね。
 我々に対していけしゃあしゃあと謝るなど……」
 メイヴの嘆息も撫子と同じだろう。
 少なくても彼らは己の行為を謝罪し、その上で帝国にとって益になる提案までしてくれている。
 アンナが入れてくれたコーヒーは極上の美味しさなのだが、俺達の心は晴れる事はなかった。


「なぁ、なんで竜相手に頭を下げたんだ?」
「土下座はただだからな」


 帝国の竜神様65

 次帝国の竜神様66
2010年10月14日(木) 23:15:06 Modified by nadesikononakanohito




スマートフォン版で見る