帝国の竜神様閑話13

 人間の敵は所詮人間である。

「海軍は何を考えている!!」
 海軍省に怒鳴り込んできたのは「大蔵省の3田」の一人、福田赳夫。
 そんな超大物が海軍省に怒鳴り込んできた理由が海軍にはまったく分からなかったのだった。
 応対に出た士官に福田は送られてきたタイムズをたたきつけた。
「日本軍、新規軍票発行か?」
 経済面の片隅に書かれた一行記事に士官は首をひねったが、福田はその一行記事がもたらした結果を怒鳴りつけた。
「この記事が出た途端対ポンドレートで円が急落しているんだ!
 大蔵や日銀にまで海外金融機関から詳細を教えろと情報請求が来る始末だ!
 17年予算の山場に何持ち込んできやがる!!!」
 それがどういう意味をもっているのかやっぱりこの士官には分からなかった。
 かくして福田は次々と士官を怒鳴りつけたあげく、ついに堀社長を引っ張り出し、その流れで嶋田海相まで引きずり出したのはさすが「大蔵省の3田」。
 そして福田の猛抗議に堀は真っ青になり、嶋田はやっぱり良く分かっていなかった。
「良く聞いてください。
 たとえばここに1円があります。
 これが1ポンドと交換ができるとしましょう。
 我が国はオーストラリアやインドから資源を買っています。
 円の価値が下がるという事は2円=1ポンドとなり、この資源購入価格が自然に値上げされると同義語なのです」
 堀の説明に、嶋田海相も顔を青ざめさせる。
 戦争が終わったばっかりなのに今ある現金で資源が買えなくなるなど悪夢以外の何者でもない。
 なお、大蔵省は17年予算から臨時国債(ポンド発行)を海外金融機関に買ってもらうことも画策していた。
 世界大戦をしているので買ってくれる所があるか疑わしい所だが、日本が戦争とは関係ない中立国であるというアピールも兼ねており、臨時国債が買われたら軍の縮小と国内開発でいくら金があっても足りぬ帝国財政の恵雨となるかもしれなかったのだ。
 ところが、この円急落でそんな事が言えなくなっていた。
 何より、軍票の新規発行は軍の資金確保とも見られ、帝国が戦争を予定していると言われても仕方ないからだ。
「で、だ。
 陸軍には池田さんが怒鳴り込んでいると思うが、あんたら何を考えているんだ!!」
 どんと机を叩いて睨みつける福田。
 軍の機密と突っぱねてもいいが、大蔵の本流、しかもよりにもよって17年予算編成で修羅場真っ只中の主計局だけは敵に回してはいけないのは霞ヶ関の常識である。
 それは官僚組織である陸海軍とも分かっているはずなのだ。
「少なくとも帝国は対米英戦を回避し、大陸からも足抜けしたじゃないか。
 何で戦費確保と受け止められかねない軍票発行を画策しているのか、是非お聞かせ願いたい」
 と、言われても嶋田にせよ堀にせよこの話は初耳である。
「ごめん。俺シラネ」
 と言えるのならどんなにいい事か。
「この記事は勘違いをしているのではないのか?
 たしかに、大陸で使用された軍票回収において、内務省管轄の神祇院がその回収に乗り出した事は聞いているが、それと取り違えているのじゃないのか?」
 堀のその場ごまかしも福田クラスの大物には通用しない。
「既に内務省にも野田さんが確認に行ってもらっている。
 大蔵省造幣局に『軍票を作りたい』と聞いてきた馬鹿がいるのも分かっている。
 それとも何か?
 そんなに今年度の予算は不満か?」
 言葉に詰まる堀と嶋田。
 今の福田の顔は徹夜で鬼気迫り、各部署の調整と各省庁の陳述と膨れ上がった国債償還に金融機関と協議をしてきた鬼気迫るオーラを前面に出していた。
 そりゃ、前年比一割削減という予算は不満が無いといえば大いに不満があると嶋田海相は思うが、かといって大蔵と喧嘩をするほどの無謀ではない。
「いや、海軍は少なくともこの件については無関係だ」
 と嶋田は言わざるを得なかったのだった。
 その日の夜に大蔵省は陸海軍の言質を取った上で新規軍票発行を否定し、円レートは元に戻る事になる。


「竜を殺す為の情報を集める為、詳細に絵を描く発想は悪くなかったな。
 それがこんな結果になるとは思っても見なかった訳だが」
 事態の一部始終は「大蔵省の3田」が乗り込んだその日の夜には米内の耳に届いていた。
 軍票を名目に撫子の情報を集めようとしたのも、米内グループの信奉者だったし、大蔵省主計局にも米内の信奉者はいたのだった。
 互いが互いの仕事をした結果、こんな馬鹿騒ぎが起こった訳で、米内達は改めてもはやこの国が世界経済の中に取り込まれたという自覚を持たざるを得なかった。
 なお、造幣局に電話をかけた馬鹿探しはさり気なくうやむやにされた。
 と、同時に新規編成された竜州艦隊に山城から若い士官が配属されたそうだが、彼はその配属の理由を決して語らなかったという。

 帝国の竜神様 閑話13
2008年01月23日(水) 22:23:04 Modified by nadesikononakanohito




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