帝国の竜神様閑話16
『太平洋宣言』が発表された時、海軍中枢部が何を思ったのか当時の資料を見るにその混乱振りは相当なものだった。
だが、世界は独ソ戦のモスクワ陥落とスターリン粛清、帝国内は17年予算通過と同時に発表された東条首相退陣という巨大ニュースに踊っていたのだった。
後の関係者の証言を纏めると一言、『俺達のやってきた事は何だったんだ?』という喪失感だったらしい。
そんな海軍の混乱を象徴する船がこの空母信濃である。
海軍はアメリカ合衆国太平洋艦隊を仮想敵に選んだ当初から、この艦隊に勝つことだけを考えて全ての整備を整えてきた。
時間の経過と共に戦術は洗練され、第一次大戦で手に入れた南洋諸島を戦場に華々しい艦隊決戦を夢見て、海軍将兵はその日を来ない事を祈りつつ艦隊を整備し訓練に勤しんだのだった。
だが、最初の蹉跌は山本五十六が連合艦隊司令長官についた事から始まる。
「航空機でハワイを叩けないかな?」
彼が考え出したハワイ奇襲計画は、空母六隻に戦艦二隻を主力とする艦隊で太平洋艦隊の母港であるハワイを直接叩くという奇想天外なもので海軍内部でも反対者が多かった。
それを強引に押し通し、いざ開戦という寸前の12月1日。
まったく誰も想像などしていなかった竜という摩訶不思議な存在によって、ハワイが焼かれるという帝国にとっての幸運によって海軍の迷走は始まった。
竜によってハワイをたたき出された為、ハワイ奪還という合衆国の政治的束縛は進行していた第二次大戦において枢軸側に有利に動き、帝国はその政治的余裕を使いついに勝ち取った『太平洋宣言』。
戦争寸前まで緊迫していた日米両国の共同宣言発表という雪解けを海軍は歓迎しつつも、その結果何が起こったのかを考えた人間はあまりにも少なかった。
海軍の米軍迎撃計画はマリアナ沖からマーシャル諸島にかけての艦隊決戦を想定しており、その領域丸ごと使えなくなったという事実に「俺達何処で米軍を出迎えるのだ?」という疑問を抱いた者はその結果に戦慄した。
ハワイが母港だった太平洋艦隊は竜にハワイを追い出された事もあり、西海岸サンディエゴに母港を移している。
そこから帝国本土に侵攻する場合、中部太平洋が使えない以上北か南かに絞られる。
北、アラスカで休憩して南下、千島経由で北海道。
南、オーストラリア経由で、インドネシアを北上、米軍が基地を置いているフィリピンを経由して台湾。
千島とアラスカでの戦線なんて海軍はその可能性は考えてはいたが、そこが主戦線になるなど思ってもいなかった。
南についてはなお悪く、さり気なく国民党支援物資の一部がフィリピンに陸揚げされている事が確認されており、早期の無力化は不可能に近い。
合衆国は対竜戦で既に戦時体制に突入しており、大量に発注された大艦隊は北周り・南周り両方に大艦隊を派遣する事が可能だろうと想定されていたからである。
日米開戦となった時にフィリピンは放置できない為、まずフィリピンを無力化しなければならない。
その為に戦力を投入し無力化後にその戦力を北上。千島沖で航空支援を受けながら来航する米艦隊を撃破。更に南下して今度はフィリピン奪還に来る米艦隊を撃破。
更に、忘れたい所だが米領グアムの存在も無視できない。
いくら周りに乙姫様がいるからといって、かの島は米領のままで、そこから飛んでくる航空機はいずれ補給枯渇で消耗するとはいえ、無視できるとは思えない。
更に、千島沖で勝ったとしても損傷艦の修理にどれだけの時間がかかるか?
大破なら一年以上。中小破でも三ヶ月から半年は動けない。
とどめに人的資源の消耗と疲労がこれに重なる。
フィリピン、千島、またフィリピンと移動する将兵の疲労を考えると掛け声勇ましい精神力すら通用するとは思えない。
そして、フィリピンにやってくるだろう米艦隊は連合艦隊より量が多く、疲労も少ないときている。
そこまで考えた結果、誰もが首を横に振った。無理だと。
それでも勝つ可能性を高める為に海軍首脳部は考えを止めず、救いの無い未来に絶望する。
北に南に派手に動く戦力移動はもはや艦船では追いつかないから航空機が主戦力となる。
ありがたい事に、千島にせよ台湾にせよ飛行場を作る島に事欠かない為、航空機で時間を稼ぎつつ艦隊で撃破が最適解だろうと。
かくして航空派の出した大攻という答えを海軍は選択せざるをえなかった。
そして、航空派の出した大攻という答えを選択した事によって、この国の航空戦力がまったくと言っていいほど整備されていない事を曝け出す。
フィリピン・アリューシャン・グアムから飛んでくるであろう爆撃機を迎撃する機体は陸軍と共用使用が決定した二式局地戦しかなく、その生産は始まったばかり。
バトル・オブ・ブリテンという格好の比較例を考えると飛んでくるのは昼だけとは当然思うわけも無く、夜間対策も考えなければならない。
さらに攻撃の要となる大攻にいたっては四発機そのものが何処にも無いという素敵ぶり。
「いや、優れた四発機ならあるのだが……川西の二式大艇」
「あれ、水上機じゃねーか!
しかも数必要なのに川西にそれ作る工場能力ないだろ!!」
とはいえ、一から作るよりはと川西に陸攻型再設計を依頼してみれば、どこから嗅ぎつけた中島は社長が、
「わしの考えたZ飛行機は間違ってなかった!」
と咆えて売り込みをかけ、全航空関係者から呆れられる始末。
三菱は三菱で零戦と一式陸攻生産に追われた上に、海軍次期主力戦闘機、中島の牙城を切り崩した二式局地戦でてんてこ舞いで辞退を申し出るというおまけつき。
で、忘れたら困るのが17年予算から16年時より一割ずつ予算は削減され、五年後は16年次の六割にまで落ち込むという事実。
こんな状況下で各社とも工場のラインを増やす訳が無い。
海軍はいやでも、どこかからか金を工面せねばならなかったのである。
そして、そんな中で著しく出番の減った、維持に莫大な金のかかる艦種があることに着目しなければならなかった。
戦艦である。
大西洋のビスマルクしかり、タラントのイタリア艦隊しかり、ハワイの対竜戦しかり、ブレストの独艦隊しかり。
航空攻撃は艦隊に対して作戦行動に支障が出るほどの打撃を与える事が分かった昨今に置いて、航空機のエアカバー無しで戦艦を突出させる勇気のある提督はそうはいない。
そして、基地航空隊は南北から来航する米艦隊迎撃の為にも更なる拡張が決定されている。
空母は空母で、基地航空隊の許容機数を上回る航空機を集中運用で作り出すことが出来る以上、空母建造はやめる事ができない。
数が必要な駆逐艦や潜水艦など削るのはもっての他である。
かくして、海軍の象徴たる戦艦は大削減される事になる。
伊勢・日向・扶桑・山城の四隻は予備役編入の後解体が決定。
金剛級は欧州派遣の可能性があるので、首の皮一枚繋がったが、戦争終結後に予備役編入。一隻を練習艦とする。
結果、戦艦は大和・武蔵・長門・陸奥の四隻のみ。
ここで問題なのは現在建造中の大和級三番艦と四番艦だった。
空母改造に決定したまでは良かったのだか、そこから先において海軍の迷走がはじまる。
戦争回避と航空機の優位性を証明するような他国の海戦の戦訓からこれ以上の戦艦はいらないと判断したまではよかった。
資材準備と工事が開始されたばかりの四号艦についてはすんなりと空母改造が決定した。
だが、三番艦はドックから出せる程度まで工事が進められた事もあり、空母改造にかなりの手間がかかる事が予想された。
ここで戦艦屋達の逆襲が始まる。
突いてきたのは想定戦場となった千島からアリューシャン列島にかけての特殊天候。
この海域は常時霧が発生しやすく、冬になれば風雪強くまともに空母発艦など行えない。
更に、地中海で起こった第一次・第二次クレタ沖海戦で発生した戦艦同士の殴り合いが、互いの航空優勢を奪えない状況下で発生した事も戦艦屋達の鼻息を荒くしていたのだった。
島嶼攻防の中で戦艦同士の戦闘が無いとは言い切れないと証明されてしまったことが、この意見に説得力を与えていた。
そんな状況下での決戦戦力として戦艦は必要であるというそれなりに説得力のある意見は、改造の手間を危惧する造船官達の間からも支持が出ていた事もあり、一時は戦艦継続に話が進もうとしていた。
だが、それを吹き飛ばしたのが建造されている合衆国艦隊の圧倒的な数である。
エセックス級11隻、タイコンデロガ級13隻、護衛空母いっぱい。
更にタイコンデロガ級の次の船までも予算計上されているという事実は海軍中央の戦艦屋を文字通り吹き飛ばした。
南北両方に正規空母だけで十隻以上、攻撃機にして600機、戦闘機まで入れたら800機を越えるだろう敵航空戦力の見積もりに誰もが言葉を失った。
現在ある第一機動艦隊の艦載機が約500機。
無駄な艦を作る余裕など何処にも無いほどのこの数字は「今ならまだ勝てる」と海軍親独派の錦の御旗となり、海軍内部で派手な騒動に発展。
親独派将校のパージと共に戦艦屋もパージされ、英米非戦と空母の更なる建造、長門・陸奥の予備役まで決定させてしまう。
とはいえ、戦艦を全て予備役に回すと戦艦屋達が主張していた航空戦力が出撃できない状況下の可能性を否定できない。
「では」と戦艦屋の生き残りが妥協案を出す。
「航空戦艦というのはどうだろうか?」
と。
想定戦場はフィリピンにせよ千島にせよ味方飛行場が近くにある戦場である。
とりあえず航空戦艦を突っ込ませて航空機を発進、飛ばした後は味方飛行場に下ろしてしまえば問題は無い。
試しに、予備役が決定した伊勢・日向・扶桑・山城の四隻に大和・武蔵まで航空戦艦化(長門・陸奥は防空戦艦化)させると約140機近くの航空機が搭載できるので一回きりと割り切ればそれは魅力的に見えた。
何より、彼女達航空戦艦を突出させて攻撃を一手に引き受けさせれば本隊の空母群はそれだけ攻撃の圧力を受けなくて済むし、生き残った彼女達が敵艦隊に突っ込めれば戦果の拡大が期待される。
航空戦艦案は次のとおり。
艦尾甲板を上甲板レベルにまで高め、露天罫止スペース拡大。
カタパルト位置をやや前方に移動。
以上により艦爆24機(カタパルト上に搭載する2機含む)を搭載。
両脇の副砲撤去。高角砲を6基増設。
排水量は64200t 速度27.4kt
高角砲を連装12基増設(全部で16基32門)
水上機の代わりに艦爆3機を搭載。
排水量43500t 速度25.2kt
5、6番主砲撤去。
高角砲連装4基増設(全部で8基16門)
艦尾に格納庫設置。艦爆搭載機22機。
排水量38600t 速度25.3kt
5、6番主砲撤去。
高角砲連装4基増設(全部で8基16門)
艦尾に格納庫設置。艦爆搭載機22機。
排水量36150t 速度24.5kt
以上で艦爆は142機。
内部粛清という血を浴びる行為によって一本化された海軍は、現在行われている戦争に介入する場合に太平洋宣言等の外交状況の変化から欧州戦、つまり対独戦しかありえないと判断。
ならば、必要なのは駆逐艦や輸送船や護衛空母なのでこれらの増産(空母不足分は商船改造空母で乗り切るつもりだった)で足りると考え、改造で一から作るより手間がかからない航空戦艦も使う事を決定。
また、売り払った旧式艦の代わりにうかした戦艦副砲軽巡主砲を集めて廉価量産型軽巡を整備(第一遊撃部隊に配属して機動副砲とする−水無瀬のようなものの小形な奴を作ると言うこと)する事も同時に決定。
こうなると、三番艦と四番艦を急いで作る必要も無い。
この二隻を次の戦争の主力空母とする事を考えたのだった。
この彼女達の仮想敵は現在予算が計上されているタイコンデロガ級の次の船、後にミッドウェー級と呼ばれるようになる空母。
順調に空母改造工事が進む四番艦に対して、親独派と戦艦派の粛清の為に揉めに揉めた三番艦は二ヶ月もの間ドックから出されて放置されるという有様。
四番艦の空母改造ノウハウが逆に三番艦に伝わるという皮肉な事態になる。
更にややこしかったのが、この二隻の空母のコンセプト。
大量生産できるようなものではないし、数を作るのならば戦艦改造というげてものよりも最初から空母を作った方が使いやすいのである。
そんな次世代の空母はフィリピン・千島沖という二度の戦場を潜り抜ける必要があるから重装甲の大鳳とその拡大版を作る事で決まっていた。
この二隻も方向性は同じものになる予定なのだが、足の遅さから先にあげた航空戦艦達と絡めて使う事が提案される。
彼女達に随伴して飛ばした航空機を回収・再出撃させれば攻撃力は更に上がる。
そこまで考えた末に、やっとこの二隻の使い道が考え出されたのである。
現状の帝国海軍において最大の排水量を誇るこの空母はその巨体に見合う搭載力と航空戦艦達から飛び立つ航空機の移動基地を目的とすると。
この二隻は新たなる海軍の象徴たる事を求められ、信濃・常陸と国の名前を与えられた。
だが、常陸と違い信濃は船体が既に戦艦として完成していた事もあり、大量搭載を考えると船体内部にも手を入れないといけない。
船体内部に手を入れるのならば、常陸と随伴できるように機関も弄りたい。
幸いにも急ぐ必要も無いと悪乗りした事もあり、実験艦的な改造も含め、工事は一から作る方が安く上がったと言われる羽目になる。
搭載機数75機
速度27kt
戦後、常陸準拠に改装予定
搭載機数114機
艦首尾延長は無し
機関出力の増大等も無し
速度27.5kt
他は信濃準拠
この2空母に艦攻、艦戦を搭載。
さらに防空任務に当たる軽空母2隻を配備して(偵察機と艦上戦闘機のみとする)第1遊撃部隊を編成する。という計画ができあがる。
一回限定の全力攻撃だが、この遊撃部隊に配備されている航空機約400機は無視できる数ではなく、運良く生き残り敵艦隊に突入できれば今度は彼女達の主砲が戦果を拡大させる。
かくしてこの計画の完成の暁には第1遊撃部隊は、もの凄く上質な囮となるはずだった。
けど、この信濃・常陸の二隻が完成した昭和22年までに、悲しい事に合衆国海軍はエセックス・タイコンデロガ級32隻以上、ミッドウェー級6隻以上が完成済み。
更に改ミッドウェー級が竣工間際(6隻建造までの情報は入っていた)で、護衛空母は100隻以上を完成させていた。
それは、何をやっても合衆国艦隊に勝てないという張子の虎でしかない事を海軍自体に思い知らせる自虐的一撃となったのである。
だからこそ、時代のあだ花である航空戦艦と第1遊撃部隊構想は計画初期時からその他もろもろの事情もありついにその全ての姿を晒す事無く姿を消し、この信濃と常陸だけが国の誇りとして徹底的に持ち上げられた。
後に冷戦に世界が移行し、核とICBMが国の守りの主役となっても、彼女達は護国の盾として常に国民にその姿を晒し親しまれたという。
帝国の竜神様閑話16
だが、世界は独ソ戦のモスクワ陥落とスターリン粛清、帝国内は17年予算通過と同時に発表された東条首相退陣という巨大ニュースに踊っていたのだった。
後の関係者の証言を纏めると一言、『俺達のやってきた事は何だったんだ?』という喪失感だったらしい。
そんな海軍の混乱を象徴する船がこの空母信濃である。
海軍はアメリカ合衆国太平洋艦隊を仮想敵に選んだ当初から、この艦隊に勝つことだけを考えて全ての整備を整えてきた。
時間の経過と共に戦術は洗練され、第一次大戦で手に入れた南洋諸島を戦場に華々しい艦隊決戦を夢見て、海軍将兵はその日を来ない事を祈りつつ艦隊を整備し訓練に勤しんだのだった。
だが、最初の蹉跌は山本五十六が連合艦隊司令長官についた事から始まる。
「航空機でハワイを叩けないかな?」
彼が考え出したハワイ奇襲計画は、空母六隻に戦艦二隻を主力とする艦隊で太平洋艦隊の母港であるハワイを直接叩くという奇想天外なもので海軍内部でも反対者が多かった。
それを強引に押し通し、いざ開戦という寸前の12月1日。
まったく誰も想像などしていなかった竜という摩訶不思議な存在によって、ハワイが焼かれるという帝国にとっての幸運によって海軍の迷走は始まった。
竜によってハワイをたたき出された為、ハワイ奪還という合衆国の政治的束縛は進行していた第二次大戦において枢軸側に有利に動き、帝国はその政治的余裕を使いついに勝ち取った『太平洋宣言』。
戦争寸前まで緊迫していた日米両国の共同宣言発表という雪解けを海軍は歓迎しつつも、その結果何が起こったのかを考えた人間はあまりにも少なかった。
海軍の米軍迎撃計画はマリアナ沖からマーシャル諸島にかけての艦隊決戦を想定しており、その領域丸ごと使えなくなったという事実に「俺達何処で米軍を出迎えるのだ?」という疑問を抱いた者はその結果に戦慄した。
ハワイが母港だった太平洋艦隊は竜にハワイを追い出された事もあり、西海岸サンディエゴに母港を移している。
そこから帝国本土に侵攻する場合、中部太平洋が使えない以上北か南かに絞られる。
北、アラスカで休憩して南下、千島経由で北海道。
南、オーストラリア経由で、インドネシアを北上、米軍が基地を置いているフィリピンを経由して台湾。
千島とアラスカでの戦線なんて海軍はその可能性は考えてはいたが、そこが主戦線になるなど思ってもいなかった。
南についてはなお悪く、さり気なく国民党支援物資の一部がフィリピンに陸揚げされている事が確認されており、早期の無力化は不可能に近い。
合衆国は対竜戦で既に戦時体制に突入しており、大量に発注された大艦隊は北周り・南周り両方に大艦隊を派遣する事が可能だろうと想定されていたからである。
日米開戦となった時にフィリピンは放置できない為、まずフィリピンを無力化しなければならない。
その為に戦力を投入し無力化後にその戦力を北上。千島沖で航空支援を受けながら来航する米艦隊を撃破。更に南下して今度はフィリピン奪還に来る米艦隊を撃破。
更に、忘れたい所だが米領グアムの存在も無視できない。
いくら周りに乙姫様がいるからといって、かの島は米領のままで、そこから飛んでくる航空機はいずれ補給枯渇で消耗するとはいえ、無視できるとは思えない。
更に、千島沖で勝ったとしても損傷艦の修理にどれだけの時間がかかるか?
大破なら一年以上。中小破でも三ヶ月から半年は動けない。
とどめに人的資源の消耗と疲労がこれに重なる。
フィリピン、千島、またフィリピンと移動する将兵の疲労を考えると掛け声勇ましい精神力すら通用するとは思えない。
そして、フィリピンにやってくるだろう米艦隊は連合艦隊より量が多く、疲労も少ないときている。
そこまで考えた結果、誰もが首を横に振った。無理だと。
それでも勝つ可能性を高める為に海軍首脳部は考えを止めず、救いの無い未来に絶望する。
北に南に派手に動く戦力移動はもはや艦船では追いつかないから航空機が主戦力となる。
ありがたい事に、千島にせよ台湾にせよ飛行場を作る島に事欠かない為、航空機で時間を稼ぎつつ艦隊で撃破が最適解だろうと。
かくして航空派の出した大攻という答えを海軍は選択せざるをえなかった。
そして、航空派の出した大攻という答えを選択した事によって、この国の航空戦力がまったくと言っていいほど整備されていない事を曝け出す。
フィリピン・アリューシャン・グアムから飛んでくるであろう爆撃機を迎撃する機体は陸軍と共用使用が決定した二式局地戦しかなく、その生産は始まったばかり。
バトル・オブ・ブリテンという格好の比較例を考えると飛んでくるのは昼だけとは当然思うわけも無く、夜間対策も考えなければならない。
さらに攻撃の要となる大攻にいたっては四発機そのものが何処にも無いという素敵ぶり。
「いや、優れた四発機ならあるのだが……川西の二式大艇」
「あれ、水上機じゃねーか!
しかも数必要なのに川西にそれ作る工場能力ないだろ!!」
とはいえ、一から作るよりはと川西に陸攻型再設計を依頼してみれば、どこから嗅ぎつけた中島は社長が、
「わしの考えたZ飛行機は間違ってなかった!」
と咆えて売り込みをかけ、全航空関係者から呆れられる始末。
三菱は三菱で零戦と一式陸攻生産に追われた上に、海軍次期主力戦闘機、中島の牙城を切り崩した二式局地戦でてんてこ舞いで辞退を申し出るというおまけつき。
で、忘れたら困るのが17年予算から16年時より一割ずつ予算は削減され、五年後は16年次の六割にまで落ち込むという事実。
こんな状況下で各社とも工場のラインを増やす訳が無い。
海軍はいやでも、どこかからか金を工面せねばならなかったのである。
そして、そんな中で著しく出番の減った、維持に莫大な金のかかる艦種があることに着目しなければならなかった。
戦艦である。
大西洋のビスマルクしかり、タラントのイタリア艦隊しかり、ハワイの対竜戦しかり、ブレストの独艦隊しかり。
航空攻撃は艦隊に対して作戦行動に支障が出るほどの打撃を与える事が分かった昨今に置いて、航空機のエアカバー無しで戦艦を突出させる勇気のある提督はそうはいない。
そして、基地航空隊は南北から来航する米艦隊迎撃の為にも更なる拡張が決定されている。
空母は空母で、基地航空隊の許容機数を上回る航空機を集中運用で作り出すことが出来る以上、空母建造はやめる事ができない。
数が必要な駆逐艦や潜水艦など削るのはもっての他である。
かくして、海軍の象徴たる戦艦は大削減される事になる。
伊勢・日向・扶桑・山城の四隻は予備役編入の後解体が決定。
金剛級は欧州派遣の可能性があるので、首の皮一枚繋がったが、戦争終結後に予備役編入。一隻を練習艦とする。
結果、戦艦は大和・武蔵・長門・陸奥の四隻のみ。
ここで問題なのは現在建造中の大和級三番艦と四番艦だった。
空母改造に決定したまでは良かったのだか、そこから先において海軍の迷走がはじまる。
戦争回避と航空機の優位性を証明するような他国の海戦の戦訓からこれ以上の戦艦はいらないと判断したまではよかった。
資材準備と工事が開始されたばかりの四号艦についてはすんなりと空母改造が決定した。
だが、三番艦はドックから出せる程度まで工事が進められた事もあり、空母改造にかなりの手間がかかる事が予想された。
ここで戦艦屋達の逆襲が始まる。
突いてきたのは想定戦場となった千島からアリューシャン列島にかけての特殊天候。
この海域は常時霧が発生しやすく、冬になれば風雪強くまともに空母発艦など行えない。
更に、地中海で起こった第一次・第二次クレタ沖海戦で発生した戦艦同士の殴り合いが、互いの航空優勢を奪えない状況下で発生した事も戦艦屋達の鼻息を荒くしていたのだった。
島嶼攻防の中で戦艦同士の戦闘が無いとは言い切れないと証明されてしまったことが、この意見に説得力を与えていた。
そんな状況下での決戦戦力として戦艦は必要であるというそれなりに説得力のある意見は、改造の手間を危惧する造船官達の間からも支持が出ていた事もあり、一時は戦艦継続に話が進もうとしていた。
だが、それを吹き飛ばしたのが建造されている合衆国艦隊の圧倒的な数である。
エセックス級11隻、タイコンデロガ級13隻、護衛空母いっぱい。
更にタイコンデロガ級の次の船までも予算計上されているという事実は海軍中央の戦艦屋を文字通り吹き飛ばした。
南北両方に正規空母だけで十隻以上、攻撃機にして600機、戦闘機まで入れたら800機を越えるだろう敵航空戦力の見積もりに誰もが言葉を失った。
現在ある第一機動艦隊の艦載機が約500機。
無駄な艦を作る余裕など何処にも無いほどのこの数字は「今ならまだ勝てる」と海軍親独派の錦の御旗となり、海軍内部で派手な騒動に発展。
親独派将校のパージと共に戦艦屋もパージされ、英米非戦と空母の更なる建造、長門・陸奥の予備役まで決定させてしまう。
とはいえ、戦艦を全て予備役に回すと戦艦屋達が主張していた航空戦力が出撃できない状況下の可能性を否定できない。
「では」と戦艦屋の生き残りが妥協案を出す。
「航空戦艦というのはどうだろうか?」
と。
想定戦場はフィリピンにせよ千島にせよ味方飛行場が近くにある戦場である。
とりあえず航空戦艦を突っ込ませて航空機を発進、飛ばした後は味方飛行場に下ろしてしまえば問題は無い。
試しに、予備役が決定した伊勢・日向・扶桑・山城の四隻に大和・武蔵まで航空戦艦化(長門・陸奥は防空戦艦化)させると約140機近くの航空機が搭載できるので一回きりと割り切ればそれは魅力的に見えた。
何より、彼女達航空戦艦を突出させて攻撃を一手に引き受けさせれば本隊の空母群はそれだけ攻撃の圧力を受けなくて済むし、生き残った彼女達が敵艦隊に突っ込めれば戦果の拡大が期待される。
航空戦艦案は次のとおり。
- 大和型
艦尾甲板を上甲板レベルにまで高め、露天罫止スペース拡大。
カタパルト位置をやや前方に移動。
以上により艦爆24機(カタパルト上に搭載する2機含む)を搭載。
両脇の副砲撤去。高角砲を6基増設。
排水量は64200t 速度27.4kt
- 長門型
高角砲を連装12基増設(全部で16基32門)
水上機の代わりに艦爆3機を搭載。
排水量43500t 速度25.2kt
- 伊勢型
5、6番主砲撤去。
高角砲連装4基増設(全部で8基16門)
艦尾に格納庫設置。艦爆搭載機22機。
排水量38600t 速度25.3kt
- 扶桑型
5、6番主砲撤去。
高角砲連装4基増設(全部で8基16門)
艦尾に格納庫設置。艦爆搭載機22機。
排水量36150t 速度24.5kt
以上で艦爆は142機。
内部粛清という血を浴びる行為によって一本化された海軍は、現在行われている戦争に介入する場合に太平洋宣言等の外交状況の変化から欧州戦、つまり対独戦しかありえないと判断。
ならば、必要なのは駆逐艦や輸送船や護衛空母なのでこれらの増産(空母不足分は商船改造空母で乗り切るつもりだった)で足りると考え、改造で一から作るより手間がかからない航空戦艦も使う事を決定。
また、売り払った旧式艦の代わりにうかした戦艦副砲軽巡主砲を集めて廉価量産型軽巡を整備(第一遊撃部隊に配属して機動副砲とする−水無瀬のようなものの小形な奴を作ると言うこと)する事も同時に決定。
こうなると、三番艦と四番艦を急いで作る必要も無い。
この二隻を次の戦争の主力空母とする事を考えたのだった。
この彼女達の仮想敵は現在予算が計上されているタイコンデロガ級の次の船、後にミッドウェー級と呼ばれるようになる空母。
順調に空母改造工事が進む四番艦に対して、親独派と戦艦派の粛清の為に揉めに揉めた三番艦は二ヶ月もの間ドックから出されて放置されるという有様。
四番艦の空母改造ノウハウが逆に三番艦に伝わるという皮肉な事態になる。
更にややこしかったのが、この二隻の空母のコンセプト。
大量生産できるようなものではないし、数を作るのならば戦艦改造というげてものよりも最初から空母を作った方が使いやすいのである。
そんな次世代の空母はフィリピン・千島沖という二度の戦場を潜り抜ける必要があるから重装甲の大鳳とその拡大版を作る事で決まっていた。
この二隻も方向性は同じものになる予定なのだが、足の遅さから先にあげた航空戦艦達と絡めて使う事が提案される。
彼女達に随伴して飛ばした航空機を回収・再出撃させれば攻撃力は更に上がる。
そこまで考えた末に、やっとこの二隻の使い道が考え出されたのである。
現状の帝国海軍において最大の排水量を誇るこの空母はその巨体に見合う搭載力と航空戦艦達から飛び立つ航空機の移動基地を目的とすると。
この二隻は新たなる海軍の象徴たる事を求められ、信濃・常陸と国の名前を与えられた。
だが、常陸と違い信濃は船体が既に戦艦として完成していた事もあり、大量搭載を考えると船体内部にも手を入れないといけない。
船体内部に手を入れるのならば、常陸と随伴できるように機関も弄りたい。
幸いにも急ぐ必要も無いと悪乗りした事もあり、実験艦的な改造も含め、工事は一から作る方が安く上がったと言われる羽目になる。
- 信濃
搭載機数75機
速度27kt
戦後、常陸準拠に改装予定
- 常陸
搭載機数114機
艦首尾延長は無し
機関出力の増大等も無し
速度27.5kt
他は信濃準拠
この2空母に艦攻、艦戦を搭載。
さらに防空任務に当たる軽空母2隻を配備して(偵察機と艦上戦闘機のみとする)第1遊撃部隊を編成する。という計画ができあがる。
一回限定の全力攻撃だが、この遊撃部隊に配備されている航空機約400機は無視できる数ではなく、運良く生き残り敵艦隊に突入できれば今度は彼女達の主砲が戦果を拡大させる。
かくしてこの計画の完成の暁には第1遊撃部隊は、もの凄く上質な囮となるはずだった。
けど、この信濃・常陸の二隻が完成した昭和22年までに、悲しい事に合衆国海軍はエセックス・タイコンデロガ級32隻以上、ミッドウェー級6隻以上が完成済み。
更に改ミッドウェー級が竣工間際(6隻建造までの情報は入っていた)で、護衛空母は100隻以上を完成させていた。
それは、何をやっても合衆国艦隊に勝てないという張子の虎でしかない事を海軍自体に思い知らせる自虐的一撃となったのである。
だからこそ、時代のあだ花である航空戦艦と第1遊撃部隊構想は計画初期時からその他もろもろの事情もありついにその全ての姿を晒す事無く姿を消し、この信濃と常陸だけが国の誇りとして徹底的に持ち上げられた。
後に冷戦に世界が移行し、核とICBMが国の守りの主役となっても、彼女達は護国の盾として常に国民にその姿を晒し親しまれたという。
帝国の竜神様閑話16
2008年07月14日(月) 20:57:00 Modified by nadesikononakanohito