帝国の竜神様02
海軍霞ヶ浦基地は最大級の警戒下にあった。
陸戦隊が組織され、「誰も入れるな」という命令の元、陸戦隊員は銃口を基地の外に向けている。
何に警戒しているかといえば……基地フェンスの隣に基地に向けて銃口を向けている陸軍兵士に対してである。
双方の士官達が、「通せ」「通さぬ」の押し問答をしている間、双方の兵士達は相手に銃口を向けたまま、皇軍相撃つなんて事態がこない事を祈っていた。
「何だか外が騒がしいの…もぐもぐ……」
窓の外でその騒動を眺めながらおにぎりを食らう女が一人。
「お前のせいだろ」
その隣でおにぎりに手をつけずに頭を抱える俺がいた。
あれから、問答無用で宿舎に閉じ込められたのはいいのだが、こいつが懐いたらしく俺から離れようとしない。
飛んできた基地参謀との間にこんな一悶着までやらかす始末。
竜が裸の女になったのを見て、侮ったのか参謀が撫子の手を掴もうとした。
「わらわに触れるなっ!!」
凄みのある声で参謀に一括する。
その凄みのある声に激昂した参謀が持っていた銃の引き金に手をかけて、
「貴様、抵抗っ……!!!」
声が途中で途切れたのは、撫子のしなやかな足が参謀の鳩尾に綺麗に決まったからである。
裸のまま、その妖艶な肢体を晒したまま鳩尾をけり落とすなんて誰も想像しなかった上、口から泡を吹いて倒れこんだ参謀の音が無駄に大きく聞こえた。
「わらわに命令するでないっ!!
見よ」
撫子の手には参謀が持っていた銃が自分の胸に向けられていた。
「撫子やめ……」
俺の言葉の前に甲高い銃声が滑走路に響いた。
「撫子っ!!」
撫子の肢体には傷一つついておらず、体から数センチ離れたあたりに怪しげな幾何学模様が浮かび、銃から発射された銃弾を捕まえていた。
「見るが良い。
お主等の武器などわらわには通じぬわ。
わらわに命令するでない!
わらわに命令できるのは、博之だけぞ!!」
ぜんぜん裸を隠そうともせずに堂々と宣言してみせたこの現在人間形の竜の宣言に周りがあっけにとられる中、俺は現実逃避にまったく別の事を考えていた。
(あの参謀、階級をかさにきて好き勝手していたからいい気味だ)
と。
そんなわけで、こうして謹慎同然で隊舎にこもっているわけなのだが、とりあえずカーテンで体を隠してもらい兵士が近所に女物の服を探しに行ってもらっている。
問題は、無駄にいいプロポーションの為、なかなかこいつにあう服が見つからないというあたりであり……
「うるさいぞ。
博之の理想に合わせて体を作ったのに何故文句を言う」
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ!」
頭が痛くなる。
これが、俺個人だけならまだ済むのだが、世界にとってもこいつらは大きな災厄であったらしい。
東京発で「竜帝都侵入!!帝国軍機の迎撃により撃墜!!」という発表が大本営からなされたとほぼ同時刻、こいつらで一番貧乏くじを引いた国がこいつらの存在が現実かつ恐るべきものである事を伝えていた。
「ドラゴンにより、ハワイおよび太平洋艦隊に甚大な被害が出る」と。
これが、外の騒動最大の理由だったりする。
ハワイと太平洋艦隊に打撃を与える事ができるだけの力を持つ竜が今、何を血迷ったか霞ヶ浦におとなしくおにぎりなんか食っている。
中の悪さときたら離婚寸前の夫婦の方がまだ仲良く見えると言われる陸海軍の仲ゆえ、陸軍は参謀本部出の参謀様まで出向いて撫子の身柄を押さえようとし、海軍は海軍でなんで陸軍なんぞに機密を教えるかと表向きは丁寧に、裏を返せば舌を出して拒否してみせる始末。
で、双方とも大事な事を忘れている。
このおにぎりを喜んで食っているカーテン巻きの自称竜ははなから、こちらの意見や命令なんぞまったく聞く気がないという事を。
「……もぐもぐ…失礼な。
博之の命令なら聞くぞ…もぐもぐ」
「食いながらしゃべるな。
勝手に人の心を読むなと言っているだろう。
で、どうして俺だけなんだ?」
たしかおにぎりには梅干も入っていたはずだが、こいつの怪しげな舌は梅干をものともしなかったのだろう。
「うっ!!
なんだ!?このすっぱい物は!!」
ご飯粒を撒き散らしながら物を喋るな。
まぁ、梅干との初体験は人とさしてかわらんというのは今までの非常識ぶりに比べて何故か安堵感が出るのはどうしてだろうか?
「まぁ、いい。
それ食ったら、とっとと人里離れた所にでも行っちまえ。
お前の存在が、この国の政治的混乱に拍車をかけちまう」
「そもそも、勝手にお主達が現れたのであろうが。
わらわは、最初から地上の人間なんぞに興味が無いぞ」
軽くため息をつく。
段々こいつの思考ルーチンが読めてきたような気がした。
「お前に興味があろうが無かろうが、その巨体で帝都をふらふら飛ばれると迷惑なんだよ。
というか、何処から来た?お前?」
たくあんの噛み心地が気に入ったらしい。
「多分、博之が知らぬ世界だ。
しかしなんというか、うまいな。これは」
「そのお茶を飲みながら噛んでみろ。
口の中にじわりと広がってゆくのを楽しむのが通の食い方だ」
言われるままに湯飲みを口にしてお茶とたくあんの味の競演に至福の笑みを浮かべたままバンバンとちゃぶ台を叩きやがる。
ばきっ!
あ、抜けた。
こいつの馬鹿力に呆れながら、今のうちに本題を話しておく事にしよう。
「いいか、撫子よく聞け」
「なんじゃ?」
真面目な顔をした俺に驚いたのか、湯飲みを手の形に抜けたちゃぶ台に置いて俺の顔を見つめる。
「この国は今、大陸で戦争をしている。
下手すると、近く海の向こうの国とも戦争をする事になる」
「戦争…いくさの事か?」
「そういう事だ。
大勢の人間が死ぬ。
それは人間の自業自得だからこの際置いておく。
問題はお前だ。撫子」
「わらわが何じゃ?」
きょとんとする撫子。たしかにこいつにはわからんだろうな。
「お前の力が強大すぎるという事だ。
お前の同胞がハワイを焼いた」
「ハワイとは…なんじゃ?」
「まぁ、お前には人のつけた地名なんぞ興味がないのだろうな。
とにかくだ、お前の同胞が人間に大打撃を与えたという事だ」
「当たり前であろう。
我らが簡単に人に敗れる訳がないであろう」
ちょっと偉そうな顔になりやがったので、
「さっきの東京湾……」
「ええい、言うでないっ!!」
なんとなく鼻を折っておいて話を進める。
「今、この世界は何処もかしこも戦争真っ只中だ。
そんな時にお前らがこの世界にやってきた。
帝国を含めて誰もがお前達を、お前達が持つ力を求めて色々接触してくるだろう。
人間の愚考になんぞお前らが付き合う必要はない」
特に、仮初とはいえ姉の顔を持った女が血まみれで人を殺す所なんぞ見たくも無いという本音は、覗かれているとは分かっていても言わなかった。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
俺は、自分の湯のみを口にしてあいつの出方を待つ。ぬるい。
「変わった男じゃな。そなた」
沈黙の後に撫子からでた第一声がそれだった。
「変わったとはどういう意味だ?」
「わらわ達もお主らより遥かに長い年月を生きてきた。
その中で、わらわ達も人に使役された時がある。
例外なく、皆わらわ達を破壊と殺戮に駆り立てていったぞ」
「そいつらは皆馬鹿だったのさ」
俺は吐き捨てるように言ってのけた。
絶対的な力という物でも、数には勝てない。
それを思い知っているからこそ、この帝国は精神力なんぞという怪しげなものの力に頼ろうと、いや縋ろうとして狂ってしまった。
「博之。
お主、わらわの力を見たであろう?
何故そこまでわらわの力を否定するのだ?」
怒ったような顔で、撫子が俺を睨みつけた。
まぁ、どう考えても勝っている己の力を否定されればいい気分はしないか。
「撫子こそ聞くぞ。
お前、人間舐めてないか?」
「うむ。
一人ではどうすることもできぬ弱者ではないか」
「お前、さっき『人に使役された』と言ったな?」
「それは、知らぬであろうが、奴らが魔法で……」
撫子の話を遮って、俺は追い討ちをかけた。
「勝てたんだよな。人は?」
「!!!」
息を飲む撫子。知らず知らずのうちに撫子を睨みつけていたらしい。
「それが、この世界の俺達でもできないと何故いえるんだ?」
「……すまぬ」
謝罪の言葉を口にして、申し訳なさそうに湯飲みに口をつけようとする。
「待て、茶が入ってないだろう」
「……すまぬ」
「そういう時は『ありがとう』と言うんだ。この国では」
「……あ、ありがとう」
湯飲みに満たされた茶を眺めながら、申し訳なさそうに茶を飲む撫子。
考えてみたら、ぶちきれて竜に戻って大暴れというパターンがあった事にいまさら気づいて己の無謀さに戦慄する。
自分の湯飲みに入れた茶には茶柱が立っていた。
ありがとう。幸運。
「失礼なっ!!
わらわを化け物かなにかと勘違いしておらぬか!」
いや、立派な化け物だし。
「まぁ、俺が言いたい事は言ったから、とっとと茶飲んで人のいない場所に行ってしまえ」
きょとんとする人間もどき。
「何故じゃ?」
今の話を聞いていなかったのかと小一時間問い詰めたいのをぐっと我慢して、できるだけ笑顔を作って底がつきかけている寛容さを総動員してこの馬鹿竜に言い聞かせようとする。
「だから、人間様を舐めるなと。
そんだけ力があれば、人間に言いように操られ……」
言いかけた俺の言葉を今度は撫子が手で制した。
「だから、わらわは博之の言葉しか聴かぬというたでは無いか。
分かっておらぬな」
俺の中で、少々時間が止まった。
ゆっくりとお茶を飲んで呼吸を整えようとする。
少し大きな音を立てて湯飲みをテーブルに置いた際に立った茶柱が倒れてしまう。
さらば。幸運。
「今、なんていった?」
「わかっておらぬなと言ったが?」
「いや、その前」
「ああ、『わらわは博之の言葉しか聴かぬ』と言ったのだが?」
ちょっと待て。
「何で俺の言葉を聴くんだ?」
心底呆れた顔をしたまま撫子はわざとらしくため息なんぞつきやがる。
「本当に言っているのか?」
欧米人がよくやると聞いた肩をすくめた撫子の姿がまた様になるというか、憎たらしいというか。
「我らは生物の論理で生きておるからの。
弱者は強者に従う。
博之はわらわに勝ったからの。
博之の言葉に従うと言っておるのだ」
ジト目で睨み見つける撫子。
「まさかお主、勝っておきながら強者としての責任を放棄して、わらわを守らぬと言うのではないだろうな?」
まてまてまて。
何だ、その『できちゃったから、責任取れ』論は?
「なんだ、博之、子供が欲しいのか?
お主が望むなら、卵を産んでやってもいいぞ」
「だから、人の思考を読むんじゃないっ!
って、た、卵!?」
あっけにとられる俺に、撫子の方がぽんと手を打った。
「そうか。人は卵で生まれるのでは無かったのか。
まぁいい。わらわもこの下は裸だし、ここには寝床もあるからやるならさっさと……」
「勝手に話を進めるんじゃないっ!!!」
怒鳴った先に控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「今、出る」
ドアを乱暴に開けるとさっきのやり取りを聞いていたのだろう、伝令兵が顔を赤めたまま伝令を伝えた。
「さ、真田大尉、司令がお呼びです」
「今行く」
「わらわも行く」
歩き出した俺よりも先に堂々と歩いてゆくこいつにだんだん諦めにも似た何かが俺の心をよぎった。
「おい、博之。
で、何処に行けばいいのだ?」
よぎっただけだったらしい。
己の運命を呪いながら、目の前のカーテン巻きに怒鳴りつけた。
「内部も知らんくせに堂々と前を歩くんじゃねぇ!!
この馬鹿竜が!!!」
帝国の竜神様 エピソード02
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陸戦隊が組織され、「誰も入れるな」という命令の元、陸戦隊員は銃口を基地の外に向けている。
何に警戒しているかといえば……基地フェンスの隣に基地に向けて銃口を向けている陸軍兵士に対してである。
双方の士官達が、「通せ」「通さぬ」の押し問答をしている間、双方の兵士達は相手に銃口を向けたまま、皇軍相撃つなんて事態がこない事を祈っていた。
「何だか外が騒がしいの…もぐもぐ……」
窓の外でその騒動を眺めながらおにぎりを食らう女が一人。
「お前のせいだろ」
その隣でおにぎりに手をつけずに頭を抱える俺がいた。
あれから、問答無用で宿舎に閉じ込められたのはいいのだが、こいつが懐いたらしく俺から離れようとしない。
飛んできた基地参謀との間にこんな一悶着までやらかす始末。
竜が裸の女になったのを見て、侮ったのか参謀が撫子の手を掴もうとした。
「わらわに触れるなっ!!」
凄みのある声で参謀に一括する。
その凄みのある声に激昂した参謀が持っていた銃の引き金に手をかけて、
「貴様、抵抗っ……!!!」
声が途中で途切れたのは、撫子のしなやかな足が参謀の鳩尾に綺麗に決まったからである。
裸のまま、その妖艶な肢体を晒したまま鳩尾をけり落とすなんて誰も想像しなかった上、口から泡を吹いて倒れこんだ参謀の音が無駄に大きく聞こえた。
「わらわに命令するでないっ!!
見よ」
撫子の手には参謀が持っていた銃が自分の胸に向けられていた。
「撫子やめ……」
俺の言葉の前に甲高い銃声が滑走路に響いた。
「撫子っ!!」
撫子の肢体には傷一つついておらず、体から数センチ離れたあたりに怪しげな幾何学模様が浮かび、銃から発射された銃弾を捕まえていた。
「見るが良い。
お主等の武器などわらわには通じぬわ。
わらわに命令するでない!
わらわに命令できるのは、博之だけぞ!!」
ぜんぜん裸を隠そうともせずに堂々と宣言してみせたこの現在人間形の竜の宣言に周りがあっけにとられる中、俺は現実逃避にまったく別の事を考えていた。
(あの参謀、階級をかさにきて好き勝手していたからいい気味だ)
と。
そんなわけで、こうして謹慎同然で隊舎にこもっているわけなのだが、とりあえずカーテンで体を隠してもらい兵士が近所に女物の服を探しに行ってもらっている。
問題は、無駄にいいプロポーションの為、なかなかこいつにあう服が見つからないというあたりであり……
「うるさいぞ。
博之の理想に合わせて体を作ったのに何故文句を言う」
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ!」
頭が痛くなる。
これが、俺個人だけならまだ済むのだが、世界にとってもこいつらは大きな災厄であったらしい。
東京発で「竜帝都侵入!!帝国軍機の迎撃により撃墜!!」という発表が大本営からなされたとほぼ同時刻、こいつらで一番貧乏くじを引いた国がこいつらの存在が現実かつ恐るべきものである事を伝えていた。
「ドラゴンにより、ハワイおよび太平洋艦隊に甚大な被害が出る」と。
これが、外の騒動最大の理由だったりする。
ハワイと太平洋艦隊に打撃を与える事ができるだけの力を持つ竜が今、何を血迷ったか霞ヶ浦におとなしくおにぎりなんか食っている。
中の悪さときたら離婚寸前の夫婦の方がまだ仲良く見えると言われる陸海軍の仲ゆえ、陸軍は参謀本部出の参謀様まで出向いて撫子の身柄を押さえようとし、海軍は海軍でなんで陸軍なんぞに機密を教えるかと表向きは丁寧に、裏を返せば舌を出して拒否してみせる始末。
で、双方とも大事な事を忘れている。
このおにぎりを喜んで食っているカーテン巻きの自称竜ははなから、こちらの意見や命令なんぞまったく聞く気がないという事を。
「……もぐもぐ…失礼な。
博之の命令なら聞くぞ…もぐもぐ」
「食いながらしゃべるな。
勝手に人の心を読むなと言っているだろう。
で、どうして俺だけなんだ?」
たしかおにぎりには梅干も入っていたはずだが、こいつの怪しげな舌は梅干をものともしなかったのだろう。
「うっ!!
なんだ!?このすっぱい物は!!」
ご飯粒を撒き散らしながら物を喋るな。
まぁ、梅干との初体験は人とさしてかわらんというのは今までの非常識ぶりに比べて何故か安堵感が出るのはどうしてだろうか?
「まぁ、いい。
それ食ったら、とっとと人里離れた所にでも行っちまえ。
お前の存在が、この国の政治的混乱に拍車をかけちまう」
「そもそも、勝手にお主達が現れたのであろうが。
わらわは、最初から地上の人間なんぞに興味が無いぞ」
軽くため息をつく。
段々こいつの思考ルーチンが読めてきたような気がした。
「お前に興味があろうが無かろうが、その巨体で帝都をふらふら飛ばれると迷惑なんだよ。
というか、何処から来た?お前?」
たくあんの噛み心地が気に入ったらしい。
「多分、博之が知らぬ世界だ。
しかしなんというか、うまいな。これは」
「そのお茶を飲みながら噛んでみろ。
口の中にじわりと広がってゆくのを楽しむのが通の食い方だ」
言われるままに湯飲みを口にしてお茶とたくあんの味の競演に至福の笑みを浮かべたままバンバンとちゃぶ台を叩きやがる。
ばきっ!
あ、抜けた。
こいつの馬鹿力に呆れながら、今のうちに本題を話しておく事にしよう。
「いいか、撫子よく聞け」
「なんじゃ?」
真面目な顔をした俺に驚いたのか、湯飲みを手の形に抜けたちゃぶ台に置いて俺の顔を見つめる。
「この国は今、大陸で戦争をしている。
下手すると、近く海の向こうの国とも戦争をする事になる」
「戦争…いくさの事か?」
「そういう事だ。
大勢の人間が死ぬ。
それは人間の自業自得だからこの際置いておく。
問題はお前だ。撫子」
「わらわが何じゃ?」
きょとんとする撫子。たしかにこいつにはわからんだろうな。
「お前の力が強大すぎるという事だ。
お前の同胞がハワイを焼いた」
「ハワイとは…なんじゃ?」
「まぁ、お前には人のつけた地名なんぞ興味がないのだろうな。
とにかくだ、お前の同胞が人間に大打撃を与えたという事だ」
「当たり前であろう。
我らが簡単に人に敗れる訳がないであろう」
ちょっと偉そうな顔になりやがったので、
「さっきの東京湾……」
「ええい、言うでないっ!!」
なんとなく鼻を折っておいて話を進める。
「今、この世界は何処もかしこも戦争真っ只中だ。
そんな時にお前らがこの世界にやってきた。
帝国を含めて誰もがお前達を、お前達が持つ力を求めて色々接触してくるだろう。
人間の愚考になんぞお前らが付き合う必要はない」
特に、仮初とはいえ姉の顔を持った女が血まみれで人を殺す所なんぞ見たくも無いという本音は、覗かれているとは分かっていても言わなかった。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
俺は、自分の湯のみを口にしてあいつの出方を待つ。ぬるい。
「変わった男じゃな。そなた」
沈黙の後に撫子からでた第一声がそれだった。
「変わったとはどういう意味だ?」
「わらわ達もお主らより遥かに長い年月を生きてきた。
その中で、わらわ達も人に使役された時がある。
例外なく、皆わらわ達を破壊と殺戮に駆り立てていったぞ」
「そいつらは皆馬鹿だったのさ」
俺は吐き捨てるように言ってのけた。
絶対的な力という物でも、数には勝てない。
それを思い知っているからこそ、この帝国は精神力なんぞという怪しげなものの力に頼ろうと、いや縋ろうとして狂ってしまった。
「博之。
お主、わらわの力を見たであろう?
何故そこまでわらわの力を否定するのだ?」
怒ったような顔で、撫子が俺を睨みつけた。
まぁ、どう考えても勝っている己の力を否定されればいい気分はしないか。
「撫子こそ聞くぞ。
お前、人間舐めてないか?」
「うむ。
一人ではどうすることもできぬ弱者ではないか」
「お前、さっき『人に使役された』と言ったな?」
「それは、知らぬであろうが、奴らが魔法で……」
撫子の話を遮って、俺は追い討ちをかけた。
「勝てたんだよな。人は?」
「!!!」
息を飲む撫子。知らず知らずのうちに撫子を睨みつけていたらしい。
「それが、この世界の俺達でもできないと何故いえるんだ?」
「……すまぬ」
謝罪の言葉を口にして、申し訳なさそうに湯飲みに口をつけようとする。
「待て、茶が入ってないだろう」
「……すまぬ」
「そういう時は『ありがとう』と言うんだ。この国では」
「……あ、ありがとう」
湯飲みに満たされた茶を眺めながら、申し訳なさそうに茶を飲む撫子。
考えてみたら、ぶちきれて竜に戻って大暴れというパターンがあった事にいまさら気づいて己の無謀さに戦慄する。
自分の湯飲みに入れた茶には茶柱が立っていた。
ありがとう。幸運。
「失礼なっ!!
わらわを化け物かなにかと勘違いしておらぬか!」
いや、立派な化け物だし。
「まぁ、俺が言いたい事は言ったから、とっとと茶飲んで人のいない場所に行ってしまえ」
きょとんとする人間もどき。
「何故じゃ?」
今の話を聞いていなかったのかと小一時間問い詰めたいのをぐっと我慢して、できるだけ笑顔を作って底がつきかけている寛容さを総動員してこの馬鹿竜に言い聞かせようとする。
「だから、人間様を舐めるなと。
そんだけ力があれば、人間に言いように操られ……」
言いかけた俺の言葉を今度は撫子が手で制した。
「だから、わらわは博之の言葉しか聴かぬというたでは無いか。
分かっておらぬな」
俺の中で、少々時間が止まった。
ゆっくりとお茶を飲んで呼吸を整えようとする。
少し大きな音を立てて湯飲みをテーブルに置いた際に立った茶柱が倒れてしまう。
さらば。幸運。
「今、なんていった?」
「わかっておらぬなと言ったが?」
「いや、その前」
「ああ、『わらわは博之の言葉しか聴かぬ』と言ったのだが?」
ちょっと待て。
「何で俺の言葉を聴くんだ?」
心底呆れた顔をしたまま撫子はわざとらしくため息なんぞつきやがる。
「本当に言っているのか?」
欧米人がよくやると聞いた肩をすくめた撫子の姿がまた様になるというか、憎たらしいというか。
「我らは生物の論理で生きておるからの。
弱者は強者に従う。
博之はわらわに勝ったからの。
博之の言葉に従うと言っておるのだ」
ジト目で睨み見つける撫子。
「まさかお主、勝っておきながら強者としての責任を放棄して、わらわを守らぬと言うのではないだろうな?」
まてまてまて。
何だ、その『できちゃったから、責任取れ』論は?
「なんだ、博之、子供が欲しいのか?
お主が望むなら、卵を産んでやってもいいぞ」
「だから、人の思考を読むんじゃないっ!
って、た、卵!?」
あっけにとられる俺に、撫子の方がぽんと手を打った。
「そうか。人は卵で生まれるのでは無かったのか。
まぁいい。わらわもこの下は裸だし、ここには寝床もあるからやるならさっさと……」
「勝手に話を進めるんじゃないっ!!!」
怒鳴った先に控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「今、出る」
ドアを乱暴に開けるとさっきのやり取りを聞いていたのだろう、伝令兵が顔を赤めたまま伝令を伝えた。
「さ、真田大尉、司令がお呼びです」
「今行く」
「わらわも行く」
歩き出した俺よりも先に堂々と歩いてゆくこいつにだんだん諦めにも似た何かが俺の心をよぎった。
「おい、博之。
で、何処に行けばいいのだ?」
よぎっただけだったらしい。
己の運命を呪いながら、目の前のカーテン巻きに怒鳴りつけた。
「内部も知らんくせに堂々と前を歩くんじゃねぇ!!
この馬鹿竜が!!!」
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2008年10月16日(木) 07:55:42 Modified by nadesikononakanohito