帝国の竜神様06

「博之!凄いな!!
 こんなに鉄の車が煙を出して走っているなんてっ!!」
 撫子のテンションは最初から高かった。
 ふと、欧米列強の植民地支配の話を思い出した。
 武力で征服された彼らが何よりも恐れたのは、鉄でできて煙を吐き、大漁に兵士を吐き出す車--鉄道--だったと。
 こいつができたおかげで、世界は確実に小さくなったんだよなぁ。
 なんぞと考えていると、一等車内ではしゃぎまくっている美女(連れに礼服を着た海軍士官つき)に誰も(車掌ですら)声をかけてこない。
「お前が空から横切ろうとした街だ。
 帝都東京だよ」
 窓越しに見える東京の車窓に撫子は見とれつつ、汽車はゆっくりと帝都の中枢に入っていこうとしていた。
 この撫子と付き合って、時間にしてまだ一日経っていないはずなのだが、大体自信満々で何でもどんと来いという感じだと思っていた。
「ほぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 とても愉快な声をあけで固まる撫子は意外というべきか。
 そして、そんな田舎娘でも見るかのように生暖かく行き来する東京市民。
 いや、東京駅で固まるとは思っていなかった。
 山本長官は米国に行って物量の凄さに唖然としたらしいが、今、撫子はそんな感じなんだろうな。
 何処にいるんだと言わんばかりに汽車がやって来ては出て行き、そこから大漁に人を吐き出したと思ったら今度は人を積み込んで出てゆく。
「おい!博之!!
 馬も無いのに馬車が走っているぞ!!!」
「だから、自動車というのさ。
 乗ってみるか?」
「うんっ!!!!」
 もはや、田舎のおのぼりさんとまったく変わらんな。こりゃ。
 円タクを捕まえて、俺は行き場所を告げた。
「海軍省まで」

 何で、俺と撫子が帝都の赤レンガに出向く事になったかといえば撫子の龍脈契約に関する事が理由だったりする。
 龍脈契約後、撫子はほぼ無尽蔵の魔力を得る事ができる。
 その魔力を使い、撫子自身の眷属をこの世界に召還したいらしいのだ。
 そこで、問題が出る。
「で、いくらお前さんの眷属とやらを呼ぶつもりだ?」
「多くて10万といったとこじゃな」
 そのあっさりとした一言に俺は絶句し、流石に俺一人では解決できぬと連合艦隊長官に連絡、幸いにもまだ呉に帰っていなかったので急遽赤レンガで落ち合って事後策を協議するという理由だったりする。
「しかし10万か……」
 山本連合艦隊長官も顔は笑っているが本心頭を抱えたいだろう。
「食い物は?雇用は?今の帝国にそんな余裕はないぞ?」
 撫子がらみでまた引きずり出された、堀悌吉社長はしっかりと頭を抱えている。
 というか、海軍省で顔をつき合わせて頭を抱える海軍のVIPというのも珍しいらしく、ちらちらと職員が覗き見ているが気にしない事にした。
「やはり政治だろうな」
「だろうな」
 どうせそのつもりで海軍省に来たんだろうと心の中で突っ込む。
 海軍大臣、軍令部総長経由で撫子の事を上奏して裁可を得ないと流石にどうにもならない。
「まぁ、眷属の召還には条件があるのじゃ」
「条件?」
 尋ねた俺に、撫子はその眷属の事を俺を含めた三人に語りだした。
 その呼び寄せる眷族の名前を長耳族と言うらしい。
 長耳族内部にも種族があり、黒長耳族と白長耳族があり、撫子の世界では黒長耳族が迫害されているらしい。
「黒長耳族、わらわの世界では『ダークエルフ』と言うのだが、彼女等は長耳族『エルフ』と違い、契約樹を持たぬゆえ迫害されておる」
 撫子の話を要約すると次のようになる。
 契約樹という樹と一族ごと契約しその樹より魔力を得る代わりにその樹を含む森林一帯を守護するのがエルフ。
 契約樹を持たぬ、あるいは失って魔力が己の固体のみだけで迫害されているのがダークエルフ。
 で、撫子は黒長耳族を呼びたいらしいのだ。
「この国からは豊かな緑が豊富にあるように感じた。
 その森林に黒長耳族を住まわせて、彼らの迫害を取り除いてやりたいのじゃ」
「とはいえ、10万はなぁ……」
「役には立つぞ。
 大地の眷属ゆえ、森が豊かになる。
 契約樹を作りエルフとなった日には、魔力も増え豊饒の大地になろうぞ」
「500人という所だな。
 独断で事をするのならば」
 経営人らしく堀社長が受け入れ限界数を言った。
 とりあえず、独断で呼び寄せてどうとでも処理できる数に、撫子も異議は唱えなかった。
「まぁ、よかろう。
 その後は彼女等の働きを見て決めるがよい」
「場所は?できれば龍脈契約の近くがいいのじゃが」
「おーい、誰か富士山周辺の地図を持ってきてくれ」
 富士山周辺の地図を見ながら、
「撫子。ふと気になったのだか」
「何じゃ?」
「『彼女等』ってどういう事だ?」
 ぽんと手を叩いた撫子。
「大事な事を言い忘れておった。
 長耳族には男はおらんのじゃ」
「へ?」
 目が点になる俺と長官と社長。
「全員女性での。
 また、年を取らんからみな美人だぞ。
 わらわのいた世界では、『娼婦=ダークエルフ』とまで言われておる」
「……」
 つまり撫子はこう言っているのか。
「娼婦ができるほどの美人女種族10万人を日本に住まわせてくれ」と。
 納得した。何で撫子が、「働きを見て決めろ」と言ったのかが。
 自信があるのだ。エルフ達の娼技に。
 そして、世の中の半分は男だという事に。
 疑問がわいた。
 そんな種族がなんで迫害されているんだ?
 その疑問を撫子が答える事無く、長官と社長と俺は富士周辺の地図とにらめっこをしている。
「富士演習場はどうだ?」
「あそこは陸軍だぞ?」
「朝方来た辻少佐とやらを頼ればよかろう」
 撫子の言葉にぴくりと固まる長官と社長。
「着たのか?やつが?」
 長官に撫子は平然と答えた。
「『大陸切り取り放題で博之共々陸軍に移籍』なかなか大言壮語を吐くやつじゃ。
 安心せい。
 博之の昇進とこの着物の分ぐらいの恩義は海軍にはある」
 こういう所で、こういう事を平然と言える撫子というのはやはり凄いというか、世間を知らないというか。
「つまり、眷属移住で陸軍にいい目を見せられたら寝返ると?」
「それが分かってなお、ほおって置くほど御主達も馬鹿ではないであろう?」
「いやいや、お厳しいお言葉で」
 どうも12月というのはストーブをつけても体が震えるほど寒い季節だったらしい。
「辻が来て、連合艦隊が撫子を取り込んでいるのがばれているのなら、あの首相の耳にも届くな」
「もう届いているであろうよ」
 撫子の続く言葉に唖然とする三人。
「『汽車』と言ったかな、アレに乗ってわらわがはしゃいでいる間、じっと殺気というか監視をしていた男が二人いたぞ」
 あれだけのはしゃぎっぷりの中、俺すら気づいていない監視者の存在に気づいていやがったのか。こいつは。
 あ、なんか廊下が騒がしい。
「さて、どうする?」
「どうするも何も、同期のよしみだ。
 教えて差し上げればいいでろう?」
 山本長官と堀社長が話し終わる前にドアばバンと開くのと怒声が同時に飛び込んできた。
「貴様ら、人の足元で何ごちゃごちゃやってやがるっ!!!」
 海軍大臣嶋田繁太郎のしかめ面に笑みを向けたまま撫子はいけしゃあしゃあとこう言ってのけた。
「遅かったではないか。
 はようわらわを東条首相の所に案内してたもれ」

 首相官邸で夜遅くに設定された会見は、
 首相兼陸相、連合艦隊長官、海相、参謀総長、軍令部総長、外相、枢密院議長まで来るという御前会議並みの物々しさだった。
 俺はその場に出る事などできず、堀社長と共に別室にて待機という事でこうして静かに会見が終わるのを待っている。
「心配はいらんよ。
 彼女が国家の権威なんぞ物ともしないのは分かっているだろう」
 堀社長が達観したように話しかけてきた。
「いえ。どちらかといえば、撫子の傍若無人ぶりに首相あたりが切れる事を心配しております」
 あいつならやりかねん。
 出会って一日しか経っていないのだが、俺には確信できた。
「しかし、昨日と今日で御前会議も大きく変わったものだ」
 堀社長の口調は明らかに面白がっていた。
「明日が見えぬ大陸の戦争に更なる修羅道の対英米戦。
 それがどうだ。
 彼女達が出てきたおかげで帝国は、我に返る時間ができそうだ」
「撫子を使っての対英米戦の存在を堀社長は考えておられないのですか?」
「いるさ。
 陸軍の馬鹿どもはハワイを焼いたドラゴンの威力に酔っているからな。
 だが、それが奴らにとって決定的間違いである事に気づかないのさ。
 それは彼女の力であって、我々の力ではないと」
 辻少佐を思い出した。
 あいつがこの場にいなくて助かったと心から思っていた。
「何はともあれ、大陸を片付けないと対米交渉は難しいだろう」
 見透かすように堀社長は言葉を吐き出した。
「石油が無い。鉄も無い、売る物も買う資源もない。
 こんな状況で戦争をするのが間違っているんだ。
 それに気づかない、いや、気づいても止められないのがこの帝国の病んでいる所なのだがね」
「堀社長。
 帝国は、この戦争から足抜けできるのでしょうか?」
 社長は意外そうな顔で俺を見て、わざとらしくため息をついた。
「何を言っているんだね、君は。
 足抜けさせるのだろう?彼女を使って」
 と、いう事は……
「ああ、君は今世界唯一の竜使い、欧米風に言えばドラゴンライダーの地位についている訳だ。
 足抜けさせなさい。この国を」
 たまらずに俺は笑い出した。
「いつから俺は帝国の守護者になったというのですか?」
「昨日からに決まっているじゃないか。
 英雄として、醜の御盾としてその義務を尽くしたまえ」
 堀社長も笑い出した。
「何楽しそうに笑っているんだ?博之?
 こっちはえらい喧々諤々だったというのに?」
 きょとんとしている撫子と、
「男の話だろうよ」
 と、何故か全部分かったような顔で山本長官が入ってきた。


 この日深夜、帝国と撫子との間に協定が成立した。


1.帝国は撫子(竜)の富士山における龍脈契約および眷属(黒長耳族)召還を容認する。
2.帝国は撫子の眷属居住地として富士演習場の一部を提供する。
3.撫子は富士演習場を許容しえない数の眷属を召還しない。
4.3.の改定は改めて帝国と撫子との間で協議する。
5.撫子および撫子の眷属は帝国居住者として帝国に協力する。
6.撫子の交渉および保護またそれにかかる諸経費と全責任、さらに撫子の協力は海軍が責任を持って行う。
(以下略)
 
 帝国の竜神様06

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2010年01月11日(月) 14:49:47 Modified by nadesikononakanohito




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