帝国の竜神様15

 富を見せ付けられた者の選択支は意外に少ない。
 羨望するか、所有を欲するかのどちらかである。
 海賊の首領などという身分にいる者が前者であるはずがなく、彼は愛国丸の富を自らの物にしたくて仕方がなかったが即座に奪うほど馬鹿でもない。
 彼がカッパドキア共和国海軍の下請け的立場に甘んじて勢力を拡大できただけの頭は持っているし、護衛つきの彼らを全力で襲うほど労の合わない事をするつもりもなかった。
「彼らをイッソスに入れるべきです」
 帰りのボートの中、首領の言葉に驚くキーツとコンラッド。
「貴方からそのような言葉が出るとは」
 愛国丸に対する欲望を悟られたキーツから受ける皮肉のこもった言葉も首領の面の皮すら貫けなかった。
「共和国に忠誠を誓う者として友好的な交易を求めてきた彼らを追い返すのは失礼でしょう」
 すらすらと言う表の言葉の裏にある真意をキーツはしっかりと読み取っていた。
「イッソスの湾内なら逃げられないという訳か」
「護衛四隻では何もできないかと。
 空中騎士団のお膝元でもありますから我ら『海の牙』の出番などあるはずがないと信じております」
 二人の会話に考え込むコンラッド。
 はなから彼ら大日本帝国と名乗る船団と争うつもりはない。
 だが、彼らの出現が西方世界全体に与える影響は注視する必要があった。
 ただでさえ、西方世界は100年前の中央世界からの軍事侵攻を跳ね返した後、30年間休戦を挟んで続くロムルス国家連合とカルタヘナ王国の二大大国が西方世界の覇権を決する戦争の真っ只中にいる。
 そんな状況下で優れた富と技術を持つ船がわが国に滞在するという事はこの二大強国から迫られるという事を意味し、何とか保っていたカッパドキアの中立を脅かされる危険があった。
 争うつもりはないが、厄介事を抱え込む必要もない。けれども二人に配慮してコンラッドは、
「議会が決めることだ」
 と、だけしか言わなかった。
 西方世界と呼ばれるこの地域は二つの大陸と一つの内海からなりたち、北大陸は南大陸の二倍近いの大きさがある。
 西方世界の国家群はこの内海-緑竜海-に沿って点在しており、北大陸の緑竜海の一番東側にカッパドキア共和国がある。
 イッソスが湾を持ちその奥にある港町である事もあり、この港町はカッパドキア共和国首都という名前の他に「西方世界の玄関」名前も持っている。
 ここから東に行く船は中央世界へ、
 北に行く船は未開地でエルフ達が住む大森林地帯へ、
 西に行く船はロムルスやカルタヘナの勢力圏に通じ、西方航路と呼ばれる大交易路を形成しており、
 南に行く船は南大陸にある砂漠の王国イシスや高山王国シバなどの物産を運んでくる西方世界有数の港町である。
 そのイッソスの港の中央にある大灯台とそれに付随する建物こそカッパドキア共和国議会とその行政施設群であり、その一室にコンラッドとキーツは召喚されていた。
「共和国国政議会十人委員会をここに開催する。
 コンラッド議員、交易に来たという船団の事を委員諸君に聞かせてもらいたい」
 国政議会は年一回しか開かれず、貴族や殖民都市から議員が赴く為どうしても突発事態に対応が鈍くなる。
 よって今回のような事態に対して、議会議長が自身を除く国政議員を十人集めて対処を行い国政議会で事後承認を求める十人委員会こそ、カッパドキア共和国の国政を左右する最高機関となっている。
「……以上の事から、この大日本帝国と呼ばれる船団の受け入れを進言します」 
 コンラッドが椅子に座ると同時にローブを着た老人が発言を求める。
「エルミタージュ議員」
「彼らが中央世界の人間でないという証拠は?」
「カッパドキア魔法協会会長のお言葉とは思えませんな。
 あなた方の方が中央世界の人類諸国家連合についてはお詳しいでしょう。
 その構成国の中に大日本帝国の名前はなかったのでしょう?」
「あの技術は我々西方世界の魔法技術ではできぬ。
 それと、竜がかの国に隷属している事実も見逃す事はできぬ」
 撫子の「世話になっている」発言は、過去を知る魔術師達にとって竜が隷属していると判断していた。
 そんな技術を持っている可能性があるのは、中央世界の空中宮殿にある魔術師学園本校にしかない。
 大日本帝国と名乗る彼らが中央世界の輩なら湾の中に入れるなんてできる訳がなく、中央世界外だとしたらしたらでロムルスやカルタヘナの西方二大大国だけでなく中央の人類諸国家連合まで出張ってきかねない。
 その危惧をエルミタージュは指摘し、コンラッドもそれゆえに十人委員会で判断してもらおうとしたのだ。
 国政議会議長ダミアンはイッソス有数の大貴族で、去年の国政議会で多数派工作の末、議長の椅子についた野心家だ。
 彼が今年の国政議会で議長の椅子を守る為の業績を欲していた事と、コンラッドがお土産として持ち帰った純白の塩と砂糖の小瓶がイッソスに新たな富をもたらすと判断した彼は厳かに採決を求めた。
「議長裁定として、彼ら大日本帝国の船団をイッソスに入港させ交易を許可したいと思う。
 賛成の議員は挙手を」
 手をあげなかったのはエルミタージュだけだった。
「では、この議長裁定は賛成とし、今年の国政議会に承認を求める事にする。
 それと、海軍と空中騎士団に動員をかけ、彼らの船団がイッソスの港にいる間不測の事態が起こらぬように取り計らってもらいたい。
 魔法協会はあいている魔術師全てに共和国議会と契約してこの船の監視と学園魔術師が近寄らないように取り計らってもらいたい。
 これでよろしいか?」
 異論はだれからも出なかった。


帝国の竜神様 15
2008年02月19日(火) 16:27:32 Modified by nadesikononakanohito




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