帝国の竜神様42

1942年5月11日 マリアナ沖 西方 第二〇駆逐隊 旗艦天霧

 米艦隊のごたごたで出発が遅れたが、俺達と西村少将は第二〇駆逐隊を率いる旗艦天霧に乗り込んで、南雲中将の率いる高雄と愛宕に駆逐艦四隻の先導の元白鯨の発見海域に向けて航行していた。
 なんで愛国丸に乗っていないのかというと、愛国丸だと貨客船ゆえ遅いというのが理由だったりする。
 いくら航空機で常時哨戒して把握しているとはいえ、潜られて見失ったりしたら大変である。
 第二〇駆逐隊を含めた南洋竜捜索艦隊は最大戦速で白鯨の元に向かっているのだった。
 結果、同乗した馬鹿竜達は最大戦速の駆逐艦の洗礼を浴びることになる。
「う〜揺れるのじゃ〜〜
 気持ち悪いのじゃ〜〜〜」
 ぐったりと天霧の食堂で目を回している馬鹿竜一匹に、
「……ぅ」
「……ぉぇ」
 吐けるものを皆吐いてテーブルに突っ伏している綾子にメイヴ。
 なお、俺も遠藤も一応海軍軍人かつ航空機乗り。
 これぐらいの酔いでどうかなるほどのやわな体ではない。
 ……ちと気分が悪いのは男の意地として我慢しているのは内緒だ。さすがにあの様子でテレパスは無いだろう。多分。
 なお、天霧の後ろにはアトランタとブルックリンの二隻が監視するかのように静々と後をつけてくる。
 本来なら船の少ない米艦船はアトランタのみがこの船団にくる予定だったのだが、ハワイのドラゴンのサンフランシスコ爆撃で予定が狂い、哨戒任務の交代の為にサイパンに寄港したブルックリンも引き連れたいと南雲中将に要請。
 哨戒任務終了のブルックリンは燃料が足りないのではと婉曲的に拒否した南雲中将に対して、グアムからタンカーを呼び寄せて洋上給油させると答えて強引にもってきたという力の入れようである。
「まぁ、ハワイに次いで西海岸も焼かれればそりゃ力も入れるわな」
 とは、米艦艇の力の入れように呆れ顔でブルックリンの洋上給油を見ていた遠藤の感想。
 帝国の場合給油艦は元々民間からの徴用で賄っているのだが、合衆国は専用の艦船を随伴させて給油するのだから監視の為に見ていた俺達第二〇駆逐隊は呆れてみな呆然とタンカーを眺めるばかり。
 これだから金持ち国家の海軍ってのは……。
 なお、この洋上給油を真面目な目で見ていた西村少将は、
「あいつらやるな」
 の一言と米艦艇あなどりがたしという空気が思わずなのだろう。口の中に秘めていた言葉がこぼれる。
 艦船への洋上での給油はかなりの技量を伴う。
 それを事故無く見事に帝国軍人の見ている前でして見せたのだ。
「舐めてはかかれませんな。
 米軍の技量は帝国と同等でしょうな」
 第二〇駆逐隊司令の山田大佐も同じ意見らしく、後でこの報告を読んだ南雲中将も米艦艇の技量に脅威を感じたという。
 物量は米軍のほうが上なのだから、これで技量も同じぐらいならば必敗確実である。
 心の底からこの国と戦わなくて良かったと安堵する。

 天霧に乗り込んで一昼夜。
 とりあえず、白鯨のもとにやってきたはいいのだが……
「でかいな」
 もはや氷山に近いその白鯨の勇士に西村少将はそう感想を漏らし、
「タイタニックの二の舞は御免だ」
 駆逐隊司令の山田大佐もそびえ立つ白壁に呆然と呟くばかり。
「距離を取れ、潜っただけでも波でひっくりかえりかねん」
 蘆田天霧艦長も白鯨が暴れても安全な距離を取ろうとする。
 やはり、先にきていた南雲中将の艦隊も近づこうとせずに遠巻きに眺めるのみ。
 上から見た航空機の搭乗員曰く、
「氷山というか、空母というか、飛行場というか」
 さもありなん。
 遠めに見ても、全長が500メートルを超えるなんて聞いていない。
 なお、鯨と分かる証拠である潮吹きは、もう火山の噴火にみか見えない規模なのが笑える。
 でそんな氷山もどきの白鯨の中央部にたしかに蛇みたいなものがまきついてやがる。
「真田少佐。
 そろそろ竜神様の出番をお願いしたい」
 西村少将が俺に声をかけて撫子を呼びに食堂に行くと、
「気持ち悪いのじゃ〜」
 まだ酔ってやがったか。
「ほら。撫子。出番だ。
 とっとと、竜を起こして来い」
「目が回るのじゃ〜〜」
 というか、魔法で何とかできなかったのか?
「流石に酔いをなんとかする魔法は……ぅ……」
 うわ。男と戯れる以外に悶えるメイヴって始めてみた。  
 なんというか、気丈な女性が弱っている所っていいな。
「うん。とりあえず医務室で横になろうか。
 ほら。綾子ちゃんも」
「すいません……ぉぇ……」
 遠藤も同意見だったらしく、さわやかにメイヴと綾子をエスコートする。
 こういう時にこういう風に自然に振舞えるのも遠藤の大きな魅力の一つだったりする。
 この点、徹底しているのはこういう時の女性は決して遠藤は襲わない。
「気丈な女性が自ら己の鎧を脱いで俺に裸の自分を晒すのがいい女の魅力じゃないか。
 病気や自然現象で女を弱らせて落すなんぞ、武勇伝にすらならんね」
 撫子と知り合う以前、酒の席で女をはべらせながらの一節である。
 信用はできるが尊敬はしない。そんな友である遠藤が二人をさり気に食堂から連れ出してやっと俺は遠藤の心遣いに感謝する。
 撫子が竜に戻るには着物を脱いで裸にならないといけない。
(すまん。遠藤)
 心の中でわびて、すばやく撫子の着物を脱がしてゆく。
 女の着物の脱がし方を手早くできるというのは人として何かダメな気がするがこの際気にしない方向で。
 首輪とかの装飾品以外何も身に纏っていない姿にして、凄い事に撫子が裸になっているのに俺に対して発情してこない。
「うみゅ〜〜
 目が回るのじゃ〜〜〜〜」
 撫子がここで目を回しっぱなしだと、何の為にこんな所にまで日米軍艦と航空機をかき集めたのか分からない。
 あまりしたくは無いが、非常手段を取る事にした。
「酔い止めの薬を飲ますからおとなしくしていろ」
 コップに水を入れて薬と一緒に口に含み、強引に撫子の唇を塞いで口を塞ぐ。
「ふぁ…博之何を…ぁ……」
 舌を絡め、口の中の薬水を撫子の口に含ませ、当然のように手は撫子が感じるところに。
「ぁ…どうしたのじゃ…こんなに積極的に…ぁ……」
 顔を赤めて自ら腰を押し付けてこようとした撫子をするりと交わして一言。
「気分悪かったんじゃないのか?」
「博之は意地悪なのじゃ。
 気分は良くなったが、体が疼いて仕方が無いのじゃ…ぁ…」
 甘い戸息を漏らしながら、続きをねだろうとする撫子の耳元に優しく囁く。
「続きは、あの竜を起こして、ここに引っ張ってきたらな」
「分かったのじゃ!
 とっとと、行って来るのじゃ!!」
 用意したローブなんて目も留めずに裸のままずんずんと甲板に。
 すれ違う水兵や士官たちの俺を見る目の痛い事と言ったら……。
 ため息を吐く為に口にたまったつばを飲み込んだ。
 撫子のつばは胃液の味がした。
 咆える号砲に何事かとその場に居た全ての者達が不意に現れた巨大な竜に驚く。
 考えてみると、撫子の竜形態は天霧よりでかい。
(とっとと行ってたたき起こしてくるのじゃ!)
 ほんの五分前まで食堂で酔いに苦しんでいた姿と大違いである。
 こういう姿を見ると、ふと撫子が人とは違うんだなと思い知らされてしまう。
 撫子を愛する事には躊躇いなどないのだが、本当に俺で良かったのかという疑問はいつまでも残っているわけで。
 撫子がその本当の姿を晒し、その姿に相応しい力を行使する時に、己の小ささを自覚して時々やるせなくなる。
 竜形態の撫子は白鯨の上に漂い、巻きついている竜を起こしているらしい。
 こうやって見ると、かつて見た少年漫画の世界に入り込んだのではとふと思ってしまう。

(寝るのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!)

 耳をつんざくような大声のテレパスが当たり一面に響き渡り、空を泳いでいた撫子がまるでバットに打たれたかのような放物線を描いて海に落ちたのはそんな時だった。
 轟く轟音、広がる波しぶき、あたりの船は大揺れに揺れ、白鯨に巻きついた竜はというと頭をもたげたまま目は閉じたまま。
 おそらく、撫子が起こしているのを頭で邪険に振り払ったのだろう。
 見事なホームランだった。めでたし。めでたし。  
「おい、真田。しっかりしろっ!!」
 気がつくといつの間にかきた遠藤が俺の肩をゆさぶっている。
「気がついたか!
 お前、撫子ちゃんが海に落ちた波で弾き飛ばされて壁にぶつかって気を失っていたんだそ!!」
 まったく気づかなかったが、甲板の手すりから自分の体が壁のほうに移って倒れているのにやっと自覚する。
 打ち所が悪ければ死ぬところだったと思うとぞっとする。
「で、だ。
 撫子は?」
 流石に俺と違ってあれで死ぬとは思っていないと言おうとしたら、馴染みの声がテレパスで、負け時とあたり一面に轟く。

(起きるのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!)

 すさまじく鈍くかつ重たい響きがしたと思うと、白鯨に巻きついて頭をもたげた竜の顎に体当たり。
 巻きついた竜の首がとてもいやな方向に曲がっている。
「あ、あれ、やばくね?」
 こう凄くまずいものを見た事をごまかすようにうわずった声を俺はあげたが、幸いかな、竜が元気である証拠はその後に轟いたテレパスによって証明された。   

(寝るのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!)

 撫子の突貫より音が甲高いのは、もたげた頭で撫子をフルスイングしたからであり、撫子は俺達の乗る天霧のはるか上またいで海面に激突する。
 轟く轟音、激しく揺れる波しぶき、空に舞い上げられた大量の海水は太陽光を乱反射させて虹を作る。
 
(起きるのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!)
(寝るのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!)
(起きるのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!)
(寝るのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!)

 延々と繰り返される南海巨竜大決戦は、日が落ちるまで続けられ、水上艦艇はとばっちりを受けたくないので更に離れて波に揉まれる事しかできず、大量の船酔い者を出したと後の記録は語っている。
 なお、誰もが途中から思った「あの竜、本当は起きているんじゃね?」という突っ込みは誰も言わなかったので歴史の闇に葬られる事となる。


帝国の竜神様 42
2010年07月19日(月) 17:02:13 Modified by nadesikononakanohito




スマートフォン版で見る