帝国の竜神様49 後編

「この新聞の話題ですよ」
 ダレスがティーカップをテーブルに置いて、持っていた新聞の一面を見せる。
「何々、『政府は一刻も早く、サンフランシスコ爆撃の犠牲者の詳細を公表せよ!』犠牲者が出たのですか?」
 写真には、破壊された金門橋が写っているが、その後ろに見えるサンフランシスコの街並みは無事そうにみえる。
 この新聞の記事を信じるならば、サンフランシスコ爆撃の犠牲者は思ったよりも少ない。
 金門橋爆撃時にいた自動車が運転手ごと犠牲になったぐらいで街の方には損害は出ていない。
 民間人の死傷者も100人を超えないだろう。
「問題は、ドラゴン迎撃に出た飛行隊の方です。
 ちょくちょくやってきていたワイバーンは迎撃が成功していたのですが、今回はまったく通用しなかったのです。
 西海岸に堂々と近づいた事もあって大量の迎撃機が出たらしいのですが、彼らが一向に帰ってこない。
 そのうち海岸に墜落した機体の残骸や搭乗員の遺体が打ちあげられてこの大騒ぎという事で」
 フレミングが詳細をさらりとまとめて語ってくれるが、俺の方はフレミングの話を流しながら視線をメイヴに向ける。
(メイヴ、メイヴ)
 手早く、心の中でメイヴに呼びかける。
 案の定、気づいたメイヴがテレパスを送ってきた。
(どうしました?)
(少し話がある……) 
 艦橋で思いついた策謀の一部始終をテレパスで伝えるとメイヴの動きが完全に止まった。
 メイヴ達にすれば帝国内部に撫子の確固とした基盤が築け、しかもその撫子の政治権力を実際に行使するのはメイヴに他ならない。
 ほぼそこまで到達してしまえば帝国は完全に撫子とその眷属を切り離せなくなってしまう。
 このマリアナの交渉が成功裏に進むなら次はハワイの竜が待っており、彼女との交渉成立は合衆国が政治的フリーハンドを得る事を意味する。
 帝国と米国は太平洋の平和を。
 撫子とその眷属は帝国内における安住の地の確保を。
 そして英国は帝国に米国に竜まで率いての欧州総反攻。
 改めて考えれば考えるほどこのマリアナに集まった参加者全員にちゃんと利益がでているのが素晴らしい。
(どう思う?この可能性は?)
(裏が取れていないからあくまで可能性ですが、凄く魅力的です。
 ただ、)
 真っ直ぐ見据えた目でメイヴはテレパスで一番肝心な事を伝えた。
(それは、帝国が完全に親英米になるという事、現状の枢軸同盟を捨てるという事を意味します。
 そして、その時に起こるであろう帝国内部の枢軸派排除をするのは私という事ですね)
 この話の一番の問題点はそこにある。
 陸軍にも海軍にもいる帝国内部の親独派の粛清。
 それがメイヴ達にできるかと暗にダレスとフレミングは問いかけているのだ。  
 テレパスを切ってメイヴはティーカップに口をつけた。
 とりあえず伝えたい事は伝えた。
 後は改めてみんなで考えるとして……
「何をみんなで考えるのじゃ!博之」
 お菓子に夢中でテレパスを聞いてなかったらしいな。このお子ちゃまは。
「ひどい事をいうのじゃっ!
 このたわわな胸と、くびれた腰と、むちむちな尻の何処がおこちゃまと言うのじゃ!」
 撫子の挑発的悩殺ポーズを見ていた綾子が湯飲みを置いてぽつりと一言。
「頭脳は子供、体は大人」
 綾子。座布団一枚。
「だからハワイの竜の話だ。
 それを考えていたんだろうが」
「おう、そうじゃったのじゃ」
 この話をそのまま続けてみよう。艦橋で思いついた策謀の可能性の何かがつかめるかもしれない。
「あいつは我々の中で一番強いからのぉ、
 それぐらいの事はやってのけるじゃろうとさっき話しておったのじゃ」 
 撫子がコーラをちゅーちゅーと飲みながら俺に向けて話すが、飲みながら喋るな。コーラが振袖に飛ぶ。
 撫子のテーブルというかメイヴのテーブルもだが、アイスがあるわ、チョコがあるわ、コーラがある、紅茶もある、おはぎまであるという世のお子様大満足なお菓子の山が築かれている。
 これで、食事はお米と味噌汁を求めるんだから最初の味というのは案外馬鹿に出来ない。
「ご飯とお菓子は別腹なのじゃ」
 いや、使い方間違っているというかあながち間違っていないのがなんとも。 
 視線を移すとしかめっ面して長考中なメイヴもしっかりとテーブル上のスイーツ類は口の中に処分するらしくかなりのお菓子が消えて……
「ごほん」
 うん。なんでもない。
 メイヴを怒らせると何されるか分からないから今の話はなかった事にしてくれ。してください。お願いします。
 ぷんとわざとらしく横を向くメイヴに後で機嫌取をしなければと思いつつ、今はダレスとフレミングの話に参加すべく口を開く。
「けれども今回はワイバーンも連れずに一匹での襲来だったじゃないですか。
 そんなに……」
 あれ?
 何か違和感が残る。
 撫子が帝都に突っ込んできたときはどうだった?
 陸海軍とも機体を上げられるだけ上げたはずだ。
 同じ時、ハワイはどうだった?
 ドラゴンとワイバーンが米軍を追い払ったはず。
 その後の米軍ハワイ奪還作戦も、ドラゴンとワイバーンは米軍航空機と互角の戦いをしたはず。
 そして、自分の違和感に気づいた。
「何でハワイの竜は米軍が警戒していたのにサンフランシスコ爆撃に成功したんだ?」  
 口に出してみて、その言葉の持つ意味に気づく。
 爆撃成功という結果を直視するとしたら、ハワイの時と比べて竜の力が増しているとしか考えられない。
 竜脈契約か?
 それとも何か別の魔法的要因なのか?
 そんな事を考えながらもダレスとフレミングが俺の呟いた言葉に反応したのはしっかりと確認している。
 今日のお茶会、本当のネタはどうやらこれらしい。
「ふむ。博之も不思議に思うか。
 では、その種明かしをし……」
「撫子さんっ!」
 お、綾子がすかさず話を遮るという事は話したらまずい話か。
 今気づいたが綾子のテーブルには和菓子が主体で置いているな。あと緑茶。
 まぁ、和菓子には緑茶だろうというのは納得するとして。
 露骨に食い物での買収にきている以上、綾子とすれば食べられるわけが無い。
 撫子はあれだから仕方ないし、メイヴはその忠誠を撫子に向けていればいいのだから最終的に撫子個人(と付随する黒長耳族達)の利益を追求すればいい。
 だが、この場の俺や綾子は帝国の撫子に対する大使的扱いとなり、その言葉から動作に至るまで大日本帝国を背負う形となる。
 その綾子の視線がちらちらと撫子やメイヴのテーブルのチョコやアイスに向けられて、そのまま本人達に視線を向けてはため息をつく。
 こうして比べて見ると和菓子というのは量が少ない。
 撫子やメイヴの所に置いてある無駄にでかいチョコと比べると戦艦と駆逐艦ぐらいの大きさがある。
 元々お茶と共に食べる事もあって小さく、その中で美まで追求しようとしているのが和菓子である訳で……あ、そうか。これは買収うんぬんの話ではないな。
 不意に顔に笑みが浮かぶのが止められない。
 撫子みたいに食べれば普通は太るわな。
 ふむ。外交的な遠慮で和菓子ばかり食べているけど、しっかりとチョコとアイスの味は綾子も虜にしているわけだ。
「何を見ていらっしゃるのですか?
 お・に・い・さ・ま?」 
 一言一言区切ってしかも言葉に重みを乗せるんじゃない。
 呪詛しているとしか思えんぞ。
「あしからず、邪な想像をしているであろうお兄様に先に言っておきますが、私は帝国の利益代表者の随行員として常に帝国の利益を優先しているだけですわ。
 決して、食い物で買収されるのを我慢しているとか、それ以上食べると腰周りが気になるとかそういった事はありませんので」
 言いながら撫子を思いっきり睨むのはやめろ。
 露骨に目が語っているじゃないか。
(世の乙女永遠の課題である食と体重の関係を度外視して、ほいほいスイーツな物を食い散らかしやがってこんちくしょう)
 と。
「いや、何も」
 しらじらしく目をそらすために、置かれている新聞に目を通す。
 綾子の視線に気づいた撫子が当然の事を口に出してみた。
「食べたら食べた分だけ運動すればいいではないか。綾子よ」
「へぇー。撫子さんは何時も何処でそれだけ食べても平気な運動をしていらっしゃるので?」
「いや、夜、博之と寝室で朝までたっぷり……」
「撫子さんっ!!!!!」
 何でこういう時に踏まなくてもいい地雷を楽しそうに「きゃっほーい」と踏み抜きますか。馬鹿竜よ。
「けど、間違いなくやせるのじゃ。
 特に腰と太もものあたり」
 あ、地雷連鎖しやがった。
「私はまだ恥じらいとか捨てるつもりはございませんっ!
 少しは客人の前という事を自覚してくださいませ!!!」
 ゴスッ!!
 テーブルに鈍い重低音を響かせて湯飲みを置くというか叩きつけるというのはいかがなのもかと思いますが。綾子さん。
 ヒビ入っていなければいいんだけど。
「何かおっしゃりたい事があるのですか?
 お・に・い・さ・ま?」  
「いや、何も」  
 綾子のじと目に慌てて新聞に視線を戻す。
「お兄様って、家でも都合が悪くなると新聞に目を落すのですね」
 いや、俺への個人攻撃はやめろって、しっかりこの間帰った時の仕打ちは覚えてやがったか。綾子。
 とりあえず、ここで声を出すと更に墓穴を掘る事確定なので黙っておく事にする。
 絶対、こいつら俺で遊んでいるよな。 
 あ、なんとなく南雲中将の気持ちが今ふっと分かった。
 空っていいよな。
 とりあえず、この絶対包囲下で俺の出来る事はただ空気と化して新聞を読む事のみ。
「本誌記者の取材によると行方不明の搭乗員は100人を超え、これにサンフランシスコ基地航空隊広報担当官は『多大な犠牲を払いながらも我々の迎撃が成功したからこそサンフランシスコ市街地への爆撃を阻止できた』と……」
 小さく声に出して読んで改めて竜の持つ力を思い知らされる。
「搭乗員100人以上が未帰還?
 それが一機も帰らなかったなんて何の冗談だ」
 新聞を置いて紅茶を口に入れて俺がやっとの思いで声を絞り出して呆然と呟く。
 なお、100人以上=100機以上というのはサイパンで現在稼動している全航空機と同じくらいの量である。 
 最初、部屋に入った撫子の言葉がよみがえる。
「撫子。お前もハワイの竜ぐらいの事ができるのか?」
 俺の質問に撫子が自信満々な笑みで胸をゆらしてそり返る。
「もちろんじゃ!
 まぁ、秘密な事が多いので枕話にでも聞かせてやるぞ」
 まて。お前との睦み事で枕話ができるほど休ませてくれた覚えがないのだが。
「そうだったかのぉ?」
 白々しくとぼけやがる。
「それは、いくら食べてもお痩せになる筈で」
 ぅ、綾子の毒舌がずきずきと胸に刺さる。
「できれば、そのあたりの話、もの凄く聞きたいのですが」
 切実に頼むダレス。そりゃそうだろう。 
「その手の話は取引になるらしいから、お主等の特命全権大使とやらに会った時に話すかもしれんのぉ」
 あ、忘れていた。
 俺達はここに外交交渉に来ているのだったって……あれ?
「俺達が外交交渉するのは英米だったっけ?」
 俺の疑問に撫子がえっへんと胸を張って言い放つ。
「そうじゃないのか?
 わらわは、この二人が連れてくる特命全権大使とやらに『よろしい』と言いたいので楽しみに待っておるのだぞ」
「何かを忘れているような気が……」
 綾子が首をかしげた時にその忘れていた事がやってきた。
「わぁ!おいしそう!!」
「失礼します。相席してよろしいか?」
「……ふぁ。おはようなの」
 と部屋に入ってきた乙姫様とその眷属のセドナとレヴィアタンを見て思い出したのだった。
 その後、乙姫一同が入ってきて更に賑やかになったお茶会だが、ついにメイヴはその後一言も口を開く事はなかった。


 帝国の竜神様 49
2007年12月31日(月) 03:34:45 Modified by nadesikononakanohito




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