帝国の竜神様54

 カレンダーの日付は6と書かれた紙に入り、人が蠢く東京は梅雨入り前の五月晴れと初夏の匂いが混じるそんな微妙一日。
 衣替えが始まると同時に、皆夏を意識するこの日に17年日本帝国予算は成立した。
 去年12月からの英米開戦を想定していた日本帝国は、竜と彼女達の眷属による避戦の結果大幅な行動修正を迫られていたのだった。
 国家は官僚組織であり、事前計画の変更は大船が舵を切るがごとくゆっくりと多くの喜悲劇を上演しながら、やっと国会を乗り切ったのである。
 なお、竜が大陸の戦争まで解決してくれた事もあり、予算関連は大混乱の果てに補正を組んで急場を乗り切ったのも戦時に準じた体制翼賛会のおかげである。
 そして、この予算成立と同時に東条首相は記者会見で戦争回避を成した事を理由に首相辞任を表明。
 新たなる体制による日本帝国運営の表明は17年予算と共に、この国がはっきりと世界に向けて変わった事をアピールする事になった。
 だが、世界は薄々と、関係者は予算の都合上当然のように、竜とその眷属は己の事ゆえにやっぱり当然のように思っていた事がここで明らかになる。
 予算計上項目に上げられている「竜州」の二文字。
 そして、編成が完了している「竜州軍」の三文字に、参謀長に満州事変の立役者である石原莞爾の名前。
 世界はこの予算成立によって初めて、帝国が避戦という選択をした理由を知ったのである。

――1999年 BBC 第二次世界大戦 日本帝国の選択より――


1942年6月1日 午前 首相官邸

 永田町を見ると兵士がさり気なく立っているのが分かる。
 その傾向はある場所に近づくにつれて顕著になり、その中心である首相官邸は衛視の他に石原子飼いの将兵が一個小隊ほど常時詰めていた。
 これだけでもいかに東条が恨まれていたかが分かる。
 なお、首相官邸内部には神祇院の黒長耳族巫女も詰めており、万一の首相襲撃時に東条首相を逃がす事をダーナから厳命されていた。
「それも今日で終わりか」
 首相官邸前で車を降りた石原はぽつりと呟き、中に入ってゆく。
 既に総辞職の表明は行われており、誰を首相に据えるかで陸海軍・霞ヶ関・永田町まで巻き込んだ多数派工作が行われているはずである。
 新首相選出の暁に「前」の文字がつく東条首相を現在の段階で狙う輩はいないだろう。
 石原が東条と手を組んで最初に行ったのは、東条暗殺を阻止する為の身辺警護の強化だった。
 既に伊藤・原・犬養と凶行によって首相を失っているし、二・二六事件では1400人の将兵の蜂起で帝都中枢が制圧された事を石原は忘れてはいなかった。
 陸軍から「裏切り者」呼ばわりされ、海軍からは「陸軍暴走の元締め」と恨まれ、永田町から霞ヶ関は「憲兵政治」とその暴力を恐れられ味方などないに等しかったのだ。
 にもかかわらず彼が首相をまっとう出来たのは、憲兵を握っているゆえの陸軍掌握力と英米戦だけでなく大陸からも足抜けした事による天皇の絶大な信頼のおかげである。
「その椅子ともおさらばとなると権力を手放したくないだろう。首相閣下」
「なら、座ってみるか?竜州軍参謀長」
 石原の皮肉に憮然としながらも、総理の椅子に座る東条は皮肉で返す。   
 互いに互いを嫌ってはいるが、双方とも共犯者の関係である。
「俺がその椅子に座ったら、陸海軍ともに大臣を出さないだろうよ。
 で、だ。
 異世界に行く前にいくつか話がある」
 苦笑していた石原は真顔になり、東条に新聞を見せた。
「モスクワが落ちた。
 それを踏まえての対ソ戦の事だ」
 予想していたのだろう。
 東条もメモを開き該当箇所を確認しつつ口を開く。
「さっき駐独大使が来て赤の広場に突入したという報告を受けたよ。
 その話の裏は取れている。
 参謀本部は浮かれているのだろうな」
「ああ、梅津さんが関東軍を粛清していなかったら、今頃現地の馬鹿がソ連領に向けて進撃していただろう。
 モスクワが落ちるだけなら、ナポレオンですらやってのけただろうに」
 石原が吐き捨てる。
 そしてナポレオンはモスクワだけでなくロシアの大地からも叩き出され、最後は帝冠すら失う事になる。   
「暴発はさせるな。
 できれば対ソ戦すらしたくはない。今の帝国は」
 石原の言葉は、大陸から足抜けし戦い疲れた陸軍を再編させる事を目的としたものでそれは東条にも理解できた。
「だが、それでは参謀本部が収まらないだろう?」
「だから、ナポレオンの故事に倣うべきだ。
 間違いなくソ連軍は反撃するし、また冬になったら今度は占領地が広がっているだけに損害は甚大な物になる。
 英国黙認の対ソ戦なんてものは、相手が気づかない事を前提に後頭部をどつくようなものなのだから、相手が完全に油断しかつこちらに気づかない事が大事なのだ」 
 面白くなさそうに言ってのける石原に東条はメモの別の項目を口に出す。
「それで気になる事がある。
 満州軍でパージされた将兵や大陸浪人あたりが消えて満州国軍に流れているのだが、貴様の仕業か?」
「いや、現役復帰からずっと本土で竜州軍の為に駆けずり回っていたのだぞ。
 何処にそんな時間がある?」
 そう言ってのけた後に手を口に当てて呟く。
「関東軍なら梅津さんか。
 なまじ最前線に送るより後方で大人しくしてもらう方がまだましだろう。
 暴発の心配が減って良かったじゃないか。
 で、だ。
 これが竜州軍の最終的な編成となる。確認を頼む」
 石原が一枚の紙を渡し、東条は眼鏡をかけなおしてそれを確認する。
「一個師団に独立混成旅団が二個か。
 これだけでいいのか?」
「多いぐらいだ。
 竜州軍は元々陸軍の吹き溜まり、流刑地として用意した軍だぞ。
 大陸の戦争での風紀の乱れがいかに酷かったかの表れだな」

竜州軍(竜州軍司令官 寺内寿一大将 参謀長 石原莞爾中将)
 第201師団(冨永信政中将)
 独立混成第221旅団(佐藤幸徳少将)
 独立混成第222旅団(井上靖少将)

竜州軍飛行隊
 独立飛行大隊で各機種合計100機程度

 なお、現在撫子三角州駐屯中の佐藤兵団(佐藤太輔少将)は竜州軍到着時に本土に帰還する事になっている。 
 集められた兵達は大陸でも札付きの悪人ばかり、本土帰還でも職に就けずに犯罪者に堕ちるだろう連中で構成していた。
「異世界という牢獄か。
 まとめて屍にするには数が多すぎるな」
「悪さをしない為の異世界勤務だ。
 銀幕御前の話が本当ならば、逃れて来る獣耳族は10万以上。
 異世界交易で入手する黒長耳族が週100人前後だ。
 ちゃんと仕事をしてくれるならば、全将兵に現地妻が行き渡る算段になるはずだ。
 女ってのは怖いな。俺ですらこんな外道な策を考えつかなかったぞ」
 札付きの悪であるがゆえに、目の前の女、しかも極上かつ淫乱の美女達に手を出さない方がおかしい。
 逃れてくる黒長耳族、獣耳族を報奨に差し出す事をダーナは進言し、それが軍の士気を回復させるだろうとダーナは言ってのけたのだった。
 まぁ、美女が己の上で腰を振ってくれるという「餌」が極上の飴である事は間違いが無い。
 その彼女達を使って悪人達を指揮するなど、憲兵を抑える東条からすれば何処の任侠組織だとため息の一つもつきたくなる。 
 なお、鞭は何かと言えば撫子三角洲に襲い掛かってくる化け物達に他ならない。
 逃れる場所が無い撫子三角洲では死兵としていやでも戦わざるをえない実に狡猾な牢獄だった。
 と、同時に石原はこの牢獄の持つもう一つの意味に嫌でも気づいていた。
 竜州軍将兵のものを咥え込む事によって彼女達は軍単位での与党を手に入れる事になる。
 それがどういう意味を持つかについて石原は言わなかったし東条も問わなかったので話にのる事はなかった。
「飛行隊はこれだけか」
「海軍もうちと同程度の航空隊を派遣するから合計は200機弱だ。
 こいつらが竜州での戦の主戦力となる」
 海軍が提出した竜州艦隊の編成表を石原は差し出す。

竜州艦隊(司令長官 大川内伝七中将 参謀長 草鹿龍之介少将)
 司令部 撫子三角州内(これは竜州での任務が化け物退治の為、陸戦隊・航空作戦の比重が高くなっている)
 
艦艇
 龍鳳
 三日月、夕風
 海防艦×4
 駆潜艇×4
 5000tタンカー×2(常時一隻は撫子三角洲に停泊し燃料タンク代わりに使用)
 
撫子三角州航空隊
 二個飛行隊100機程度

陸戦隊 連隊規模
 長耳族・黒長耳族・獣耳族志願兵(長耳族大長グウィネヴィア)

 なお、撫子三角州にいる長耳族・獣耳族の志願兵についてだが、獣耳族は各種族規模が大きくて族長間統制がきかないのと、異世界限定の長耳族の扱いで陸海軍がもめる事になった。
 だがダーナが仲介し撫子の異世界における城代家老(ダーナ言)であるグウィネヴィアが一任して指揮を取る事で了解した経緯がある。
 元々彼女達を助けに行くのがこの派遣の大義名分であるだけに双方無理がいえなかったという背景もあるし、海軍が派遣規模で陸軍の顔を立てたのも大きい。
 そういう事もあり、海軍は陸軍の作戦行動にできるだけの協力はするとの協定を既に締結していた。
 石原が考えた竜州軍の作戦行動はこうだ。
 撫子三角洲を要塞化。基本的にここから前に出ない。
 周辺の化け物退治は航空機に任せ、同時に逃れてくる獣耳族に空中から食料や医薬品を投下して自力で撫子三角洲まで来てもらう。
 三角洲から竜州中央部を流れている鏡の川支流については、船での救助を考える。
 その分化け物に食べられる獣耳族が出るが、それは三角洲で竜州軍将兵に孕ませてもらう事で量を確保するつもりだった。
「牢獄だけじゃなくて牧場まで兼ねるとはな。
 時々、この椅子に座る事に反吐が出るのだが参謀長。本当に代わらないか?」
「国というのは弱者を虐げて大国にのし上がる物さ。
 明日はわが身。この世界大戦に参加して負けたら、白人の上で腰を振っているのは日本人という事もありえるのだからな。
 とはいえ、彼女達は自分達の立場を分かった上で自分を売り込んできた。
 高く買ってやらんとな」
 石原の物言いに東条はため息をつく。
「その金が無いから困っているのだろうが。
 ちなみにいくらで買えばいい?」
「即金で100億。それでも安いぐらいだ」
 石原の値段に東条の息が詰まる。
 100億。その金額は帝国の国家予算に匹敵する。
「何処にそんな金がある!」
「作るに決まっているだろうが。
 帝国政府保証の元で日本銀行から99年返済で100億を彼女達に貸し付ける。
 その金で開発国債を発行して彼女達に買わせる」
 実際に紙幣を発行するわけでも無く、この時にできるのはその100億の借用書と開発国債の二枚の紙のみ。
 黒長耳族が借りる金利より当然のように開発国債金利は低くなる。
 それは彼女達の税金を前借するという事に等しい。
 実際に働く黒長耳族の彼女達自身が100億の担保であり、国家経済のバランスシート上だけの弄りに過ぎないが、これで帝国財政は劇的に改善するはずである。
「建前上、返済不能時に竜州の土地を担保に取るが返せるだろうな」
 淡々とした物言いに東条が疑問を投げかけると石原は苦笑してみせた。
「どうしてそう言い切れる?」
「彼女達に老いが無いからさ。
 撫子三角洲の牧場で生まれた娘達も大人になり、女になって男の上で腰を振りたくさんの子供を生む。
 その子達も娘なら女になって男の上で腰を振る。
 本格的な黒長耳・獣耳族の受け入れが開始されたら50年も経たずに返済されるさ」
 黒長耳族がこの帝国にやってきてから彼女達の魔法と特性を生かした錬金術は色々と考え出されていたが「不老」という特性を使ったこれは究極の錬金術だった。
 呆れて物が言えない東条に石原も投げやり気味に続きを口にした。
「それに、それだけの金を使うのは彼女達じゃない」
「どういう事だ?」
「彼女達を使った内地開発予算を反対した勢力があるだろ。
 これはそれを意識した隠れ蓑という事さ。
 開発国債の金で内務省指導の下に開発公社を作りその資本金にして、彼女達自身にインフラを整備開発させる。
 開発主体と資本と労働力を黒長耳族名義にして内地を開発、その成果を彼女達名義でその開発先に寄付させる。 
 彼女達が金を出し、彼女達が働き、彼女達が作ったものだから彼女達がどう使おうと自由だ。
 そして、内地開発許可を出すのが首相閣下の次のポストである内務省。
 誰にも反対はできんよ」
「彼女達に得る物が無いじゃないか」
「ああ、俺たちからすればくだらないものしか得ないだろうよ。
 インフラの整備は物流の移動に伴い都市化を加速させ、同時に辺境部の過疎を招く。
 そこに流れ込む農民や小作人はそのまま満州や竜州に送って土地を与えて生活してもらう。
 結果、山間部の経済的に割の合わない土地を彼女達は得るのさ。彼女達がもっとも欲しがっている森。
 そして、己の体を売って得た金を帝国に捧げるという献身的奉仕は帝国内部の反対勢力を押さえ込む美談として語り継がれるのさ。
 帝国の忠臣、己の体を汚してまでも受けた恩を忘れずに帝国に尽くす黒長耳族。
 そのイメージこそが最大の報奨だ」
 深く深く、東条はため息をついた。
「徹底的に食い物にしているな。彼女達を帝国は」
「ああ。
 だが、これでも向こうの暮らしよりましだというのだから向こうの扱いを察すると家畜と同等だろうな。
 家畜が奴隷になりたいと自ら望んだのだ。
 それぐらいは答えないと飼い主としては失格だろうよ」 
 その言葉にどれほどの違いがあるのか、東条は分からなかったが、彼は目を閉じて石原の献策を全て了承したのだった。


同日午後 内務省 警察局

「後藤田。入室します」
 内務省警保局に所属していた後藤田正晴が部屋に入った時、部屋にいたのは中将階級をつけた石原のみだった。
 石原は現役復帰後から多忙を極めた。
 満州事変の天才参謀が異世界の地へ赴くというのは大衆に分かりやすい物語でもあったのだ。
 そこで彼が勝ち、帝国に異世界の領土をもたらしてくれるのならば更に何もいう事はない。
 その過程で失う色々なものなどは失ってからでないと分からないから、単純に世界に先駆けての異世界進出を歓迎していたのだった。
 なお、石原現役復帰と同時に海軍も堀を中将兼軍事参事官として現役復帰させているのだが、それに目を向けた国民は誰もいなかった。
「後藤田君。君が何故ここに呼ばれたか分かるかね?」
「さぁ、何の事やらさっぱり」
 石原は淡々と後藤田に尋ねるが後藤田はただ静かに首を振って答えただけだったが、石原は陸軍に徴兵された陸軍主計少尉時代の彼の評価を抑えていた。
 在任期間は短く仕事をしている風には見えなかったが、彼の在任中彼の部隊は物資に困る事は無かったという評価を。
 大陸の戦争が終わり、後藤田が内務省に復職し警保局配属になった事が、警察内部に手駒が欲しかった石原に目をつけられた理由だったりする。
「二・二六事件決起将兵の総数は1400人。
 たったそれだけの兵で帝都は制圧されたのだよ。
 そのような失態は二度と起してはならない。
 だから君を呼んだ」
 ゆっくりかまをかけるように後藤田は石原に尋ねる。
「それは役者が違いますな。
 東京憲兵隊の方に頼むのが筋ではありませんか?」
 覇気の無い声で断る後藤田は省内でも昼行灯と呼ばれているらしいが、石原はその声を遮る。
「東条首相が目を光らせている間なら」
 後藤田が石原の言葉の意味を捉え、昼行灯と呼ばれた男の目がゆっくりと細く鋭くなる。
「復帰させてくれた恩人に対して、その恩人の政治権力の没落を予言するというのは、少し薄情ではないだろうかと思いますが?」
 後藤田も悟ったらしい。
 少なくとも目の前の人間は昼行灯という後藤田の評判をまったく信じていないと。
「本人が自ら口にしているのだ。
 既に耳にしていると思うが、東条内閣は総辞職する」
 石原の口が楽しそうに歪むが、言葉の端々に冷気が宿る。
「大陸の戦争も終わって得る物も無く将兵も内地に帰り、不満は全て東条首相が一身に浴びている現状ではやむをえん。
 が、問題はそんな跳ね返りがまた帝都で暴発した場合、その銃弾が恩人である東条首相の体を貫くのは避けねばならぬ。
 私は、情にあつい人間なのでね」
 言葉とはまったく表情が正反対の石原を見て後藤田がわざとらしく茶化す。
「かつての天才参謀も二度目の失脚は御免こうむりますか。
 竜州へ島流しされた以上、本土で何が起こっても手がだせないと」
「そうだ。
 だから君なのだよ。後藤田君。
 二・二六事件規模の決起軍が皇居および赤坂、霞ヶ関、三宅坂近辺を制圧する事を防ぐ為の軍隊外の戦力。
 それを、警察内部に作ってもらいたい。
 君達警察なら、いや、警察だからこそ俺の命令すら無視して確実に陸軍を潰しにかかれるだろうよ」
 当時、不穏な世情に対応するため警視庁は特別警備隊(現在の機動隊に相当する)や対テロ特殊部隊である警官突撃隊(現在の特殊急襲部隊に相当する)を編成しており、反乱部隊にとって脅威であった。
 そのため、二・二六事件では野中四郎大尉指揮の襲撃部隊(約500名)が警視庁を襲撃し、襲撃部隊はその圧倒的な兵力及び重火器によって抵抗させる間もなく警視庁全体を制圧。
「警察権の発動の停止」を宣言されるという屈辱を受けている。
 また、官邸警備などで死傷者を出しており、その恨みは統帥権がらみの内地の治安維持問題と絡んで反陸軍意識へと変容しているのを石原は言っているのだった。
「相手は軍隊です。
 こちらは拳銃や警棒しかないのに、銃を持つ兵隊の相手は無理だと思いますが」 
「何も全部君達で潰せとは言っていない。
 反乱軍が決起した時の最初の反撃と相手の行動掣肘が目的の部隊だ。
 あとは陸軍が片付ける。
 問題は参謀本部の石頭連中が命令を出す間の時間だ」
 クーデターは基本的に短期決戦であり、決起側も鎮圧側も時間が経過すればするほど負ける可能性が高くなる。
 そして、組織硬直を起している陸軍参謀本部の官僚将校達はその時間を無意味に消費する事は二・二六事件でも証明済みだ。
「これが編成予定案だ。
 既に内相の判は押してもらっている」
 石原の手から受け取った編成案を見た後藤田は面白くなさそうに呟いた。
「何ですか?これ?」
 その言い方は内務省というより大蔵省の言い方に近く、予算超過を咎められている様にも聞こえて石原も口に笑みが浮かぶ。
「トラクターだよ。
 土木工事に使う。少なくとも大陸ではそういう名称になっている」
 後藤田は呆れながら、写真――M3軽戦車と大陸外では呼ばれるだろうトラクター――を机の上に乱暴に置く。
「何処から手に入れたのです?
 こんなもの、しかも6両も」
「まぁ、大陸には私もこそこそ友人がいてな。
 これが道を塞いで特別警備隊や警官突撃隊が警視庁に立てこもったなら簡単には落ちないだろう?
 あと、この隊で賄うぐらいの銃器ならついでに渡してやろう。
 万単位で軍が動く時に100丁程度の誤差などよくある事さ。
 警視庁特車隊。なかなかいい名前だろう」
 石原の差し出した編成案には整備員こみの戦車小隊に神祇院派遣黒長耳族が10人記載されていた。
「あ、先に言っておくが戦車ではないぞ。
 警察が使うのだから警察用特別車両、『特車』となっているのでそのつもりで」
 その特車をどうやって手に入れたのかと再度後藤田は目で問いかけたが、石原はそれについて答えなかった。
 まぁ、後藤田も新設された竜州軍に派遣される予定の新型戦車ではないかと当たりはつけているのだが、それを指摘するほど馬鹿ではない。
「彼女らは全員警察官として扱われる。
 それ以外の足りない人選は君に任せるつもりだ」
「まるで独立愚連隊ですな。
 私より、上の人間に頼めばいいでしょうに」
 その後藤田の言い方が、淡々としすぎて悪巧みをしているようにまったく聞こえない。
「上の連中は何処か何かしらの紐がついていてな。
 私の手駒と思っていたら寝返られる可能性があってな。
 私も、復帰したはいいが敵もそれなりにいるのでな」
「……それなりですか?」
 いけしゃあしゃあと言い放った石原の言い方もまた緊迫感が無く、後藤田が呆れたような顔で石原を見つめる。
「じゃあ、言い直そう。
 たくさんいる。だから、防げたら消し去る敵の後釜座り放題というのはどうだ?」
 その言い方がまた八百屋で大根でも買って来るかのような物言いなので後藤田も笑いをかみ殺して質問を問いかけた。
「場合によっては、貴方を逮捕するかもしれませんよ」
 その問いを了承と解釈した石原は笑って後藤田に言い放ったのだった。
「構わんよ。
 もっとも、俺なら君ごときにつかまるようなへまはしないがね」
 と。

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2008年07月14日(月) 21:17:30 Modified by nadesikononakanohito




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