帝国の竜神様69

 カッパドキア共和国(渇国)首都イッソス 鍛冶場にて

 カッパドキア共和国は西方世界でも大国と呼ばれる国の一つであり、その国の首都の市場は常に活気に満ちていた。
 何しろ、西方世界と中央世界を繋ぐ航路の中継点にあり、現在は大日本帝国という新参者が持ち込んだ品々を欲して各国の商人が集まってきているのだから。
 近衛公歓迎の式典と晩餐会は滞りなく進み、こうして俺たちは市場に出て買い物という訳でもなく、その市場にある鍛冶場にてある人種を探していたのである。

「おっ。居たのじゃ。
 あれが、わらわの眷属の一つ、ドワーフじゃ。
 さしあたって、博之達の言葉で……」

 そして固まる馬鹿竜。
 エルフを長耳族、ダークエルフを黒長耳族、獣耳族など女性系種族に『耳』をつけようとして、その特徴がない耳を見て必死に考えている馬鹿竜。
 こいつら、お前の眷属だろうに。

「丸耳族と名づけたのじゃっ!!」

 今決めやがったな。こいつ。

「構わないのじゃ。
 彼女等に鉱石探しをさせるのじゃ!!」

 なんでそんな事になったかというと、盛大に大暴落した撫子株に買いを入れた者がいて、まぁその場に居た満鉄調査部の皆様なのだが。
 こいつならば、他の鉱物資源も探せるんじゃねという事に気づいて一斉に質問の嵐を。

「錫は?」
「ボーキサイトは?」
「タングステンは?」
「ニッケルは?」
「マンガンは?」

 一斉集中砲火に耐え切れなくなった撫子が爆発したのはその三秒後だった。

「うるさいのじゃ!
 うるさいのじゃ!
 うるさいのじゃっ!!!
 そんなに言われても分かる訳ないじゃろうがっ!!」

「では、順番に言いますので」

「ちょ、ちょっと待って欲しいのじゃ」

 いや、涙目で俺を見るなよ。
 助けられないから。
 お前も、飢えた狼の前に餌を置いたらどうなるか分かっているだろうに。

「とりあえず、言葉で言われ「どうぞ。鉱物標本です」……」

 さすが帝大エリート。
 容赦なく馬鹿竜の逃げ道をふさいできやがる。
 で、退路を立たれた撫子は一つ大きくため息をついて口を開いた。

「めんどくさいの、待て、待つのじゃ。
 何もわらわが探さなくても良いであろう。
 もっと、探すのに適した種族がいるから彼女等に探させるのじゃ!!」

 で、そんな汗まみれの撫子の言い訳を聞きながら、聞き逃せない言葉を耳にする。
 彼女等。
 つまり、また女が増えるのか。


 でだ。
 その種族を見に撫子とメイヴと綾子を連れて市場に来た訳だが、その外見がまた想像の斜め上をぶっ飛んでいる訳で。

「な、な、ななな、何ですかっ!あれはっっ!!!」

 その破廉恥極まりない姿に激怒している綾子さんに、メイヴが笑うのを我慢して懇切丁寧に説明している。

「だからドワーフ族です。
 彼女達は地底に住み、穴を掘って生活しているので、体格は当然小さいのです」

(つまり、体は幼子と同じという訳じゃ)

 いや、馬鹿竜よ。テレパスで補足しなくていいから。それ。

「地底は熱いし、鉱山での金属採取や精製を生業としているから当然薄着で、通気性のいい絹を外に出る時の一張羅として着ているんですよ」

(つまり、透け透けじゃが地底では裸で生活しているという訳じゃ)

「撫子さんは黙っていてくださいっ!」

 ほら怒られた。
 まぁ、怒っている綾子も顔が真っ赤なので、俺もにやにやしていたりするのだが。
 で、そんなやり取りなどお構い無しに、鍛冶場にてカンコンカンコンとハンマー片手に鉄を打っている褌幼女、もとい褌ドワーフ、もとい褌丸耳族の少女。
 当然上半身は何もつけていないが、あれだけ激しくハンマーを叩いても胸が揺れていないのは今までの撫子の種族を見てきただけに珍しく見てしまう訳で。

(博之、ぺたんこの方がいいのか?
 ならそれにするが)

 いや、胸は大きな方がいいんだ。
 枕になるし。
 なんて考えていたら、綾子が汚物を見るかのような目で俺を見るのだが。
  
「……最低」

 いや、吐き捨てるような声で淑女たる綾子さんが言うのはいかがなものかと。
 いつから綾子はテレパスが使えるようになったのだろう?
 そんな中、メイヴが更に場をかき乱す衝撃発言を。

「一言言っておきますが、あの方、私の古い友人ですよ」

「「え?」」

 メイヴの一言に見事に固まる、俺と綾子。
 つまり、御年何百歳な訳で。

「何か?」

「「いえ。何も」」

 首を慌てて左右に振る俺と綾子。
 わざわざ、藪をつつく勇気はない。
 そんな騒ぎに気づいたのだろう。
 鉄を打ち終わったらしい、褌丸耳族娘がこっちをじっと見る。

「メイヴかっ!
 久しいなっ!!
 男漁りに来たのか?」

 第一声がそれなあたり間違いなく、これはメイヴの古い友人だ。

「久しぶり。   
 元気にしていた?
 ブリーイッド」

 互いを見て喜ぶメイヴとブリーイッドと呼ばれた幼女。
 それは本当に旧知の友人の出会いに相応しかった。
 何でかハンマーをメイヴに振り下ろそうとするブリーイッドのハンマーをメイヴが真剣白刃取りしているのさえなければ。

「メイヴが来るたびに、毎度毎度男どもを取られて幾年月。
 ここであったが幸い、取られた男の恨みをはらしてくれんっ!」

「大体、ブリーイッドがやれ金属だのやれ機械だのと夢中になるのが悪いのでしょうが。
 その間私が使われて、あんたが捨てられる流れは自業自得よ」

 これで幼女が振り下ろすハンマーをお母さんが取り上げようとする姿にもまぁ見えるから怖い。
 言っている言葉が果てしなく子供に聞かせられるものでは無かったが。

「メイヴさん。
 そろそろ紹介してもらわないと」

 綾子の声に我に返ったブリーイッドがハンマーを下ろしてこちらを見る。
 どうやら撫子の正体を悟ったらしい。

「我が主、お久しぶりです。
 こちらに来られたというのは、また飼われたのですか?」

 飼われたというブリーイッドの言葉に胸が痛む。
 それは、撫子がそのように扱われていた証なのだから。
 だが、俺のそんな気持ちなどテレパスで知っているのに、撫子は嬉しそうに笑って俺の腕に抱きつく。

「そうじゃ。
 今は、博之のものなのじゃ」

 そんな撫子の様子を見て、ブリーイッドも微笑む。

「良き勇者を見つけられたようだ。
 主をこれからもよろしく頼む」

 ドワーフこと丸耳族だが、彼女達は人とエルフとの決定的対立状況において、その専門知識で人との共存を辛うじて許された種でもあった。
 エルフとの対立で人が頼れる大地を司る種族としてだけでなく、彼女達が産出する鉱物資源や生産する製品は人類世界再生に大きな働きをしたというのも大きい。
 とはいえ、異種族に対する不信感は大きく、彼女達のコミュニティは辺境にできたいくつかの女王国を除き、徹底的なまでに分散・縮小化させられた。
 だが、彼女達もしたたかなもので、女王国の鉱山で採取されて彼女達が精製した金属は、街に住む彼女達の工房にしか卸さない事でバランスを取っていたのである。
 なお、このイッソスにおいても工房を構えるのはブリーイッドしかいない。

「ちなみに、彼女は白銀の峰にあるカイル・スィディ女王国の前女王なので」

「「えええっっっっっっ!!!」」

 そのメイヴの爆弾発言に俺と綾子が驚愕の声をあげる。
 聞くと、彼女達の職人気質と人間との共存の為の歴史的背景が理由とか。
 産業革命を経ていないこの世界の文明は、量よりも質の方向に重きが置かれ、『最高品質の物を一人で全て作る事』が職人の一人前の条件となる。
 で、鉱山開発等の人数を必要とする仕事は未熟な者が使われ、そこから残った者が修行をしてひとり立ちするのである。
 彼女達も撫子の眷属特有の長寿を持つがゆえに、独り立ちのあかつきには人の域では達し得ない超絶技術を持つまでになる。
 また、それは極力彼女達のコミュニティの影響力を抑えたい人間達にも都合が良く、独り立ちした彼女達の工房を用意する事で、彼女達の人間社会への影響を排除する事になった。
 ちなみに、この西方世界で彼女達の工房は百を超える事無く、西方世界に住むドワーフの数も三百人を超えないそうだ。
 そのような背景から、必然的に人間世界に工房を持つ者はドワーフ女王国群の外交窓口にもなり、人質の意味合いも込めて人間世界での工房へは王族関係者などの要人が工房を作る事が慣例になっているという。

 なお、メイヴとブリーイッドの出会いは、人間が開発する鉱山技師として彼女が招かれた事だそうで。
 彼女の持つ超絶技術やそれに特化した魔法で、落盤・酸欠・粉塵爆発等を起こさせずに重宝されたはいいが、異種族を使わない鉱山は当然男の職場な訳で。
 そして、ブリーイッドも撫子の眷属だからアレは大好きな訳で。
 そんな情況で仕事に支障が出かねなかったので、男どもの慰安婦として雇われたメイヴがやってきたとか。
 それ以来、長い年月をかけた腐れ縁だそうな。

「という事は、あんたらがダイニホンテイコクか。
 話は聞いているよ。
 あんたらも、ミスリル銀やオリハルコンをご所望かい?」

「なんだそりゃ?」

 俺の一言に呆然とするブリーイッド。
 聞くと、オリハルコンは竜を貫く事ができる硬さを持ち、魔法付与が効く勇者御用達の金属だという。
 ミスリル銀も魔法付与効率が高くマナ汚染を抑える性質を持つ金属で、そのような特性から勇者に好まれて使われているらしい。

「我が主。
 お聞きになりたいのですが、彼、どうやって主を落したのです?」

 俺はそれに答えようとした撫子を手で制して口を開く。 

「先に訂正しておく。
 俺は勇者じゃない。
 ただの人間だ」

「ただの人間様が我が主を落したか。
 こりゃ、人が辺境を支配するのも近いかもしれんな。
 で、ただの人間様は何が欲しいんだい?」

「錫に、ボーキサイトに、タングステンに、ニッケルと、マンガン……」

 俺の求める鉱物資源一斉集中砲火に耐え切れなくなったブリーイッドが爆発したのは主と同じくその三秒後だった。

「そんなに言われても分かる訳ないだろうがっ!!
 とりあえず、言葉で言われ「どうぞ。鉱物標本です」……」

 綾子が差し出した鉱石標本に固まるブリーイッド。
 うん。
 まるで何処かで見たような光景。
 で、見事に逃げ道を塞がれたブリーイッドは、ため息を一つついて肩をすくめた。

「わかったわかった。
 用意するから。
 で、それをどんだけ欲しいんだい?」

「そうだな。
 トンで……」

「トン?」

 そうか。
 こちらの重さの単位が違うのを忘れていた。
 少し考えて、

「この部屋いっぱい……」
「そんなにかっ!」
「……を一万個ぐらい」

 ぱたり。
 それを聞いてぶっ倒れたブリーイッド。
 彼女達にとっては卒倒する量だろうが、これで三流工業国でしかない日本の需要を賄えないと知ったら彼女どんな顔をするのだろうか?
 そんな事を考えながら、介抱する綾子やメイヴと撫子を見ていたのであった。


 帝国の竜神様 069


帝国の竜神様70
2010年10月23日(土) 02:19:41 Modified by nadesikononakanohito




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