帝国の竜神様72
その一 『ブリーイッドがんばるっ!』
撫子三角州に蜘蛛の化け物が襲ってきた時の事を覚えているだろうか?
その時、破壊された九七式中戦車二台が破壊されたのを覚えているだろうか?
その後、竜州軍が来て回収したはいいが、持ち帰って再生するのもあれなぐらい破壊されていたのでそのまま放置されていたのだった。
そんなおもちゃを幼……もとい、ドワーフの前女王が見逃すはすが無かった。
「動くの?これ動くの?」
動かないから放置されているのだが、そんな事目をらんらんと輝かせているブリーイッドに分かる訳もなく。
破壊されて放置している事を説明したら、見る見る落ち込む彼女の姿が兵士達の罪悪感をつつく。
「そういや、師団つきの戦車来てなかったっけ?」
「けど、その連中が見捨てたやつだぞ。これ」
戦車というものは、ただでさえ整備がやっかいな代物である。
ましてや、また竜州に戻ってきた佐藤太輔少将率いる戦車旅団は、石原中将の怪しいコネによって手に入れたM3軽戦車やM3中戦車だけでなく、八九式中戦車、九五式軽戦車、九七式中戦車、九七式中戦車改と、とりあえずあるものをかき集めたらしく多種雑多な為に、整備兵達の阿鼻叫喚が耐える事が無い素敵な職場となっていたのだった。
なんでこんな戦車旅団が編成されたかというと、機甲師団編成のテストを兼ねているとか、国民党支援の横流し品を堂々と編成に組み込もうとして総ツッコミを受けたから竜州に流したとか、諸説流れたが真相は闇の中である。
話がそれた。
とりあえず、このがらくだだが腐れ縁のメイヴに話を通して、撫子経由で正式に所有権がブリーイッドの物(正確には海軍陸戦隊の所有になった)になったので楽しそうに戦車をバラす彼女。
いや、バラすのはいいが修理の金属とかどうするのだろうと思っていたら取り出したのは魔法の鍋。
「ふふ。
主。主の体の一部を頂戴」
「伸びた髪でいいかの?
戻せば鱗になるがな」
鍋に撫子の鱗を入れ、九七式中戦車の破片を混ぜて魔法の火で煮る事数時間。
そこには見事に真っ赤になった金属がこぽこぽと。
「主の体を媒介に使えば、この星のいかなる物でも作れるからね。
人間達は、主の事を『生きる賢者の石』とか呼んでいたし」
呆然とする人間達を尻目に、その鍋から精錬した鉄を使って修理をしだすブリーイッド。
九七式中戦車の外側だけが完成したのは、その一週間後の事だった。
「うごかないいいいいいい!!!!」
「そりゃ、エンジンまでこいつが修理できたら俺達失業だよな……」
九七式中戦車の砲塔の上で泣いている彼女に、整備兵の突っ込みは聞こえる事は無かった。
その二 『ブリーイッドがんばれっ!』
失敗は成功の母である。
努力をあきらめなければ、いずれば成功するのだ。
その信念は、幼女をつき動かしていたのだった。
ずしん……ずしん……
謎の轟音を立て、見張りの兵士が何事かとその方向を見ると、チハが宙に浮いていた。
「!?」
いや、浮いていたのではない。
石人形達に持ち上げられていたのだった。
騎馬戦時の姿勢で三体の石人形に抱えられて、その真ん中に鎮座したチハ。
そのチハの上でよぅ……もとい丸耳族の前女王がきゃっきゃとはしゃいでいたのだった。
さすがに超絶技量を持つブリーイッドといえど、未体験の技術を弄れる訳もなく。
そして修理ができる帝国の整備兵は絶賛修羅場中。
せっかくおもちゃ(戦車)をもらったのに動かせないので、彼女のフラストレーションは溜まっていたのだった。
「そうだ!
知らない技術で動かせないなら、知っている技術で動かしたらいいんだ!!!」
かくして、石人形に抱えられたチハという謎の光景が現出したのだった。
「うわ……」
皆、声が出ないというか出したくない。
なんというか、たまらなくシュールすぎて、この現実を現実と認識したくない。
そんな不思議な光景を、現実的にかつ冷酷に見ていた軍人が煙草をふかしながら呟いた。
「あの嬢ちゃんやってくれたな」
戦車旅団を率いる佐藤少将は、車体正面が石人形によって隠れているので、弾が貫通しないことを見ぬいていた。
もっとも、所詮動きのトロイ石人形なので潰し方はいくらでもあるのだが。
「あれ、どうやって潰せるのかな?」
と、呟いていた副官の頭を叩いて叱り付ける。
「馬鹿!
そんな事も即座に思いつかないで、俺の副官なんてよくできるな!
あれだけ図体がでかくて、足がとろいんだから弾は当て放題だし、あの石人形の足を潰せばバランスを失ってこけるだろうが!!
貴様、俺に恥をかかせるんじゃねぇ!!」
佐藤少将は声の大きな人物だった。
つまり、今の罵倒がそのままブリーイッドに聞こえていたのである。
気持ちよく遊んでいたものにケチをつけられて、そのまま流せるほど彼女も人間、もといドワーフができていなかった。
なお、佐藤少将の声にかくれて副官の、
「畜生。いつか殺してやる」
という声が聞こえなかったのは、どうでもいいことだったりする。
チハの上で彼女は考える。
動力を石人形に頼るなら、佐藤少将が言った図体の大きさと動きの遅さ、石人形の足は致命的欠点でもあった。
考えている彼女の先にあったあるものを見て、彼女はひらめいた。
「そうだっ!
攻撃に耐えられる耐久力を持つだけの大きなものを抱えればいいんだ!!
大きさゆえに、抱える石人形の数は膨大になるから、一・二体こけようが壊れようがどうでも良くなる!!!!」
こうして、彼女は竜州艦隊司令部にすっ飛んで行き、撫子経由で、
「あれ、陸上に上げて走らせたいから貸して!」
と、渇国派遣艦隊で帰還待ちをしていた扶桑を指名して、竜州艦隊および渇国派遣艦隊に微笑ましい騒動を引き起こすのだが、それは別の話。
なお、この話を竜州艦隊からの抗議と共に聞いた佐藤少将は、近年まれに見る大笑いを続けて副官に不審がられたのだがそれはどうでもいい話。
その三 『ブリーイッドがんばった!』
鏡の川の支流『布流れ川』を地響きと波飛沫を立ててその巨人達は進む。
その由来は、この川が獣耳族の主要逃亡路で、虫達に襲われた彼女たちの衣服のみが川を下ってくる事からきている。
数十体の石人形に神輿のように担がれて、その担がれた巨体は布流れ川を遡上していた。
「艦長。
今のところ異常はありません」
黒長耳族の操舵魔術師の報告に、陸上巡洋艦八雲艦長の大田実大佐は頷きながら内心でぼやく。
なんとも珍妙な艦の艦長を引き受けてしまったものだと。
陸上巡洋艦。
そもそも、この奇妙奇天烈珍妙な船が出来上がるきっかけというのが、撫子三角州で最近騒動を巻き起こす子供……もとい丸耳族の前女王のおかげである。
「船を陸に上げて使う」
という、発想そのものが狂っている提案を真に受けた馬鹿……もとい天才がこの計画を後押ししてしまったのである。
その馬鹿……もとい天才の名前を竜州軍参謀長の石原莞爾という。
「面白いじゃないか」
なんでこんな馬鹿な提案を真に受けたかというと、現在モスクワ近辺で続けられている独ソの死闘の戦訓がちらちらと帝国にも届きだしたからである。
特に注目したのが、帝国陸軍にとっても仮想敵であるソ連軍の攻勢準備段階の砲撃のしつこさと、独軍がモスクワまで占領した電撃戦の機動力だった。
今の帝国陸軍にこの砲撃に対抗できる砲力は無く、独軍の機動力をソ連が学び取った場合、その速攻に帝国陸軍は対処できないと石原は判断していたのだった。
ところが、この竜州にやってきた幼女……もとい丸耳族の前女王は戦艦扶桑をご指名してきた規格外の幼女である。
ものは試しと聞いてみると、
「あれ(扶桑)を人が歩く程度の速さで陸に上げて動かすのよ!」
ときたもんだ。
ちょっとやそっとで落ちない重武装の移動司令部、いや動く要塞という所か。
そう考えると、すごく魅力的に見えるから不思議だ。
まず、砲力だが戦艦の主砲である。
陸上においてこれほど強力なものは無い。
それは装甲においても同じで、陸上火力で戦艦の重要防御区画を抜ける訳が無い。
まぁ、航空機に来られたらどうしようもないが、そもそも司令部にまで航空機が来る時点で制空権は失っている訳だから、その前段階である航空優勢を確保し続けるならば問題は無い。
そして、彼が着目したのは動くという所。
たとえ、徒歩の速さでもあれが動くというのは大きい。
何しろ戦艦の主砲は、距離だけなら三万メートルはゆうに届く。
徒歩で一日あたり十数キロあたりの移動は、その分の射程の増大(もちろんこのままぶっ放せばこけるのだが、それは魔法でなんとかできるのだろうと考えていた)につながる。
電撃戦は要塞などを迂回する事が前提となるのだが、このような動く要塞が背後で蠢動されたら、後方の連絡線は簡単に破綻する。
だから、いやでも敵はこの陸上戦艦に兵力をつけて拘束しようとする。
それだけでも、機動力に対処できない今の帝国陸軍にどれほどの恩恵をもたらすか。
かくして、石原中将は幼女の話に興味を示したのだった。
「馬鹿か?
戦艦の主砲の反動なめんな!!」
最初幼女がこの話を持ってきた時の海軍関係者の反応は、皆こんなものだった。
そもそも、陸上を戦艦が歩くという発想についてゆけない。
だが、海軍関係者もこの幼女から湧き出る想像の右斜め上と、無駄な行動力を舐めていた。
「そうだ!
ならば、主に運河を掘ってそこを船が通ればいいんだ!!」
その一言で海軍関係者は考えるのを止めた。
で、こんな厄介事を処理する為に存在している、月一で本土に戻る事が義務付けられている真田少佐に全てを丸投げしたのだった。
真田少佐の報告を聞いたばくち打ちな軍令部総長とその友人の元社長は、あまりの荒唐無稽さに頭を抱え込んだのだが、しばらくして我に返る。
「そういや、使ってない装甲巡洋艦があったな。
あれでも陸上なら問題ない火力があるぞ」
「どうやって金出す理由でっち上げるんだよ。
『陸上で使います』って素直に言ってみろ。
狂人扱いされるぞ」
ばくち打ちの嘆きに、元社長が即座に理由をでっちあげる。
「情報士官や応急要員としての娘さん達が乗艦する事になっていただろう。
あれの実験艦にする。
ナースもいるが、ほとんどが黒長耳族や獣耳族だから、向こうの世界の方がやりやすい」
すらすらとこの手のでっち上げができるあたり、伊達に元社長をやっていない。
そんな感心の目をばくち打ちがしていたら、元社長はあきれたようにため息をつく。
「何、感心している。
実際に説得するのはお前だろうが」
元社長の呆れ声に、ばくち打ちも苦笑して返す。
「どうせ、竜州艦隊には河川砲艦は配備せねばならんのだ。
だが、発注をかけても物ができあがるのは来年な以上、今ある戦力でなんとかするというのが妥当かな。
何しろ、巣にいる娘っ子達を助ける事が、帝国財政救済の必須条件になるんだからな」
現在の大日本帝国は、十年近い中国大陸における戦争によって膨らんだ戦時国債の償還を、黒長耳族や獣耳族を担保にした開発国債の借り換えという形でしのぐ、果てしなく危ない自転車運営を続けていたのだった。
ここで重要なのは、大事なのは本質的に虫の巣に捕らわれている彼女達自身ではない。
既に狂人と化そうが、四肢が巣と繋がっていようが構わない。
黒長耳族と獣耳族を孕める彼女達の子宮こそ、現在の大日本帝国は切実に求めているのだった。
開発国債は現在飛ぶように売れ、それが戦時国債の償還と財政の急場凌ぎを支えている理由は、撫子を筆頭とする彼女たちの力が持つ可能性に投資家が賭けているからに他ならない。
「あと数年もすれば、黒部ダムが彼女達によって作られますよ」
「あと十年もすれば、青函トンネルが彼女達によって作られますよ」
「あと二十年もすれば、弾丸列車が彼女達によって全通しますよ」
これらの誇大妄想が成立すると信じられる絶対条件はただ一つ、彼女達の人口増加に他ならない。
だからこそ、撫子三角州では現地妻達に荒くれ兵どもが種付けをするのを推奨する訳で、それでも人口増加は彼女達の子宮数によって制限される。
その制限が取り払える可能性を、ブリーイッドがくれた情報は秘めていた。
あの広大なる虚無の平原を虚無のままに維持する為に、黒長耳族や獣耳族等の人間型の牝が巣に捕らわれている。
その数は分からないが、万では足りないだろう。
十万・百万単位の黒長耳族・獣耳族の可能性の報告は、文字通りの『宝の山』として、大蔵省と内務省に狂喜の歓声をあげさせたのである。
後に、
このブリーイッド報告をもって、大日本帝国は異世界という大航海時代に乗り出した。
と言われるほど、竜州殖民と虫の巣殲滅戦を推し進める事になるのだが、ひとまず話を戻そう。
このばくち打ちと元社長のでっちあげが通ったのは、陸軍側からの要請(もちろん手を回したのは石原である)もあるが、このブリーイッド報告で竜州関連予算が通りやすくなっていたのも大きかったのである。
かくして幼女に褒賞のこどく船が与えられたのだった。
それが、もう戦力として役には立たないだろうと思われていた装甲巡洋艦八雲だった。
本土のドックは全て予算削減による建造計画の大混乱で使えなかったのだが、どこかの馬鹿竜が竜州の地でドックを作ってしまったので部品一式と工員を貨物船に乗せて八雲は竜州に現れた。
で、狂喜して調べている幼女をほおっておいて、工員達は八雲の改造を淡々とするのだった。
陸上を歩く船なので副砲や魚雷発射管を取っ払い、それらがあった場所に石人形や水人形が担ぎやすいように担ぎ棒を取り付ける。
で、イッソスのマンティコア戦や撫子三角州の巨大蜘蛛戦の戦訓から、12.7センチ連装高角砲を四基八門、25ミリ機銃連装を八基取り付けた。
機関や主砲は改造すると時間がかかるので放置。
そもそも、この船は機関を使わずに進むので(もちろん生活維持などでは使うが)、いじる必要もない。
その分、撫子が生み出す魔竜玉を馬鹿食いするので、後にこの船を知ったある人間の魔術師など、
「狂気の沙汰」
と呆れられる始末。
まぁ、この時点でさして魔竜玉の使い道が無かった帝国にとってまったく問題にならなかったのだが。
通信を強化し、空いた石炭置き場に黒長耳族や獣耳族のスペースを用意したこの船は、誰が呼んだか知らないが、
陸上巡洋艦
という名前を頂き、その響きがいいからなのか兵達に浸透してしまったのだった。
かくして、幼女の執念ここに結実する。
使う方はたまった物ではないのだが。
で、この八雲は一等巡洋艦な為に艦長は大佐が当てられ、その不幸にも白羽の矢が立てられたのが大田大佐であった。
彼が選ばれたのは、海軍陸戦隊指揮官としての経験を買われたのが大きく、それを彼自身も認識していた。
大田大佐が何気に艦橋を見渡すと、実際の操縦をする黒長耳族の魔術師達に航海科士官が船の動きそのものを教えている。
何しろ、数十体の石人形の制御など一人で行えるはすが無く、一人数体の石人形を十数人で連携して動かすのだから、何処の神輿かと最初聞いた時には思ったものだ。
『動かす』のと『使える』のはまた別なのである。
虫の襲来時は高角砲や機銃で対処できるのは分かっているが、何から何までの初めてづくしのこの船の運用を考えるだけで大田大佐は頭が痛くなる。
で、そんな船の試験航海が鏡の川の遡上だった。
それも理由があって、最悪、川を掘ってもらえば主砲が撃てるからである。
「で、確かなのかね?」
「間違いありません。
この上流、布流れ川の先にて獣耳族の集団が野営をしていました。
数は子供を含めて三十八人。
テレパスで彼女達と交信し、確認しています」
やってきた黒長耳族の天馬乗り――ペガサスライダー――の報告に、大田大佐は顔を険しくした。
こちらの世界での航空戦力であるペガサスを、イッソスでの交易で買うものが無くなりつつある帝国側が研究用に数騎購入したのだが、心得がある黒長耳族や獣耳族が志願して使っているのだった。
撫子三角州に帝国が進出し、その航空機が空を舞いだしてもこの荒れた大地は圧倒的に広く、その埋め切れない穴をこれらの幻獣達で埋めざるを得なかったのである。
今では三十騎ほどのペガサスがこの竜州を舞っているのだが、八雲の巨体はこれらの幻獣達のかっこうの休憩場所になったのである。
それは偵察効率の向上を伴い、虚無の平原を逃れる獣耳族救出の上昇に繋がってゆく。
「竜州艦隊司令部に連絡。
位置を教えて、航空機で再度偵察。
虫達がいないか確認してもらってくれ。
副長。
この船が彼女達の所に着くまで何日かかるか?」
「向こうも歩いて来ているなら、三日。
筏か何かで川を下れるなら、明日にも合流できます」
「ですが、彼女達は既に疲労困憊しており、筏を作るだけの魔力も体力もありません!
……失礼しました」
副長の言葉に、思わず天馬乗りが口を出してしまい謝罪する。
その彼女にふいに現れた狐耳の少女がとことこと近づいて、彼女にしがみついた。
「その子は?」
「先の群れで一番幼い子で、彼女の母親から頼まれました。
先の群れも、この虚無の平原に入る前は三百近く居たらしく……」
天馬乗りの淡々とした口調に、かえって悔しさが浮き彫りになる。
彼女達では群れ全てを救うことができない。
だからこそ、彼女達に幼子を預けて、群れは虫に襲われ全滅したというケースはいくらでもあったのである。
「おかあさん……どこ……?」
狐耳族の幼子の小さな手か振るえながらも、天馬乗りを離さない。
大田大佐は手を幼子の頭に置き、優しく撫でた。
「安心しなさい。
君のお母さんも、群れのみんなも助けてあげよう」
その顔に浮かぶ大田大佐の決意に、艦橋に居たみなの心が一つになる。
同じ顔をしているのに大田大佐は気づかずに、天馬乗りにたずねる。
「この天馬はあと何騎出せる?」
「……偵察に穴を空けないならば、せいぜい数騎しか」
申し訳なさそうな天馬乗りの言葉など気にせずに、大田大佐は明るく笑って見せた。
「それだけあれば、十分だ」
と。
翌日、ボートで流れてきた狐耳族の群れと八雲は合流した。
全員艦橋に引き上げられ、先に助けられた幼子は母親に抱きついて二人とも涙を流していた。
「良く思いつきましたね。
『天馬を複数使ってボートを吊り上げて運ぶ』なんて事」
副長の質問に大田大佐が苦笑する。
「この世界ならそんな事もできるかもと思っていただけさ。
何しろ、この船を持ち上げて動かすのがまかり通るぐらいだからな」
「違いないですな」
二人して笑っていた所に通信兵が入る。
「竜州航空隊より入電。
『これより、虫の群れに攻撃をかける』
以上です」
案の定、この群れを虫達は狙っていた。
それを航空偵察で発見したので、こうして阻止攻撃に航空隊が動いたのだった。
「さて、我々も仕事をしようじゃないか。
警戒を密にしろ。
討ち漏らしがあるかもしれんからな」
「はっ」
幸いにも、航空隊が仕事をきちんとしたらしく、虫の襲来に出会う事も無く八雲は撫子三角州に寄港した。
これ以後も彼女達は多くの獣耳族や黒長耳族を助け、『竜州の守護神』として竜州の民に慕われた。
だが、この船に改造主であるブリーイッドにそんな未来が分かるはずも無く、この陸上巡洋艦が寄港するたびに船内ではしゃいでいる姿を目撃されたという。
帝国の竜神様 072
次帝国の竜神様73
撫子三角州に蜘蛛の化け物が襲ってきた時の事を覚えているだろうか?
その時、破壊された九七式中戦車二台が破壊されたのを覚えているだろうか?
その後、竜州軍が来て回収したはいいが、持ち帰って再生するのもあれなぐらい破壊されていたのでそのまま放置されていたのだった。
そんなおもちゃを幼……もとい、ドワーフの前女王が見逃すはすが無かった。
「動くの?これ動くの?」
動かないから放置されているのだが、そんな事目をらんらんと輝かせているブリーイッドに分かる訳もなく。
破壊されて放置している事を説明したら、見る見る落ち込む彼女の姿が兵士達の罪悪感をつつく。
「そういや、師団つきの戦車来てなかったっけ?」
「けど、その連中が見捨てたやつだぞ。これ」
戦車というものは、ただでさえ整備がやっかいな代物である。
ましてや、また竜州に戻ってきた佐藤太輔少将率いる戦車旅団は、石原中将の怪しいコネによって手に入れたM3軽戦車やM3中戦車だけでなく、八九式中戦車、九五式軽戦車、九七式中戦車、九七式中戦車改と、とりあえずあるものをかき集めたらしく多種雑多な為に、整備兵達の阿鼻叫喚が耐える事が無い素敵な職場となっていたのだった。
なんでこんな戦車旅団が編成されたかというと、機甲師団編成のテストを兼ねているとか、国民党支援の横流し品を堂々と編成に組み込もうとして総ツッコミを受けたから竜州に流したとか、諸説流れたが真相は闇の中である。
話がそれた。
とりあえず、このがらくだだが腐れ縁のメイヴに話を通して、撫子経由で正式に所有権がブリーイッドの物(正確には海軍陸戦隊の所有になった)になったので楽しそうに戦車をバラす彼女。
いや、バラすのはいいが修理の金属とかどうするのだろうと思っていたら取り出したのは魔法の鍋。
「ふふ。
主。主の体の一部を頂戴」
「伸びた髪でいいかの?
戻せば鱗になるがな」
鍋に撫子の鱗を入れ、九七式中戦車の破片を混ぜて魔法の火で煮る事数時間。
そこには見事に真っ赤になった金属がこぽこぽと。
「主の体を媒介に使えば、この星のいかなる物でも作れるからね。
人間達は、主の事を『生きる賢者の石』とか呼んでいたし」
呆然とする人間達を尻目に、その鍋から精錬した鉄を使って修理をしだすブリーイッド。
九七式中戦車の外側だけが完成したのは、その一週間後の事だった。
「うごかないいいいいいい!!!!」
「そりゃ、エンジンまでこいつが修理できたら俺達失業だよな……」
九七式中戦車の砲塔の上で泣いている彼女に、整備兵の突っ込みは聞こえる事は無かった。
その二 『ブリーイッドがんばれっ!』
失敗は成功の母である。
努力をあきらめなければ、いずれば成功するのだ。
その信念は、幼女をつき動かしていたのだった。
ずしん……ずしん……
謎の轟音を立て、見張りの兵士が何事かとその方向を見ると、チハが宙に浮いていた。
「!?」
いや、浮いていたのではない。
石人形達に持ち上げられていたのだった。
騎馬戦時の姿勢で三体の石人形に抱えられて、その真ん中に鎮座したチハ。
そのチハの上でよぅ……もとい丸耳族の前女王がきゃっきゃとはしゃいでいたのだった。
さすがに超絶技量を持つブリーイッドといえど、未体験の技術を弄れる訳もなく。
そして修理ができる帝国の整備兵は絶賛修羅場中。
せっかくおもちゃ(戦車)をもらったのに動かせないので、彼女のフラストレーションは溜まっていたのだった。
「そうだ!
知らない技術で動かせないなら、知っている技術で動かしたらいいんだ!!!」
かくして、石人形に抱えられたチハという謎の光景が現出したのだった。
「うわ……」
皆、声が出ないというか出したくない。
なんというか、たまらなくシュールすぎて、この現実を現実と認識したくない。
そんな不思議な光景を、現実的にかつ冷酷に見ていた軍人が煙草をふかしながら呟いた。
「あの嬢ちゃんやってくれたな」
戦車旅団を率いる佐藤少将は、車体正面が石人形によって隠れているので、弾が貫通しないことを見ぬいていた。
もっとも、所詮動きのトロイ石人形なので潰し方はいくらでもあるのだが。
「あれ、どうやって潰せるのかな?」
と、呟いていた副官の頭を叩いて叱り付ける。
「馬鹿!
そんな事も即座に思いつかないで、俺の副官なんてよくできるな!
あれだけ図体がでかくて、足がとろいんだから弾は当て放題だし、あの石人形の足を潰せばバランスを失ってこけるだろうが!!
貴様、俺に恥をかかせるんじゃねぇ!!」
佐藤少将は声の大きな人物だった。
つまり、今の罵倒がそのままブリーイッドに聞こえていたのである。
気持ちよく遊んでいたものにケチをつけられて、そのまま流せるほど彼女も人間、もといドワーフができていなかった。
なお、佐藤少将の声にかくれて副官の、
「畜生。いつか殺してやる」
という声が聞こえなかったのは、どうでもいいことだったりする。
チハの上で彼女は考える。
動力を石人形に頼るなら、佐藤少将が言った図体の大きさと動きの遅さ、石人形の足は致命的欠点でもあった。
考えている彼女の先にあったあるものを見て、彼女はひらめいた。
「そうだっ!
攻撃に耐えられる耐久力を持つだけの大きなものを抱えればいいんだ!!
大きさゆえに、抱える石人形の数は膨大になるから、一・二体こけようが壊れようがどうでも良くなる!!!!」
こうして、彼女は竜州艦隊司令部にすっ飛んで行き、撫子経由で、
「あれ、陸上に上げて走らせたいから貸して!」
と、渇国派遣艦隊で帰還待ちをしていた扶桑を指名して、竜州艦隊および渇国派遣艦隊に微笑ましい騒動を引き起こすのだが、それは別の話。
なお、この話を竜州艦隊からの抗議と共に聞いた佐藤少将は、近年まれに見る大笑いを続けて副官に不審がられたのだがそれはどうでもいい話。
その三 『ブリーイッドがんばった!』
鏡の川の支流『布流れ川』を地響きと波飛沫を立ててその巨人達は進む。
その由来は、この川が獣耳族の主要逃亡路で、虫達に襲われた彼女たちの衣服のみが川を下ってくる事からきている。
数十体の石人形に神輿のように担がれて、その担がれた巨体は布流れ川を遡上していた。
「艦長。
今のところ異常はありません」
黒長耳族の操舵魔術師の報告に、陸上巡洋艦八雲艦長の大田実大佐は頷きながら内心でぼやく。
なんとも珍妙な艦の艦長を引き受けてしまったものだと。
陸上巡洋艦。
そもそも、この奇妙奇天烈珍妙な船が出来上がるきっかけというのが、撫子三角州で最近騒動を巻き起こす子供……もとい丸耳族の前女王のおかげである。
「船を陸に上げて使う」
という、発想そのものが狂っている提案を真に受けた馬鹿……もとい天才がこの計画を後押ししてしまったのである。
その馬鹿……もとい天才の名前を竜州軍参謀長の石原莞爾という。
「面白いじゃないか」
なんでこんな馬鹿な提案を真に受けたかというと、現在モスクワ近辺で続けられている独ソの死闘の戦訓がちらちらと帝国にも届きだしたからである。
特に注目したのが、帝国陸軍にとっても仮想敵であるソ連軍の攻勢準備段階の砲撃のしつこさと、独軍がモスクワまで占領した電撃戦の機動力だった。
今の帝国陸軍にこの砲撃に対抗できる砲力は無く、独軍の機動力をソ連が学び取った場合、その速攻に帝国陸軍は対処できないと石原は判断していたのだった。
ところが、この竜州にやってきた幼女……もとい丸耳族の前女王は戦艦扶桑をご指名してきた規格外の幼女である。
ものは試しと聞いてみると、
「あれ(扶桑)を人が歩く程度の速さで陸に上げて動かすのよ!」
ときたもんだ。
ちょっとやそっとで落ちない重武装の移動司令部、いや動く要塞という所か。
そう考えると、すごく魅力的に見えるから不思議だ。
まず、砲力だが戦艦の主砲である。
陸上においてこれほど強力なものは無い。
それは装甲においても同じで、陸上火力で戦艦の重要防御区画を抜ける訳が無い。
まぁ、航空機に来られたらどうしようもないが、そもそも司令部にまで航空機が来る時点で制空権は失っている訳だから、その前段階である航空優勢を確保し続けるならば問題は無い。
そして、彼が着目したのは動くという所。
たとえ、徒歩の速さでもあれが動くというのは大きい。
何しろ戦艦の主砲は、距離だけなら三万メートルはゆうに届く。
徒歩で一日あたり十数キロあたりの移動は、その分の射程の増大(もちろんこのままぶっ放せばこけるのだが、それは魔法でなんとかできるのだろうと考えていた)につながる。
電撃戦は要塞などを迂回する事が前提となるのだが、このような動く要塞が背後で蠢動されたら、後方の連絡線は簡単に破綻する。
だから、いやでも敵はこの陸上戦艦に兵力をつけて拘束しようとする。
それだけでも、機動力に対処できない今の帝国陸軍にどれほどの恩恵をもたらすか。
かくして、石原中将は幼女の話に興味を示したのだった。
「馬鹿か?
戦艦の主砲の反動なめんな!!」
最初幼女がこの話を持ってきた時の海軍関係者の反応は、皆こんなものだった。
そもそも、陸上を戦艦が歩くという発想についてゆけない。
だが、海軍関係者もこの幼女から湧き出る想像の右斜め上と、無駄な行動力を舐めていた。
「そうだ!
ならば、主に運河を掘ってそこを船が通ればいいんだ!!」
その一言で海軍関係者は考えるのを止めた。
で、こんな厄介事を処理する為に存在している、月一で本土に戻る事が義務付けられている真田少佐に全てを丸投げしたのだった。
真田少佐の報告を聞いたばくち打ちな軍令部総長とその友人の元社長は、あまりの荒唐無稽さに頭を抱え込んだのだが、しばらくして我に返る。
「そういや、使ってない装甲巡洋艦があったな。
あれでも陸上なら問題ない火力があるぞ」
「どうやって金出す理由でっち上げるんだよ。
『陸上で使います』って素直に言ってみろ。
狂人扱いされるぞ」
ばくち打ちの嘆きに、元社長が即座に理由をでっちあげる。
「情報士官や応急要員としての娘さん達が乗艦する事になっていただろう。
あれの実験艦にする。
ナースもいるが、ほとんどが黒長耳族や獣耳族だから、向こうの世界の方がやりやすい」
すらすらとこの手のでっち上げができるあたり、伊達に元社長をやっていない。
そんな感心の目をばくち打ちがしていたら、元社長はあきれたようにため息をつく。
「何、感心している。
実際に説得するのはお前だろうが」
元社長の呆れ声に、ばくち打ちも苦笑して返す。
「どうせ、竜州艦隊には河川砲艦は配備せねばならんのだ。
だが、発注をかけても物ができあがるのは来年な以上、今ある戦力でなんとかするというのが妥当かな。
何しろ、巣にいる娘っ子達を助ける事が、帝国財政救済の必須条件になるんだからな」
現在の大日本帝国は、十年近い中国大陸における戦争によって膨らんだ戦時国債の償還を、黒長耳族や獣耳族を担保にした開発国債の借り換えという形でしのぐ、果てしなく危ない自転車運営を続けていたのだった。
ここで重要なのは、大事なのは本質的に虫の巣に捕らわれている彼女達自身ではない。
既に狂人と化そうが、四肢が巣と繋がっていようが構わない。
黒長耳族と獣耳族を孕める彼女達の子宮こそ、現在の大日本帝国は切実に求めているのだった。
開発国債は現在飛ぶように売れ、それが戦時国債の償還と財政の急場凌ぎを支えている理由は、撫子を筆頭とする彼女たちの力が持つ可能性に投資家が賭けているからに他ならない。
「あと数年もすれば、黒部ダムが彼女達によって作られますよ」
「あと十年もすれば、青函トンネルが彼女達によって作られますよ」
「あと二十年もすれば、弾丸列車が彼女達によって全通しますよ」
これらの誇大妄想が成立すると信じられる絶対条件はただ一つ、彼女達の人口増加に他ならない。
だからこそ、撫子三角州では現地妻達に荒くれ兵どもが種付けをするのを推奨する訳で、それでも人口増加は彼女達の子宮数によって制限される。
その制限が取り払える可能性を、ブリーイッドがくれた情報は秘めていた。
あの広大なる虚無の平原を虚無のままに維持する為に、黒長耳族や獣耳族等の人間型の牝が巣に捕らわれている。
その数は分からないが、万では足りないだろう。
十万・百万単位の黒長耳族・獣耳族の可能性の報告は、文字通りの『宝の山』として、大蔵省と内務省に狂喜の歓声をあげさせたのである。
後に、
このブリーイッド報告をもって、大日本帝国は異世界という大航海時代に乗り出した。
と言われるほど、竜州殖民と虫の巣殲滅戦を推し進める事になるのだが、ひとまず話を戻そう。
このばくち打ちと元社長のでっちあげが通ったのは、陸軍側からの要請(もちろん手を回したのは石原である)もあるが、このブリーイッド報告で竜州関連予算が通りやすくなっていたのも大きかったのである。
かくして幼女に褒賞のこどく船が与えられたのだった。
それが、もう戦力として役には立たないだろうと思われていた装甲巡洋艦八雲だった。
本土のドックは全て予算削減による建造計画の大混乱で使えなかったのだが、どこかの馬鹿竜が竜州の地でドックを作ってしまったので部品一式と工員を貨物船に乗せて八雲は竜州に現れた。
で、狂喜して調べている幼女をほおっておいて、工員達は八雲の改造を淡々とするのだった。
陸上を歩く船なので副砲や魚雷発射管を取っ払い、それらがあった場所に石人形や水人形が担ぎやすいように担ぎ棒を取り付ける。
で、イッソスのマンティコア戦や撫子三角州の巨大蜘蛛戦の戦訓から、12.7センチ連装高角砲を四基八門、25ミリ機銃連装を八基取り付けた。
機関や主砲は改造すると時間がかかるので放置。
そもそも、この船は機関を使わずに進むので(もちろん生活維持などでは使うが)、いじる必要もない。
その分、撫子が生み出す魔竜玉を馬鹿食いするので、後にこの船を知ったある人間の魔術師など、
「狂気の沙汰」
と呆れられる始末。
まぁ、この時点でさして魔竜玉の使い道が無かった帝国にとってまったく問題にならなかったのだが。
通信を強化し、空いた石炭置き場に黒長耳族や獣耳族のスペースを用意したこの船は、誰が呼んだか知らないが、
陸上巡洋艦
という名前を頂き、その響きがいいからなのか兵達に浸透してしまったのだった。
かくして、幼女の執念ここに結実する。
使う方はたまった物ではないのだが。
で、この八雲は一等巡洋艦な為に艦長は大佐が当てられ、その不幸にも白羽の矢が立てられたのが大田大佐であった。
彼が選ばれたのは、海軍陸戦隊指揮官としての経験を買われたのが大きく、それを彼自身も認識していた。
大田大佐が何気に艦橋を見渡すと、実際の操縦をする黒長耳族の魔術師達に航海科士官が船の動きそのものを教えている。
何しろ、数十体の石人形の制御など一人で行えるはすが無く、一人数体の石人形を十数人で連携して動かすのだから、何処の神輿かと最初聞いた時には思ったものだ。
『動かす』のと『使える』のはまた別なのである。
虫の襲来時は高角砲や機銃で対処できるのは分かっているが、何から何までの初めてづくしのこの船の運用を考えるだけで大田大佐は頭が痛くなる。
で、そんな船の試験航海が鏡の川の遡上だった。
それも理由があって、最悪、川を掘ってもらえば主砲が撃てるからである。
「で、確かなのかね?」
「間違いありません。
この上流、布流れ川の先にて獣耳族の集団が野営をしていました。
数は子供を含めて三十八人。
テレパスで彼女達と交信し、確認しています」
やってきた黒長耳族の天馬乗り――ペガサスライダー――の報告に、大田大佐は顔を険しくした。
こちらの世界での航空戦力であるペガサスを、イッソスでの交易で買うものが無くなりつつある帝国側が研究用に数騎購入したのだが、心得がある黒長耳族や獣耳族が志願して使っているのだった。
撫子三角州に帝国が進出し、その航空機が空を舞いだしてもこの荒れた大地は圧倒的に広く、その埋め切れない穴をこれらの幻獣達で埋めざるを得なかったのである。
今では三十騎ほどのペガサスがこの竜州を舞っているのだが、八雲の巨体はこれらの幻獣達のかっこうの休憩場所になったのである。
それは偵察効率の向上を伴い、虚無の平原を逃れる獣耳族救出の上昇に繋がってゆく。
「竜州艦隊司令部に連絡。
位置を教えて、航空機で再度偵察。
虫達がいないか確認してもらってくれ。
副長。
この船が彼女達の所に着くまで何日かかるか?」
「向こうも歩いて来ているなら、三日。
筏か何かで川を下れるなら、明日にも合流できます」
「ですが、彼女達は既に疲労困憊しており、筏を作るだけの魔力も体力もありません!
……失礼しました」
副長の言葉に、思わず天馬乗りが口を出してしまい謝罪する。
その彼女にふいに現れた狐耳の少女がとことこと近づいて、彼女にしがみついた。
「その子は?」
「先の群れで一番幼い子で、彼女の母親から頼まれました。
先の群れも、この虚無の平原に入る前は三百近く居たらしく……」
天馬乗りの淡々とした口調に、かえって悔しさが浮き彫りになる。
彼女達では群れ全てを救うことができない。
だからこそ、彼女達に幼子を預けて、群れは虫に襲われ全滅したというケースはいくらでもあったのである。
「おかあさん……どこ……?」
狐耳族の幼子の小さな手か振るえながらも、天馬乗りを離さない。
大田大佐は手を幼子の頭に置き、優しく撫でた。
「安心しなさい。
君のお母さんも、群れのみんなも助けてあげよう」
その顔に浮かぶ大田大佐の決意に、艦橋に居たみなの心が一つになる。
同じ顔をしているのに大田大佐は気づかずに、天馬乗りにたずねる。
「この天馬はあと何騎出せる?」
「……偵察に穴を空けないならば、せいぜい数騎しか」
申し訳なさそうな天馬乗りの言葉など気にせずに、大田大佐は明るく笑って見せた。
「それだけあれば、十分だ」
と。
翌日、ボートで流れてきた狐耳族の群れと八雲は合流した。
全員艦橋に引き上げられ、先に助けられた幼子は母親に抱きついて二人とも涙を流していた。
「良く思いつきましたね。
『天馬を複数使ってボートを吊り上げて運ぶ』なんて事」
副長の質問に大田大佐が苦笑する。
「この世界ならそんな事もできるかもと思っていただけさ。
何しろ、この船を持ち上げて動かすのがまかり通るぐらいだからな」
「違いないですな」
二人して笑っていた所に通信兵が入る。
「竜州航空隊より入電。
『これより、虫の群れに攻撃をかける』
以上です」
案の定、この群れを虫達は狙っていた。
それを航空偵察で発見したので、こうして阻止攻撃に航空隊が動いたのだった。
「さて、我々も仕事をしようじゃないか。
警戒を密にしろ。
討ち漏らしがあるかもしれんからな」
「はっ」
幸いにも、航空隊が仕事をきちんとしたらしく、虫の襲来に出会う事も無く八雲は撫子三角州に寄港した。
これ以後も彼女達は多くの獣耳族や黒長耳族を助け、『竜州の守護神』として竜州の民に慕われた。
だが、この船に改造主であるブリーイッドにそんな未来が分かるはずも無く、この陸上巡洋艦が寄港するたびに船内ではしゃいでいる姿を目撃されたという。
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2012年01月10日(火) 19:43:49 Modified by nadesikononakanohito