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「プロデューサーはボクのこと嫌いなのかなあ」

街灯もまばらな帰り道で、真が呟く。
珍しい弱音に、隣を歩く千早は驚いた。

「そんなことないわ、とでも言えばいいのかしら。ミスを指摘するのもプロデューサーの仕事だもの」
「え」
「ミスは誰にでもあるし、大事なことはいかにそれを減らしていき完璧な表現をするかであって…」
「千早冷たい」
「…そうね、冷たい人間なので、やっぱり自宅に戻ります」
「ウソウソ嘘だよ、今夜ひとりでいたら寂しくて死んじゃいそう」
千早の手を握りしめてブンブンと振り回す、まるで子供のように。
「誰だって甘えたい時もあるけど」
「そうでしょ、ボク今まさにそんな感じ。かっこ悪いけど」
「…たまにはいいんじゃない」
「へへ、よかった、千早は大人で」
真は千早の腕に腕を絡ませて、返事を確かめるように見上げる。
「…」
「はいはい真ちゃん、きょうは千早おねえちゃんが一緒で良かったでちゅねー」
「もう!イヤミだなぁ!」
大体ボクのほうがお姉さんなんだぞ!と真が力説するも、千早にくっついたままなので説得力のかけらもない。
これはこれで面白いわ、と千早はおとなしく聞いていた。

カバンの奥で携帯が鳴る。あずささんからの返信だろう。
良かった、真の家に着く前で。千早はそっと胸をなでおろす。





真の部屋には、食器も何もかも「お客さん用」が用意されていた。
事務所の子がよく来るの?と千早が尋ねると「うーん、多いかも」と曖昧な返事。
ただしベッドはひとつしかないらしい。
「ひとつ?」
「うん、みんなあんまり気にしなかったけど…嫌ならボクはソファで寝るよ?」
この『みんな』は誰から誰までなのかまではさすがに尋ねる気になれず、千早は黙り込む。





「で、結局」
「仕事の話しかしていないわね…」
横になったまま、並んで暗い天井を見上げている二人はかれこれ二時間近く『今日の反省』を続けている。
二人の間には腕一本ほどの距離。

残念ながら千早に空気を変えるなどという大技は出来ない。
あずさに助けを求めたが、即効性は望めない内容だった。
「ヘコむ一方だよ…でもくよくよしていられない、今日のことはもう忘れる!」
「…さっきもそう言ってた」
「そうなんだよね…ううっ」
うなる真を横目に、千早はメールにあったあずさの言葉を思い返す。

『励ますって、言葉をかける以外にもいろいろあるのよ〜』

本文はまともに見えたが、タイトルは「がばっといっちゃえー」だったのが気にかかる。
どういう意味だろう。
だが意味が全く判らないほど、千早は子供ではない。
考えても考えても行き着く答えが同じなので、千早はいよいよ行動に出た。

「真」
「ん?起きてるよ」
振り向けば千早の顔が近づいている。
「なになに千早なに…ひゃあ」
白い腕が肩に回り、他方が首の下に敷かれる。
真は千早の胸元にすっかりくるまってしまう。
「今日のことは済んだことよ。もう寝なさい」
なぜか片言である。
「うん……ねえ、千早って、こういうことするんだ?」
「ち、違うわ、これはあずささんが…」
「えぇ!?あずささんに……何されたの?」
「そういう意味じゃなくて!」
千早は勢い良く真から離れた。ベッドの上から蟹のぬいぐるみが転がり落ちる。
「ヘヘヘヘンなこと言わないでっ…!」
「ぇえ!?…ご、ごめん!よくわかんないけど」
「…」
「ごめんねっていうか、ありがと。千早」
「…」
「気ぃ遣わせちゃったね」
「…」
千早はまだ眉間に皺を寄せたままだ。寝返って背を向けようとするので、真は慌てて止めた。
「そっち向かないでー」
そう言って千早の腰に腕を回した。目で促すと、千早は先のように真を抱きしめる。
「千早あったかーい」
「都合のいいことを言わないで下さい」
全く『冷たい』呼ばわりしていた数時間前が嘘のように。
真の声が千早の鎖骨辺りで響く。
「…細いなぁ」
「それ以上言わないで、イヤな予感が」
「?」

これなら寂しくないね、と真は呟いたが、とてもそれどころじゃない千早には聞こえなかった。
あずさの言葉を参考にしたとはいえ果たしてこれで正しいのか判断がつかず、悩み込む。
つい、あずさに抱かれる自分の姿を思い浮かべもした(そしてすぐに打ち消した)。
真が寂しくなくて、落ち着いて眠れるならそれでいいの、例え自分が眠れなくても明日は収録もないし…
問題ないわ…何も悪いことなどしていない…。
頭の中で自問自答を繰り返し千早は目を閉じる。
硬直した腕の中で真は笑顔を浮かべた。「いつもこうならいいのに」
「…なあに?」
「なんでもないよ。おやすみ、千早」





次の日、ふたりは遅刻した。
そのためあずさが迷わず遅刻せず事務所にいたことについて一切疑問を抱かなかった。
すっかり元気を取り戻した真は悪びれること無く小鳥と挨拶を交わしている。

寝不足の千早が身の危険を感じたのは、真が小鳥に呼ばれ別室に連れて行かれるのを見た時だった。
しまった、音無さんのあの笑顔、すでに昨夜の件は漏れている。

「千早ちゃん、おはようございます〜」

携帯電話を片手にあずさが微笑む。
「あああああずささん、おはようございます」
「真ちゃん元気になったのね〜良かったわ〜」
「ええ、そのようですね…アドバイス、どうもありがとうございました」
「いいのよ〜。ただ、あのあと返信がないから色々想像しちゃった」
「そ、想像…ですか」
「ちゃんと事実を確かめなくちゃ!プロデューサーさんが来るまで、それまでちょっと…ね?」
「待って下さい!あずささん、な、なにをするつもりですか!」

千早の声が事務所に響き、少しずつ消えていく。






おしまい

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