最終話 Re:mind
最終更新：ID:U8domN8lRg 2012年03月13日(火) 23:38:17履歴
オープニングBGM『Re:light』
少女が軽やかに杖を振る。
それと同時に、前で構えていたお供の蒼い犬が敵を捕捉して雷撃を放つ。
周りの光を全て吸い取ったかのような黒い体の竜は、それを回避しない。
大きなダメージを与えても、その強大な敵の力の充填は続く。
そこで距離を読み違えたことに気付いた。今から逃げても、敵の攻撃範囲外には間に合わない。
準備が整ったらしい邪悪な竜は、その赤い目を鋭く光らせ、目の前の人と犬など簡単に薙ぎ倒せるその太い腕を紫色の空に掲げて…
ザシュン
アストリッド：大丈夫でしたかー！？
連れているモンスターが攻撃を受ける前に、チームを組んでプレイしていたもう一人のプレイヤーが敵を倒した。
PCのモニター中央にステージクリアの文字が表示される。戦闘不能になる直前だったが、ナミコはオンラインゲームの最終面を何とか突破したのだった。
一瞬の出来事にナミコは唖然とし、それから徐々にこみ上がってくる達成感に満足する。
リプル ：ありですー＞＜
アストリッド：いえいえ☆クリアおめでとうですよ！
リプル ：ありがとうございます。これで
とまでチャットで入力して、ナミコは自然と指が止まった。だが止めても事実は変わらないから、続けた。
リプル ：これで、明日は心残りなく終われます
明日は今プレイしているゲームのサービス終了日。
アストリッド：もう一緒に冒険できませんね…。寂しくなります(´；ω；`)
リプル ：えぇ。本当に
アストリッド：なんて、感傷に浸るのはちょっと早かったですかね
まだ1日残ってはいる。だがナミコは、こういう時も前向きな仲間と違って、一歩一歩近づいてくる終わりに虚しさを感じ始めていた。
アストリッド：それではまた明日会いましょう！魔砲少女のりぷるんさん！
リプル ：はい、ではまた明日に
重苦しさを紛らわそうとおどけて言ってくれた、ナミコの通り名。自然と浸透してしまったそれを、ナミコは心の中で強く否定した。
静かで穏やかな夜。ナミコの部屋に響く時計の針の音は、進むのを止めない。
『魔砲少女まじかる☆りぷるんR』
最終話 Re:mind
なのにか、だからか。その次の日は晴れて気持ちのよい休日になったが、昼を過ぎてもナミコはずっとカウンターに頬を付けて呆けていた。
「元気ないね？ナミコちゃん」
声を掛けられる。最近は取材ではなく普通に店へ散歩に来るようになった水無月が、そんなナミコを横顔で覗き込んでいた。
「いや…そんな事ないですよ」
その通り、無理して明るく振る舞う元気もなくナミコはただの常套句で返答する。
「何かあったんでしょう？相談なら乗りますよ？これでも昔はよく、妹たちの面倒を見てたんだから」
そう言って胸を張る水無月を目だけで追いながら、ナミコは試しに相談する事を考えてみる。
自分の居場所であるこの骨董品店が、もうすぐ潰れてしまうこと。
顔を見たことはない友達と、もうすぐ会えなくなってしまうこと。
そして自分が、何も変えることの出来ない魔法少女であること。
よくもまぁ、こうも人に相談出来ない事柄ばかりを背負ったものだ。
「何も、ないです」
考える必要もなかった。ナミコはただ大きく空気を吸って、ため息にならない程度に口を閉じて出しきる。
そして再び、焦点の定まらない目で店の外を眺めることに戻った。
「例え話でもいいのよ？ほら。貴方の年だと色々、なんというか…常識外れなことも、ねぇ？」
反応のないナミコに困って、水無月は眼を泳がせた。そしてふと、店の隅にある黄色い円盤状のものが目に入る。
以前とは違い足が3本になっていたそれは、カウンターの少女と同じような状態というか、しょんぼりとしているように見えた。
水無月はそれを労わるように抱き上げる。すると彼の姿がナミコの視界にも入った。
先の戦いから数日経ったが、いまだソーダとは口をきいていない。
彼の使命とやらで、友達を傷つけた彼。気持ちの整理がつかないまま、彼が友達を傷つけるのを傍観した自分。
そして彼がこんな痛々しい姿になるまで、彼を傷つけたのは自分。
そんなソーダを、ナミコはこれ以上見ていられなかった。
「…ちょっと外出てくる」
どこかに行きたいのでもないが、ここじゃなければどこでもいいか。そうとだけ考えてナミコは、短い言葉を残し水無月とソーダの横を過ぎ去り店を出た。
「すまんのう」
見守ることしか出来なかったナミコの祖父が、気を遣ってくれていた水無月に謝る。
「いえ…こちらこそ申し訳ないです。お役に立てなくて」
「わしも何もしてやれん。悩むことが若者であることの価値とはいえ、さすがにあの状態はのう」
彼女の悩みの一つを唯一知っているのに、水無月はどうしたらいいのか見当もつかない。
「…何もないこと、ないでしょうに」
今の水無月に出来る事は、ソーダの頭をそっと撫でることだけだった。
一番始めの事件で瓦礫だらけになったナミコの街は、もうほとんど復興していた。
だがその街並みは以前と同じではない。
道路は事件を機により整理され、小さな専門店が並んでいたはずの場所は地盤が固められ新しいビルが建ち始めている。
人の力強さに感嘆しつつ、権威がその力強さを作っているのかと呆れつつ。新しい街の様子は、納得できなくても認めるしかない事実をナミコに突きつける。
きっとここにあのボロい骨董品店だけ残るのはさぞ滑稽だろう。たとえあそこにいたいと粘っても、いつかそれがいたたまれなくなって折れるだろう自分が想像出来る。
結局は何も考えず流されてしまえばいいのだ。そうすることが皆の幸せで、不自由なく生きていける結論なんだろうから。
そんな世界は今日も、平和で日常的だった。
その平和と日常が、多くの犠牲の上に成り立っているものだとは知らなかったけれど。
そしてその犠牲者というのが自分で、また加害者であるのが自分だということも…
どくん
その時突然、ナミコは何かの音を聞いた。
顔を上げて周囲を見回す。一番大きなスクランブル交差点の中央にいたナミコの周りに、そんな音を立てるものはどこにもない。
何故ならそれは、まるで怪物の心臓が鼓動するような音だったから。
今までにない緊張と共に、音がした方向を探すナミコ。一瞥すらすることなく、他の多くの人は奇抜な行動に見える彼女を無視して通り過ぎていく。
自分しか聞いていない。ならば気のせいだと思いたい。けれど今も続く、不安と恐怖を煽り肌をざわめかせるこの感覚は気のせいなんかじゃない。
不思議と、それは周りの全方向から感じるような気もする。近くからも遠くからも、小さいけれどそれはどこからも聞こえていて。
段々と大きくなる嫌な感覚。この気持ち悪いものの正体が何なのか理解出来るようになったのは、自分が魔法少女になってから。
「イダル…！」
もう決して関わりたくない銀色の石の見えない力が、今まで以上の規模で街全体を侵食していく。
最も知りたくなかった感覚に頭を押さえて首を振った時、遠くの空に光の柱が上がった。
「どうなってんだよありゃあ！？」
魔法服に着替えビルの壁を蹴る水無月の隣。羽を全力ではばたかせながら追いかけるコノハは彼女に尋ねる。
「知らないわよ！むしろ何か知らないのコノハ！？」
「だから知るかよ！俺も初めて見るぜ、あんな…」
彼女たちの向かう先に見えるものは、黒い空と赤い炎を背にして、神々しいほど明るく輝いていた。
「あんなでけぇドラゴンはな！」
純白の巨大な竜。それは何の前触れもなく街に現れ、ただ街を破壊していた。
4ライン分の道路でも収まりきらない足を一歩踏み出せば地面が裂け、ひとたび腕を振るえば数十階建てのビルが中央から折れる。
尻尾を横へ薙ぐと公園は一瞬でさら地へと変わり、口から吐いた体と同じ色の光線がガソリンスタンドに当たって大きな爆発が起こる。
理由があるようでもなく、ゆっくりと。本当にただ目の前の物を破壊している姿が、逆に恐ろしかった。
「イダルには違いないんだけど…」
「何に憑りついたって、こんな奴にはならねぇわなぁ」
巨竜の上をテレビ局の中継ヘリが飛んでいた。
「何であろうが、止めるしかないんだけど！」
そこまでジャンプした水無月は、ヘリの底面を蹴って加速し巨竜に奇襲をかける。
「…。てえええええいッ！」
「アイツ今、技の名前を考えようとして止めやがったな」
体を折り曲げて回転し、敵の目前で足を伸ばした勢いのあるキック。
しかし渾身の蹴りは巨竜に当たることすらなく、白亜の体を通過してそれが立っている地面のコンクリートに半球状の穴をあけた。
「ちょっと！どういうことよ！？」
「あの速度で地面に突っ込んで、無傷のお前もどういうことだよ」
巨竜の下に潜り込んだ形になった水無月は今降って来た方向を見上げる。そしてその体が、ぼんやりと薄く透けていることに気づいた。
「実体がない…？」
「映像か、霧か。あぁなるほど、コイツはデータだ」
なす術のない水無月は崩れた地面を蹴って巨竜から逃げながら、急降下して隣に並んだコノハの考察を聞く。
「恐らくだけどな。今までイダルが何かの機械に憑りついていたのは、『人の感情が集まる象徴』だったからだ」
独り身たちの妬みや、子供たちの希望。イダルはあくまで『感情を形にするもの』でしかないと、過去に経験した自分は知っている。
「で、気づいたんだろうよ。この世界のネットだかの『データ』ってやつに、それがそのまま、他と比べものにならないくらい大量に存在するってことをさ」
「Σ！それって、つまり」
「みんな思ってんだろ。「こんな世界消えて無くなってしまえばいい」ってな！」
自分が不遇なのは、世界がこんなだからだ。誰もが思う自分たちの『やつ当たり』が、この怪物を生み出した。
けけけ、と人全体を嘲り笑ったようなコノハの顔に戦慄した。
「じゃあどうすれば、どうしたら！」
「だぁから知らねぇって。とりあえず、物理攻撃だけのおねーさまに出来ることは何もねぇな」
何度も感じてきた、自分の無力さ。魔砲少女なのに、事実を知っているのにという悔しさ。
それを噛みしめるしかなかった時。状況を鉄塔の上から見ているだけしかなかった彼女の目に、巨竜の方へ一直線に、土煙を立てて疾走してくる物体が映った。
速度を維持したまま、一本しかない腕で繰り出されるパンチ。水無月と同じように攻撃は空を切る。しかしすぐに敵の性質を理解して、腕を変形させ火炎を放つ。
「ソーダ…」
巨竜を止めるべくやってきたソーダ。
もちろんこの巨体に、小さなロボットが撃てる程度の炎など無力。巨竜は足元のアリなど気にすることなく、理由のない破壊活動を行う。
それでもソーダは火炎を撃ち、体をぶつけようとする。自分しか立ち向かえるものがいないからと。壊れた体で、見るに堪えないあがきを続ける。
「…ちょっと。リプルは？」
「さぁ？そういえば、アイツのご主人サマが見当たらねぇな」
「あの子、まさか…！」
察したら、体が勝手に動いていた。
「おい！どこに行くんだよ！確かにお前が居ても何にもならねぇが、じゃなくて！」
「すぐ戻るわ！だからアレをここで抑えておいて！」
「はあぁ！？どうやって、大体何で俺がそんなこと」
「頼むわよ！」
水無月はそう言いながら宙で後ろを向き、オレンジのポーチから取り出したものをコノハに投げつける。
そして急ぐ。巨竜に背を向けて、ソーダが走ってきた方向。この場にいるべき、魔砲少女の後輩の元へ。
「…いやだから、どうしろってんだよ」
コノハの顔に叩きつけられたのは、水無月が魔砲少女になった時から肌身離さず持っていたイダルのペンダント。
「確かに一個でもありゃ、元には戻れるけどよ」
それを首にかけて、地面に降りたコノハはすっと目を閉じて念じた。
淡い光に包まれた小人の体は、がっしりとした青年の体つきへ変化する。
緑のローブに包まれた、魔法使いのような風貌は赤い背景に映える。昔、魔王になろうとしたコノハの姿がそこにあった。
「やっぱ元の体はいいもんだなぁ」
久しぶりの人間体。手のひらを握ったり広げたりしてその感触を確かめる。
「で。戻ったところで、別に何もしねーけど」
その手で前髪を掻きあげて、目の前の破壊の手を休めることのない巨竜に背を向けた。
魔王志願の自分は正義からかけ離れた存在だし、そもそもこの街の人間に義理立てする理由がない。
「てかこのまま、俺も街ぶっ壊せばいいんじゃね？壊しがいのありそうなものもいっぱいあるし…ん？」
コノハの悪巧みをする時の笑みは、近くから聞こえてきた誰かの泣き声に気を取られて掻き消される。
ビルの合間で陰になっていた部分。そこで少女が倒れた女性にしがみついていた。
「おかーさん…おかーさん！」
上から落ちてきた鉄骨に挟まり、母親がその場から動けなくなっている。
母親が自分に構わず逃げろといっても、まだ小さな女の子にそれは無理なことだった。
「ほら。逃げろって言われてんじゃねーか」
「ひくっ！？」
後ろからコノハが声を掛けると、突然のことに女の子は驚いて萎縮してしまう。
「…た、たすけて！おかーさんをたすけてください！」
見たこともない服のちょっと怖い顔をした人だったが、女の子はローブにつかまり懇願した。
コノハは無表情に女の子を見下ろした。それでも女の子は、必死に彼に助けを求める。
すっと手のひらを広げ、それを母親の方へ向けたコノハ。久々に撃ち出した、闇の力の塊。
「ひうっ！」
それは母親の上の鉄骨を吹き飛ばした。
「…ま、ガキに罪はねぇしなぁ」
「あ…おかーさん、おかーさん！」
挟まっているだけだったらしい。怪我もなく立ち上がった母親と、抱きかかえられた女の子をコノハは背中で見送る。
「さっさと逃げな。あの怖いのは、俺が引きつけておくからよ」
お礼を言って、子供の安全のためすぐに走っていく母親の腕の中から、女の子の感謝の声が聞こえてきた。
「ありがとう！みどりのおじちゃん！」
「なっ！？ばっ！まだおじちゃんじゃねぇよ！それと先生のいう事はよく聞け！あと人形はもっと大事に扱え！放り投げるなよ！」
よく行く幼稚園の園児にそう言った自分は、実は魔王に向いていないんじゃないかと、自分の言動に呆れて肩をすくめる。
「ま、面白ければ何でもいいけどな」
そして見上げても顔の見えない巨竜の前に立ち、右手を顔の前に掲げ力を溜める。
「さぁ！お前は俺に、どんな痛みと楽しみをくれるんだ！？イダルさんよぉ！！」
案の定彼女は、彼女の骨董品店にいた。カウンターの椅子の上で、膝を抱えてうずくまって。
「…何をしているの？」
水無月が魔法服のまま店に入るのは初めてだ。しかしナミコは自分の正体がばれていることなども気にかけず、変わらず下を向いている。
その様子を見て、怒りが急に冷えた水無月は静かに口を開いた。
「ソーダが戦っているわよ。あんな体で。だから貴方も、早く行きなさ」
「もうヤダ。もうやらない」
ナミコの呟きが、冷えた店の温度をさらに低くする。
「…冗談言ってる場合じゃないでしょう。ほら、貴方しかどうにか出来る人は」
腕を取った水無月の手を全力で振りほどき、聞きたくない言葉でスイッチの入ったナミコは叫んだ。
「どうにか出来る！？どうにも出来ないじゃん！」
同じく何も出来ない魔法少女が、どの口でそれを言うか。
そのまま勢いに任せて、ぶつけるあてのなかった激情を決壊したダムのように撒き散らす。
「誰も守れない！何も変わらない！」
「そんなことない。貴方は多くの人を助けたじゃないの」
「守りたかったものは守れなかった！友達を傷つけた！私が何かしたってどうせ何も出来ないし！誰も何もしてくれないし！
痛くて！気持ち悪くて！嫌なことばっかでさ！魔法少女のことだって、たまたま杖がここにあったからってだけでどうして！
だいたい何が魔法少女だ、アンタだって大して何も出来ないじゃないか、結局私もアンタも始めから何もしない方が良かっ」
「黙りなさい」
いい加減に我慢できなくなった水無月は、ナミコの胸倉を掴んで持ち上げる。
「今貴方が言ったことは、まぁ当然言いたくもなるでしょう。私を否定するのも、それも当然だからいいわ」
そして彼女の泣いて充血した目がはっきりわかるほどに顔を近づけ、鋭く睨みつけた。
「でもね、だからどうだっていうの？世界が理不尽だなんて、そんなの当然じゃないの」
こんな状況で、そういえば元の世界のリプル達にもこういう説教はしたことなかったなぁなどと思い出している自分が少しおかしかった。
「私だって「それを認めて受け入れなさい」と言えるほど大人じゃない。
けどそんな風に、愚痴ばかり大人になるよりはマシだわ。貴方はまだ子供でしょう、なら」
そしてきっと、妹のように大事にしていた彼女達にも言うだろう言葉を投げつける。
「子供なら子供らしく、駄々をこねて暴れなさい」
「でも…でもッ！」
「あぁもう！言ってもどうにもならないのよね、こういう場合って！」
分かっていたことだが、言っても聞かないナミコだったので水無月は店の外に引きずり出した。
路上に投げ出されたナミコは尻餅をつく。そびえ立つ青い魔法少女の背後に、今も燃える街並みが見えた。
「ナミコ！戻っておったのか、ソーダが…」
ちょうどそこにナミコの祖父が戻ってきた。ソーダが現場に向かったことを知らせようと、ナミコを探していたらしい。
それを横目に水無月は、魔法服を解除し今朝の白い服装に戻る。そして普段通り、眼鏡もかけた。
「水無月さん、かの…？」
「おじい様」
自分の正体に驚愕するナミコへ視線を固定したまま、しかし水無月はナミコの祖父に謝った。
「ごめんなさい。今からナミコちゃんを殴ります」
その言葉と状況から、成り行きを理解したナミコの祖父は答える。
「孫を、よろしく頼みます」
了解を得たと同時に水無月は、ふらふらと立ち上がる途中だったナミコの腹に右フックを入れた。
「あぐっ！？何、を」
「言っても聞かない子の根性は、体から叩き直してあげようっていうのよ！」
開いた手で袖を持ち、殴った手を襟首に添え体を半回転ひねる。足を引っ掛けて、体落とし。
ナミコは背中から地面に叩きつけられる。
「いっつっ！やめ、て…！こんなことしたって、私…！」
「どう、理不尽でしょう？貴方はそんな理不尽に、されるがままなわけ？」
そう、これは理不尽だ。本当に理由もない、ただの暴力の押しつけだ。
踏みつけられた右腕の付け根が痛くてたまらない。みっともない姿を晒している自分が、情けなくてたまらない。
悔しくて、単純に悔しかったからナミコは立って。
「うあ…うあぁ…うあぁあああ！あああああ！！」
涙が止まらずぐしゃぐしゃな顔で、出す言葉がわからずおかしな声で。この身体能力の差じゃ当たらないと分かっていてもナミコは、拳を前に突きだした。
当たった。痛そうな音がした。簡単に避けれたはずなのに、水無月はそれを頬に受けた。
そして眼鏡の飛んだ魔法少女の先輩はふっと、唇を緩めた。
「それで、いいじゃない」
「…え？」
頬に当たったナミコの拳を、両手で包み水無月は微笑む。
「何にも出来ないのよ、人なんて。でも嫌なことがあったら、駄々をこねればいいのよ。
それが出来ない時もある。でも出来るなら、出来る時は、自分の心で一生懸命暴れなさい。
そうしたって辛いだけで、何も守れないかもしれない。でもきっと、大切なもののうちの何かは守れる」
そういって拳を開き、オレンジのポーチから皮の袋を取り出して乗せた。
「そして理不尽を嫌だと言って出したその手なら、これを持つ資格があるわ」
中の物は言わずとも感じられる。それはナミコが今まで戦ってきた、人に応える銀色の石。
「イダルは人の心を映す。「ものは使いよう」って言ったでしょう？」
きっと大丈夫だとナミコの頭を撫でた水無月は、その言葉と一緒に可愛くウィンクをした。
「さ、行きなさいナミコちゃん。貴方の友達が、今も使命って理不尽と戦っているわ」
そうだった。今一番理不尽な思いをしているのは、自分の一番身近な友達。
ナミコは涙を袖で拭って、力強い瞳で水無月と祖父を見つめ、ソーダの元へ走り出した。
「ごめんなさいおじい様。私、あんなやり方でしか伝えられなくて」
「いいや。あの子は良い先輩を持ったようじゃ、ありがとう」
それにあれだけ派手にやられたのに、ナミコは普通に走って行った。
「手加減してくれたんじゃろう？」
「あはは…。以前もこんなことありまして、その時の反省を生かしてーなんて」
彼女の凛とした普段の姿と違う照れ笑いは、気持ちに素直な少女のものだった。
ここでのやることを終えた水無月は、再び魔法服を着る。
「行きますか」
「私が出来ることは何もないんですけどねー。でも私も一応、魔砲少女なので」
「貴方も無事での、おねえさまさん」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。でもその呼ばれ方はちょっと」
傍のビルの壁を蹴り、三角飛びで赤く染まった空へ上昇していくもう一人の魔砲少女。
それを見送ってから、ナミコの祖父は財布から一枚のセピア色の写真を取り出した。
映っているのは若いころの自分と、あの頃もいつも怒った顔だった亡き妻と、その間でそれぞれの手を取り笑顔を咲かせている少女。
「おねえさま」という誰かを探して別の世界からやってきて、持ち前の明るさを周囲に振りまいていた彼女。
いつか誰かが必要になると、大事な杖を自分たちに託して元の世界へ帰って行ったその少女は、元気な桜色の魔砲少女だった。
「外見は全くの逆じゃがのう。中身は貴方と一緒で、真っ直ぐなんじゃよ」
写真を握り、ナミコの祖父は額を付けて祈る。
「あの子たちを守ってやってくれ、リプルさん」
経済という絶対的な力を無言の圧力で自分たちに知らしめてきた、都市と呼べる規模のこの街。
それが一匹の怪獣が少し身じろぐだけで、ガラスのように簡単に崩れ落ちていく様子はファンタジー以外の何物でもなかった。
現場の少し手前の中央部。突然の事態だったので、街の中心は今も避難が完了していなかった。
今までのどの事件よりも大きな音がし続け、今まで以上に多くの人が必死に逃げていた。周囲に満ちた底知れぬ緊迫感。
でも、この先にソーダが独りで居る。だから言い知れぬ恐怖に襲い掛かられても、今日だけは逃げるわけには行かなかった。
ぴりぴりと震える大気に逆らって、ナミコは赤と紫が混同する異次元のような場所に向かって足を踏み出す。
「そこの貴方！何をしているんですか！」
聞いたことのある声がナミコを引きとめた。
それはこんな時も変な黄色いスーツを着て、逃げ惑う人を誘導していた、あのナミコの嫌いな役人。
「そっちは危険です、見たらわかるでしょう！急いでこっちへ！でも慌てないで、落ち着いて！」
自分のことしか考えてないような人が、普通に己の役目を果たしていることにナミコは少し感動した。
「あー。役人さんの「市民を第一に考える」ってやつ、実は真面目な言葉だったんですね」
「一体何を、なるほどあなた、あの骨董品店の娘さんですね？今は立場の話をしている場合じゃないでしょう！いいから来なさい！」
確かに。考えてみれば、街の役人は市民を守らなければいけない、なんて決まりはあるのだろうか？
あったとしても、自分が危険に晒されているなら、普通その場から一目散に逃げるだろう。のちのち責任を問われるとしても。
役人であること、魔法少女であること。立場も、せいぜい気持ちを後押しするものでしかない。
「この先の避難は終わっているんですね？」
「は？え、えぇ大丈夫です。ですから」
「わかりました。じゃあそこで、あのでかいのを食い止めます」
虚空から金色の杖を召喚する。そして願う。魔法少女になりたいと。
光に包まれ、変化する衣装。ひらひらが多すぎると思っていて、もこもことしている場違いな、自分には決して似合わない水色の魔法服。
「！？あ、貴方は…」
「所詮私の『出来る限り』ですけど。だから役人さんも、早く逃げてくださいよ！」
ナミコは大地を蹴る。少女は、嫌いだしやっぱり好きなこの街の、果てしない空へと飛翔した。
長時間に渡るソーダの攻撃は、敵に傷一つ付けることは出来なかった。
それでも彼は手を止めることはなかった。その理由の一つは確かに、ある時はイダルとも呼ばれた災厄を取り除くという自分の使命である。
しかし結局。理由の一番多くのパーセンテージを占めるのは、自分の主人が望むから。
本来道具でしかないはずの自分を、近しい生物間でのみ成り立つ『友達』という関係で見てくれている主人。彼女の本当の願いを叶えるために。
だが、さすがに彼も限界だった。
始めから修理必須箇所ばかりの、スクラップ同然の体。今の総合出力は、初期状態の30%未満である。
内部コンソールに響く全ての赤アラートを遮断していたが、その『誤魔化し』も無意味になってきた。物理的に、駆動系が稼働しない。
幸い。途中から緑のローブをはためかせた人間が、軽い煽りや叫び声と共に巨竜に攻撃を開始した。
彼の判別不能な黒いエネルギーの塊はあのデータ状の体にも当たるようで、それに気を取られた巨竜は一時侵攻を中止し、連弾を浴びせてくる人間を攻撃対象にしている。
それも、周りを飛ぶハエが邪魔な巨人という印象を与える程度の微々たる抵抗だったが。
コンソールにノイズが走る。最後のアラートは、集積回路の最重要部に致命的な損傷を発見。ブツブツと、思考に必要な色んな部分がヒューズのように飛んでいく。
ソーダは困った。これでは、主人の望みを達成できない。
他にも一緒にピクニックへ行ってチョウチョを追いかけたり、一緒にかっこいいロボットアニメを見たり、一緒に暖かいお店で寝たり。
主人と一緒にいることが、出来ない。
「ソーダ！」
聞こえた。声の波長を照合するまでもない。
120%の確率だと認識していたが、この場に主人がやってきたのを知ってソーダは、安堵した。
自分が動かなくなるその時まで、大好きな主人と一緒にいられることをソーダは、幸せに思った。
「ソーダ！どうしたの、ソーダ！ソーダっ…ソーダあああああーーーーーッ！！」
現場に駆け付けた時。機能が停止したソーダを抱き、彼の名を呼んだところまでは覚えている。
色んな感情を爆発させたナミコは、気がつけばどこか別の場所にいた。
とても静かで、一切の時間を感じさせない。真っ白な筒の中央に、ゆるやかに流されながら浮く自分の体。
数多の蒼い線が光の向こうへと吸い込まれていくこの光景は、いつか見たことがある。
「魔砲ってね、奇跡が起こせる魔法じゃないんだ」
周囲から光が集まり、ナミコの前にうっすらと透けた人の姿を形作る。
背を向けて語る彼女は、ナミコが魔法少女になる時に見たあの桜色の服の女性。
「それはやっぱり、ただの力でしかないんだよ。それを振るっても、守れるものなんて実はないんじゃないかなって」
哀愁の混じった声と、寂しげな横顔で彼女が教えてくれた。
「それを持って、これまで戦ってきたこと。色んなものを傷つけたこと。
色んなものを守れなかったこと。あなたは、後悔してる？」
おそらく様々な辛いことを経験したのだろう彼女は、それでも濁ることなく澄んだ瞳で、真っ直ぐナミコを見つめて尋ねてくる。
「そんなの、後悔するに決まってるじゃないですか」
嘘を考える必要もなく、ナミコは答えた。
「でも。後悔してはいますけど、魔法少女で良かったと思っている自分もいます。
私が魔法を使えなかったら、ソーダに逢えなかった。アリスにも、顔を知る機会のなかった友達にも。
何が正しくて、何が間違っていて。もちろん今もわからないけど、考えることもなかった。
何を守りたいのか、きっとわからなかった。だから私これまでのこと、後悔してますけど、忘れないです」
その言葉を聞いて桜色の魔法少女は満足そうな、そしてとても明るい笑顔をくれた。
「うん！守れなかったものばかりなのに、不思議だね」
そしてナミコに背後を見るように促す。
「私たちみんな、そう思ってるんだよ」
そこには何人もの魔法使いがいた。
男女問わずそれぞれ自分の色の魔法服を着て、ナミコへ向けて頷いたり手を振ったりして励ましてくれている数多くの先輩たち。
「どうする？もうちょっとだけ、ガンバってみる？」
「はい」
「うん！じゃあ私たちが、あなたの願いを護ってあげるよ」
桜色の彼女がそう言うと同時。魔法使いの先輩たちの体が光の粒になる。
その粒はナミコの周りに集まり、幾つもの色が暖かく包み込む。
「それじゃ気楽にそれなりに…ガンバってね！」
赤も青も黄色も緑も、全ての色が混じりあってナミコに力を与える。
「先輩！」
最後に桜色の彼女が消える直前。ナミコは他の呼び名を思いつかず、そう呼んでみた。
「ん？何かな、後輩ちゃん？」
足を交差させ後ろ手を組んだ先輩は、ナミコより年上なのにとても愛らしかった。
「先輩は、何を守りたかったんですか？」
失礼なことだと思う。でも何かをしてもらってばかりの自分でも何か出来ないかと、ナミコは彼女に訊いてみた。
「守りたかったというか、取り戻したかったというか？あーそっか、じゃあ伝えといてくれる？」
彼女は言いながら、そっとナミコの腕を取る。
「青い服の、かっこいいけど実は寂しがり屋さんなお姉さんがいたら」
そして次の伝言を聞いて、ナミコは色々理解した。
「あなたのおかげで、リプルたちは今日も元気ですって！」
光の筒を通り抜け、全てが光になる。最後に先輩の、自分じゃない誰かにかけた声がした。
「それとアーモンド！女の子を泣かせちゃダメなんだからね！」
水無月が見ている前で、事態はさらに変貌する。
ナミコの叫んだ声が聞こえたと思ったら、直後彼女に渡したイダルの感覚が全て消失し、光が爆散した。
巨竜の上に渦巻いた紫の雲や、壊れゆく灼熱の街は相変わらず。それに、何かがぼんやりと重なる。
幻影のような、蜃気楼のような映像。それは水無月にとって、とても懐かしいものだった。
今の街と同じように、海が見える場所。自然豊かで、多くの生き物がそれぞれのペースで暮らしている島々。
ブリーダーと呼ばれる人が、モンスターと心を通じ、共に生きている地方。
「ユタ、トラ…」
水無月が元居た世界、暮らしていた町が今の街の上に存在していた。
「帰ってきた…私、帰ってきたんだ…！」
帰りたかった場所に、今自分はいる。感動で自然と涙が溢れてきた。
「いえ、感傷に浸っている場合じゃないわ、私！ナミコちゃんは！？」
軽く目をこすった水無月が声のした方へ駆けつけると、水色の魔法服に着替えたナミコは道路の真ん中で気を失っていた。
「ちょっと！どうしたのリプ」
「寝てるだけだろ！多分な！」
その真上では、元の体に戻っていたコノハが巨竜に紫の球を投げ続けていた。
確かに彼の言う通り、息はしている。とても安らかな顔で、しかし意識はここではないどこかにあるようだった。
「それで何なのよ！この状況は！」
「お前もちったぁ自分の頭で、だからこっちじゃねぇよちきしょおおおおおお！！」
彼の攻撃も巨竜に大したダメージを与えていない。だが行かせたくない方向へ移動しようとした時に全力を出すことで、巨竜を嫌がらせ進行方向を海岸沿いのみに誘導していた。
「この世界と前にイダルがあった世界！ユタトラが繋がってるんだろ！ドラゴンとそのリプルのどっちが繋げたか知らねぇけどさ！」
町並みは知るものと違うが、見てきた地形や眺めは間違いない。
そして巨竜がこちらの街を破壊するたび。むこうの町の同じ場所に存在する建物も破壊されている。
「コイツはこことユタトラ、両方に同時に存在しているっていうの…？」
このまま放っておけば、自分の故郷も壊滅させられてしまう。
だが水無月は、状況が変わってもやはり何も出来ない。
強く杖を握りしめる。自分に、相棒のいない魔砲少女に出来ることなど。
「Σ！」
その時杖から伝わってくる、小さくても確かな命の鼓動。
「あぁもう持たねぇえええええ！イダル一個で何とか出来るかよ！エネルギー切れだぞこのやろ！？」
ヤケになってエネルギーの塊を乱射していたコノハは、いい加減うっとおしいと放たれた巨竜の光線を回避し損ねた。
防御壁を張っても吹っ飛ぶ。勢いを殺し切れずコンクリートに叩きつけられるその刹那、コノハは優しく背に腕を添えられた。
「ありがとうコノハ。明日の飲み会、一緒に連れて行ってあげる」
敵を睨み続ける水無月の横顔が、疲労したコノハを通り過ぎる。
「開幕ニホンシュ、パなすかなぁ。熱燗でな」
コノハはポンと羽の生えた小人に戻り、イダルのはまったペンダントを前方に投げた。そして後ろのゴミ山に突っ込む。
コノハと交代するように前に出た水無月。イダルを受け取って電柱の上に立ち、相棒の名前を呼ぶ。
「スノードロップ！」
呼応しすぐさま飛んできたのは、人の半分より小さな背丈の妖精。
それを確認して、水無月は駆け出しの時のようにポーズを取った。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、只今参上です！」
半透明に見えている相棒は、向こうの世界で水無月と一緒に巨竜と対峙している。
「久しぶりねスノードロップ。元気にしてた？」
存在する次元が違うので声は届かない。が、そもそも無口な妖精なので問題ない。
相棒はちょっと嬉しそうにしながらも、再会を喜んでいる場合じゃないだろうと目で主人を窘める。
「はいはい。相変わらず真面目ねー貴方は」
何年経ったのかわからないが、変わらない様子の相棒が嬉しかった。
巨竜は、妨害するものがなくなったので移動する向きを変える。そして口を開き、次の光線を撃つために光を集め始めた。
そこにはまだ目を覚まさないナミコがいる。だから撃たせるわけにはいかない。
しかしコノハでも止められなかったこの巨竜に、スノードロップであろうと傷をつける事は出来ないだろう。
ならばと水無月はスノードロップと高空に飛び、杖を回して狙いを定める。
「熱き想いの形は絆…」
主人の詠唱に合わせて、スノードロップも熱を体の中央に集める。
「時も空もこの糸、絶つにあたわず！炎刻！フランベルジェ！！」
巨竜がビームを放つ瞬間。スノードロップが放った熱波がうねり、先端が巨竜の足を穿つ。
傷はつかない。だが炎の猛撃に足を取られた巨竜は、体のバランスを崩し自身が作った瓦礫の山に倒れ込む。
充填された光線は空へ撃たれ、どこへも当たらず大気に拡散した。
「さて、と…」
のたうつ巨竜が起き上がる前に、水無月はもう一撃たたき込もうと思ったが、
「あとは任せたわよ、リプル…じゃないか」
ようやく立ち上がったもう一人の魔砲少女を確認し、後を託した。
「ナミコちゃん」
もの凄く大きなものが叩きつけられる衝撃と、重力を同時に肌に感じた。
ナミコが気がつけば、赤ん坊のように両手と両足をばたつかせる巨竜が眼下に映る。
暴走に巻き込まれないようにと、固い金属の腕でナミコの背中と、もう一方の腕で両足を抱えて回避した相棒の瞳が傍にあった。
「ソーダ！」
出逢った時と同じ状態で、ソーダが動いていた。自分でも何故動くのかわからないと言った顔で、関節をきゅいきゅいと動かしている。
ナミコはソーダにしがみついた。
「動かなくなったんじゃないかと思って！良かった、ホント良かった…！あぁもう！心配させるなよ！」
「♪」
怒るほどに元気な主人に安心して、ソーダは一番高いビルの給水塔の上にナミコを降ろす。
そしてもう一つ気づく。ナミコの衣装が変わっていた。
漆黒の魔法服。あらゆる色が混ざり、また他の何色にも染まらぬこの色が、ナミコを護ってくれるらしい。
アクセントなのか、左手首に巻き付いていた桜色のリボン。先輩の遊び心を引き抜いて伸ばし、ナミコはそれを先端に炎をかたどった杖に変える。
「お願いソーダ。私と一緒に、この街を守って」
はっきり守って欲しいと頼まれたのは、逢った時以来である。
「¬�皃巳勁咫�
もちろんだと、ソーダは戦う構えを取った。
ナミコは杖の記録を引き出す。ソーダの、かつての魔法使いたちが連れていた相棒の中の一番強かったときを探す。
そしてそれを見つけ、ソーダにダウンロード。ナミコとソーダの周りに、眩い橙色のオーラが揺らめいた。
今までにない強大な力を感じ取った巨竜は、それが発生した場所にめがけて、寝たまま縦に尻尾を振る。
「炎っ！」
回避するついでに巨竜の真上に飛んだナミコは杖で指し示し、ソーダに技を撃たせた。
「ハリケえええええンッ！！」
鳥が羽ばたくようなモーションでソーダは両腕を前に突き出す。
手から放たれた爆風は、ソーダが使ってきたこれまでの技のレベルを遥かに超えた温度と密度で巨竜を押し潰す。
ぎゃおおおおお
巨竜が痛みで咆哮した。効いている。
両手で体を支えた巨竜は、背を伸ばして口を開く。拡散した無数の光が針状になってナミコとソーダを襲うが、どちらも全て避けきる。
「フレイム！ビいいいいいムッ！！」
ソーダの周りの気が翼のように広がる。その横幅いっぱいに熱線が撃ち出され、周りの空気がプラズマとなって爆ぜる。
すかさず巨竜が撃った光線と相打ちになり、衝撃波が戦場に残っていたガラス窓を全て割り、白とオレンジが拮抗する。
「行ける！押し切れ！」
杖を通してナミコの力が伝わる。ソーダのコンソールに表示された出力係数の値が高速で上昇していく。
ずず、と少し押し込んだ熱線は直後一気に、光線を撃ち破って巨竜の体を溶解した。
「やった！？」
様々なものが焦げた煙で見えないが、あれを受けて無事では済まないだろうとナミコはソーダの元へ。
行こうとした瞬間。黒い煙に穴が開いたと思ったら、巨竜が一瞬でナミコとソーダの上を取った。
振り下ろされる爪。奇襲を避け損ねた１人と１匹は、数百メートルの高空から大地へ打ちつけられた。
大きく開いたクレーター。魔法服が護ってくれても、全身の骨に響く振動。
「やっぱり、いったいなぁ…！」
意識を保つため頭を振って、穴から抜け出して知る。
街が何かと同期している。今立っているこの場所にあるのは、町のシンボルである高い木とその隣の大きな噴水。
石段の向こうには船着き場があって、その先には心躍る冒険地へ繋がっていそうな蒼い海。
ソーダは敵を、データの集合体だと分析していた。この巨竜はネットから、人の気持ちを取り出したもの。
ネット上にそれが集まる場所もいくらかあるが、ナミコのやっていたオンラインゲームもその一つ。
「ここって、ユタトラ…？」
さらにそのゲーム上でも、ナミコが一番大事だと思っている場所だった。
連れているモンスターの育成に疲れたからと休み、友達と雑談し。いつの間にか雑談目的で居座り、いっぱい笑った町の中央広場。
アストリッド：リプルさんは、きっと今ガンバってるんですよ！
回線を通して、そんなチャットをデータの海の中で見つけた。発信源は、以前助けたことのある長い黒髪の女の子。
鴉人 ：みんなを守ってくれる、魔砲少女ですからね
アストン ：無事なら、必ずこの場にいると思いますし
サカキ ：大丈夫かなー。俺たちが出来ることってないのかなー
聞こえて、わかる。みんなの声と姿が。
優しい人が居る街。この街だからこそ、人が優しいのかもしれない。
他にも聞こえる、数千、数万の言葉。誰もが同じようなことを思っている。
誰だって、自分だってこんなつまらない街は嫌いだ。それでも、この海の見える街が好きだと。
巨竜がナミコの前に降り立ち、耳をつんざくほどの雄叫びでこの街と向こうの町をぶち壊す。
向こうの大切な世界も、同時に守れということらしい。予定では、向こうの町で最後をのんびり過ごすはずだったのに。
「あぁ理不尽。ホント理不尽」
再び天を仰いで光を集積する、強大な破壊の化身。その前に立つナミコの右隣に、守護を使命とするソーダが並ぶ。
「でも」
ナミコは右手に持った杖を、ソーダは左腕を空に掲げる。
「理不尽もたまには、悪くない」
破壊と守護の想いの量は同じ。ならば、負けるはずはない。
「マジカルッッッ！カノンッッッ！」
ナミコはこの場に在る全ての力を収束し、それをソーダと放つ。
濛々と立ち込めていた黒い雲を突き破り、幾千の星が輝く宙へ一本の閃光が駆け抜けていく。
その光景に見とれたナミコは一瞬、今の状況を忘れて呟いた。
「これが、魔砲…」
飾り気などなくただ綺麗で純粋で、素直な力。
「つまり、アレか」
フルチャージの合図とばかりに吼えた巨竜の遠吠えで我に返ったナミコは、言葉の意味を理解して叫ぶ。
「魔砲少女まじかる☆りぷるん、只今登場だ！」
破壊欲が全て詰まったビームに、気持ちを形にしただけの極太レーザーを叩きつける。
「ファイナルッ！ブレえぇええええええドおおおおおッッッッッ！！」
振り下ろされた無限の線が、白い点を押し潰した。
町が、消えていく。
全てのイダルがその目的を終え、この街とユタトラの町を繋ぐ力も無くなった。
いくつもの粒に細分化されたユタトラという情報は、ゆっくりと空へ浮かび消滅していく。
「また離れ離れね、スノードロップ」
水無月は相棒の妖精に、重ならない手を合わせて別れを告げる。
「あの子たちのこと、よろしくね。私は大丈夫だから」
声は耳に届かないが、きっと伝わっている。
幻影が消える間際。寡黙な妖精の流した涙は、落ちずに雪のように空気に溶けた。
「いいのかよ」
事に決着がついた後で、服がボロボロになったコノハは水無月へ問うた。
「さっき言ったでしょう？明日飲み会があるのよ」
目は赤かったが、そう答える水無月の顔は笑顔だった。
「さぁ仕事仕事！って私、結構出遅れてない！？折角現場にいるのに！」
「何かあったら写真を撮るとかだなぁ。そんなんだから怒られてばっかなんだぜ、ケケケ！」
「うっさい！ほら貴方も、早くカメラを持ってきなさいよ！」
魔法服を失ったもう一人の魔砲少女は、今居る街へと戻っていく。
「これで全ての対象が消滅しました」
映像が少しずつ崩れ昇華していく幻想的な景色に、呆気に取られていたナミコへ誰かが言った。
水色の服でも黒の服でもなくなったナミコの背後に、人の映像が浮いている。
「貴方の、私たちの役目もこれで終わりです。ありがとう、最後の代行者」
ナミコの見たことのない服装。遥か昔のものとも、遠い未来のものとも思うことの出来る衣装を着た女性は、ナミコに終わりを告げた。
「あなたも、今まで本当によくやってくれたね」
彼女が次に言葉を掛けたのは、ナミコの隣で同じように、宙に浮く最初の主人を見つめていたソーダだった。
映像の女性はソーダの手を取り優しく労って、周囲と同じようにふわりと消えた。
「おつかれさま。01」
向く方向を変えなかったソーダの体も、彼女を追うように粒子化して天に昇っていく。
「ソーダ？」
全てが終わった。だからソーダも、その使命から解放されるのだとナミコは理解した。
ナミコはソーダに抱きつき、彼の胸に顔を埋めた。
「ソーダ…行くんだね？」
「¬�皃巳勁咫�
「ごめんね。ソーダのこと、全然分かってあげられなくて」
「�皃巳勁咫�
ナミコは驚いてソーダの顔を見上げる。初めて彼が、否定で答えた。
「…ありがとう」
ちゅいんと首が動いて、ソーダの緑色の大きな瞳がナミコの泣いた顔を写す。
もう彼に触れられる場所がなくなった時、ナミコはソーダに訊いてみた。
「また、逢えるかな？」
「NOT No, MaSTer」
ソーダが笑った。
風が吹くように、全ての輝く粒が一斉に空へと舞い上がって、水平線の向こうの朝日へ消えていく。
それは吹き飛ぶ花びらのようでもあり、とある人には彼方へ飛んでいく羽虫の大群のような印象を与え。
最後の魔砲少女には、幾つもの流れ星が宙へ帰っていくように見えた。
エンディングテーマ『ふたつのせかい』
来客を知らせる店のベルが、からんころんとたまの仕事をする。
「相変わらず、ここは潰れませんね…」
本日も快晴。骨董品店にいつもと違う呆れ声で入ってきたのは、いつも通り変な服を着た役人だった。
「おぉ、いらっしゃい」
今日は珍しくカウンターに座って新聞を読んでいたナミコの祖父が、彼に挨拶をする。
「最近は忙しそうじゃのう」
そういってナミコの祖父は、今読んでいた新聞の一面、「問われる都市像、連鎖した大規模爆発」という文字を役人に見せる。
「えぇ全く。これで人的被害まで出ていたら、一生有給休暇を貰えなかったでしょうねぇ」
新聞なんてしばらく見たくもないというように、役人はうっとうしそうに新聞をどけた。
「そんなことより。さすがに期日ですよ、この場所を譲って頂けますね？」
「あぁ、どうぞ」
「聞き分けのない方たちですねぇ。どうせこの街一帯は、今回の事件で安全性の検討やら何やらが…今何と？」
「良いと言っておるんじゃよ。明け渡そうとも、この場所を」
いつ来ても笑顔しかしないナミコの祖父に、役人は疑った目を送る。
「何が心変わりの理由か知りませんが…お孫さんも納得を？」
「うむ。あの子が「この場所じゃなくても店はあるから」と言っておったよ」
自分の孫の成長に、ナミコの祖父は満足そうな笑顔を見せた。
「それと、自分が居ない間に君が来たら「お仕事お疲れ様でした」と伝えておいてくれ、とも言っておったな」
重要な事案を矢継ぎ早に言われ、対応出来ず固まっていた役人は、
「…。はぁ…」
何かを諦めてため息をつき、ナミコの祖父の前で電話を掛けた。
「私です。えぇ。あの件なんですがね」
部下に何かを指示して、素早く話をまとめる。
「ではおじい様。少し離れた場所ですが、ここと同程度の大きさの空き物件があります。そこへ移転なさってください。
引っ越す際の費用などは全てこちらで持ちます」
「ほう？どうしてそこまでしてくれるのか分からんが、良いのかの？」
「別に私がお金を出すわけではありませんし。それに」
役人は店の外、何度壊されても立ち直ろうとする街を見て呟く。
「仕事場を救って頂いた借りは、返しておきますよ」
晴れた空だと、復興のための工事もしやすい。
「それで。いつもいなくていいのにいらっしゃる彼女は、今日はどちらに？」
「とても大事な集まりがあるとかで、さっき元気に出かけて行ったよ」
ナミコは地下鉄出口の階段を、2段飛ばしで駆け上がる。
今日はオンラインゲームで出逢った友達とする、人生で初めてのオフ会である。
ゲームが終了する瞬間にプレイできなかった分、今日が楽しみ過ぎて若干寝不足気味だ。
ただまぁ、これから起きることは大体予想が出来ている。
「あー。ほら」
待ち合わせ場所に集まっている彼らを見て、やっぱりと肩を落とした。
そこには、同い年くらいでちょっと体の弱そうな、長い髪が綺麗な女の子がいる。
他にも、しっかりした体つきに爽やかな顔の、上下共に黒い服の男性がいて。
小さな体に三つ編みが可愛らしい女性も、スケッチブックに何か書き込んでいる眼鏡の男性もいる。
実は顔を知っていて、自分が魔砲少女だとバレていそうな人たち。あの中に混ざったら、色々厄介なことになりそうである。
ナミコは鞄に付けた、小さなロボットのストラップを指で弾いた。
「ホント、理不尽」
理由なく爽やかに思えて、尽きることない願いで満ちた空と海の街で。
最後の魔砲少女は大きく手を振り、友達と守った大切な場所へ駆けて行った。
THE END
少女が軽やかに杖を振る。
それと同時に、前で構えていたお供の蒼い犬が敵を捕捉して雷撃を放つ。
周りの光を全て吸い取ったかのような黒い体の竜は、それを回避しない。
大きなダメージを与えても、その強大な敵の力の充填は続く。
そこで距離を読み違えたことに気付いた。今から逃げても、敵の攻撃範囲外には間に合わない。
準備が整ったらしい邪悪な竜は、その赤い目を鋭く光らせ、目の前の人と犬など簡単に薙ぎ倒せるその太い腕を紫色の空に掲げて…
ザシュン
アストリッド：大丈夫でしたかー！？
連れているモンスターが攻撃を受ける前に、チームを組んでプレイしていたもう一人のプレイヤーが敵を倒した。
PCのモニター中央にステージクリアの文字が表示される。戦闘不能になる直前だったが、ナミコはオンラインゲームの最終面を何とか突破したのだった。
一瞬の出来事にナミコは唖然とし、それから徐々にこみ上がってくる達成感に満足する。
リプル ：ありですー＞＜
アストリッド：いえいえ☆クリアおめでとうですよ！
リプル ：ありがとうございます。これで
とまでチャットで入力して、ナミコは自然と指が止まった。だが止めても事実は変わらないから、続けた。
リプル ：これで、明日は心残りなく終われます
明日は今プレイしているゲームのサービス終了日。
アストリッド：もう一緒に冒険できませんね…。寂しくなります(´；ω；`)
リプル ：えぇ。本当に
アストリッド：なんて、感傷に浸るのはちょっと早かったですかね
まだ1日残ってはいる。だがナミコは、こういう時も前向きな仲間と違って、一歩一歩近づいてくる終わりに虚しさを感じ始めていた。
アストリッド：それではまた明日会いましょう！魔砲少女のりぷるんさん！
リプル ：はい、ではまた明日に
重苦しさを紛らわそうとおどけて言ってくれた、ナミコの通り名。自然と浸透してしまったそれを、ナミコは心の中で強く否定した。
静かで穏やかな夜。ナミコの部屋に響く時計の針の音は、進むのを止めない。
『魔砲少女まじかる☆りぷるんR』
最終話 Re:mind
なのにか、だからか。その次の日は晴れて気持ちのよい休日になったが、昼を過ぎてもナミコはずっとカウンターに頬を付けて呆けていた。
「元気ないね？ナミコちゃん」
声を掛けられる。最近は取材ではなく普通に店へ散歩に来るようになった水無月が、そんなナミコを横顔で覗き込んでいた。
「いや…そんな事ないですよ」
その通り、無理して明るく振る舞う元気もなくナミコはただの常套句で返答する。
「何かあったんでしょう？相談なら乗りますよ？これでも昔はよく、妹たちの面倒を見てたんだから」
そう言って胸を張る水無月を目だけで追いながら、ナミコは試しに相談する事を考えてみる。
自分の居場所であるこの骨董品店が、もうすぐ潰れてしまうこと。
顔を見たことはない友達と、もうすぐ会えなくなってしまうこと。
そして自分が、何も変えることの出来ない魔法少女であること。
よくもまぁ、こうも人に相談出来ない事柄ばかりを背負ったものだ。
「何も、ないです」
考える必要もなかった。ナミコはただ大きく空気を吸って、ため息にならない程度に口を閉じて出しきる。
そして再び、焦点の定まらない目で店の外を眺めることに戻った。
「例え話でもいいのよ？ほら。貴方の年だと色々、なんというか…常識外れなことも、ねぇ？」
反応のないナミコに困って、水無月は眼を泳がせた。そしてふと、店の隅にある黄色い円盤状のものが目に入る。
以前とは違い足が3本になっていたそれは、カウンターの少女と同じような状態というか、しょんぼりとしているように見えた。
水無月はそれを労わるように抱き上げる。すると彼の姿がナミコの視界にも入った。
先の戦いから数日経ったが、いまだソーダとは口をきいていない。
彼の使命とやらで、友達を傷つけた彼。気持ちの整理がつかないまま、彼が友達を傷つけるのを傍観した自分。
そして彼がこんな痛々しい姿になるまで、彼を傷つけたのは自分。
そんなソーダを、ナミコはこれ以上見ていられなかった。
「…ちょっと外出てくる」
どこかに行きたいのでもないが、ここじゃなければどこでもいいか。そうとだけ考えてナミコは、短い言葉を残し水無月とソーダの横を過ぎ去り店を出た。
「すまんのう」
見守ることしか出来なかったナミコの祖父が、気を遣ってくれていた水無月に謝る。
「いえ…こちらこそ申し訳ないです。お役に立てなくて」
「わしも何もしてやれん。悩むことが若者であることの価値とはいえ、さすがにあの状態はのう」
彼女の悩みの一つを唯一知っているのに、水無月はどうしたらいいのか見当もつかない。
「…何もないこと、ないでしょうに」
今の水無月に出来る事は、ソーダの頭をそっと撫でることだけだった。
一番始めの事件で瓦礫だらけになったナミコの街は、もうほとんど復興していた。
だがその街並みは以前と同じではない。
道路は事件を機により整理され、小さな専門店が並んでいたはずの場所は地盤が固められ新しいビルが建ち始めている。
人の力強さに感嘆しつつ、権威がその力強さを作っているのかと呆れつつ。新しい街の様子は、納得できなくても認めるしかない事実をナミコに突きつける。
きっとここにあのボロい骨董品店だけ残るのはさぞ滑稽だろう。たとえあそこにいたいと粘っても、いつかそれがいたたまれなくなって折れるだろう自分が想像出来る。
結局は何も考えず流されてしまえばいいのだ。そうすることが皆の幸せで、不自由なく生きていける結論なんだろうから。
そんな世界は今日も、平和で日常的だった。
その平和と日常が、多くの犠牲の上に成り立っているものだとは知らなかったけれど。
そしてその犠牲者というのが自分で、また加害者であるのが自分だということも…
どくん
その時突然、ナミコは何かの音を聞いた。
顔を上げて周囲を見回す。一番大きなスクランブル交差点の中央にいたナミコの周りに、そんな音を立てるものはどこにもない。
何故ならそれは、まるで怪物の心臓が鼓動するような音だったから。
今までにない緊張と共に、音がした方向を探すナミコ。一瞥すらすることなく、他の多くの人は奇抜な行動に見える彼女を無視して通り過ぎていく。
自分しか聞いていない。ならば気のせいだと思いたい。けれど今も続く、不安と恐怖を煽り肌をざわめかせるこの感覚は気のせいなんかじゃない。
不思議と、それは周りの全方向から感じるような気もする。近くからも遠くからも、小さいけれどそれはどこからも聞こえていて。
段々と大きくなる嫌な感覚。この気持ち悪いものの正体が何なのか理解出来るようになったのは、自分が魔法少女になってから。
「イダル…！」
もう決して関わりたくない銀色の石の見えない力が、今まで以上の規模で街全体を侵食していく。
最も知りたくなかった感覚に頭を押さえて首を振った時、遠くの空に光の柱が上がった。
「どうなってんだよありゃあ！？」
魔法服に着替えビルの壁を蹴る水無月の隣。羽を全力ではばたかせながら追いかけるコノハは彼女に尋ねる。
「知らないわよ！むしろ何か知らないのコノハ！？」
「だから知るかよ！俺も初めて見るぜ、あんな…」
彼女たちの向かう先に見えるものは、黒い空と赤い炎を背にして、神々しいほど明るく輝いていた。
「あんなでけぇドラゴンはな！」
純白の巨大な竜。それは何の前触れもなく街に現れ、ただ街を破壊していた。
4ライン分の道路でも収まりきらない足を一歩踏み出せば地面が裂け、ひとたび腕を振るえば数十階建てのビルが中央から折れる。
尻尾を横へ薙ぐと公園は一瞬でさら地へと変わり、口から吐いた体と同じ色の光線がガソリンスタンドに当たって大きな爆発が起こる。
理由があるようでもなく、ゆっくりと。本当にただ目の前の物を破壊している姿が、逆に恐ろしかった。
「イダルには違いないんだけど…」
「何に憑りついたって、こんな奴にはならねぇわなぁ」
巨竜の上をテレビ局の中継ヘリが飛んでいた。
「何であろうが、止めるしかないんだけど！」
そこまでジャンプした水無月は、ヘリの底面を蹴って加速し巨竜に奇襲をかける。
「…。てえええええいッ！」
「アイツ今、技の名前を考えようとして止めやがったな」
体を折り曲げて回転し、敵の目前で足を伸ばした勢いのあるキック。
しかし渾身の蹴りは巨竜に当たることすらなく、白亜の体を通過してそれが立っている地面のコンクリートに半球状の穴をあけた。
「ちょっと！どういうことよ！？」
「あの速度で地面に突っ込んで、無傷のお前もどういうことだよ」
巨竜の下に潜り込んだ形になった水無月は今降って来た方向を見上げる。そしてその体が、ぼんやりと薄く透けていることに気づいた。
「実体がない…？」
「映像か、霧か。あぁなるほど、コイツはデータだ」
なす術のない水無月は崩れた地面を蹴って巨竜から逃げながら、急降下して隣に並んだコノハの考察を聞く。
「恐らくだけどな。今までイダルが何かの機械に憑りついていたのは、『人の感情が集まる象徴』だったからだ」
独り身たちの妬みや、子供たちの希望。イダルはあくまで『感情を形にするもの』でしかないと、過去に経験した自分は知っている。
「で、気づいたんだろうよ。この世界のネットだかの『データ』ってやつに、それがそのまま、他と比べものにならないくらい大量に存在するってことをさ」
「Σ！それって、つまり」
「みんな思ってんだろ。「こんな世界消えて無くなってしまえばいい」ってな！」
自分が不遇なのは、世界がこんなだからだ。誰もが思う自分たちの『やつ当たり』が、この怪物を生み出した。
けけけ、と人全体を嘲り笑ったようなコノハの顔に戦慄した。
「じゃあどうすれば、どうしたら！」
「だぁから知らねぇって。とりあえず、物理攻撃だけのおねーさまに出来ることは何もねぇな」
何度も感じてきた、自分の無力さ。魔砲少女なのに、事実を知っているのにという悔しさ。
それを噛みしめるしかなかった時。状況を鉄塔の上から見ているだけしかなかった彼女の目に、巨竜の方へ一直線に、土煙を立てて疾走してくる物体が映った。
速度を維持したまま、一本しかない腕で繰り出されるパンチ。水無月と同じように攻撃は空を切る。しかしすぐに敵の性質を理解して、腕を変形させ火炎を放つ。
「ソーダ…」
巨竜を止めるべくやってきたソーダ。
もちろんこの巨体に、小さなロボットが撃てる程度の炎など無力。巨竜は足元のアリなど気にすることなく、理由のない破壊活動を行う。
それでもソーダは火炎を撃ち、体をぶつけようとする。自分しか立ち向かえるものがいないからと。壊れた体で、見るに堪えないあがきを続ける。
「…ちょっと。リプルは？」
「さぁ？そういえば、アイツのご主人サマが見当たらねぇな」
「あの子、まさか…！」
察したら、体が勝手に動いていた。
「おい！どこに行くんだよ！確かにお前が居ても何にもならねぇが、じゃなくて！」
「すぐ戻るわ！だからアレをここで抑えておいて！」
「はあぁ！？どうやって、大体何で俺がそんなこと」
「頼むわよ！」
水無月はそう言いながら宙で後ろを向き、オレンジのポーチから取り出したものをコノハに投げつける。
そして急ぐ。巨竜に背を向けて、ソーダが走ってきた方向。この場にいるべき、魔砲少女の後輩の元へ。
「…いやだから、どうしろってんだよ」
コノハの顔に叩きつけられたのは、水無月が魔砲少女になった時から肌身離さず持っていたイダルのペンダント。
「確かに一個でもありゃ、元には戻れるけどよ」
それを首にかけて、地面に降りたコノハはすっと目を閉じて念じた。
淡い光に包まれた小人の体は、がっしりとした青年の体つきへ変化する。
緑のローブに包まれた、魔法使いのような風貌は赤い背景に映える。昔、魔王になろうとしたコノハの姿がそこにあった。
「やっぱ元の体はいいもんだなぁ」
久しぶりの人間体。手のひらを握ったり広げたりしてその感触を確かめる。
「で。戻ったところで、別に何もしねーけど」
その手で前髪を掻きあげて、目の前の破壊の手を休めることのない巨竜に背を向けた。
魔王志願の自分は正義からかけ離れた存在だし、そもそもこの街の人間に義理立てする理由がない。
「てかこのまま、俺も街ぶっ壊せばいいんじゃね？壊しがいのありそうなものもいっぱいあるし…ん？」
コノハの悪巧みをする時の笑みは、近くから聞こえてきた誰かの泣き声に気を取られて掻き消される。
ビルの合間で陰になっていた部分。そこで少女が倒れた女性にしがみついていた。
「おかーさん…おかーさん！」
上から落ちてきた鉄骨に挟まり、母親がその場から動けなくなっている。
母親が自分に構わず逃げろといっても、まだ小さな女の子にそれは無理なことだった。
「ほら。逃げろって言われてんじゃねーか」
「ひくっ！？」
後ろからコノハが声を掛けると、突然のことに女の子は驚いて萎縮してしまう。
「…た、たすけて！おかーさんをたすけてください！」
見たこともない服のちょっと怖い顔をした人だったが、女の子はローブにつかまり懇願した。
コノハは無表情に女の子を見下ろした。それでも女の子は、必死に彼に助けを求める。
すっと手のひらを広げ、それを母親の方へ向けたコノハ。久々に撃ち出した、闇の力の塊。
「ひうっ！」
それは母親の上の鉄骨を吹き飛ばした。
「…ま、ガキに罪はねぇしなぁ」
「あ…おかーさん、おかーさん！」
挟まっているだけだったらしい。怪我もなく立ち上がった母親と、抱きかかえられた女の子をコノハは背中で見送る。
「さっさと逃げな。あの怖いのは、俺が引きつけておくからよ」
お礼を言って、子供の安全のためすぐに走っていく母親の腕の中から、女の子の感謝の声が聞こえてきた。
「ありがとう！みどりのおじちゃん！」
「なっ！？ばっ！まだおじちゃんじゃねぇよ！それと先生のいう事はよく聞け！あと人形はもっと大事に扱え！放り投げるなよ！」
よく行く幼稚園の園児にそう言った自分は、実は魔王に向いていないんじゃないかと、自分の言動に呆れて肩をすくめる。
「ま、面白ければ何でもいいけどな」
そして見上げても顔の見えない巨竜の前に立ち、右手を顔の前に掲げ力を溜める。
「さぁ！お前は俺に、どんな痛みと楽しみをくれるんだ！？イダルさんよぉ！！」
案の定彼女は、彼女の骨董品店にいた。カウンターの椅子の上で、膝を抱えてうずくまって。
「…何をしているの？」
水無月が魔法服のまま店に入るのは初めてだ。しかしナミコは自分の正体がばれていることなども気にかけず、変わらず下を向いている。
その様子を見て、怒りが急に冷えた水無月は静かに口を開いた。
「ソーダが戦っているわよ。あんな体で。だから貴方も、早く行きなさ」
「もうヤダ。もうやらない」
ナミコの呟きが、冷えた店の温度をさらに低くする。
「…冗談言ってる場合じゃないでしょう。ほら、貴方しかどうにか出来る人は」
腕を取った水無月の手を全力で振りほどき、聞きたくない言葉でスイッチの入ったナミコは叫んだ。
「どうにか出来る！？どうにも出来ないじゃん！」
同じく何も出来ない魔法少女が、どの口でそれを言うか。
そのまま勢いに任せて、ぶつけるあてのなかった激情を決壊したダムのように撒き散らす。
「誰も守れない！何も変わらない！」
「そんなことない。貴方は多くの人を助けたじゃないの」
「守りたかったものは守れなかった！友達を傷つけた！私が何かしたってどうせ何も出来ないし！誰も何もしてくれないし！
痛くて！気持ち悪くて！嫌なことばっかでさ！魔法少女のことだって、たまたま杖がここにあったからってだけでどうして！
だいたい何が魔法少女だ、アンタだって大して何も出来ないじゃないか、結局私もアンタも始めから何もしない方が良かっ」
「黙りなさい」
いい加減に我慢できなくなった水無月は、ナミコの胸倉を掴んで持ち上げる。
「今貴方が言ったことは、まぁ当然言いたくもなるでしょう。私を否定するのも、それも当然だからいいわ」
そして彼女の泣いて充血した目がはっきりわかるほどに顔を近づけ、鋭く睨みつけた。
「でもね、だからどうだっていうの？世界が理不尽だなんて、そんなの当然じゃないの」
こんな状況で、そういえば元の世界のリプル達にもこういう説教はしたことなかったなぁなどと思い出している自分が少しおかしかった。
「私だって「それを認めて受け入れなさい」と言えるほど大人じゃない。
けどそんな風に、愚痴ばかり大人になるよりはマシだわ。貴方はまだ子供でしょう、なら」
そしてきっと、妹のように大事にしていた彼女達にも言うだろう言葉を投げつける。
「子供なら子供らしく、駄々をこねて暴れなさい」
「でも…でもッ！」
「あぁもう！言ってもどうにもならないのよね、こういう場合って！」
分かっていたことだが、言っても聞かないナミコだったので水無月は店の外に引きずり出した。
路上に投げ出されたナミコは尻餅をつく。そびえ立つ青い魔法少女の背後に、今も燃える街並みが見えた。
「ナミコ！戻っておったのか、ソーダが…」
ちょうどそこにナミコの祖父が戻ってきた。ソーダが現場に向かったことを知らせようと、ナミコを探していたらしい。
それを横目に水無月は、魔法服を解除し今朝の白い服装に戻る。そして普段通り、眼鏡もかけた。
「水無月さん、かの…？」
「おじい様」
自分の正体に驚愕するナミコへ視線を固定したまま、しかし水無月はナミコの祖父に謝った。
「ごめんなさい。今からナミコちゃんを殴ります」
その言葉と状況から、成り行きを理解したナミコの祖父は答える。
「孫を、よろしく頼みます」
了解を得たと同時に水無月は、ふらふらと立ち上がる途中だったナミコの腹に右フックを入れた。
「あぐっ！？何、を」
「言っても聞かない子の根性は、体から叩き直してあげようっていうのよ！」
開いた手で袖を持ち、殴った手を襟首に添え体を半回転ひねる。足を引っ掛けて、体落とし。
ナミコは背中から地面に叩きつけられる。
「いっつっ！やめ、て…！こんなことしたって、私…！」
「どう、理不尽でしょう？貴方はそんな理不尽に、されるがままなわけ？」
そう、これは理不尽だ。本当に理由もない、ただの暴力の押しつけだ。
踏みつけられた右腕の付け根が痛くてたまらない。みっともない姿を晒している自分が、情けなくてたまらない。
悔しくて、単純に悔しかったからナミコは立って。
「うあ…うあぁ…うあぁあああ！あああああ！！」
涙が止まらずぐしゃぐしゃな顔で、出す言葉がわからずおかしな声で。この身体能力の差じゃ当たらないと分かっていてもナミコは、拳を前に突きだした。
当たった。痛そうな音がした。簡単に避けれたはずなのに、水無月はそれを頬に受けた。
そして眼鏡の飛んだ魔法少女の先輩はふっと、唇を緩めた。
「それで、いいじゃない」
「…え？」
頬に当たったナミコの拳を、両手で包み水無月は微笑む。
「何にも出来ないのよ、人なんて。でも嫌なことがあったら、駄々をこねればいいのよ。
それが出来ない時もある。でも出来るなら、出来る時は、自分の心で一生懸命暴れなさい。
そうしたって辛いだけで、何も守れないかもしれない。でもきっと、大切なもののうちの何かは守れる」
そういって拳を開き、オレンジのポーチから皮の袋を取り出して乗せた。
「そして理不尽を嫌だと言って出したその手なら、これを持つ資格があるわ」
中の物は言わずとも感じられる。それはナミコが今まで戦ってきた、人に応える銀色の石。
「イダルは人の心を映す。「ものは使いよう」って言ったでしょう？」
きっと大丈夫だとナミコの頭を撫でた水無月は、その言葉と一緒に可愛くウィンクをした。
「さ、行きなさいナミコちゃん。貴方の友達が、今も使命って理不尽と戦っているわ」
そうだった。今一番理不尽な思いをしているのは、自分の一番身近な友達。
ナミコは涙を袖で拭って、力強い瞳で水無月と祖父を見つめ、ソーダの元へ走り出した。
「ごめんなさいおじい様。私、あんなやり方でしか伝えられなくて」
「いいや。あの子は良い先輩を持ったようじゃ、ありがとう」
それにあれだけ派手にやられたのに、ナミコは普通に走って行った。
「手加減してくれたんじゃろう？」
「あはは…。以前もこんなことありまして、その時の反省を生かしてーなんて」
彼女の凛とした普段の姿と違う照れ笑いは、気持ちに素直な少女のものだった。
ここでのやることを終えた水無月は、再び魔法服を着る。
「行きますか」
「私が出来ることは何もないんですけどねー。でも私も一応、魔砲少女なので」
「貴方も無事での、おねえさまさん」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。でもその呼ばれ方はちょっと」
傍のビルの壁を蹴り、三角飛びで赤く染まった空へ上昇していくもう一人の魔砲少女。
それを見送ってから、ナミコの祖父は財布から一枚のセピア色の写真を取り出した。
映っているのは若いころの自分と、あの頃もいつも怒った顔だった亡き妻と、その間でそれぞれの手を取り笑顔を咲かせている少女。
「おねえさま」という誰かを探して別の世界からやってきて、持ち前の明るさを周囲に振りまいていた彼女。
いつか誰かが必要になると、大事な杖を自分たちに託して元の世界へ帰って行ったその少女は、元気な桜色の魔砲少女だった。
「外見は全くの逆じゃがのう。中身は貴方と一緒で、真っ直ぐなんじゃよ」
写真を握り、ナミコの祖父は額を付けて祈る。
「あの子たちを守ってやってくれ、リプルさん」
経済という絶対的な力を無言の圧力で自分たちに知らしめてきた、都市と呼べる規模のこの街。
それが一匹の怪獣が少し身じろぐだけで、ガラスのように簡単に崩れ落ちていく様子はファンタジー以外の何物でもなかった。
現場の少し手前の中央部。突然の事態だったので、街の中心は今も避難が完了していなかった。
今までのどの事件よりも大きな音がし続け、今まで以上に多くの人が必死に逃げていた。周囲に満ちた底知れぬ緊迫感。
でも、この先にソーダが独りで居る。だから言い知れぬ恐怖に襲い掛かられても、今日だけは逃げるわけには行かなかった。
ぴりぴりと震える大気に逆らって、ナミコは赤と紫が混同する異次元のような場所に向かって足を踏み出す。
「そこの貴方！何をしているんですか！」
聞いたことのある声がナミコを引きとめた。
それはこんな時も変な黄色いスーツを着て、逃げ惑う人を誘導していた、あのナミコの嫌いな役人。
「そっちは危険です、見たらわかるでしょう！急いでこっちへ！でも慌てないで、落ち着いて！」
自分のことしか考えてないような人が、普通に己の役目を果たしていることにナミコは少し感動した。
「あー。役人さんの「市民を第一に考える」ってやつ、実は真面目な言葉だったんですね」
「一体何を、なるほどあなた、あの骨董品店の娘さんですね？今は立場の話をしている場合じゃないでしょう！いいから来なさい！」
確かに。考えてみれば、街の役人は市民を守らなければいけない、なんて決まりはあるのだろうか？
あったとしても、自分が危険に晒されているなら、普通その場から一目散に逃げるだろう。のちのち責任を問われるとしても。
役人であること、魔法少女であること。立場も、せいぜい気持ちを後押しするものでしかない。
「この先の避難は終わっているんですね？」
「は？え、えぇ大丈夫です。ですから」
「わかりました。じゃあそこで、あのでかいのを食い止めます」
虚空から金色の杖を召喚する。そして願う。魔法少女になりたいと。
光に包まれ、変化する衣装。ひらひらが多すぎると思っていて、もこもことしている場違いな、自分には決して似合わない水色の魔法服。
「！？あ、貴方は…」
「所詮私の『出来る限り』ですけど。だから役人さんも、早く逃げてくださいよ！」
ナミコは大地を蹴る。少女は、嫌いだしやっぱり好きなこの街の、果てしない空へと飛翔した。
長時間に渡るソーダの攻撃は、敵に傷一つ付けることは出来なかった。
それでも彼は手を止めることはなかった。その理由の一つは確かに、ある時はイダルとも呼ばれた災厄を取り除くという自分の使命である。
しかし結局。理由の一番多くのパーセンテージを占めるのは、自分の主人が望むから。
本来道具でしかないはずの自分を、近しい生物間でのみ成り立つ『友達』という関係で見てくれている主人。彼女の本当の願いを叶えるために。
だが、さすがに彼も限界だった。
始めから修理必須箇所ばかりの、スクラップ同然の体。今の総合出力は、初期状態の30%未満である。
内部コンソールに響く全ての赤アラートを遮断していたが、その『誤魔化し』も無意味になってきた。物理的に、駆動系が稼働しない。
幸い。途中から緑のローブをはためかせた人間が、軽い煽りや叫び声と共に巨竜に攻撃を開始した。
彼の判別不能な黒いエネルギーの塊はあのデータ状の体にも当たるようで、それに気を取られた巨竜は一時侵攻を中止し、連弾を浴びせてくる人間を攻撃対象にしている。
それも、周りを飛ぶハエが邪魔な巨人という印象を与える程度の微々たる抵抗だったが。
コンソールにノイズが走る。最後のアラートは、集積回路の最重要部に致命的な損傷を発見。ブツブツと、思考に必要な色んな部分がヒューズのように飛んでいく。
ソーダは困った。これでは、主人の望みを達成できない。
他にも一緒にピクニックへ行ってチョウチョを追いかけたり、一緒にかっこいいロボットアニメを見たり、一緒に暖かいお店で寝たり。
主人と一緒にいることが、出来ない。
「ソーダ！」
聞こえた。声の波長を照合するまでもない。
120%の確率だと認識していたが、この場に主人がやってきたのを知ってソーダは、安堵した。
自分が動かなくなるその時まで、大好きな主人と一緒にいられることをソーダは、幸せに思った。
「ソーダ！どうしたの、ソーダ！ソーダっ…ソーダあああああーーーーーッ！！」
現場に駆け付けた時。機能が停止したソーダを抱き、彼の名を呼んだところまでは覚えている。
色んな感情を爆発させたナミコは、気がつけばどこか別の場所にいた。
とても静かで、一切の時間を感じさせない。真っ白な筒の中央に、ゆるやかに流されながら浮く自分の体。
数多の蒼い線が光の向こうへと吸い込まれていくこの光景は、いつか見たことがある。
「魔砲ってね、奇跡が起こせる魔法じゃないんだ」
周囲から光が集まり、ナミコの前にうっすらと透けた人の姿を形作る。
背を向けて語る彼女は、ナミコが魔法少女になる時に見たあの桜色の服の女性。
「それはやっぱり、ただの力でしかないんだよ。それを振るっても、守れるものなんて実はないんじゃないかなって」
哀愁の混じった声と、寂しげな横顔で彼女が教えてくれた。
「それを持って、これまで戦ってきたこと。色んなものを傷つけたこと。
色んなものを守れなかったこと。あなたは、後悔してる？」
おそらく様々な辛いことを経験したのだろう彼女は、それでも濁ることなく澄んだ瞳で、真っ直ぐナミコを見つめて尋ねてくる。
「そんなの、後悔するに決まってるじゃないですか」
嘘を考える必要もなく、ナミコは答えた。
「でも。後悔してはいますけど、魔法少女で良かったと思っている自分もいます。
私が魔法を使えなかったら、ソーダに逢えなかった。アリスにも、顔を知る機会のなかった友達にも。
何が正しくて、何が間違っていて。もちろん今もわからないけど、考えることもなかった。
何を守りたいのか、きっとわからなかった。だから私これまでのこと、後悔してますけど、忘れないです」
その言葉を聞いて桜色の魔法少女は満足そうな、そしてとても明るい笑顔をくれた。
「うん！守れなかったものばかりなのに、不思議だね」
そしてナミコに背後を見るように促す。
「私たちみんな、そう思ってるんだよ」
そこには何人もの魔法使いがいた。
男女問わずそれぞれ自分の色の魔法服を着て、ナミコへ向けて頷いたり手を振ったりして励ましてくれている数多くの先輩たち。
「どうする？もうちょっとだけ、ガンバってみる？」
「はい」
「うん！じゃあ私たちが、あなたの願いを護ってあげるよ」
桜色の彼女がそう言うと同時。魔法使いの先輩たちの体が光の粒になる。
その粒はナミコの周りに集まり、幾つもの色が暖かく包み込む。
「それじゃ気楽にそれなりに…ガンバってね！」
赤も青も黄色も緑も、全ての色が混じりあってナミコに力を与える。
「先輩！」
最後に桜色の彼女が消える直前。ナミコは他の呼び名を思いつかず、そう呼んでみた。
「ん？何かな、後輩ちゃん？」
足を交差させ後ろ手を組んだ先輩は、ナミコより年上なのにとても愛らしかった。
「先輩は、何を守りたかったんですか？」
失礼なことだと思う。でも何かをしてもらってばかりの自分でも何か出来ないかと、ナミコは彼女に訊いてみた。
「守りたかったというか、取り戻したかったというか？あーそっか、じゃあ伝えといてくれる？」
彼女は言いながら、そっとナミコの腕を取る。
「青い服の、かっこいいけど実は寂しがり屋さんなお姉さんがいたら」
そして次の伝言を聞いて、ナミコは色々理解した。
「あなたのおかげで、リプルたちは今日も元気ですって！」
光の筒を通り抜け、全てが光になる。最後に先輩の、自分じゃない誰かにかけた声がした。
「それとアーモンド！女の子を泣かせちゃダメなんだからね！」
水無月が見ている前で、事態はさらに変貌する。
ナミコの叫んだ声が聞こえたと思ったら、直後彼女に渡したイダルの感覚が全て消失し、光が爆散した。
巨竜の上に渦巻いた紫の雲や、壊れゆく灼熱の街は相変わらず。それに、何かがぼんやりと重なる。
幻影のような、蜃気楼のような映像。それは水無月にとって、とても懐かしいものだった。
今の街と同じように、海が見える場所。自然豊かで、多くの生き物がそれぞれのペースで暮らしている島々。
ブリーダーと呼ばれる人が、モンスターと心を通じ、共に生きている地方。
「ユタ、トラ…」
水無月が元居た世界、暮らしていた町が今の街の上に存在していた。
「帰ってきた…私、帰ってきたんだ…！」
帰りたかった場所に、今自分はいる。感動で自然と涙が溢れてきた。
「いえ、感傷に浸っている場合じゃないわ、私！ナミコちゃんは！？」
軽く目をこすった水無月が声のした方へ駆けつけると、水色の魔法服に着替えたナミコは道路の真ん中で気を失っていた。
「ちょっと！どうしたのリプ」
「寝てるだけだろ！多分な！」
その真上では、元の体に戻っていたコノハが巨竜に紫の球を投げ続けていた。
確かに彼の言う通り、息はしている。とても安らかな顔で、しかし意識はここではないどこかにあるようだった。
「それで何なのよ！この状況は！」
「お前もちったぁ自分の頭で、だからこっちじゃねぇよちきしょおおおおおお！！」
彼の攻撃も巨竜に大したダメージを与えていない。だが行かせたくない方向へ移動しようとした時に全力を出すことで、巨竜を嫌がらせ進行方向を海岸沿いのみに誘導していた。
「この世界と前にイダルがあった世界！ユタトラが繋がってるんだろ！ドラゴンとそのリプルのどっちが繋げたか知らねぇけどさ！」
町並みは知るものと違うが、見てきた地形や眺めは間違いない。
そして巨竜がこちらの街を破壊するたび。むこうの町の同じ場所に存在する建物も破壊されている。
「コイツはこことユタトラ、両方に同時に存在しているっていうの…？」
このまま放っておけば、自分の故郷も壊滅させられてしまう。
だが水無月は、状況が変わってもやはり何も出来ない。
強く杖を握りしめる。自分に、相棒のいない魔砲少女に出来ることなど。
「Σ！」
その時杖から伝わってくる、小さくても確かな命の鼓動。
「あぁもう持たねぇえええええ！イダル一個で何とか出来るかよ！エネルギー切れだぞこのやろ！？」
ヤケになってエネルギーの塊を乱射していたコノハは、いい加減うっとおしいと放たれた巨竜の光線を回避し損ねた。
防御壁を張っても吹っ飛ぶ。勢いを殺し切れずコンクリートに叩きつけられるその刹那、コノハは優しく背に腕を添えられた。
「ありがとうコノハ。明日の飲み会、一緒に連れて行ってあげる」
敵を睨み続ける水無月の横顔が、疲労したコノハを通り過ぎる。
「開幕ニホンシュ、パなすかなぁ。熱燗でな」
コノハはポンと羽の生えた小人に戻り、イダルのはまったペンダントを前方に投げた。そして後ろのゴミ山に突っ込む。
コノハと交代するように前に出た水無月。イダルを受け取って電柱の上に立ち、相棒の名前を呼ぶ。
「スノードロップ！」
呼応しすぐさま飛んできたのは、人の半分より小さな背丈の妖精。
それを確認して、水無月は駆け出しの時のようにポーズを取った。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、只今参上です！」
半透明に見えている相棒は、向こうの世界で水無月と一緒に巨竜と対峙している。
「久しぶりねスノードロップ。元気にしてた？」
存在する次元が違うので声は届かない。が、そもそも無口な妖精なので問題ない。
相棒はちょっと嬉しそうにしながらも、再会を喜んでいる場合じゃないだろうと目で主人を窘める。
「はいはい。相変わらず真面目ねー貴方は」
何年経ったのかわからないが、変わらない様子の相棒が嬉しかった。
巨竜は、妨害するものがなくなったので移動する向きを変える。そして口を開き、次の光線を撃つために光を集め始めた。
そこにはまだ目を覚まさないナミコがいる。だから撃たせるわけにはいかない。
しかしコノハでも止められなかったこの巨竜に、スノードロップであろうと傷をつける事は出来ないだろう。
ならばと水無月はスノードロップと高空に飛び、杖を回して狙いを定める。
「熱き想いの形は絆…」
主人の詠唱に合わせて、スノードロップも熱を体の中央に集める。
「時も空もこの糸、絶つにあたわず！炎刻！フランベルジェ！！」
巨竜がビームを放つ瞬間。スノードロップが放った熱波がうねり、先端が巨竜の足を穿つ。
傷はつかない。だが炎の猛撃に足を取られた巨竜は、体のバランスを崩し自身が作った瓦礫の山に倒れ込む。
充填された光線は空へ撃たれ、どこへも当たらず大気に拡散した。
「さて、と…」
のたうつ巨竜が起き上がる前に、水無月はもう一撃たたき込もうと思ったが、
「あとは任せたわよ、リプル…じゃないか」
ようやく立ち上がったもう一人の魔砲少女を確認し、後を託した。
「ナミコちゃん」
もの凄く大きなものが叩きつけられる衝撃と、重力を同時に肌に感じた。
ナミコが気がつけば、赤ん坊のように両手と両足をばたつかせる巨竜が眼下に映る。
暴走に巻き込まれないようにと、固い金属の腕でナミコの背中と、もう一方の腕で両足を抱えて回避した相棒の瞳が傍にあった。
「ソーダ！」
出逢った時と同じ状態で、ソーダが動いていた。自分でも何故動くのかわからないと言った顔で、関節をきゅいきゅいと動かしている。
ナミコはソーダにしがみついた。
「動かなくなったんじゃないかと思って！良かった、ホント良かった…！あぁもう！心配させるなよ！」
「♪」
怒るほどに元気な主人に安心して、ソーダは一番高いビルの給水塔の上にナミコを降ろす。
そしてもう一つ気づく。ナミコの衣装が変わっていた。
漆黒の魔法服。あらゆる色が混ざり、また他の何色にも染まらぬこの色が、ナミコを護ってくれるらしい。
アクセントなのか、左手首に巻き付いていた桜色のリボン。先輩の遊び心を引き抜いて伸ばし、ナミコはそれを先端に炎をかたどった杖に変える。
「お願いソーダ。私と一緒に、この街を守って」
はっきり守って欲しいと頼まれたのは、逢った時以来である。
「¬�皃巳勁咫�
もちろんだと、ソーダは戦う構えを取った。
ナミコは杖の記録を引き出す。ソーダの、かつての魔法使いたちが連れていた相棒の中の一番強かったときを探す。
そしてそれを見つけ、ソーダにダウンロード。ナミコとソーダの周りに、眩い橙色のオーラが揺らめいた。
今までにない強大な力を感じ取った巨竜は、それが発生した場所にめがけて、寝たまま縦に尻尾を振る。
「炎っ！」
回避するついでに巨竜の真上に飛んだナミコは杖で指し示し、ソーダに技を撃たせた。
「ハリケえええええンッ！！」
鳥が羽ばたくようなモーションでソーダは両腕を前に突き出す。
手から放たれた爆風は、ソーダが使ってきたこれまでの技のレベルを遥かに超えた温度と密度で巨竜を押し潰す。
ぎゃおおおおお
巨竜が痛みで咆哮した。効いている。
両手で体を支えた巨竜は、背を伸ばして口を開く。拡散した無数の光が針状になってナミコとソーダを襲うが、どちらも全て避けきる。
「フレイム！ビいいいいいムッ！！」
ソーダの周りの気が翼のように広がる。その横幅いっぱいに熱線が撃ち出され、周りの空気がプラズマとなって爆ぜる。
すかさず巨竜が撃った光線と相打ちになり、衝撃波が戦場に残っていたガラス窓を全て割り、白とオレンジが拮抗する。
「行ける！押し切れ！」
杖を通してナミコの力が伝わる。ソーダのコンソールに表示された出力係数の値が高速で上昇していく。
ずず、と少し押し込んだ熱線は直後一気に、光線を撃ち破って巨竜の体を溶解した。
「やった！？」
様々なものが焦げた煙で見えないが、あれを受けて無事では済まないだろうとナミコはソーダの元へ。
行こうとした瞬間。黒い煙に穴が開いたと思ったら、巨竜が一瞬でナミコとソーダの上を取った。
振り下ろされる爪。奇襲を避け損ねた１人と１匹は、数百メートルの高空から大地へ打ちつけられた。
大きく開いたクレーター。魔法服が護ってくれても、全身の骨に響く振動。
「やっぱり、いったいなぁ…！」
意識を保つため頭を振って、穴から抜け出して知る。
街が何かと同期している。今立っているこの場所にあるのは、町のシンボルである高い木とその隣の大きな噴水。
石段の向こうには船着き場があって、その先には心躍る冒険地へ繋がっていそうな蒼い海。
ソーダは敵を、データの集合体だと分析していた。この巨竜はネットから、人の気持ちを取り出したもの。
ネット上にそれが集まる場所もいくらかあるが、ナミコのやっていたオンラインゲームもその一つ。
「ここって、ユタトラ…？」
さらにそのゲーム上でも、ナミコが一番大事だと思っている場所だった。
連れているモンスターの育成に疲れたからと休み、友達と雑談し。いつの間にか雑談目的で居座り、いっぱい笑った町の中央広場。
アストリッド：リプルさんは、きっと今ガンバってるんですよ！
回線を通して、そんなチャットをデータの海の中で見つけた。発信源は、以前助けたことのある長い黒髪の女の子。
鴉人 ：みんなを守ってくれる、魔砲少女ですからね
アストン ：無事なら、必ずこの場にいると思いますし
サカキ ：大丈夫かなー。俺たちが出来ることってないのかなー
聞こえて、わかる。みんなの声と姿が。
優しい人が居る街。この街だからこそ、人が優しいのかもしれない。
他にも聞こえる、数千、数万の言葉。誰もが同じようなことを思っている。
誰だって、自分だってこんなつまらない街は嫌いだ。それでも、この海の見える街が好きだと。
巨竜がナミコの前に降り立ち、耳をつんざくほどの雄叫びでこの街と向こうの町をぶち壊す。
向こうの大切な世界も、同時に守れということらしい。予定では、向こうの町で最後をのんびり過ごすはずだったのに。
「あぁ理不尽。ホント理不尽」
再び天を仰いで光を集積する、強大な破壊の化身。その前に立つナミコの右隣に、守護を使命とするソーダが並ぶ。
「でも」
ナミコは右手に持った杖を、ソーダは左腕を空に掲げる。
「理不尽もたまには、悪くない」
破壊と守護の想いの量は同じ。ならば、負けるはずはない。
「マジカルッッッ！カノンッッッ！」
ナミコはこの場に在る全ての力を収束し、それをソーダと放つ。
濛々と立ち込めていた黒い雲を突き破り、幾千の星が輝く宙へ一本の閃光が駆け抜けていく。
その光景に見とれたナミコは一瞬、今の状況を忘れて呟いた。
「これが、魔砲…」
飾り気などなくただ綺麗で純粋で、素直な力。
「つまり、アレか」
フルチャージの合図とばかりに吼えた巨竜の遠吠えで我に返ったナミコは、言葉の意味を理解して叫ぶ。
「魔砲少女まじかる☆りぷるん、只今登場だ！」
破壊欲が全て詰まったビームに、気持ちを形にしただけの極太レーザーを叩きつける。
「ファイナルッ！ブレえぇええええええドおおおおおッッッッッ！！」
振り下ろされた無限の線が、白い点を押し潰した。
町が、消えていく。
全てのイダルがその目的を終え、この街とユタトラの町を繋ぐ力も無くなった。
いくつもの粒に細分化されたユタトラという情報は、ゆっくりと空へ浮かび消滅していく。
「また離れ離れね、スノードロップ」
水無月は相棒の妖精に、重ならない手を合わせて別れを告げる。
「あの子たちのこと、よろしくね。私は大丈夫だから」
声は耳に届かないが、きっと伝わっている。
幻影が消える間際。寡黙な妖精の流した涙は、落ちずに雪のように空気に溶けた。
「いいのかよ」
事に決着がついた後で、服がボロボロになったコノハは水無月へ問うた。
「さっき言ったでしょう？明日飲み会があるのよ」
目は赤かったが、そう答える水無月の顔は笑顔だった。
「さぁ仕事仕事！って私、結構出遅れてない！？折角現場にいるのに！」
「何かあったら写真を撮るとかだなぁ。そんなんだから怒られてばっかなんだぜ、ケケケ！」
「うっさい！ほら貴方も、早くカメラを持ってきなさいよ！」
魔法服を失ったもう一人の魔砲少女は、今居る街へと戻っていく。
「これで全ての対象が消滅しました」
映像が少しずつ崩れ昇華していく幻想的な景色に、呆気に取られていたナミコへ誰かが言った。
水色の服でも黒の服でもなくなったナミコの背後に、人の映像が浮いている。
「貴方の、私たちの役目もこれで終わりです。ありがとう、最後の代行者」
ナミコの見たことのない服装。遥か昔のものとも、遠い未来のものとも思うことの出来る衣装を着た女性は、ナミコに終わりを告げた。
「あなたも、今まで本当によくやってくれたね」
彼女が次に言葉を掛けたのは、ナミコの隣で同じように、宙に浮く最初の主人を見つめていたソーダだった。
映像の女性はソーダの手を取り優しく労って、周囲と同じようにふわりと消えた。
「おつかれさま。01」
向く方向を変えなかったソーダの体も、彼女を追うように粒子化して天に昇っていく。
「ソーダ？」
全てが終わった。だからソーダも、その使命から解放されるのだとナミコは理解した。
ナミコはソーダに抱きつき、彼の胸に顔を埋めた。
「ソーダ…行くんだね？」
「¬�皃巳勁咫�
「ごめんね。ソーダのこと、全然分かってあげられなくて」
「�皃巳勁咫�
ナミコは驚いてソーダの顔を見上げる。初めて彼が、否定で答えた。
「…ありがとう」
ちゅいんと首が動いて、ソーダの緑色の大きな瞳がナミコの泣いた顔を写す。
もう彼に触れられる場所がなくなった時、ナミコはソーダに訊いてみた。
「また、逢えるかな？」
「NOT No, MaSTer」
ソーダが笑った。
風が吹くように、全ての輝く粒が一斉に空へと舞い上がって、水平線の向こうの朝日へ消えていく。
それは吹き飛ぶ花びらのようでもあり、とある人には彼方へ飛んでいく羽虫の大群のような印象を与え。
最後の魔砲少女には、幾つもの流れ星が宙へ帰っていくように見えた。
エンディングテーマ『ふたつのせかい』
来客を知らせる店のベルが、からんころんとたまの仕事をする。
「相変わらず、ここは潰れませんね…」
本日も快晴。骨董品店にいつもと違う呆れ声で入ってきたのは、いつも通り変な服を着た役人だった。
「おぉ、いらっしゃい」
今日は珍しくカウンターに座って新聞を読んでいたナミコの祖父が、彼に挨拶をする。
「最近は忙しそうじゃのう」
そういってナミコの祖父は、今読んでいた新聞の一面、「問われる都市像、連鎖した大規模爆発」という文字を役人に見せる。
「えぇ全く。これで人的被害まで出ていたら、一生有給休暇を貰えなかったでしょうねぇ」
新聞なんてしばらく見たくもないというように、役人はうっとうしそうに新聞をどけた。
「そんなことより。さすがに期日ですよ、この場所を譲って頂けますね？」
「あぁ、どうぞ」
「聞き分けのない方たちですねぇ。どうせこの街一帯は、今回の事件で安全性の検討やら何やらが…今何と？」
「良いと言っておるんじゃよ。明け渡そうとも、この場所を」
いつ来ても笑顔しかしないナミコの祖父に、役人は疑った目を送る。
「何が心変わりの理由か知りませんが…お孫さんも納得を？」
「うむ。あの子が「この場所じゃなくても店はあるから」と言っておったよ」
自分の孫の成長に、ナミコの祖父は満足そうな笑顔を見せた。
「それと、自分が居ない間に君が来たら「お仕事お疲れ様でした」と伝えておいてくれ、とも言っておったな」
重要な事案を矢継ぎ早に言われ、対応出来ず固まっていた役人は、
「…。はぁ…」
何かを諦めてため息をつき、ナミコの祖父の前で電話を掛けた。
「私です。えぇ。あの件なんですがね」
部下に何かを指示して、素早く話をまとめる。
「ではおじい様。少し離れた場所ですが、ここと同程度の大きさの空き物件があります。そこへ移転なさってください。
引っ越す際の費用などは全てこちらで持ちます」
「ほう？どうしてそこまでしてくれるのか分からんが、良いのかの？」
「別に私がお金を出すわけではありませんし。それに」
役人は店の外、何度壊されても立ち直ろうとする街を見て呟く。
「仕事場を救って頂いた借りは、返しておきますよ」
晴れた空だと、復興のための工事もしやすい。
「それで。いつもいなくていいのにいらっしゃる彼女は、今日はどちらに？」
「とても大事な集まりがあるとかで、さっき元気に出かけて行ったよ」
ナミコは地下鉄出口の階段を、2段飛ばしで駆け上がる。
今日はオンラインゲームで出逢った友達とする、人生で初めてのオフ会である。
ゲームが終了する瞬間にプレイできなかった分、今日が楽しみ過ぎて若干寝不足気味だ。
ただまぁ、これから起きることは大体予想が出来ている。
「あー。ほら」
待ち合わせ場所に集まっている彼らを見て、やっぱりと肩を落とした。
そこには、同い年くらいでちょっと体の弱そうな、長い髪が綺麗な女の子がいる。
他にも、しっかりした体つきに爽やかな顔の、上下共に黒い服の男性がいて。
小さな体に三つ編みが可愛らしい女性も、スケッチブックに何か書き込んでいる眼鏡の男性もいる。
実は顔を知っていて、自分が魔砲少女だとバレていそうな人たち。あの中に混ざったら、色々厄介なことになりそうである。
ナミコは鞄に付けた、小さなロボットのストラップを指で弾いた。
「ホント、理不尽」
理由なく爽やかに思えて、尽きることない願いで満ちた空と海の街で。
最後の魔砲少女は大きく手を振り、友達と守った大切な場所へ駆けて行った。
THE END
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