第1話 Re:load
最終更新：ID:hzCm9zFFDQ 2010年08月22日(日) 00:21:00履歴
『魔砲少女まじかる☆りぷるんR』
オープニングテーマ『リフレイン』
第1話 Re:load
少女は軽やかに杖を振る。
同時に前に構えていた蒼い犬は敵を捕捉し、雷撃を放つ。
それを鈍く光る銀色の甲冑は、攻撃が途切れる位置で回避する。そして再びお互いの距離を奪い合いへ…
相手の宙に浮く黄色い目がこちらをじっと見つめ、そして急に懐に入ってきたその瞬間、
ザシュン
「あぁもう！理不尽！」
赤い3桁の数字が犬の上に表示されて操作出来なくなる。少女は握っていたマウスを放り出した。
「はいはいクリティカル！なんだよくそっ…」
少女がやっていたオンラインゲームのインターフェイスには『You Lose』の文字が表示されている。
せっかく試合を有利に進めていたのに、一撃で勝負を決められてしまったのだった。
「キャラ間のバランス考えろよ…」
しかし勝負とは、その名の通り勝ち負けが全て。強いキャラを選び、強い技を撃ち、勝つ。弱みがあればそこを重点的に叩く。
そこにルールやマナー、ましてや思いやりなど入り込む余地などない。
「なんでゲームでまで、理不尽な思いしなけりゃいけないんだか…」
少女は嫌になったゲームを切り、椅子にぐいともたれかかる。
せめてゲームの世界くらい、思いやりくらいあってもいいのに。
そんなありえない事を、窓の外の果てない闇に向かって考えながら。
「ナミコ…ナミコ」
昨日そんな夜更かしをしたせいか、少し寝ていたらしい。
「そんな所で寝ていると風邪を引くよ」
名前を呼ばれて目を開けると、そこには見なれた優しい笑顔があった。
「あ…ごめん」
「ほら、寒いだろう」
「もう眠くない。だからいいよ、おじいちゃん」
おじいちゃんと呼ばれた初老の男性は軽く微笑み、持っていた毛布を奥へ片付けに行った。
ナミコの祖父は街の一角で、小さな骨董品店をやっている。
それはビルの森には似合わず、むしろ本当の森になら合うんじゃないかというノスタルジックな雰囲気だ。
ナミコが知る中では珍しく暖かい空気を持つ場所で、それはナミコにとって唯一のものだった。
「いつもに増して不機嫌そうだねぇ」
「そんな事ないよ」
「何かあったかい？」
「…なんもない」
むしゃくしゃしている事に理由なんてない。いつもの事だ。
しかしこうして古い物に囲まれていると、そういう心の靄が消えていくようで…
「ちょっとおじいちゃん、これ結構価値のあるやつじゃないの？」
「おお、そうかい。気付かなかったよ」
ほっほと愉快そうに笑うのん気な祖父を見ていると
「何笑ってんのもう…」
ここに自分が居なければという責務を感じるほどだった。
16歳になったナミコが、ようやく座って様になるようになったカウンター。
他は嫌な事ばかりでも、この骨董品店があるならいいと思う。
理不尽な事ばかりでも、こうして祖父が笑ってるのを見る事ができる日が続くならば、と。
春の陽気は以降もしばらく続いていた
今日も今日とて骨董品に囲まれ、うとうと眠気に誘われそのままカウンターで寝ていると「からんころん」と店のドアが来客を告げる。
「っと。いらっしゃいま…せ」
飛び起きて接客をしようとするが、入ってきたのはスーツを着込んだ長身の男性が数人。
それはどうみても骨董品に興味があって来店したようには見えない。
中でも一人、黄色の服に青いネクタイという似合うのか似合わないのかよくわからない格好をした男がカウンターへ歩いてくる。
「君は…ここの責任者なはずないよねぇ」
高みから見下ろす、というより見くだしたような視線を向けられる。
「おじいちゃんに何かご用ですか？」
カウンターに置いていた炭酸水を一口飲み、接客レベルを落として対応する。
「あぁおじい様がですか。ちょっと呼んできてくれますか、今」
随分と嫌な笑い方だ。見ていて気分が悪くなってくる。
仕方なく祖父を呼び、自分は他の男が品物に触れないか監視する事にした。
2人の方を見ていると、黄色スーツの男が何か書かれた紙を取り出して祖父に説明している。祖父はそれに頷くだけだった。
そして大げさな動作をしてからまた嫌な笑いで祖父に一礼すると、彼はナミコを一瞥して店を出て行った。
ただ立っているだけだった他の男達もぞろぞろとそれに続く。
「なんかイヤな感じ」
ようやくいつものゆったりした空気に戻ってから、ナミコは祖父に話かけた。
「何の話？」
「いや、な…」
祖父は言いにくそうに、それでも諦めたように溜息をついてからナミコに打ち明けた。
「この店をたたまねばいかんかもしれん」
あいつらは市の関係者だとか。
なんかの企画で、街の都市化を進めるんだとか。
それで無駄に一等地にあるこの店を潰してビルを建てたいんだとか。
「…理不尽」
男が持っていたのは市から発行された店の退去勧告書だった。
今はまだ勧告だが、拒否して居座るとまた色々ややこしい事になるんだろう。
他に勧告されたところは、その際払われる金銭に満足してるのかほぼ全て場所を譲ってるらしいと新聞なんかで記事を見つけて…
「あぁもう理不尽！」
納得の行かない事だらけな現状に、ナミコはカウンターにやつ当たりした。
「ナミコ、落ち着いて…」
「これが落ち着いてられるワケないじゃん！」
思い出せばさらに怒りが増してくる。あの余裕ぶった顔に、憎たらしい目つき。
「仕方ない事だろう」
「何でおじいちゃんも受け入れつつあるの！？こんなの理不尽でしょ！」
こんな時でも祖父はその顔に微笑みを忘れなかった。
「わしはこの街が好きだよ。その街のためになるなら、わしは喜んで場所を譲ろうと思う」
「優しすぎるよそんなの！私、だって私！」
普段見せないナミコの顔を見て、祖父は店の奥にある倉庫へ行き、
がらしゃがしゃん
「ほっほ。整理してなかったから酷いものだったよ」
ほこりまみれになって持ち帰ってきたのは随分と古びた一本の杖だった。
「この場所を大事に思ってくれているお礼に、これをやろう」
軽く拭いて祖父はナミコへその杖を手渡す。
「これが、何…？」
「この店を始めるきっかけになった、わしの一番の宝物だ」
先端に炎をかたどった杖は確かに古びてはいたが、しかし欠けている箇所もなく綺麗に保存されている。
ただ、力を失っているというか足りない何かを感じる物だった。
「不思議なものだろう？」
「うん…」
ナミコは杖を握り締める。
「優しさや暖かさ、時には力強さを感じる面白い杖なんだよ」
その言葉を混ぜたようで、けれど言葉に出来ない感覚が伝わって来る。
「この店はそれがあったからこそ出来たものだ」
「でも…」
「だからわしは、それをナミコが貰ってくれるのなら十分なんだよ」
本心では納得し切れるものではないが、ナミコは顔を隠すように頷いた。
その時急に外が慌しくなった。
ガラス越しに聞こえてくる機械の重音、数多のクラクション。
「何かあったんだろうか？」
そして祖父がドアを開けた瞬間響き渡る、人の悲鳴。
「きゃああああ！」「に、逃げろおおおおお！」
そこにはナミコが見た事のない光景が広がっていた。
遠くに見える黒煙。どこから飛んできたのか瓦礫が歩道を塞ぎ、破裂した水道管から水がぱらぱらと降ってくる。
「何！どうしたんですか！？」
ナミコは店を飛び出し、逃げ惑う群集から一人の男性の腕を掴んで強く尋ねる。
「車が暴走してる！」
そうとだけ言うと、彼はナミコを振りほどきどこかへ走っていってしまった。
「暴走？」
向こうの通りで爆音がした。ごしゃあとコンクリートの砕ける音と共に木々は燃え立ち、その裏側に見えるシルエットは炎をくぐり抜け。
呆然と見つめていたナミコの視線に入ったのは…
きゅらきゅら
キャタピラを回して現れた、巨大なショベルカーだった。
意外な物の登場にナミコは立ち尽くす。何が起こっている？
ショベルカーは胴を振り周囲を確認し、ナミコを視界に捕らえ「ごきゅ」と鳴いて首を低くする。
まるで恐竜が獲物を狩るかのように。
「え…何…なんなの…」
蛇に睨まれた蛙と同じように、恐怖で足が震え動かせない。
ショベルカーはアスファルトを気にせず地面を掘り、ナミコの後ろに土砂を投げ捨てた。
「い…いや…」
竜が飛んだ。着地して地面を揺らし、エンジンを全開にしてナミコに向かって突進する。
「いやああああああッ！」
ナミコは必死で横に飛んだ。店の中に体勢を崩して転がり込み難を逃れた。
ターゲットを失ったショベルカーは数軒隣のビルへ突っ込み、壁越しに届く轟音と店の周りを包む砂煙。
目を開けた。するとそこには、
「おじいちゃん！？」
座り込み動けなくなった祖父が、ドアにしがみつき震えている。
「に、逃げろナミコ…！」
恐怖に染められた目を見て、ナミコは心身に気を入れた。
「大丈夫？逃げよう！さぁ早く！」
祖父の下へ駆け寄り、そして大事な杖を思い出しカウンターへと駆け寄り、そして…
「ぎゅるるるる…」
煙が晴れ、窓の向こうに居たショベルカーは確実にこちらを捕捉していた。
「まずッ…！」
「ぎゅがるおおおおお！！」
死ぬ？何で？いや自分の事より、おじいちゃんが。大切な、店が。
「やめてえええええ！！」
杖を抱き締め、出した事のない大声で叫んだのは覚えている。
それから目を開けると、居たのは狂った大事な場所ではなかった。
周囲を高速で駆け抜けていく蒼色の線。その流れの中心に浮いているような自分。
神秘的な光景に状況を忘れて見とれていると、流れの先に集まっていく光が人の形をとった。
「あー。あなたが次の人かー」
桜色の変わった服を着た少女は唐突にそう言う。
ふと先日までやっていたゲームのキャラクターが頭をよぎった。
「うーむ。なぁんかやる気ない感？というか状況わかってない？」
やたらと気の抜けた口調で話す少女である。
「まぁ私もそんなもんだったかなー。ともかく世界はあなたに託されたから、軽くガンバってね！」
簡単に託された世界。
「なんて。そんな難しい事考えなくていいよ、あなたはあなたの守りたいモノを、守ればいいから」
そう言うと少女は流れに乗せて、ナミコに光の粒を渡していく。
「わん」
突然どこからか聞こえた、犬の泣き声。
「アーモンドもしっかりね！」
光が一本の棒になっていくのが、意識が消え行く中で見えて―――
気付くと店のカウンター。危機的状況は、幻想的な景色の前と何ひとつ変わっていない。
ショベルカーの2度目の咆哮でナミコは我に返り、
「！」
逃げようと立ち上がる際に、杖がカウンターに置いていたペットボトルを倒した。
手元で光り輝く杖。その溢れんばかりの煌きが移った炭酸水は、こぼれた時の重力法則を無視してふわりと飛ぶ。
それは店の隅に安く売られていた小さい一体の土偶にかぶさった。
「ぎゃががが！」
そして3度目の雄たけびと同時に体当たりしてくるショベルカー。
「助けっ…てッ…！」
叫ぶのも忘れて呟く助けの声に、
きゅいん
応えたのは軽快な駆動音。そして店を飛び出し、足のブーストを噴かしてショベルカーを両手で受け止めたのは
「ロ、ロボット？」
褐色がかった、各パーツが宙に浮く人型の機械だった。
はっと見るとさっきの土偶がない。あれが変身したのか…？
「♪μστ♯/」
不思議な音を出し、それは円盤状の頭を回す。大きな緑の一つ目は何故か恐怖を感じない。
彼？が助けてくれたのだとしたら、次の指示を訊いているのだろうか。
「お願い！おじいちゃんと店を守って！」
「＠！μστ＊」
何かの音を発した機械人形は、自身の何倍の大きさもあるショベルカーを肩に背負い投げ、店の反対のビルへ叩きつけた。
ナミコは店の外へ駆け出した。そしてその時ようやく、服の変化に気付いて驚く。
着ているのは水色のひらひらな服。それは例えると、子供の時テレビで見た魔法少女のようで、これは非常に恥ずかしい。
そしてそんな子供じみた衣装とは裏腹に、この服に包まれていると体中に力が沸いてくる。
ずっと握っていた杖は、その息を吹き返したかのごとく新品同様の金属光沢を纏っていた。
がらりとコンクリートを跳ね除けショベルカーが首をもたげる。今は服を気にしている場合じゃない。
すっと機械人形はナミコの前に立ち腰を落とす。
首を振り回し怒りを露にしたショベルカーは、猪のようにただ突進を繰り返す。
「ロボット、ロボットなんだから…」
機械人形が受け流してくれる方向と逆に避けながら、ナミコは技を考える。
「ろ、ロケット！」
ナミコが杖を敵に指し示すと、きゅいんと機械人形は右腕を後ろに回す。
「パあああああンチ！！」
振りかぶってその手を前に。バシュッという音と同時に腕の付け根から火を噴射し、その腕は高速で飛ぶ。
ショベルカーの胴体を貫き、そしてワイヤーが巻かれ腕が回収される。エンジンをやられたショベルカーは直後爆発した。
「どう？」
「あったぞ。あんなのに獲り憑くなんて、最近のイダルはどうかしてんのかねぇ」
薄ら目に見えるのは炎に焼かれる街。そして緑の何かが掴んでいる、銀色に輝く石。
「リプル…」
「似てるが違うだろ。あいつがここにいるはずない」
「そうね」
仰向けの自分を優しく包んでくれているのは、今の自分と同じような青い衣装の誰か。
「今はお休みなさい。リプル―――
鳴り響くサイレンの音。
目を覚ましたときには服は元に戻っていて、周囲はほとんど鎮火されていた。
消防も今来たようだから、やったのは誰か…
「そうだ！おじいちゃんは！？」
店はこの騒動でもなんとか壊れていなかった。
その中でまだ気絶している祖父。外傷はないようで、どうやら大丈夫らしい。
「良かった…」
「＆‡�堯�」
変な音を立ててフワフワ浮いて近づいてくる、円盤状の何か。
色が助けてくれた機械人形と同じである。変形できるようで、胴体や手足がコンパクトにまとまっていた。
「おかげ様だね。ありがと」
「♪」
見た目は機械でも擦り寄ってくる様はまるで動物のようだ。
「…。えっと、何て呼んだらいいんだろ」
頭を撫でながら、ナミコはこの子の名前を考える。
おそらくあの炭酸水がかかったのが原因で生まれたのだから…
「ソーダ？」
「☆」
ソーダは嬉しそうにナミコの周りを回った。
ナミコとソーダ。こうして始まる、また次の魔砲少女の物語―――
エンディングテーマ『恋は☆りぷるんR』
オープニングテーマ『リフレイン』
第1話 Re:load
少女は軽やかに杖を振る。
同時に前に構えていた蒼い犬は敵を捕捉し、雷撃を放つ。
それを鈍く光る銀色の甲冑は、攻撃が途切れる位置で回避する。そして再びお互いの距離を奪い合いへ…
相手の宙に浮く黄色い目がこちらをじっと見つめ、そして急に懐に入ってきたその瞬間、
ザシュン
「あぁもう！理不尽！」
赤い3桁の数字が犬の上に表示されて操作出来なくなる。少女は握っていたマウスを放り出した。
「はいはいクリティカル！なんだよくそっ…」
少女がやっていたオンラインゲームのインターフェイスには『You Lose』の文字が表示されている。
せっかく試合を有利に進めていたのに、一撃で勝負を決められてしまったのだった。
「キャラ間のバランス考えろよ…」
しかし勝負とは、その名の通り勝ち負けが全て。強いキャラを選び、強い技を撃ち、勝つ。弱みがあればそこを重点的に叩く。
そこにルールやマナー、ましてや思いやりなど入り込む余地などない。
「なんでゲームでまで、理不尽な思いしなけりゃいけないんだか…」
少女は嫌になったゲームを切り、椅子にぐいともたれかかる。
せめてゲームの世界くらい、思いやりくらいあってもいいのに。
そんなありえない事を、窓の外の果てない闇に向かって考えながら。
「ナミコ…ナミコ」
昨日そんな夜更かしをしたせいか、少し寝ていたらしい。
「そんな所で寝ていると風邪を引くよ」
名前を呼ばれて目を開けると、そこには見なれた優しい笑顔があった。
「あ…ごめん」
「ほら、寒いだろう」
「もう眠くない。だからいいよ、おじいちゃん」
おじいちゃんと呼ばれた初老の男性は軽く微笑み、持っていた毛布を奥へ片付けに行った。
ナミコの祖父は街の一角で、小さな骨董品店をやっている。
それはビルの森には似合わず、むしろ本当の森になら合うんじゃないかというノスタルジックな雰囲気だ。
ナミコが知る中では珍しく暖かい空気を持つ場所で、それはナミコにとって唯一のものだった。
「いつもに増して不機嫌そうだねぇ」
「そんな事ないよ」
「何かあったかい？」
「…なんもない」
むしゃくしゃしている事に理由なんてない。いつもの事だ。
しかしこうして古い物に囲まれていると、そういう心の靄が消えていくようで…
「ちょっとおじいちゃん、これ結構価値のあるやつじゃないの？」
「おお、そうかい。気付かなかったよ」
ほっほと愉快そうに笑うのん気な祖父を見ていると
「何笑ってんのもう…」
ここに自分が居なければという責務を感じるほどだった。
16歳になったナミコが、ようやく座って様になるようになったカウンター。
他は嫌な事ばかりでも、この骨董品店があるならいいと思う。
理不尽な事ばかりでも、こうして祖父が笑ってるのを見る事ができる日が続くならば、と。
春の陽気は以降もしばらく続いていた
今日も今日とて骨董品に囲まれ、うとうと眠気に誘われそのままカウンターで寝ていると「からんころん」と店のドアが来客を告げる。
「っと。いらっしゃいま…せ」
飛び起きて接客をしようとするが、入ってきたのはスーツを着込んだ長身の男性が数人。
それはどうみても骨董品に興味があって来店したようには見えない。
中でも一人、黄色の服に青いネクタイという似合うのか似合わないのかよくわからない格好をした男がカウンターへ歩いてくる。
「君は…ここの責任者なはずないよねぇ」
高みから見下ろす、というより見くだしたような視線を向けられる。
「おじいちゃんに何かご用ですか？」
カウンターに置いていた炭酸水を一口飲み、接客レベルを落として対応する。
「あぁおじい様がですか。ちょっと呼んできてくれますか、今」
随分と嫌な笑い方だ。見ていて気分が悪くなってくる。
仕方なく祖父を呼び、自分は他の男が品物に触れないか監視する事にした。
2人の方を見ていると、黄色スーツの男が何か書かれた紙を取り出して祖父に説明している。祖父はそれに頷くだけだった。
そして大げさな動作をしてからまた嫌な笑いで祖父に一礼すると、彼はナミコを一瞥して店を出て行った。
ただ立っているだけだった他の男達もぞろぞろとそれに続く。
「なんかイヤな感じ」
ようやくいつものゆったりした空気に戻ってから、ナミコは祖父に話かけた。
「何の話？」
「いや、な…」
祖父は言いにくそうに、それでも諦めたように溜息をついてからナミコに打ち明けた。
「この店をたたまねばいかんかもしれん」
あいつらは市の関係者だとか。
なんかの企画で、街の都市化を進めるんだとか。
それで無駄に一等地にあるこの店を潰してビルを建てたいんだとか。
「…理不尽」
男が持っていたのは市から発行された店の退去勧告書だった。
今はまだ勧告だが、拒否して居座るとまた色々ややこしい事になるんだろう。
他に勧告されたところは、その際払われる金銭に満足してるのかほぼ全て場所を譲ってるらしいと新聞なんかで記事を見つけて…
「あぁもう理不尽！」
納得の行かない事だらけな現状に、ナミコはカウンターにやつ当たりした。
「ナミコ、落ち着いて…」
「これが落ち着いてられるワケないじゃん！」
思い出せばさらに怒りが増してくる。あの余裕ぶった顔に、憎たらしい目つき。
「仕方ない事だろう」
「何でおじいちゃんも受け入れつつあるの！？こんなの理不尽でしょ！」
こんな時でも祖父はその顔に微笑みを忘れなかった。
「わしはこの街が好きだよ。その街のためになるなら、わしは喜んで場所を譲ろうと思う」
「優しすぎるよそんなの！私、だって私！」
普段見せないナミコの顔を見て、祖父は店の奥にある倉庫へ行き、
がらしゃがしゃん
「ほっほ。整理してなかったから酷いものだったよ」
ほこりまみれになって持ち帰ってきたのは随分と古びた一本の杖だった。
「この場所を大事に思ってくれているお礼に、これをやろう」
軽く拭いて祖父はナミコへその杖を手渡す。
「これが、何…？」
「この店を始めるきっかけになった、わしの一番の宝物だ」
先端に炎をかたどった杖は確かに古びてはいたが、しかし欠けている箇所もなく綺麗に保存されている。
ただ、力を失っているというか足りない何かを感じる物だった。
「不思議なものだろう？」
「うん…」
ナミコは杖を握り締める。
「優しさや暖かさ、時には力強さを感じる面白い杖なんだよ」
その言葉を混ぜたようで、けれど言葉に出来ない感覚が伝わって来る。
「この店はそれがあったからこそ出来たものだ」
「でも…」
「だからわしは、それをナミコが貰ってくれるのなら十分なんだよ」
本心では納得し切れるものではないが、ナミコは顔を隠すように頷いた。
その時急に外が慌しくなった。
ガラス越しに聞こえてくる機械の重音、数多のクラクション。
「何かあったんだろうか？」
そして祖父がドアを開けた瞬間響き渡る、人の悲鳴。
「きゃああああ！」「に、逃げろおおおおお！」
そこにはナミコが見た事のない光景が広がっていた。
遠くに見える黒煙。どこから飛んできたのか瓦礫が歩道を塞ぎ、破裂した水道管から水がぱらぱらと降ってくる。
「何！どうしたんですか！？」
ナミコは店を飛び出し、逃げ惑う群集から一人の男性の腕を掴んで強く尋ねる。
「車が暴走してる！」
そうとだけ言うと、彼はナミコを振りほどきどこかへ走っていってしまった。
「暴走？」
向こうの通りで爆音がした。ごしゃあとコンクリートの砕ける音と共に木々は燃え立ち、その裏側に見えるシルエットは炎をくぐり抜け。
呆然と見つめていたナミコの視線に入ったのは…
きゅらきゅら
キャタピラを回して現れた、巨大なショベルカーだった。
意外な物の登場にナミコは立ち尽くす。何が起こっている？
ショベルカーは胴を振り周囲を確認し、ナミコを視界に捕らえ「ごきゅ」と鳴いて首を低くする。
まるで恐竜が獲物を狩るかのように。
「え…何…なんなの…」
蛇に睨まれた蛙と同じように、恐怖で足が震え動かせない。
ショベルカーはアスファルトを気にせず地面を掘り、ナミコの後ろに土砂を投げ捨てた。
「い…いや…」
竜が飛んだ。着地して地面を揺らし、エンジンを全開にしてナミコに向かって突進する。
「いやああああああッ！」
ナミコは必死で横に飛んだ。店の中に体勢を崩して転がり込み難を逃れた。
ターゲットを失ったショベルカーは数軒隣のビルへ突っ込み、壁越しに届く轟音と店の周りを包む砂煙。
目を開けた。するとそこには、
「おじいちゃん！？」
座り込み動けなくなった祖父が、ドアにしがみつき震えている。
「に、逃げろナミコ…！」
恐怖に染められた目を見て、ナミコは心身に気を入れた。
「大丈夫？逃げよう！さぁ早く！」
祖父の下へ駆け寄り、そして大事な杖を思い出しカウンターへと駆け寄り、そして…
「ぎゅるるるる…」
煙が晴れ、窓の向こうに居たショベルカーは確実にこちらを捕捉していた。
「まずッ…！」
「ぎゅがるおおおおお！！」
死ぬ？何で？いや自分の事より、おじいちゃんが。大切な、店が。
「やめてえええええ！！」
杖を抱き締め、出した事のない大声で叫んだのは覚えている。
それから目を開けると、居たのは狂った大事な場所ではなかった。
周囲を高速で駆け抜けていく蒼色の線。その流れの中心に浮いているような自分。
神秘的な光景に状況を忘れて見とれていると、流れの先に集まっていく光が人の形をとった。
「あー。あなたが次の人かー」
桜色の変わった服を着た少女は唐突にそう言う。
ふと先日までやっていたゲームのキャラクターが頭をよぎった。
「うーむ。なぁんかやる気ない感？というか状況わかってない？」
やたらと気の抜けた口調で話す少女である。
「まぁ私もそんなもんだったかなー。ともかく世界はあなたに託されたから、軽くガンバってね！」
簡単に託された世界。
「なんて。そんな難しい事考えなくていいよ、あなたはあなたの守りたいモノを、守ればいいから」
そう言うと少女は流れに乗せて、ナミコに光の粒を渡していく。
「わん」
突然どこからか聞こえた、犬の泣き声。
「アーモンドもしっかりね！」
光が一本の棒になっていくのが、意識が消え行く中で見えて―――
気付くと店のカウンター。危機的状況は、幻想的な景色の前と何ひとつ変わっていない。
ショベルカーの2度目の咆哮でナミコは我に返り、
「！」
逃げようと立ち上がる際に、杖がカウンターに置いていたペットボトルを倒した。
手元で光り輝く杖。その溢れんばかりの煌きが移った炭酸水は、こぼれた時の重力法則を無視してふわりと飛ぶ。
それは店の隅に安く売られていた小さい一体の土偶にかぶさった。
「ぎゃががが！」
そして3度目の雄たけびと同時に体当たりしてくるショベルカー。
「助けっ…てッ…！」
叫ぶのも忘れて呟く助けの声に、
きゅいん
応えたのは軽快な駆動音。そして店を飛び出し、足のブーストを噴かしてショベルカーを両手で受け止めたのは
「ロ、ロボット？」
褐色がかった、各パーツが宙に浮く人型の機械だった。
はっと見るとさっきの土偶がない。あれが変身したのか…？
「♪μστ♯/」
不思議な音を出し、それは円盤状の頭を回す。大きな緑の一つ目は何故か恐怖を感じない。
彼？が助けてくれたのだとしたら、次の指示を訊いているのだろうか。
「お願い！おじいちゃんと店を守って！」
「＠！μστ＊」
何かの音を発した機械人形は、自身の何倍の大きさもあるショベルカーを肩に背負い投げ、店の反対のビルへ叩きつけた。
ナミコは店の外へ駆け出した。そしてその時ようやく、服の変化に気付いて驚く。
着ているのは水色のひらひらな服。それは例えると、子供の時テレビで見た魔法少女のようで、これは非常に恥ずかしい。
そしてそんな子供じみた衣装とは裏腹に、この服に包まれていると体中に力が沸いてくる。
ずっと握っていた杖は、その息を吹き返したかのごとく新品同様の金属光沢を纏っていた。
がらりとコンクリートを跳ね除けショベルカーが首をもたげる。今は服を気にしている場合じゃない。
すっと機械人形はナミコの前に立ち腰を落とす。
首を振り回し怒りを露にしたショベルカーは、猪のようにただ突進を繰り返す。
「ロボット、ロボットなんだから…」
機械人形が受け流してくれる方向と逆に避けながら、ナミコは技を考える。
「ろ、ロケット！」
ナミコが杖を敵に指し示すと、きゅいんと機械人形は右腕を後ろに回す。
「パあああああンチ！！」
振りかぶってその手を前に。バシュッという音と同時に腕の付け根から火を噴射し、その腕は高速で飛ぶ。
ショベルカーの胴体を貫き、そしてワイヤーが巻かれ腕が回収される。エンジンをやられたショベルカーは直後爆発した。
「どう？」
「あったぞ。あんなのに獲り憑くなんて、最近のイダルはどうかしてんのかねぇ」
薄ら目に見えるのは炎に焼かれる街。そして緑の何かが掴んでいる、銀色に輝く石。
「リプル…」
「似てるが違うだろ。あいつがここにいるはずない」
「そうね」
仰向けの自分を優しく包んでくれているのは、今の自分と同じような青い衣装の誰か。
「今はお休みなさい。リプル―――
鳴り響くサイレンの音。
目を覚ましたときには服は元に戻っていて、周囲はほとんど鎮火されていた。
消防も今来たようだから、やったのは誰か…
「そうだ！おじいちゃんは！？」
店はこの騒動でもなんとか壊れていなかった。
その中でまだ気絶している祖父。外傷はないようで、どうやら大丈夫らしい。
「良かった…」
「＆‡�堯�」
変な音を立ててフワフワ浮いて近づいてくる、円盤状の何か。
色が助けてくれた機械人形と同じである。変形できるようで、胴体や手足がコンパクトにまとまっていた。
「おかげ様だね。ありがと」
「♪」
見た目は機械でも擦り寄ってくる様はまるで動物のようだ。
「…。えっと、何て呼んだらいいんだろ」
頭を撫でながら、ナミコはこの子の名前を考える。
おそらくあの炭酸水がかかったのが原因で生まれたのだから…
「ソーダ？」
「☆」
ソーダは嬉しそうにナミコの周りを回った。
ナミコとソーダ。こうして始まる、また次の魔砲少女の物語―――
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