3.ぐるぐるかけっことしんしなお話

 船着場にあつまった一同は、じつにへんてこな集団でした――笠を被っていたり、角を生やしていたり、
仮面を着けていたり・・・それでも何だかわいわいがやがやと、機嫌だけはやたら良かったのでした。
双子もお姉様も、この雰囲気によく馴染んでいる様子で、いつしかいぶちから離れて、話題に参加しています。
話題にしていることは何かと言えば、近々開かれるとか開かれないとか言う、闇鍋フェスティバルのことでした。
これについてみんな相談して、ものの数分でいぶちは、その人たちを生まれてからずっと知っていたみたいに、
仲良くしゃべっていてもあたりまえに思えてきました。

「裸足は正義―!!!」

 議論が延々と繰り返される中、聞き覚えのある声に気が耳に届きました。いぶちが振り返ると、深い穴の底で
頭を抱えて転がって、そのままどこかに行ったオレンジのタヌキ、スィンパでした。

「スィンパさん!大丈夫ですか?」といぶちは尋ねました(だってさっき別れてから、頭の具合が良くなるには、
あまり時間が経っていませんからね)が、当のスィンパは全く気に留める様子もなく「ひゃっほぅ」と言いながら、
ぐるぐると走り回っています。半ば呆れながらふと周りの様子をみると、まるでそれが当たり前の様に、
いぶちの他はタヌキを無視するか、或いは面白そうに眺めて笑っているのでした。
いぶちには、自分の知り合いに対するその扱いが、あまりにもかわいそうに思えたので、もう一度声を掛けて、
何とか正気に戻そうとしました。が、スィンパの様子を見ていると、元からそうだったようにも思えて、
心配するのも、何だかためらわれる気分になるのでした。

「・・・大丈夫ですか・・・?」
 意を決して、いぶちはもう一度尋ねました。が、「わぁい、バターになるよ!」という返事が返ってきた
だけでした。(これは相当強く打ったなと、いぶちは思いました。)そこで諦めて暫く様子を見ていると、
走り回る様子が楽しそうに見えたのでしょう。周りの数人も一緒になってぐるぐると走り出し、
誰が誰だか分からないくらいに固まって、口々に好き勝手なことを言い出しました。

「ぐるぐるぐるー」

「あんまり走ると溶けちゃうよー」

「バターになるよっ」

「チーズになるよっ」

「いやいやここはマヨネーズに」

「あえてプリンに」

「いや、プリンにはならないでしょう・・・」

「え、プリンが欲しい・・・?ではバケツで作って郵送しますね☆」

「丁重にお断りします」

 わいわいがやがや・・・黙って見ていましたが、いつまで経っても終わりそうにありません。
流れを変えるために何か言った方がいいかしらといぶちは思いましたが、どうにも困ってしまいました。
どこから話に加わったら良いのかさっぱり分からないのです。

 すると仮面の青年が

「アンテロばんざいっ」と叫びました。

 あまりに唐突だったので、何事かといぶちは思いましたが、ここではごく当たり前のことらしく、
すぐに「アンテロばんざいっアンテロばんざいっ」と大合唱が起こりました。
その大合唱が一段落すると、今度はタヌキが叫びました。

「裸足は正義っ」

 今度も「裸足は正義っ裸足は正義っ」と、やっぱり大合唱になるのでした。
そうして一人が靴やら上着やらを脱ぎ出すと、何故か周りの人たちもどんどん脱ぎ始め、
いぶちがあっけに取られている間にみんなが下着と裸足になって、
やっぱりぐるぐると走り回るのでした。(但し、きぐるみと仮面は着けたままでしたけど)

 みんな好きなときに走りだして、勝手なときに止まったので、いつかけっこが終わったのか
なかなか分かりませんでした。でも、みんな三〇分かそこら走って、走るのに飽きてくると、
タヌキがいきなり叫びました。

「パジャマって素敵!」

 するとみんなタヌキの周りに集まって、はあはあ言いながら聞きました。

「でも何で裸足?」

 この質問は、タヌキとしてもずいぶん考えこまないと答えられませんでした。
そこで、タヌキは身体を折り曲げて、長いこと頭をぐりぐりと動かしました。
何人かは真似してぐりぐりと頭を動かし、残りは黙って待っています。とうとうタヌキは言いました。

「晒すのって素敵じゃない!?」

 この発言には、皆が黙ってしまいました。仮面の青年だけは別で、「紳士だなー」と呟き、
それを聞いたいぶちは「それってへんた・・・」と言いかけて慌てて飲み込んだのでした。
(人のことをそんな風に言うのは失礼ですからね)

 タヌキは続けます。

「変態じゃないよ、たとえ変態だとしてもそれは変態という名の紳士だよ。紳士という称号の多くは、
紳士的な日頃の行いから周囲が『お前は紳士だ』と認めることで発生するが、称号はただの称号である。
ヴァシアタの古い文献『紳士道』によれば、真に紳士たる者は場の空気を読みきり、誰一人として
不快な思いをさせることなく洗練された下ネタの一手を打つ。その口の紡ぐ下ネタは聞く者の心に響き、
圧倒し、包み込むと伝えられている。それは紳士的に生きようと日々精進する紳士たちの永遠の理想像である・・・
つまり、私は―」

「さすが紳士―!!」

 叫んだのは仮面の青年でした。他のみんなも「やっぱり紳士だなー」「言うことが違うぜ」などと口を挟み、
それを聞いたタヌキも「いやぁそれ程でも・・・」と言って話を終えたので、タヌキのこの妙な演説は
ここでお開きとなりました。この話題を続けさせるのはどうかと思っていたいぶちは、話が終わったので
少しだけほっとしました。

 賑やかな一時が終わり、集まっていた人々はそれぞれに分かれて、またフェスティバルの話を始めました。
いぶちもフェスティバルがどんなものか気になっていたので、そちらの話題についていこうとしましたが、
スィンパの様子が気になったので、人だかりの中心に向かって歩いていきました。そこではスィンパと
仮面の青年が、やっぱりぐるぐる走り回ったり、鹿のようなモンスターを追いかけたりしながら、賑やかに
お喋りをしていて、その近くでお姉様が、双子と一緒に並んで微笑ましく様子を眺めているのでした。

「お知り合いなのですね」

 スィンパを眺めるいぶちの姿を見て、お姉様が言いました。
「あの方もブリーダーなのですよ」とお姉様は言い、背負っていた炎の長杖を下ろしました
(杖の先端が炎を象った朱色の結晶で出来ているのでした)。そして、少し懐かしいような顔をすると、
何か特別な思い入れでもあるようにそれを撫でて、それからいぶちの方を見ました。

「パートナーにしていたモンスターと別れてしまって、それからずっとね・・・もしかしたらあなたも―」

 言いかけてお姉様は口を噤み、それから双子が眠ってしまったのを見て
(さっきまでのやり取りで、きっと疲れてしまったのですね)、少しためらいがちに口を開くと、
いぶちにこう言いました。

「何か辛いことがあったんじゃないかと思って・・・ブリーダーであったことを、忘れるくらいに―」

「ああ、そうじゃなくて・・・」いぶちが困惑したのをみて、慌ててお姉様は言いました。
「フェスティバルには、色々な方が参加するのですよ。もしかしたら、何か分かるかも知れませんから―」

「詳しく聞きたいな」と、いぶちはお姉様に言いました。
夕べから奇妙なことばかり―タヌキの穴に落ちたり、体の大きさが変わったり―起こったこと、
不思議な懐かしさのあるこの場所のこと、キーロッドとブリーダーのこと・・・今はよく分からないけれど、
何か心に引っかかるものを感じて、いぶちは尋ねずにはいられなかったのでした。

「でしたら」と、お姉様は答えました。

「あの方に聞いてみると良いですよ」

 お姉様はそう言うと、広場の真ん中にある噴水の、海岸寄りのところを指差しました。
大きな木が一本生えていて、木陰ができています。その下では、白の上下に身を固め、お姉様と同じく
炎の長杖を背負った白髪の女性が、もう一人の、こちらは赤い髪を一つに結んだ民族衣装の女性と、
なにやら難しい顔をして立ち話をしているのでした。

「まったくなべさんはー」

「だまリプル!」

 何だか険悪な雰囲気です。いぶちは、行くかどうかちょっと迷いましたが、
お姉様が「あの方達なら大丈夫ですよ」と笑顔で送り出してくれたので、近くまで行ってみることにしました。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます