最終更新:ID:n/1z6D58Qg 2024年04月08日(月) 19:42:44履歴
雨が窓ガラスを叩く音が聞こえる中、エリアはガラスにできた水流を見つめていた。
窓の外は夜の闇に覆われ、ガラスには外の景色ではなく、エリアの顔が映っている。
エリアのいるリビングにはただ雨の音と暖炉の火が爆ぜる音だけが響いていた。
「エリア、こんな時間までどうしたんだ?」
「あ、ダルク君」
リビングの扉を開けて声をかけたダルクに、エリアはふにゃりと笑いかけた。
「眠れないのか?」
「んーん、雨の音聞こうと思って」
「へぇ?」
部屋の中に入ってきたダルクに、微笑んだままのエリアがそう答えた。
「ダルク君こそ、こんな時間まで何やってたの?」
「古文書、というか昔の人の手記の解読」
「あー。好きだねぇ」
エリアがくすくすと笑い声を立てる。
「何が流行ってたかとか、仕事の愚痴とか、昔の人の日常を知れるから結構面白いよ。俺に来る依頼の性質上、凄い古い時代の霊と関わったりもするから、その話題で対話に繋げられることもあるし」
「でも、趣味のところが大きいんでしょ?」
「まあ、否定はしない」
そう言って、ダルクも笑みを浮かべた。
「まだもう少し起きてるなら、温かい飲み物でも淹れようか?」
「あ、お願いしてもいい?」
「ん」
頷いたダルクがキッチンに向かう。
「これから寝るんだったらコーヒーとかじゃない方がいいか。あ、牛乳余ってるのか。ホットミルクで良い?」
「うん、いいよー」
エリアの返事を聞いたダルクが牛乳瓶から鍋に牛乳を移し、牛乳を入れた鍋を暖炉の上に置いた。
しばらくの間、部屋の中は雨と薪の爆ぜる音だけになった。
エリアとダルクはそれぞれ窓を流れる水流と、鍋の中でふつふつと動く牛乳を、ただ眺めていた。
「エリアはさ」
「うん?」
鍋の様子を見ていたダルクがエリアに声をかける。
「雨が好きなの?」
「うん」
ダルクの問いにエリアはすぐに頷いた。
「あんまり共感してくれる人いないけどね〜」
「あ〜。僕は好きだし、わかるけどな」
「えっ、ほんと!?」
「ほんとほんと。……よし、できた」
エリアとの会話に返事をしながら、ダルクが鍋の中の牛乳を二つのマグカップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
湯気が立っているマグカップをエリアに渡して、ダルクはエリアの向かいの席に座った。
エリアは温かいマグカップを握り込んだ。
少し冷えていたエリアの手に、温かさがしみていく。
「ダルク君も雨好きなんだぁ。私以外に好きって言う人初めて見た」
「そう?」
「うん、そうなの」
マグカップに口をつけながら眉を上げたダルクに、エリアが少し寂しそうな笑みを浮かべて返す。
「ライナと、ヒータはまあわかるけど、他の二人は?」
「アウスちゃんは本がかびるから嫌だって。ウィンは……雨の生き物は好きだけど、雨自体は別に普通って言ってたかな」
「なるほどね。まあ、湿気でカビとかが元気になるのは僕も困らされてるけど」
「そこはしょうがないよねぇ」
雨の音が響く中、そんな穏やかな会話が進む。
「確かに洗濯物干せなかったり、外に出辛くなるっていうのはあるけど、私は雨が好きだなぁ」
「わかるよ。家の中で雨の音を聞いてると落ち着くし」
「私も! ふふっ、こんなふうに雨の好きなところ話せるなんて思わなかったなぁ」
普段、エリアは霊使い達のまとめ役として大人びて見えることが多いが、雨という好きなものを初めて共有できたからか、今は年相応の少女のようにはしゃいでいる。
それを見たダルクも嬉しそうに笑った。
「私もね、雨の音に安心するの。他の音は全部消してくれて、水の音だけが私を包んでくれるような気がして。あとは、雨が降ってる時の水たまりを見てるのも好き。水が跳ねてるのが踊ってるみたいに見えて、楽しくなるの」
「エリアは詩人みたいだな」
そう楽しそうに自分に話しかけてくるエリアにダルクがそう言う。
「む、馬鹿にしてる?」
「いやいや、そうやって具体的な言葉として表現できるのが凄いってこと。エリアは感性が豊かなんだな。僕はそんな風に表現できないから羨ましいよ」
エリアがムッとした表情を浮かべたのを見て、ダルクが慌てた様子を見せた。
「えー、そうかなぁ」
ダルクの褒め言葉が少し気恥ずかしかったのか、エリアは頬を少し染め、ぬるくなり始めたマグカップに口をつけた。
「あ、美味しい」
「それは良かった」
「何か入れてる?」
「はちみつとシナモン」
「なるほどねぇ」
会話はそこで途切れ、二人とも雨の音に耳を傾ける。
ざあざあと雨が降る音に、時折、屋根を伝って雫となった水が水溜まりに落ちるぽちゃりという音と、暖炉の木が火で爆ぜる音が混じる。
無音ではない静寂が響き続ける。
ダルクとエリアは何を言うでもなく、そのしじまを共有していた。
「あっ、飲み終わっちゃった」
そんなゆるやかな時間を過ごしていた中、エリアがぽつりと呟く。
「僕が洗っておくよ」
「そう? ありがとう」
立ち上がったダルクが、エリアのマグカップを受け取り流しに向かう。
「エリアはこれからどうする?」
「んー、流石にもう寝ようかな」
マグカップをダルクに渡したエリアが手を組んで、グッと伸びをする。
「そっか」
ダルクが水を溜めている桶にマグカップを沈める。
エリアが立ち上がる音が聞こえた。
エリアはそのまま、ダルクの方に向かって歩く。
「……寝るんじゃなかった?」
「んー、しばらくダルク君の顔でも見てようかなって」
「なにそれ?」
エリアの言葉にダルクが困ったような笑みを浮かべる。
それを見たエリアは悪戯っぽく笑った。
「ねぇ、ダルク君」
「何?」
ぼんやりとダルクを見つめていたエリアが、ダルクに呼びかける。
「雨の時、また一緒に居てもいい?」
「それはもちろん」
「ふふっ、やった」
ダルクの返事に、エリアはふにゃりとした笑みを浮かべた。
──雨は、まだまだ降り続く。
窓の外は夜の闇に覆われ、ガラスには外の景色ではなく、エリアの顔が映っている。
エリアのいるリビングにはただ雨の音と暖炉の火が爆ぜる音だけが響いていた。
「エリア、こんな時間までどうしたんだ?」
「あ、ダルク君」
リビングの扉を開けて声をかけたダルクに、エリアはふにゃりと笑いかけた。
「眠れないのか?」
「んーん、雨の音聞こうと思って」
「へぇ?」
部屋の中に入ってきたダルクに、微笑んだままのエリアがそう答えた。
「ダルク君こそ、こんな時間まで何やってたの?」
「古文書、というか昔の人の手記の解読」
「あー。好きだねぇ」
エリアがくすくすと笑い声を立てる。
「何が流行ってたかとか、仕事の愚痴とか、昔の人の日常を知れるから結構面白いよ。俺に来る依頼の性質上、凄い古い時代の霊と関わったりもするから、その話題で対話に繋げられることもあるし」
「でも、趣味のところが大きいんでしょ?」
「まあ、否定はしない」
そう言って、ダルクも笑みを浮かべた。
「まだもう少し起きてるなら、温かい飲み物でも淹れようか?」
「あ、お願いしてもいい?」
「ん」
頷いたダルクがキッチンに向かう。
「これから寝るんだったらコーヒーとかじゃない方がいいか。あ、牛乳余ってるのか。ホットミルクで良い?」
「うん、いいよー」
エリアの返事を聞いたダルクが牛乳瓶から鍋に牛乳を移し、牛乳を入れた鍋を暖炉の上に置いた。
しばらくの間、部屋の中は雨と薪の爆ぜる音だけになった。
エリアとダルクはそれぞれ窓を流れる水流と、鍋の中でふつふつと動く牛乳を、ただ眺めていた。
「エリアはさ」
「うん?」
鍋の様子を見ていたダルクがエリアに声をかける。
「雨が好きなの?」
「うん」
ダルクの問いにエリアはすぐに頷いた。
「あんまり共感してくれる人いないけどね〜」
「あ〜。僕は好きだし、わかるけどな」
「えっ、ほんと!?」
「ほんとほんと。……よし、できた」
エリアとの会話に返事をしながら、ダルクが鍋の中の牛乳を二つのマグカップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
湯気が立っているマグカップをエリアに渡して、ダルクはエリアの向かいの席に座った。
エリアは温かいマグカップを握り込んだ。
少し冷えていたエリアの手に、温かさがしみていく。
「ダルク君も雨好きなんだぁ。私以外に好きって言う人初めて見た」
「そう?」
「うん、そうなの」
マグカップに口をつけながら眉を上げたダルクに、エリアが少し寂しそうな笑みを浮かべて返す。
「ライナと、ヒータはまあわかるけど、他の二人は?」
「アウスちゃんは本がかびるから嫌だって。ウィンは……雨の生き物は好きだけど、雨自体は別に普通って言ってたかな」
「なるほどね。まあ、湿気でカビとかが元気になるのは僕も困らされてるけど」
「そこはしょうがないよねぇ」
雨の音が響く中、そんな穏やかな会話が進む。
「確かに洗濯物干せなかったり、外に出辛くなるっていうのはあるけど、私は雨が好きだなぁ」
「わかるよ。家の中で雨の音を聞いてると落ち着くし」
「私も! ふふっ、こんなふうに雨の好きなところ話せるなんて思わなかったなぁ」
普段、エリアは霊使い達のまとめ役として大人びて見えることが多いが、雨という好きなものを初めて共有できたからか、今は年相応の少女のようにはしゃいでいる。
それを見たダルクも嬉しそうに笑った。
「私もね、雨の音に安心するの。他の音は全部消してくれて、水の音だけが私を包んでくれるような気がして。あとは、雨が降ってる時の水たまりを見てるのも好き。水が跳ねてるのが踊ってるみたいに見えて、楽しくなるの」
「エリアは詩人みたいだな」
そう楽しそうに自分に話しかけてくるエリアにダルクがそう言う。
「む、馬鹿にしてる?」
「いやいや、そうやって具体的な言葉として表現できるのが凄いってこと。エリアは感性が豊かなんだな。僕はそんな風に表現できないから羨ましいよ」
エリアがムッとした表情を浮かべたのを見て、ダルクが慌てた様子を見せた。
「えー、そうかなぁ」
ダルクの褒め言葉が少し気恥ずかしかったのか、エリアは頬を少し染め、ぬるくなり始めたマグカップに口をつけた。
「あ、美味しい」
「それは良かった」
「何か入れてる?」
「はちみつとシナモン」
「なるほどねぇ」
会話はそこで途切れ、二人とも雨の音に耳を傾ける。
ざあざあと雨が降る音に、時折、屋根を伝って雫となった水が水溜まりに落ちるぽちゃりという音と、暖炉の木が火で爆ぜる音が混じる。
無音ではない静寂が響き続ける。
ダルクとエリアは何を言うでもなく、そのしじまを共有していた。
「あっ、飲み終わっちゃった」
そんなゆるやかな時間を過ごしていた中、エリアがぽつりと呟く。
「僕が洗っておくよ」
「そう? ありがとう」
立ち上がったダルクが、エリアのマグカップを受け取り流しに向かう。
「エリアはこれからどうする?」
「んー、流石にもう寝ようかな」
マグカップをダルクに渡したエリアが手を組んで、グッと伸びをする。
「そっか」
ダルクが水を溜めている桶にマグカップを沈める。
エリアが立ち上がる音が聞こえた。
エリアはそのまま、ダルクの方に向かって歩く。
「……寝るんじゃなかった?」
「んー、しばらくダルク君の顔でも見てようかなって」
「なにそれ?」
エリアの言葉にダルクが困ったような笑みを浮かべる。
それを見たエリアは悪戯っぽく笑った。
「ねぇ、ダルク君」
「何?」
ぼんやりとダルクを見つめていたエリアが、ダルクに呼びかける。
「雨の時、また一緒に居てもいい?」
「それはもちろん」
「ふふっ、やった」
ダルクの返事に、エリアはふにゃりとした笑みを浮かべた。
──雨は、まだまだ降り続く。
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